なんだか、仲間の公演。私自身のコンサートと立て込んでいて、ブログタイムは、かなり圧迫されて来ている。けど、根性系の私は、這ってでも更新。巨人の星世代なのである。もともと無内容だから、更新だけはできる。「あっ」、とか一言書けばいいのであるからねぇー。
マキワタナベの舞踏公演を見に行った。ポンピィドゥーセンターの近くだったから、「最近の現代美術」を見てみようとなった。
「現代美術」の前に「最近の」と付けると、なんだか変。
今、売れっ子の三人の美術家の大規模な作品を見た。
三人とも、才能に満ち溢れている。けど、正直なところ、何十年も前に美術と決別した「私」というアーティストを超えていない。これは、残念。率直に、そう思った。通し券を買ったので、最上階の「シュールリアリズムとオブジェ展」、こちらも拝見。
一言で言ってしまうと、そのコンセプト、暴力、熱さ、歴史を変えたパワー、それは微塵もなく、
美術館という「歴史の中に堆積した遺物」であった。つまり、ゴミと一緒なのである。歴史、体制、美術館と、危険思想の外に埋葬されたゴミなのだ。こんなものを、私は崇拝しないし観賞もしない。ただ、それを作ったアーティストたち、彼らは愛おしいし崇拝している。
残ったものなんぞ、彼らの本来の意図ではないのである。
そして、現在を生きるマキワタナベとアイルランドのピアニスト、トレボー・ナイトの公演。
これは、本当に素晴らしかった。
音楽はライブ演奏以外に意味がないと、私は思っている。
演奏者が消滅する時に、その音も消えるのである。
音楽の博物館なんぞ、いらん。
追伸
歴史的な役目を終えた作品観賞。
これは、その「役目」を理解して見る以外にはない。
むしろ、これからの歴史を作っていく若い連中の作品を見るべきである。
美術観賞とは、次の世代を、自分の目で発見すること。
遺物を拝むことではないことは、理解していていいと思う。
2013年11月30日土曜日
賞もないやつ
今、ショートショートその三の執筆を始めた。
とはいえ、十五年前に書いた、私にしては珍しい、ちょっと不思議なエロティシズムが漂う作品を原稿用紙五枚にまとめただけであるけれど。とりいそぎ、五枚に集約し、再度、手を入れるのである。
そのプリントされた原稿を見ていたら、これも某掌編コンクールに応募していた。
すっかり忘れていた。著名な文学賞への応募、十回のはず。それから、掌編コンクールにも、同じぐらい応募していたのだろう。仮に、総回数二十回と推定すると、私は一度も入選さえしていない。見事である。もちろん、私のような方々は、相当数いらっしゃると思う。
受賞とか入選とか、なんぼのもんじゃいなどと負け惜しみを言いたいのではなくて、
やはり、大体の物事は十年ぐらいでプロの域に、普通は行くことを考えれば、この結果は、やはり、才がないと理解するべきだと思う。審査員の見る目がどうのこうのなんて思わない。だって、やはり、受賞作は、みな、流石であるから。と、客観的に考えてみる。ちと、寂しいといえば寂しいけど。
で、以前にも一度書いたけれど、たとえば、私が、なんらかのジャズピアノのコンテストに出たとする。もう、絶対に受賞とかはありえない。我流とか邪道とか、でたらめとかとの評が飛び交うはずである。でも、一部の熱狂的マニアに支持される。この構図が、はっきりと目に浮かぶ。
どうも、私自身のトーナリティーが、こういうマニアック系にしか行かないようである。
なんか、これはこれで、天性のアンダーグランドだと思えば、ひとつの才能ではあるかもしれなくもなくもなくてぇーもじもじもじ。でも、こんだけ日の目を見ないと、吸血鬼になっちゃうよぉーーー。審査員の方々に噛み付いちゃったりして.....。
とはいえ、十五年前に書いた、私にしては珍しい、ちょっと不思議なエロティシズムが漂う作品を原稿用紙五枚にまとめただけであるけれど。とりいそぎ、五枚に集約し、再度、手を入れるのである。
そのプリントされた原稿を見ていたら、これも某掌編コンクールに応募していた。
すっかり忘れていた。著名な文学賞への応募、十回のはず。それから、掌編コンクールにも、同じぐらい応募していたのだろう。仮に、総回数二十回と推定すると、私は一度も入選さえしていない。見事である。もちろん、私のような方々は、相当数いらっしゃると思う。
受賞とか入選とか、なんぼのもんじゃいなどと負け惜しみを言いたいのではなくて、
やはり、大体の物事は十年ぐらいでプロの域に、普通は行くことを考えれば、この結果は、やはり、才がないと理解するべきだと思う。審査員の見る目がどうのこうのなんて思わない。だって、やはり、受賞作は、みな、流石であるから。と、客観的に考えてみる。ちと、寂しいといえば寂しいけど。
で、以前にも一度書いたけれど、たとえば、私が、なんらかのジャズピアノのコンテストに出たとする。もう、絶対に受賞とかはありえない。我流とか邪道とか、でたらめとかとの評が飛び交うはずである。でも、一部の熱狂的マニアに支持される。この構図が、はっきりと目に浮かぶ。
どうも、私自身のトーナリティーが、こういうマニアック系にしか行かないようである。
なんか、これはこれで、天性のアンダーグランドだと思えば、ひとつの才能ではあるかもしれなくもなくもなくてぇーもじもじもじ。でも、こんだけ日の目を見ないと、吸血鬼になっちゃうよぉーーー。審査員の方々に噛み付いちゃったりして.....。
2013年11月28日木曜日
癒しのジャズ
やいしのズゥージャって、書きそうになる。
で、俺たちはフリージャズメンだけれど、時々、こういう演奏もする。
時々だからこそ、たまには、時々、どきどきするだろうっ!
すでに、この日の演奏は全編、動画としてアップされているけれど、
聴き返したら、この部分だけ癒しジャズになっているので抜粋しました。
この演奏の前に、二十分ぐらいぎんぎらぎんの演奏をしたので、俺のソロから入ったわけ。
右側のヨラムと真師匠が退屈しているわけではなくて、俺に花を持たせつつ、入るタイミングを探りつつ、ちょっと休憩しているのである。なんとなく五十年代後半のピアノトリオっぽい感じになっている。うん。
で、俺たちはフリージャズメンだけれど、時々、こういう演奏もする。
時々だからこそ、たまには、時々、どきどきするだろうっ!
すでに、この日の演奏は全編、動画としてアップされているけれど、
聴き返したら、この部分だけ癒しジャズになっているので抜粋しました。
この演奏の前に、二十分ぐらいぎんぎらぎんの演奏をしたので、俺のソロから入ったわけ。
右側のヨラムと真師匠が退屈しているわけではなくて、俺に花を持たせつつ、入るタイミングを探りつつ、ちょっと休憩しているのである。なんとなく五十年代後半のピアノトリオっぽい感じになっている。うん。
爪切り
さっき、爪を切っていたら、初めて気が付いた。
フランスの高名な美容院の名前の入ったそれなんだけれど、「プロ用」って書いてあった。
プロの爪切り士というのがいるんだろう。行き付けのスーパーで買ってきた。燻し銀の色と焦げ茶色のデザインが素敵だからという訳ではなくて、切れそうだったから。
でも、ヤスリが付いてない。でも、やすりは、三十二年前に日本から持ってきた、はずだ、の、足の爪切りの大きめヤスリ、こっちを使うからいらん。
ほほほほほぉ、俺にとっては指および爪。商売道具なのである。
おかまじゃなくて、ピアノ弾く感触が、これによって随分違う訳。
指は、当然にして左右合わせて10本がベストである。だから、俺は、やくざもんにはなれん。
とりわけ、親指、小指、中指がないと、ブロックコードができなくなる。
で、指はある。そんなに長くはなくて、1オクターブ+1音までだから、やや、背の高い日本女性と同じぐらいである。で、手が小さければ、マラソンと一緒で、歩数で稼ぐ。ということ。
あっ、主旨が違う。爪、爪。
これが伸びていると、右手、時速800㌔で弾く時に、うざい。
鍵盤の端に当たったりすると、痛い痛いのである。
以上、フリージャズの基本でした。
だから、爪は坊主刈り状態じゃないと、弾けない訳でした。
でも、深爪、これも痛いぃーーーのである。
手先と爪のバランス。自己顕示欲。謙虚。だって、仲間の音を聴いている。炸裂。もう、どうでもいいもぉーん感覚。お客様と生きている時間を、うるうる、共有している。熱い思いと、ニャロー思い。リズムリズム沈む盛り上がりバクテンする心と愛と、ニャローが一緒くたのもつ鍋。
これが、不倫ジャズ。裕先生、字が違うよっ。あっ、フリージャズ。
似たようなもんだべって、どっちもよぉー。
フランスの高名な美容院の名前の入ったそれなんだけれど、「プロ用」って書いてあった。
プロの爪切り士というのがいるんだろう。行き付けのスーパーで買ってきた。燻し銀の色と焦げ茶色のデザインが素敵だからという訳ではなくて、切れそうだったから。
でも、ヤスリが付いてない。でも、やすりは、三十二年前に日本から持ってきた、はずだ、の、足の爪切りの大きめヤスリ、こっちを使うからいらん。
ほほほほほぉ、俺にとっては指および爪。商売道具なのである。
おかまじゃなくて、ピアノ弾く感触が、これによって随分違う訳。
指は、当然にして左右合わせて10本がベストである。だから、俺は、やくざもんにはなれん。
とりわけ、親指、小指、中指がないと、ブロックコードができなくなる。
で、指はある。そんなに長くはなくて、1オクターブ+1音までだから、やや、背の高い日本女性と同じぐらいである。で、手が小さければ、マラソンと一緒で、歩数で稼ぐ。ということ。
あっ、主旨が違う。爪、爪。
これが伸びていると、右手、時速800㌔で弾く時に、うざい。
鍵盤の端に当たったりすると、痛い痛いのである。
以上、フリージャズの基本でした。
だから、爪は坊主刈り状態じゃないと、弾けない訳でした。
でも、深爪、これも痛いぃーーーのである。
手先と爪のバランス。自己顕示欲。謙虚。だって、仲間の音を聴いている。炸裂。もう、どうでもいいもぉーん感覚。お客様と生きている時間を、うるうる、共有している。熱い思いと、ニャロー思い。リズムリズム沈む盛り上がりバクテンする心と愛と、ニャローが一緒くたのもつ鍋。
これが、不倫ジャズ。裕先生、字が違うよっ。あっ、フリージャズ。
似たようなもんだべって、どっちもよぉー。
2013年11月27日水曜日
Yo2
これは、俺のロックグループの名前っていうのは、もちろん、嘘。
カミサンが、昨日、腰が痛いって言ってたから、「ぎょほほほほぉー、年だねぇー、おまえも」などと言っていたら、バチが当たった。今度は、俺。痛いのである。垂直移動しかできなくなっている。カミサン、「ぎょほほほほほほぉーーーーー、お、じ、い、ちゃん」。
まっ、ぎょほほほほほぉーのとほほほほぉー。
でね、何日か前に、詩神様が通り過ぎましたブログを書いて、うな、もう、いいべぇー、愚ブログも、と考えを新たにし、タイトルもテンプレートも、うな、お引越しもしてしまい、心機一転と思ったけど、結局、めどうになった。中身が変われば、それで十分だろ? と、嘯く。外見から中身も結構変わる。でも、チャンジーだから、めどう。やはり、この辺は、チャンジーだよね。あんま、新しいことを受け付けない。もう、ピアノで十二分にトライしているから、ブログは許して下さいね。自然体、自然体っていうことに、しちまおう。
でも、ブロガーから雨場村へ、おすっこすをしようとしたら、これが、でけんのだ。
fc2はオーケーだったけど。いろいろと探りを入れてみたけれど、やっぱ、駄目。で、諦めた。
ブログの総タイトルとプロフィール写真、サムネイルは三回ぐらい変えたけれど、それだけである。右側のプロフィール写真が、実物よりずっと強面という仲間連の意見もある。でも、愚ブログを書いているやつの顔写真が愚鈍に目鼻では、相乗効果で、本物のアホと思われる危険性もあるので、実際そうであっても、写真だけは、ちと、強面にしておくことにした。どうでもいいような気もするけれど.....。テンプレートも、字が大きくて読み易くと、当然にして高齢ラインで統一してある。なんか、パソコン画面に出てくる単なる原稿用紙のようにも見えるけど、あんま、お洒落してもねぇー。内容がねぇー、これだもんねぇー。
腰が痛いよぉー。
コッシー君でした。はい。バァバァーーーイ。
カミサンが、昨日、腰が痛いって言ってたから、「ぎょほほほほぉー、年だねぇー、おまえも」などと言っていたら、バチが当たった。今度は、俺。痛いのである。垂直移動しかできなくなっている。カミサン、「ぎょほほほほほほぉーーーーー、お、じ、い、ちゃん」。
まっ、ぎょほほほほほぉーのとほほほほぉー。
でね、何日か前に、詩神様が通り過ぎましたブログを書いて、うな、もう、いいべぇー、愚ブログも、と考えを新たにし、タイトルもテンプレートも、うな、お引越しもしてしまい、心機一転と思ったけど、結局、めどうになった。中身が変われば、それで十分だろ? と、嘯く。外見から中身も結構変わる。でも、チャンジーだから、めどう。やはり、この辺は、チャンジーだよね。あんま、新しいことを受け付けない。もう、ピアノで十二分にトライしているから、ブログは許して下さいね。自然体、自然体っていうことに、しちまおう。
でも、ブロガーから雨場村へ、おすっこすをしようとしたら、これが、でけんのだ。
fc2はオーケーだったけど。いろいろと探りを入れてみたけれど、やっぱ、駄目。で、諦めた。
ブログの総タイトルとプロフィール写真、サムネイルは三回ぐらい変えたけれど、それだけである。右側のプロフィール写真が、実物よりずっと強面という仲間連の意見もある。でも、愚ブログを書いているやつの顔写真が愚鈍に目鼻では、相乗効果で、本物のアホと思われる危険性もあるので、実際そうであっても、写真だけは、ちと、強面にしておくことにした。どうでもいいような気もするけれど.....。テンプレートも、字が大きくて読み易くと、当然にして高齢ラインで統一してある。なんか、パソコン画面に出てくる単なる原稿用紙のようにも見えるけど、あんま、お洒落してもねぇー。内容がねぇー、これだもんねぇー。
腰が痛いよぉー。
コッシー君でした。はい。バァバァーーーイ。
2013年11月26日火曜日
ユーチューバー
ユーチューブ動画投函マニア、つまり、俺のことを勝手に、こう名付けた。
ここ近々で、アホのように九本もアップした。で、デジカメのラインインの調子が悪くなり、購入店へ。フランスのことだから、「いったいいつになったら修理が終了するのか」じぇんじぇん分からないのである。まあ、年内は無理だろうねぇー。冬のバカンスだ、クリスマスだで、仕事どころではないはず。うなもん、後回しである。この徹底振りに感動さえ覚える。もし、再就職する時は、絶対に日系企業には行かないことにしている。または、小さな会社。社長と会計のおばさんだけとか。
むむむ、シンセサイザーで、世界ヒットを目視して作った曲が三曲あるのにアップできない。
出世が遅れる。今年のビルボードチャートには間に合わない。嘘。曲、三曲は本当。
あっ、うなことはどうでもいいのであるが、財津暁平の舞踏公演を見に行ってきた。
十五年前に、随分と共演させてもらった二十歳の兄貴も、三十半ばの売れっ子舞踏家になった。
素晴らしい。どんどん、俺のような三重苦(無名、フリー、ジャズ)芸能人を踏み台にして、パリに蠢くアーティストたちがメジャーに成って行って欲しい。こちとら、先がないから、ゴーイングマイウェイと嘯くのではなくて、選択肢がねぇーのって!
会場。ベース。朗読担当。演奏が始まる。会場暗いまま。ギョウヘイの姿はない。
薄明かりの灯った正方形の中庭。ガラス越しに、全裸の上にチャップリンみたいな背広と黒ズボン。頭、顔つるつるの白塗り。寒波の中で裸足。引き攣り笑いをしながらぐねぐねと動いている男、ギョウヘイだ。巨大なガラス扉越しだから、恐怖映画みたい。俺は、たまたま、そのガラスが正面から一番良く見える席にいた。ヨラムオーケストラの時も、最前列のヨラムの真正面だったから、なんかテレパシーかしらね。ベースの音が聞こえないはずなのに、なぜか、ベースの演奏と体の動きが呼応している。神業である。あとで聞いたら、ほんの少しだけ聞こえていたと言っていたけど。ベースのフレッド。パリ音大の先生だけあって流石である。ウッドベース一本で、もう、ほとんどギョウヘイ映画の音楽を一時間半演奏した。もちろん、即興で。朗読のアルフレッド、フラワーポット、花鉢というへんてこな名前のロックグループのボーカル。グループ? 実は、メンバーひとり。高校の数学の先生。彼が、モンテスキューの短編小説を懐中電灯でページを照らしながら読んだ。無表情で。三十分ぐらいしたら、ギョウヘイがガラス扉から会場内へぐねぐねと入ってきた。中央に寝そべりぐねぐね。上半身裸。少しずつ朗読者の股間の方へ。アルフレッドの股間に頭を突っ込み、いつの間にか全裸。立ち上がる。全裸のままぐねぐね。懐中電灯で自分の顔を下から照らしながらぐねぐね。朗読、演奏が止む。ギョウヘイだけ、懐中電灯二本で自分の顔を下から照らしながら、全裸で直立。オーシャンゼリゼを歌う。
と、文章にするとキチガイである。
もう、見事の一言。
しっかし、ギョウヘイの体の凄いこと。
俺みたいに痩せてはいる。
で、俺は、単に痩せていて、よぼよぼ体である。
ギョウヘイの体は、骨と皮の間が「筋肉のみ」。生きた人体標本。
そりゃー、何十分も床の上で、「く」の字で踊るんだから、並みの筋肉では無理だ。
仕事とは言え、この筋力。やっぱ、プロは半端じぇねぇーなってしみじみ思ったよ。
俺が、あやつに対抗できるのは、肘から指先までの部分のみ。自慢じゃねぇーけど。
ここ近々で、アホのように九本もアップした。で、デジカメのラインインの調子が悪くなり、購入店へ。フランスのことだから、「いったいいつになったら修理が終了するのか」じぇんじぇん分からないのである。まあ、年内は無理だろうねぇー。冬のバカンスだ、クリスマスだで、仕事どころではないはず。うなもん、後回しである。この徹底振りに感動さえ覚える。もし、再就職する時は、絶対に日系企業には行かないことにしている。または、小さな会社。社長と会計のおばさんだけとか。
むむむ、シンセサイザーで、世界ヒットを目視して作った曲が三曲あるのにアップできない。
出世が遅れる。今年のビルボードチャートには間に合わない。嘘。曲、三曲は本当。
あっ、うなことはどうでもいいのであるが、財津暁平の舞踏公演を見に行ってきた。
十五年前に、随分と共演させてもらった二十歳の兄貴も、三十半ばの売れっ子舞踏家になった。
素晴らしい。どんどん、俺のような三重苦(無名、フリー、ジャズ)芸能人を踏み台にして、パリに蠢くアーティストたちがメジャーに成って行って欲しい。こちとら、先がないから、ゴーイングマイウェイと嘯くのではなくて、選択肢がねぇーのって!
会場。ベース。朗読担当。演奏が始まる。会場暗いまま。ギョウヘイの姿はない。
薄明かりの灯った正方形の中庭。ガラス越しに、全裸の上にチャップリンみたいな背広と黒ズボン。頭、顔つるつるの白塗り。寒波の中で裸足。引き攣り笑いをしながらぐねぐねと動いている男、ギョウヘイだ。巨大なガラス扉越しだから、恐怖映画みたい。俺は、たまたま、そのガラスが正面から一番良く見える席にいた。ヨラムオーケストラの時も、最前列のヨラムの真正面だったから、なんかテレパシーかしらね。ベースの音が聞こえないはずなのに、なぜか、ベースの演奏と体の動きが呼応している。神業である。あとで聞いたら、ほんの少しだけ聞こえていたと言っていたけど。ベースのフレッド。パリ音大の先生だけあって流石である。ウッドベース一本で、もう、ほとんどギョウヘイ映画の音楽を一時間半演奏した。もちろん、即興で。朗読のアルフレッド、フラワーポット、花鉢というへんてこな名前のロックグループのボーカル。グループ? 実は、メンバーひとり。高校の数学の先生。彼が、モンテスキューの短編小説を懐中電灯でページを照らしながら読んだ。無表情で。三十分ぐらいしたら、ギョウヘイがガラス扉から会場内へぐねぐねと入ってきた。中央に寝そべりぐねぐね。上半身裸。少しずつ朗読者の股間の方へ。アルフレッドの股間に頭を突っ込み、いつの間にか全裸。立ち上がる。全裸のままぐねぐね。懐中電灯で自分の顔を下から照らしながらぐねぐね。朗読、演奏が止む。ギョウヘイだけ、懐中電灯二本で自分の顔を下から照らしながら、全裸で直立。オーシャンゼリゼを歌う。
と、文章にするとキチガイである。
もう、見事の一言。
しっかし、ギョウヘイの体の凄いこと。
俺みたいに痩せてはいる。
で、俺は、単に痩せていて、よぼよぼ体である。
ギョウヘイの体は、骨と皮の間が「筋肉のみ」。生きた人体標本。
そりゃー、何十分も床の上で、「く」の字で踊るんだから、並みの筋肉では無理だ。
仕事とは言え、この筋力。やっぱ、プロは半端じぇねぇーなってしみじみ思ったよ。
俺が、あやつに対抗できるのは、肘から指先までの部分のみ。自慢じゃねぇーけど。
2013年11月25日月曜日
ブログとユーチューブ前夜
ユーチューブに初めて自分の動画をアップしたのが、去年の六月末だったはず。
ブログを始めたのが、九月中旬。村人になったのは、十月末ぐらいだったかしら?
「ユーチューブ」、「ブログ」。単語としては知っていた。「インターネット」という単語と同じように。そして、それは、芸能人がやっているものと認識していた。まあ、コーダクミねぇーさんみたいな方が、新曲のプロモートのために動画、前は、ビデオクリップと言っていたやつをインターネットでやっていると思っていた。で、ブログも同じで、コーダクミねぇーさんみたいな方が、「みんなぁー、来月の武道館、来てくれぇーなぁー」とか言うのを記事にしていると思っていた。
そして、半分は、当たっていたけれど、芸能人は、その微細な一角であることが判明した。
無名のフリージャズピアニスト。無名、フリー、ジャズと三重苦芸能人の俺が参加できる代物ではなかったはずなのに、今では、裕イサオ氏はユーチューブオフィシャルパートナーであり、自身のチャンネルを持っている。なっ、なんと動画本数五十三本ぉーーーーーーーーーーん! お見事お見事、ぱちぱちぱちっ。で、総再生回数が五千回に近付いている。で、有名およびお金持ちになり、道を歩くとファンのオネーさま方、推定三百人ぐらいに追い掛けられる.....。はずだったはずであるが、はずれた。たまぁーーーーーーーーーーーーーーに、地下鉄の中で、あっ、イサオさんっ、なんていう程度。これだったら、だれでもあるじゃん、ねぇー。
うなことは、いいんだけれど、まあ、三重苦芸能人の動画にしては、そんなに悪い数字ではないと仲間連から聞いた。で、うなことはいいんだけれど、新しい職場、つまり、ジャズクラブとかとコンタクトする時に実にこれが便利なわけ。
「おい、あんちゃん、俺よぉー、沖(至師匠)組でぇー、若頭張ってる裕ちゅーもんやが、おめぇーの縄張りでよぉー、ちょいとなに、ちょちょいとヤノピをくんなましさせてくれんかい」
「なぁーーーにが若頭だっ、チャンジーめ。どこの組の馬の骨か知らんけど、シーデ-ぐらい持ってこんかい、たわけぇー」
「ふっふっふっふっふっ、なんめとんかいぃー、ユーチューブ専用チャンネルもっとるわい。目ん玉洗って、はよ、見んかい、どアホ」
とかぁー、後ね、メールに添付しちゃうから、これ楽チン。仕事も増えた。
あっ、ブログ。あーーー、こっちは鳴かず飛ばずの月夜の提灯?
いいもぉーーーん、イサ中の方に、書いてるんだもん、僕。ふん。
ブログを始めたのが、九月中旬。村人になったのは、十月末ぐらいだったかしら?
「ユーチューブ」、「ブログ」。単語としては知っていた。「インターネット」という単語と同じように。そして、それは、芸能人がやっているものと認識していた。まあ、コーダクミねぇーさんみたいな方が、新曲のプロモートのために動画、前は、ビデオクリップと言っていたやつをインターネットでやっていると思っていた。で、ブログも同じで、コーダクミねぇーさんみたいな方が、「みんなぁー、来月の武道館、来てくれぇーなぁー」とか言うのを記事にしていると思っていた。
そして、半分は、当たっていたけれど、芸能人は、その微細な一角であることが判明した。
無名のフリージャズピアニスト。無名、フリー、ジャズと三重苦芸能人の俺が参加できる代物ではなかったはずなのに、今では、裕イサオ氏はユーチューブオフィシャルパートナーであり、自身のチャンネルを持っている。なっ、なんと動画本数五十三本ぉーーーーーーーーーーん! お見事お見事、ぱちぱちぱちっ。で、総再生回数が五千回に近付いている。で、有名およびお金持ちになり、道を歩くとファンのオネーさま方、推定三百人ぐらいに追い掛けられる.....。はずだったはずであるが、はずれた。たまぁーーーーーーーーーーーーーーに、地下鉄の中で、あっ、イサオさんっ、なんていう程度。これだったら、だれでもあるじゃん、ねぇー。
うなことは、いいんだけれど、まあ、三重苦芸能人の動画にしては、そんなに悪い数字ではないと仲間連から聞いた。で、うなことはいいんだけれど、新しい職場、つまり、ジャズクラブとかとコンタクトする時に実にこれが便利なわけ。
「おい、あんちゃん、俺よぉー、沖(至師匠)組でぇー、若頭張ってる裕ちゅーもんやが、おめぇーの縄張りでよぉー、ちょいとなに、ちょちょいとヤノピをくんなましさせてくれんかい」
「なぁーーーにが若頭だっ、チャンジーめ。どこの組の馬の骨か知らんけど、シーデ-ぐらい持ってこんかい、たわけぇー」
「ふっふっふっふっふっ、なんめとんかいぃー、ユーチューブ専用チャンネルもっとるわい。目ん玉洗って、はよ、見んかい、どアホ」
とかぁー、後ね、メールに添付しちゃうから、これ楽チン。仕事も増えた。
あっ、ブログ。あーーー、こっちは鳴かず飛ばずの月夜の提灯?
いいもぉーーーん、イサ中の方に、書いてるんだもん、僕。ふん。
2013年11月24日日曜日
壊れた時計
この曲は、十五年前ぐらいに作ったもの。
そして、あの時以来、弾けなくなっていた。
私の処女出版「水の記憶」という自伝小説の腰帯の文章が、
「この小説は、壊れた時計なのだ。海の波間に浮かぶ壊れた時計なのだ」
この自伝小説を貫く、ひとつの調性は、「水」「洪水」「世界を飲み込み破壊してくれ」。
三十代半ばの私、つまり、旦那であり、二児の父親であり、家のローンを組み、日系企業の課長をやり、小説を書き、ピアノを再開し、依頼があれば、美術の小品展をやっていた。睡眠時間、三、四時間という時を過ごしていた。
芸術と日常に引き裂かれつつ、それでも、体力の続く限り、その狭間を最小限に食い止めようとしていた。それが「水のイメージ」に集約された。当時の私の中の詩的な叫びの結晶ではあった。熱い過労。倒れるなら、それでもいいと、本当に思っていた。
しかし、現実の姿を、私は見てしまった。
私の脳髄に蠢く幻影ではない、水の破壊力を見てしまった。
それ以降、この曲を弾けなくなっていた。
壊れた時計が、もう一度、動き始める。
そして、あの時以来、弾けなくなっていた。
私の処女出版「水の記憶」という自伝小説の腰帯の文章が、
「この小説は、壊れた時計なのだ。海の波間に浮かぶ壊れた時計なのだ」
この自伝小説を貫く、ひとつの調性は、「水」「洪水」「世界を飲み込み破壊してくれ」。
三十代半ばの私、つまり、旦那であり、二児の父親であり、家のローンを組み、日系企業の課長をやり、小説を書き、ピアノを再開し、依頼があれば、美術の小品展をやっていた。睡眠時間、三、四時間という時を過ごしていた。
芸術と日常に引き裂かれつつ、それでも、体力の続く限り、その狭間を最小限に食い止めようとしていた。それが「水のイメージ」に集約された。当時の私の中の詩的な叫びの結晶ではあった。熱い過労。倒れるなら、それでもいいと、本当に思っていた。
しかし、現実の姿を、私は見てしまった。
私の脳髄に蠢く幻影ではない、水の破壊力を見てしまった。
それ以降、この曲を弾けなくなっていた。
壊れた時計が、もう一度、動き始める。
2013年11月23日土曜日
夜のサンルイ島
日曜日に、ヨラムオーケストラをアラブ世界研究所へ聴きに行ったことは、記事に書いた。
寒い日だった。火曜日辺りから、風邪。体調不良。水曜日にややダウン。滅多にないのだけれど、一週間前ぐらいから、朝1℃、日中4℃から7℃の間と、一挙に10℃ぐらい気温が下がったから、やはり、老体に響いた。いくつかのアポイントを、珍しくキャンセルさせてもらった。
風邪薬を飲んで、やや痛い胃を抱えながら、それでも、ピアノに這って行き練習した。
しかも、胃が痛いのに、赤ワインを飲みながら。さすがに、いつものペースでは飲めなかった。
なんか、頭が朦朧としているせいなのか、ピアノの奏法がいつもより透明な感じ。邪念がない分、すっきりした演奏をした。こういうこともある。練習後、ぼーとパソコンを付けて、ブロガー画面を開いたら、詩神様がどばぁーーーと走ってきて、あっという間に、詩のようなものをお書きになられて去った。翌日、読み返したら、駄目だ、涙腺が緩んでくる。アップする? 躊躇する。で、下書き保存として、これを書いている。
アラブ世界研究所は、ポンマリーという地下鉄の駅を出ると、サンルイ島を渡った対岸にある。
この方向で歩いていくと、右側にライトアップされたノートルダム大聖堂の後姿が見える。久しぶりである。世界一高い大聖堂をしばしば訪れる私から見ると、意外に小さい感じがする。
と、その前に地下鉄からセーヌを渡った左側に、サンルイシアターがある。パリで最も古いシアターのひとつ。丁度二年前の今頃、マリーカズエさんの「東京バーバラ」というシャンソン公演のピアノ弾きとして、十回の定期公演をさせて頂いた所。こちらも久しぶりに横を通る。
二年前、まだ、私は営業課長の激務に追われていたから、毎週末の定期公演、体の方はへろへろだった。一週間、フランス全土を車、TGV、飛行機で移動しまくった後の週末にピアノ弾いてんだから、まあ、当然。でも、本当に、別のジャンルとのクロスオーバーは、いい勉強になりました。ピアノ力は、確実にアップした。
ヨラムオーケストラを聴き終わり、今度は、ポンマリー駅まで、寒いよぉー、寒いよぉーと言いながら来た時とは逆方向。また、サンルイ島の夜景を見る。急におのぼりさん目線で、やっぱ、パリって綺麗じゃんなどと思っていた。夜景の中で深緑色に光るセーヌの水面を見ていたら、少しずつ、水面がせり上がって来ていることに気が付いた。川岸の通りが浸水し始めていた。私は、とても怖くなった。
寒い日だった。火曜日辺りから、風邪。体調不良。水曜日にややダウン。滅多にないのだけれど、一週間前ぐらいから、朝1℃、日中4℃から7℃の間と、一挙に10℃ぐらい気温が下がったから、やはり、老体に響いた。いくつかのアポイントを、珍しくキャンセルさせてもらった。
風邪薬を飲んで、やや痛い胃を抱えながら、それでも、ピアノに這って行き練習した。
しかも、胃が痛いのに、赤ワインを飲みながら。さすがに、いつものペースでは飲めなかった。
なんか、頭が朦朧としているせいなのか、ピアノの奏法がいつもより透明な感じ。邪念がない分、すっきりした演奏をした。こういうこともある。練習後、ぼーとパソコンを付けて、ブロガー画面を開いたら、詩神様がどばぁーーーと走ってきて、あっという間に、詩のようなものをお書きになられて去った。翌日、読み返したら、駄目だ、涙腺が緩んでくる。アップする? 躊躇する。で、下書き保存として、これを書いている。
アラブ世界研究所は、ポンマリーという地下鉄の駅を出ると、サンルイ島を渡った対岸にある。
この方向で歩いていくと、右側にライトアップされたノートルダム大聖堂の後姿が見える。久しぶりである。世界一高い大聖堂をしばしば訪れる私から見ると、意外に小さい感じがする。
と、その前に地下鉄からセーヌを渡った左側に、サンルイシアターがある。パリで最も古いシアターのひとつ。丁度二年前の今頃、マリーカズエさんの「東京バーバラ」というシャンソン公演のピアノ弾きとして、十回の定期公演をさせて頂いた所。こちらも久しぶりに横を通る。
二年前、まだ、私は営業課長の激務に追われていたから、毎週末の定期公演、体の方はへろへろだった。一週間、フランス全土を車、TGV、飛行機で移動しまくった後の週末にピアノ弾いてんだから、まあ、当然。でも、本当に、別のジャンルとのクロスオーバーは、いい勉強になりました。ピアノ力は、確実にアップした。
ヨラムオーケストラを聴き終わり、今度は、ポンマリー駅まで、寒いよぉー、寒いよぉーと言いながら来た時とは逆方向。また、サンルイ島の夜景を見る。急におのぼりさん目線で、やっぱ、パリって綺麗じゃんなどと思っていた。夜景の中で深緑色に光るセーヌの水面を見ていたら、少しずつ、水面がせり上がって来ていることに気が付いた。川岸の通りが浸水し始めていた。私は、とても怖くなった。
2013年11月22日金曜日
シニアーマン再び
裕イサオ、当時、五十三歳は、突然、五十半ばにしてスーパーマンになってしまった。
いつものような、いつもの朝。いつものようにカフェオレとベンソンの煙草。そして、いつものように二階の風呂場へ。歯を磨き、顔を洗う。その後、鏡に向かってニッとする。
あれ? あれあれあれあれあれぇ?
芸能人のような白い歯。崩れ掛けていた顎の線が、妙にくっきり。
あっ、Tシャツの袖。いつもならガハガハの隙間だらけなのに、腕の太さがTシャツの袖の太さを上回っているらしく、ビシィー。あっ、胸筋が盛り上がっている。慌てて上半身裸になる。全体によたっと前屈み、透けたあばら骨、やや、だらしなく弛んでいる腹部等々の見慣れた姿がない。ないないないないない。盛り上がった胸の筋肉、ゴムタイヤのように、もこもこした腹筋。太い腕。よぉーーーく見ると、首の太さが顔の幅と同じだ。
と、冴えないオヤジがいきなりこれだ。
試しにピアノを弾いてみたら、なぜか、ストラビンスキーの春の祭典をちゃらちゃらと弾いてしまった。おわぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
地道な練習が生甲斐だったのによぉー、余計なことすんなぁーーーーー、おいおいおいおいおい。空も飛べちゃう。今更よぉーーー、余計なことを.....。
参ったねぇー、このスーパーマン化、仲間にばれるとヤバイから、超絶テクをひた隠し。
なんとか、コンサートをこなす毎日。
遠くで悲鳴が聞こえると、あっというまに空を飛んで助けに行ってしまう。
もともと根が善良だから、どうにもならんのだ。これじゃ、余生の人生設計が変わってしまう。
ブログ、ショートショートを書いて、地道にピアノの進歩。なろぉーーー、どうしてくれるぅー!
と、諸々は「シニアーマン1.2.3」を読んで頂戴ね。
とうとう、映画会社ナーナーブラザースから、次期バットマン映画の仮面を付けている部分の代役依頼。出演料二億円っ! ニーソピクチャーズからスパイダーマン。三億円。ジェームズキャラメル監督から、ターミネーター5の悪役、覆面ロボット役、十億円。と、素性がばれない役の依頼がぞくぞくのぞくぞく。考えたら特撮しなくていいから安上がりだし、本物だから、映像の迫力が違うというか、自然というか.....。
と、一躍、ハリウッドの大スターになっちゃったっ!
うもぉーーー、余計なことしてくれたよなぁー、ったく。
金ばっか溜まっちまっても、楽しみがなくなっちまっただべって!
いつものような、いつもの朝。いつものようにカフェオレとベンソンの煙草。そして、いつものように二階の風呂場へ。歯を磨き、顔を洗う。その後、鏡に向かってニッとする。
あれ? あれあれあれあれあれぇ?
芸能人のような白い歯。崩れ掛けていた顎の線が、妙にくっきり。
あっ、Tシャツの袖。いつもならガハガハの隙間だらけなのに、腕の太さがTシャツの袖の太さを上回っているらしく、ビシィー。あっ、胸筋が盛り上がっている。慌てて上半身裸になる。全体によたっと前屈み、透けたあばら骨、やや、だらしなく弛んでいる腹部等々の見慣れた姿がない。ないないないないない。盛り上がった胸の筋肉、ゴムタイヤのように、もこもこした腹筋。太い腕。よぉーーーく見ると、首の太さが顔の幅と同じだ。
と、冴えないオヤジがいきなりこれだ。
試しにピアノを弾いてみたら、なぜか、ストラビンスキーの春の祭典をちゃらちゃらと弾いてしまった。おわぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
地道な練習が生甲斐だったのによぉー、余計なことすんなぁーーーーー、おいおいおいおいおい。空も飛べちゃう。今更よぉーーー、余計なことを.....。
参ったねぇー、このスーパーマン化、仲間にばれるとヤバイから、超絶テクをひた隠し。
なんとか、コンサートをこなす毎日。
遠くで悲鳴が聞こえると、あっというまに空を飛んで助けに行ってしまう。
もともと根が善良だから、どうにもならんのだ。これじゃ、余生の人生設計が変わってしまう。
ブログ、ショートショートを書いて、地道にピアノの進歩。なろぉーーー、どうしてくれるぅー!
と、諸々は「シニアーマン1.2.3」を読んで頂戴ね。
とうとう、映画会社ナーナーブラザースから、次期バットマン映画の仮面を付けている部分の代役依頼。出演料二億円っ! ニーソピクチャーズからスパイダーマン。三億円。ジェームズキャラメル監督から、ターミネーター5の悪役、覆面ロボット役、十億円。と、素性がばれない役の依頼がぞくぞくのぞくぞく。考えたら特撮しなくていいから安上がりだし、本物だから、映像の迫力が違うというか、自然というか.....。
と、一躍、ハリウッドの大スターになっちゃったっ!
うもぉーーー、余計なことしてくれたよなぁー、ったく。
金ばっか溜まっちまっても、楽しみがなくなっちまっただべって!
2013年11月21日木曜日
ブログ、ふぅーむ
私が、現在、拝読しているブログは三つのみ。
自分のブログが、「読まれないよぉー」「なんでぇー、読まへんの」「なんして、読まねんだべか」、などと、書いているのに、この様である。あれ? ということは、私の愚ブログを読んで下さる、しかも、ご本人がブログを書いているとなると、私は、算数上は、十七名の方に不義理をしていることになる。単純計算だと。「ばぁーろー、こっちも、読めぇー、ばぁーか」という方もいらっしゃるかも知れない。その旨、お伝え下さいませ。拝読しますっ! お辞儀です。
本来は、五つだったけど、更新がないので、結果、この様になった。
もちろん、むきになって更新する必要もないものだから、とやかくは、言えないけど、寂しい。
でも、若い方々がブロ中。これは、よした方が絶対にいいと思う(急にオジサンというか、親父というか、父親だっ!)。もっと、別のベクトルがあると思う。ブログは、楽しみ。でも、どこかで、「何かへの助走」になっている。はずである。
私は、このブログのお陰で、十一年振りに小説を書いたし、今も、ショートショートを書いている(さっき、その二、「浮気センサー」の最終推敲をした。読ませないよぉーーー。お茶の間ハードボイルド。でも、ほろっとするわけ。まあ、夫婦愛を逆表現したってな感じ)。五十半ばのおっちゃんの自己啓発には、大変にいいと思う。でも、ピアノで十二分に、それをしているのに、更にだから、やっぱ、疲れては来るけど、まぁ、それはそれだ。だれも、書いてくれぇーなんて言ってないよね。辟易度は高くなっているだろう。
むむむぅ? 辟易度は、もしかすると、私のピアノの方が、遥か彼方の上空かしら?
仕方ないねぇー、表現狂だもんねぇー。
でも、不思議不思議、私は、あまり自己執着はしていないのである。
まぁ、自分で人間実験をしているのである。
私、ワンノブゼム。大体、ゼム自体が、ワンノブコスモス。以上、ラジャー。
ピアノで地球は壊れないし、詩、書いても壊れないよ。
自分のブログが、「読まれないよぉー」「なんでぇー、読まへんの」「なんして、読まねんだべか」、などと、書いているのに、この様である。あれ? ということは、私の愚ブログを読んで下さる、しかも、ご本人がブログを書いているとなると、私は、算数上は、十七名の方に不義理をしていることになる。単純計算だと。「ばぁーろー、こっちも、読めぇー、ばぁーか」という方もいらっしゃるかも知れない。その旨、お伝え下さいませ。拝読しますっ! お辞儀です。
本来は、五つだったけど、更新がないので、結果、この様になった。
もちろん、むきになって更新する必要もないものだから、とやかくは、言えないけど、寂しい。
でも、若い方々がブロ中。これは、よした方が絶対にいいと思う(急にオジサンというか、親父というか、父親だっ!)。もっと、別のベクトルがあると思う。ブログは、楽しみ。でも、どこかで、「何かへの助走」になっている。はずである。
私は、このブログのお陰で、十一年振りに小説を書いたし、今も、ショートショートを書いている(さっき、その二、「浮気センサー」の最終推敲をした。読ませないよぉーーー。お茶の間ハードボイルド。でも、ほろっとするわけ。まあ、夫婦愛を逆表現したってな感じ)。五十半ばのおっちゃんの自己啓発には、大変にいいと思う。でも、ピアノで十二分に、それをしているのに、更にだから、やっぱ、疲れては来るけど、まぁ、それはそれだ。だれも、書いてくれぇーなんて言ってないよね。辟易度は高くなっているだろう。
むむむぅ? 辟易度は、もしかすると、私のピアノの方が、遥か彼方の上空かしら?
仕方ないねぇー、表現狂だもんねぇー。
でも、不思議不思議、私は、あまり自己執着はしていないのである。
まぁ、自分で人間実験をしているのである。
私、ワンノブゼム。大体、ゼム自体が、ワンノブコスモス。以上、ラジャー。
ピアノで地球は壊れないし、詩、書いても壊れないよ。
2013年11月20日水曜日
営業マン
でね、三年前に、展望台サロンに展望バルコニーを作っちゃえと思い、見積もりを頼んだ。
で、その見積もり、「まだ」だ。カミサンが、何度も催促して、諦めた。
で、天窓を交換しようと思い、見積もりを頼んだ。
二つの業者さん、見積もりは、まぁー、一週間後に来た。
それから、二ヵ月半、「まだ」、その見積もりはこない。カミサンが何度か催促したけど。
で、台所の天井のペンキ塗り。
通常の裕先生なら、「おれがぁー、やる」となるけど、天井。
背骨神経痛の再発を考えると、ビビり。で、業者さん。見積もり、この提示は十日後。
すぐに、サインして、オーケーと返送。
それから、一ヵ月半、音沙汰なし。日取りが決められない。
おいおいおいおいおい、私は、某日系企業の営業課長だった。
「お下見」、どんな事情があろうが、48H以内に、見積書。少し間を見て、お電話、メール。
しつこくならないように、しつこく。TGV、飛行機の中だけは携帯が使えないから、寛ぎの一時。つまり、ピアノの譜面とかを見る唯一の時間。車の中、これは、電話には出ないといけないけど、安全第一だから、運転中は出ない。パーキングに止めて、掛け直す。TGV、パリからリヨンに行く車中、奥様から、「裕さん、ピアノ、転売したいんだけど、なんとかしてくれるぅー、裕さんなら出来るでしょ。チュチュ(こんな感じ、ね)」。携帯で、ピアノ屋に電話。引き取りの段取りを付けて、十二分三十二秒後に、奥様へお電話。お客様のご質問を想定し、メールを受信後、二秒後に返信。
こういうことを、四半世紀、やっていた。
会社のため?
ほほほほほっ、私には、遊びだった。ジェームズボンドごっこをしていた。
急に、俺になるけど、好きなのですよぉー、こういうハードライフ、ジャムセッションみたいでぇー。でもね、俺は、部下には強要しなかったよ、本当に。だって、俺は、遊びでやってんだぜって。こんな課長に付き合っていたら、家庭崩壊だよって!
それにしても、おい、フランス人営業さん、「おっせぇーーーーーーーーーーーーーーーーー」。
で、その見積もり、「まだ」だ。カミサンが、何度も催促して、諦めた。
で、天窓を交換しようと思い、見積もりを頼んだ。
二つの業者さん、見積もりは、まぁー、一週間後に来た。
それから、二ヵ月半、「まだ」、その見積もりはこない。カミサンが何度か催促したけど。
で、台所の天井のペンキ塗り。
通常の裕先生なら、「おれがぁー、やる」となるけど、天井。
背骨神経痛の再発を考えると、ビビり。で、業者さん。見積もり、この提示は十日後。
すぐに、サインして、オーケーと返送。
それから、一ヵ月半、音沙汰なし。日取りが決められない。
おいおいおいおいおい、私は、某日系企業の営業課長だった。
「お下見」、どんな事情があろうが、48H以内に、見積書。少し間を見て、お電話、メール。
しつこくならないように、しつこく。TGV、飛行機の中だけは携帯が使えないから、寛ぎの一時。つまり、ピアノの譜面とかを見る唯一の時間。車の中、これは、電話には出ないといけないけど、安全第一だから、運転中は出ない。パーキングに止めて、掛け直す。TGV、パリからリヨンに行く車中、奥様から、「裕さん、ピアノ、転売したいんだけど、なんとかしてくれるぅー、裕さんなら出来るでしょ。チュチュ(こんな感じ、ね)」。携帯で、ピアノ屋に電話。引き取りの段取りを付けて、十二分三十二秒後に、奥様へお電話。お客様のご質問を想定し、メールを受信後、二秒後に返信。
こういうことを、四半世紀、やっていた。
会社のため?
ほほほほほっ、私には、遊びだった。ジェームズボンドごっこをしていた。
急に、俺になるけど、好きなのですよぉー、こういうハードライフ、ジャムセッションみたいでぇー。でもね、俺は、部下には強要しなかったよ、本当に。だって、俺は、遊びでやってんだぜって。こんな課長に付き合っていたら、家庭崩壊だよって!
それにしても、おい、フランス人営業さん、「おっせぇーーーーーーーーーーーーーーーーー」。
2013年11月19日火曜日
混合オーケストラ
昨日は、我々トリオのベース奏者、ヨラムロシリオのオーケストラの演奏を聴きに行って来た。
パリの一等地にあるアラブ世界研究所の大ホール。ほぼ、満席。六百人ぐらいいらしていたのかしら。客席は、ほとんどフランス人だった。
モロッコの伝統音楽家のおじさん、おじいちゃん、約十名。出入りしているので、何人なのか、勘定できず。これに、フランス人ジャズミュージッシャン、約十名。総勢二十名。まあ、ヨラム、
まだ若いのに、二つの文化と二十名のミュージッシャンの統括ということを見事にやっている。大したもんだ、本当。
フランス側は、見知ったメンバーも多かったので、今回は書かない。
モロッコ側。若いのは一名のみ。後は、初老の方々。なぜか、メンバーの半分ぐらい前歯がまばら。パーカッション、歌、踊りに、チャルメラみたいなラッパ。
この踊りのおじさんが、柄本明にそっくりで仰け反ったっ!
ビニールのスリッパと民族衣装の柄本明が、まったく力の入らない、ふわふわ踊りを舞台中央でやるのだけれど、そのふわふわ感の素晴らしいこと! 無我の境地みたい。
ずっと同じリズム、同じ歌詞、ふわふわ踊りにチャルメララッパ。
見ていたら、フランス側も含めて、全員が段々トランス状態になっていく。
音楽のひとつの原型を見た。理屈抜きに素晴らしい。
日本国にも、同じような祭りがあったことを思い出したりしていた。
初めてのパリ公演だったらしいけど、今後のヨラムオーケストラの活躍、心よりお祈り致します。
見事でしたぁ!
おい、ヨラム、忙しいとこ悪いな、来週は、こっちのトリオだぜ、よろくしな。
パリの一等地にあるアラブ世界研究所の大ホール。ほぼ、満席。六百人ぐらいいらしていたのかしら。客席は、ほとんどフランス人だった。
モロッコの伝統音楽家のおじさん、おじいちゃん、約十名。出入りしているので、何人なのか、勘定できず。これに、フランス人ジャズミュージッシャン、約十名。総勢二十名。まあ、ヨラム、
まだ若いのに、二つの文化と二十名のミュージッシャンの統括ということを見事にやっている。大したもんだ、本当。
フランス側は、見知ったメンバーも多かったので、今回は書かない。
モロッコ側。若いのは一名のみ。後は、初老の方々。なぜか、メンバーの半分ぐらい前歯がまばら。パーカッション、歌、踊りに、チャルメラみたいなラッパ。
この踊りのおじさんが、柄本明にそっくりで仰け反ったっ!
ビニールのスリッパと民族衣装の柄本明が、まったく力の入らない、ふわふわ踊りを舞台中央でやるのだけれど、そのふわふわ感の素晴らしいこと! 無我の境地みたい。
ずっと同じリズム、同じ歌詞、ふわふわ踊りにチャルメララッパ。
見ていたら、フランス側も含めて、全員が段々トランス状態になっていく。
音楽のひとつの原型を見た。理屈抜きに素晴らしい。
日本国にも、同じような祭りがあったことを思い出したりしていた。
初めてのパリ公演だったらしいけど、今後のヨラムオーケストラの活躍、心よりお祈り致します。
見事でしたぁ!
おい、ヨラム、忙しいとこ悪いな、来週は、こっちのトリオだぜ、よろくしな。
2013年11月18日月曜日
文体について
文体、私のようなミュージッシャンには音体になるのかもしれない。
文章を書く、そのスタイル。変な話だけれど、内容以前の問題という気がしている。
分かり易く言うと、語り口というやつである。逆に言うと、内容以前に、その語り口によって、その内容が如何様にも変わるということ。たとえば、内容にあたる「空」「花」「地面」なんでもよい。どう語るのか、これによって、ブログ、エッセイ、文学、詩、もっと別なものへと変容して行くのである。
「自分の文体」。これは、簡単に言ってしまうと「皆、ある」ような感じがする。
けれど、正直、言ってしまうと、「これ」を持っている方は、稀なのである。
持っているような錯覚は、みんな、ある。でも、ない。カラオケなのだ。自分の歌ではない。
「自分の文体がない方」に、詩は書けない。
それは、無理である。それがある方は、逆に言うと、「なにを書いても詩的」なのである。
と、書いてみちゃったんだけんちょも、これは、俺の文体じゃーねぇーな。現時点ではね。
で、俺自身の文体ってあるのかしらと考えると、分からない。
これは、第三者が決めることなんだと思う。
ピアノの方は、俺の音体は、ある、はず、と、踏んではいるけど、やっば、わかんねぇー。
ないと、バヤイ、けど。りょあぁーーー、その前に人体というのがあったよぉーーー。
ヒューマンネイチャー、ね。
文章を書く、そのスタイル。変な話だけれど、内容以前の問題という気がしている。
分かり易く言うと、語り口というやつである。逆に言うと、内容以前に、その語り口によって、その内容が如何様にも変わるということ。たとえば、内容にあたる「空」「花」「地面」なんでもよい。どう語るのか、これによって、ブログ、エッセイ、文学、詩、もっと別なものへと変容して行くのである。
「自分の文体」。これは、簡単に言ってしまうと「皆、ある」ような感じがする。
けれど、正直、言ってしまうと、「これ」を持っている方は、稀なのである。
持っているような錯覚は、みんな、ある。でも、ない。カラオケなのだ。自分の歌ではない。
「自分の文体がない方」に、詩は書けない。
それは、無理である。それがある方は、逆に言うと、「なにを書いても詩的」なのである。
と、書いてみちゃったんだけんちょも、これは、俺の文体じゃーねぇーな。現時点ではね。
で、俺自身の文体ってあるのかしらと考えると、分からない。
これは、第三者が決めることなんだと思う。
ピアノの方は、俺の音体は、ある、はず、と、踏んではいるけど、やっば、わかんねぇー。
ないと、バヤイ、けど。りょあぁーーー、その前に人体というのがあったよぉーーー。
ヒューマンネイチャー、ね。
2013年11月17日日曜日
ヒューマンネイチャー
日本語に訳すと、「人間性」。英語の方が綺麗だ。
このタイトルの曲は、ご存知の方も多いはず。マイケルジャクソンのヒット曲。
後日、我々の大将であるマイルスデイビスが、トランペットでやった。
マイケルの原曲も、マイルスのペットも、素晴らしい。
ジャズのスタンダードと化した。
うん、俺も、この曲は大好きなので、俺流にアレンジしちゃいました。
聴いてクレヨン(町田康)。
このタイトルの曲は、ご存知の方も多いはず。マイケルジャクソンのヒット曲。
後日、我々の大将であるマイルスデイビスが、トランペットでやった。
マイケルの原曲も、マイルスのペットも、素晴らしい。
ジャズのスタンダードと化した。
うん、俺も、この曲は大好きなので、俺流にアレンジしちゃいました。
聴いてクレヨン(町田康)。
2013年11月16日土曜日
ピアノと車
似ているところも多々ある。けれど、ピアノは、あんまり体感はできない。音感。
軽自動車とリッターカー、ファミリカー、高級車、スポーツカー、スーパーカー。
もちろん、スペックが全然違う。で、ピアノも現在は工業製品、一部、手作り。ここは車と似ている。
車は体感できるから、それぞれの車が面白い。ちょっと、人間に似ている。
小さな車は、それなりに面白いし、高級車は、確かに快適。
じゃ、ピアノは?
それぞれのメーカーに特色がある。独断で書いてみよう。
でも、問答無用で、メーカーごとに高級になるほどベター。ちょっと、車の楽しさとは違う。
廉価版系は、プロには、ちとキツイ。音がちんけ過ぎて、脳が破壊されてしまう。
一度、コンサート会場で、ちんけなキーボードが出てきて仰け反ったことがある。
一万円ぐらいのおもちゃみたいなやつ。俺は怒ったわけではなく、持っていたトランペットを演奏したのである。フリージャズだから、なんとでもなるのじゃよ。
「ヤマハ」世界シェアー一位。トヨタに良く似ている。そういう意味では。俺は、ずっと、ヤマハのピアノで音感教育を受けたから、音のルーツ。当然にして、一番、脳と耳が馴染む。アップライトのU1が一番好きである。実家にある半世紀前のアップライトと音が似ているからである。ヤマハの音は、明るい音。金属的という方もいるけれど、そうではないと思う。明るい音。因みに、私のホームであるジャズクラブ、バビロはヤマハU1。郷里のジャズクラブ、クイーンさんは、ヤマハのグランドG5。これは、素晴らしい音が出る。今まで、俺が弾いた中のベストのひとつである。
「カワイ」ヤマハの分家だけれど、音が少しジャジー。ちょっとだけ、暗い。ジャズ屋向きかも知れない。タッチとか機能の差はあまり感じないけど、音が、少しだけ、暗いかも。確か、パリ音大の練習用のピアノは、カワイだったな。弾かれ過ぎて、フェルトがよれよれのものばかりだった。
「プレイヤル」フランスの名門。現在は製造されていないはず。昔の赤茶色のグランドピアノが比較的、手に入る。ピアノ工房で弾かしてもらったことが何度かある。柔らかいけれど張りのある音。音自体が、とても綺麗である。クラッシックの方々には、うるうるものだろうねぇー。俺みたいな野蛮ピアニストには、ちと、もったいないかも? お上品なのだ、すべてが。
「ガボー」「ボード」この二つのメーカーもプレイヤルと同系列。「ボード」はスタンウェイが買収しているはず。ガボーのアップライト、概観が物凄く綺麗。調度品、工芸品という感じで素敵だ。
「スタンウェイ」もう、これはご存知の通りで、世界最高峰のピアノということになっている。意外と、鍵盤のタッチが軽くて弾き易い。音は、明るく張りのある音。音自体のバランスがとても良い。俺の動画のエリコーナさんでのライブは、このスタンウェイです。キース ジェレットは、これしか弾かない。素晴らしいのだけれど、お値段も素晴らし過ぎ。一千万円前後だよぉーーー!
まあ、一生、買えません。
「ベーゼンドルファー」これは、ピアノのF1マシーン。鍵盤が重い。音は重厚そのもの。確かフランツリストが使っていたはず。日本から駐在でいらした方のサロンに、黒いグランドピアノ。「裕さん、うち、男の子が三人いるでしょ、このピアノっていくらぐらいするものなの?」「なんて書いてあります?」「ベェーなんとかかんとか」「りゃりゃりゃ、俺、見に行くから触らないで」と。で、行った。ベーゼンドルファーだった。うん、現在の中古価格で八百万円ぐらいですねぇーって返事をしたら奥さん仰け反り、引っ越してしまった。はははははぁ。
「ベヒィシュタイン」これも、ピアノの横綱。ロンドンの小さな教会の端に、ぽっとグランドピアノが置いてあって、そっと蓋を開けたら、これだった。泣きそうになった。とんとんと軽く叩いてお辞儀をして蓋を閉めた。
うわぁー、まだまだ一杯あるなぁー。
家の近所に、バァーンシュタイン専門の修復工房があって、ヤマハの中古あると訪ねていったら、職人さん、「あんなものはピアノじゃない」ときっぱり言われた。俺は同意はしないけど、このきっぱり感は見事。友達の家に新型のペトロフがあって、弾かせてもらった。昔は音量が小さかったけれど新型は改善。音は、とても綺麗。ジャズ向きではないけど。あと、韓国のピアノメーカーが複数ある。基本的にはヤマハに似ているけれど、もう少し金属的な音がする。
あっ、車と似ている部分だと、製品としての完成度、強度は、日本製、韓国製が優秀だろう。
あれれ、なんか珍しくブログっぽいし、ピアニストっぽい記事だよなぁー。たまにはいいよね?
で、俺が仮に十分なお金があったらなにを買うか? ずはり、ヤマハのGFXです。これは、もう、マシーン、精巧な機械という感じで、見ているだけで涎が出てくる。音も、すんばらしい。でも、絶対に買えないから、やはり、アップライトのU1かな。今、俺んちにあるのは、イギリス製のヤマハのアップライト、中級グレードのサイレントピアノとローランドのプロ用のステージピアノRD700GXというやつ。でも、クラッシックなさる方には、やっぱ、三大横綱および、プレイヤル、ガボー、ボード、ペトロフなんかの方が、音色がしっくりすると思う。
ジャズ屋は、味わいを出すテクニックが身に染みているから、むしろ、ピアノは無機的な方が、弾き易いのです。ちょっと、パラドックスだけど、本当にそうなのですね。スタンウェイはニュートラルだから、これも素晴らしい。
軽自動車とリッターカー、ファミリカー、高級車、スポーツカー、スーパーカー。
もちろん、スペックが全然違う。で、ピアノも現在は工業製品、一部、手作り。ここは車と似ている。
車は体感できるから、それぞれの車が面白い。ちょっと、人間に似ている。
小さな車は、それなりに面白いし、高級車は、確かに快適。
じゃ、ピアノは?
それぞれのメーカーに特色がある。独断で書いてみよう。
でも、問答無用で、メーカーごとに高級になるほどベター。ちょっと、車の楽しさとは違う。
廉価版系は、プロには、ちとキツイ。音がちんけ過ぎて、脳が破壊されてしまう。
一度、コンサート会場で、ちんけなキーボードが出てきて仰け反ったことがある。
一万円ぐらいのおもちゃみたいなやつ。俺は怒ったわけではなく、持っていたトランペットを演奏したのである。フリージャズだから、なんとでもなるのじゃよ。
「ヤマハ」世界シェアー一位。トヨタに良く似ている。そういう意味では。俺は、ずっと、ヤマハのピアノで音感教育を受けたから、音のルーツ。当然にして、一番、脳と耳が馴染む。アップライトのU1が一番好きである。実家にある半世紀前のアップライトと音が似ているからである。ヤマハの音は、明るい音。金属的という方もいるけれど、そうではないと思う。明るい音。因みに、私のホームであるジャズクラブ、バビロはヤマハU1。郷里のジャズクラブ、クイーンさんは、ヤマハのグランドG5。これは、素晴らしい音が出る。今まで、俺が弾いた中のベストのひとつである。
「カワイ」ヤマハの分家だけれど、音が少しジャジー。ちょっとだけ、暗い。ジャズ屋向きかも知れない。タッチとか機能の差はあまり感じないけど、音が、少しだけ、暗いかも。確か、パリ音大の練習用のピアノは、カワイだったな。弾かれ過ぎて、フェルトがよれよれのものばかりだった。
「プレイヤル」フランスの名門。現在は製造されていないはず。昔の赤茶色のグランドピアノが比較的、手に入る。ピアノ工房で弾かしてもらったことが何度かある。柔らかいけれど張りのある音。音自体が、とても綺麗である。クラッシックの方々には、うるうるものだろうねぇー。俺みたいな野蛮ピアニストには、ちと、もったいないかも? お上品なのだ、すべてが。
「ガボー」「ボード」この二つのメーカーもプレイヤルと同系列。「ボード」はスタンウェイが買収しているはず。ガボーのアップライト、概観が物凄く綺麗。調度品、工芸品という感じで素敵だ。
「スタンウェイ」もう、これはご存知の通りで、世界最高峰のピアノということになっている。意外と、鍵盤のタッチが軽くて弾き易い。音は、明るく張りのある音。音自体のバランスがとても良い。俺の動画のエリコーナさんでのライブは、このスタンウェイです。キース ジェレットは、これしか弾かない。素晴らしいのだけれど、お値段も素晴らし過ぎ。一千万円前後だよぉーーー!
まあ、一生、買えません。
「ベーゼンドルファー」これは、ピアノのF1マシーン。鍵盤が重い。音は重厚そのもの。確かフランツリストが使っていたはず。日本から駐在でいらした方のサロンに、黒いグランドピアノ。「裕さん、うち、男の子が三人いるでしょ、このピアノっていくらぐらいするものなの?」「なんて書いてあります?」「ベェーなんとかかんとか」「りゃりゃりゃ、俺、見に行くから触らないで」と。で、行った。ベーゼンドルファーだった。うん、現在の中古価格で八百万円ぐらいですねぇーって返事をしたら奥さん仰け反り、引っ越してしまった。はははははぁ。
「ベヒィシュタイン」これも、ピアノの横綱。ロンドンの小さな教会の端に、ぽっとグランドピアノが置いてあって、そっと蓋を開けたら、これだった。泣きそうになった。とんとんと軽く叩いてお辞儀をして蓋を閉めた。
うわぁー、まだまだ一杯あるなぁー。
家の近所に、バァーンシュタイン専門の修復工房があって、ヤマハの中古あると訪ねていったら、職人さん、「あんなものはピアノじゃない」ときっぱり言われた。俺は同意はしないけど、このきっぱり感は見事。友達の家に新型のペトロフがあって、弾かせてもらった。昔は音量が小さかったけれど新型は改善。音は、とても綺麗。ジャズ向きではないけど。あと、韓国のピアノメーカーが複数ある。基本的にはヤマハに似ているけれど、もう少し金属的な音がする。
あっ、車と似ている部分だと、製品としての完成度、強度は、日本製、韓国製が優秀だろう。
あれれ、なんか珍しくブログっぽいし、ピアニストっぽい記事だよなぁー。たまにはいいよね?
で、俺が仮に十分なお金があったらなにを買うか? ずはり、ヤマハのGFXです。これは、もう、マシーン、精巧な機械という感じで、見ているだけで涎が出てくる。音も、すんばらしい。でも、絶対に買えないから、やはり、アップライトのU1かな。今、俺んちにあるのは、イギリス製のヤマハのアップライト、中級グレードのサイレントピアノとローランドのプロ用のステージピアノRD700GXというやつ。でも、クラッシックなさる方には、やっぱ、三大横綱および、プレイヤル、ガボー、ボード、ペトロフなんかの方が、音色がしっくりすると思う。
ジャズ屋は、味わいを出すテクニックが身に染みているから、むしろ、ピアノは無機的な方が、弾き易いのです。ちょっと、パラドックスだけど、本当にそうなのですね。スタンウェイはニュートラルだから、これも素晴らしい。
2013年11月15日金曜日
仲間たち
毎日、俺の仲間のだれかが、パリのあちらこちらで公演をしている。
もちろん、俺および俺のグループの公演も含まれる。それで、ちょこまかとお出掛けないし、仕事場へとなる。なんだか、結構忙しいけど、いいこっちゃ、我々には。
うちのトリオのベースのヨラムからコンサート案内が来て、仰け反った。
パリのアラブ会館でのコンサート。このメジャーな場所だけでも仰け反るのに、じっと読んでいたら、ヨラムが推定三十人ぐらいのオーケストラなんだけれど、これの総監督。二度仰け反る。
佐藤真師匠もパリの売れっ子ドラマー。
いやぁー、なんか俺は凄いメンバーでトリオを結成してしまったことになる。
むむっ、ということは、俺もそこそこ凄いのかしらねぇー?
先日、パリ音大出身の連中のユニットを聴きにいった。
いやぁー、さすがに皆上手い。謙虚でいいやつらだし、実に楽器の扱いが上手い。
俺の技術の比ではない。まあ、専門にやってきた連中だからねぇー。
で、俺はセショボーンとなったのかというと全然の全然。
俺との違いを諸々分析して帰ってきた。俺、ないし俺らなんだけれど、
良し悪しではなく、あとはお客様の好みなのでどっちがどうのというわけじゃないよ。純粋にどう違うのか、ということ。
俺らは、明らかに母体がジャズだ。エモーショナルなのである。
彼らは、明らかに母体がクラッシック。理知的に構成されている。
俺らは、明らかに喧嘩空手みたいな感じだ。実戦系。
彼らは、基本形をキープ。お上品だ。やはり、相手との相互了解の下に、皆で構成する。
俺らは、明らかに爆発し、ぶっ倒れるぞぉーと勇ましい。
彼らは、明らかに理知が先に来ている。
やっぱ、西洋のミュージッシャンという感じが、物凄くした。クラッシックの土台の上のインプロビゼーション。フランスだと、インプロビゼーションとよく一括りにされるんだけれど、明らかに俺らは、フリージャズだ。別に、境界線を決める必要はないけれど、明らかに流派が違う。別に敵対しているわけじゃないよ。
俺、真師匠は日本人。ヨラムはモロッコ人。
ちょっと、フランスのミュージッシャンとはルーツが違うんだろうね。
俺たち、日本の曲を演奏しないけれど、まあ、結果的に、日本的と言われる。
静かな雅楽に似ているのではなくて(こっちのミュージッシャンの方が逆に影響を受けている)、べろべろになって馬鹿騒ぎして倒れるというこの乗りが、たぶん、そんな感じに聞こえると推測している。たががジャズだろがぁーーーと、言いながら、ムキになってやっているところが.....。
もちろん、俺および俺のグループの公演も含まれる。それで、ちょこまかとお出掛けないし、仕事場へとなる。なんだか、結構忙しいけど、いいこっちゃ、我々には。
うちのトリオのベースのヨラムからコンサート案内が来て、仰け反った。
パリのアラブ会館でのコンサート。このメジャーな場所だけでも仰け反るのに、じっと読んでいたら、ヨラムが推定三十人ぐらいのオーケストラなんだけれど、これの総監督。二度仰け反る。
佐藤真師匠もパリの売れっ子ドラマー。
いやぁー、なんか俺は凄いメンバーでトリオを結成してしまったことになる。
むむっ、ということは、俺もそこそこ凄いのかしらねぇー?
先日、パリ音大出身の連中のユニットを聴きにいった。
いやぁー、さすがに皆上手い。謙虚でいいやつらだし、実に楽器の扱いが上手い。
俺の技術の比ではない。まあ、専門にやってきた連中だからねぇー。
で、俺はセショボーンとなったのかというと全然の全然。
俺との違いを諸々分析して帰ってきた。俺、ないし俺らなんだけれど、
良し悪しではなく、あとはお客様の好みなのでどっちがどうのというわけじゃないよ。純粋にどう違うのか、ということ。
俺らは、明らかに母体がジャズだ。エモーショナルなのである。
彼らは、明らかに母体がクラッシック。理知的に構成されている。
俺らは、明らかに喧嘩空手みたいな感じだ。実戦系。
彼らは、基本形をキープ。お上品だ。やはり、相手との相互了解の下に、皆で構成する。
俺らは、明らかに爆発し、ぶっ倒れるぞぉーと勇ましい。
彼らは、明らかに理知が先に来ている。
やっぱ、西洋のミュージッシャンという感じが、物凄くした。クラッシックの土台の上のインプロビゼーション。フランスだと、インプロビゼーションとよく一括りにされるんだけれど、明らかに俺らは、フリージャズだ。別に、境界線を決める必要はないけれど、明らかに流派が違う。別に敵対しているわけじゃないよ。
俺、真師匠は日本人。ヨラムはモロッコ人。
ちょっと、フランスのミュージッシャンとはルーツが違うんだろうね。
俺たち、日本の曲を演奏しないけれど、まあ、結果的に、日本的と言われる。
静かな雅楽に似ているのではなくて(こっちのミュージッシャンの方が逆に影響を受けている)、べろべろになって馬鹿騒ぎして倒れるというこの乗りが、たぶん、そんな感じに聞こえると推測している。たががジャズだろがぁーーーと、言いながら、ムキになってやっているところが.....。
2013年11月14日木曜日
黙々とシンセサイザー
冬の始まりにピアノを弾いていると、鬱になるから、こういう時は、シンセサイザーにさっさと変えてしまう。ローランドのステージピアノがあるから、もう、なんでもできる。一人オーケストラ。孤独である? な、こたぁーねぇー。おもろいどぉー。ピアノとは、また、違う。音が伸びる伸びるぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーし、ベースだドラムは、勝手にプログラムしてしまえば、オートマ。ピアノでは、でけん。でも、ピアノの技術があってのオートマなのね、マニュアルから始めた方が、ベターではあるけど、別に、俺はヤダというやつがいても、全然全然である。
ピアノとシンセサイザー、似ている。同系列?
のように見えるけど、じぇんじぇんじぇんじぇんである。
ピアノは、技術が、まず、先に来る。
シンセはフィールが先に来る。
ピアノは共鳴するから、深い音が出せる。
シンセは、伸びる伸びるぅーーーーーーーーーーーーーーーのロングトォーーーーーーーン。
純文学と読物ってな感じだけれど、俺は、どちらも好きだ。
でね、同じ曲を両方でやると、おもろいどぉーーー。
今、センチメンタルロボットシンセ版とマイルスデイビスシンセ新版ソーワット、ハービーハンコック、バタフライ。これを黙々と黙々している。
あっ、とっつぁんになってから、ピアノを俺も、なんちゅう方には、もちろん、ピアノがいいんだけれど、あのね、
まず、電子ピアノから始めないで下さい。本物の、できれば、できるだけいいピアノから。
いやぁーーー、僕は趣味で遊びだからキーボードでええやん。という方は、俺の使っているプロ用のステージピアノから始めて下さい。でだ、ピアノ店で、スタンウェイとかで、ちょうちょとか、ドレミの歌とか弾いてみて。ピアノ本来の音を、まず、耳と脳にインプットしてからやった方が、絶対にいいのである。
ざってぇーーー、ということであれば、最初からやらないか、ピアニカで十分。なのだ。
あれ? 例によって分かり難いな。そう、始めるのであれば、いい楽器で始める。ということです。ヤマハの千二百万円ぐらいするピアノ(もちろん、買えないけど、俺は)。一音だけで、もう、十分という音もあるのです。ちんけな楽器で始めると、脳音自体がちんけになるから、よした方がベターです。はい。
2013年11月13日水曜日
たまには、普通に書いてみる
と、一応、タイトルは付けた。
書きたいことは、山ほどあるのであるけれど、本質的なことは書きたくない。
って、具体的になんなんですかぁーって聞かれても、答えない。
たとえば、OOとか、OOとか、OOとか...。
私は楽しく生きていたいから、嫌なのだ。そういうものが。
つまり、脳拘束を誘発するものが。
でね、脳天気だと楽しいのか? もちろん、楽しい。
でも、上記のOOOOOOとか、諸々のOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOが、出てくる。でね、俺の主義は、対峙すること。アルプスの少女、対峙。退治でもいいかもしんない。
逃げたって、あっちが追ってくる。俺は犯罪者じゃねぇーけど、世間という不可思議なものが。実態なんてない。皆、こういう不可思議なものにうんざりしているのに、向こうが追ってくる。
「もう、夜十一時だよ」「うん、課長が帰らないから帰れないよな」「うん、俺達の家庭はどうなるの? こんな生活していて。働き過ぎだよな、俺達。これが人生ってやつなの?」
じゃ、逃げるが勝ちなのかというと、逃げ切れない、生きている内は。したらば、対峙するのだっ。
裕課長「ちみたち、とっとと帰れって、ばぁーろー。俺がいると帰れねぇーだと? 仕事のできねぇーうすのろって勤務評価しちまうぜって! とっとと帰れ帰れっ、五時によぉー。えっ、帰り難い? ふむ、そっ、そうかぁー、俺が五時に帰ればいいわけだね。あっ、そぉーゆーーーことね」
ということになる。だから、私、わたくし、俺、僕、あたい、とかが、あなた、君、お前、あんた、てめぇー、などというものに対峙するのである。でね、このメカニズムは皆同じなわけなのであるから、私から見たあなたを分析してみると、あなたから見た私になって、あなたから見ると、私も世間という実体のないものの一翼を担っている。と、少し、大人になるという計算式が成り立つのであるのだ。
ニンゲン様はアホ集団であるから、地球様がこのようになっている。
ニンゲン様と上から目線で見ると、その固まりの微細な一角に私がいる。小さいよぉーーー。
だぁーら、ソクラテスのあの一言ね。
KHL;KL\;L\Z;MLXC'ZLKA;'/MNMKMD \XKJKXN;,GH;L'KJCKNLKN
KHLKAS'LD';\LNSKFGHJKL;AJHJKL;DVHJkld;DBNM,CNlc;
xcvbnm;axd;lc\';c;mnljkjhhj;';MSNKJBN/
cklk';x;\'xnkjNJX;'.//x.;,KX,MLKK
VJJ;,L'c;aS;CA.CAc/;LLJK....................................。
あっ、忘れちゃったぁー。
ローラ、出て込んでぇー、えぇーーーっ!
どこが普通なのって、裕先生っ、超分かり難い文章っ!
書きたいことは、山ほどあるのであるけれど、本質的なことは書きたくない。
って、具体的になんなんですかぁーって聞かれても、答えない。
たとえば、OOとか、OOとか、OOとか...。
私は楽しく生きていたいから、嫌なのだ。そういうものが。
つまり、脳拘束を誘発するものが。
でね、脳天気だと楽しいのか? もちろん、楽しい。
でも、上記のOOOOOOとか、諸々のOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOが、出てくる。でね、俺の主義は、対峙すること。アルプスの少女、対峙。退治でもいいかもしんない。
逃げたって、あっちが追ってくる。俺は犯罪者じゃねぇーけど、世間という不可思議なものが。実態なんてない。皆、こういう不可思議なものにうんざりしているのに、向こうが追ってくる。
「もう、夜十一時だよ」「うん、課長が帰らないから帰れないよな」「うん、俺達の家庭はどうなるの? こんな生活していて。働き過ぎだよな、俺達。これが人生ってやつなの?」
じゃ、逃げるが勝ちなのかというと、逃げ切れない、生きている内は。したらば、対峙するのだっ。
裕課長「ちみたち、とっとと帰れって、ばぁーろー。俺がいると帰れねぇーだと? 仕事のできねぇーうすのろって勤務評価しちまうぜって! とっとと帰れ帰れっ、五時によぉー。えっ、帰り難い? ふむ、そっ、そうかぁー、俺が五時に帰ればいいわけだね。あっ、そぉーゆーーーことね」
ということになる。だから、私、わたくし、俺、僕、あたい、とかが、あなた、君、お前、あんた、てめぇー、などというものに対峙するのである。でね、このメカニズムは皆同じなわけなのであるから、私から見たあなたを分析してみると、あなたから見た私になって、あなたから見ると、私も世間という実体のないものの一翼を担っている。と、少し、大人になるという計算式が成り立つのであるのだ。
ニンゲン様はアホ集団であるから、地球様がこのようになっている。
ニンゲン様と上から目線で見ると、その固まりの微細な一角に私がいる。小さいよぉーーー。
だぁーら、ソクラテスのあの一言ね。
KHL;KL\;L\Z;MLXC'ZLKA;'/MNMKMD \XKJKXN;,GH;L'KJCKNLKN
KHLKAS'LD';\LNSKFGHJKL;AJHJKL;DVHJkld;DBNM,CNlc;
xcvbnm;axd;lc\';c;mnljkjhhj;';MSNKJBN/
cklk';x;\'xnkjNJX;'.//x.;,KX,MLKK
VJJ;,L'c;aS;CA.CAc/;LLJK....................................。
あっ、忘れちゃったぁー。
ローラ、出て込んでぇー、えぇーーーっ!
どこが普通なのって、裕先生っ、超分かり難い文章っ!
2013年11月12日火曜日
音版センチメンタルロボット
音と言葉、どっちが強いのかしら?
これに美術という視覚を入れると、聴覚と視覚と、言葉ってなんやねん? あっ、脳覚かしらね。聴覚も視覚も、結局、脳覚に行くから、言葉が一番最短で強いのかしら? たぶん、そうなんだろうけど、最も一般化した素材なわけで、絵を描くとかピアノ弾く人口よりは、圧倒的に多い。でも、言葉、物凄く曖昧なんだけれど、それぞれに意味、社会的なものも含めて、意味があるからねぇー、迂闊には使えない素材でもある。そりゃー、色だ音にも意味は、出している方にはあるけれど、社会的なルールから、ちょこっと逸脱している。だから、言葉は怖いよなぁー、ったく。だから、俺なんかは、ズージャ語にして誤魔化しちゃう、わけだね。通じない言葉に変えてしまうと、通じる人にしか通じないから、ちょっと、音に似てくる気もする。駄目だ。脳耄碌で、これ以上複雑に考え始めると、背骨神経痛が再発しそうだから止める。お若い才人にお任せ、ね。ドレミドレミって、ピアノで弾いても、普通は怒られんけど、お ま え は ば か だ、とか言うと、ぶん殴られる。お れ は ば か だ、こっちは、まあ、大丈夫だろう。人間、皆、馬鹿だから、いいのいいの。上下はないのだ。俺の方が馬鹿だ、なんて、俺はインテリだから、いやせんって! 「勝負とは、勝ち負けではない」坂田明(大師匠)。
これに美術という視覚を入れると、聴覚と視覚と、言葉ってなんやねん? あっ、脳覚かしらね。聴覚も視覚も、結局、脳覚に行くから、言葉が一番最短で強いのかしら? たぶん、そうなんだろうけど、最も一般化した素材なわけで、絵を描くとかピアノ弾く人口よりは、圧倒的に多い。でも、言葉、物凄く曖昧なんだけれど、それぞれに意味、社会的なものも含めて、意味があるからねぇー、迂闊には使えない素材でもある。そりゃー、色だ音にも意味は、出している方にはあるけれど、社会的なルールから、ちょこっと逸脱している。だから、言葉は怖いよなぁー、ったく。だから、俺なんかは、ズージャ語にして誤魔化しちゃう、わけだね。通じない言葉に変えてしまうと、通じる人にしか通じないから、ちょっと、音に似てくる気もする。駄目だ。脳耄碌で、これ以上複雑に考え始めると、背骨神経痛が再発しそうだから止める。お若い才人にお任せ、ね。ドレミドレミって、ピアノで弾いても、普通は怒られんけど、お ま え は ば か だ、とか言うと、ぶん殴られる。お れ は ば か だ、こっちは、まあ、大丈夫だろう。人間、皆、馬鹿だから、いいのいいの。上下はないのだ。俺の方が馬鹿だ、なんて、俺はインテリだから、いやせんって! 「勝負とは、勝ち負けではない」坂田明(大師匠)。
2013年11月11日月曜日
近未来小説 人工太陽3
「おぉーーー、マミ、見て見てっ! これいいじゃん。ねぇ、透明度を調節できるブラインド。まあ、正確には巻き上げ式の雨戸ってな感じだね。これさぁー、タイマーでさ、たとえば、午後六時から徐々に人工太陽の光を遮断して行くと、たとえば、八時ぐらいに真っ暗にもできるってなわけだ。ねっ、これさ、窓に付けようぜって。考えたらよぉー、最近さぁー、当たり前だけどさ、真南のサロン側にあるのが本物で、真北の台所の方にあるやつが人工太陽だよな。最近の子供たちよぉー、太陽は東から昇って西から昇るって教わってんだってさ。真北だから台所にしてるのによ。まあ、立地の悪い家にはベターチェンジだわな。トマトは生り過ぎだし、若い娘は皆サーファーみたいになっちまったし、いいんだか悪いんだか、俺にも分からんけど、でもよぉー、ピアノ弾く気になり難いぜって。体の感じが朝九時だもんなぁー」
明日の天気をお伝え致します。
午前中の最低気温は、十七度。日中の最高気温は、二十七度。
午前中、やや曇り。午後は晴れ間が広がる模様です。
「だぁーらよぉー、夜も同じ天気なんだよな、ほとんどよ。今一、乗らないよなぁー。月見酒とか月見草、どうすればいいのかしらねぇー。ありゃ、そういやぁー、お月様、どっか行っちゃったよ。三年ぐらい見てないよな。夜祭もなくなっちゃったし。おぉーーー、人工太陽遮断衛星とか打ち上げちゃう? 拙いよな、俺の一存でよ。あれ、電球みたいに消せねぇーのかな? 世論調査して、夜を返してぇーーーって声が多けりゃ、消せば。あっ、駄目なの、あっそ。おぉーーー、夜付きの人工都市とか作っちゃうかねぇー、おぉーーー、ボンイデェーじゃん。住みたい奴だけ住めばいいからねぇー。三兆円ぐれぇーででけんだろって。安いもんだべ。おっ、住人全員、ジャズメン? そんなこたぁーねぇーだろって、なあ、マミ?」
なぜか、マミは答えない。
明日の天気をお伝え致します。
午前中の最低気温は、十七度。日中の最高気温は、二十七度。
午前中、やや曇り。午後は晴れ間が広がる模様です。
「だぁーらよぉー、夜も同じ天気なんだよな、ほとんどよ。今一、乗らないよなぁー。月見酒とか月見草、どうすればいいのかしらねぇー。ありゃ、そういやぁー、お月様、どっか行っちゃったよ。三年ぐらい見てないよな。夜祭もなくなっちゃったし。おぉーーー、人工太陽遮断衛星とか打ち上げちゃう? 拙いよな、俺の一存でよ。あれ、電球みたいに消せねぇーのかな? 世論調査して、夜を返してぇーーーって声が多けりゃ、消せば。あっ、駄目なの、あっそ。おぉーーー、夜付きの人工都市とか作っちゃうかねぇー、おぉーーー、ボンイデェーじゃん。住みたい奴だけ住めばいいからねぇー。三兆円ぐれぇーででけんだろって。安いもんだべ。おっ、住人全員、ジャズメン? そんなこたぁーねぇーだろって、なあ、マミ?」
なぜか、マミは答えない。
2013年11月10日日曜日
表現狂
十代後半、詩を書いていた。
二十代は、現代美術家。これは、私のオフィシャルな職業だった。
三十代は、小説を書いていたけれど、途中からピアノが入ってきた。
四十の時に、ピアノのプロ登録をした。小説は止めた。
ピアノ狂と化し、今日に至っている。
なんか、常に、自己顕示をし、表現をしていないと気が済まない体質である。
この表現狂体質、やはり、ゲイジュツカなのかも知れないけれど、どうでもええ。
で、どうして、ピアノにこれが集約して来たのか、私は良く分かっている。
以前にも書いたけれど、お客様がすぐ目の前にいる。同じ時間を同じ空間で共有している。
格好良く言うと、生きている時間を共有している。現在進行形である。そして、音は虚空へ次々と消えて行く。脳の記憶の中に、消えた音と共有した時間がレジスターされるだけである。
この他人、他者とこういう作業をしている。
これに熱く嵌ったのである。
ほほほほほっ、孤高のピアニストなぁーーーんて言ったって聴いて下さる方々がいなければ、
そもそも成立しない。片田舎の炭焼き小屋、肥たごの横にグランドピアノを設置し、牛さんたちへお聞かせする。無理がある。無人島で盛大なソロコンサートを開催する。聴いているのは、鮫とかクラゲとか亀とかイグアナとか巻貝。無理がある。サハラ砂漠の真ん中で弾いてみる。駱駝さんが通り過ぎるが、立ち止まってはくれない。無理がある。
りゃ、格好つけてよぉー、僕はひとりが好きなんだぁーなどと言ったところで、他人との関わり、接触がなければ、そもそも成立しない職種である。僕は、ニンゲンが嫌いだっ、嘘付きっ!
二十代は、現代美術家。これは、私のオフィシャルな職業だった。
三十代は、小説を書いていたけれど、途中からピアノが入ってきた。
四十の時に、ピアノのプロ登録をした。小説は止めた。
ピアノ狂と化し、今日に至っている。
なんか、常に、自己顕示をし、表現をしていないと気が済まない体質である。
この表現狂体質、やはり、ゲイジュツカなのかも知れないけれど、どうでもええ。
で、どうして、ピアノにこれが集約して来たのか、私は良く分かっている。
以前にも書いたけれど、お客様がすぐ目の前にいる。同じ時間を同じ空間で共有している。
格好良く言うと、生きている時間を共有している。現在進行形である。そして、音は虚空へ次々と消えて行く。脳の記憶の中に、消えた音と共有した時間がレジスターされるだけである。
この他人、他者とこういう作業をしている。
これに熱く嵌ったのである。
ほほほほほっ、孤高のピアニストなぁーーーんて言ったって聴いて下さる方々がいなければ、
そもそも成立しない。片田舎の炭焼き小屋、肥たごの横にグランドピアノを設置し、牛さんたちへお聞かせする。無理がある。無人島で盛大なソロコンサートを開催する。聴いているのは、鮫とかクラゲとか亀とかイグアナとか巻貝。無理がある。サハラ砂漠の真ん中で弾いてみる。駱駝さんが通り過ぎるが、立ち止まってはくれない。無理がある。
りゃ、格好つけてよぉー、僕はひとりが好きなんだぁーなどと言ったところで、他人との関わり、接触がなければ、そもそも成立しない職種である。僕は、ニンゲンが嫌いだっ、嘘付きっ!
2013年11月9日土曜日
コメント狂
ちょっと、またまた、これが再発し始めている。
コメントと言っても非公開のもの。
本当に、すいません、受信された皆々様。
やはり、怪しげな、つまり、わたくしですが、こういう奴からのコメント。
どうしてもご迷惑になるのではという一抹の不安が消えない。
けれど、やはり、でも、エールを送りたいという気持ちがむらむらと沸いてくる。
やはり、私の愚ブログとはいえ、やはり、読まれているよっていう感じは、やはり、嬉しいし、やはり、気も逸る、やはり。で、当然、私以外のブロガーさんだって同じだろうと思うとむらむらと送ってしまう。なんか変な風に善良なところがあるのである。
しかし、この善意の固まりである裕先生。
ジャズ脳だから、乗り出すと止まらないカッパエビセン体質。
スイング始まると止まらない。この乗りで日毎コメントを送られたら、受信している方は溜まらん。
素晴らしいブログへのエールが、段々とエスカレートしていくと.....。
私への返信だけでブログタイムが終了してしまい、更にスイングし始めると、原稿用紙換算枚数三百枚なんちゅうコメントを送ってしまい、いつのまにか本文がなくなり、私のコメントだけが、堂々と画面に出てくる。傍迷惑甚だしいのだって! 裕先生っ!
やはり、コメント狂に効く薬を飲むことにする。
セショボーンという薬があるのですよ、嘘。
コメントと言っても非公開のもの。
本当に、すいません、受信された皆々様。
やはり、怪しげな、つまり、わたくしですが、こういう奴からのコメント。
どうしてもご迷惑になるのではという一抹の不安が消えない。
けれど、やはり、でも、エールを送りたいという気持ちがむらむらと沸いてくる。
やはり、私の愚ブログとはいえ、やはり、読まれているよっていう感じは、やはり、嬉しいし、やはり、気も逸る、やはり。で、当然、私以外のブロガーさんだって同じだろうと思うとむらむらと送ってしまう。なんか変な風に善良なところがあるのである。
しかし、この善意の固まりである裕先生。
ジャズ脳だから、乗り出すと止まらないカッパエビセン体質。
スイング始まると止まらない。この乗りで日毎コメントを送られたら、受信している方は溜まらん。
素晴らしいブログへのエールが、段々とエスカレートしていくと.....。
私への返信だけでブログタイムが終了してしまい、更にスイングし始めると、原稿用紙換算枚数三百枚なんちゅうコメントを送ってしまい、いつのまにか本文がなくなり、私のコメントだけが、堂々と画面に出てくる。傍迷惑甚だしいのだって! 裕先生っ!
やはり、コメント狂に効く薬を飲むことにする。
セショボーンという薬があるのですよ、嘘。
2013年11月8日金曜日
自分に辟易
することも、たまにはある。
愚ブログばっかり書いていると、本当に、脳天パーになりそうな気もする。
などと言いながら、またまた、馬鹿な物語が脳内にぐぉーーーと蔓延してくる。
書こうと思ったけど、止めた。
少し、脳馬鹿にも休息を、などと考えた。
で、秋の曇り空を見ながら、たまには、少しゲイジュツカしてみようと目を瞑るが、
馬鹿話ばっかりが浮かんでくる。ピアノ弾いて、馬鹿話をずっと考えていると、心は錦。
明るいオジさん。まあ、悪いことではないけれど、思考回路が破壊されてしまうような不安も過る。
で、先日完成した「センチメンタルロボット超絶技巧付き」の動画制作を始めたのだけれど、
どうもラインインの接続不良で、モノラル録音になってしまう。参ったねぇー。
で、諦めて煙草を吸っていると、またまた、馬鹿話が頭の中に蔓延してくる。
で、またまた、自分に辟易する。
私が、「詩を最後に書いた」のは、いつだったのかしら?
忘れてしまったのである。そう、十代の頃、私は詩人になると公言していたのである。
うぅーーー、なのにねぇーーー、今じゃ、この様でございます。
このジャズ菌の強力なことっ!
邪頭脳に効く薬は、ないのだ。よ。
シャンゼリゼ大通り。裕先生とマミちゃん。
本当はないけど、フェラーリのショウルーム。
「あっ、安いわねぇー、バーゲンだって。99.999.900円ですってぇ! あなた、買いましょ!」
「うん、二割引きだってな。100.000.000円切ってんじゃん、安い安い、買お買お。おぉーい、兄ちゃん、これ、くれよ。現金で払うからよぉー」
だれかぁ、助けてぇーーー!
愚ブログばっかり書いていると、本当に、脳天パーになりそうな気もする。
などと言いながら、またまた、馬鹿な物語が脳内にぐぉーーーと蔓延してくる。
書こうと思ったけど、止めた。
少し、脳馬鹿にも休息を、などと考えた。
で、秋の曇り空を見ながら、たまには、少しゲイジュツカしてみようと目を瞑るが、
馬鹿話ばっかりが浮かんでくる。ピアノ弾いて、馬鹿話をずっと考えていると、心は錦。
明るいオジさん。まあ、悪いことではないけれど、思考回路が破壊されてしまうような不安も過る。
で、先日完成した「センチメンタルロボット超絶技巧付き」の動画制作を始めたのだけれど、
どうもラインインの接続不良で、モノラル録音になってしまう。参ったねぇー。
で、諦めて煙草を吸っていると、またまた、馬鹿話が頭の中に蔓延してくる。
で、またまた、自分に辟易する。
私が、「詩を最後に書いた」のは、いつだったのかしら?
忘れてしまったのである。そう、十代の頃、私は詩人になると公言していたのである。
うぅーーー、なのにねぇーーー、今じゃ、この様でございます。
このジャズ菌の強力なことっ!
邪頭脳に効く薬は、ないのだ。よ。
シャンゼリゼ大通り。裕先生とマミちゃん。
本当はないけど、フェラーリのショウルーム。
「あっ、安いわねぇー、バーゲンだって。99.999.900円ですってぇ! あなた、買いましょ!」
「うん、二割引きだってな。100.000.000円切ってんじゃん、安い安い、買お買お。おぉーい、兄ちゃん、これ、くれよ。現金で払うからよぉー」
だれかぁ、助けてぇーーー!
2013年11月7日木曜日
ショートショート
さっき、ショートショート「時計町」圧縮版を講談社に郵送してきた。
インターネットを見ていたら、なんかの記事で、このコンテスト(小説現代ショートショート)の月ごとの応募が大体七百って出ていた。こんな数の中で入選なんてする方が、なんだか宝くじという感じだ。ジャズ脳、ジャズのピアノ弾きの楽しみっていう感じでショートショートを書くと、これが、実に楽しいのである。小説を書こうとすると、力量がないのに、ヘンリミラーの「北回帰線」と対峙できるもの、こういうメガロ状態となる。力量がないから鬱になる。悪循環である。だから、自分の身の丈ベースでやろうとすると、ショートショートとなる。頭がショートしてっから、丁度良い。
ついでに、小説家志望の方々のブログが色々と出てきたので読んでみた。
OO賞、また、落選しましたぁー、五十回目です。とか、色々と出てきた。
へぇー、小説家志望ブログというのもあることが分かりました。
文体からすると、三十代という感じかしらね。うーーーん、俺も、同じようなことをやっていた。
みんな、がんばってな。先があるからな。こっちは、憂愁の美をいかに飾るか。先がないわけだ。
ついでに、各文学賞の応募総数とかも出てきたので見てみる。
一番多いのが「文学界新人賞」というやつで、二千三百とか書いてあった。
へぇー、これが所謂倍率というやつであるから、宝くじに当たる方が早いような気もする。
で、当然、落選者が二千二百九十九名いらっしゃるわけだ。
その方々の一部がブログを書いているという計算になる。
受賞する方が、なんか不気味な感じの倍率である。
でも、二秒ぐらい考えてみると、この高名な賞、日本語を読み書きできる人口総数のうち、
二千三百人「しか」応募していないのである。やはり、文学とか小説自体が、衰退しているのかも知れない。ミュージック動画の閲覧数とは、まったく比較にならないぐらいに少ない数字である。ワールドオーダーのやつなんて、ゼロの数が分からんぐらいだ。
皆さん、ご存知の方も多いと思うのですが、フランスのドゥマゴ文学賞。
これって、第一回目はレイモンケノーが受賞している。ははは、物書き仲間がカフェドゥマゴで、
レイモンになんか賞をあげようぜって勝手に作って、レイモンが勝手に受賞した。
なんか、こういうお笑いも素敵だ。
よし、裕イサオ文学賞を創設するぞぉー、応募要項は俺しか知らないの。
審査は、もちろん、俺だっ。きょわぁー。
ほほほほほっ、すでに、俺はいくつかの賞を受賞している。のだ。
ジャズクラブバビロ、ベストトリオ賞。審査員は、俺、佐藤真師匠、ヨラム。バビロのオーナーと弟とファンの方。日本ブログ村読者少なき愚ブログ大賞。どうだっ!
インターネットを見ていたら、なんかの記事で、このコンテスト(小説現代ショートショート)の月ごとの応募が大体七百って出ていた。こんな数の中で入選なんてする方が、なんだか宝くじという感じだ。ジャズ脳、ジャズのピアノ弾きの楽しみっていう感じでショートショートを書くと、これが、実に楽しいのである。小説を書こうとすると、力量がないのに、ヘンリミラーの「北回帰線」と対峙できるもの、こういうメガロ状態となる。力量がないから鬱になる。悪循環である。だから、自分の身の丈ベースでやろうとすると、ショートショートとなる。頭がショートしてっから、丁度良い。
ついでに、小説家志望の方々のブログが色々と出てきたので読んでみた。
OO賞、また、落選しましたぁー、五十回目です。とか、色々と出てきた。
へぇー、小説家志望ブログというのもあることが分かりました。
文体からすると、三十代という感じかしらね。うーーーん、俺も、同じようなことをやっていた。
みんな、がんばってな。先があるからな。こっちは、憂愁の美をいかに飾るか。先がないわけだ。
ついでに、各文学賞の応募総数とかも出てきたので見てみる。
一番多いのが「文学界新人賞」というやつで、二千三百とか書いてあった。
へぇー、これが所謂倍率というやつであるから、宝くじに当たる方が早いような気もする。
で、当然、落選者が二千二百九十九名いらっしゃるわけだ。
その方々の一部がブログを書いているという計算になる。
受賞する方が、なんか不気味な感じの倍率である。
でも、二秒ぐらい考えてみると、この高名な賞、日本語を読み書きできる人口総数のうち、
二千三百人「しか」応募していないのである。やはり、文学とか小説自体が、衰退しているのかも知れない。ミュージック動画の閲覧数とは、まったく比較にならないぐらいに少ない数字である。ワールドオーダーのやつなんて、ゼロの数が分からんぐらいだ。
皆さん、ご存知の方も多いと思うのですが、フランスのドゥマゴ文学賞。
これって、第一回目はレイモンケノーが受賞している。ははは、物書き仲間がカフェドゥマゴで、
レイモンになんか賞をあげようぜって勝手に作って、レイモンが勝手に受賞した。
なんか、こういうお笑いも素敵だ。
よし、裕イサオ文学賞を創設するぞぉー、応募要項は俺しか知らないの。
審査は、もちろん、俺だっ。きょわぁー。
ほほほほほっ、すでに、俺はいくつかの賞を受賞している。のだ。
ジャズクラブバビロ、ベストトリオ賞。審査員は、俺、佐藤真師匠、ヨラム。バビロのオーナーと弟とファンの方。日本ブログ村読者少なき愚ブログ大賞。どうだっ!
2013年11月6日水曜日
近未来小説 人工太陽2
時は、西暦2033年。
巨万の富を築き上げた裕先生。二冊目の小説「夜の成れの果て」、こちらも八億部の世界ベストセラーとなり、自分でもいくら口座に入っているのかまったく分からない。あの、ルビゲイツを追い越してしまったのである。とはいえ、七十年以上の貧乏暮らし。そんな突然金持ちシフトになるわけがないし、成金シフトにさえならない。
元々の趣味だったブログ書きも、ベーベル文学賞受賞後は中止を余儀なくされた。
可哀想な裕先生。一日の閲覧数が多い日で20。PVが同じく50。日本ブログ村での順位が20位辺り。裕イサオ「たわしはヤノピだ」。二十年以上、毎日のように書いていたのであるが、受賞後の閲覧数が800000000000000000000000000000000000000000000000000000を超え、PV1600000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000となり、コメントの数が一日二千万と、ブログサイト自体が爆発してしまったのである。村長から丁寧な中止願いの連絡が来た。止むを得ない、中止した。
二十年来出演していたパリのジャズクラブ、ビバロ。こちらも出演できなくなってしまった。
最寄の地下鉄の駅からビバロまでの大群衆。当然、クラブに入れない。それ以前に、裕先生自身が辿り着けないという事態と相成った。パリ市長から、丁寧な中止願いの手紙が来た。止むを得ない、中止した。
可哀想な裕先生。フランススタジアムでのコンサート依頼が、毎日のようにレコード会社から来る。「俺、やだよぉー、六万人の観衆なんてよぉー」とすべて断る。テレビ局からも毎日のように連絡が来る。そまぁーずとの共演だけ、ちょっと、心が動いたが、やはり、すべてお断り。
「あなた、ロイビィトンのカバン買っていい?」
「なに、それ? ユニコロと違うの?」
「違うわよ。ロイビィトン、パリの。ねぇー、いいでしょ?」
「どうぞっ」
「値段聞かないの?」
「聞いたって仕方ないでしょ」
「六十万円っ。高い高いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃでしょ?」
「六十万って、どれぐらいの価値なんだっけ? 覚えていないよ」
急に、妻のマミがテーブルに突っ伏した。
「えーーーーーーん、夜があった頃が懐かしいぃーーー、貧乏だった頃がぁーーー」
作者解説
裕先生の御資産は、今や十五兆円を越えており、六十万円の相対的な価値は、
我々庶民感覚では、六銭相当なのであります。そんな裕先生ですが、相変わらず、ホンダチビック1997年モデルに乗り、時々、銀行に100euroを引き出しに行くのであります。頭取、副頭取、行員一同が整列する物々しい雰囲気の中の100euro。裕先生が財布にしまうと、全員、九十度のお辞儀。やることがなくなってしまったので、着流しで、お散歩。お料理、庭の草むしりの毎日。
日本のお茶山賞受賞作川口一平「清い心」のモデルは、この裕先生だと著者本人が公言しているのであった。
「ねえ、あなた、ブログもいいけど、ショートショートその2、早く書きなさいって!」
「えっ、あー、浮気センサーっていうやつね、もう、ほとんどできてるもぉーん」
巨万の富を築き上げた裕先生。二冊目の小説「夜の成れの果て」、こちらも八億部の世界ベストセラーとなり、自分でもいくら口座に入っているのかまったく分からない。あの、ルビゲイツを追い越してしまったのである。とはいえ、七十年以上の貧乏暮らし。そんな突然金持ちシフトになるわけがないし、成金シフトにさえならない。
元々の趣味だったブログ書きも、ベーベル文学賞受賞後は中止を余儀なくされた。
可哀想な裕先生。一日の閲覧数が多い日で20。PVが同じく50。日本ブログ村での順位が20位辺り。裕イサオ「たわしはヤノピだ」。二十年以上、毎日のように書いていたのであるが、受賞後の閲覧数が800000000000000000000000000000000000000000000000000000を超え、PV1600000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000となり、コメントの数が一日二千万と、ブログサイト自体が爆発してしまったのである。村長から丁寧な中止願いの連絡が来た。止むを得ない、中止した。
二十年来出演していたパリのジャズクラブ、ビバロ。こちらも出演できなくなってしまった。
最寄の地下鉄の駅からビバロまでの大群衆。当然、クラブに入れない。それ以前に、裕先生自身が辿り着けないという事態と相成った。パリ市長から、丁寧な中止願いの手紙が来た。止むを得ない、中止した。
可哀想な裕先生。フランススタジアムでのコンサート依頼が、毎日のようにレコード会社から来る。「俺、やだよぉー、六万人の観衆なんてよぉー」とすべて断る。テレビ局からも毎日のように連絡が来る。そまぁーずとの共演だけ、ちょっと、心が動いたが、やはり、すべてお断り。
「あなた、ロイビィトンのカバン買っていい?」
「なに、それ? ユニコロと違うの?」
「違うわよ。ロイビィトン、パリの。ねぇー、いいでしょ?」
「どうぞっ」
「値段聞かないの?」
「聞いたって仕方ないでしょ」
「六十万円っ。高い高いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃでしょ?」
「六十万って、どれぐらいの価値なんだっけ? 覚えていないよ」
急に、妻のマミがテーブルに突っ伏した。
「えーーーーーーん、夜があった頃が懐かしいぃーーー、貧乏だった頃がぁーーー」
作者解説
裕先生の御資産は、今や十五兆円を越えており、六十万円の相対的な価値は、
我々庶民感覚では、六銭相当なのであります。そんな裕先生ですが、相変わらず、ホンダチビック1997年モデルに乗り、時々、銀行に100euroを引き出しに行くのであります。頭取、副頭取、行員一同が整列する物々しい雰囲気の中の100euro。裕先生が財布にしまうと、全員、九十度のお辞儀。やることがなくなってしまったので、着流しで、お散歩。お料理、庭の草むしりの毎日。
日本のお茶山賞受賞作川口一平「清い心」のモデルは、この裕先生だと著者本人が公言しているのであった。
「ねえ、あなた、ブログもいいけど、ショートショートその2、早く書きなさいって!」
「えっ、あー、浮気センサーっていうやつね、もう、ほとんどできてるもぉーん」
2013年11月5日火曜日
結局分からないブログ統計
この正確な数字を知るためにいろいろとやったみた。
俺は比較的、算数は得意の方であるが、パソコンは、まったく駄目人間。
で、結局のところ、なんだか分からない。結構、これって簡単に分かると思っていたら、どうも、そうではないらしいことが分かったというだけ。
それを知る手立ては三つ。
ブログ村のデータ。相変わらずPVアクセス、これが理解出来ない。やはり、馬鹿なのか?
INとOUTは分かった。で、平均値とすると10、30、 1とか出てくる。この最初の10は、俺がアクセスする時の数値のはず。で、この際にOUTに10となるのだとすれば、読者様は2。でも、PV1、これが分からない。
Bloggerの統計。
閲覧数が7-----20の間ぐらいを上下している。
でも最近気が付いたのは、ページビューが50ぐらいなのだった。
溜め読みしている読者様が複数いらっしゃるということが分かった。うるうる。
昔の記事が、ちょこちょこ読まれていたりすることも分かった。
グーグルアナリティクス。
閲覧数の平均が20。ページビューが50-----60。
まあ、大体の数字はこんなであるのだろう。
不思議なのは、閲覧されている国。日本、フランスは分かるけど、アメリカが上位に来ている。
この数字は、どうも分からない。Bloggerだと、日本、アメリカ、フランスとか出てくる。不思議。
グーグルだと、フランス、日本って出てくる。それから、諸々の国々。こちらは、1とかだから、たまたま開いた方がいらっしゃるのだろう。
と、結局なんだか分からないのですが、グーグルの統計が、まあ、実数に近いのだと推測する。なんか、下世話な話で恐縮ですが、ブロガーさんにとっては、多少は重要な情報のような気もするので、記事にしてみました。俺の愚ブログの統計なので、あまりいい参考資料ではないとは思うのですけど.....。こんな感じなのです。
ところで、ジャズクラブのコンサート。
大体20名ぐらいお客様がいらっしゃると、そこそこクラブが一杯のように見えるから、
俺のブログの一日の訪問数は、ジャズ屋には相応しい数字なのかも知れない。
まあ、これをどう自己分析するのかなんだけれど、この愚ブログを芸能人のPRブログだと解釈すると、当然、解雇だろうなぁー。でも、フリージャズ屋の愚ブログとすると、妥当な数字となる。
じゃ、コンサートの動員数も含めて、俺にとってベストの数値は? となる。
大シアターのコンサートは、あまり、好きではない。やっぱ、ジャズクラブのちんまりがいい。
と、やはり、しつこいけど、学校の一クラスの人数ぐらい、となる。
裕先生っ、20。足りないじゃないすか? 裕先生がガキの頃は、45ぐらいだったはずですが...。
ふん、少児化、少児化っ。
俺は比較的、算数は得意の方であるが、パソコンは、まったく駄目人間。
で、結局のところ、なんだか分からない。結構、これって簡単に分かると思っていたら、どうも、そうではないらしいことが分かったというだけ。
それを知る手立ては三つ。
ブログ村のデータ。相変わらずPVアクセス、これが理解出来ない。やはり、馬鹿なのか?
INとOUTは分かった。で、平均値とすると10、30、 1とか出てくる。この最初の10は、俺がアクセスする時の数値のはず。で、この際にOUTに10となるのだとすれば、読者様は2。でも、PV1、これが分からない。
Bloggerの統計。
閲覧数が7-----20の間ぐらいを上下している。
でも最近気が付いたのは、ページビューが50ぐらいなのだった。
溜め読みしている読者様が複数いらっしゃるということが分かった。うるうる。
昔の記事が、ちょこちょこ読まれていたりすることも分かった。
グーグルアナリティクス。
閲覧数の平均が20。ページビューが50-----60。
まあ、大体の数字はこんなであるのだろう。
不思議なのは、閲覧されている国。日本、フランスは分かるけど、アメリカが上位に来ている。
この数字は、どうも分からない。Bloggerだと、日本、アメリカ、フランスとか出てくる。不思議。
グーグルだと、フランス、日本って出てくる。それから、諸々の国々。こちらは、1とかだから、たまたま開いた方がいらっしゃるのだろう。
と、結局なんだか分からないのですが、グーグルの統計が、まあ、実数に近いのだと推測する。なんか、下世話な話で恐縮ですが、ブロガーさんにとっては、多少は重要な情報のような気もするので、記事にしてみました。俺の愚ブログの統計なので、あまりいい参考資料ではないとは思うのですけど.....。こんな感じなのです。
ところで、ジャズクラブのコンサート。
大体20名ぐらいお客様がいらっしゃると、そこそこクラブが一杯のように見えるから、
俺のブログの一日の訪問数は、ジャズ屋には相応しい数字なのかも知れない。
まあ、これをどう自己分析するのかなんだけれど、この愚ブログを芸能人のPRブログだと解釈すると、当然、解雇だろうなぁー。でも、フリージャズ屋の愚ブログとすると、妥当な数字となる。
じゃ、コンサートの動員数も含めて、俺にとってベストの数値は? となる。
大シアターのコンサートは、あまり、好きではない。やっぱ、ジャズクラブのちんまりがいい。
と、やはり、しつこいけど、学校の一クラスの人数ぐらい、となる。
裕先生っ、20。足りないじゃないすか? 裕先生がガキの頃は、45ぐらいだったはずですが...。
ふん、少児化、少児化っ。
2013年11月4日月曜日
近未来小説 人工太陽
時は、西暦2033年。
世界庁が人工太陽の打ち上げに成功したのが、2030年だから三年後。
着流しの裕先生、御年七十四歳。一年前まで、相変わらずのしがないピアノ弾きだった。
ところがぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、
裕先生の小説「夜の果て」、これがベーベル文学賞を受賞した。
ついでに、同名曲の収録されたCDが、レディーババァを抜いて世界ミリオンセラー。
フリージャズの快挙。深海魚。裕先生の年収は二兆円ぐらいと噂されている。
人工太陽が作動し始めた時、人類は狂喜していたのであるが、裕先生はにがにがしい思いがむらむら。それを本にしたら、当たったという構図。
だってね、いわゆる日中、これは前の通りなんだけれど、太陽の裏側になる部分に人工太陽が回っているでしょ。つまり、夜がなくなっちゃたわけ。午前と午後の区別が付かない。時計も、分かり難いから、二十四時間のそれに変わった。こうなると、ワークホリックのマンサラの野郎なんて、間違えて、一日、二回出社したり、朝食と夕食の区別がずれ込んでくると分からん。「なんだよぉー、朝から、すきやきかよぉー」「お父さん、今、夜の八時ですけど」とか、わけが分からない。夜中の十二時に「昼飯は」なんていう奴がでてくる。そりゃー、夏なんてカンカン照りだから、そうなる。もう、面倒だから、午前午後は止めにして、九時五時を二回やればいいんじゃないっとなった。八百万人ぐらいが過労死した。で、止めた。
で、着流しの裕先生の職場はジャズクラブ。出勤は夜の九時。朝日が昇った感じの夜の九時。
なんか、ジャズする感じにならんから、お客様激減。朝の九時から酒飲んでジャズ。俺だってやだぁーーー。営業妨害はなはだしい。朝の九時からナオンを口説くかっての! 性欲異常だ。
うで、この怒りを書籍化したら、先記のようになった。
「おい、マミ、今、何時?」
「八時」
「どっちの? 午前なの午後なの?」
「忘れた」
「おまぁー、馬鹿じゃねぇーの。今日は何日なんだよって?」
「二日と三日の間ぐらいなんじゃないの」
「んじゃ、これ夕飯なの」
「たぶん」
「のりと納豆と味噌汁って、俺がガキの頃は、朝食だったんだけど」
「つべこべ言わないでよっ。今日、仕事でしょ。急いでると思ったから、ささぁと作ったの」
「仕事? えっ、今朝、コンサートなの?」
「お父さん、なにぼけてんのよぉー、今は、昔、お父さんが若い頃、夜とか言ってた時間なの」
世界庁が人工太陽の打ち上げに成功したのが、2030年だから三年後。
着流しの裕先生、御年七十四歳。一年前まで、相変わらずのしがないピアノ弾きだった。
ところがぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、
裕先生の小説「夜の果て」、これがベーベル文学賞を受賞した。
ついでに、同名曲の収録されたCDが、レディーババァを抜いて世界ミリオンセラー。
フリージャズの快挙。深海魚。裕先生の年収は二兆円ぐらいと噂されている。
人工太陽が作動し始めた時、人類は狂喜していたのであるが、裕先生はにがにがしい思いがむらむら。それを本にしたら、当たったという構図。
だってね、いわゆる日中、これは前の通りなんだけれど、太陽の裏側になる部分に人工太陽が回っているでしょ。つまり、夜がなくなっちゃたわけ。午前と午後の区別が付かない。時計も、分かり難いから、二十四時間のそれに変わった。こうなると、ワークホリックのマンサラの野郎なんて、間違えて、一日、二回出社したり、朝食と夕食の区別がずれ込んでくると分からん。「なんだよぉー、朝から、すきやきかよぉー」「お父さん、今、夜の八時ですけど」とか、わけが分からない。夜中の十二時に「昼飯は」なんていう奴がでてくる。そりゃー、夏なんてカンカン照りだから、そうなる。もう、面倒だから、午前午後は止めにして、九時五時を二回やればいいんじゃないっとなった。八百万人ぐらいが過労死した。で、止めた。
で、着流しの裕先生の職場はジャズクラブ。出勤は夜の九時。朝日が昇った感じの夜の九時。
なんか、ジャズする感じにならんから、お客様激減。朝の九時から酒飲んでジャズ。俺だってやだぁーーー。営業妨害はなはだしい。朝の九時からナオンを口説くかっての! 性欲異常だ。
うで、この怒りを書籍化したら、先記のようになった。
「おい、マミ、今、何時?」
「八時」
「どっちの? 午前なの午後なの?」
「忘れた」
「おまぁー、馬鹿じゃねぇーの。今日は何日なんだよって?」
「二日と三日の間ぐらいなんじゃないの」
「んじゃ、これ夕飯なの」
「たぶん」
「のりと納豆と味噌汁って、俺がガキの頃は、朝食だったんだけど」
「つべこべ言わないでよっ。今日、仕事でしょ。急いでると思ったから、ささぁと作ったの」
「仕事? えっ、今朝、コンサートなの?」
「お父さん、なにぼけてんのよぉー、今は、昔、お父さんが若い頃、夜とか言ってた時間なの」
2013年11月3日日曜日
センチメンタルロボット
という曲ができた。
ラのドリアン音階を使った超絶技巧満載の曲。
ドリアン音階、ご存知の方はご存知の通りで、短調なのに響きが長調に聴こえる。
現代のジャズピアニストが多用する。
超絶技巧満載だから、腕の動きがロボットみたいになる。
それでなくても、ピアノの演奏は、もともと、そういう感じがある。不自然。
太極拳のリラァーーークスな動きの対極。
たぶん、この曲を作っていたせいなのだろう。
左下顎奥歯、ぐらぐら。ついでに、右上歯茎が腫れ。左右ともに噛めない。お粥人間。
もう、口組みから脱会して頂いて結構と開き直っていたら、ぐらぐらのまま歯痛はなくなったけど、ぐらぐら。羽毛、総入れ歯で結構っ! と歯痛とお話していたら、昨日より左足首が痛くて歩けない。左足首を庇いながらピアノの練習をしていたら、右足が引き攣った。歩けない。
背骨神経痛は治まったけど、こんどは、両肩の筋肉痛。
そりゃそうだ、延々とロボットみたいに鍵盤をマッハ2ぐらいで押さえていたから。
歯、両肩、両腕、両足。
ポンコツロボットだよね。
「ねえ、マミちゃん、こんなあたしでもいいかしら?
大丈夫よね、年の差なんて.....」
「廃車、廃車」
「マミちゃんって優しいのね。うん、歯医者に行くね」
ラのドリアン音階を使った超絶技巧満載の曲。
ドリアン音階、ご存知の方はご存知の通りで、短調なのに響きが長調に聴こえる。
現代のジャズピアニストが多用する。
超絶技巧満載だから、腕の動きがロボットみたいになる。
それでなくても、ピアノの演奏は、もともと、そういう感じがある。不自然。
太極拳のリラァーーークスな動きの対極。
たぶん、この曲を作っていたせいなのだろう。
左下顎奥歯、ぐらぐら。ついでに、右上歯茎が腫れ。左右ともに噛めない。お粥人間。
もう、口組みから脱会して頂いて結構と開き直っていたら、ぐらぐらのまま歯痛はなくなったけど、ぐらぐら。羽毛、総入れ歯で結構っ! と歯痛とお話していたら、昨日より左足首が痛くて歩けない。左足首を庇いながらピアノの練習をしていたら、右足が引き攣った。歩けない。
背骨神経痛は治まったけど、こんどは、両肩の筋肉痛。
そりゃそうだ、延々とロボットみたいに鍵盤をマッハ2ぐらいで押さえていたから。
歯、両肩、両腕、両足。
ポンコツロボットだよね。
「ねえ、マミちゃん、こんなあたしでもいいかしら?
大丈夫よね、年の差なんて.....」
「廃車、廃車」
「マミちゃんって優しいのね。うん、歯医者に行くね」
2013年11月2日土曜日
冬が近いのにさまぁーず
皆さん、ご存知なのかと思うのですが、さまぁーずの漫才の冒頭のアクション。
大竹さんは、無表情でやらない。三村さんが「お前ぇー、やれよっぉー」。
大竹さん「俺はやらない、絶対」と言う。
この二人のコントラストは、本当におもしろい。
さまぁーず。芸人というより芸術家の臭いがする。とりわけ、大竹ワールドに。
これに、元気な典型的な日本の明るいオジサン、三村さんが入るから、本当に愉快である。
そして、中傷とか毒舌がない。これは素晴らしい。見ていて元気になる。
いやぁー、このコンビは、素晴らしい。
でね、もやもやさまぁーず2を、またまた、嵌り見している。
で、俺は、三村さん、大江さんの大ファン。大竹さんは、この人の脳細胞は、本当に、俺の系列会社と思うぐらいに似ている。見てくれ、雰囲気、体付き。そして、その、彼のお笑いの源泉が、俺と同じところから来ている。その源泉とは、筒井康隆大師匠である。
あれ、今回書きたいのは、そうではなくて、
なんの他意もなく、不思議に思うのが、
まず、俺が入りそうな店にしか入らない。大衆食堂。メニューびらびらの中華屋。鄙びた喫茶店。このチョイスの仕方は素晴らしい。
違う、それではなくて、もちろん、テレビカメラ、店に入る時のインパクト、知名度とか、いろいろな要素があるのだろうけど、毎回、奇異に感じるのが、店に入る時、三村さん、大竹さん、大江さんの順。男二人が、必ず先に入る。
ラーメンを小どんぶりに分ける。必ず、大江さん。
これは、俺の日常、皮膚感覚を、もろに覆す。
女性より先に店に入る。考えられない。上座に男性が座る。考えられない。
ちまちま分け作業を女性が「当然のようにやる」。考えられない。
良し悪しではないよ。フランスだって、日本だって、実力者は女性である。
結果は同じだけれど、その出方の違いは、西洋と東洋の専門家にお伺い下さいませ。
大竹さんは、無表情でやらない。三村さんが「お前ぇー、やれよっぉー」。
大竹さん「俺はやらない、絶対」と言う。
この二人のコントラストは、本当におもしろい。
さまぁーず。芸人というより芸術家の臭いがする。とりわけ、大竹ワールドに。
これに、元気な典型的な日本の明るいオジサン、三村さんが入るから、本当に愉快である。
そして、中傷とか毒舌がない。これは素晴らしい。見ていて元気になる。
いやぁー、このコンビは、素晴らしい。
でね、もやもやさまぁーず2を、またまた、嵌り見している。
で、俺は、三村さん、大江さんの大ファン。大竹さんは、この人の脳細胞は、本当に、俺の系列会社と思うぐらいに似ている。見てくれ、雰囲気、体付き。そして、その、彼のお笑いの源泉が、俺と同じところから来ている。その源泉とは、筒井康隆大師匠である。
あれ、今回書きたいのは、そうではなくて、
なんの他意もなく、不思議に思うのが、
まず、俺が入りそうな店にしか入らない。大衆食堂。メニューびらびらの中華屋。鄙びた喫茶店。このチョイスの仕方は素晴らしい。
違う、それではなくて、もちろん、テレビカメラ、店に入る時のインパクト、知名度とか、いろいろな要素があるのだろうけど、毎回、奇異に感じるのが、店に入る時、三村さん、大竹さん、大江さんの順。男二人が、必ず先に入る。
ラーメンを小どんぶりに分ける。必ず、大江さん。
これは、俺の日常、皮膚感覚を、もろに覆す。
女性より先に店に入る。考えられない。上座に男性が座る。考えられない。
ちまちま分け作業を女性が「当然のようにやる」。考えられない。
良し悪しではないよ。フランスだって、日本だって、実力者は女性である。
結果は同じだけれど、その出方の違いは、西洋と東洋の専門家にお伺い下さいませ。
2013年10月31日木曜日
俺にはできない
ワールドオーダー、および、須藤元気さんは本当に素晴らしい。
いろいろな要素があるんだけれど、俺にはできないことを、もやもやの欠片もなくやってくれる。
実にすっきりしている。
たとえば、俺が母国を捨てたのか、母国に捨てられたのか、今以て分からない。
そういうもやもやが多少脳内に残っているのかも知れなくて.....。と、それ以上に、俺自身が古くなっている。考え方が古いし感性のアンテナが風に揺れている。のだろう。
須藤さんのメッセージ。「我々はひとつ」。もう、ここで、すでに、俺にはできない。
日本のイメージを逆手に取って海外へ。このマーケッティングもできない。
格闘家時代の試合の映像を見た。格闘中に笑顔だし、お笑いおちゃらけをやる。これは、見ている方はいいけれど、マットの上で、これをやるのは、超絶的。凄い回し蹴りを受けてもニコニコして、おちゃらけの動き。俺が、演奏中に、ねこふんじゃったを時々やるのとは次元が違う。凄い人だ、本当に。そして、試合後の対戦相手への敬意。涙が零れるぐらいに素晴らしい。
でだ、端くれ芸人の俺。
フランス在住のジャズ屋だ。
俺は、一切、日本色、これを売りにしないという偏屈人間。
俺は、単に、ピアノの技術で、ワールドに対峙しようとしているわけである。大した技量じゃないけど。この変なこだわりと偏屈が直らないところが、すでに、俺が過去の人になっている明らかな証拠なのである。っても、直らんけど。
ワールドオーダーの動画を見ていると、
社長と部下が一緒に踊っている。ロボットみたいに。
という印象を受ける。当然、須藤さんの計算通りなのである。
うん、背広来た七三の日本のマンサラ親父が、すげぇーロボットダンス。
須藤さんの「親父っ、元気だせょぉー」というメッセージのようにも見えるし、
「なにやってんだよ、あんたらぁー」とも見える。
まあ、俺みたいな偏屈がフリージャズの歴史を支えて来た。これでいいのだっ。
いろいろな要素があるんだけれど、俺にはできないことを、もやもやの欠片もなくやってくれる。
実にすっきりしている。
たとえば、俺が母国を捨てたのか、母国に捨てられたのか、今以て分からない。
そういうもやもやが多少脳内に残っているのかも知れなくて.....。と、それ以上に、俺自身が古くなっている。考え方が古いし感性のアンテナが風に揺れている。のだろう。
須藤さんのメッセージ。「我々はひとつ」。もう、ここで、すでに、俺にはできない。
日本のイメージを逆手に取って海外へ。このマーケッティングもできない。
格闘家時代の試合の映像を見た。格闘中に笑顔だし、お笑いおちゃらけをやる。これは、見ている方はいいけれど、マットの上で、これをやるのは、超絶的。凄い回し蹴りを受けてもニコニコして、おちゃらけの動き。俺が、演奏中に、ねこふんじゃったを時々やるのとは次元が違う。凄い人だ、本当に。そして、試合後の対戦相手への敬意。涙が零れるぐらいに素晴らしい。
でだ、端くれ芸人の俺。
フランス在住のジャズ屋だ。
俺は、一切、日本色、これを売りにしないという偏屈人間。
俺は、単に、ピアノの技術で、ワールドに対峙しようとしているわけである。大した技量じゃないけど。この変なこだわりと偏屈が直らないところが、すでに、俺が過去の人になっている明らかな証拠なのである。っても、直らんけど。
ワールドオーダーの動画を見ていると、
社長と部下が一緒に踊っている。ロボットみたいに。
という印象を受ける。当然、須藤さんの計算通りなのである。
うん、背広来た七三の日本のマンサラ親父が、すげぇーロボットダンス。
須藤さんの「親父っ、元気だせょぉー」というメッセージのようにも見えるし、
「なにやってんだよ、あんたらぁー」とも見える。
まあ、俺みたいな偏屈がフリージャズの歴史を支えて来た。これでいいのだっ。
2013年10月30日水曜日
掌編小説
昨日から、原稿用紙十枚の時計町という小説を五枚に再構成している。
脳が爆発しそうである。ブログを書くのと違うのは、やはり、作品という、つまり、晴れ姿的な書き物だから、集中し緊張するし、頭も相当消耗する。プロの作家って、よく毎日こんなこと出来るよなと思う。健康に悪そう。まあ、プロってそんなもんだろう。で、何度か記事に書いた通り、自分の資質分析をしたら、妙にすっきりした。才能があるとは言わないけれど、資質のベクトルは明確にしないと、次に行かない。掌編というものに特化してみようと思い付いたら、急に、ぱちぱちとパソコンを叩き出した。
考えてみたらジャズピアニストは交響曲を弾いたりはしない。
つまり、長編大河小説という乗りではない。一編イコール一曲みたいな感じだから、ジャズピアニストが小説を書いてみようと思い立ち、掌編、ショートショートを書く。なんか自然な感じがする。
しっかし、原稿用紙五枚にエスプリをまとめる。
比較的、俺には向いているとは思うのだけれど、短いなりに難しい。
あっという間に超えてしまう。原稿の冒頭にタイトルと筆名を入れると、もっと文字数が少なくなる。これにまとめる。ひいひい言いながらやっているのだけれど、逆にこけおどし文をどんどん削除しないといけないから、これはいい文章修業である。少し大人になったぜって。
正直、これ、嵌るだろう。ブロ中プラス、ショー中(ショートショート中毒)を併発するのである。
先日、すべての原稿を整理したことは記事に書いたけれど、時計町の執筆が俺、三十八歳だったことに気が付いた。もっと最近の気がしていた。もう、十六年も経っている。げろげろ。で、再構成しながら、五十四歳の俺が三十八歳の俺の書いたものをばしばし削除している。
とはいえ、元の方がいいのではないかとも思う。
尖がっている。皮肉満載。世間を斜めに見ている。こけおどし文も多い。毒舌も出てくる。
これが分からんのだけれど、今の俺の感触と違う。こういう挑発力がない。だから、挑発文はすべて削除なのだ。再構成後の方が、たぶん、完成度は高いと思うけれど、なんぼのもんじゃいと俺の中の三十八歳が喚く。
脳が爆発しそうである。ブログを書くのと違うのは、やはり、作品という、つまり、晴れ姿的な書き物だから、集中し緊張するし、頭も相当消耗する。プロの作家って、よく毎日こんなこと出来るよなと思う。健康に悪そう。まあ、プロってそんなもんだろう。で、何度か記事に書いた通り、自分の資質分析をしたら、妙にすっきりした。才能があるとは言わないけれど、資質のベクトルは明確にしないと、次に行かない。掌編というものに特化してみようと思い付いたら、急に、ぱちぱちとパソコンを叩き出した。
考えてみたらジャズピアニストは交響曲を弾いたりはしない。
つまり、長編大河小説という乗りではない。一編イコール一曲みたいな感じだから、ジャズピアニストが小説を書いてみようと思い立ち、掌編、ショートショートを書く。なんか自然な感じがする。
しっかし、原稿用紙五枚にエスプリをまとめる。
比較的、俺には向いているとは思うのだけれど、短いなりに難しい。
あっという間に超えてしまう。原稿の冒頭にタイトルと筆名を入れると、もっと文字数が少なくなる。これにまとめる。ひいひい言いながらやっているのだけれど、逆にこけおどし文をどんどん削除しないといけないから、これはいい文章修業である。少し大人になったぜって。
正直、これ、嵌るだろう。ブロ中プラス、ショー中(ショートショート中毒)を併発するのである。
先日、すべての原稿を整理したことは記事に書いたけれど、時計町の執筆が俺、三十八歳だったことに気が付いた。もっと最近の気がしていた。もう、十六年も経っている。げろげろ。で、再構成しながら、五十四歳の俺が三十八歳の俺の書いたものをばしばし削除している。
とはいえ、元の方がいいのではないかとも思う。
尖がっている。皮肉満載。世間を斜めに見ている。こけおどし文も多い。毒舌も出てくる。
これが分からんのだけれど、今の俺の感触と違う。こういう挑発力がない。だから、挑発文はすべて削除なのだ。再構成後の方が、たぶん、完成度は高いと思うけれど、なんぼのもんじゃいと俺の中の三十八歳が喚く。
2013年10月29日火曜日
Yu's Proverbs 1
ヘェッッロォーぉ、ドゥユー○ピーク○ングリッシュ? イエスと言ってニコニコする。
ワァッツ○ァーネイム? イエスと言ってニコニコする。三十何年前は、俺もこうだった。
現在は、ヘェーーーイメェェェェェェンイャァー。流暢である。イャァァァァァァァぁぁ。
Proverb=ことわざ、で、はなもげらだと、わざとこ。で、以下、裕先生のそれをご披露致す。
わざとこ、および、裕先生の直々のご解説付き。よぉーーーっ、はいぃぃぃ、はい。
あっ、その前に、なんとなく面白そうなコンテストを見付けた。「小説現代ショートショートコンテスト」。ご存知の方も多いのかしら? 俺は、全然知らなかった。応募が毎月で、原稿用紙五枚以内。この感じって、俺の空脳向き。来月からブログみたいにせっせと原稿送ってみようと考えている。ご興味おありの方、インターネットで詳細、ご覧下さいませ。原稿用紙五枚、溢れ出るネタ、ムラムラ執筆欲、これって、かなりブロガーさんに多いと思うので.....。一緒に、応募しちゃいましょっ! 別に、一緒にやるこたぁーねぇーけど。アズユーライク、イェェェェェイ。
PB1 愚考山を移す
一心に馬鹿ブログを書き続ければ、ものごとは達せられる(とは限らない)
元は、愚公ね
PB2 空中狡猾
世渡りのへたな馬鹿。つまり、そいつの思惑、戦略、狡猾なんちゅうもんは屁の河童
PB3 坊主の鼻ピアス
その気になれば用途がある。花簪は、ぐさっ、痛いでしょ
夏の小袖だってファッションファッション、だろって
PB4 ぼうとする
なにもしないから棒に振らずにすむ。でも、指揮者の方には、マ逆意味
PB5 負け惜しみの減らず指
テクがないのにやたらスピードを誇示するへたなジャズピアニスト(だれのこと?)
PB6 頭痛と見せて頬冠り
仮病のこと。まあ、たまにね、こういうのも必要
うんこも方便と同意
PB7 暖簾にブルドーザー
埒の明かない相手に業を煮やしたターミネーター
うおっ! 須藤元気の前で、ふがふが言い訳していると、こうなる
PB8 恋の滝登り
女性ファンに囲まれているミュージッちゃんの心拍数
でも、最後は、まな板の恋、ね
PB9 才子妻に倒れる
ぐうぇ、たらぁーーー、汗。いいんですか、こんなこと書いてっ! 真空とび膝蹴りは覚悟っ!
あれっ? 誤字誤字、哀川翔の物まねをしながら、訂正。おんな、るっせぇーからよっ、野菜食えって
才子酒に倒れる
アル中の東大生
PB10 晴天の辟易
このブログの読者様の心模様とか心境
おわっ、心の鏡、心鏡って、どう?
おいっ、そこの月夜に提灯っ!
えっ?
お前だよ、お前っ!
えっ?
お前だって!
えっ、お前って、つまり、俺?
ワァッツ○ァーネイム? イエスと言ってニコニコする。三十何年前は、俺もこうだった。
現在は、ヘェーーーイメェェェェェェンイャァー。流暢である。イャァァァァァァァぁぁ。
Proverb=ことわざ、で、はなもげらだと、わざとこ。で、以下、裕先生のそれをご披露致す。
わざとこ、および、裕先生の直々のご解説付き。よぉーーーっ、はいぃぃぃ、はい。
あっ、その前に、なんとなく面白そうなコンテストを見付けた。「小説現代ショートショートコンテスト」。ご存知の方も多いのかしら? 俺は、全然知らなかった。応募が毎月で、原稿用紙五枚以内。この感じって、俺の空脳向き。来月からブログみたいにせっせと原稿送ってみようと考えている。ご興味おありの方、インターネットで詳細、ご覧下さいませ。原稿用紙五枚、溢れ出るネタ、ムラムラ執筆欲、これって、かなりブロガーさんに多いと思うので.....。一緒に、応募しちゃいましょっ! 別に、一緒にやるこたぁーねぇーけど。アズユーライク、イェェェェェイ。
PB1 愚考山を移す
一心に馬鹿ブログを書き続ければ、ものごとは達せられる(とは限らない)
元は、愚公ね
PB2 空中狡猾
世渡りのへたな馬鹿。つまり、そいつの思惑、戦略、狡猾なんちゅうもんは屁の河童
PB3 坊主の鼻ピアス
その気になれば用途がある。花簪は、ぐさっ、痛いでしょ
夏の小袖だってファッションファッション、だろって
PB4 ぼうとする
なにもしないから棒に振らずにすむ。でも、指揮者の方には、マ逆意味
PB5 負け惜しみの減らず指
テクがないのにやたらスピードを誇示するへたなジャズピアニスト(だれのこと?)
PB6 頭痛と見せて頬冠り
仮病のこと。まあ、たまにね、こういうのも必要
うんこも方便と同意
PB7 暖簾にブルドーザー
埒の明かない相手に業を煮やしたターミネーター
うおっ! 須藤元気の前で、ふがふが言い訳していると、こうなる
PB8 恋の滝登り
女性ファンに囲まれているミュージッちゃんの心拍数
でも、最後は、まな板の恋、ね
PB9 才子妻に倒れる
ぐうぇ、たらぁーーー、汗。いいんですか、こんなこと書いてっ! 真空とび膝蹴りは覚悟っ!
あれっ? 誤字誤字、哀川翔の物まねをしながら、訂正。おんな、るっせぇーからよっ、野菜食えって
才子酒に倒れる
アル中の東大生
PB10 晴天の辟易
このブログの読者様の心模様とか心境
おわっ、心の鏡、心鏡って、どう?
おいっ、そこの月夜に提灯っ!
えっ?
お前だよ、お前っ!
えっ?
お前だって!
えっ、お前って、つまり、俺?
2013年10月28日月曜日
自分の持ち味
今日は、こっちの時間で、十月二十七日の日曜日。夏時間、サマータイムが本日早朝で終わり。北ヨーロッパは長い長い冬に突入する。鬱の巣窟。それについては、(今回は)書かない。午前中、雨雨。午後晴れ間。この晴れ間をぬってカミサンと散歩。帰宅しピアノ。弾きながらパラレルワールドブログ記事の考察。
で、ちっともピアノの自主トレメニューが出来ない。まあ、今回は、これについては書かない。
フリージャズピアノに関しては、俺はトーシロー(素人)ではない。有料ピアニストなのだ。
で、その、小説復帰その二。こちらも、ちっとも進まない。
で、俺は超絶勤勉人間。その怠惰というものは、俺の辞書にない。
須藤元気さん的なところがある。でも、進まない。イラついてくる。
こちらは、トーシロー。トーシローがイラついてどうするの? となる。
締め切りもないし、だれも、読みたぁーーーーーーーい、なんて言ってない。
じゃ、止めましょうってなる。ちょっと、違う。
書きたいことは沢山ある。でも、本質的に書きたいことは書きたくない。でも、それを書くのが小説なんじゃないのぉー? で、俺は、この意見に反対なのである。「そういうもの」を、金に代えたくないのである。いや、それが拙いと言っているのではなく、俺は、嫌いなのだ。
と、元文学青年は、三十何年経っても考えてしまう。これは、永遠に変わらん。まあ、棺桶にはいるまではね。
でね、俺のブログをお読み頂いている方々は、ご存知の通り、まぁーーー、良く、無内容にしても書く。筆まめである。で、やっぱ、書くのは好きなんだろうと自己分析する。
で、自分の中の本質的なものは書きたくない。となると.....。
歴史小説 まったく駄目 興味なし
推理小説 犯人のいないストーリーばっかり考える
恋愛もの 俺がまったく色っぽくないから没
現代もの 筆力なし
現代文学 サハラ砂漠
「本質的に書きたいものは書きたくないけれどでもやはり書きたいけどこの年で模倣なんてしねぇーから自分なりにとなるとチュートチュートが一番おまえの持ち味に近いんじゃんつまりブログとかエッセイとか掌編ということ」と、自己分析して、一人にんまりしている。
これって、自然体というやつなの?
これって、超、難しくない?
りゃ、これこそ、トサリの境地?
で、ちっともピアノの自主トレメニューが出来ない。まあ、今回は、これについては書かない。
フリージャズピアノに関しては、俺はトーシロー(素人)ではない。有料ピアニストなのだ。
で、その、小説復帰その二。こちらも、ちっとも進まない。
で、俺は超絶勤勉人間。その怠惰というものは、俺の辞書にない。
須藤元気さん的なところがある。でも、進まない。イラついてくる。
こちらは、トーシロー。トーシローがイラついてどうするの? となる。
締め切りもないし、だれも、読みたぁーーーーーーーい、なんて言ってない。
じゃ、止めましょうってなる。ちょっと、違う。
書きたいことは沢山ある。でも、本質的に書きたいことは書きたくない。でも、それを書くのが小説なんじゃないのぉー? で、俺は、この意見に反対なのである。「そういうもの」を、金に代えたくないのである。いや、それが拙いと言っているのではなく、俺は、嫌いなのだ。
と、元文学青年は、三十何年経っても考えてしまう。これは、永遠に変わらん。まあ、棺桶にはいるまではね。
でね、俺のブログをお読み頂いている方々は、ご存知の通り、まぁーーー、良く、無内容にしても書く。筆まめである。で、やっぱ、書くのは好きなんだろうと自己分析する。
で、自分の中の本質的なものは書きたくない。となると.....。
歴史小説 まったく駄目 興味なし
推理小説 犯人のいないストーリーばっかり考える
恋愛もの 俺がまったく色っぽくないから没
現代もの 筆力なし
現代文学 サハラ砂漠
「本質的に書きたいものは書きたくないけれどでもやはり書きたいけどこの年で模倣なんてしねぇーから自分なりにとなるとチュートチュートが一番おまえの持ち味に近いんじゃんつまりブログとかエッセイとか掌編ということ」と、自己分析して、一人にんまりしている。
これって、自然体というやつなの?
これって、超、難しくない?
りゃ、これこそ、トサリの境地?
2013年10月27日日曜日
背骨に腹はかえられぬ
昔から、ということになっている。
銭腹はかえられぬ。はい、これはですね、わたくしめが作りましたが、お腹が空いてても、お金は食べられないでしょ、だから、お金なんて、そんなものなのよという負け惜しみことわざ。愚鈍に目鼻。えっ、俺?
で、俺はピアノ弾きなんだけれど、背骨の何番目かが歪んでいる。年のせいなのか、そういう兆候があったのか、四半世紀の営業マン激務のせいなのか、これは分からん。で、ガレージに行って、おい、新しいのにしてくれたまえ、っては、なぜか行かない。先日、俺の愛車、ホンダシビックハッチバック1997年のトランスミッションを大枚叩いて交換したのに...................................。
なんで、俺のトランスミッションは交換できないのぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、の歪んでいる部品から、上半身を司る神経系の配線が伸びているから、そりゃ、いてぇー。で、刺激をしないで、静かな暗しじゃね、暮らしを行っている分にはいいのだけれど、そりゃー、重いものをなるだけ持たない。自転車も、あんま、よくない。首をなるだけ動かさない。カッとならない、高血圧にも悪い。静かに生きる。ひっそりと生きる。背骨の痛みに集中する。それ以外は考えない、つまり、一日、じっとしている。波風のない人生を送る。背骨様の様子、彼の機嫌を損ねない。びくびくと一日を過ごす。
まさしく、仕事の出来ないマンサラ(サラリーマン)野郎の、その日じゃん。
で、俺は、一応、波風は立てたくはないけれど、職業がピアノ弾きだから、そりゃー、ピアノは弾く。相当弾く。ぎんぎんに弾く。限界値まで弾く。十日後、動けない。首筋、両肩に、まさしく大リーグボール養成ギブスを嵌められた感じになり、痺れて動けない。呻きながら、茹でエビ状態。その形で、左右にイモ虫。痛いぃーーーというのとも少し違っていて、鉄の鎧をいきなり着せられましたぁーっていう感じなわけ。で、イモ虫状態の俺を見て、カミサン、「あなた、やはり、ピアノ止めるしかないんじゃない」。目に涙を溜めながら、「うぅぅぅぅぅぅーーー、ピアノは私だっ。私自身なのだぁーーー、うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」と返事をする。ピアノ馬鹿そのものである。
でね、うすうすは感付いていた。
もしかすると、フランス製の和風ベッドの布団もどきの老化と俺の老化と、せんべい布団化と、俺の尻のせんべい布団化と、この、相乗効果ではないのかと。豊穣効果じゃないの。
で、いつこの記事をアップするか分からんから、曖昧に、先日とする。に、俺にとっては大枚を叩いたスプリングマットにかえた。どの体位でも、背骨が直線になるというやつ。
フランスでもっとも有名なメーカーだ。かなり、高額。でも、一縷の望み。藁をも縋る。
微かな期待はあったのである。ほとんど、芥川賞を受賞するのではないかというぐらいの期待ね。
で、俺は芥川賞を受賞した。んじゃねぇーだろって。
ちゃうちゃう、その翌日。上半身の痛み、なくなっていたのである。
ちょっと、びっくりどころか、俺にとっては永遠の歯痛みたいだったから、奇跡に近い。
歯痛は、なおんねぇーけど、相変わらず。
そんな一晩で、うなわけねぇーとびくびくしていたけれど、やはり、スプリングマットにかえてから、上半身の痛みが消えました。こういうこともあるのですねぇー、十歳(以上)若返りましたぁー!
ピアノ弾くのも、当然、楽になったのである。大ピアニスト養成ギブスを外した、裕先生、うぐっ、自分で自分が怖いわ。キャ。
銭腹はかえられぬ。はい、これはですね、わたくしめが作りましたが、お腹が空いてても、お金は食べられないでしょ、だから、お金なんて、そんなものなのよという負け惜しみことわざ。愚鈍に目鼻。えっ、俺?
で、俺はピアノ弾きなんだけれど、背骨の何番目かが歪んでいる。年のせいなのか、そういう兆候があったのか、四半世紀の営業マン激務のせいなのか、これは分からん。で、ガレージに行って、おい、新しいのにしてくれたまえ、っては、なぜか行かない。先日、俺の愛車、ホンダシビックハッチバック1997年のトランスミッションを大枚叩いて交換したのに...................................。
なんで、俺のトランスミッションは交換できないのぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、の歪んでいる部品から、上半身を司る神経系の配線が伸びているから、そりゃ、いてぇー。で、刺激をしないで、静かな暗しじゃね、暮らしを行っている分にはいいのだけれど、そりゃー、重いものをなるだけ持たない。自転車も、あんま、よくない。首をなるだけ動かさない。カッとならない、高血圧にも悪い。静かに生きる。ひっそりと生きる。背骨の痛みに集中する。それ以外は考えない、つまり、一日、じっとしている。波風のない人生を送る。背骨様の様子、彼の機嫌を損ねない。びくびくと一日を過ごす。
まさしく、仕事の出来ないマンサラ(サラリーマン)野郎の、その日じゃん。
で、俺は、一応、波風は立てたくはないけれど、職業がピアノ弾きだから、そりゃー、ピアノは弾く。相当弾く。ぎんぎんに弾く。限界値まで弾く。十日後、動けない。首筋、両肩に、まさしく大リーグボール養成ギブスを嵌められた感じになり、痺れて動けない。呻きながら、茹でエビ状態。その形で、左右にイモ虫。痛いぃーーーというのとも少し違っていて、鉄の鎧をいきなり着せられましたぁーっていう感じなわけ。で、イモ虫状態の俺を見て、カミサン、「あなた、やはり、ピアノ止めるしかないんじゃない」。目に涙を溜めながら、「うぅぅぅぅぅぅーーー、ピアノは私だっ。私自身なのだぁーーー、うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」と返事をする。ピアノ馬鹿そのものである。
でね、うすうすは感付いていた。
もしかすると、フランス製の和風ベッドの布団もどきの老化と俺の老化と、せんべい布団化と、俺の尻のせんべい布団化と、この、相乗効果ではないのかと。豊穣効果じゃないの。
で、いつこの記事をアップするか分からんから、曖昧に、先日とする。に、俺にとっては大枚を叩いたスプリングマットにかえた。どの体位でも、背骨が直線になるというやつ。
フランスでもっとも有名なメーカーだ。かなり、高額。でも、一縷の望み。藁をも縋る。
微かな期待はあったのである。ほとんど、芥川賞を受賞するのではないかというぐらいの期待ね。
で、俺は芥川賞を受賞した。んじゃねぇーだろって。
ちゃうちゃう、その翌日。上半身の痛み、なくなっていたのである。
ちょっと、びっくりどころか、俺にとっては永遠の歯痛みたいだったから、奇跡に近い。
歯痛は、なおんねぇーけど、相変わらず。
そんな一晩で、うなわけねぇーとびくびくしていたけれど、やはり、スプリングマットにかえてから、上半身の痛みが消えました。こういうこともあるのですねぇー、十歳(以上)若返りましたぁー!
ピアノ弾くのも、当然、楽になったのである。大ピアニスト養成ギブスを外した、裕先生、うぐっ、自分で自分が怖いわ。キャ。
2013年10月25日金曜日
複雑系
さっきまで、今日はブログはぼさりと思っていた。
本業のヤノピが、ちびちびと忙しくなってきたせいもある。
で、明日はぼさり。裕中、イサ中の方は、一日、手が震えるかも知れないが、耐えるように。
最近、ヤノピの練習中に、同時にブログのことを考えるパラレルワールドと化した。
ヤノピと奮闘しながら、ふむ、などと、記事のことをフラッシュバックみたいに考えている。
脳崩壊の兆しなのかしら?
昨晩、よっしゃーーー、俺もヒット曲ヒット曲と、日本国でヒットしているポップミュージックをいろいろと聴いてみた。寛ぎの一時にはならず、いろいろと音分析をしてしまう。それから、それ以外の要素。ビィジョアル部分とか。
で、後者のビィジョアル部分の要素が、相当に大きい。
で、次回の俺の動画はどうなるのか? こちらを追求せんければならん、低予算で。
ちっけぇー、カメラで。と、それはいいんだけれど、音の方ね。
結局、なんだか退屈してきた。
複雑な音、別にジャズとは言わないけれど、ちょっと、もう少し味の複雑なやつ。
なんか、結局、味覚と一緒である。フリージャズって、知る人ぞ知る永遠の珍味なんじゃねぇーのとか考えた。あっ、ちょっと違うな。素材の味ではないな。
おりゃ、フランス料理に近いかもな。いろんな下味、諸々の素材、アレンジ。
ふぅーーーむ、ジャズの音に近似している。
個人的には、吉野家の牛丼とか好きであるが、
ポップミュージックって、まったく悪い意味ではなくて、こっちに近い、音の味が。
ジャズ味は、うーーーん、そうだな、地元に伝わるしし鍋とか、そんな感じか、フランス料理にも、少し近い。
でね、ハウスバーモンドカレーも素晴らしい。
カレー専門店のそれも素晴らしい。
ありゃ、ジャズは専門店系の味なわけね、伊達に複雑音を出しているわけではないという結論。
はい、結局、音楽は、味覚と一緒で食いたいものを食えばよし。
たまには、ジャズも食べて頂戴っ! 食いたくねぇーのは分かるけど.....。
本業のヤノピが、ちびちびと忙しくなってきたせいもある。
で、明日はぼさり。裕中、イサ中の方は、一日、手が震えるかも知れないが、耐えるように。
最近、ヤノピの練習中に、同時にブログのことを考えるパラレルワールドと化した。
ヤノピと奮闘しながら、ふむ、などと、記事のことをフラッシュバックみたいに考えている。
脳崩壊の兆しなのかしら?
昨晩、よっしゃーーー、俺もヒット曲ヒット曲と、日本国でヒットしているポップミュージックをいろいろと聴いてみた。寛ぎの一時にはならず、いろいろと音分析をしてしまう。それから、それ以外の要素。ビィジョアル部分とか。
で、後者のビィジョアル部分の要素が、相当に大きい。
で、次回の俺の動画はどうなるのか? こちらを追求せんければならん、低予算で。
ちっけぇー、カメラで。と、それはいいんだけれど、音の方ね。
結局、なんだか退屈してきた。
複雑な音、別にジャズとは言わないけれど、ちょっと、もう少し味の複雑なやつ。
なんか、結局、味覚と一緒である。フリージャズって、知る人ぞ知る永遠の珍味なんじゃねぇーのとか考えた。あっ、ちょっと違うな。素材の味ではないな。
おりゃ、フランス料理に近いかもな。いろんな下味、諸々の素材、アレンジ。
ふぅーーーむ、ジャズの音に近似している。
個人的には、吉野家の牛丼とか好きであるが、
ポップミュージックって、まったく悪い意味ではなくて、こっちに近い、音の味が。
ジャズ味は、うーーーん、そうだな、地元に伝わるしし鍋とか、そんな感じか、フランス料理にも、少し近い。
でね、ハウスバーモンドカレーも素晴らしい。
カレー専門店のそれも素晴らしい。
ありゃ、ジャズは専門店系の味なわけね、伊達に複雑音を出しているわけではないという結論。
はい、結局、音楽は、味覚と一緒で食いたいものを食えばよし。
たまには、ジャズも食べて頂戴っ! 食いたくねぇーのは分かるけど.....。
2013年10月24日木曜日
うん、音楽はいいよな
昨晩、ユーチューブでふたつのユニットの複数の動画を見た。
ひとつは、浦島太郎と笑うなかれっ! 初めて聴いたのである、AKB48。
もちろん、さすがに名前は知っていたけれど、聴いたのは初めて。
「恋するフォーチュンクッキー」。いろんな会社、組織のスタッフが踊っていた。
永遠のアングラ、ジャズメン側からの反応を予測できる。
商業主義、マーケッティングの勝利って。で、俺も、そう思ったのか?
まったく反対で、感動した。歌詞も踊りも明るいし元気。素晴らしい。
ジャズ屋には偏屈が多い。まあ、偏屈だからやっているともいえる。
ラップが出始めた頃、「あんなの、音楽じゃねぇー」という奴も、結構いた。
確かに、俺らって楽器フェチで、テクニック偏重の傾向が多々ある。根暗の偏屈ぺダントリック人間の集団なのか? ふむ、ちょっと、そういうところもある。
で、俺は、心のスイス人、おー、出たぁー、久しぶりっ! だから、すべての音楽は音楽だし、人間どもに上下がないように、そのすべての音楽に上下、優劣はない。音楽の好みは別だけど.....。それと、人間界の礼節とかは、また、別。組織の中の上下、これも話が違うよ。もっと、根本的な話ね。当たり前と思うのか、裕ちゃんってユートピストねってなるのか? ふむ。
うで、その勢いで、そういえば、息子がワールドオーダーの新作動画が素晴らしいといっていたなとなり、「ウエルカムトゥトウキョー」を見た。元々、俺は彼らの大ファンだから、目頭を押さえながら見た。三回見た。確かに、コマーシャル、綿密なマーケッティングの元に作成されていることは分かるけど、やはり、素晴らしいし、元気になる。こういう明るい元気って、いいよなぁー、本当に。三十年以上、母国を離れているのに、母国が元気がないと、やはり、寂しい。勝手なセンチメントだけど。やっぱ、スポーツ番組を見ると日本チーム、日本人選手を応援している。次に、フランスチーム、選手となる。日本対フランスの時は、俺んちは日仏家庭だけれど、全員、日本を応援している。で、日本チーム、選手がいない時は、フランスになる。
さて、じゃ、裕さんも、なんかヒット曲作れば? というベクトルも考えられる。
で、駄目なのである。ジャズが、アングラが染み付いているし、ジーちゃんだから、時代の、ちょっと先を見越して、素敵な曲を作る。もう、俺の感性が古過ぎる。ぱっとしない内に、もう、過去の人になっているのである。と、あっさりと諦める。現代美術家の村上隆さん、自分の会社を持ち、綿密なマーケッティングの元に作品を作る。要は、新製品の開発と同じ。世界でもっとも売れているし、作品の値段も高額。いやぁー、なんかすっきりしている。芸術家的ぐずぐず感がない。
まあ、俺みたいのが、もし、ぱっとすることがあるとしたら、五十周ぐらい遅れてどん尻走っていたら、いつの間にか、先頭集団の先頭を走っていて、ついでにテレビに映っている、とこんな感じだわな。リバイバルとも違うよな、こういうのって。
でも、ひとつだけ参考になったことは、リズムと、メロディーとか和音がいい意味でシンプルで単純。ジャズ屋は、どんどん複雑にしようとするから、この辺りが、聴き手の琴線に触れないケースが多いと推測する。実は、すでにトライ動画がユーチューブの俺のチャンネルに入っている。
「リズミックス1---3」。ご興味ある方は、覗いて見て下さいませ。
でも、近日中に、ドリアンコードを使った超シンプルな曲を作ってみようと思っています。
俺の動画の中で、比較的ヒットしたのが、「枯葉」、あと「月よりの使者」という即興曲。タイトルのせいで、変な風にヒットしたみたい。それと、一番、最初に作った「ラストシーン」。この曲は、メロディーがシンプルで、やはり、聴き易いし、第一、自分で聴いてもメローで綺麗だ。
うん、音楽はいいよな。
ひとつは、浦島太郎と笑うなかれっ! 初めて聴いたのである、AKB48。
もちろん、さすがに名前は知っていたけれど、聴いたのは初めて。
「恋するフォーチュンクッキー」。いろんな会社、組織のスタッフが踊っていた。
永遠のアングラ、ジャズメン側からの反応を予測できる。
商業主義、マーケッティングの勝利って。で、俺も、そう思ったのか?
まったく反対で、感動した。歌詞も踊りも明るいし元気。素晴らしい。
ジャズ屋には偏屈が多い。まあ、偏屈だからやっているともいえる。
ラップが出始めた頃、「あんなの、音楽じゃねぇー」という奴も、結構いた。
確かに、俺らって楽器フェチで、テクニック偏重の傾向が多々ある。根暗の偏屈ぺダントリック人間の集団なのか? ふむ、ちょっと、そういうところもある。
で、俺は、心のスイス人、おー、出たぁー、久しぶりっ! だから、すべての音楽は音楽だし、人間どもに上下がないように、そのすべての音楽に上下、優劣はない。音楽の好みは別だけど.....。それと、人間界の礼節とかは、また、別。組織の中の上下、これも話が違うよ。もっと、根本的な話ね。当たり前と思うのか、裕ちゃんってユートピストねってなるのか? ふむ。
うで、その勢いで、そういえば、息子がワールドオーダーの新作動画が素晴らしいといっていたなとなり、「ウエルカムトゥトウキョー」を見た。元々、俺は彼らの大ファンだから、目頭を押さえながら見た。三回見た。確かに、コマーシャル、綿密なマーケッティングの元に作成されていることは分かるけど、やはり、素晴らしいし、元気になる。こういう明るい元気って、いいよなぁー、本当に。三十年以上、母国を離れているのに、母国が元気がないと、やはり、寂しい。勝手なセンチメントだけど。やっぱ、スポーツ番組を見ると日本チーム、日本人選手を応援している。次に、フランスチーム、選手となる。日本対フランスの時は、俺んちは日仏家庭だけれど、全員、日本を応援している。で、日本チーム、選手がいない時は、フランスになる。
さて、じゃ、裕さんも、なんかヒット曲作れば? というベクトルも考えられる。
で、駄目なのである。ジャズが、アングラが染み付いているし、ジーちゃんだから、時代の、ちょっと先を見越して、素敵な曲を作る。もう、俺の感性が古過ぎる。ぱっとしない内に、もう、過去の人になっているのである。と、あっさりと諦める。現代美術家の村上隆さん、自分の会社を持ち、綿密なマーケッティングの元に作品を作る。要は、新製品の開発と同じ。世界でもっとも売れているし、作品の値段も高額。いやぁー、なんかすっきりしている。芸術家的ぐずぐず感がない。
まあ、俺みたいのが、もし、ぱっとすることがあるとしたら、五十周ぐらい遅れてどん尻走っていたら、いつの間にか、先頭集団の先頭を走っていて、ついでにテレビに映っている、とこんな感じだわな。リバイバルとも違うよな、こういうのって。
でも、ひとつだけ参考になったことは、リズムと、メロディーとか和音がいい意味でシンプルで単純。ジャズ屋は、どんどん複雑にしようとするから、この辺りが、聴き手の琴線に触れないケースが多いと推測する。実は、すでにトライ動画がユーチューブの俺のチャンネルに入っている。
「リズミックス1---3」。ご興味ある方は、覗いて見て下さいませ。
でも、近日中に、ドリアンコードを使った超シンプルな曲を作ってみようと思っています。
俺の動画の中で、比較的ヒットしたのが、「枯葉」、あと「月よりの使者」という即興曲。タイトルのせいで、変な風にヒットしたみたい。それと、一番、最初に作った「ラストシーン」。この曲は、メロディーがシンプルで、やはり、聴き易いし、第一、自分で聴いてもメローで綺麗だ。
うん、音楽はいいよな。
2013年10月23日水曜日
奥歯の細道
他人の奥歯のお歯無しなど、ご興味ない?
「こりゃまた、失礼致しやしたぁー、お呼びでない? あーそー、変なオジサンだから変なオジサンぁーーー、ダフンダッ」
植木等さんの、お呼びでないオジサンが、志村けんさんの変なオジサンへと推移していることは、すいすいと分かる。文章化すると、リズム感が違う。はい、もう一度。
「へっんなオジサンだから、へっなおじさぁーん」、おぉーーー譜面にした方が分かり易いけど、音符ブログかよっ、大竹さんっ、いっいってぇー。
でね、眼鏡を持ち上げる
お前、いつから、大竹なんだよって
えっ、俺っ、裕イサオだけど
お前のブログのリズム感っつーのかな、似てんだよ、俺と
えっ、そんなこたぁーーーねぇーだろってっ、俺、三村じゃねぇーし
あんた、パクってない?
シラねぇーよっ!
で、お前、左下の奥歯、ぐらぐらなんだろって?
るっせーよっ!
痛いんだろっ? 抜いちゃえ抜いちゃえって、痛いんだろ、もう、他人だぜって、お前の歯。
るっせぇーよっ、俺の歯じゃん、文句、ゆーなよっ!
「こりゃまた、失礼致しやしたぁー、お呼びでない? あーそー、変なオジサンだから変なオジサンぁーーー、ダフンダッ」
植木等さんの、お呼びでないオジサンが、志村けんさんの変なオジサンへと推移していることは、すいすいと分かる。文章化すると、リズム感が違う。はい、もう一度。
「へっんなオジサンだから、へっなおじさぁーん」、おぉーーー譜面にした方が分かり易いけど、音符ブログかよっ、大竹さんっ、いっいってぇー。
でね、眼鏡を持ち上げる
お前、いつから、大竹なんだよって
えっ、俺っ、裕イサオだけど
お前のブログのリズム感っつーのかな、似てんだよ、俺と
えっ、そんなこたぁーーーねぇーだろってっ、俺、三村じゃねぇーし
あんた、パクってない?
シラねぇーよっ!
で、お前、左下の奥歯、ぐらぐらなんだろって?
るっせーよっ!
痛いんだろっ? 抜いちゃえ抜いちゃえって、痛いんだろ、もう、他人だぜって、お前の歯。
るっせぇーよっ、俺の歯じゃん、文句、ゆーなよっ!
2013年10月22日火曜日
模索的な日々
「模索」とすると、なんか推理小説のタイトルみたい。
わたくし、暗中模索と申しますとか、裏野工作ですとか、卑怯モノですとか、人名駄洒落をしたくなってくる。ところで、なんだか、十月も半ばを過ぎているのに、ぽわぁーんと暖かい。雨雲が広がり、りゃりゃぁー、冬の到来ぃぃぃぃぃーと思っていると、カラッと晴れて、ぽかぽか。
今年はなかなか、うっ(鬱)君が登場し難いのである。まあ、うっ君がいらっしゃると、まず、とことん彼とお付き合い、お話を致す。どん底まで行くと、「そもそもの鬱になる要因」が、どこにもねぇーじゃんよぉー、心は錦ぃーーーとなる。人間の心理のメカニズムってどうなっているのかしらね、秋から冬に掛けてどうしても、ちょっと暗くなる。暗ァークケント。
ところで、ピアノ自主トレの新メニューがちっともできない。
ひとつには、まあ、そこそこのレベルに達しているということも、多少はあるんだろう。
ご存知の通りピアノは音楽コンピュータなので、一人ですべてできる楽器。
ソロでやるのか、伴奏として、リズムセクションとしてと、同じ曲をやるにも、諸々の選択肢。
それと、ご存知の方はご存知の通りで、既成のメロディーに和音を付ける。まあ、普通はメロディー音が和音の一番上にくるように鍵盤を押さえる。そして、その和音の選択肢も無数にある。どれが一番、自分の出したい音に近いのか探りを入れる。その選択肢に弾き手のスタイルが現れる。それに、スイング、リズム、装飾音とか諸々の要素が付加されて、そいつのスタイルができ上がる。でも、以前にも書いたけど、フリージャズ屋、基本的にはメロディーのない音楽をやる。たぶん、俺の方が、フリージャズの異端なのだと思う。結構、既成の曲をやるのだ。
と、こんなことを考えていると、ちっとも、メニューができない。
そういう時は、俺のピアノの売り、特徴はなんなのかと初心に帰る。
パワー、スピード、エモーション。時に、このエモーションを既成のメロディーに封じ込める。
不協和音も多用するけれど、結局、ちょっと暴力的な感じの霞の向こう側に、優しい悲しみが浮き上がってくる。と、こんな感じが持ち味なわけね。余計分かんなくなったっ!
わたくし、暗中模索と申しますとか、裏野工作ですとか、卑怯モノですとか、人名駄洒落をしたくなってくる。ところで、なんだか、十月も半ばを過ぎているのに、ぽわぁーんと暖かい。雨雲が広がり、りゃりゃぁー、冬の到来ぃぃぃぃぃーと思っていると、カラッと晴れて、ぽかぽか。
今年はなかなか、うっ(鬱)君が登場し難いのである。まあ、うっ君がいらっしゃると、まず、とことん彼とお付き合い、お話を致す。どん底まで行くと、「そもそもの鬱になる要因」が、どこにもねぇーじゃんよぉー、心は錦ぃーーーとなる。人間の心理のメカニズムってどうなっているのかしらね、秋から冬に掛けてどうしても、ちょっと暗くなる。暗ァークケント。
ところで、ピアノ自主トレの新メニューがちっともできない。
ひとつには、まあ、そこそこのレベルに達しているということも、多少はあるんだろう。
ご存知の通りピアノは音楽コンピュータなので、一人ですべてできる楽器。
ソロでやるのか、伴奏として、リズムセクションとしてと、同じ曲をやるにも、諸々の選択肢。
それと、ご存知の方はご存知の通りで、既成のメロディーに和音を付ける。まあ、普通はメロディー音が和音の一番上にくるように鍵盤を押さえる。そして、その和音の選択肢も無数にある。どれが一番、自分の出したい音に近いのか探りを入れる。その選択肢に弾き手のスタイルが現れる。それに、スイング、リズム、装飾音とか諸々の要素が付加されて、そいつのスタイルができ上がる。でも、以前にも書いたけど、フリージャズ屋、基本的にはメロディーのない音楽をやる。たぶん、俺の方が、フリージャズの異端なのだと思う。結構、既成の曲をやるのだ。
と、こんなことを考えていると、ちっとも、メニューができない。
そういう時は、俺のピアノの売り、特徴はなんなのかと初心に帰る。
パワー、スピード、エモーション。時に、このエモーションを既成のメロディーに封じ込める。
不協和音も多用するけれど、結局、ちょっと暴力的な感じの霞の向こう側に、優しい悲しみが浮き上がってくる。と、こんな感じが持ち味なわけね。余計分かんなくなったっ!
2013年10月21日月曜日
現在
久保の兄貴(久保はつじ 曝脳雑記)の「路地裏で姿形を整えるの巻1---3」を肌寒い秋の雨空を見上げながら拝読していたら、私の中のなにかが感応した。兄貴にコメントを送ったら、返信として記事を書いて下さった。私も返礼として記事を書き、それに対して兄貴からコメントを頂いた。
この場を借りて、熱く熱く御礼申し上げます。
しばしば、兄貴の記事に私の中で泥酔してソファーに寝転がっている詩神様が触発される。
我々ミュージッシャンがセッションと呼んでいる、その感応。とても、ありがたい。我々には、優秀な共演者が必要であることを、しみじみと感じます。人と人とは、たぶん、そういうものなのかも知れません。共演者のレベルが上がるほど、知らぬ間に、自分の力量まで持ち上がって来る。やはり、こういうセッションは大切にさせて頂きたく思います。
兄貴であった岡持ちを持った自転車の小僧。
とても切なくて愛おしい。それを鳥瞰している現在の久保の兄貴の目線。
ずっとパワーアップしているはずである。でも、その小僧を内包している。
私たちは、ミルファイユのように、断層のように、何枚も無数に重なった過去の堆積。
当然にして、その丘の上に、我々はいる。その一枚の記憶の残像の中に、その小僧がいる。
その小僧の堆積の上に、今、現在がある。
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
三十代の頃の、デビュー当時のピアノの演奏をたまに聴くことがある。
尖がっているし、俺が一番だぜっていう乗りとメガロマニア。
で、俺が進歩しているのか後退しているのか、全然分からない。両方、同時に進行している感じがする。俺の論理では、上昇していないと、水平飛行は出来ないと理解している。
たぶん、進歩しているはずだから、後退を免れている、はずである。
どうして、俺は、いつもこうして尖がっているのだろう?
アブドゥーべナニ。テナーサックス。
俺より二世代ぐらい上のミュージッシャンである。
最前列で、お客さんがペチャペチャやっていると、サックスを投げ付けたりする。泥酔して、ステージで倒れる。皮肉満載のトークをする。
このトンガリは凄まじい。
こういう先輩に囲まれている俺。気が抜けんのです。
ジャズメンって、「音のヤンキー」なのかも知れません。
この場を借りて、熱く熱く御礼申し上げます。
しばしば、兄貴の記事に私の中で泥酔してソファーに寝転がっている詩神様が触発される。
我々ミュージッシャンがセッションと呼んでいる、その感応。とても、ありがたい。我々には、優秀な共演者が必要であることを、しみじみと感じます。人と人とは、たぶん、そういうものなのかも知れません。共演者のレベルが上がるほど、知らぬ間に、自分の力量まで持ち上がって来る。やはり、こういうセッションは大切にさせて頂きたく思います。
兄貴であった岡持ちを持った自転車の小僧。
とても切なくて愛おしい。それを鳥瞰している現在の久保の兄貴の目線。
ずっとパワーアップしているはずである。でも、その小僧を内包している。
私たちは、ミルファイユのように、断層のように、何枚も無数に重なった過去の堆積。
当然にして、その丘の上に、我々はいる。その一枚の記憶の残像の中に、その小僧がいる。
その小僧の堆積の上に、今、現在がある。
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
三十代の頃の、デビュー当時のピアノの演奏をたまに聴くことがある。
尖がっているし、俺が一番だぜっていう乗りとメガロマニア。
で、俺が進歩しているのか後退しているのか、全然分からない。両方、同時に進行している感じがする。俺の論理では、上昇していないと、水平飛行は出来ないと理解している。
たぶん、進歩しているはずだから、後退を免れている、はずである。
どうして、俺は、いつもこうして尖がっているのだろう?
アブドゥーべナニ。テナーサックス。
俺より二世代ぐらい上のミュージッシャンである。
最前列で、お客さんがペチャペチャやっていると、サックスを投げ付けたりする。泥酔して、ステージで倒れる。皮肉満載のトークをする。
このトンガリは凄まじい。
こういう先輩に囲まれている俺。気が抜けんのです。
ジャズメンって、「音のヤンキー」なのかも知れません。
2013年10月20日日曜日
過去と未来 返礼久保の兄貴へ
過去の、若僧の頃の自分の姿がフラッシュバックする。
その若僧の背中、後ろ姿が、とんでもなく切ない。
手を差し伸べようとする。届かない。
ボルドーの豪雨の中、坊主刈りで、海水パンツ姿のまま、ボロ自転車を漕ぐ若僧。
そいつは二十三歳だった。金槌を脱出すれば、世界観が変わる予感に打ち震えながら自転車を漕いでいた。あまりに、雨が凄いので、水中眼鏡を掛けて、プールへ向かった。
水着姿の同世代の女に囲まれながら、溺れるような姿で、実際に、半分は溺れていたのだ、その無様な姿を克服するために、毎日、プールに通った。そいつの、筋肉質の後姿が、脳裏をかすめる。
出来ないことが山積していた。
フランス語の習得、水泳、そして、なにより現代美術家というビザで、そいつはフランスに上陸したのである。一旗上げに。
いつ死んでもいいと、毎日、思っていた。
全力で突っ走って、駄目なら、それでいいと、毎日、思っていた。
そして、突っ走った。相当、長い間。
今、その若僧の背中と、未来の自分の裸体が同時に見えている。
その若僧の背中、後ろ姿が、とんでもなく切ない。
手を差し伸べようとする。届かない。
ボルドーの豪雨の中、坊主刈りで、海水パンツ姿のまま、ボロ自転車を漕ぐ若僧。
そいつは二十三歳だった。金槌を脱出すれば、世界観が変わる予感に打ち震えながら自転車を漕いでいた。あまりに、雨が凄いので、水中眼鏡を掛けて、プールへ向かった。
水着姿の同世代の女に囲まれながら、溺れるような姿で、実際に、半分は溺れていたのだ、その無様な姿を克服するために、毎日、プールに通った。そいつの、筋肉質の後姿が、脳裏をかすめる。
出来ないことが山積していた。
フランス語の習得、水泳、そして、なにより現代美術家というビザで、そいつはフランスに上陸したのである。一旗上げに。
いつ死んでもいいと、毎日、思っていた。
全力で突っ走って、駄目なら、それでいいと、毎日、思っていた。
そして、突っ走った。相当、長い間。
今、その若僧の背中と、未来の自分の裸体が同時に見えている。
2013年10月19日土曜日
歯痛
このタイトル、皆さんは「しつう」と読むのか「はいた」と読むのか?
で、OOO読みというのがあって、音訓ごちゃまぜ。で、俺は「はつう」って、発音してしまう。
なんか、とぅるるさまぁーずみたいかしら?
お歯痛にお目に掛かります、などという駄洒落をやりたくなってくる。
左、つまり、私から見た左下の奥歯がぐらついていて、つまり、歯茎が腫れて、歯が持ち上がっているから、ものを噛もうとすると、そのぐらついた盛り上がり歯に、上顎の歯が当たるから痛い。三日前からなんだけんちょも、しぶとく、ブログを書いちょる。中毒だ。台所排水ホースの最終決戦時の右手親指付け根の負傷、大変に不本意な負傷は、完治に近付いている、矢先に、これだ。Ji、慢性化した背骨神経痛、目のしょぼしょぼ、歯痛、下痢ークーパーと、諸々の故障。廃棄寸前の中古車と本当に似ていて、いつも、どこかを修理している。でも、オヤジになると、その、うりゃぁーーーーーーーー、「瑣末瑣末瑣末な、ということにしてしまう」故障など、心錦(これ、なんと読むんだ?)が乗り越える。
まあ、やけくそ、という解釈もできるけんちょも、ボロボロなんだけれど、
俺(また、一人称が変わっている)の、この年齢というものは、諸々の社会的と呼ばれる責任に囲まれているのであるから、放棄はでけん。でも、責任感っていうものは、自分で、そのラインを認定するんだろう(詳しくは書かない。諸々ってことにしておく)。
放棄しちゃうオジサンもいるんだろうな。
蒸発? 妾と心中? 突然、プータロー?
なんか、泣けるよなぁー、とも思う。
でね、裕先生。フリージャズピアニスト。一瞬、放棄系と思われる節がある。
なろぉーーーっ、全然の全然で、非常にまともな社会人なのであるぞ。
そうじゃないと、愚ブログも、フリージャズも、俺はでけんのである。理解?
これって、例のパラ中、パラドックス中毒。つまり、まともな日常をしていないと、破壊的な音楽とか、俺はでけんのである。両極の狭間のピンポン玉状態が、つまり、俺が定義した「自由」という概念なのであるのだのノダイワのうなぎだ。しまったっ? 食えないものを書いちゃったぁー!
追記
その夜の裕先生。
ベッドの中で、脳内に飛来する、うな重、天丼、カツ丼、すし、さしみ.....。
眠れるかってっ! 食べたいけど、ここフランスなの。
フランス料理が和食だったら、
この国は、俺には完璧だった。コンビニ、ねぇーしよぉー。
で、OOO読みというのがあって、音訓ごちゃまぜ。で、俺は「はつう」って、発音してしまう。
なんか、とぅるるさまぁーずみたいかしら?
お歯痛にお目に掛かります、などという駄洒落をやりたくなってくる。
左、つまり、私から見た左下の奥歯がぐらついていて、つまり、歯茎が腫れて、歯が持ち上がっているから、ものを噛もうとすると、そのぐらついた盛り上がり歯に、上顎の歯が当たるから痛い。三日前からなんだけんちょも、しぶとく、ブログを書いちょる。中毒だ。台所排水ホースの最終決戦時の右手親指付け根の負傷、大変に不本意な負傷は、完治に近付いている、矢先に、これだ。Ji、慢性化した背骨神経痛、目のしょぼしょぼ、歯痛、下痢ークーパーと、諸々の故障。廃棄寸前の中古車と本当に似ていて、いつも、どこかを修理している。でも、オヤジになると、その、うりゃぁーーーーーーーー、「瑣末瑣末瑣末な、ということにしてしまう」故障など、心錦(これ、なんと読むんだ?)が乗り越える。
まあ、やけくそ、という解釈もできるけんちょも、ボロボロなんだけれど、
俺(また、一人称が変わっている)の、この年齢というものは、諸々の社会的と呼ばれる責任に囲まれているのであるから、放棄はでけん。でも、責任感っていうものは、自分で、そのラインを認定するんだろう(詳しくは書かない。諸々ってことにしておく)。
放棄しちゃうオジサンもいるんだろうな。
蒸発? 妾と心中? 突然、プータロー?
なんか、泣けるよなぁー、とも思う。
でね、裕先生。フリージャズピアニスト。一瞬、放棄系と思われる節がある。
なろぉーーーっ、全然の全然で、非常にまともな社会人なのであるぞ。
そうじゃないと、愚ブログも、フリージャズも、俺はでけんのである。理解?
これって、例のパラ中、パラドックス中毒。つまり、まともな日常をしていないと、破壊的な音楽とか、俺はでけんのである。両極の狭間のピンポン玉状態が、つまり、俺が定義した「自由」という概念なのであるのだのノダイワのうなぎだ。しまったっ? 食えないものを書いちゃったぁー!
追記
その夜の裕先生。
ベッドの中で、脳内に飛来する、うな重、天丼、カツ丼、すし、さしみ.....。
眠れるかってっ! 食べたいけど、ここフランスなの。
フランス料理が和食だったら、
この国は、俺には完璧だった。コンビニ、ねぇーしよぉー。
2013年10月18日金曜日
ライフプリオリティー
諸々、やらないといけないことが山積しているのに、またまた、ブログを書き始めてしまった。
第一、本業のピアノの「新自主トレメニュー」、これが、ちっともできない。といいながら、それをネタにブログ記事を書こうとしている。ブルースリー賛歌を書こうかしらなどと、書きながら考えていたりする。でも、ブルースリー、とても重い内容になるような気がしている。ジャッキーチェンの、あの明るい存在感とは、随分違うのである。私は、フランスに定住した日本人男子で、ブルースリーは、アメリカへ渡った中国人男子。彼のパイオニアとしての切羽詰まった感じに打たれるのである。なんか、少し、若い時分の自分の姿が重なる。
それと、小説復帰その二。書き溜めた中編小説を再構成してオムニバス版を作る作業。
こっちも、ちっとも進まない。忙しいのではなくて、なんだかんだと「別のこと」をしようとする。
この感覚は、皆さんも、良くご存知のはず。オープンオフィスの画面を開き、着手するのかというと、ブロガー画面にいるのである。どうも、この小説も中毒状態にならないと進まないのだろう。
そして、なにより、私は、それを恐れているのである。これになると、世界の位相が一変する。
すべてが作家目線に映るから、世界が捻じ曲がって見える。そして、小説を書くために生きているというアルキヘンデスのアンデス山脈パラドクサルの原理が現出し、私の平穏な空脳ライフが、
ヨジレマイオスの定理により、破壊される。嫌だ嫌だ。
と、これが恐ろしい。
ピアノは良いのだ。お客様が目の前にいる。開かれている。明るいのだ。社会的なコミュニケーションが成立している。ブログも、読者様と直結している感がある。明るいのである。篭っているようで、そんなことはないのだ。料理は、食べる人がいるし、お庭は、草木とお話できるし、と、やはり、なんらかの対話がある。で、小説。うっうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ、自己との対話という究極の篭りのオジサマ状態。嫌だよぉー。
うん、小説を書かれているブロガーさん、私も含めて、沢山いらっしゃると思うのですが、
この感じ、よぉーーーく、お分かり頂けると思うのです。すぱぁーーーと、止めちゃうという手もあるんだけれど、なんでかしらねぇー、そう思うと、また、にじり寄ったりするところが、自分でも不思議。
結論。中毒化すると、物事は続くわけで、オジサンが、別にピアノなんか弾けなくても、なんの支障もない。で、ちと、やってみっかぁーとオジサンが考えても、三日で挫折。で、私のようになってしまうと、続ける努力なんちゅうもんはないわけ。酒煙草、努力してやっているけど。あれ?
第一、本業のピアノの「新自主トレメニュー」、これが、ちっともできない。といいながら、それをネタにブログ記事を書こうとしている。ブルースリー賛歌を書こうかしらなどと、書きながら考えていたりする。でも、ブルースリー、とても重い内容になるような気がしている。ジャッキーチェンの、あの明るい存在感とは、随分違うのである。私は、フランスに定住した日本人男子で、ブルースリーは、アメリカへ渡った中国人男子。彼のパイオニアとしての切羽詰まった感じに打たれるのである。なんか、少し、若い時分の自分の姿が重なる。
それと、小説復帰その二。書き溜めた中編小説を再構成してオムニバス版を作る作業。
こっちも、ちっとも進まない。忙しいのではなくて、なんだかんだと「別のこと」をしようとする。
この感覚は、皆さんも、良くご存知のはず。オープンオフィスの画面を開き、着手するのかというと、ブロガー画面にいるのである。どうも、この小説も中毒状態にならないと進まないのだろう。
そして、なにより、私は、それを恐れているのである。これになると、世界の位相が一変する。
すべてが作家目線に映るから、世界が捻じ曲がって見える。そして、小説を書くために生きているというアルキヘンデスのアンデス山脈パラドクサルの原理が現出し、私の平穏な空脳ライフが、
ヨジレマイオスの定理により、破壊される。嫌だ嫌だ。
と、これが恐ろしい。
ピアノは良いのだ。お客様が目の前にいる。開かれている。明るいのだ。社会的なコミュニケーションが成立している。ブログも、読者様と直結している感がある。明るいのである。篭っているようで、そんなことはないのだ。料理は、食べる人がいるし、お庭は、草木とお話できるし、と、やはり、なんらかの対話がある。で、小説。うっうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ、自己との対話という究極の篭りのオジサマ状態。嫌だよぉー。
うん、小説を書かれているブロガーさん、私も含めて、沢山いらっしゃると思うのですが、
この感じ、よぉーーーく、お分かり頂けると思うのです。すぱぁーーーと、止めちゃうという手もあるんだけれど、なんでかしらねぇー、そう思うと、また、にじり寄ったりするところが、自分でも不思議。
結論。中毒化すると、物事は続くわけで、オジサンが、別にピアノなんか弾けなくても、なんの支障もない。で、ちと、やってみっかぁーとオジサンが考えても、三日で挫折。で、私のようになってしまうと、続ける努力なんちゅうもんはないわけ。酒煙草、努力してやっているけど。あれ?
2013年10月17日木曜日
ブログと煙草
実は、毎日、ブログを今日で止めようと思っているのに、結局、書いている。
もう、すでに書いている。煙草を止めようと思ったことはないのだけれど、一度だけ、日本に行く前の飛行機の中の状況を推定し、ニコパッチというシールを胸に貼って、煙草を吸わない状況のシュミレートをしたことがある。やはり、ニコチンを吸収しているから、吸いたくなくなった。で、吸うとどうなるのかやってみたら、ニコチン摂取過多で、当然にして気持ちが悪くなった。二週間ぐらいやってみて、ふむ、これなら、飛行に耐えられるという結論。で、箱の中にニコパッチが余ってしまうのもなぁーと考え、まあ、貼り続けるかと.....。その内、このシールの中毒になったらどうしようかとか考えた。一枚が二枚になり、その内、体全面に貼らないと禁断症状。なんだか、煙草より体に悪そう。で、ジャズクラブで酒を飲んでいたら、「あれっ、イサオ、バタコ、止めたん?」と仲間から聞かれ、なんかアホ臭くなり、その場でシールを剥がし、煙草を一本、ぷっはぁーーーとやった。
やはり、ブログも中毒化してきている。
書きたい気持ちも内容もないのに、ふむ、などど書き始めて、で、始めちゃうと結構止まらなくなったりと、自分で、少し、呆れている。
で、私のブログを読む中毒ということも考えられる。
「あぁーーー、やっぱ、今日も、クダランかったぁー」と確認し、一日を楽しく過ごす。
まっ、まさか、そんな読者様、いらっしゃいませんよねぇー、キョロキョロ。
あっ、私自身、お気に入りブロガーさんの記事の「読む中」です。
「あっ、さすがぁー」と、読むたんびに思って居ります。
まあ、いろんな中毒がある。アル中、ニコ中、私の場合はピアノ中毒、ピア中。これに、一年前からブログ中毒が加わった。それと、少しユーチューブ中毒、ユー中もある。
あと、パラ中も少し。パラドックス中毒のことです。たとえば、自分の悪口を延々と考えるとか、なんか、楽しいのだ。脳禁治産者なのかしら?
もう、すでに書いている。煙草を止めようと思ったことはないのだけれど、一度だけ、日本に行く前の飛行機の中の状況を推定し、ニコパッチというシールを胸に貼って、煙草を吸わない状況のシュミレートをしたことがある。やはり、ニコチンを吸収しているから、吸いたくなくなった。で、吸うとどうなるのかやってみたら、ニコチン摂取過多で、当然にして気持ちが悪くなった。二週間ぐらいやってみて、ふむ、これなら、飛行に耐えられるという結論。で、箱の中にニコパッチが余ってしまうのもなぁーと考え、まあ、貼り続けるかと.....。その内、このシールの中毒になったらどうしようかとか考えた。一枚が二枚になり、その内、体全面に貼らないと禁断症状。なんだか、煙草より体に悪そう。で、ジャズクラブで酒を飲んでいたら、「あれっ、イサオ、バタコ、止めたん?」と仲間から聞かれ、なんかアホ臭くなり、その場でシールを剥がし、煙草を一本、ぷっはぁーーーとやった。
やはり、ブログも中毒化してきている。
書きたい気持ちも内容もないのに、ふむ、などど書き始めて、で、始めちゃうと結構止まらなくなったりと、自分で、少し、呆れている。
で、私のブログを読む中毒ということも考えられる。
「あぁーーー、やっぱ、今日も、クダランかったぁー」と確認し、一日を楽しく過ごす。
まっ、まさか、そんな読者様、いらっしゃいませんよねぇー、キョロキョロ。
あっ、私自身、お気に入りブロガーさんの記事の「読む中」です。
「あっ、さすがぁー」と、読むたんびに思って居ります。
まあ、いろんな中毒がある。アル中、ニコ中、私の場合はピアノ中毒、ピア中。これに、一年前からブログ中毒が加わった。それと、少しユーチューブ中毒、ユー中もある。
あと、パラ中も少し。パラドックス中毒のことです。たとえば、自分の悪口を延々と考えるとか、なんか、楽しいのだ。脳禁治産者なのかしら?
2013年10月16日水曜日
マニュアル人間
なんか、次のピアノの自主トレをどうするかと考えていたら、急に、おっしゃー、久しぶりに「譜面通り」弾いてみっかぁー、となった。で、ビリーホリデーとマルウオルドロンが作った名曲、レフトアローン。ご存知の方も多いと思います。俺が弾きなれているDmの曲である。うで、譜面通りに弾いた。また、弾いた。で、またまた、弾いた。弾きながら欠伸をしていた。駄目じゃ、ジャズ屋が欠伸なんかしちゃってよぉー。で、自主トレメニュー、自分で勝手に名付けた「超絶技巧ドラゴンへの道」、あちゃぁーーーーーーーーーーーーー、ちゃちゃあぁーーーーーーーーーーー。あちゃあちゃあちゃ、やぁーーーーーーーーーーーーーーーー。これ、ブルースリーね。俺、気が狂いそうなぐらい好きなのです。
あれ、なんだっけ? そうそう、でね、結局、どうもなんてじゃなくて、そもそものスタートから、俺はマニュアルというものに拒絶反応。教則本。学校、道徳、社会とか、この決められたものを受け付けないのである。どっちが水で、どっちが油なのかわかんねぇーけど、駄目なのだ。
あれっ? 急に、ブルースリーへのオマァージュ? 後日にする。
書きそうだけど。
でね、その自主トレメニューをベースに、和音を解体して弾いてみた。
盛り上がった。ぎんぎらぎんになりながら弾いた。
どう聴いても、こっちの方が、格好いいのである。
時々、ユーチューブでオジサンのピアノ動画を見るんだけれど、
一生懸命、譜面見て練習したっつう感じが漂っている。
会社、自分の時間がない、カミサン、子供たちが、家にいても冷たいなどと、いろいろな走馬灯。そのムラムラの合間にピアノ。なんだか泣けるのだけれど、で、素敵でもあるけれど、
結局、譜面通りなのが、俺には解せない。
ピカソだよね、破壊と創造って言ったの?
でもね、破壊しちゃった責任は、自分で取るのであるよ、お若いの。
あれ、なんだっけ? そうそう、でね、結局、どうもなんてじゃなくて、そもそものスタートから、俺はマニュアルというものに拒絶反応。教則本。学校、道徳、社会とか、この決められたものを受け付けないのである。どっちが水で、どっちが油なのかわかんねぇーけど、駄目なのだ。
あれっ? 急に、ブルースリーへのオマァージュ? 後日にする。
書きそうだけど。
でね、その自主トレメニューをベースに、和音を解体して弾いてみた。
盛り上がった。ぎんぎらぎんになりながら弾いた。
どう聴いても、こっちの方が、格好いいのである。
時々、ユーチューブでオジサンのピアノ動画を見るんだけれど、
一生懸命、譜面見て練習したっつう感じが漂っている。
会社、自分の時間がない、カミサン、子供たちが、家にいても冷たいなどと、いろいろな走馬灯。そのムラムラの合間にピアノ。なんだか泣けるのだけれど、で、素敵でもあるけれど、
結局、譜面通りなのが、俺には解せない。
ピカソだよね、破壊と創造って言ったの?
でもね、破壊しちゃった責任は、自分で取るのであるよ、お若いの。
2013年10月15日火曜日
スポーツピアノ
と、よく聴きに来てくれるお客さんから言われる。
まあ、確かに、そうだ。何回か記事に書いたけれど、ジャズは独学だから、自分でメニューを作らないといけない。で、最近、「超絶技巧ドラゴンへの道」が、かなり、消化して来ているので、「次のメニュー」を作らないといけないのだけれど、これが、なかなか、浮かんでこない。で、浮かんでこないっていう意味で「行き詰る」。
ところで、マウリッチィォポルリーニ。イタリア人の、ピアノターミネーターとしか思えない、超絶技巧のクラッシックピアニスト。この人のストラビンスキーの春の祭典なんて、もう、ターミネーター。機械としか思えない。こういう人が、行き詰るなんてあるのかしらねぇー。あるとしたら、アスタラビスタァーなんて言って、爆発しちゃったりしてな。
で、俺ごときのレベルで、行き詰るなんちゅうことをしていいのだろうかと、この辺りは、超絶謙虚なのである。そりゃー、そうだって、俺だってピアノ弾きの端くれだから、凄い人は、当然にして分かる、嫌でも。俺が、一番と言いたいけれど、そうはいかんよね。
で、上手ければいいのか? これが音楽の不思議で、意外と辟易するのだよ。
ヘタウマとかウマヘタとか、こんな感じじゃねぇーと、ジャズ屋は、ちと、つらい。
庶民なのだ。その割には、かなりコンプリケートな音を出すけど。
「ジャズ元素の復習」
酒 タバコ 女 薬 パワー スピード スイング
我々用語だと、ケーサ バタコ ナオン スリク ワッパ ピースド ウグスイ
(脳が破壊されるよって!)
ケーサ 十分クリアー
バタコ 同上
ナオン ナインナイン
スリク ナインナイン
ワッパ ちょっとだけのこっちょる
ピースド 衰えを知らない衰え
ウグスイ 同上
と、こういう要素を加味しつつ、新しいメニューを作らないといけないし、上手くなり過ぎないように練習しないといけないし、体力の衰えも考慮しないといけないし.....。
モテ捲くっている、この現実をなんとかせんければいかんし、
ミュージッシャンって、大変なのよ、本当。
今日の、若人(オス)への教訓
ナオンにモテたいなら、勉強より、ミュージック
(近藤等則さんみたいに、両方ってのもあり)
まあ、確かに、そうだ。何回か記事に書いたけれど、ジャズは独学だから、自分でメニューを作らないといけない。で、最近、「超絶技巧ドラゴンへの道」が、かなり、消化して来ているので、「次のメニュー」を作らないといけないのだけれど、これが、なかなか、浮かんでこない。で、浮かんでこないっていう意味で「行き詰る」。
ところで、マウリッチィォポルリーニ。イタリア人の、ピアノターミネーターとしか思えない、超絶技巧のクラッシックピアニスト。この人のストラビンスキーの春の祭典なんて、もう、ターミネーター。機械としか思えない。こういう人が、行き詰るなんてあるのかしらねぇー。あるとしたら、アスタラビスタァーなんて言って、爆発しちゃったりしてな。
で、俺ごときのレベルで、行き詰るなんちゅうことをしていいのだろうかと、この辺りは、超絶謙虚なのである。そりゃー、そうだって、俺だってピアノ弾きの端くれだから、凄い人は、当然にして分かる、嫌でも。俺が、一番と言いたいけれど、そうはいかんよね。
で、上手ければいいのか? これが音楽の不思議で、意外と辟易するのだよ。
ヘタウマとかウマヘタとか、こんな感じじゃねぇーと、ジャズ屋は、ちと、つらい。
庶民なのだ。その割には、かなりコンプリケートな音を出すけど。
「ジャズ元素の復習」
酒 タバコ 女 薬 パワー スピード スイング
我々用語だと、ケーサ バタコ ナオン スリク ワッパ ピースド ウグスイ
(脳が破壊されるよって!)
ケーサ 十分クリアー
バタコ 同上
ナオン ナインナイン
スリク ナインナイン
ワッパ ちょっとだけのこっちょる
ピースド 衰えを知らない衰え
ウグスイ 同上
と、こういう要素を加味しつつ、新しいメニューを作らないといけないし、上手くなり過ぎないように練習しないといけないし、体力の衰えも考慮しないといけないし.....。
モテ捲くっている、この現実をなんとかせんければいかんし、
ミュージッシャンって、大変なのよ、本当。
今日の、若人(オス)への教訓
ナオンにモテたいなら、勉強より、ミュージック
(近藤等則さんみたいに、両方ってのもあり)
2013年10月14日月曜日
空
今、秋の雨雲半分、青空半分の空を展望台サロンから見ながらこれを書き、同時に、焼き豚を作っているんだけれど、そうはいっても、今年は、七月以降、現在は多少天気が崩れているけれど、それも含めて、なかなかもって天気がいいのであるが、ということで、本日は、カミサンと川沿いをずっと歩いて帰ってきて、ピアノの練習をして、焼き豚を作ってという一日であって、こんなに平和でいいのかしらぁー、などど、思ったりもするけれど、お金はないけど、節々の老化を除けば、夫婦揃って健康だし、まぁ、あんまり、悩み事はないのだけれど、でもね、最近ちょっと悩んでいるのは、ピアノを弾くときに、初めにメロディーなのか、弾くことが先なのかということで、既成のメロディーに和音を付けるときは、当然にして、制約は出るけれど、フリージャズ屋には原則的にメロディーはないのだとすれば、どういう練習をしたらいいのかが分からなくなっているような気もしているが、でも、俺は思うのだけれど、音楽のそもそもの、同じことだけれど、元素はリズムだったということかしらねぇー、でね、じゃ、ジンセイという一見複雑そうなものも、リズム、そう、原初のリズム感があれば、楽しいじゃんかよぉー、俺達、ちょっと、暗くねぇー。
組織の歯車
これを、止めてから一年半近くなる。
で、暇になったのかというと、これが、忙しい。
歯車じゃないから、「さぼる暇がない」というパラドックス。
でも、気持ちは錦だぜって。
まあ、向き不向きってことだろう。
俺は、こっちの方がいい。
組織ってなんじゃい? 地球とか世界というと分かり難い。本当は、そうなんだけれど。
で、会社っていうもんが、分かりやすいけれど、その前に、家庭っていう組織がある。
俺は、家長。会社では課長をやっていた。
で、会社以前に、俺の組織である家庭は...。
俺は、なんの強要もしない主義なのだ。
「父親としての責任を自分で認定して」、これを守った。以上である。
俺は、家庭のシナリオなんて書かんわけね。
それぞれが、ベストと思うことをやればいいのであって、カミサン役、長男役、娘役、そんなもんはいらん。
うで、この絶大なるフリー家長。
これぞ、究極の反面教師であって、俺以外は、皆、立派である。
パラドックスじゃなくて、真理なんだぞぉー。俺だけだ、馬鹿は。
で、暇になったのかというと、これが、忙しい。
歯車じゃないから、「さぼる暇がない」というパラドックス。
でも、気持ちは錦だぜって。
まあ、向き不向きってことだろう。
俺は、こっちの方がいい。
組織ってなんじゃい? 地球とか世界というと分かり難い。本当は、そうなんだけれど。
で、会社っていうもんが、分かりやすいけれど、その前に、家庭っていう組織がある。
俺は、家長。会社では課長をやっていた。
で、会社以前に、俺の組織である家庭は...。
俺は、なんの強要もしない主義なのだ。
「父親としての責任を自分で認定して」、これを守った。以上である。
俺は、家庭のシナリオなんて書かんわけね。
それぞれが、ベストと思うことをやればいいのであって、カミサン役、長男役、娘役、そんなもんはいらん。
うで、この絶大なるフリー家長。
これぞ、究極の反面教師であって、俺以外は、皆、立派である。
パラドックスじゃなくて、真理なんだぞぉー。俺だけだ、馬鹿は。
2013年10月13日日曜日
詩神様
詩神様が、どこかに行ったきり、お帰りの様子がない。
むむむぅー、こうなると、裕ちゃんの空脳振りが前面押し出しになってくる。のクルクルパー。
ジャズ神様は、酒瓶持って常駐。これは、同居しているから、これでいいのだ。
どけっ! わたくし、ジャズ評論家の蛇頭野菌次郎である。ちょいと、裕君のヤノピのくんなましについて、以下、書きたいと思う。で、まぁ、人類史には良くある。遅れてきた天才。つまり、時流に乗れない天才という野郎である。で、まず、結論。そんなもんはねぇー。本人の都合解釈であり、時流に、確かに天才は乗らないが、天才が「遅れてくる」ことは、断じてない。つまり、「二番煎じ」なのだ。
「おいおいおいおいおい、自分で、そこまで、言うわけ?」
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「ねえ、マミちゃん、これ、読んだぁー? 最低ねぇー、こんなに厚化粧して演奏しているのにぃー。痔は治らないけれど、時流に乗り遅れたぁー、これは、いいわぁー、でも、天才は遅れて来ない、このフレーズ、致命的ぃーーー。ふん。なによぉー、失礼しちゃうわ、蛇頭野の野郎ぅぅぅ!」
マミちゃん
「ねえ、イサオ君ぅぅぅぅぅぅぅん、もう一度、ソクラテス、読んだらぁぁぁぁぁぁぁぁ。ばぁーかっ」
むむむぅー、こうなると、裕ちゃんの空脳振りが前面押し出しになってくる。のクルクルパー。
ジャズ神様は、酒瓶持って常駐。これは、同居しているから、これでいいのだ。
どけっ! わたくし、ジャズ評論家の蛇頭野菌次郎である。ちょいと、裕君のヤノピのくんなましについて、以下、書きたいと思う。で、まぁ、人類史には良くある。遅れてきた天才。つまり、時流に乗れない天才という野郎である。で、まず、結論。そんなもんはねぇー。本人の都合解釈であり、時流に、確かに天才は乗らないが、天才が「遅れてくる」ことは、断じてない。つまり、「二番煎じ」なのだ。
「おいおいおいおいおい、自分で、そこまで、言うわけ?」
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「ねえ、マミちゃん、これ、読んだぁー? 最低ねぇー、こんなに厚化粧して演奏しているのにぃー。痔は治らないけれど、時流に乗り遅れたぁー、これは、いいわぁー、でも、天才は遅れて来ない、このフレーズ、致命的ぃーーー。ふん。なによぉー、失礼しちゃうわ、蛇頭野の野郎ぅぅぅ!」
マミちゃん
「ねえ、イサオ君ぅぅぅぅぅぅぅん、もう一度、ソクラテス、読んだらぁぁぁぁぁぁぁぁ。ばぁーかっ」
2013年10月12日土曜日
下世話セラ
孤高のブロガー、裕イサオ先生。最近、閲覧数把握に嵌っている。
ゴーグルアナリティックスを導入。やっと把握と思いきや、三日目の統計をじっと点目で見ていたら、日毎にその数字がどんどん増えている。そんなはずはない。毎日の閲覧数が、毎日増えていく。そんなこたぁー、絶対にない。もう一度、点目で見る。おりゃ、これって、足し算されているぅー。三日間の総閲覧数じゃんかよぉー。ってことは、Blogger管理画面の閲覧数は、限りなく正しい数字であるのだ。閲覧数5。これは、現実の数値だったのである。
で、裕先生。セショボォーンと歌ったのかといえば、全然、そんなことはない。
めげているなどど、書いているくせに、あっ、やっぱ、なんて妙に納得している。
じゃ、さいならぁーともならない。
人間心理は良く出来ていて、現実とか実数を把握すると、意外とすっきり爽やかで、自分に都合良く解釈しようとする。うん、僕は孤高のブロガーなの。それでいいのだ、と。で、むらむらと愚ブログ執筆意欲が込み上げてくる。空に拳を掲げ、星飛馬目になっている。
昔、ジャズクラブのコンサートで、ステージ上、二名。その内のひとりは俺。
客席三名。友人夫婦とカミサン。このような状況が現出した。カミサンはご招待だから、有料入場者二名。これを二名のミュージッシャンで折半。
なんのなんの、フリージャズ屋、こんなことで、セショボォーンなんてならないのだ。
第一、今時、まず、ジャズフリークの人口は激減。その激減人口の更なる少数民族であるフリージャズ狂。もう、県指定の絶滅寸前野鳥の会に近い。
俺の芸人としての推定知名度。贔屓目に見て、世界に三百人。どうだっ、参ったかっ!
孤高のピアニストであり、孤高のブロガー。小説に至ってはサハラ砂漠のど真ん中にて執筆と、孤高をすでに通り越している。
はい、下世話記事は、もう、やぁーーーめる。
明日の記事は「サハラ砂漠は砂色だった」(嘘)。
なんでか知らんけれど、今、ベートーベンの喜びの歌をアレンジしているんだけど、どういう心境なんだろうねぇー、裕先生。パリ市指定天然記念物になる日も、近い。はずだ。
ゴーグルアナリティックスを導入。やっと把握と思いきや、三日目の統計をじっと点目で見ていたら、日毎にその数字がどんどん増えている。そんなはずはない。毎日の閲覧数が、毎日増えていく。そんなこたぁー、絶対にない。もう一度、点目で見る。おりゃ、これって、足し算されているぅー。三日間の総閲覧数じゃんかよぉー。ってことは、Blogger管理画面の閲覧数は、限りなく正しい数字であるのだ。閲覧数5。これは、現実の数値だったのである。
で、裕先生。セショボォーンと歌ったのかといえば、全然、そんなことはない。
めげているなどど、書いているくせに、あっ、やっぱ、なんて妙に納得している。
じゃ、さいならぁーともならない。
人間心理は良く出来ていて、現実とか実数を把握すると、意外とすっきり爽やかで、自分に都合良く解釈しようとする。うん、僕は孤高のブロガーなの。それでいいのだ、と。で、むらむらと愚ブログ執筆意欲が込み上げてくる。空に拳を掲げ、星飛馬目になっている。
昔、ジャズクラブのコンサートで、ステージ上、二名。その内のひとりは俺。
客席三名。友人夫婦とカミサン。このような状況が現出した。カミサンはご招待だから、有料入場者二名。これを二名のミュージッシャンで折半。
なんのなんの、フリージャズ屋、こんなことで、セショボォーンなんてならないのだ。
第一、今時、まず、ジャズフリークの人口は激減。その激減人口の更なる少数民族であるフリージャズ狂。もう、県指定の絶滅寸前野鳥の会に近い。
俺の芸人としての推定知名度。贔屓目に見て、世界に三百人。どうだっ、参ったかっ!
孤高のピアニストであり、孤高のブロガー。小説に至ってはサハラ砂漠のど真ん中にて執筆と、孤高をすでに通り越している。
はい、下世話記事は、もう、やぁーーーめる。
明日の記事は「サハラ砂漠は砂色だった」(嘘)。
なんでか知らんけれど、今、ベートーベンの喜びの歌をアレンジしているんだけど、どういう心境なんだろうねぇー、裕先生。パリ市指定天然記念物になる日も、近い。はずだ。
2013年10月11日金曜日
厨房ヶ原の戦い
1900年、フランスの職人さんが、精魂込めて設置した台所の流し(白い瀬戸物の洗い桶。ひとりで持てない重量)を解体し、モダーンキッチンを自力で取り付けたことは、複数の記事に纏めた。ので、前号までのあらすじは書かない。
で、その後、平穏な台所ライフを送っていた。ところがある日.....。
キッチンのグレーの開き戸を開け(正確には、ステンレスの洗い桶の下部の収納スペース)、クレンザーを取り出そうとした。洗い桶の排水口から続く、諸々の排水パイプの接続部分のシリコンが茶色になっている。明らかに、私への挑戦状。
水漏れを確認するために、乾いたテッシュペイパーを排水パイプの下へ。
翌日、微細な水漏れがあることが発覚。明らかに、私への挑戦、宣戦布告。
無駄な散財はしたくないけれど.....。私は完璧主義者である。微細とはいえ水漏れ。不本意である。全校生徒三人の尋常小学校分校で、ダントツの一位であったわたくしのプライドが許さない(嘘)。しかも、得意科目は算数である(本当)。かつて神童と呼ばれた(嘘)わたくしの頭脳が、排水パイプに敗れた。そんなはずはない。すぐさま、近所の大工道具店へ。排水パイプの接続部分自体を新品と取り替えた。
私は、直ちに、勝利宣言を致し、また、平穏な台所ライフ。
一週間後.....。シリコンが茶色。ぎょ。再度の挑戦状。ちょっと、へたり込む。目がべズリー目および額縦線になり、少しして点目。私の負け? キッチン下部の二枚の開き戸を開け放ち、内部を凝視する。水漏れの原因が分からない。余談であるが、排水システム、ちょっと、ポンピィドゥーセンターに似ていて美しい。茶色に変色したシリコンが、明らかにその美を損ねている。
悶々とした日々。私は、排水パイプに負けたのか? 私の頭脳が?
家人に相談する。キッチンを再度分解し、一からやり直すことを提案するも、すでに設置されているものの解体。元に戻らなくなった時の損害(私が途中で力尽きた時のその後の莫大な出費。フランスは人件費が高いのである)。確実に、建て付けが悪くなることが予想される。微細な水漏れ、台所ライフに大きな支障はない。諸々のリスクを鑑みると、そのままが無難であろうという結論が導き出された。となると、私の負けが確定する。悶々とした日々。やはり、最初からプロにお願いすれば良かったなどと、ちらと後悔さえ過る。弱気になってくる。
別に負けず嫌いというわけではないが、やはり、すっきりしない。
しかし、なんど見ても原因不明。で、先日、セントラルヒーティングの管理業者のおじさんが来た。帰り掛けに、私の悩みを打ち明けた。おじさん、内部を見る。二秒後に「あー、(変形自在の)排水パイプが山なりになっているね。家本体の排水パイプまで、パイプが、ずっと下降してないからだよ。山なりの窪みに汚水が溜まり、それが滲んでいるってこと(おじさんの目、だぁーらトーシロー=素人は浅はかねぇー。子供だって分かるだろうに)」。
ここで教訓。私は失念していた。頭脳明晰を自負し過ぎていた。頓馬だった。アホだった。馬鹿だった。愚の骨頂だった。「水は低きに流れる」。引力の法則を失念していた。そう、お金と逆の流れということだった。
とうとう、最終決戦の日がきた。おじさんのご教示通りに排水パイプを設置するには、キッチンの裏板に直系約六センチの丸穴を開けないといけないのである。丸穴の位置計算が難しい。丸のこぎりをドリルに取り付け、ぐぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。どん。開いた。
絶妙の位置に丸穴。変形自在の排水パイプを、ステンレスの洗い桶下部の円筒形のフィルターパイプの中央と、家本体の排水パイプへ接続。パイプは、美しい半円を描き下降している。私の勝利は明白である。
やっと、新しいモダーンキッチンが、家本体と接続した感じ。
ようこそ、我が家へ。
古い流しさん、ありがとうございました。
追記
この一連の作業中、わたくしとしては大変に珍しく、一瞬の油断。
丸のこぎりの歯の部分で、右手親指下を負傷。やっやばぁー、辛うじて、ピアノ演奏時に鍵盤に触れない境界線部分。痛いけど、ピアノ休止は免れた。わたくしの唯一の資本なのだ、手は。
で、その後、平穏な台所ライフを送っていた。ところがある日.....。
キッチンのグレーの開き戸を開け(正確には、ステンレスの洗い桶の下部の収納スペース)、クレンザーを取り出そうとした。洗い桶の排水口から続く、諸々の排水パイプの接続部分のシリコンが茶色になっている。明らかに、私への挑戦状。
水漏れを確認するために、乾いたテッシュペイパーを排水パイプの下へ。
翌日、微細な水漏れがあることが発覚。明らかに、私への挑戦、宣戦布告。
無駄な散財はしたくないけれど.....。私は完璧主義者である。微細とはいえ水漏れ。不本意である。全校生徒三人の尋常小学校分校で、ダントツの一位であったわたくしのプライドが許さない(嘘)。しかも、得意科目は算数である(本当)。かつて神童と呼ばれた(嘘)わたくしの頭脳が、排水パイプに敗れた。そんなはずはない。すぐさま、近所の大工道具店へ。排水パイプの接続部分自体を新品と取り替えた。
私は、直ちに、勝利宣言を致し、また、平穏な台所ライフ。
一週間後.....。シリコンが茶色。ぎょ。再度の挑戦状。ちょっと、へたり込む。目がべズリー目および額縦線になり、少しして点目。私の負け? キッチン下部の二枚の開き戸を開け放ち、内部を凝視する。水漏れの原因が分からない。余談であるが、排水システム、ちょっと、ポンピィドゥーセンターに似ていて美しい。茶色に変色したシリコンが、明らかにその美を損ねている。
悶々とした日々。私は、排水パイプに負けたのか? 私の頭脳が?
家人に相談する。キッチンを再度分解し、一からやり直すことを提案するも、すでに設置されているものの解体。元に戻らなくなった時の損害(私が途中で力尽きた時のその後の莫大な出費。フランスは人件費が高いのである)。確実に、建て付けが悪くなることが予想される。微細な水漏れ、台所ライフに大きな支障はない。諸々のリスクを鑑みると、そのままが無難であろうという結論が導き出された。となると、私の負けが確定する。悶々とした日々。やはり、最初からプロにお願いすれば良かったなどと、ちらと後悔さえ過る。弱気になってくる。
別に負けず嫌いというわけではないが、やはり、すっきりしない。
しかし、なんど見ても原因不明。で、先日、セントラルヒーティングの管理業者のおじさんが来た。帰り掛けに、私の悩みを打ち明けた。おじさん、内部を見る。二秒後に「あー、(変形自在の)排水パイプが山なりになっているね。家本体の排水パイプまで、パイプが、ずっと下降してないからだよ。山なりの窪みに汚水が溜まり、それが滲んでいるってこと(おじさんの目、だぁーらトーシロー=素人は浅はかねぇー。子供だって分かるだろうに)」。
ここで教訓。私は失念していた。頭脳明晰を自負し過ぎていた。頓馬だった。アホだった。馬鹿だった。愚の骨頂だった。「水は低きに流れる」。引力の法則を失念していた。そう、お金と逆の流れということだった。
とうとう、最終決戦の日がきた。おじさんのご教示通りに排水パイプを設置するには、キッチンの裏板に直系約六センチの丸穴を開けないといけないのである。丸穴の位置計算が難しい。丸のこぎりをドリルに取り付け、ぐぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。どん。開いた。
絶妙の位置に丸穴。変形自在の排水パイプを、ステンレスの洗い桶下部の円筒形のフィルターパイプの中央と、家本体の排水パイプへ接続。パイプは、美しい半円を描き下降している。私の勝利は明白である。
やっと、新しいモダーンキッチンが、家本体と接続した感じ。
ようこそ、我が家へ。
古い流しさん、ありがとうございました。
追記
この一連の作業中、わたくしとしては大変に珍しく、一瞬の油断。
丸のこぎりの歯の部分で、右手親指下を負傷。やっやばぁー、辛うじて、ピアノ演奏時に鍵盤に触れない境界線部分。痛いけど、ピアノ休止は免れた。わたくしの唯一の資本なのだ、手は。
2013年10月10日木曜日
ピン芸人
私は、この日本語を完全に履き違えていた。
「履き違え」なんていう日本語、素敵でしょ。分かりやすい。
で、「瀬戸際芸人」と、二分前まで理解していた。インターネットで、突然、調べたわけね。
「ねえ、マミちゃん、君と僕とは、履き違えだね。むふ」
「えぇーーー、やだぁーーー」
「だって、Tバックって、タイガーマスクじゃないよ」
「えぇーーー、裕さん、遅れてるぅー、パンティーって、被るの、今は」
「りゃ。スーツにさぁー、昔の病院にあったトイレの下駄サンダルあるじゃん、あれを履いているのを、そう言うんだよ。内科なんて、ちゃんと書いてあったよ、緑色のビニールに(意味違うんじゃない)」
「昔の病院なんてぇー、知らないもぉん」
なんちゅう、洒落た会話も成り立つわけなんだけんちょも。
でだ、ピアノはピンでやり易い。ピンだと、ギャラだって、ピィーン。
ピアノで良かったぁー。
っても、ピン芸人だって、手前にお客さんがいる。
ソロピアノっても、お客さんが聴いている。
ほらぁー、俺らはよぉー、ピンじゃねぇーってこと。
「履き違え」なんていう日本語、素敵でしょ。分かりやすい。
で、「瀬戸際芸人」と、二分前まで理解していた。インターネットで、突然、調べたわけね。
「ねえ、マミちゃん、君と僕とは、履き違えだね。むふ」
「えぇーーー、やだぁーーー」
「だって、Tバックって、タイガーマスクじゃないよ」
「えぇーーー、裕さん、遅れてるぅー、パンティーって、被るの、今は」
「りゃ。スーツにさぁー、昔の病院にあったトイレの下駄サンダルあるじゃん、あれを履いているのを、そう言うんだよ。内科なんて、ちゃんと書いてあったよ、緑色のビニールに(意味違うんじゃない)」
「昔の病院なんてぇー、知らないもぉん」
なんちゅう、洒落た会話も成り立つわけなんだけんちょも。
でだ、ピアノはピンでやり易い。ピンだと、ギャラだって、ピィーン。
ピアノで良かったぁー。
っても、ピン芸人だって、手前にお客さんがいる。
ソロピアノっても、お客さんが聴いている。
ほらぁー、俺らはよぉー、ピンじゃねぇーってこと。
2013年10月9日水曜日
ブログ閲覧数の謎と私
なんか下世話ねぇー、裕先生も、とも思うんだけれど、やはり、頻繁に現れる閲覧数5。
これを三日に一発ずつ食らい続けると、執筆意欲はゲンナリ。で、最近、もう、いいやぁー、タオル投げ入れてゲーム終了と思っていた。結構、めげていたのである。明日のジョー症候群だったのである。なんだそれ?
で、三日前にゴーグルアナリティクスというシステムを導入。
導入後の翌々日に、訪問数とページビューの数が表示された。あれ、Bloggerの管理画面の数字と全然違う。私が見たことがない数字。えっ? 昨日、試しに記事をふたつアップしてみた。日本国との時差、日付の変更時間をたまたま跨いだから、別日になった。で、今日のデータを見た。りゃ、私の目標値、小学校時代の一クラスの人数、これを超えている。ページビューに至っては、大幅に超えている。えっ、もしかして、ずっと前からこうだったの?
ふぅーーーん、と溜息。そうなのかぁー、私の認識していた閲覧数と全然違う。
私が認識していたより、ずっと多くの方々が、私の愚ブログにお付き合い頂いていたことが分かった。本当に、深謝の一言です。深々とお辞儀。
と、私の今までの悶々はなんだったの? ということになる。それについて記事まで書いている。
しかも、どうせ五人の方(五人の方に大変失礼ですが)しか読んでくれん、羽毛ぉーーー、愚の骨頂で行くぞぉーと、逮捕逮捕のお巡りさん目で鼻水垂らしながら書いていたのである。拙かった。
意味のない開き直りをやっていた。通信簿8で、20点満点だと思い込み、ぐれてしまった私。
実は、10点満点だったぁー! もう、遅い。
で、本日より、急に畏まり、高級感漂うブログ記事に.....。
記事タイトルも、「セーヌの畔の思索」「フランス革命の真の位相」「人間の未来を見詰める私」と、こんな感じかしらね?
とはならんのです。
ピアノと一緒で、お客様が五人でも、仮に六千人でも、わたくしのスタンスは変わらんのだ。
一生懸命弾くのみ。ブログは、愚のまんま。空脳は治らないのです。
正直に、嬉しい。今回、閲覧数が分かったこと。
下世話かな? そんなことないよね?
今後とも、ご贔屓のほどを。再度のお辞儀。
これを三日に一発ずつ食らい続けると、執筆意欲はゲンナリ。で、最近、もう、いいやぁー、タオル投げ入れてゲーム終了と思っていた。結構、めげていたのである。明日のジョー症候群だったのである。なんだそれ?
で、三日前にゴーグルアナリティクスというシステムを導入。
導入後の翌々日に、訪問数とページビューの数が表示された。あれ、Bloggerの管理画面の数字と全然違う。私が見たことがない数字。えっ? 昨日、試しに記事をふたつアップしてみた。日本国との時差、日付の変更時間をたまたま跨いだから、別日になった。で、今日のデータを見た。りゃ、私の目標値、小学校時代の一クラスの人数、これを超えている。ページビューに至っては、大幅に超えている。えっ、もしかして、ずっと前からこうだったの?
ふぅーーーん、と溜息。そうなのかぁー、私の認識していた閲覧数と全然違う。
私が認識していたより、ずっと多くの方々が、私の愚ブログにお付き合い頂いていたことが分かった。本当に、深謝の一言です。深々とお辞儀。
と、私の今までの悶々はなんだったの? ということになる。それについて記事まで書いている。
しかも、どうせ五人の方(五人の方に大変失礼ですが)しか読んでくれん、羽毛ぉーーー、愚の骨頂で行くぞぉーと、逮捕逮捕のお巡りさん目で鼻水垂らしながら書いていたのである。拙かった。
意味のない開き直りをやっていた。通信簿8で、20点満点だと思い込み、ぐれてしまった私。
実は、10点満点だったぁー! もう、遅い。
で、本日より、急に畏まり、高級感漂うブログ記事に.....。
記事タイトルも、「セーヌの畔の思索」「フランス革命の真の位相」「人間の未来を見詰める私」と、こんな感じかしらね?
とはならんのです。
ピアノと一緒で、お客様が五人でも、仮に六千人でも、わたくしのスタンスは変わらんのだ。
一生懸命弾くのみ。ブログは、愚のまんま。空脳は治らないのです。
正直に、嬉しい。今回、閲覧数が分かったこと。
下世話かな? そんなことないよね?
今後とも、ご贔屓のほどを。再度のお辞儀。
2013年10月8日火曜日
秋の文章読本
わたくし、作家の国木田退歩と申すもの。文章の真髄を、以下、端的にご説明致そう。
物事は、如何様にも書けるのであるが、それを「どのように書くのか」、この選択肢こそが、文学の真髄なのである。
基本文「本日は、快晴である」
例1 今日と呼ばれる、つまり、本日であるのであるが、十月の、ええっと、何日? ナノ日って、何日なの? 七、あっ、七日ね。つまり、秋の一日は、つまり、快晴と呼ばれるであろう、秋晴れなんだけれど、具体的に、室温二十一度で.....」
やめれぇー、じゃかぁーしいっ!
例2 本日は、気象上として「快晴と呼ばれる」一日である
例3 私見で、大変に何卒恐縮であるが、我思うところに我有りなどと申しましてな、本日、つまり、ジャズ用語でジッポンの基点は、正解だった
わかんねぇーって!
例4 私は、空を見上げ、見上げた奴だと思った。快晴だった
例5 Today is Today
お粗末でしたっ!
この後よぉー、二万例ぐらいあんだけどよぉー、割愛。
で、本日は、秋晴れ。すきっと、水色。気持ちいいわけ。
で、このスキット感は、別に、文章化する必要は、俺にはない。
スキットして、スキップ踏んで、ピアノと戯れて、以上なのである。
物事は、如何様にも書けるのであるが、それを「どのように書くのか」、この選択肢こそが、文学の真髄なのである。
基本文「本日は、快晴である」
例1 今日と呼ばれる、つまり、本日であるのであるが、十月の、ええっと、何日? ナノ日って、何日なの? 七、あっ、七日ね。つまり、秋の一日は、つまり、快晴と呼ばれるであろう、秋晴れなんだけれど、具体的に、室温二十一度で.....」
やめれぇー、じゃかぁーしいっ!
例2 本日は、気象上として「快晴と呼ばれる」一日である
例3 私見で、大変に何卒恐縮であるが、我思うところに我有りなどと申しましてな、本日、つまり、ジャズ用語でジッポンの基点は、正解だった
わかんねぇーって!
例4 私は、空を見上げ、見上げた奴だと思った。快晴だった
例5 Today is Today
お粗末でしたっ!
この後よぉー、二万例ぐらいあんだけどよぉー、割愛。
で、本日は、秋晴れ。すきっと、水色。気持ちいいわけ。
で、このスキット感は、別に、文章化する必要は、俺にはない。
スキットして、スキップ踏んで、ピアノと戯れて、以上なのである。
2013年10月7日月曜日
ブログ閲覧数の謎
下世話な話なんだろうけれど、ブロガーさんには良く分かるはずなので、やはり、書くことにする。私のブログ記事の閲覧数、しばしば、5とか7とかBloggerの管理画面に出てくる。
膨大な閲覧数を目指しているブログでは、元々ないけれど、インターネットという大海に放たれた三文芸人の必死の矢=心の叫び、ぎょ、そこまで高尚じゃないけど.....。であるはずの、私のブログの閲覧数がこれでは、私自身が可哀想過ぎる。ランキングの順位には、まったく興味がないのだけれど、閲覧数は、当然、書いている側としては知りたい。正確な数字を。目標、私の小学校時代の一クラスの生徒数。分かりやすいのである。
で、5とか7。書き手のモチベーションは低下の一途。
やはり、ジャズクラブのコンサートで、客席にいらっしゃる方の数より、ステージ側にいる方が多いという状況。ミュージッシャン側からすれば、やっぱ、辛いどぉー。と似た心境になる。
私は大変に高潔な人間、人格者であるが、やはり、読者ゼロのブログを書き続けるほど、そこまでの、高潔圧はない。うひょ。サハラ砂漠のど真ん中で、毛筆でブログなんか書けんぜって!
そこまでは、悟っていない。
で、友人連に、俺のブログって、マジ、そんなにつまらんのかよぉーと首を絞めながら聞いてみた。「うぐぐ、げぼげぼ、そっ、そんなこたぁー、げぼげぼ、おもろいどぉー、うぐぐ」「したら、読みやがれっ、ばぁーたれどもっ!」「えっ、俺、読んどる」「俺も」「俺も」.....。
読者代表「裕先生、ちょい、お待ち。その閲覧数自体、おかしいんじゃねぇーの。俺、思うんだけど、Blogger経由のアクセスしかカウントされてないんじゃないの。アナリィティックスで調べてみたら?」
私は、パソコン音痴。Bloggerを選んだのも、ユーチューブと連動しやすいだろうというだけで、特に理由はない。
正確な閲覧数を求めて、ブログの引越も視野に入れつつ、インターネットで調べ捲くり、そのアナリィティックスというやつを、なんとか設定してみた。で、今、それを見た。Bloggerの管理画面の閲覧数と、じぇんじぇん違う数字が出てきた。もし、こっちが本当なのであれば、ふむ、目標値に近いじゃんかよぉー。
読者様へ、深々とお辞儀。
膨大な閲覧数を目指しているブログでは、元々ないけれど、インターネットという大海に放たれた三文芸人の必死の矢=心の叫び、ぎょ、そこまで高尚じゃないけど.....。であるはずの、私のブログの閲覧数がこれでは、私自身が可哀想過ぎる。ランキングの順位には、まったく興味がないのだけれど、閲覧数は、当然、書いている側としては知りたい。正確な数字を。目標、私の小学校時代の一クラスの生徒数。分かりやすいのである。
で、5とか7。書き手のモチベーションは低下の一途。
やはり、ジャズクラブのコンサートで、客席にいらっしゃる方の数より、ステージ側にいる方が多いという状況。ミュージッシャン側からすれば、やっぱ、辛いどぉー。と似た心境になる。
私は大変に高潔な人間、人格者であるが、やはり、読者ゼロのブログを書き続けるほど、そこまでの、高潔圧はない。うひょ。サハラ砂漠のど真ん中で、毛筆でブログなんか書けんぜって!
そこまでは、悟っていない。
で、友人連に、俺のブログって、マジ、そんなにつまらんのかよぉーと首を絞めながら聞いてみた。「うぐぐ、げぼげぼ、そっ、そんなこたぁー、げぼげぼ、おもろいどぉー、うぐぐ」「したら、読みやがれっ、ばぁーたれどもっ!」「えっ、俺、読んどる」「俺も」「俺も」.....。
読者代表「裕先生、ちょい、お待ち。その閲覧数自体、おかしいんじゃねぇーの。俺、思うんだけど、Blogger経由のアクセスしかカウントされてないんじゃないの。アナリィティックスで調べてみたら?」
私は、パソコン音痴。Bloggerを選んだのも、ユーチューブと連動しやすいだろうというだけで、特に理由はない。
正確な閲覧数を求めて、ブログの引越も視野に入れつつ、インターネットで調べ捲くり、そのアナリィティックスというやつを、なんとか設定してみた。で、今、それを見た。Bloggerの管理画面の閲覧数と、じぇんじぇん違う数字が出てきた。もし、こっちが本当なのであれば、ふむ、目標値に近いじゃんかよぉー。
読者様へ、深々とお辞儀。
2013年10月6日日曜日
ソシエテ太陽
ソシエテ太陽有限会社。
資本金、三十万円。現在の売り上げ、二兆六千億円。
今を時めく、天候調整会社である。
出社、午後五時。退社、午後七時。以上なのだ。
社長の裕イサオ氏。
「ちみたち、明日の天気、決めて頂戴」
「はい、社長、このような図を」
「あっ、ここだめ、俺、散歩すっからよぉー」
「はい、では、これで」
「あっ、わりぃーわりぃー、ここんとこ、ちょっと、晴れにして」
「はい」
「おりゃ、ここ雨かよぉー、ちょっと、ずらして頂戴ね。ムフフ。おりゃ、ここも、駄目、曇りにして、ムフフ。マミちゃんと一緒だからぁー、曇りのち晴れにしてっ、この辺。うーーーん、午前九時前後に、小雨、で、十一時半ぐらいに、ちょっとだけ、驟雨にしてもらって、その後、カッと晴れ、ということで、今日の会議は、しまおい、ダフンダッ!」
やってらんねんだよって! こんな会社っ!
資本金、三十万円。現在の売り上げ、二兆六千億円。
今を時めく、天候調整会社である。
出社、午後五時。退社、午後七時。以上なのだ。
社長の裕イサオ氏。
「ちみたち、明日の天気、決めて頂戴」
「はい、社長、このような図を」
「あっ、ここだめ、俺、散歩すっからよぉー」
「はい、では、これで」
「あっ、わりぃーわりぃー、ここんとこ、ちょっと、晴れにして」
「はい」
「おりゃ、ここ雨かよぉー、ちょっと、ずらして頂戴ね。ムフフ。おりゃ、ここも、駄目、曇りにして、ムフフ。マミちゃんと一緒だからぁー、曇りのち晴れにしてっ、この辺。うーーーん、午前九時前後に、小雨、で、十一時半ぐらいに、ちょっとだけ、驟雨にしてもらって、その後、カッと晴れ、ということで、今日の会議は、しまおい、ダフンダッ!」
やってらんねんだよって! こんな会社っ!
2013年10月5日土曜日
大きなバッタ
今朝、起きた。コーヒーを飲み、タバコを吸う。
目が覚めてくる。布製の巻きブラインドの上に、大きなバッタがいた。
危うく、布ごと巻き込みそうになる。バッタの、ちょっと、怒った視線を感じた。
「イッヒ便 へめらも 入れ歯 ふがふが アイシュタイン フランツ カフカのふがふが」
俺は、周りを見回した。だれ? だれも、いない。
「乗ってインゲン いい加減びッ費 の 理解 ねがいんバッハ」
だれ?
「わたしシュ場院バッハ あれいこう この格好をしているの葉稲件 エー善シュタイン」
だれ?
「わちゃぁーーーーーー、りゃりゃりゃぁーーーーーー、バッタさんなの?」
「うむ、チョモランマいんシュタイン の こういうのも あをりらりん ナインナイン ヤー」
「それ、何語なの?」
「バッタ語」
「りゃ、俺、ミュージッシャンだから、和かルン買値」
「そりゃ、ソーダ」
「で、あなたは、バッタじゃなくて、シュリンバッハの名はトムジークなの?」
「ちゃうちゃう、フランツ カフカ」
「カフカって、あの、ふがふが?」
「だぁーらよっ先天バック 俺だ俺だッ手のぉー転勤シュタイン」
以下の会話は、裕イサオ氏による翻訳である。
「うで、おめゃーさん、あれ異号、その格好なんだべさな?」
「そうなの」
「その格好のまんまなんだべ? 印税は、排卵だべ?」
気の毒になった俺は、ティッシュペイパーに、フランツを乗せて、窓から外へ出してやった。
その間、あのメロディー「僕ぉくらは皆んな、生きているぅー、生きぃーーーているから、歌うんだ」が、俺の脳内に木霊していた。
目が覚めてくる。布製の巻きブラインドの上に、大きなバッタがいた。
危うく、布ごと巻き込みそうになる。バッタの、ちょっと、怒った視線を感じた。
「イッヒ便 へめらも 入れ歯 ふがふが アイシュタイン フランツ カフカのふがふが」
俺は、周りを見回した。だれ? だれも、いない。
「乗ってインゲン いい加減びッ費 の 理解 ねがいんバッハ」
だれ?
「わたしシュ場院バッハ あれいこう この格好をしているの葉稲件 エー善シュタイン」
だれ?
「わちゃぁーーーーーー、りゃりゃりゃぁーーーーーー、バッタさんなの?」
「うむ、チョモランマいんシュタイン の こういうのも あをりらりん ナインナイン ヤー」
「それ、何語なの?」
「バッタ語」
「りゃ、俺、ミュージッシャンだから、和かルン買値」
「そりゃ、ソーダ」
「で、あなたは、バッタじゃなくて、シュリンバッハの名はトムジークなの?」
「ちゃうちゃう、フランツ カフカ」
「カフカって、あの、ふがふが?」
「だぁーらよっ先天バック 俺だ俺だッ手のぉー転勤シュタイン」
以下の会話は、裕イサオ氏による翻訳である。
「うで、おめゃーさん、あれ異号、その格好なんだべさな?」
「そうなの」
「その格好のまんまなんだべ? 印税は、排卵だべ?」
気の毒になった俺は、ティッシュペイパーに、フランツを乗せて、窓から外へ出してやった。
その間、あのメロディー「僕ぉくらは皆んな、生きているぅー、生きぃーーーているから、歌うんだ」が、俺の脳内に木霊していた。
2013年10月3日木曜日
カルテット
昨晩は燃えた。
いつもの俺のトリオに、真師匠が、凄いテナーサックスを連れてきた。
実に物静かで、穏やかな奴だった。トリオの一部を短めに切り上げて、二部に、その彼を参加させた。ずばり、アルバートアイラーとジョンコルトレーンの再来。楽器を持つと別人二十八号と化した。この新カルテット、例によって、なんの打ち合わせもなし。ぶっつけ本番。要は、相手の出方、音を聴いて速答する。以上。物凄いハードな奏者なので、俺もさぼれない。全力でお相手。本日、上半身、筋肉痛でへろへろもへじ。最後にベースのヨラムが、弓弾きを始めたから、俺はすかさずピアノ弦で効果音。ついでに、ピアノに頭を突っ込み、訳の分からない、日本語で叫んだ。まあ、馬鹿だ、けど、演奏の流れ上の判断なのである。へへへへへぇ。
で、真師匠と北駅へ。打ち上げその2となり、カフェへ。
お互い郊外線の最終に乗り損ねると、やばいから、時間を見計らって解散。
ホームへ。おりゃーーーーー、終電がない。やっやばぁー。インフォメーションセンターへ。
「あっ、工事で、終電はないよ」
「げっ」
「あぁーーー、OOO駅まで行ったら、乗り換えの電車来るから」
そんなはずはない。同じ路線の終電がないのに、途中駅から、「次の電車」。
あるわきゃーねぇーだろぉーーーって、と言いながら、まあ、自宅へにじり寄る。つまり、タクシーに乗るにしても、多少は安くなる。で、その駅で降りる。駅前に二台のバス。人だかり。ピンと来た。どっちかに乗れば、にじり寄れる。駅員に聞いた。前のバス。やったぜー。ギャラチャラになるところだった。
で、乗った。実に運転の上手い初老のドライバー。
笑った。こっち方面来るの二回目だって。乗客それぞれに降りる町を聞いて、
乗客それぞれが、ドライバーにご説明する。「あっ、そこ右。まっすぐ、ロータリー左」。
最後は、バスの中に、俺ひとり。貸切。ドライバーにご説明。
自宅最寄り駅に午前三時に到着。こういう深夜のナイトラン。燃え上がった後だったせいか、
なんかいい感じだった。
いつもの俺のトリオに、真師匠が、凄いテナーサックスを連れてきた。
実に物静かで、穏やかな奴だった。トリオの一部を短めに切り上げて、二部に、その彼を参加させた。ずばり、アルバートアイラーとジョンコルトレーンの再来。楽器を持つと別人二十八号と化した。この新カルテット、例によって、なんの打ち合わせもなし。ぶっつけ本番。要は、相手の出方、音を聴いて速答する。以上。物凄いハードな奏者なので、俺もさぼれない。全力でお相手。本日、上半身、筋肉痛でへろへろもへじ。最後にベースのヨラムが、弓弾きを始めたから、俺はすかさずピアノ弦で効果音。ついでに、ピアノに頭を突っ込み、訳の分からない、日本語で叫んだ。まあ、馬鹿だ、けど、演奏の流れ上の判断なのである。へへへへへぇ。
で、真師匠と北駅へ。打ち上げその2となり、カフェへ。
お互い郊外線の最終に乗り損ねると、やばいから、時間を見計らって解散。
ホームへ。おりゃーーーーー、終電がない。やっやばぁー。インフォメーションセンターへ。
「あっ、工事で、終電はないよ」
「げっ」
「あぁーーー、OOO駅まで行ったら、乗り換えの電車来るから」
そんなはずはない。同じ路線の終電がないのに、途中駅から、「次の電車」。
あるわきゃーねぇーだろぉーーーって、と言いながら、まあ、自宅へにじり寄る。つまり、タクシーに乗るにしても、多少は安くなる。で、その駅で降りる。駅前に二台のバス。人だかり。ピンと来た。どっちかに乗れば、にじり寄れる。駅員に聞いた。前のバス。やったぜー。ギャラチャラになるところだった。
で、乗った。実に運転の上手い初老のドライバー。
笑った。こっち方面来るの二回目だって。乗客それぞれに降りる町を聞いて、
乗客それぞれが、ドライバーにご説明する。「あっ、そこ右。まっすぐ、ロータリー左」。
最後は、バスの中に、俺ひとり。貸切。ドライバーにご説明。
自宅最寄り駅に午前三時に到着。こういう深夜のナイトラン。燃え上がった後だったせいか、
なんかいい感じだった。
2013年10月2日水曜日
掃除婦山田ミコ
昨晩、桜木紫乃さんの短編「星を見ていた」を、拝読した。
目頭が熱くなり、老眼鏡が曇った。眠れなくなった。翌朝、起きても、ずっと、山田ミコ(登場人物)が、私の傍らから離れない。愛おしい。
桜木さんのお名前も、御本も、まったく知らなかった。
私の母が、素晴らしいと日本から郵送してくれたのである。
かつて、私が貪り呼んだ、深沢七郎さんと富岡多恵子さんの世界へ通じる何かを感じた。
でも、桜木さんの目線は、優しい。ヒトの鳥瞰図ではあるけれど、虚無的な肌触りはなかった。
富岡さんの歯を食いしっばって、己を奮い立て、ヒトを突き放している孤独感は感じなかった。
そして、その前に出てくる短編「せんせぇ」の佐倉まりあ。
率直に、「素晴らしい」の一言です。
追記
と、ここまで、昨日書いた。
なんだか稚拙な感想文だけれど、正直な気持ちなので、このままにすることにした。
急に読書の秋と化し、今年の二月から三月に掛けての日本滞在時に、仙台駅前のジュンク堂書店で、確か十一冊、フランス現代文学の先駆的な作品を買い漁ってきた。ずっと、ベッドのサイドテーブルの上に積ん読。邪魔臭いとクレーム。ダンボール箱入り。で、桜木さんに鼓舞されて、一昨日夜に、ダンボールを開け、一番上にあったカバーの付いた文庫本を取り出した。買ったことさえ忘れていた。アランロブグリエ「快楽の館」だった。この本は、読んでいないけれど、冒頭部分を読み出したら、十九歳の頃の私の感触が蘇ってきた。もう、三十五年も経っている。ちょっと、身震いした。まったく話が変わるけれど、昨晩、アランドロン主演「サムライ」を久しぶりに見た。会話があまり出てこないけれど、靴音、地下鉄の音等々、その周りの音が実に鮮明に録音されていることに気が付いた。役者は無言だけれど、その周りの音が何かを語っていた。うん、ちょっと、私の中のアンテナの感度が良くなってる気がする。
目頭が熱くなり、老眼鏡が曇った。眠れなくなった。翌朝、起きても、ずっと、山田ミコ(登場人物)が、私の傍らから離れない。愛おしい。
桜木さんのお名前も、御本も、まったく知らなかった。
私の母が、素晴らしいと日本から郵送してくれたのである。
かつて、私が貪り呼んだ、深沢七郎さんと富岡多恵子さんの世界へ通じる何かを感じた。
でも、桜木さんの目線は、優しい。ヒトの鳥瞰図ではあるけれど、虚無的な肌触りはなかった。
富岡さんの歯を食いしっばって、己を奮い立て、ヒトを突き放している孤独感は感じなかった。
そして、その前に出てくる短編「せんせぇ」の佐倉まりあ。
率直に、「素晴らしい」の一言です。
追記
と、ここまで、昨日書いた。
なんだか稚拙な感想文だけれど、正直な気持ちなので、このままにすることにした。
急に読書の秋と化し、今年の二月から三月に掛けての日本滞在時に、仙台駅前のジュンク堂書店で、確か十一冊、フランス現代文学の先駆的な作品を買い漁ってきた。ずっと、ベッドのサイドテーブルの上に積ん読。邪魔臭いとクレーム。ダンボール箱入り。で、桜木さんに鼓舞されて、一昨日夜に、ダンボールを開け、一番上にあったカバーの付いた文庫本を取り出した。買ったことさえ忘れていた。アランロブグリエ「快楽の館」だった。この本は、読んでいないけれど、冒頭部分を読み出したら、十九歳の頃の私の感触が蘇ってきた。もう、三十五年も経っている。ちょっと、身震いした。まったく話が変わるけれど、昨晩、アランドロン主演「サムライ」を久しぶりに見た。会話があまり出てこないけれど、靴音、地下鉄の音等々、その周りの音が実に鮮明に録音されていることに気が付いた。役者は無言だけれど、その周りの音が何かを語っていた。うん、ちょっと、私の中のアンテナの感度が良くなってる気がする。
2013年10月1日火曜日
読書復活
なんか、ユーチューブサーフィン、飽きてしまった。
で、読んでない本を手に取った。文庫本は、老眼にシビア。
単行本、老眼鏡掛ける。まあ、目しょぼで読める。
でね、落語に「欲耳」っていうのがあんだけど、
たとえば、OOO賞受賞といった本を、俺が読む。
「なんだよぉー、こんなもんなのかよぉー」と、正直、しばしば、司馬遼太郎。
これは、俺のレベルが、相当低いのである。欲耳システム。つまり、自分の力量を、ぐわっと欲によって、アップしているわけ。実力ではないということ。たぶん、嫉みソネミヤッカミ君のソナチネってことね。
でね、「おっ、さすがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」と、町田康さんの本を貪り読みした時思ったってことは、ちと、俺のレベルがアップしている計算になる。ん、だけど。同じレベルとは言ってないよ。アップしている。
で、「もう、脱帽でぇーーーす」と、感じると、相当、俺のレベルはアップしている。
ピアノも一緒でよ。人の演奏を聴いた時の自分の反応を分析すると、おもろいどぉー。
だから、「欲耳」ってのは、自分の実力を「棚上げした時の」ということだから、で、今読んでいる単行本。短編集ね。一作目、ピンとこない。うぅーーーん、こんなもんなの。二作目、むむむむむ。三作目、りゃ、やばぁーーー、半端じゃねぇーーー。
と、一冊の本なのに、すでに、俺がレベルアップしている。
やっぱ、プロは、ずげぇー、と、しみじみ思ったから、たぶん、俺もピアノのプロなんだろう。
やったぜってよ!
で、読んでない本を手に取った。文庫本は、老眼にシビア。
単行本、老眼鏡掛ける。まあ、目しょぼで読める。
でね、落語に「欲耳」っていうのがあんだけど、
たとえば、OOO賞受賞といった本を、俺が読む。
「なんだよぉー、こんなもんなのかよぉー」と、正直、しばしば、司馬遼太郎。
これは、俺のレベルが、相当低いのである。欲耳システム。つまり、自分の力量を、ぐわっと欲によって、アップしているわけ。実力ではないということ。たぶん、嫉みソネミヤッカミ君のソナチネってことね。
でね、「おっ、さすがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」と、町田康さんの本を貪り読みした時思ったってことは、ちと、俺のレベルがアップしている計算になる。ん、だけど。同じレベルとは言ってないよ。アップしている。
で、「もう、脱帽でぇーーーす」と、感じると、相当、俺のレベルはアップしている。
ピアノも一緒でよ。人の演奏を聴いた時の自分の反応を分析すると、おもろいどぉー。
だから、「欲耳」ってのは、自分の実力を「棚上げした時の」ということだから、で、今読んでいる単行本。短編集ね。一作目、ピンとこない。うぅーーーん、こんなもんなの。二作目、むむむむむ。三作目、りゃ、やばぁーーー、半端じゃねぇーーー。
と、一冊の本なのに、すでに、俺がレベルアップしている。
やっぱ、プロは、ずげぇー、と、しみじみ思ったから、たぶん、俺もピアノのプロなんだろう。
やったぜってよ!
2013年9月30日月曜日
参りましたぁー
私のお気に入りブロガーさんの記事の中に、動画が添付されていて、
それを聞いた。懐かしかった(なんで?)。および、感動した、その音楽に。ジャズ屋の私が。
凄いし、それを選択されたブロガーさんのセンスは、超が付く素敵さである。
やばぁー、ジャズ出来ない体にされた可能性がある.....。
私信表明
ちゅららちゅらら、月曜日に、このメロディーと、その歌詞の凄いこと。
NHKって、本当に、お洒落なことをしてくれますねぇー。しかも、ちょっとHな歌詞含む。
でも、おわぁぁぁぁぁーーー、コンサートが近いのに、このメロディーと歌詞が、頭から離れなくなっちゃったぁー。参りましたぁー。
しくしくしくしく=36x4の四苦八苦だよ、あぁたぁー、どぉしてぇくれるんのぉかしら(デビィ夫人の口調で)。
それを聞いた。懐かしかった(なんで?)。および、感動した、その音楽に。ジャズ屋の私が。
凄いし、それを選択されたブロガーさんのセンスは、超が付く素敵さである。
やばぁー、ジャズ出来ない体にされた可能性がある.....。
私信表明
ちゅららちゅらら、月曜日に、このメロディーと、その歌詞の凄いこと。
NHKって、本当に、お洒落なことをしてくれますねぇー。しかも、ちょっとHな歌詞含む。
でも、おわぁぁぁぁぁーーー、コンサートが近いのに、このメロディーと歌詞が、頭から離れなくなっちゃったぁー。参りましたぁー。
しくしくしくしく=36x4の四苦八苦だよ、あぁたぁー、どぉしてぇくれるんのぉかしら(デビィ夫人の口調で)。
なんのなんの。
10月2日。
俺のニュートリオ、その2。
2013年9月29日日曜日
医者
「先生、目が痛いのです」
「どちらの目?」
「右です」
「僕は、左目の専門医だから、分からないね」
「先生、僕、心の病なのです」
「心臓が、悪いのね。僕は、左目の専門医だから」
「僕、恋をしているのです」
「あぁー、体に悪いね、それは」
「恋煩い? 綺麗ですよね。こういう日本語」
「僕は、詩人じゃないから、性欲鎮静剤を処方致しましょう。性欲がゼロになります。ついでに、副作用で、左目が見えなくなるから、その時に、いらして下さい。専門ですから」
「先生、秋って、いいですよね」
「うん、そうだね、左目の視力回復に」
「で、僕、ふられたんです」
「ふられたという意味が分からないが。アントニオ猪木に両足持って、ぐるぐる振られたということですか?」
「先生、そういう意味ではないのですけれど」
「そのような曖昧な日本語を、医者に問う。いかがなものか」
「あっ、急に左目が痛くなりました」
「どれどれ、ぎょ、なんで先に言わないの、あなた。ターミネーターの左目は、自分で治して下さい。当院では、ご対応致しかねます」
ダフンダッ!
「どちらの目?」
「右です」
「僕は、左目の専門医だから、分からないね」
「先生、僕、心の病なのです」
「心臓が、悪いのね。僕は、左目の専門医だから」
「僕、恋をしているのです」
「あぁー、体に悪いね、それは」
「恋煩い? 綺麗ですよね。こういう日本語」
「僕は、詩人じゃないから、性欲鎮静剤を処方致しましょう。性欲がゼロになります。ついでに、副作用で、左目が見えなくなるから、その時に、いらして下さい。専門ですから」
「先生、秋って、いいですよね」
「うん、そうだね、左目の視力回復に」
「で、僕、ふられたんです」
「ふられたという意味が分からないが。アントニオ猪木に両足持って、ぐるぐる振られたということですか?」
「先生、そういう意味ではないのですけれど」
「そのような曖昧な日本語を、医者に問う。いかがなものか」
「あっ、急に左目が痛くなりました」
「どれどれ、ぎょ、なんで先に言わないの、あなた。ターミネーターの左目は、自分で治して下さい。当院では、ご対応致しかねます」
ダフンダッ!
2013年9月28日土曜日
日仏テレビ事情
なんだか、どうでもいいことを書きたくなってしまった。しかも、私は、ほとんどテレビを見ない。
考えたら、ほとんど本も読まないし、音楽も聞かないし、映画も見ない。なんなんだろう? なんか、たとえば、本、音楽、映画、作ってみたいけれど、実際にあるものは、全然、接触なし。
自己中を極めた私っーーー! 自分で作ったものしか読んだり、聞いたり、見たりしないって、病的な偏屈自給自足体制。少し反省して、高名な文学賞受賞の短編小説集を手にした。一作、読んで見た。当然にして、プロだから、良く書けている。私の琴線に触れる鋭い文章も沢山出てきた。識者から絶賛と腰帯に書いてあった。たぶん、私の興味のベクトルがおかしいのだと思う。なんか、ピンと来ないのだ。凄まじく良く書けているし、高名な賞の受賞に異論もまったくない。でも、分からない、私が読みたい、ないしは、私が書きたいこととは、随分と懸け離れている。
私が遅れているのか、進んでいるのか、未確認飛行物体化しているのか? 第一、良く書けている必要はないと、私は考えてしまう。剥き出しのエッセンスで十分と。ミラーの「北回帰線」なんて、まったくもって良く書けていない。無駄文の堆積の合間に、超絶コスミックな思索が、突然、屹立している。
私は、まったく偏屈ではないから、私の琴線に触れるものは、むさぼり読む聞く見る。
でも、私の探し方の怠慢なのか、なかなか見付からない。
あっ、テレビだった。どっちの方が優れているとか、そういうお話ではない。
フランスのニュースキャスター。女性の方が幾分か多いはず。キャスターは画面中央に一人。
二人とか、コメンテーターが横にいる、これはない。今頃、気が付いた。それと、この方たちの職業は、ジャーナリスト。まあ、テレビジャーナリストというのかしら? ジャーナリズムの専門家の方が、ニュースキャスターをしている。女子アナに相当するポストはない。
テレビの司会は、こっちだとプロの司会者。お笑い芸人がMCをしているというのは皆無。
先日、ユーチューブで政治討論会の番組、司会がたけしさんで、少し驚いた。こっちだと、ジャーナリストであるニュースキャスターの仕事。このケースは、キャスターが二名という配置が多い。あと、当たり前といえばそうだけれど、司会者は私見は言わない。まあ、そうだよな。
私が、任意にユーチューブから抽出しているので、日本国のテレビの全体像は分からない。
私の選択自体の歪みも、相当、あるとは思う。とにかくお笑い芸人が多いなぁーという感じ。司会者も皆それだ。という印象。で、どの程度の視聴率なのか分からないけれど、なんでもかんでもお笑い化する。嫌いじゃないけど、現実が筒井康隆ワールドに近付いているとしたら、ちょっと、怖い。笑い、ユーモアは、大変、健康にいいし、コミュニケーションの最大の潤滑油だけれど、馬鹿笑い、ヒステリックな笑いは、体に悪い。脳禁治産者になってしまう。第一、気持ち悪い。
それと、いじめ、体罰を思わせるゲームみたいなものも多い。
この手の番組は、こちらにはない。出演者一同、げらげら笑い盛り上がっているけれど、
私には、不快なので、番組を変えてしまう。芸人、タレント、女子アナと、まあ、同業者相互了解の下に行っていることは分かるけれど、私の笑いが硬直する。だって、桜の木を見て、柔らかい笑みは浮かぶけれど、げらげら笑ったりはしないし、桜のお花を見ると、いつも、梶井基次郎を思い出す。
筒井さんのお言葉では、ドタバタ精神とは、「もう一人の自分が」それを客観的に見ることであると。おちゃらけ、はちゃめちゃ、ドタバタ。やっている側の中の、もう一人のやっている側が客観視していないのであれば、これは集団ヒステリー。これは、怖い怖い。私は嫌だ、そういうのは。
よし、自分の悪口を一生懸命、言うのだっ!
あれ? 私の方が、分裂症なのかしら?
考えたら、ほとんど本も読まないし、音楽も聞かないし、映画も見ない。なんなんだろう? なんか、たとえば、本、音楽、映画、作ってみたいけれど、実際にあるものは、全然、接触なし。
自己中を極めた私っーーー! 自分で作ったものしか読んだり、聞いたり、見たりしないって、病的な偏屈自給自足体制。少し反省して、高名な文学賞受賞の短編小説集を手にした。一作、読んで見た。当然にして、プロだから、良く書けている。私の琴線に触れる鋭い文章も沢山出てきた。識者から絶賛と腰帯に書いてあった。たぶん、私の興味のベクトルがおかしいのだと思う。なんか、ピンと来ないのだ。凄まじく良く書けているし、高名な賞の受賞に異論もまったくない。でも、分からない、私が読みたい、ないしは、私が書きたいこととは、随分と懸け離れている。
私が遅れているのか、進んでいるのか、未確認飛行物体化しているのか? 第一、良く書けている必要はないと、私は考えてしまう。剥き出しのエッセンスで十分と。ミラーの「北回帰線」なんて、まったくもって良く書けていない。無駄文の堆積の合間に、超絶コスミックな思索が、突然、屹立している。
私は、まったく偏屈ではないから、私の琴線に触れるものは、むさぼり読む聞く見る。
でも、私の探し方の怠慢なのか、なかなか見付からない。
あっ、テレビだった。どっちの方が優れているとか、そういうお話ではない。
フランスのニュースキャスター。女性の方が幾分か多いはず。キャスターは画面中央に一人。
二人とか、コメンテーターが横にいる、これはない。今頃、気が付いた。それと、この方たちの職業は、ジャーナリスト。まあ、テレビジャーナリストというのかしら? ジャーナリズムの専門家の方が、ニュースキャスターをしている。女子アナに相当するポストはない。
テレビの司会は、こっちだとプロの司会者。お笑い芸人がMCをしているというのは皆無。
先日、ユーチューブで政治討論会の番組、司会がたけしさんで、少し驚いた。こっちだと、ジャーナリストであるニュースキャスターの仕事。このケースは、キャスターが二名という配置が多い。あと、当たり前といえばそうだけれど、司会者は私見は言わない。まあ、そうだよな。
私が、任意にユーチューブから抽出しているので、日本国のテレビの全体像は分からない。
私の選択自体の歪みも、相当、あるとは思う。とにかくお笑い芸人が多いなぁーという感じ。司会者も皆それだ。という印象。で、どの程度の視聴率なのか分からないけれど、なんでもかんでもお笑い化する。嫌いじゃないけど、現実が筒井康隆ワールドに近付いているとしたら、ちょっと、怖い。笑い、ユーモアは、大変、健康にいいし、コミュニケーションの最大の潤滑油だけれど、馬鹿笑い、ヒステリックな笑いは、体に悪い。脳禁治産者になってしまう。第一、気持ち悪い。
それと、いじめ、体罰を思わせるゲームみたいなものも多い。
この手の番組は、こちらにはない。出演者一同、げらげら笑い盛り上がっているけれど、
私には、不快なので、番組を変えてしまう。芸人、タレント、女子アナと、まあ、同業者相互了解の下に行っていることは分かるけれど、私の笑いが硬直する。だって、桜の木を見て、柔らかい笑みは浮かぶけれど、げらげら笑ったりはしないし、桜のお花を見ると、いつも、梶井基次郎を思い出す。
筒井さんのお言葉では、ドタバタ精神とは、「もう一人の自分が」それを客観的に見ることであると。おちゃらけ、はちゃめちゃ、ドタバタ。やっている側の中の、もう一人のやっている側が客観視していないのであれば、これは集団ヒステリー。これは、怖い怖い。私は嫌だ、そういうのは。
よし、自分の悪口を一生懸命、言うのだっ!
あれ? 私の方が、分裂症なのかしら?
2013年9月27日金曜日
超自我
先日、私の小説原稿を整理し、未発表の短編のみの一つのファイルを作った。
私自身が、もっとも気に入っているシュールレアリズム小説「時計町」、原稿用紙換算で十枚という短短編。このワープロ原稿を、パソコンのオープンオフィスに、再読を兼ねて「そのままコピーしよう」と思い、着手。コピーを始めて、手前味噌そのままで、「おーーー、良く書けているなぁー」と本当に思った。途中で、手が止まる.....。
この作品は、私が三十九歳の頃に書かれている。
会社勤め、もっとも頻繁にコンサート、合間を縫って小説執筆と、私の人生で最も多忙だった時期。良く考えてみると、私の人生の最盛期だったのだろう。その真っ只中に書かれている。
「辛辣、毒気のあるアイロニカルな文章が、随所に出てくる」
この部分が、五十四歳の現在の私にはしっくりしない。つまり、毒気が私の中にないのである。
世間様と、真っ向勝負という気概がなくなっているとも言える。向こうさんが私に興味がないように、こちらも興味がなく、お互い様ぁーという、なんか変な和解をしている。十五年の歳月。しかも、三十代後半から、五十代半ば、人生の大きな過度期。やはり、変質している。しかも、この間の十一年間、私信以外は、一切書かない時期を通過している。考えてみれば、一度も中断していないピアノの演奏に、この変質振りが如実に出ているわけである。
「頻繁に、死という単語が出てくる」
現在の私は、この単語を使わない。これへの恐怖が私の活発な人生を鼓舞していた。
精一杯疾走していないと、失墜する恐怖に慄いていた。熱い生に固執していた。この二つの狭間の中で、突っ走ろうとしていた。このパラドックスは周知のことである。
現在の私の中には、それがなくなっている。両極が融和している。恐怖感はない。
当然にして、生き急ぐ、疾走感もない。我々には、大きなテーマであることに異議はまったくないけれど、私のそれが、それほど大仰なものには思えないのである。私のそれではなくて、もっと巨視的で鳥瞰的でコスミックな目線にしか興味がない。たぶん、深沢七郎さんの「笛吹川」、マルケスの「百年の孤独」。こういった書物が、私の中で、本来的に読み込まれ消化したのだろう。
詩や小説を書く才が、私という人物の中にあるのかないのか、これは分からない。
まったくないような気もする。でも、この目線。これこそ、私が考える作家目線というもので、もし、私がそれを内蔵しているのであれば、もう一度、書き始めてみるのも悪くはないだろう。
ピアノ以外に、もう一つ、自分の中の未知数が増えた。
私自身が、もっとも気に入っているシュールレアリズム小説「時計町」、原稿用紙換算で十枚という短短編。このワープロ原稿を、パソコンのオープンオフィスに、再読を兼ねて「そのままコピーしよう」と思い、着手。コピーを始めて、手前味噌そのままで、「おーーー、良く書けているなぁー」と本当に思った。途中で、手が止まる.....。
この作品は、私が三十九歳の頃に書かれている。
会社勤め、もっとも頻繁にコンサート、合間を縫って小説執筆と、私の人生で最も多忙だった時期。良く考えてみると、私の人生の最盛期だったのだろう。その真っ只中に書かれている。
「辛辣、毒気のあるアイロニカルな文章が、随所に出てくる」
この部分が、五十四歳の現在の私にはしっくりしない。つまり、毒気が私の中にないのである。
世間様と、真っ向勝負という気概がなくなっているとも言える。向こうさんが私に興味がないように、こちらも興味がなく、お互い様ぁーという、なんか変な和解をしている。十五年の歳月。しかも、三十代後半から、五十代半ば、人生の大きな過度期。やはり、変質している。しかも、この間の十一年間、私信以外は、一切書かない時期を通過している。考えてみれば、一度も中断していないピアノの演奏に、この変質振りが如実に出ているわけである。
「頻繁に、死という単語が出てくる」
現在の私は、この単語を使わない。これへの恐怖が私の活発な人生を鼓舞していた。
精一杯疾走していないと、失墜する恐怖に慄いていた。熱い生に固執していた。この二つの狭間の中で、突っ走ろうとしていた。このパラドックスは周知のことである。
現在の私の中には、それがなくなっている。両極が融和している。恐怖感はない。
当然にして、生き急ぐ、疾走感もない。我々には、大きなテーマであることに異議はまったくないけれど、私のそれが、それほど大仰なものには思えないのである。私のそれではなくて、もっと巨視的で鳥瞰的でコスミックな目線にしか興味がない。たぶん、深沢七郎さんの「笛吹川」、マルケスの「百年の孤独」。こういった書物が、私の中で、本来的に読み込まれ消化したのだろう。
詩や小説を書く才が、私という人物の中にあるのかないのか、これは分からない。
まったくないような気もする。でも、この目線。これこそ、私が考える作家目線というもので、もし、私がそれを内蔵しているのであれば、もう一度、書き始めてみるのも悪くはないだろう。
ピアノ以外に、もう一つ、自分の中の未知数が増えた。
2013年9月25日水曜日
ピアノと私
今日は、9月24日、2013年。
イルドフランス、超ド級快晴。夏日。海に行こうかと、一瞬、思う。
太陽様が、昨年、10月から、今年の6月までの、寒々しい日々を反省して居られる。はず。
で、この秋夏日の中、私のピアノは停滞。
こういう周期は、ある。で、ジャズピアノは独学だから、自分でメニューを作る。
ここ近々の「超絶技巧、ドラゴンへの道」が、たぶん、消化および満腹状態。行き詰る。
で、こういう状態になると、沖至師匠の言葉を思い出す。
「イサオ、覚えたことは、コンサートでは、全部、一旦、忘れろ。フリーになれ」。
で、さっき、全部白紙撤回して弾いてみた。こういう時は、逆に、弾きなれた曲を弾くと、良く分かる。明らかに、テクが付いている。ボディービルと一緒。っても、ジャズ屋は、その、別に、筋肉隆々ピアノをお見せするという仕事ではないから、逆に変。
1) 出したい音はなんなの
2) 君はピアノで なにを お話ししたいの
3) 上手くはなったけど だから
と、ちょっと、やばい感じが漂う。
あの一言、「いも」。上手いけど「いも」。
「ららららららぁー、イサオ君、いつから、いも、なの?」。
まずいまずい、最低っ!
イルドフランス、超ド級快晴。夏日。海に行こうかと、一瞬、思う。
太陽様が、昨年、10月から、今年の6月までの、寒々しい日々を反省して居られる。はず。
で、この秋夏日の中、私のピアノは停滞。
こういう周期は、ある。で、ジャズピアノは独学だから、自分でメニューを作る。
ここ近々の「超絶技巧、ドラゴンへの道」が、たぶん、消化および満腹状態。行き詰る。
で、こういう状態になると、沖至師匠の言葉を思い出す。
「イサオ、覚えたことは、コンサートでは、全部、一旦、忘れろ。フリーになれ」。
で、さっき、全部白紙撤回して弾いてみた。こういう時は、逆に、弾きなれた曲を弾くと、良く分かる。明らかに、テクが付いている。ボディービルと一緒。っても、ジャズ屋は、その、別に、筋肉隆々ピアノをお見せするという仕事ではないから、逆に変。
1) 出したい音はなんなの
2) 君はピアノで なにを お話ししたいの
3) 上手くはなったけど だから
と、ちょっと、やばい感じが漂う。
あの一言、「いも」。上手いけど「いも」。
「ららららららぁー、イサオ君、いつから、いも、なの?」。
まずいまずい、最低っ!
2013年9月24日火曜日
自分史
快晴の秋の日、今日、自分が生きてきた時間が愛おしくなり、ダンボール箱の中に眠っていた小説原稿を引っ張り出した。正確な枚数は分からないけれど、原稿用紙で三千枚ぐらいだろう。一作ずつページを揃えて、茶封筒に入れた。
1988 処女作。題名がない。手書き。小説というより、長編の散文詩。鋭い文章がぎっしり(未発表)。あまりの詩力に自分に脱帽。昔は、立派な文章書いていたのだっ! 今はヨレヨレ。レイロロレイロロヨオーレヨレ。オレッ!
1993「光」。手書き。これも処女作のスタイルを継承している(未発表)
1993-1994 「私の住む小さな町の名前がタイトル」。手書き。長編観念小説(未発表)。カフカ、イタロカルビーノの影響が濃い感じ。作品の構図としての幾何学的なデッサンも出てきた
1995 「水の記憶」。手書き。散文詩形の自伝小説。某社より上梓
1995 「ノワイエ」。エロティックな観念小説。マンディアルグの影響だったかもしれない(未発表)
1995-1996 「ポリゴーン」。ワープロ原稿。複数の女性達に自宅を乗っ取られてしまった男の長編読物コメディー(未発表)
この作品まで、筆名が本名だった。
1998「実用小説デタラピアノ」。ワープロ原稿。この作品から裕イサオに筆名が変わっている。現在も頻繁に現れるハチャメチャイサオ節の原型になっている。お笑い馬鹿ハチャメチャ言語実験小説。ジャズ菌に、相当、脳が犯され始めていることが歴然(未発表)
1998「コスミックヒステリー」。ワープロ原稿。ジャズ菌の圧倒的勝利のもとに書かれた愚ショートショート集(未発表)
この後、その発展形の中編小説集チュートチュートを執筆。この中に、名作が多い。編集者よりの評価も一番高かったが、未完のまま放置。刊行に至らず。
2001 「横式」。ワープロ原稿。編集者の忠告をすべて無視。はなもげら語、医学用語、辞書の説明文、ことわざ、関西弁、東北弁を駆使した前衛お笑い言語実験ハチャメチャ小説。ミュージックインサイダーには馬鹿受けするも未発表のまま
2012 「OOOOOO」パソコン原稿。今数えたら、脱稿した作品とすると、丁度、十作目。ブロ グ書きの勢いで書いてしまったのほほぉーーーんとした無意味空脳小説。現時点では未発表
と、自分史を整理してみた。
まったく皆様方のご興味外を承知しているのですが、ちょっと、自分用にまとめてしまいました。
すいません。もしかすると、小説家志望の方のご参考程度にはなるのかしら?
自己分析をしてみると、いわゆる、散文詩形にエモーションを封じ込めることと、中編小説に向いていることが分かる。ストーリーテリングの才が、まるっきりない。長編の物語とかは、まるっきり駄目。中編にするとストーリーというより寓話みたいな感じで、私の馬鹿脳を活写し易いことが分かる。
抜きん出た才能という意味ではなくて、自分の傾向を分析すると、訳の分からないイソップ物語みたいなラインが浮上してくる。そうだなぁー、未発表のチュートチュートを整理して加筆することにしよう。この中に、私自身の最高傑作であるブログ記事タイトルに使った「時計町」というブラックな作品があるのだ。
よぉーーーし、着手っ!
1988 処女作。題名がない。手書き。小説というより、長編の散文詩。鋭い文章がぎっしり(未発表)。あまりの詩力に自分に脱帽。昔は、立派な文章書いていたのだっ! 今はヨレヨレ。レイロロレイロロヨオーレヨレ。オレッ!
1993「光」。手書き。これも処女作のスタイルを継承している(未発表)
1993-1994 「私の住む小さな町の名前がタイトル」。手書き。長編観念小説(未発表)。カフカ、イタロカルビーノの影響が濃い感じ。作品の構図としての幾何学的なデッサンも出てきた
1995 「水の記憶」。手書き。散文詩形の自伝小説。某社より上梓
1995 「ノワイエ」。エロティックな観念小説。マンディアルグの影響だったかもしれない(未発表)
1995-1996 「ポリゴーン」。ワープロ原稿。複数の女性達に自宅を乗っ取られてしまった男の長編読物コメディー(未発表)
この作品まで、筆名が本名だった。
1998「実用小説デタラピアノ」。ワープロ原稿。この作品から裕イサオに筆名が変わっている。現在も頻繁に現れるハチャメチャイサオ節の原型になっている。お笑い馬鹿ハチャメチャ言語実験小説。ジャズ菌に、相当、脳が犯され始めていることが歴然(未発表)
1998「コスミックヒステリー」。ワープロ原稿。ジャズ菌の圧倒的勝利のもとに書かれた愚ショートショート集(未発表)
この後、その発展形の中編小説集チュートチュートを執筆。この中に、名作が多い。編集者よりの評価も一番高かったが、未完のまま放置。刊行に至らず。
2001 「横式」。ワープロ原稿。編集者の忠告をすべて無視。はなもげら語、医学用語、辞書の説明文、ことわざ、関西弁、東北弁を駆使した前衛お笑い言語実験ハチャメチャ小説。ミュージックインサイダーには馬鹿受けするも未発表のまま
2012 「OOOOOO」パソコン原稿。今数えたら、脱稿した作品とすると、丁度、十作目。ブロ グ書きの勢いで書いてしまったのほほぉーーーんとした無意味空脳小説。現時点では未発表
と、自分史を整理してみた。
まったく皆様方のご興味外を承知しているのですが、ちょっと、自分用にまとめてしまいました。
すいません。もしかすると、小説家志望の方のご参考程度にはなるのかしら?
自己分析をしてみると、いわゆる、散文詩形にエモーションを封じ込めることと、中編小説に向いていることが分かる。ストーリーテリングの才が、まるっきりない。長編の物語とかは、まるっきり駄目。中編にするとストーリーというより寓話みたいな感じで、私の馬鹿脳を活写し易いことが分かる。
抜きん出た才能という意味ではなくて、自分の傾向を分析すると、訳の分からないイソップ物語みたいなラインが浮上してくる。そうだなぁー、未発表のチュートチュートを整理して加筆することにしよう。この中に、私自身の最高傑作であるブログ記事タイトルに使った「時計町」というブラックな作品があるのだ。
よぉーーーし、着手っ!
2013年9月23日月曜日
セーヌ河畔
こちらフランスも、バカンスモードはお仕舞いで、蚤の市シーズン。
なんとなく、朝起きて、カミサンと近郊地図を見ていたら、あれ、湖なんてあったか、この辺?
近場探検隊の我々は、よっしゃー、いくでぇー。
サンドイッチ持参もいいけど、ちと、肌寒いから、そこいら辺の安レストランに入るということにして、貧乏だから、コーヒー代を浮かすために、魔法瓶。
で、目指すは湖。りゃりゃ、蚤の市じゃん。
セーヌ河畔に、ずらぁーーーーーと屋台。
覗いていこうぜぇーとなり、ぶらぶら。
お昼、腹減ったぁーとなり、ケバブ屋。これって、日本にないような気がする。
トルコ、ギリシャ料理ってなっているけど、馬鹿でかい串刺しの肉がくるくる。
羊、子牛、鳥のミックス。これを、包丁で削いで、サラダと一緒に出てくる。
カミサンは、それほどではないのだけれど、俺は、このジャンクフードが大好きである。
店内の臭いが、日本のラーメン屋の臭いに良く似ていて、こういう感じが大好きなのである。
おぉーーー、食った食ったと腹を突き出しながら、蚤の市の続き。
で、ちょっと、待てよ。湖は? 橋の向こうだよな。
で、車で橋を渡る時、下を見た。
セーヌ川
両サイドの小道
蚤の市の群集
ううううううぅーーー、詩人しちゃおうかなぁー。
川の横の人なのか、人の横の川なのか、両方流れていたのだよ。
毎日、こういう目線。疲れるぜって、裕さんよぉー。
なんとなく、朝起きて、カミサンと近郊地図を見ていたら、あれ、湖なんてあったか、この辺?
近場探検隊の我々は、よっしゃー、いくでぇー。
サンドイッチ持参もいいけど、ちと、肌寒いから、そこいら辺の安レストランに入るということにして、貧乏だから、コーヒー代を浮かすために、魔法瓶。
で、目指すは湖。りゃりゃ、蚤の市じゃん。
セーヌ河畔に、ずらぁーーーーーと屋台。
覗いていこうぜぇーとなり、ぶらぶら。
お昼、腹減ったぁーとなり、ケバブ屋。これって、日本にないような気がする。
トルコ、ギリシャ料理ってなっているけど、馬鹿でかい串刺しの肉がくるくる。
羊、子牛、鳥のミックス。これを、包丁で削いで、サラダと一緒に出てくる。
カミサンは、それほどではないのだけれど、俺は、このジャンクフードが大好きである。
店内の臭いが、日本のラーメン屋の臭いに良く似ていて、こういう感じが大好きなのである。
おぉーーー、食った食ったと腹を突き出しながら、蚤の市の続き。
で、ちょっと、待てよ。湖は? 橋の向こうだよな。
で、車で橋を渡る時、下を見た。
セーヌ川
両サイドの小道
蚤の市の群集
ううううううぅーーー、詩人しちゃおうかなぁー。
川の横の人なのか、人の横の川なのか、両方流れていたのだよ。
毎日、こういう目線。疲れるぜって、裕さんよぉー。
2013年9月22日日曜日
裕伊佐ノ助
時は、文政二年。
当時の、今風に言うと、人気コント作家、裕伊佐ノ助。
安土桃山通りの豪邸の書斎に、ひとり。
百畳はくだらない巨大な書斎の中央。
墨を溶き、筆に浸すと、
マミちゃん 君は 登場人物で 僕は 作者 この力関係は お分かり?
抵抗しても 無駄 僕の 思うがまま 容姿性格 ふっ 好きに出来るのよ
無駄な抵抗は よしなさいね 僕のアンドロイドちゃん バービー人形ちゃん ふっ
達筆である。
伊佐ノ助の資産は、二万両とも三万両とも言われている。
換算推定金額は、二百億リラリララリンダ。だぞっ。
しかし、伊佐ノ助。今風に言うセクハラで、登場人物から訴え。敗訴。
敗訴サイアティーの語源である。極刑である、遠い異国にあるらしい、魔蔵我島へ暇流しになった。今、こやつが、どこにおるのか、誰も知らない。
「ねえねえ、マミちゃん。こないだよぉー、不死屋のよぉー、見る気の広告書いて、シャンゼリゼ、歩いてたらよぉー、室町の頃に揉めた女とよぉー、ばったり。いきなり、マグナムでよぉー、眉間。ちょっとだけ、痛かったけどよぉー。道行く人がよぉー、爆音で騒ぐからよぉー。イッツ ムービー ムービー。ウイ アー メイキング ムービーって、誤魔化したよ、はっはははははぁー」
当時の、今風に言うと、人気コント作家、裕伊佐ノ助。
安土桃山通りの豪邸の書斎に、ひとり。
百畳はくだらない巨大な書斎の中央。
墨を溶き、筆に浸すと、
マミちゃん 君は 登場人物で 僕は 作者 この力関係は お分かり?
抵抗しても 無駄 僕の 思うがまま 容姿性格 ふっ 好きに出来るのよ
無駄な抵抗は よしなさいね 僕のアンドロイドちゃん バービー人形ちゃん ふっ
達筆である。
伊佐ノ助の資産は、二万両とも三万両とも言われている。
換算推定金額は、二百億リラリララリンダ。だぞっ。
しかし、伊佐ノ助。今風に言うセクハラで、登場人物から訴え。敗訴。
敗訴サイアティーの語源である。極刑である、遠い異国にあるらしい、魔蔵我島へ暇流しになった。今、こやつが、どこにおるのか、誰も知らない。
「ねえねえ、マミちゃん。こないだよぉー、不死屋のよぉー、見る気の広告書いて、シャンゼリゼ、歩いてたらよぉー、室町の頃に揉めた女とよぉー、ばったり。いきなり、マグナムでよぉー、眉間。ちょっとだけ、痛かったけどよぉー。道行く人がよぉー、爆音で騒ぐからよぉー。イッツ ムービー ムービー。ウイ アー メイキング ムービーって、誤魔化したよ、はっはははははぁー」
2013年9月21日土曜日
お庭雑記
七月八月九月前半と、とってもいいお天気が続いていたのだけれど、ここ一週間、雨日。
雨がしとしとなので、お庭は放置新聞。今日久しぶりに秋晴れ。お庭へ。
おわぁーーー、ミニトマトがどばぁーーー。
笊二杯。食べきれないよぉー。いんげんも収穫。
ついでに、庭の奥の林檎の木二本。じぇんじぇん実が生らないので、二年前に剪定して誘引というのだっけかなぁー、枝を水平に伸ばすように麻紐で固定したら、今年は、どばぁーーー。
庭の手前の葡萄の木も、昨年の剪定が良かったのか、どばぁーーー。
毎日、ミニトマトと葡萄と、アップルタルトだな、こりゃー。
貧乏なので、自給自足を目指しているのである。
もう、牛とか飼っちゃおうかしらね。
りゃ、今気が付いた。そういえば、私のブログって動画は、たまに出てくるけど写真がない。
そういえばそうだ。全然、考えていなかった。第一、カメラ持ってないし、旅行先とかでも、まったく写真を撮らない。特別な理由は全くなくて、単に、頭の中にないだけ。
よぉーーーく考えると、私は、どうも静止画より動画の方が好きらしい。
他人が見ている動いている自分を見るのは、超面白い。声も、皆さん、ご存知の通りで、本人が聞こえる声と違う。で、それを見てナルシス君しているのかというと、真逆。
間の抜けた声だよなぁー、うったくぅー
顎のラインがよれて来ているなぁー
目が垂れてきているぞ
なんて、ジーちゃん度の確認をして遊んでいる。
まあ、こんなもんだべって!
今更、誘引したって、枝も伸びんし実も付かんのだっ!
あっ、でね、良くある質問「生まれ変わったら、なにになりたいですか?」。
おぉーーー、来世は庭師になりたいっ、本当に。
植物と一緒にいる仕事がいいんだけれど、来世ってもねぇー、
私、不死なのだよ。御年、八百五十四歳。五歳からピアノ始めたから、
八百五十年ぐらい続けている訳。そのわりに下手だって? なんだとっ、ろここ野郎っ!
ほっといてくれっ!
雨がしとしとなので、お庭は放置新聞。今日久しぶりに秋晴れ。お庭へ。
おわぁーーー、ミニトマトがどばぁーーー。
笊二杯。食べきれないよぉー。いんげんも収穫。
ついでに、庭の奥の林檎の木二本。じぇんじぇん実が生らないので、二年前に剪定して誘引というのだっけかなぁー、枝を水平に伸ばすように麻紐で固定したら、今年は、どばぁーーー。
庭の手前の葡萄の木も、昨年の剪定が良かったのか、どばぁーーー。
毎日、ミニトマトと葡萄と、アップルタルトだな、こりゃー。
貧乏なので、自給自足を目指しているのである。
もう、牛とか飼っちゃおうかしらね。
りゃ、今気が付いた。そういえば、私のブログって動画は、たまに出てくるけど写真がない。
そういえばそうだ。全然、考えていなかった。第一、カメラ持ってないし、旅行先とかでも、まったく写真を撮らない。特別な理由は全くなくて、単に、頭の中にないだけ。
よぉーーーく考えると、私は、どうも静止画より動画の方が好きらしい。
他人が見ている動いている自分を見るのは、超面白い。声も、皆さん、ご存知の通りで、本人が聞こえる声と違う。で、それを見てナルシス君しているのかというと、真逆。
間の抜けた声だよなぁー、うったくぅー
顎のラインがよれて来ているなぁー
目が垂れてきているぞ
なんて、ジーちゃん度の確認をして遊んでいる。
まあ、こんなもんだべって!
今更、誘引したって、枝も伸びんし実も付かんのだっ!
あっ、でね、良くある質問「生まれ変わったら、なにになりたいですか?」。
おぉーーー、来世は庭師になりたいっ、本当に。
植物と一緒にいる仕事がいいんだけれど、来世ってもねぇー、
私、不死なのだよ。御年、八百五十四歳。五歳からピアノ始めたから、
八百五十年ぐらい続けている訳。そのわりに下手だって? なんだとっ、ろここ野郎っ!
ほっといてくれっ!
2013年9月20日金曜日
塩の商人
毎晩、寝る前に、ユーチューブサーフィンをする。
有吉さん、マツコデラックス、ローラ、谷桃子、さまぁーずとか。
やっぱ、さまぁーずの緩い感じがとても好きである。
とりわけ、三村さんがおっさん臭くて好きだ。
大竹さんは、ちょっと、私に似ているところがあって、なんちゅうのかな、好きなんだけど、ちょっと、自己愛みたいになってしまうから、全然似てない三村さんの方が、私には馴染む。
そして、お笑い番組を見ていたら、疲れた。疲れたから、マルセルデュシャンって日本語で打った。五、六編の英語のインタビューが出てきた。以下、私の翻訳で、抜粋する。
インタビューアー「どうして、芸術の道を選ばれたのですか?」
デュシャン「毎日、九時に会社に行きたくないからです」
裕 この超絶的にシンプルな回答っ! 以下、この順序で
あなたは、三十代前半で絵画を放棄しましたが?
「絵描きとは、テレピン油の中毒で、一日、嗅いでいないと落ち着かないのです。私には、一日中、絵を描いていたい、そんな欲求はありません」
あなたの子供たちと呼ばれている世代のアーティストを、どう思われますか?
「若い方は、活発で、とてもいいですね。でも、私がやってきたこととは違います。私はプロであったことは一度もありません。公に芸術家だったことはないのです。作ったものを売る。私は一度もしていない」
二十世紀の美術史を変えた人物と呼ばれているのに?
「私はひとつのプロトタイプかも知れません。それは、大変に光栄ですが、彼らがやっている、単純に申し上げて、芸術を莫大なお金に換金する。すでに、私の考える、それではないのです」
あなたが、寡作なのは、そのせいですか?
「私は、同じコンセプトのものを三つ以上作らないという掟を自分に課してきました。同じことを繰り返すこと、その繰り返しが商売になること、これを避けて来ました」
アンドレブルトンが、二十世紀でもっとも知的な人物と、あなたのことを評しましたが?
「ブルトンは、とてもいい人で、単なる思い付きで言ってくれたのでしょう。しかし、美術とか芸術とか呼ばれるものは、作り手が判断するのではなく、観客の介入。そして、五十年と言った歴史が介入して、初めて、その歴史上の評価が下されるのです。ただ、歴史に残ったものが、その世代の最善のものであったとは限りません。私の作ったもの? 私自身が評価などできないのです」
一日、なにをなさっていますか?
「はい、なにも。私には重要なアポイントなどひとつもありません」
美術館へは?
「もう、何年も行っていません。興味がないのです」
あなたが、一番、聞いて欲しい質問は?
「お元気ですか」
この人物。フランスという国が生んだ。極北の論理的知性なのである。
ルーアンの公証人の三男坊。塩の商人? 錬金術師、マーシャン ドゥ セル。
フランス語の言葉遊び。マルセルデュシャンという音の駄洒落ということ。
塩 錬金術 マルセルデュシャン
たぶん、ミッシェルビュトールの論文だったと記憶している。
そして、最後に、デュシャンは絶対に「作品」と言わない。「もの」、私の作ったもの。
断言もしない。「たぶん」。そして、口癖のように、「興味がないのです」。
有吉さん、マツコデラックス、ローラ、谷桃子、さまぁーずとか。
やっぱ、さまぁーずの緩い感じがとても好きである。
とりわけ、三村さんがおっさん臭くて好きだ。
大竹さんは、ちょっと、私に似ているところがあって、なんちゅうのかな、好きなんだけど、ちょっと、自己愛みたいになってしまうから、全然似てない三村さんの方が、私には馴染む。
そして、お笑い番組を見ていたら、疲れた。疲れたから、マルセルデュシャンって日本語で打った。五、六編の英語のインタビューが出てきた。以下、私の翻訳で、抜粋する。
インタビューアー「どうして、芸術の道を選ばれたのですか?」
デュシャン「毎日、九時に会社に行きたくないからです」
裕 この超絶的にシンプルな回答っ! 以下、この順序で
あなたは、三十代前半で絵画を放棄しましたが?
「絵描きとは、テレピン油の中毒で、一日、嗅いでいないと落ち着かないのです。私には、一日中、絵を描いていたい、そんな欲求はありません」
あなたの子供たちと呼ばれている世代のアーティストを、どう思われますか?
「若い方は、活発で、とてもいいですね。でも、私がやってきたこととは違います。私はプロであったことは一度もありません。公に芸術家だったことはないのです。作ったものを売る。私は一度もしていない」
二十世紀の美術史を変えた人物と呼ばれているのに?
「私はひとつのプロトタイプかも知れません。それは、大変に光栄ですが、彼らがやっている、単純に申し上げて、芸術を莫大なお金に換金する。すでに、私の考える、それではないのです」
あなたが、寡作なのは、そのせいですか?
「私は、同じコンセプトのものを三つ以上作らないという掟を自分に課してきました。同じことを繰り返すこと、その繰り返しが商売になること、これを避けて来ました」
アンドレブルトンが、二十世紀でもっとも知的な人物と、あなたのことを評しましたが?
「ブルトンは、とてもいい人で、単なる思い付きで言ってくれたのでしょう。しかし、美術とか芸術とか呼ばれるものは、作り手が判断するのではなく、観客の介入。そして、五十年と言った歴史が介入して、初めて、その歴史上の評価が下されるのです。ただ、歴史に残ったものが、その世代の最善のものであったとは限りません。私の作ったもの? 私自身が評価などできないのです」
一日、なにをなさっていますか?
「はい、なにも。私には重要なアポイントなどひとつもありません」
美術館へは?
「もう、何年も行っていません。興味がないのです」
あなたが、一番、聞いて欲しい質問は?
「お元気ですか」
この人物。フランスという国が生んだ。極北の論理的知性なのである。
ルーアンの公証人の三男坊。塩の商人? 錬金術師、マーシャン ドゥ セル。
フランス語の言葉遊び。マルセルデュシャンという音の駄洒落ということ。
塩 錬金術 マルセルデュシャン
たぶん、ミッシェルビュトールの論文だったと記憶している。
そして、最後に、デュシャンは絶対に「作品」と言わない。「もの」、私の作ったもの。
断言もしない。「たぶん」。そして、口癖のように、「興味がないのです」。
2013年9月19日木曜日
久しぶりに記事を書く
実は、ここ一週間、新規の記事は書いていない。
単に、在庫記事の整理をしていた。だから、アップはしている。三つぐらい、渾身の力を振り絞って書いた記事がある。そしたら、書くのが嫌になってしまった。
ダンボール箱の中の、未発表の小説郡が、なんだか、突然、不憫になって、笑いが硬直した。
どうしよう、俺の人生の一部、ねぇー?
脳がピアノ化しているのも、一因ではある。
なんだか、上手くなり過ぎて、その技術が先行する傾向が始まった。
技術が、ブルースを追い越してしまう。ジャズ屋にとっては致命的なのである。
現在、逆噴射している。
初心に帰ろうと。でも、指さんたちが暴走する。
困ったねぇーーー。
でね、アンチビールスのソフトの期限が切れたら、
そのソフトの広告が山のように出る。
アンチビールスソフトの広告が、ビールスとして君臨している。
そうかぁー、これぐらいしないと芸能の道は、厳しいのね。
その内、俺の動画だのブログが、ビールスとして、
あなたのパソコンを襲うっ!
えっ、すでにそうなの?
単に、在庫記事の整理をしていた。だから、アップはしている。三つぐらい、渾身の力を振り絞って書いた記事がある。そしたら、書くのが嫌になってしまった。
ダンボール箱の中の、未発表の小説郡が、なんだか、突然、不憫になって、笑いが硬直した。
どうしよう、俺の人生の一部、ねぇー?
脳がピアノ化しているのも、一因ではある。
なんだか、上手くなり過ぎて、その技術が先行する傾向が始まった。
技術が、ブルースを追い越してしまう。ジャズ屋にとっては致命的なのである。
現在、逆噴射している。
初心に帰ろうと。でも、指さんたちが暴走する。
困ったねぇーーー。
でね、アンチビールスのソフトの期限が切れたら、
そのソフトの広告が山のように出る。
アンチビールスソフトの広告が、ビールスとして君臨している。
そうかぁー、これぐらいしないと芸能の道は、厳しいのね。
その内、俺の動画だのブログが、ビールスとして、
あなたのパソコンを襲うっ!
えっ、すでにそうなの?
2013年9月18日水曜日
錯乱錯乱
錯乱 錯乱 よやいのラーソ
わたみす ぎがぁぁーり
錯乱 錯乱 すみかのもぉぉぉぉぉぉーく
スメルも ずるで
ざいや ざいや
ミニ 優香
我我我ぁ ずがぁーーーん ニャロー へらまこいたなぁー 松竹バス
ひゅ。。。。。。。。。。るるるるるるるるるるるるる ルンルン 松竹梅
なに やらせんでぇー ニャロォー しめこててやるぅーーー
うにゃ コャロぉーーーーー
りゃ
と、私は、現在、この壮大な組曲を作曲しているのである。
リー部 みー あろーん。音宇宙にタ湯多雨、裕先生でした。
古池や お金飛び込む 水の音 (汗)
古ピアノ ジャズメンたちの 夢の跡 (くくくぅーーー)
古池や よく見たら 肥えたごだった (おわぁーーーーーー)
はい、裕先生の、マジで、これ「楽譜」なのだよ、お若いのっ。
わたみす ぎがぁぁーり
錯乱 錯乱 すみかのもぉぉぉぉぉぉーく
スメルも ずるで
ざいや ざいや
ミニ 優香
我我我ぁ ずがぁーーーん ニャロー へらまこいたなぁー 松竹バス
ひゅ。。。。。。。。。。るるるるるるるるるるるるる ルンルン 松竹梅
なに やらせんでぇー ニャロォー しめこててやるぅーーー
うにゃ コャロぉーーーーー
りゃ
と、私は、現在、この壮大な組曲を作曲しているのである。
リー部 みー あろーん。音宇宙にタ湯多雨、裕先生でした。
古池や お金飛び込む 水の音 (汗)
古ピアノ ジャズメンたちの 夢の跡 (くくくぅーーー)
古池や よく見たら 肥えたごだった (おわぁーーーーーー)
はい、裕先生の、マジで、これ「楽譜」なのだよ、お若いのっ。
2013年9月16日月曜日
わたしのブログ
うん、テーマ、文体が錯乱している。でね、たとえば、見知らぬ方が、なんか、たまたま、見付けて開く。その「任意の記事」が出てくる。その選択された記事によって、
馬鹿 お笑い マジ ミュージッシャン 文学 詩 庭弄り 料理
これでは、まず、いい人なのか悪い人なのか、判断が付かない。
ちゃらけ系なのか、マジなのか、これも?
ミュージッシャンのくせに、音楽のことがほとんど出てこない。
馬鹿なのかインテリなのかも分からない。
結局、得体が知れない、と、なる。
ふむ、そうなんだろうなぁー。
裕イサオ フリージャズピアニスト 几帳面 真面目人間 軽度のアル中、そんなもんあるかってっ! まあ、酒飲みというか酒好きだけど、酒癖はとってもいいどぉーーー、お笑い芸人に変身するわけ、太宰治から、いきなり。温厚、いつも笑みを絶やさない人格者。料理好き。家事庭の手入れ大好き人間。愛妻家。女問題は、一切起こさない。もてもてなのに。一日中、せかせかと動き回る働き者。じっとしていることがない。ジーちゃんだけど、腹は出ていない。中背細身の筋肉質のイケメンシニア。背広を着ると、アランドルワン(遠めのアランドロン)。
と、そうとういい玉、いい球だよ。
でもねぇー、玉の輿は、腰が痛いから駄目ね。
だれか、お見合いして下さいっ! 既婚だけどね。
追記
裕先生の背後に、ゴルゴサーティーン、ジェームズボンド、ターミネーター。
あれっ? だれが雇ったのかしらねぇー。痛っ!
馬鹿 お笑い マジ ミュージッシャン 文学 詩 庭弄り 料理
これでは、まず、いい人なのか悪い人なのか、判断が付かない。
ちゃらけ系なのか、マジなのか、これも?
ミュージッシャンのくせに、音楽のことがほとんど出てこない。
馬鹿なのかインテリなのかも分からない。
結局、得体が知れない、と、なる。
ふむ、そうなんだろうなぁー。
裕イサオ フリージャズピアニスト 几帳面 真面目人間 軽度のアル中、そんなもんあるかってっ! まあ、酒飲みというか酒好きだけど、酒癖はとってもいいどぉーーー、お笑い芸人に変身するわけ、太宰治から、いきなり。温厚、いつも笑みを絶やさない人格者。料理好き。家事庭の手入れ大好き人間。愛妻家。女問題は、一切起こさない。もてもてなのに。一日中、せかせかと動き回る働き者。じっとしていることがない。ジーちゃんだけど、腹は出ていない。中背細身の筋肉質のイケメンシニア。背広を着ると、アランドルワン(遠めのアランドロン)。
と、そうとういい玉、いい球だよ。
でもねぇー、玉の輿は、腰が痛いから駄目ね。
だれか、お見合いして下さいっ! 既婚だけどね。
追記
裕先生の背後に、ゴルゴサーティーン、ジェームズボンド、ターミネーター。
あれっ? だれが雇ったのかしらねぇー。痛っ!
2013年9月15日日曜日
ジャズ神様と詩神様
皆さん、ゴムバンド(訳、今晩は)。
こちらフランス、イルドフランス地方も、すぅーーーかり、秋の気配です。
少し肌寒いのだ。うで、肌寒くなると、冬のお好きな詩神様が酒瓶抱えて現れる。で、現れると、一昨日の記事のようなものを書いてしまうのである。ついでに、ずぅーーーとお付き合い頂いている読者様はご存知の、うっ君(訳、鬱君)も詩神様の後ろから現れる。で、ジャズ神様は、常駐している、酒瓶持って。
今、ヤノピのくんなまし(訳、ピアノの練習)を終了。
ぎょんぎょんのぎょんで、相当、イカシテイタ(訳、イカの天ぷらを食べたいのではなく、フライでもなくて、まぁ、格好良かった)。あぁーーーーー、レフトに、大きなぁーーー栗ではなくて、フライ、どぉーーーん、イカフライ。なに、やらせんでぇー。
でね、ズゥージャ(ジャズ)ってよぉー、
理科アメの絽行くの零度がラ対ゴトシの合間に歌ったブルースがつーるなんだ
気いることが、ら対から、俺はタ歌うのだ
訳
ジャズは、アフリカよりの奴隷、アメリカ黒人の仕事歌を起源とする。
辛い肉体労働の合間に歌われた歌。つまり、ブルース。これが起源である。
「日が昇り、日が沈む」。これがルーツである。一つの鎮魂歌なのだと捉えれば、
現代で、ジャズ演奏をする者達の、深層心理の分析は、十分に可能なのである。
辛いから歌うのである。これ以上の説明の必要はないだろう。
こちらフランス、イルドフランス地方も、すぅーーーかり、秋の気配です。
少し肌寒いのだ。うで、肌寒くなると、冬のお好きな詩神様が酒瓶抱えて現れる。で、現れると、一昨日の記事のようなものを書いてしまうのである。ついでに、ずぅーーーとお付き合い頂いている読者様はご存知の、うっ君(訳、鬱君)も詩神様の後ろから現れる。で、ジャズ神様は、常駐している、酒瓶持って。
今、ヤノピのくんなまし(訳、ピアノの練習)を終了。
ぎょんぎょんのぎょんで、相当、イカシテイタ(訳、イカの天ぷらを食べたいのではなく、フライでもなくて、まぁ、格好良かった)。あぁーーーーー、レフトに、大きなぁーーー栗ではなくて、フライ、どぉーーーん、イカフライ。なに、やらせんでぇー。
でね、ズゥージャ(ジャズ)ってよぉー、
理科アメの絽行くの零度がラ対ゴトシの合間に歌ったブルースがつーるなんだ
気いることが、ら対から、俺はタ歌うのだ
訳
ジャズは、アフリカよりの奴隷、アメリカ黒人の仕事歌を起源とする。
辛い肉体労働の合間に歌われた歌。つまり、ブルース。これが起源である。
「日が昇り、日が沈む」。これがルーツである。一つの鎮魂歌なのだと捉えれば、
現代で、ジャズ演奏をする者達の、深層心理の分析は、十分に可能なのである。
辛いから歌うのである。これ以上の説明の必要はないだろう。
2013年9月14日土曜日
時計町
裕の兄貴は、なんで、ピアノ弾くんすか?
そりゃーね、シエナだよ、イタリアの。
シエナ?
おめぇー、行ったことねぇーか? あっそ。真ん中に貝殻広場があんだよ。行ったことねぇーから分かんねぇーだろな、まっ、石臼だよ。石臼の縁んとこに、うまぁー、商店とか医者とか床屋とか、その、まっ、日常って言ってんだろ、そういうの? が並んでんだよ。で、うまぁー、石臼の真ん中に、でけぇー時計があんだよ。長針がよ、グラジエターの剣みたいでよ、短針は、それを短くした、もっと、幅広なんだよ。で、秒針がよぉー、日本刀みてい。
だからよぉー、迂闊に、広場よごぎっとよ、首、ちょんぎれんだよ。
あぶねぇー、広場の真ん中によぉー、こんな時計な。
で、その馬鹿でかいよ、時計がよ、ずっと、真ん中で回ってんだよ。危なくてしょうがねーよ。
そりゃーね、シエナだよ、イタリアの。
シエナ?
おめぇー、行ったことねぇーか? あっそ。真ん中に貝殻広場があんだよ。行ったことねぇーから分かんねぇーだろな、まっ、石臼だよ。石臼の縁んとこに、うまぁー、商店とか医者とか床屋とか、その、まっ、日常って言ってんだろ、そういうの? が並んでんだよ。で、うまぁー、石臼の真ん中に、でけぇー時計があんだよ。長針がよ、グラジエターの剣みたいでよ、短針は、それを短くした、もっと、幅広なんだよ。で、秒針がよぉー、日本刀みてい。
だからよぉー、迂闊に、広場よごぎっとよ、首、ちょんぎれんだよ。
あぶねぇー、広場の真ん中によぉー、こんな時計な。
で、その馬鹿でかいよ、時計がよ、ずっと、真ん中で回ってんだよ。危なくてしょうがねーよ。
2013年9月13日金曜日
今日でブログ1周年
ぱちぱちぱちぃーーー、と、ひとりで赤ワインを飲んでお祝いしている。
そう、一年前の今日ではない今日に、初めてブログ記事をアップ。
少しして、ブログランキングサイトに登録(現在は不参加)。一ヶ月ぐらい後なのかしらね、村人になりました。
アクセス数が3-7-10-15-20と、なんとなく増えて、記事によっては、ドバァーっても、昔の一クラスの人数。で、20辺りで止まった。まったく、私のジャズクラブの動員数と同じなのだ。
もちろん、私だって芸人の端くれ、大きなシアターで演奏することも、たまにはある。
でも、ステージから見ると、客席が暗いし、闘牛場みたいに上に席が上がっているから、個々人の顔はまったく見えない。そう、薄ぼんやりとした「かたまり」にしか見えない。
ある意味、演奏する側は、やり易いところもある。気配だけで、日常がないでしょ? ある意味、ステージの上にいるだけ。ひとりなのだ。集中し易い。これって、ちょっとパラドックスなんだけど、弾く側は、やり易いわけね。
なんかさぁー、ブログの閲覧数に掛けた負け惜しみみたいに取られると、本当に困るのですけど、私は、これって、あまり好きではない。ジャズクラブで、聴きに来て下さっている面子を見ながら弾く方が好きなのである。ジャズって、そういう音楽だと確信している。マイナーだから、素敵なんだな、この音楽は。インターバルでお客さんと酒飲んで盛り上がり、二部で盛り上がり、お客さんと打ち上げをする。小振りの村祭りなんだけれど、これが、ジャズの基本と信じている。
で、延々と私の愚ブログに付き合ってくれている方が複数いる。
ありがとうございます。お辞儀です。
そう、一年前の今日ではない今日に、初めてブログ記事をアップ。
少しして、ブログランキングサイトに登録(現在は不参加)。一ヶ月ぐらい後なのかしらね、村人になりました。
アクセス数が3-7-10-15-20と、なんとなく増えて、記事によっては、ドバァーっても、昔の一クラスの人数。で、20辺りで止まった。まったく、私のジャズクラブの動員数と同じなのだ。
もちろん、私だって芸人の端くれ、大きなシアターで演奏することも、たまにはある。
でも、ステージから見ると、客席が暗いし、闘牛場みたいに上に席が上がっているから、個々人の顔はまったく見えない。そう、薄ぼんやりとした「かたまり」にしか見えない。
ある意味、演奏する側は、やり易いところもある。気配だけで、日常がないでしょ? ある意味、ステージの上にいるだけ。ひとりなのだ。集中し易い。これって、ちょっとパラドックスなんだけど、弾く側は、やり易いわけね。
なんかさぁー、ブログの閲覧数に掛けた負け惜しみみたいに取られると、本当に困るのですけど、私は、これって、あまり好きではない。ジャズクラブで、聴きに来て下さっている面子を見ながら弾く方が好きなのである。ジャズって、そういう音楽だと確信している。マイナーだから、素敵なんだな、この音楽は。インターバルでお客さんと酒飲んで盛り上がり、二部で盛り上がり、お客さんと打ち上げをする。小振りの村祭りなんだけれど、これが、ジャズの基本と信じている。
で、延々と私の愚ブログに付き合ってくれている方が複数いる。
ありがとうございます。お辞儀です。
2013年9月12日木曜日
スーパーベースボール2
舞台裏
一回表の五球目が、これだ。俺達の生活は、どうなるわけ。アナウンサー、高野幸助、等大卒。裕の野郎、こういう、スーパーマンのくせに、その受け狙いスローボールとかよぉー、止めて星野。大体、突然に138kmのカーブ投げたりよぉー、カーブっても、場外から来るカーブ。うなもん、打てるかってっ! まあまあ、高野、そう、かっかするなって、あやつはシニアーマン。勝負にならん。唯一、ロイチ選手のみ。だってよぉー、まだ、中継中だよって、明日の午後まで、まだ、一回の表。やってらんねんだよって!
あっ、筒井監督、出て参りましたっ!
「いゃぁー、なに、僕もね、若い頃は、こういう球、投げたよ」「たまたま」
皆、お休みなさいぃーーーーー。
大体、投げた本人が、マミちゃんと、箱根の温泉に行っちゃったぁー。
これぞっ、スーパーベースボールっ!
ねえ、マミちゃん、あのさぁー、浴衣着てさぁー、箱根の灯火旅館でしょ、なんかさぁー、失楽園しても吝かの薮蚊なんだけどぉー、どや? うざっ。
一回表の五球目が、これだ。俺達の生活は、どうなるわけ。アナウンサー、高野幸助、等大卒。裕の野郎、こういう、スーパーマンのくせに、その受け狙いスローボールとかよぉー、止めて星野。大体、突然に138kmのカーブ投げたりよぉー、カーブっても、場外から来るカーブ。うなもん、打てるかってっ! まあまあ、高野、そう、かっかするなって、あやつはシニアーマン。勝負にならん。唯一、ロイチ選手のみ。だってよぉー、まだ、中継中だよって、明日の午後まで、まだ、一回の表。やってらんねんだよって!
あっ、筒井監督、出て参りましたっ!
「いゃぁー、なに、僕もね、若い頃は、こういう球、投げたよ」「たまたま」
皆、お休みなさいぃーーーーー。
大体、投げた本人が、マミちゃんと、箱根の温泉に行っちゃったぁー。
これぞっ、スーパーベースボールっ!
ねえ、マミちゃん、あのさぁー、浴衣着てさぁー、箱根の灯火旅館でしょ、なんかさぁー、失楽園しても吝かの薮蚊なんだけどぉー、どや? うざっ。
2013年9月11日水曜日
ドーバーの白い断崖
ドーバーの白い断崖の上に、ひとりの男が腕組みをして立っている姿が、カーフェリーの窓越しに見えた。私も似たようなことをするから、その男の気持ちが手に取るように分かる。
その男は、空と眼下に打ち寄せる白い波の飛沫を交互に見ていたはずである。
その水色の虚空へ飛ぶ勇気を思っていたはずである。
向こう側が、すぐ足元にあることに戦慄というより、柔らかい確認行為といった具合だろう。
消滅。なんとも甘美な夢想なのである。
そして、彼の中に、引き返し家路を辿る、もうひとつの勇気が充満するのである。
その男も、くるっと、そこから立ち去った。
以前、少しだけ吉増剛造さんの散文詩のことを記事にした。
うる覚えのまま、時々、私の脳内に木霊する。こんな意味の詩だった。
それは、君のすぐそばにある。線路を見たまえ。手首の細い血管を見たまえ。いつでも、それは君のすぐ近くにある。ほんの少しの勇気さえあれば、それは、すぐそこにある。でも、そういった勇気が難儀に思えるのなら、君の中の血管ひとつひとつが、もうひとつの勇気なのだ。
私の中で、毎朝、通勤電車がホームに入って来る瞬間に、このうる覚えの詩が木霊していた。
だから、会社を辞した。
くるっと、自分自身へ帰宅した。
その男は、空と眼下に打ち寄せる白い波の飛沫を交互に見ていたはずである。
その水色の虚空へ飛ぶ勇気を思っていたはずである。
向こう側が、すぐ足元にあることに戦慄というより、柔らかい確認行為といった具合だろう。
消滅。なんとも甘美な夢想なのである。
そして、彼の中に、引き返し家路を辿る、もうひとつの勇気が充満するのである。
その男も、くるっと、そこから立ち去った。
以前、少しだけ吉増剛造さんの散文詩のことを記事にした。
うる覚えのまま、時々、私の脳内に木霊する。こんな意味の詩だった。
それは、君のすぐそばにある。線路を見たまえ。手首の細い血管を見たまえ。いつでも、それは君のすぐ近くにある。ほんの少しの勇気さえあれば、それは、すぐそこにある。でも、そういった勇気が難儀に思えるのなら、君の中の血管ひとつひとつが、もうひとつの勇気なのだ。
私の中で、毎朝、通勤電車がホームに入って来る瞬間に、このうる覚えの詩が木霊していた。
だから、会社を辞した。
くるっと、自分自身へ帰宅した。
2013年9月10日火曜日
夏の終わり
今年のイルドフランス地方の夏は、例年になく「夏らしい夏」だった。
なんか何年も冷夏が続いていた気がする。猛暑の記憶は2003年。ということは、十年ぐらい冷夏が続いた? 北ヨーロッパは冬が長いから、七月八月ぐらいは暑くなってもらわないと、鉄分が吸収できない。うん、今年はフランス語でインデェアンサマー、エテアンディアン、九月に入っても晴天が続いている。最高気温は二十四度ぐらいだから、自転車、お散歩に丁度よい。日本の残暑とは随分違うけれど、イルドフランス、九月に入ると、空のチャンネルがいきなり秋になってしまうのが通常だから、この快晴は、大変に気持ちがいい。
なんか、この時期の光り、空の色、物凄く透明で綺麗である。
水の天体。空気。木々。透明な空を見ながら、どうしても考えてしまう。
太陽とイルドフランス地方の位置関係が、少しずつ、冬へ向かって動いていることを感じる。
それとともに、ミッシェルルグランの名曲「思い出の夏」が、なんとなく頭の中に木霊す。
前にも書いたけれど、この名曲、自分で弾きたいとは思わない。完成し過ぎているのか、イメージが定まり過ぎているのか、よく分からないけれど、なんか弾こうとは思わない。
代わりに、私のやや十八番「サマータイム」を再アレンジしている。
こちらも短調で物悲しい夏の終わりという曲想だけれど、私は、愚直にハードロックみたいに編曲しているのである。へへへへへぇーーー、なんか、自分の年齢を、無意識に忘れようとしているのかも知れない。人生の秋なんだけれど、ピアノの上で、まだ、夏をしようとしているのかも。それで、この曲を、灼熱の夏に無理矢理しているのかもねぇーーー。
こういう愚脳が馬鹿さの秘訣。これでいいのだ。
なんか何年も冷夏が続いていた気がする。猛暑の記憶は2003年。ということは、十年ぐらい冷夏が続いた? 北ヨーロッパは冬が長いから、七月八月ぐらいは暑くなってもらわないと、鉄分が吸収できない。うん、今年はフランス語でインデェアンサマー、エテアンディアン、九月に入っても晴天が続いている。最高気温は二十四度ぐらいだから、自転車、お散歩に丁度よい。日本の残暑とは随分違うけれど、イルドフランス、九月に入ると、空のチャンネルがいきなり秋になってしまうのが通常だから、この快晴は、大変に気持ちがいい。
なんか、この時期の光り、空の色、物凄く透明で綺麗である。
水の天体。空気。木々。透明な空を見ながら、どうしても考えてしまう。
太陽とイルドフランス地方の位置関係が、少しずつ、冬へ向かって動いていることを感じる。
それとともに、ミッシェルルグランの名曲「思い出の夏」が、なんとなく頭の中に木霊す。
前にも書いたけれど、この名曲、自分で弾きたいとは思わない。完成し過ぎているのか、イメージが定まり過ぎているのか、よく分からないけれど、なんか弾こうとは思わない。
代わりに、私のやや十八番「サマータイム」を再アレンジしている。
こちらも短調で物悲しい夏の終わりという曲想だけれど、私は、愚直にハードロックみたいに編曲しているのである。へへへへへぇーーー、なんか、自分の年齢を、無意識に忘れようとしているのかも知れない。人生の秋なんだけれど、ピアノの上で、まだ、夏をしようとしているのかも。それで、この曲を、灼熱の夏に無理矢理しているのかもねぇーーー。
こういう愚脳が馬鹿さの秘訣。これでいいのだ。
2013年9月9日月曜日
谷桃子
とうとう見付けた。フリージャズグラドル。
KY? ざけんじぇねぇー。そうではない。桃子は天才ジャズウイメンである。
美人なのかブスなのか、なんか際どい美人である。
でね、お笑い芸人さん。はっきり、あんま、面白くない。
「ド ミ ソっ!」「ソ ド ミだろっ」こういうテクである。いもだ。
これが、仮に「ミ ミ ソ ドぉーーー」いもだ。
そりゃー、ハ長調という調性で、つっこみとボケ、これは分かるけど.....。
でだ。桃子は「空気を読めないタレント」だって?
つまり、空気、調性を読めない?
ばぁーたれっ! 芸人のレベルが低過ぎっ!
桃子は、調性を理解している。
芸人「ド ミ ソっ!」桃子「シ レ ファっ!」
芸人「ソ ド ミっ!」桃子「レ ファ シ♭っ!」「ファ♯ シ レっ!」
紛れもなく、ジャズのテンションコードなのだ。
ローラもそうだけれど、日本国に、こういうネーちゃんが出現する。
素晴らしいっ!
有吉っ、負けんなよぉーーー!
KY? ざけんじぇねぇー。そうではない。桃子は天才ジャズウイメンである。
美人なのかブスなのか、なんか際どい美人である。
でね、お笑い芸人さん。はっきり、あんま、面白くない。
「ド ミ ソっ!」「ソ ド ミだろっ」こういうテクである。いもだ。
これが、仮に「ミ ミ ソ ドぉーーー」いもだ。
そりゃー、ハ長調という調性で、つっこみとボケ、これは分かるけど.....。
でだ。桃子は「空気を読めないタレント」だって?
つまり、空気、調性を読めない?
ばぁーたれっ! 芸人のレベルが低過ぎっ!
桃子は、調性を理解している。
芸人「ド ミ ソっ!」桃子「シ レ ファっ!」
芸人「ソ ド ミっ!」桃子「レ ファ シ♭っ!」「ファ♯ シ レっ!」
紛れもなく、ジャズのテンションコードなのだ。
ローラもそうだけれど、日本国に、こういうネーちゃんが出現する。
素晴らしいっ!
有吉っ、負けんなよぉーーー!
2013年9月8日日曜日
天気予報
皆さん、お早うございます。
JAZテレビ、榊原イサオです。
本日の、イルドフランス地方のお天気の模様をお伝え致します。
はい、九月七日午前八時三十七分現在の気温は、温度計が階下にあるため推定体感温度は十二度。室温は二十度。空の様相は、展望台サロンから最上階のホールへ書斎を移動致しましたため、ここからは見えません。しかし、先ほどコーヒーを飲みながら見上げました空の様相は、晴れ。水色という日本語が最も相応しいと思われる、主観的な発言をお許し頂けますようなら、大変に美しい色合いでございます。その水色が地平に向かって白に近付いて参ります。この自然のグラデーションに、わたくし、榊原はうるうるするのでございます。上空の水色の中に、まるで、刷毛でシュッシュと描いたような、なんと申すのでしょうか、勝手に刷毛雲と命名させて頂きますが、この絶妙のシュッシュ。水色のグラデーションにシュッシュ。アームストロング船長が見た地球を、内部から、わたくし、榊原は見ている。この当たり前に、再度、うるうるしたのでございます。
さて、午後のお天気は、なるようにしかなりませんので、晴れないし曇りないし雨かも知れません。しかし、わたくし、榊原の私見で恐縮でございますが、雪の可能性はないと断言しても吝かではございません。
それでは、皆さん、良い一日をお過ごし下さい。
でけた。芝刈り芝刈り。芝良太郎っ。
お庭を坊主刈りにするのだっ。大きなバリカンで。
地球の表面の一部を所有して居るのだっ。うるうる。
地球は、大切に。
JAZテレビ、榊原イサオです。
本日の、イルドフランス地方のお天気の模様をお伝え致します。
はい、九月七日午前八時三十七分現在の気温は、温度計が階下にあるため推定体感温度は十二度。室温は二十度。空の様相は、展望台サロンから最上階のホールへ書斎を移動致しましたため、ここからは見えません。しかし、先ほどコーヒーを飲みながら見上げました空の様相は、晴れ。水色という日本語が最も相応しいと思われる、主観的な発言をお許し頂けますようなら、大変に美しい色合いでございます。その水色が地平に向かって白に近付いて参ります。この自然のグラデーションに、わたくし、榊原はうるうるするのでございます。上空の水色の中に、まるで、刷毛でシュッシュと描いたような、なんと申すのでしょうか、勝手に刷毛雲と命名させて頂きますが、この絶妙のシュッシュ。水色のグラデーションにシュッシュ。アームストロング船長が見た地球を、内部から、わたくし、榊原は見ている。この当たり前に、再度、うるうるしたのでございます。
さて、午後のお天気は、なるようにしかなりませんので、晴れないし曇りないし雨かも知れません。しかし、わたくし、榊原の私見で恐縮でございますが、雪の可能性はないと断言しても吝かではございません。
それでは、皆さん、良い一日をお過ごし下さい。
でけた。芝刈り芝刈り。芝良太郎っ。
お庭を坊主刈りにするのだっ。大きなバリカンで。
地球の表面の一部を所有して居るのだっ。うるうる。
地球は、大切に。
2013年9月7日土曜日
柔らかい文体
人 それぞれ 字体がある
面識がなくても 文識でも その人は分かる
それほど 見知らぬ人のことを分かることは難しいことではない
素性?
それほど大事なことではない
ある意味 面識なんぞ いらない
そして わたしが いつも 注意深く 読んでいる? 見ているのは 文体である
わたしのように 錯乱している文体も ある それは そういう人ということである
そうではない人も いる
それは 本当に素晴らしいしその柔らかさその人がとても良く出ている
わたしわたしわたし俺俺俺自分自分自分 私たちはそういう生き物かも知れないけれど
もうひとつ 違う目線に立つと
意外と 世界はうつくしい
面識がなくても 文識でも その人は分かる
それほど 見知らぬ人のことを分かることは難しいことではない
素性?
それほど大事なことではない
ある意味 面識なんぞ いらない
そして わたしが いつも 注意深く 読んでいる? 見ているのは 文体である
わたしのように 錯乱している文体も ある それは そういう人ということである
そうではない人も いる
それは 本当に素晴らしいしその柔らかさその人がとても良く出ている
わたしわたしわたし俺俺俺自分自分自分 私たちはそういう生き物かも知れないけれど
もうひとつ 違う目線に立つと
意外と 世界はうつくしい
2013年9月6日金曜日
スーパーベースボール
本日は、往年の大スター、ケントクンタさんをお招きしての実況中継。
提供は、謹聴蚊取り線香と、明日の健康、あなたのヨクルタにてお送り致します。
「さぁーて、本日の見所は、入団一年目、五十四歳の裕伊佐夫投手の二百一勝目がなるかですが.....」
「そうですねぇー、突然現れた、スーパーマン界の新生じゃない、真性の新星ですねぇー」
「裕選手のお話ですと、わすは、突然、ある日ぃーに、スーパーマン化すたのですけど、それまでは、すがない内職すごとをしておりました。なぁーに、ズゥージャのヤノピすとを、すておりました。と、なかなかユニークな経歴の持ち主ですが、いかがですか、クンタさん」
「まぁーーー、稀に、こういう後天的スーパーマンが現れることもあるのである」
さぁーーー、裕投手、大きく振り被りましたっ、ずばっ
今のは、打ち気を誘うスローカーブですかねぇー あっ、球速3282kmと表示
うな、球種を聞かれてもねぇー、見えねぇーーーって
バッター、ロイチ選手。さぁーーー、いかがでしょう
さぁーーー、二球目。ずばっ
三球目、ずばっ。おぉぉぉぉぉぉとぉ、オットセイ。ボールでした。球速53803km
さぁーーー、ロイチ選手、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉとぉ、頓馬の構え。おっとぉーーーボール
二二のカウントになりましたぁー
さぁーーー、裕投手、大きく振り被り、りゃ? 球はどこでしょうか? りゃ、超絶日本プロ野球界前代未聞の超スローボールぅーーーーーーーーーーーーーーーー。キャッチャーミットへの到着は、明日の午後、三時十二分との表示が出て参りましたぁーーー。では、本日の中継を終了致しますが、スローボールの映像は、本日、午後十一時までお送り致しますっ。
続けようかなぁー? ねぇ、マミちゃん、どう思う? うざぁ。
提供は、謹聴蚊取り線香と、明日の健康、あなたのヨクルタにてお送り致します。
「さぁーて、本日の見所は、入団一年目、五十四歳の裕伊佐夫投手の二百一勝目がなるかですが.....」
「そうですねぇー、突然現れた、スーパーマン界の新生じゃない、真性の新星ですねぇー」
「裕選手のお話ですと、わすは、突然、ある日ぃーに、スーパーマン化すたのですけど、それまでは、すがない内職すごとをしておりました。なぁーに、ズゥージャのヤノピすとを、すておりました。と、なかなかユニークな経歴の持ち主ですが、いかがですか、クンタさん」
「まぁーーー、稀に、こういう後天的スーパーマンが現れることもあるのである」
さぁーーー、裕投手、大きく振り被りましたっ、ずばっ
今のは、打ち気を誘うスローカーブですかねぇー あっ、球速3282kmと表示
うな、球種を聞かれてもねぇー、見えねぇーーーって
バッター、ロイチ選手。さぁーーー、いかがでしょう
さぁーーー、二球目。ずばっ
三球目、ずばっ。おぉぉぉぉぉぉとぉ、オットセイ。ボールでした。球速53803km
さぁーーー、ロイチ選手、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉとぉ、頓馬の構え。おっとぉーーーボール
二二のカウントになりましたぁー
さぁーーー、裕投手、大きく振り被り、りゃ? 球はどこでしょうか? りゃ、超絶日本プロ野球界前代未聞の超スローボールぅーーーーーーーーーーーーーーーー。キャッチャーミットへの到着は、明日の午後、三時十二分との表示が出て参りましたぁーーー。では、本日の中継を終了致しますが、スローボールの映像は、本日、午後十一時までお送り致しますっ。
続けようかなぁー? ねぇ、マミちゃん、どう思う? うざぁ。
2013年9月5日木曜日
ブログじつはぼくの爆脳雑記
久保はつじ兄貴のブログについて、文芸評論家みたいな文体で記事を書いてみた。
読み返してみたら、なんだか妙に堅苦しくて、私の本意が伝わらない感じがしたので、肩の力を抜いて再度書くことにした。勝手に、馴れ馴れしくも師匠を兄貴と呼んでしまっている。ご容赦のほどを.....。私のお気に入りブロガーさんのブログ批評ではなくて、オマージュを書いてみようかなどと、思っているのですが、なんか、私のブログ、この怪しげな三文芸人のブログで、それを行うとご迷惑になるような気がするので、よすことにした。たとえば、それによって閲覧数がどばぁーと増えるとかのメリットがあり、なんらかのお役に立つのであればよいのですが、そうは思えない。なんか、怪しげな三文芸人ブログで紹介された、なんてマイナスになってしまうのも本意ではない。それで、兄貴のみにする。
「オマージュ1」多面体ブログ。漫画、音楽、文学と変幻自在。お笑い、涙、マジ、高尚考証口承哄笑高唱と、同じ音が変幻自在に変化する。非常にジャズ的なのである。これは、兄貴の豊穣土壌蓄積文学マグマの活断層による生き様と自由脳からの流出なのである。「薬缶象」の漫画、思い出すたびに、くくくくくぅーーーと笑ってしまう。「球体に表裏はない」。仰け反った。「日光は、過去からの光り」。うるうるしながら仰け反った。日毎、拝読させて頂き、時に、バカボンパパ目、逮捕逮捕のおまわりさん目、星飛馬目、へたっと床に座り込み鼻水、そのままべズリー目などと、読み手である私自身の様相も、目まぐるしく変化しているのである。
「オマージュ2」あまり、日記的な記事が出てこない。逆に、ブログ的ではない。この逆様普遍的文学創作SF的科学目線抽象高尚ブログである。一度、兄貴の脳を輪切りにしてみたら、この多面脳の医学的な解明ができるのではないかと推測する。ないしは、恐ろしい形状、私が自ら作り出した言葉、空脳だったりしてぇーーー。その時は、執刀医がマスクの下で鼻水を垂らし、メスを持ったまま手術室にへたり込む姿が目に浮かぶ。ぎょ、裕と一緒だ。You know? なんて、駄洒落で誤魔化す以外に方途がないであろう。
「オマージュ3」兄貴の人生の軌跡を記事から推測する。実に、ユニークである。そうはいない。世界を旅し、日本国を一度、外目で確認し、そして、諸々の文学的な葛藤があったことを存じている。私のそれは、兄貴ほど劇的ではないけれど、少し、似ている部分が多々ある。この外目は日常になっているし、この葛藤もあるのである。「酔った勢いでブログを書いてみた」、この記事タイトルに吸い寄せられ、複数の記事を貪り読み、顔面、笑いながら泣いて鼻水でぐちょぐちょ。だから、愚著。冗談。時より書かれる若い時分のお話。私は、和服に着替え、和室のど真ん中の座布団の上に正座し、パソコンを三回回してお辞儀をしてから拝読しているのである。現在は、東京の某所の球体豪邸にお住まいになられ、広大なお庭の竹薮と戦っておられる。
「僕、なんかにぃー(尻下がり)、日常にぃーーー(尻下がり)、埋没しちゃったかちら? でも、それはそれで、心地いいのぉー(尻上がり)」
なんと率直なお言葉ぁー!
わたくしも、同感なのである。ぐさっ!
えーーー、ちょいと、はっつぁん、そこのなに、へめらも、とってくれぇー
へぇ、なにね、ちょいと、いさこうのやろうがな、なんかおれのことを記事にするってぇーーーから
うぐうぐ(酒を飲む仕草)、もう、おやすみなちゃいぃーーー
追記
どこかの出版社、書籍化してクレヨン(コピーライト、町田康)。
俺、全冊買うからさぁー、ね。芸能人の自叙伝は、後回しで、いいんじゃないのって!
でけた。夏休みの宿題。二年二組。裕イサオ。
読み返してみたら、なんだか妙に堅苦しくて、私の本意が伝わらない感じがしたので、肩の力を抜いて再度書くことにした。勝手に、馴れ馴れしくも師匠を兄貴と呼んでしまっている。ご容赦のほどを.....。私のお気に入りブロガーさんのブログ批評ではなくて、オマージュを書いてみようかなどと、思っているのですが、なんか、私のブログ、この怪しげな三文芸人のブログで、それを行うとご迷惑になるような気がするので、よすことにした。たとえば、それによって閲覧数がどばぁーと増えるとかのメリットがあり、なんらかのお役に立つのであればよいのですが、そうは思えない。なんか、怪しげな三文芸人ブログで紹介された、なんてマイナスになってしまうのも本意ではない。それで、兄貴のみにする。
「オマージュ1」多面体ブログ。漫画、音楽、文学と変幻自在。お笑い、涙、マジ、高尚考証口承哄笑高唱と、同じ音が変幻自在に変化する。非常にジャズ的なのである。これは、兄貴の豊穣土壌蓄積文学マグマの活断層による生き様と自由脳からの流出なのである。「薬缶象」の漫画、思い出すたびに、くくくくくぅーーーと笑ってしまう。「球体に表裏はない」。仰け反った。「日光は、過去からの光り」。うるうるしながら仰け反った。日毎、拝読させて頂き、時に、バカボンパパ目、逮捕逮捕のおまわりさん目、星飛馬目、へたっと床に座り込み鼻水、そのままべズリー目などと、読み手である私自身の様相も、目まぐるしく変化しているのである。
「オマージュ2」あまり、日記的な記事が出てこない。逆に、ブログ的ではない。この逆様普遍的文学創作SF的科学目線抽象高尚ブログである。一度、兄貴の脳を輪切りにしてみたら、この多面脳の医学的な解明ができるのではないかと推測する。ないしは、恐ろしい形状、私が自ら作り出した言葉、空脳だったりしてぇーーー。その時は、執刀医がマスクの下で鼻水を垂らし、メスを持ったまま手術室にへたり込む姿が目に浮かぶ。ぎょ、裕と一緒だ。You know? なんて、駄洒落で誤魔化す以外に方途がないであろう。
「オマージュ3」兄貴の人生の軌跡を記事から推測する。実に、ユニークである。そうはいない。世界を旅し、日本国を一度、外目で確認し、そして、諸々の文学的な葛藤があったことを存じている。私のそれは、兄貴ほど劇的ではないけれど、少し、似ている部分が多々ある。この外目は日常になっているし、この葛藤もあるのである。「酔った勢いでブログを書いてみた」、この記事タイトルに吸い寄せられ、複数の記事を貪り読み、顔面、笑いながら泣いて鼻水でぐちょぐちょ。だから、愚著。冗談。時より書かれる若い時分のお話。私は、和服に着替え、和室のど真ん中の座布団の上に正座し、パソコンを三回回してお辞儀をしてから拝読しているのである。現在は、東京の某所の球体豪邸にお住まいになられ、広大なお庭の竹薮と戦っておられる。
「僕、なんかにぃー(尻下がり)、日常にぃーーー(尻下がり)、埋没しちゃったかちら? でも、それはそれで、心地いいのぉー(尻上がり)」
なんと率直なお言葉ぁー!
わたくしも、同感なのである。ぐさっ!
えーーー、ちょいと、はっつぁん、そこのなに、へめらも、とってくれぇー
へぇ、なにね、ちょいと、いさこうのやろうがな、なんかおれのことを記事にするってぇーーーから
うぐうぐ(酒を飲む仕草)、もう、おやすみなちゃいぃーーー
追記
どこかの出版社、書籍化してクレヨン(コピーライト、町田康)。
俺、全冊買うからさぁー、ね。芸能人の自叙伝は、後回しで、いいんじゃないのって!
でけた。夏休みの宿題。二年二組。裕イサオ。
2013年9月4日水曜日
石川はつぼく藩
「なんじゃと、石川が攻めてくると?」
「はっ、なにぶん、こういうご時勢、読者数の少なさを競い敗れ申した、はつぼくの兄貴が、攻めてくると」
「マミちゃんを呼べっ」
うぐぐぐ、僕、描写したいんだけど.....。
作者、急にインテリ顔。わたくしの自宅の近所に、リビエドリラダンの住んでいた町があるのですが、ご存知の方はご存知の通りで、ピグマリオン、つまり、アンドロイドを初めて小説化したわけですけど、「未来のイブ」という小説です。詳しくは、筒井康隆大先生へお問い合わせ下さいまし。筒井先生のパロディー、すげぇーーー。
「ねえ、マミちゃん、どうしよう?」
「殿、それは、近親憎悪とフロイトが申しておる次第にございまする」
「風呂と意図、難しい脳ぉー。して、マミちゃんの、心の準備は?」
「殿、なんの準備でございますか?」
「うっふふふふふふふふふふ、それ、なに、まぁーーー、その、園まり子だよ」
「えっ」
「殿、石川の軍勢が.....」
「ちょっと、タンマ、今、僕、トマト、取ってんだもぉーーーん」
追記
いつまでも、師匠をネタに使っていると叱られてしまうので、「ブログじつはぼくの爆脳雑記」という師匠へのオマージュ記事を書いた。明日、アップ致しますので、皆さん、紋付き袴、晴れ着姿で、パソコンの前に正座してお待ち下さい。
次の 停車駅は 辟易 辟易ぃーーー
網棚のお子さん、奥さん、お忘れ物の ないよぉーにぃーーー
次は 辟易 辟易ぃーーー に 停車 いたしまぁーーーす
ご愛読 誠にぃーーー ありがとうございまぁーーーす
次は 辟易 辟易ぃーーー
いい加減に白っ! バァーろぉーーー!
「はっ、なにぶん、こういうご時勢、読者数の少なさを競い敗れ申した、はつぼくの兄貴が、攻めてくると」
「マミちゃんを呼べっ」
うぐぐぐ、僕、描写したいんだけど.....。
作者、急にインテリ顔。わたくしの自宅の近所に、リビエドリラダンの住んでいた町があるのですが、ご存知の方はご存知の通りで、ピグマリオン、つまり、アンドロイドを初めて小説化したわけですけど、「未来のイブ」という小説です。詳しくは、筒井康隆大先生へお問い合わせ下さいまし。筒井先生のパロディー、すげぇーーー。
「ねえ、マミちゃん、どうしよう?」
「殿、それは、近親憎悪とフロイトが申しておる次第にございまする」
「風呂と意図、難しい脳ぉー。して、マミちゃんの、心の準備は?」
「殿、なんの準備でございますか?」
「うっふふふふふふふふふふ、それ、なに、まぁーーー、その、園まり子だよ」
「えっ」
「殿、石川の軍勢が.....」
「ちょっと、タンマ、今、僕、トマト、取ってんだもぉーーーん」
追記
いつまでも、師匠をネタに使っていると叱られてしまうので、「ブログじつはぼくの爆脳雑記」という師匠へのオマージュ記事を書いた。明日、アップ致しますので、皆さん、紋付き袴、晴れ着姿で、パソコンの前に正座してお待ち下さい。
次の 停車駅は 辟易 辟易ぃーーー
網棚のお子さん、奥さん、お忘れ物の ないよぉーにぃーーー
次は 辟易 辟易ぃーーー に 停車 いたしまぁーーーす
ご愛読 誠にぃーーー ありがとうございまぁーーーす
次は 辟易 辟易ぃーーー
いい加減に白っ! バァーろぉーーー!
2013年9月3日火曜日
孔雀の羽
ブログの下書きが一杯パソコンに溜まっているというのに、これを書き出してしまった。
もう、一挙に五編とかアップしちゃおうかしら? 五分前まで、ふむ、更新率をもう少しお淑やかな感じにと思っていたのに、結局、これを書いている。
ところで、欲望という名の電車である我々には、諸々の欲望があるけれど、男どもの欲望の中枢は性欲。ある意味、その他は、これから派生しているともいえる。繁殖力。竹内久美子さんの著作に親しんだ方も多いと思う。女性の思考回路、欲望回路は、私は、まったくもって想像ができないので、この男どもに限定させて頂く。
性欲=いいメスのゲット
で、そのために金持ちになる=金銭欲。そのために有名になる=名声欲。繁殖力のキープ=食欲。等々。
いろんな羽の柄を考える。複数の柄が混じっているオスも多い。で、ジャズ屋がゲイジュツ家なのかは分からないのだけれど、このゲイジュツ家の人々は、名声欲の塊系が多い。確かに、ゲイジュツ家、ミュージッシャン、こういう職種は無名では意味がないし、商売として成り立たない。だから、当然、有名の方にベクトルが行く。でも、ゲイジュツ家の名声欲と有名欲は、微妙に違う。有名になりたいのではなく、一角の人物としての名声を得たいのであって、ある意味、知る人ぞ知るなんていう方が、格好いいのである。その有名の質が問題なわけである。
と、ゲイジュツ家の人々は、少し、ややこしい。昔、ユリイカか現代詩手帳で、高名な詩人がネガティブな批評を受けて、あまりの怒りのため、三日間布団から出れなかった話を読んだ。この怒りのエネルギーの凄いことっ!
と、なんじゃらかんじゃらいっても、ゲイジュツも孔雀の羽の一種であることは同じ。
ゲイジュツは性欲の爆発なのである。ということは、私がピアノを弾く、本来的な、その根幹にあるものは、ネーちゃん方にもてたい。ゲットしたい。という結論が導かれる。
とはいえ、性欲は無尽蔵ではないし、永久でもないから、当然、衰える。
羽自体がなくなってしまった。広げる力がない。柄がなくなっちゃったぁー。羽が萎れている。穴だらけになっている。こんなもん、広げてどうすんのぉー、となる。
そうすると、ピアノを弾く、その原動力であった性欲がないのに、その本来の目的、主旨がないのに、ピアノの演奏だけが残る。りゃ? うじゃ、なぜに弾くの、という問題が発生する。仕事だからしぶしぶ弾いている。これは、多分、あんまないだろう。辛過ぎる。
考えてみたら、人前で、是非是非、お聞かせ致したいという欲望。自己顕示欲みたいのは、あんまない。まぁー、お話があればねぇーという感じ。おネーちゃんにもてたくないの? もてたいけど、まぁー、お話があればねぇー。ゲットしたくないの、まぁー、そういう状況になればねぇーと、積極性はまるでない。受身老人。うじゃ、なぜに、ちみはピアノを弾くのか?
なんか、ほとんど、自分のためになって来ている。自分の中の未知数を探って楽しんでいる。長い人生の暇潰し。あと、なんか祈りに近付いてんのかしら? なにを祈っているのか?
ジャズピアニスト、ビルエバンスが作った曲のひとつにエピローグという、涙なしには弾けない美しい曲がある。難しい曲ではない。音数も最小限。一応、私は弾けるのだけれど、コンサート等では弾かない。なんかねぇー、この曲弾くと、弾き終わったらピアノの上で腹上死するような恐怖が、ちょっと、過るのです。
性欲なきピアニストの最期に相応し過ぎっ。でしょ?
もう、一挙に五編とかアップしちゃおうかしら? 五分前まで、ふむ、更新率をもう少しお淑やかな感じにと思っていたのに、結局、これを書いている。
ところで、欲望という名の電車である我々には、諸々の欲望があるけれど、男どもの欲望の中枢は性欲。ある意味、その他は、これから派生しているともいえる。繁殖力。竹内久美子さんの著作に親しんだ方も多いと思う。女性の思考回路、欲望回路は、私は、まったくもって想像ができないので、この男どもに限定させて頂く。
性欲=いいメスのゲット
で、そのために金持ちになる=金銭欲。そのために有名になる=名声欲。繁殖力のキープ=食欲。等々。
いろんな羽の柄を考える。複数の柄が混じっているオスも多い。で、ジャズ屋がゲイジュツ家なのかは分からないのだけれど、このゲイジュツ家の人々は、名声欲の塊系が多い。確かに、ゲイジュツ家、ミュージッシャン、こういう職種は無名では意味がないし、商売として成り立たない。だから、当然、有名の方にベクトルが行く。でも、ゲイジュツ家の名声欲と有名欲は、微妙に違う。有名になりたいのではなく、一角の人物としての名声を得たいのであって、ある意味、知る人ぞ知るなんていう方が、格好いいのである。その有名の質が問題なわけである。
と、ゲイジュツ家の人々は、少し、ややこしい。昔、ユリイカか現代詩手帳で、高名な詩人がネガティブな批評を受けて、あまりの怒りのため、三日間布団から出れなかった話を読んだ。この怒りのエネルギーの凄いことっ!
と、なんじゃらかんじゃらいっても、ゲイジュツも孔雀の羽の一種であることは同じ。
ゲイジュツは性欲の爆発なのである。ということは、私がピアノを弾く、本来的な、その根幹にあるものは、ネーちゃん方にもてたい。ゲットしたい。という結論が導かれる。
とはいえ、性欲は無尽蔵ではないし、永久でもないから、当然、衰える。
羽自体がなくなってしまった。広げる力がない。柄がなくなっちゃったぁー。羽が萎れている。穴だらけになっている。こんなもん、広げてどうすんのぉー、となる。
そうすると、ピアノを弾く、その原動力であった性欲がないのに、その本来の目的、主旨がないのに、ピアノの演奏だけが残る。りゃ? うじゃ、なぜに弾くの、という問題が発生する。仕事だからしぶしぶ弾いている。これは、多分、あんまないだろう。辛過ぎる。
考えてみたら、人前で、是非是非、お聞かせ致したいという欲望。自己顕示欲みたいのは、あんまない。まぁー、お話があればねぇーという感じ。おネーちゃんにもてたくないの? もてたいけど、まぁー、お話があればねぇー。ゲットしたくないの、まぁー、そういう状況になればねぇーと、積極性はまるでない。受身老人。うじゃ、なぜに、ちみはピアノを弾くのか?
なんか、ほとんど、自分のためになって来ている。自分の中の未知数を探って楽しんでいる。長い人生の暇潰し。あと、なんか祈りに近付いてんのかしら? なにを祈っているのか?
ジャズピアニスト、ビルエバンスが作った曲のひとつにエピローグという、涙なしには弾けない美しい曲がある。難しい曲ではない。音数も最小限。一応、私は弾けるのだけれど、コンサート等では弾かない。なんかねぇー、この曲弾くと、弾き終わったらピアノの上で腹上死するような恐怖が、ちょっと、過るのです。
性欲なきピアニストの最期に相応し過ぎっ。でしょ?
2013年9月2日月曜日
はぁーーーい ラーロだよぉーーーん
はぁーーーい、久保(じつはぼくの爆脳雑記)君のブログ、おもしろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉい。
だって、漫画あり、音楽ありで、時々、すごぉーーーく、高尚なの。
こんなのなぁーーーい。裕君のブログ、さいきぃーーーん、つまんなぁーーーい。
でも、久保君と裕君が、さいきぃーーーん、コラボしてるの。
これっ、とっても、おもしろぉーーーーーーーーーーい。ウフフ。
ふたりとも、とぉーーーーーても、馬鹿なのぉーーー、ウフフ。
司会 赤島さんま
「ところでぇー、ラーロは、読んだん、ふたりのブログ?」
ラーロ
「読んでぇなぁぁーーーーーーーーーい」
だって、漫画あり、音楽ありで、時々、すごぉーーーく、高尚なの。
こんなのなぁーーーい。裕君のブログ、さいきぃーーーん、つまんなぁーーーい。
でも、久保君と裕君が、さいきぃーーーん、コラボしてるの。
これっ、とっても、おもしろぉーーーーーーーーーーい。ウフフ。
ふたりとも、とぉーーーーーても、馬鹿なのぉーーー、ウフフ。
司会 赤島さんま
「ところでぇー、ラーロは、読んだん、ふたりのブログ?」
ラーロ
「読んでぇなぁぁーーーーーーーーーい」
2013年9月1日日曜日
心のチューニング
一瞬、いつものはなもげら体質で、ろここのチューインガムと書きそうになったけど、止めた。
パソコンの中に、記事が溜まっている。なんか、また、ブログ熱が再発。とりあえず、保存した。まじめにブログ評論を書いてみた。それから架空の馬鹿物語。とりあえず、保存した。
ところで、物事には両極がある。私が、今更、偉そうに書く必要は当然なく周知のことである。
善悪 表と裏 白と黒 上と下 利巧と馬鹿 とか、なんでもいい。
ところで、私は有吉弘行さんの大ファンなんだけれど、最近のテレビ番組をユーチューブで沢山見た。私の話方が、彼のそれに似ていることに気が付いた。
私は、比較的、善良の方のはず。見てくれも、あまり悪い人には見えない、はず。
人のお話も、比較的、聞く方の、はず。あまり、人の悪口も言わないような気がしている。
比較的、謙虚の、はず。裕さんって、良い人よねぇーという方も、比較的、多い、はず。
でも、よぉーーーく考えると、善人面がうぜぇー。謙虚振りやがってっ、ニャローなどと、私を嫌っている方も、結構、多いのかも知れん。うん、私は、ニコニコしながら、毒舌を吐く気がある。かなり相手にとってはきつい発言を冗談口調で言う。うん、昔、課長している頃、社内の私の標語は、「悪口は、本人がいる時、本人の前で、大きな声でやるようにっ!」で、課長自ら実践していた。そして、りゃりゃーーー、いろんな渾名を付けた。私自身、素晴らしい上司だと思っていたけど、よぉーーーく考えると、うぜぇーーーと部下全員が思っていたのかも知れない。「どうせ、仕事なんか面白くねぇーーーから、業務連絡は、卑猥な単語で行うこと。ただし、パワハラ、セクハラ等には抵触しないように、おじさん駄洒落は、出来る限り避けるように」。これが課長命令だったのだ。
でね、まあ、ラジオのチューナーを頭に浮かべて頂くとお分かりになる通り。
左側が悪、右が善。まあ、多少、右寄り辺りにチューニングはしているつもりなんだけど、時々、心の針が、左側にぐぅーーーんと行ったりする時もある。凄く善良な悪人さんって、実際に、いると思うんだけど.....。
あっ、そうそう、五十代になる前、同業者のピアノを聴くと、ぼろくそ言っていたのだ。
最近、大人になったみたいで、そいつの良い所を聴くようになった。そうしたら、自分の力量自体が良く見えるようになった。でも、演奏のパワーはダウンした。分別ジャズになった。
っても、若と老のチューニングも、大分、右側に針が来ているわけね。
パソコンの中に、記事が溜まっている。なんか、また、ブログ熱が再発。とりあえず、保存した。まじめにブログ評論を書いてみた。それから架空の馬鹿物語。とりあえず、保存した。
ところで、物事には両極がある。私が、今更、偉そうに書く必要は当然なく周知のことである。
善悪 表と裏 白と黒 上と下 利巧と馬鹿 とか、なんでもいい。
ところで、私は有吉弘行さんの大ファンなんだけれど、最近のテレビ番組をユーチューブで沢山見た。私の話方が、彼のそれに似ていることに気が付いた。
私は、比較的、善良の方のはず。見てくれも、あまり悪い人には見えない、はず。
人のお話も、比較的、聞く方の、はず。あまり、人の悪口も言わないような気がしている。
比較的、謙虚の、はず。裕さんって、良い人よねぇーという方も、比較的、多い、はず。
でも、よぉーーーく考えると、善人面がうぜぇー。謙虚振りやがってっ、ニャローなどと、私を嫌っている方も、結構、多いのかも知れん。うん、私は、ニコニコしながら、毒舌を吐く気がある。かなり相手にとってはきつい発言を冗談口調で言う。うん、昔、課長している頃、社内の私の標語は、「悪口は、本人がいる時、本人の前で、大きな声でやるようにっ!」で、課長自ら実践していた。そして、りゃりゃーーー、いろんな渾名を付けた。私自身、素晴らしい上司だと思っていたけど、よぉーーーく考えると、うぜぇーーーと部下全員が思っていたのかも知れない。「どうせ、仕事なんか面白くねぇーーーから、業務連絡は、卑猥な単語で行うこと。ただし、パワハラ、セクハラ等には抵触しないように、おじさん駄洒落は、出来る限り避けるように」。これが課長命令だったのだ。
でね、まあ、ラジオのチューナーを頭に浮かべて頂くとお分かりになる通り。
左側が悪、右が善。まあ、多少、右寄り辺りにチューニングはしているつもりなんだけど、時々、心の針が、左側にぐぅーーーんと行ったりする時もある。凄く善良な悪人さんって、実際に、いると思うんだけど.....。
あっ、そうそう、五十代になる前、同業者のピアノを聴くと、ぼろくそ言っていたのだ。
最近、大人になったみたいで、そいつの良い所を聴くようになった。そうしたら、自分の力量自体が良く見えるようになった。でも、演奏のパワーはダウンした。分別ジャズになった。
っても、若と老のチューニングも、大分、右側に針が来ているわけね。
2013年8月31日土曜日
私は裕イサオのブログを読まない
わたくし、ブログ評論家の石頭哲夫と申すもの。なぜ、裕君のブログを、わたくしは読まないのか、以下、列記致そう。
「サムネイル」元美術家のせいであろう、ハレーションを使った目立つ色彩。目に留まろうという意図が見え見えである。わたくしは、こういう意図を好ましいとは思わん。しかも、いかにもちゃらけた鼻眼鏡を付け加えている。逆にナルシシズムが、それにより如実に出てはいまいか? ナルシスパラドクサル裏自信であり、わたくしは、このような人格を否定する者である。
「ブログ総タイトル」ピアノは私だ。これは、著名なピアニストが付けるべきタイトルであり、裕ごときの三文芸人のブログタイトルとしては、けしからんと申し上げたい。一流の、活躍しているピアニストという印象を、嫌でも醸し出している。トロンプルイユである。わたくしは、騙されん。
「ブログの説明文」非常に分かり難い腰帯であるが、ここに裕はふたつのブランドを忍び込ませている。ユーチューブとパリである。あたかも、パリの一線で活躍しているピアニストのブログであるように見せ掛けているのである。こんなものに、わたくしは騙されん。
「各記事タイトル」へめれけ、ろれらり、まとと、などと、所謂、業界用語を多用する。所謂、業界人気取りの三文芸人に非常に多いのである。たとえば、へめれけという記事タイトル。これでは、まったく記事内容を想定することが出来ない。我々は、忙しい合間を縫ってブログ閲覧を行っているわけであり、この裕の思わせ振りな、業界人気取りのタイトルは、読者無視の自己中的ものであると断言するのである。
「記事内容」業界用語の多用。訳の分からないはなもげら言語実験。合間に著名な作家名を羅列する。あたかも、博識、インテリであるかのごとき錯覚を読者へ与える。これは、無内容を隠蔽するための姑息なペダントリーである。と、わたくしは申し上げる次第である。
「総括」まず、この姑息なナルシスペダンティックパラドクサル裏自信家である裕のブログなど、読まないという行為こそが、正しいのである。内容がない、つまり、世界観がない、自身の意見がない。心のスイス人などと、本人はうそぶいて居るが、単なるパープリンなのである。あやつは。ナルシスペダンティックパラドクサル糞馬鹿ブロガーと命名する次第である。この世界観の中点がない。意見がない。彼の立ち位置が分からない。おまけに、こやつには他人を批評、批判、酷評するという真の人間らしい行為が、根底から欠けているのである。人畜無害の精神の家畜であり、愛がねぇー、愛がと、クローズゼロの台詞を引用したいと思う。すべての人、事象に対して、いいんじゃないと、この空脳ぶりが、わたくしは許せないのである。あやつは、人間ではないのである。マルセルデュシャンの教え、つまり、無関心の自由であるなとど、ほざいて居る、あやつはっ!
わたくし、石頭哲夫は、毎朝、裕の愚ブログを読み、苛立ちを禁じえないのである。
怒りで打ち震える手が、ついつい、ランキングバナーをクリックしてしまう。
石頭先生、裕イサオって、仮の名前ですよぉー。バカデネーカー007という新種のロボットですよ、あれは.....。
「サムネイル」元美術家のせいであろう、ハレーションを使った目立つ色彩。目に留まろうという意図が見え見えである。わたくしは、こういう意図を好ましいとは思わん。しかも、いかにもちゃらけた鼻眼鏡を付け加えている。逆にナルシシズムが、それにより如実に出てはいまいか? ナルシスパラドクサル裏自信であり、わたくしは、このような人格を否定する者である。
「ブログ総タイトル」ピアノは私だ。これは、著名なピアニストが付けるべきタイトルであり、裕ごときの三文芸人のブログタイトルとしては、けしからんと申し上げたい。一流の、活躍しているピアニストという印象を、嫌でも醸し出している。トロンプルイユである。わたくしは、騙されん。
「ブログの説明文」非常に分かり難い腰帯であるが、ここに裕はふたつのブランドを忍び込ませている。ユーチューブとパリである。あたかも、パリの一線で活躍しているピアニストのブログであるように見せ掛けているのである。こんなものに、わたくしは騙されん。
「各記事タイトル」へめれけ、ろれらり、まとと、などと、所謂、業界用語を多用する。所謂、業界人気取りの三文芸人に非常に多いのである。たとえば、へめれけという記事タイトル。これでは、まったく記事内容を想定することが出来ない。我々は、忙しい合間を縫ってブログ閲覧を行っているわけであり、この裕の思わせ振りな、業界人気取りのタイトルは、読者無視の自己中的ものであると断言するのである。
「記事内容」業界用語の多用。訳の分からないはなもげら言語実験。合間に著名な作家名を羅列する。あたかも、博識、インテリであるかのごとき錯覚を読者へ与える。これは、無内容を隠蔽するための姑息なペダントリーである。と、わたくしは申し上げる次第である。
「総括」まず、この姑息なナルシスペダンティックパラドクサル裏自信家である裕のブログなど、読まないという行為こそが、正しいのである。内容がない、つまり、世界観がない、自身の意見がない。心のスイス人などと、本人はうそぶいて居るが、単なるパープリンなのである。あやつは。ナルシスペダンティックパラドクサル糞馬鹿ブロガーと命名する次第である。この世界観の中点がない。意見がない。彼の立ち位置が分からない。おまけに、こやつには他人を批評、批判、酷評するという真の人間らしい行為が、根底から欠けているのである。人畜無害の精神の家畜であり、愛がねぇー、愛がと、クローズゼロの台詞を引用したいと思う。すべての人、事象に対して、いいんじゃないと、この空脳ぶりが、わたくしは許せないのである。あやつは、人間ではないのである。マルセルデュシャンの教え、つまり、無関心の自由であるなとど、ほざいて居る、あやつはっ!
わたくし、石頭哲夫は、毎朝、裕の愚ブログを読み、苛立ちを禁じえないのである。
怒りで打ち震える手が、ついつい、ランキングバナーをクリックしてしまう。
石頭先生、裕イサオって、仮の名前ですよぉー。バカデネーカー007という新種のロボットですよ、あれは.....。
2013年8月30日金曜日
どうして私のブログは読まれないのか
とうとう、閲覧数5という記事が出てしまった。
両手両足の指の数ぐらいだったのが、片手になった。
今日で、ブログを初めて、十一ヶ月半ぐらいで、日本に行っていた三週間の休筆を除いて、ほぼ、毎日書いている結果が、5。ふむ、やはり、腕組みをする。げほげほと咳をしてみる。空を見上げる。星飛馬目になる。だんだん、バカボンパパ目になる。
いつだったかしら、閲覧数48という記事があって、「いやぁーーー、一クラスの人数を超えると怖い」と記事に書いた。私の時代、小中高の一クラスの生徒数は、42から45。この数を超えると、それぞれの顔が見えなくなる。それが恐ろしい。
で、どうして私のブログは読まれないのか? 分析の必要なんてなくて、つまらない、ということである。あと、タイトルが分かり難い。内容と呼応していない。なんてこともあるのはあろうが、私の興味、その内容等々が、私以外の方々の琴線に触れない。
と、考えてみても、私の興味は変わらないから、そうなると接点がなくなってしまう。
あっ、そうかぁーーー、だから、私は永遠のアングラ芸人なわけだっ!
日の目を見ない。うるうる。吸血鬼じゃんかよぉー。
と、書いても、これを読んでくれている方は、読んでいる方々だから、読んでくれない方々へのメッセージを仮に書いても、白ヤギさんと黒ヤギさん。白山羊徹夫に改名しようかしら?
閲覧数5に該当する読者様、深々とお辞儀です。
両手両足の指の数ぐらいだったのが、片手になった。
今日で、ブログを初めて、十一ヶ月半ぐらいで、日本に行っていた三週間の休筆を除いて、ほぼ、毎日書いている結果が、5。ふむ、やはり、腕組みをする。げほげほと咳をしてみる。空を見上げる。星飛馬目になる。だんだん、バカボンパパ目になる。
いつだったかしら、閲覧数48という記事があって、「いやぁーーー、一クラスの人数を超えると怖い」と記事に書いた。私の時代、小中高の一クラスの生徒数は、42から45。この数を超えると、それぞれの顔が見えなくなる。それが恐ろしい。
で、どうして私のブログは読まれないのか? 分析の必要なんてなくて、つまらない、ということである。あと、タイトルが分かり難い。内容と呼応していない。なんてこともあるのはあろうが、私の興味、その内容等々が、私以外の方々の琴線に触れない。
と、考えてみても、私の興味は変わらないから、そうなると接点がなくなってしまう。
あっ、そうかぁーーー、だから、私は永遠のアングラ芸人なわけだっ!
日の目を見ない。うるうる。吸血鬼じゃんかよぉー。
と、書いても、これを読んでくれている方は、読んでいる方々だから、読んでくれない方々へのメッセージを仮に書いても、白ヤギさんと黒ヤギさん。白山羊徹夫に改名しようかしら?
閲覧数5に該当する読者様、深々とお辞儀です。
2013年8月29日木曜日
どこかで見た風景
フランス語のデジャブゥ。どこかで一度見た。
ちょっとニュアンスが違うけれど、日本語の原風景。
でも、私が、改めて感銘を受けた大聖堂は、そのどちらでもない。
でも、どこかで「同じ印象」を受けた記憶を昨日から辿ってみた。
脳内のキーワードに「岩山」があった。そう、グルノーブルの岩山。断崖絶壁の岩山。垂直の巨大なもの。裾野がない。
その絶壁の「足元に」、家々が建っていた。
「蟻のように小さい家」が。もちろん、相対的な印象である。
因みに、その大聖堂を建立したのは、「蟻のように小さい家に住む蟻」、つまり、我々。
どうも、上手く書けない。私は、なにかを書きたいのである。ポジティブでもネガティブでもない、この、今、私が書いた「我々」というものを。
ただし、ブログの領域では、ない。
と、私は考えている。もし、その上手く書けない、なにか、巨大な内的なものがあるのであれば、それは、詩であり、小説。もし、文字化という意味では、と考えている。
どうして、私が、その大聖堂を見に頻繁に足を運んでいるのか?
その理由自体を、ブログに書こうとは、全く、思っていない。
そして、そういう思いが詰まっている若い世代の方々への、私なりのメッセージなのである。
私自身、その内的な巨大なものに、言葉で対峙する日が来るのか、分からないから、ピアノを弾いて、それを宥めているような風にも思える。
文章の上手い下手、論外だろう。
ブログは、助走という意味合いで、私は、大変に愛している。
とても、素敵だと思う。
追記として
日本の東大寺の天井高 28m 世界最大のゴシック大聖堂はケルンないしアミアンの大聖堂
因みに、アミアン大聖堂の天井高 42.3m ケルン大聖堂 45m そして、「私の」大聖堂48.5m 今夏に訪れたイギリスのカンタベリーに、小さな小さな世界遺産の教会がある。ハリーポッターそのままのお墓の真ん中に、小さな小さな教会。建立されたのが593年。教会の中に、お婆ちゃんが座っていた。「英国で、一番古い教会ですよ」と、私に説明してくれた。過去と未来がメビュウスの輪になっていることは、周知の通りである。
ちょっとニュアンスが違うけれど、日本語の原風景。
でも、私が、改めて感銘を受けた大聖堂は、そのどちらでもない。
でも、どこかで「同じ印象」を受けた記憶を昨日から辿ってみた。
脳内のキーワードに「岩山」があった。そう、グルノーブルの岩山。断崖絶壁の岩山。垂直の巨大なもの。裾野がない。
その絶壁の「足元に」、家々が建っていた。
「蟻のように小さい家」が。もちろん、相対的な印象である。
因みに、その大聖堂を建立したのは、「蟻のように小さい家に住む蟻」、つまり、我々。
どうも、上手く書けない。私は、なにかを書きたいのである。ポジティブでもネガティブでもない、この、今、私が書いた「我々」というものを。
ただし、ブログの領域では、ない。
と、私は考えている。もし、その上手く書けない、なにか、巨大な内的なものがあるのであれば、それは、詩であり、小説。もし、文字化という意味では、と考えている。
どうして、私が、その大聖堂を見に頻繁に足を運んでいるのか?
その理由自体を、ブログに書こうとは、全く、思っていない。
そして、そういう思いが詰まっている若い世代の方々への、私なりのメッセージなのである。
私自身、その内的な巨大なものに、言葉で対峙する日が来るのか、分からないから、ピアノを弾いて、それを宥めているような風にも思える。
文章の上手い下手、論外だろう。
ブログは、助走という意味合いで、私は、大変に愛している。
とても、素敵だと思う。
追記として
日本の東大寺の天井高 28m 世界最大のゴシック大聖堂はケルンないしアミアンの大聖堂
因みに、アミアン大聖堂の天井高 42.3m ケルン大聖堂 45m そして、「私の」大聖堂48.5m 今夏に訪れたイギリスのカンタベリーに、小さな小さな世界遺産の教会がある。ハリーポッターそのままのお墓の真ん中に、小さな小さな教会。建立されたのが593年。教会の中に、お婆ちゃんが座っていた。「英国で、一番古い教会ですよ」と、私に説明してくれた。過去と未来がメビュウスの輪になっていることは、周知の通りである。
2013年8月28日水曜日
内陣と翼廊
昨日、帰宅するなり「巨大建造物」という記事を書いた。
その大聖堂を、私は幾度となく訪ねているし、どうして、いつにない感銘を受けたのだろう。
自分で分析してみたら、その小さな町の普段はあまり行かない界隈に車を止めた。
その小さな町は、第二次世界大戦の空爆で、町の八割を破壊された。
極論してしまうと、中心の大聖堂と中世の城以外は、すべて失った町である。
戦後の復興で、ヨーロッパの町らしく、すべての建物の高さが統一された現在の町並みが現出している。
町全体が、それ程高くはない、建物で統一されているから、横から見てみれば、一種の平面のように見えるはずである。その平面の真ん中に、未完の大聖堂が「聳えている」。
あまりにいい加減な知識での記事もいけないと思い、少し調べて見た。
その町の現在の人口は、約六万人。
大聖堂の「世界一高い」ものは、内陣の天井高48.5m。
私は知らなかった倒壊した中央尖塔があったことを。資料を見ると、151.5mと153mとふたつの記述があった。そして、私の単なる思い込み、未完成の意味をまったく取り違えていた。私は、あまりの高さのため、本来の大聖堂の屋根にあたる部分が未完なのだと思い込んでいたのだ。中央尖塔は実際に完成していた。天井部分の二回の倒壊と同じく、そのあまりの高さのため、この部分も倒壊。再建はされなかった。
そして、世界最大の未完の大聖堂と呼ばれる本当の意味を、初めて知った。
その巨大さに圧倒されて気が付かなかったのである。身廊部分がないのである。
つまり、大聖堂の正面入り口、その入り口から通常は縦長に続く、一番、大聖堂の大きな空間がない。翼廊と内陣しかないのである。翼廊の南入り口が正門になっているのである。こちら自体も巨大な入り口で、正門がないことに気付かなかった。今、完成図をインターネットで調べているが、発見できないでいる。本来の姿の三分の一ぐらいの部分しか完成していないことが分かった。完成後の全体像。その巨大さが、実感できない。すでに、十分に巨大なので。
高さが統一された町全体。碁盤の目状の通りの突き当たり。左右の建物の遠近法の中点。
私たちが日常を送っている、その小さな小さな建物の集積が近景となり、その近景の奥に、巨大な未完の大聖堂が聳え立っている。そのコントラストに圧倒されたことが、自分なりに判明したのである。
人類 英知 天空
メガロマニアとは違う、なんか、もうひとつの非日常が、私の目の前に建っていることに、少し、震えたのだと思う。
その大聖堂を、私は幾度となく訪ねているし、どうして、いつにない感銘を受けたのだろう。
自分で分析してみたら、その小さな町の普段はあまり行かない界隈に車を止めた。
その小さな町は、第二次世界大戦の空爆で、町の八割を破壊された。
極論してしまうと、中心の大聖堂と中世の城以外は、すべて失った町である。
戦後の復興で、ヨーロッパの町らしく、すべての建物の高さが統一された現在の町並みが現出している。
町全体が、それ程高くはない、建物で統一されているから、横から見てみれば、一種の平面のように見えるはずである。その平面の真ん中に、未完の大聖堂が「聳えている」。
あまりにいい加減な知識での記事もいけないと思い、少し調べて見た。
その町の現在の人口は、約六万人。
大聖堂の「世界一高い」ものは、内陣の天井高48.5m。
私は知らなかった倒壊した中央尖塔があったことを。資料を見ると、151.5mと153mとふたつの記述があった。そして、私の単なる思い込み、未完成の意味をまったく取り違えていた。私は、あまりの高さのため、本来の大聖堂の屋根にあたる部分が未完なのだと思い込んでいたのだ。中央尖塔は実際に完成していた。天井部分の二回の倒壊と同じく、そのあまりの高さのため、この部分も倒壊。再建はされなかった。
そして、世界最大の未完の大聖堂と呼ばれる本当の意味を、初めて知った。
その巨大さに圧倒されて気が付かなかったのである。身廊部分がないのである。
つまり、大聖堂の正面入り口、その入り口から通常は縦長に続く、一番、大聖堂の大きな空間がない。翼廊と内陣しかないのである。翼廊の南入り口が正門になっているのである。こちら自体も巨大な入り口で、正門がないことに気付かなかった。今、完成図をインターネットで調べているが、発見できないでいる。本来の姿の三分の一ぐらいの部分しか完成していないことが分かった。完成後の全体像。その巨大さが、実感できない。すでに、十分に巨大なので。
高さが統一された町全体。碁盤の目状の通りの突き当たり。左右の建物の遠近法の中点。
私たちが日常を送っている、その小さな小さな建物の集積が近景となり、その近景の奥に、巨大な未完の大聖堂が聳え立っている。そのコントラストに圧倒されたことが、自分なりに判明したのである。
人類 英知 天空
メガロマニアとは違う、なんか、もうひとつの非日常が、私の目の前に建っていることに、少し、震えたのだと思う。
2013年8月27日火曜日
巨大建造物
本日は、私用で世界一高いゴチック大聖堂のある町に行っていた。
どうして世界遺産に登録されていないのか、その辺りの事情は分からない。
たぶん、未完成ということなのかしらと推測している。
今日は、大聖堂の内部に入る時間的な余裕はなかったけれど、
すでに、遠くからその威容が見える。中心街の中華レストランで昼食を取り、
どこの通りからも、その通りの遠近法の中点に、巨大な岩山のような大聖堂が見える。
以前に、ほんの少し記事に書いた。
アミアンの大聖堂を越える世界一のそれを建立しようとした。
当時の技術では、その天井の高さを構築することが至難だった。
一瞬、ハリウッド映画の特撮映画を見ているような、この巨大な建造物。
未完に終わったとはいえ、それを建立しようとした当時の人々の、その意欲に畏敬の念を感じるし、海や山を見た時に感じるものを、この人工の建造物が、私に感じさせてくれることが、脅威である。
うまく表現できないのだけれど、私は、時々、この大聖堂を見に行くのである。
どうして世界遺産に登録されていないのか、その辺りの事情は分からない。
たぶん、未完成ということなのかしらと推測している。
今日は、大聖堂の内部に入る時間的な余裕はなかったけれど、
すでに、遠くからその威容が見える。中心街の中華レストランで昼食を取り、
どこの通りからも、その通りの遠近法の中点に、巨大な岩山のような大聖堂が見える。
以前に、ほんの少し記事に書いた。
アミアンの大聖堂を越える世界一のそれを建立しようとした。
当時の技術では、その天井の高さを構築することが至難だった。
一瞬、ハリウッド映画の特撮映画を見ているような、この巨大な建造物。
未完に終わったとはいえ、それを建立しようとした当時の人々の、その意欲に畏敬の念を感じるし、海や山を見た時に感じるものを、この人工の建造物が、私に感じさせてくれることが、脅威である。
うまく表現できないのだけれど、私は、時々、この大聖堂を見に行くのである。
2013年8月26日月曜日
サイオユ
皆さん、お早うございます。
本日午後、パリ、シャンゼリゼ通りにあるサイオユ出版社へ、強制捜索が行われました。
次々とベストセラーを飛ばし、今を時めく、いわゆる時の人的出版社でございますが、フランス、ガニマータ出版、日本国慎重社より、盗作より、もっと、たちの悪い、倒錯疑惑にて、家宅捜索が行われた模様です。いわゆる「類似品商法」と呼ばれるもので、間違って買ってしまったという、消費者よりの苦情が典型的でございますが、サイオユ出版の場合は、「もっと、つまり、原作よりおもしろかった」、これが、二大出版社の股間に触ったと申せませしょう。盗作でもなく、パロディーでもない、今後の訴訟の成り行きが注目されております。
「おい、マミちゃん。ぎょはははははははははは、はっ、うちの著作は、全部、ぼくちんが書いたのずら。石川先生の酔った勢いでを除いて。著作権は、ぜぇーーーーーーーんぶ、僕」
「裕社長、家宅捜索中に、なんでお話ししているのですか?」
「あれ、マミちゃん、よぉーーーく周りを見て頂戴。分かるかちら? そう、三十年前のシャンゼリゼ通りに、ふたりでワープしたの」
「えっ、三十年前? わたし、まだ、生まれてませんけど.....」
「いいのいいの、そんな矛盾は、石川先生の糸理論で解決っ!」
「裕社長、石川先生の秘書の方から、先生が行方不明とのご連絡が.....」
「ちゃうちゃう、石川先生、三十年前のタバコ屋へ新生を買いにワープしただけ。石川はつぼく先生、正式名称、未来文芸軍団、チャンチキが開発し二十一世紀のコテイカンネンを破壊しに送り込まれたメロルリキッドハカイダー28号」
「えっ、ハカイダー? まっ、まさかぁー、裕社長も?」
「ふふふふふ、俺、ユイサオ。バカデネーカー007だっ!」
もう、止まらない馬鹿力。つづく。
ご愛読者一桁まで、もう一息っ。
警部っ、夏目容積「ろここ」、マグリットを許すな「よこしま」、コウダクミオ「蟹レーザービーム」.....。どこに行きやがったっ、あいつらっ! 紛らわしいけど、うむ、面白いねぇー、これ。
本日午後、パリ、シャンゼリゼ通りにあるサイオユ出版社へ、強制捜索が行われました。
次々とベストセラーを飛ばし、今を時めく、いわゆる時の人的出版社でございますが、フランス、ガニマータ出版、日本国慎重社より、盗作より、もっと、たちの悪い、倒錯疑惑にて、家宅捜索が行われた模様です。いわゆる「類似品商法」と呼ばれるもので、間違って買ってしまったという、消費者よりの苦情が典型的でございますが、サイオユ出版の場合は、「もっと、つまり、原作よりおもしろかった」、これが、二大出版社の股間に触ったと申せませしょう。盗作でもなく、パロディーでもない、今後の訴訟の成り行きが注目されております。
「おい、マミちゃん。ぎょはははははははははは、はっ、うちの著作は、全部、ぼくちんが書いたのずら。石川先生の酔った勢いでを除いて。著作権は、ぜぇーーーーーーーんぶ、僕」
「裕社長、家宅捜索中に、なんでお話ししているのですか?」
「あれ、マミちゃん、よぉーーーく周りを見て頂戴。分かるかちら? そう、三十年前のシャンゼリゼ通りに、ふたりでワープしたの」
「えっ、三十年前? わたし、まだ、生まれてませんけど.....」
「いいのいいの、そんな矛盾は、石川先生の糸理論で解決っ!」
「裕社長、石川先生の秘書の方から、先生が行方不明とのご連絡が.....」
「ちゃうちゃう、石川先生、三十年前のタバコ屋へ新生を買いにワープしただけ。石川はつぼく先生、正式名称、未来文芸軍団、チャンチキが開発し二十一世紀のコテイカンネンを破壊しに送り込まれたメロルリキッドハカイダー28号」
「えっ、ハカイダー? まっ、まさかぁー、裕社長も?」
「ふふふふふ、俺、ユイサオ。バカデネーカー007だっ!」
もう、止まらない馬鹿力。つづく。
ご愛読者一桁まで、もう一息っ。
警部っ、夏目容積「ろここ」、マグリットを許すな「よこしま」、コウダクミオ「蟹レーザービーム」.....。どこに行きやがったっ、あいつらっ! 紛らわしいけど、うむ、面白いねぇー、これ。
2013年8月25日日曜日
三人の師匠たち
沖至 ジャズトランペッター 日本フリージャズの先駆者 前衛舞踏、現代詩、土方巽、白石かずこ 吉増剛造等々と初めてジャズを融合 安部薫を東京でデビューさせた方でもある
沖師匠は、俺より二世代年長。先日、久しぶりに共演して下さった。一部と二部の合間に、ビール、たばこ。「イサオ、日本ツアーに行ってたんだけど、沖至って言ったら、あれぇー、もう、とっくに亡くなっていたと思っていましただって。はっははははははは」
佐藤真 個人情報に触れない限りで フリージャズドラマー 料理のプロ ジャーナリストおよび編集長
真師匠は、海辺でお休み中で、料理のプロだから、たぶん、魚介類と、毎日、楽しく、一日中戯れているはずである。俺より、丁度、一世代上。
石川はつぼくではなく、久保はつじ師匠 詩人 漫画家 マルチブロガー
久保師匠は、一世代弱年長。真師匠が、もろ団塊だけど、久保師匠は、ちょっと下。
真師匠もそうだけど、読んだ本とか、見たテレビとか、意外と俺の世代と共通している。
考えたら、俺が生まれた三年後ぐらいに、やっとこさ、白黒テレビだったから、一世代跨いで、見た番組は、一緒だったのかも知れん。
真師匠との共演ビデオは、ユーチューブに満載。
久保師匠とは、熾烈な「読者少ないブロガー」争いの真っ最中。ぎょははははぁー、俺の勝ちだぜ、兄貴っ! サイオユ出版の続き、もう、三篇も「溜めている」のじゃーーー! むずむず。
トランペットという楽器は、男性的で華やかな音色って辞書とかに出てくる。
今回、添付した動画は、前後の俺のソロはカット。沖師匠のラッパの部分だけにした。
こういう音を出せるラッパ吹きは、俺の知る限り、ふたり。マイルスと沖師匠。
登録:
投稿 (Atom)
