2013年8月31日土曜日

私は裕イサオのブログを読まない

わたくし、ブログ評論家の石頭哲夫と申すもの。なぜ、裕君のブログを、わたくしは読まないのか、以下、列記致そう。

「サムネイル」元美術家のせいであろう、ハレーションを使った目立つ色彩。目に留まろうという意図が見え見えである。わたくしは、こういう意図を好ましいとは思わん。しかも、いかにもちゃらけた鼻眼鏡を付け加えている。逆にナルシシズムが、それにより如実に出てはいまいか? ナルシスパラドクサル裏自信であり、わたくしは、このような人格を否定する者である。

「ブログ総タイトル」ピアノは私だ。これは、著名なピアニストが付けるべきタイトルであり、裕ごときの三文芸人のブログタイトルとしては、けしからんと申し上げたい。一流の、活躍しているピアニストという印象を、嫌でも醸し出している。トロンプルイユである。わたくしは、騙されん。

「ブログの説明文」非常に分かり難い腰帯であるが、ここに裕はふたつのブランドを忍び込ませている。ユーチューブとパリである。あたかも、パリの一線で活躍しているピアニストのブログであるように見せ掛けているのである。こんなものに、わたくしは騙されん。

「各記事タイトル」へめれけ、ろれらり、まとと、などと、所謂、業界用語を多用する。所謂、業界人気取りの三文芸人に非常に多いのである。たとえば、へめれけという記事タイトル。これでは、まったく記事内容を想定することが出来ない。我々は、忙しい合間を縫ってブログ閲覧を行っているわけであり、この裕の思わせ振りな、業界人気取りのタイトルは、読者無視の自己中的ものであると断言するのである。

「記事内容」業界用語の多用。訳の分からないはなもげら言語実験。合間に著名な作家名を羅列する。あたかも、博識、インテリであるかのごとき錯覚を読者へ与える。これは、無内容を隠蔽するための姑息なペダントリーである。と、わたくしは申し上げる次第である。

「総括」まず、この姑息なナルシスペダンティックパラドクサル裏自信家である裕のブログなど、読まないという行為こそが、正しいのである。内容がない、つまり、世界観がない、自身の意見がない。心のスイス人などと、本人はうそぶいて居るが、単なるパープリンなのである。あやつは。ナルシスペダンティックパラドクサル糞馬鹿ブロガーと命名する次第である。この世界観の中点がない。意見がない。彼の立ち位置が分からない。おまけに、こやつには他人を批評、批判、酷評するという真の人間らしい行為が、根底から欠けているのである。人畜無害の精神の家畜であり、愛がねぇー、愛がと、クローズゼロの台詞を引用したいと思う。すべての人、事象に対して、いいんじゃないと、この空脳ぶりが、わたくしは許せないのである。あやつは、人間ではないのである。マルセルデュシャンの教え、つまり、無関心の自由であるなとど、ほざいて居る、あやつはっ!

わたくし、石頭哲夫は、毎朝、裕の愚ブログを読み、苛立ちを禁じえないのである。
怒りで打ち震える手が、ついつい、ランキングバナーをクリックしてしまう。

石頭先生、裕イサオって、仮の名前ですよぉー。バカデネーカー007という新種のロボットですよ、あれは.....。


 

2013年8月30日金曜日

どうして私のブログは読まれないのか

とうとう、閲覧数5という記事が出てしまった。
両手両足の指の数ぐらいだったのが、片手になった。
今日で、ブログを初めて、十一ヶ月半ぐらいで、日本に行っていた三週間の休筆を除いて、ほぼ、毎日書いている結果が、5。ふむ、やはり、腕組みをする。げほげほと咳をしてみる。空を見上げる。星飛馬目になる。だんだん、バカボンパパ目になる。

いつだったかしら、閲覧数48という記事があって、「いやぁーーー、一クラスの人数を超えると怖い」と記事に書いた。私の時代、小中高の一クラスの生徒数は、42から45。この数を超えると、それぞれの顔が見えなくなる。それが恐ろしい。

で、どうして私のブログは読まれないのか? 分析の必要なんてなくて、つまらない、ということである。あと、タイトルが分かり難い。内容と呼応していない。なんてこともあるのはあろうが、私の興味、その内容等々が、私以外の方々の琴線に触れない。

と、考えてみても、私の興味は変わらないから、そうなると接点がなくなってしまう。
あっ、そうかぁーーー、だから、私は永遠のアングラ芸人なわけだっ!
日の目を見ない。うるうる。吸血鬼じゃんかよぉー。

と、書いても、これを読んでくれている方は、読んでいる方々だから、読んでくれない方々へのメッセージを仮に書いても、白ヤギさんと黒ヤギさん。白山羊徹夫に改名しようかしら?
閲覧数5に該当する読者様、深々とお辞儀です。



2013年8月29日木曜日

どこかで見た風景

フランス語のデジャブゥ。どこかで一度見た。
ちょっとニュアンスが違うけれど、日本語の原風景。
でも、私が、改めて感銘を受けた大聖堂は、そのどちらでもない。

でも、どこかで「同じ印象」を受けた記憶を昨日から辿ってみた。
脳内のキーワードに「岩山」があった。そう、グルノーブルの岩山。断崖絶壁の岩山。垂直の巨大なもの。裾野がない。

その絶壁の「足元に」、家々が建っていた。
「蟻のように小さい家」が。もちろん、相対的な印象である。

因みに、その大聖堂を建立したのは、「蟻のように小さい家に住む蟻」、つまり、我々。
どうも、上手く書けない。私は、なにかを書きたいのである。ポジティブでもネガティブでもない、この、今、私が書いた「我々」というものを。

ただし、ブログの領域では、ない。

と、私は考えている。もし、その上手く書けない、なにか、巨大な内的なものがあるのであれば、それは、詩であり、小説。もし、文字化という意味では、と考えている。

どうして、私が、その大聖堂を見に頻繁に足を運んでいるのか?
その理由自体を、ブログに書こうとは、全く、思っていない。
そして、そういう思いが詰まっている若い世代の方々への、私なりのメッセージなのである。

私自身、その内的な巨大なものに、言葉で対峙する日が来るのか、分からないから、ピアノを弾いて、それを宥めているような風にも思える。

文章の上手い下手、論外だろう。
ブログは、助走という意味合いで、私は、大変に愛している。
とても、素敵だと思う。

追記として

日本の東大寺の天井高 28m  世界最大のゴシック大聖堂はケルンないしアミアンの大聖堂
因みに、アミアン大聖堂の天井高 42.3m  ケルン大聖堂 45m   そして、「私の」大聖堂48.5m 今夏に訪れたイギリスのカンタベリーに、小さな小さな世界遺産の教会がある。ハリーポッターそのままのお墓の真ん中に、小さな小さな教会。建立されたのが593年。教会の中に、お婆ちゃんが座っていた。「英国で、一番古い教会ですよ」と、私に説明してくれた。過去と未来がメビュウスの輪になっていることは、周知の通りである。






2013年8月28日水曜日

内陣と翼廊

昨日、帰宅するなり「巨大建造物」という記事を書いた。
その大聖堂を、私は幾度となく訪ねているし、どうして、いつにない感銘を受けたのだろう。
自分で分析してみたら、その小さな町の普段はあまり行かない界隈に車を止めた。

その小さな町は、第二次世界大戦の空爆で、町の八割を破壊された。
極論してしまうと、中心の大聖堂と中世の城以外は、すべて失った町である。
戦後の復興で、ヨーロッパの町らしく、すべての建物の高さが統一された現在の町並みが現出している。

町全体が、それ程高くはない、建物で統一されているから、横から見てみれば、一種の平面のように見えるはずである。その平面の真ん中に、未完の大聖堂が「聳えている」。

あまりにいい加減な知識での記事もいけないと思い、少し調べて見た。

その町の現在の人口は、約六万人。
大聖堂の「世界一高い」ものは、内陣の天井高48.5m。
私は知らなかった倒壊した中央尖塔があったことを。資料を見ると、151.5mと153mとふたつの記述があった。そして、私の単なる思い込み、未完成の意味をまったく取り違えていた。私は、あまりの高さのため、本来の大聖堂の屋根にあたる部分が未完なのだと思い込んでいたのだ。中央尖塔は実際に完成していた。天井部分の二回の倒壊と同じく、そのあまりの高さのため、この部分も倒壊。再建はされなかった。

そして、世界最大の未完の大聖堂と呼ばれる本当の意味を、初めて知った。
その巨大さに圧倒されて気が付かなかったのである。身廊部分がないのである。
つまり、大聖堂の正面入り口、その入り口から通常は縦長に続く、一番、大聖堂の大きな空間がない。翼廊と内陣しかないのである。翼廊の南入り口が正門になっているのである。こちら自体も巨大な入り口で、正門がないことに気付かなかった。今、完成図をインターネットで調べているが、発見できないでいる。本来の姿の三分の一ぐらいの部分しか完成していないことが分かった。完成後の全体像。その巨大さが、実感できない。すでに、十分に巨大なので。

高さが統一された町全体。碁盤の目状の通りの突き当たり。左右の建物の遠近法の中点。
私たちが日常を送っている、その小さな小さな建物の集積が近景となり、その近景の奥に、巨大な未完の大聖堂が聳え立っている。そのコントラストに圧倒されたことが、自分なりに判明したのである。

人類 英知 天空 

メガロマニアとは違う、なんか、もうひとつの非日常が、私の目の前に建っていることに、少し、震えたのだと思う。






2013年8月27日火曜日

巨大建造物

本日は、私用で世界一高いゴチック大聖堂のある町に行っていた。
どうして世界遺産に登録されていないのか、その辺りの事情は分からない。
たぶん、未完成ということなのかしらと推測している。

今日は、大聖堂の内部に入る時間的な余裕はなかったけれど、
すでに、遠くからその威容が見える。中心街の中華レストランで昼食を取り、
どこの通りからも、その通りの遠近法の中点に、巨大な岩山のような大聖堂が見える。

以前に、ほんの少し記事に書いた。
アミアンの大聖堂を越える世界一のそれを建立しようとした。
当時の技術では、その天井の高さを構築することが至難だった。

一瞬、ハリウッド映画の特撮映画を見ているような、この巨大な建造物。
未完に終わったとはいえ、それを建立しようとした当時の人々の、その意欲に畏敬の念を感じるし、海や山を見た時に感じるものを、この人工の建造物が、私に感じさせてくれることが、脅威である。

うまく表現できないのだけれど、私は、時々、この大聖堂を見に行くのである。



2013年8月26日月曜日

サイオユ

皆さん、お早うございます。
本日午後、パリ、シャンゼリゼ通りにあるサイオユ出版社へ、強制捜索が行われました。
次々とベストセラーを飛ばし、今を時めく、いわゆる時の人的出版社でございますが、フランス、ガニマータ出版、日本国慎重社より、盗作より、もっと、たちの悪い、倒錯疑惑にて、家宅捜索が行われた模様です。いわゆる「類似品商法」と呼ばれるもので、間違って買ってしまったという、消費者よりの苦情が典型的でございますが、サイオユ出版の場合は、「もっと、つまり、原作よりおもしろかった」、これが、二大出版社の股間に触ったと申せませしょう。盗作でもなく、パロディーでもない、今後の訴訟の成り行きが注目されております。

「おい、マミちゃん。ぎょはははははははははは、はっ、うちの著作は、全部、ぼくちんが書いたのずら。石川先生の酔った勢いでを除いて。著作権は、ぜぇーーーーーーーんぶ、僕」
「裕社長、家宅捜索中に、なんでお話ししているのですか?」
「あれ、マミちゃん、よぉーーーく周りを見て頂戴。分かるかちら? そう、三十年前のシャンゼリゼ通りに、ふたりでワープしたの」
「えっ、三十年前? わたし、まだ、生まれてませんけど.....」
「いいのいいの、そんな矛盾は、石川先生の糸理論で解決っ!」
「裕社長、石川先生の秘書の方から、先生が行方不明とのご連絡が.....」
「ちゃうちゃう、石川先生、三十年前のタバコ屋へ新生を買いにワープしただけ。石川はつぼく先生、正式名称、未来文芸軍団、チャンチキが開発し二十一世紀のコテイカンネンを破壊しに送り込まれたメロルリキッドハカイダー28号」
「えっ、ハカイダー? まっ、まさかぁー、裕社長も?」
「ふふふふふ、俺、ユイサオ。バカデネーカー007だっ!」

もう、止まらない馬鹿力。つづく。
ご愛読者一桁まで、もう一息っ。

警部っ、夏目容積「ろここ」、マグリットを許すな「よこしま」、コウダクミオ「蟹レーザービーム」.....。どこに行きやがったっ、あいつらっ! 紛らわしいけど、うむ、面白いねぇー、これ。





2013年8月25日日曜日

三人の師匠たち



沖至 ジャズトランペッター 日本フリージャズの先駆者 前衛舞踏、現代詩、土方巽、白石かずこ 吉増剛造等々と初めてジャズを融合 安部薫を東京でデビューさせた方でもある

沖師匠は、俺より二世代年長。先日、久しぶりに共演して下さった。一部と二部の合間に、ビール、たばこ。「イサオ、日本ツアーに行ってたんだけど、沖至って言ったら、あれぇー、もう、とっくに亡くなっていたと思っていましただって。はっははははははは」

佐藤真 個人情報に触れない限りで フリージャズドラマー 料理のプロ ジャーナリストおよび編集長

真師匠は、海辺でお休み中で、料理のプロだから、たぶん、魚介類と、毎日、楽しく、一日中戯れているはずである。俺より、丁度、一世代上。

石川はつぼくではなく、久保はつじ師匠 詩人 漫画家 マルチブロガー

久保師匠は、一世代弱年長。真師匠が、もろ団塊だけど、久保師匠は、ちょっと下。
真師匠もそうだけど、読んだ本とか、見たテレビとか、意外と俺の世代と共通している。
考えたら、俺が生まれた三年後ぐらいに、やっとこさ、白黒テレビだったから、一世代跨いで、見た番組は、一緒だったのかも知れん。

真師匠との共演ビデオは、ユーチューブに満載。
久保師匠とは、熾烈な「読者少ないブロガー」争いの真っ最中。ぎょははははぁー、俺の勝ちだぜ、兄貴っ! サイオユ出版の続き、もう、三篇も「溜めている」のじゃーーー! むずむず。

トランペットという楽器は、男性的で華やかな音色って辞書とかに出てくる。
今回、添付した動画は、前後の俺のソロはカット。沖師匠のラッパの部分だけにした。
こういう音を出せるラッパ吹きは、俺の知る限り、ふたり。マイルスと沖師匠。



2013年8月24日土曜日

かわらけ

倒産 倒産 お金が なぁーーいのね
そうよぉー 父さんも なぁーーいのよぉー

「うで、マミちゃん、石川先生に、振り込んだふりした? 二百万リラ」
「はい」
「石川先生、猛暑脳麻痺だから、まぁーーー、サバトレビィアンだろう」

マミちゃん。うぐぐぐ。描写したいけど、エッセイ随筆部門。競技が違うよね。野球場に、テニスラケット。だ、ラケット。

「ところてんで、石川先生のブログ。うるうるびしょびしょの微笑ねん。物凄く高尚で高笑。この高低は、股が裂けても、猿股。わなわな。分かるかちら?」
「裕社長、サバですか?」
「ぎくっ、マミちゃぁーーーん、つべこべ言わずに、じゃんけんしよう」
「えっ?」
「ところてんで、どうかちら、最新出版の売れ行きは?」
「はい、三島由紀、春の雨が二万部。村上冬樹、ノロマの森が十三万部。村上良、コインロッカーチャンジーズが二万部。海の向こうで掃除が始まるが、二万部。ミッシェルビビトール、幸三主義が一万部。レイモンクノール、地下鉄のドジが一万部。レビィストロー、悲しき天体、一万部。アランロブグリコ、芥子のゴム、一万部.....。裕伊佐夫、赤貧よ進めが二十二部」
「うむ、いい感じぃーーーー。これに、ミッシェル風子の言葉と桃とガストンバァシュラ、近似的認識シロップ、石川先生の名著、酔った勢いで、が加われば、万全ねぇー。二十一世紀文学界の金字塔郡、バイ、サイオユ出版。うるうる」

裕イサオの談話

いやぁーーー、またこまですねぇー、師匠とのいちごジャムセッション、さかやぶではございま扇子。この馬鹿ブロ文学の構築においてのチクチクは、はつぼく師匠ありきでございますのですアディダス。うもぉー、この読み捨て振りは、目にぶりぶり。そろひろ、目利きの方が現れていらっしゃらけんと、イギリスのケント地方になってしもた屋。赤塚先生、秋先生、目、潤うテ、の奥手。漫画は、凄い。はやり、直近の師匠は支障があるにしもたや、大切に、遷都、行けます。
はぁロー、鯖、もんぐらんふれぇー、ふれぇーふれぇー、ぬぅそむ ばかブロのじぇにあす ねすぱ おん こんてぃにゅーーーの乳房(にゅうぼう)、女房は れせとんべ。ばしぃーーーーーーーーーん、

カミサンに真空とびひげ蹴りの裕さんは、鼻血たらたら......。
石川先生、大丈夫かちら? 羽毛ぉー、ばあぁーーたれっ、ちかれちゃったぁー。
りゃ、なんか、俺のヤノピ、むっ? 調律しなければ.....。くたぶれた。ありゃ、音が.....。

増産 増産 お金が 欲しいのねぇー
そぉーーうよっ 父さんも 欲しいのよぉー

あれまぁー、僕、高潔圧の薬を毎日飲んでいるのに。きゃ。




2013年8月23日金曜日

サイオユ書店

「マミちゃん、石川先生から連絡あった?」

石川先生、今を時めく人気ブロガー、石川はつぼく、である。
幼少期に、東京都知事作文賞を受賞。オール読捨新人賞、三通り推理文学賞、喧騒新人文学賞、文芸逡巡新人文学賞、お茶山文学賞と文学賞を総なめ。しかし、突然のように、「わたすは、ブログすか、書かんけん、よろくし」と、銀座分断バーの長椅子を蹴り、行方不明となった、伝説のブロガーである。

「はい、社長、秘書の方から、フランス語のご返信がございました」
うぐぐぐぐ、マミちゃんの描写をしたいのであるが、エッセイ随筆部門、やっ、止めとくねぇー。
美人秘書っていうやつね。
「あーーー、石川先生は、フランス語堪能だからね。ちょっと、読んでみて」
「はい」

アンシャンテ ズマペル シャベル
貴方からの夏目書籍化の依頼は、イライラ。ドンク、ビールのむのむ
セ ショエットのダイエットでセシボン
今宵のうんちくは、はるか彼方の、カナダ
羽毛は、布団なの?
トコロテンは、おいしいぞっと、ぞっとスルメ(あっ、パクリ)
コマンタレ部、我、いそしぎ、慮るところ、前の方の、マネーが、タぁーリラリンの前張り、でしょ? アビアント 

流石。二秒の沈黙。

「マミちゃん、うっしっしっしぃーーー、ねぇー、振込みって、マミちゃん、知ってる? 振り込んだふりをすること。ギャぁーーーーーはっはっはぁーーーーーー。うで、その避暑の方に、二百万
(リラ)振り込んだって変身してっ。石川先生、猛暑で脳溶解しているから、わからへんって」


わぁはははははははははははははははははははははははははははははははははははははは、

これぞ、本当の、慈悲出版。


我 泣き濡れて ぼくと 撓むる

裕イサオ


作者追記
この物語は、超フィクションのハクションです。
石川先生のブログをお読み頂き、その後に、この愚ブログへとお進み願い、
結局、わけが分からなくなる。分かったかちら? やべぇー、音程まで、おかしくなったぁー!





2013年8月22日木曜日

不思議なこと

今、「さえない人生」という記事をアップして、下書きのひとつ「三十年ぶりのロンドン3生き様」という記事を削除した。私が師匠と呼ぶ男たちの話だった。その男たちの生き様への賞賛だからアップしても構わなかったけれど、止めた。俺の心の中に、しまっておくことにした。

これからコンサートなのに、またまた書き出してしまった。そうなんです、暇なのだ。
ピアノの練習は、今日はしない。その時、その日に出来ること以外はなにも出てこないから、直前の練習など、なんの意味もない。弾けない曲は、結局、本番でも弾けないし、などと思っていると、なんだか、自分でも舞い上がるぐらいいかした演奏をしちまったりする。いわゆる、本番に強い体質というもので、人様に見られていると、三倍ぐらいパワーアップするのである。まあ、出たがり屋なんだろうねぇー。好きなのですよ、このステージちゅうのが...。だって、主役だよ...。小刻みな結婚披露宴かしらね? っても、自己顕示欲なんぞ、とっくの昔に決別しているのに、こうなのだ。なんでか、まあ、楽しいわけ。もぞもぞ、生きている証みたいな感じ。現在進行形なのだ、コンサートは。お客様と直に対峙しているし、俺の時間を、お客様と共有している、つまりは、みぃーーーんな、同じその時を生きているということ。決まったぜっ!

でね、ぼーーーとしていると、普段はやらないことをやってしまう。
麦茶でも作ろうと思い、午後三時五十五分に麦茶パックを入れて湯を沸かす。
うで、いわき市出身、在住のブロガーさんのリストを見ていた。四時五十五分、焦げ臭い。りゃりゃぁーーー、麦茶、すっかり忘れていたっ! 普段は、こういうことを俺はやらないのである。
うで、うもぉーーー、最後の一袋、つまり、フランス国では貴重品のそれを台無し。しょぼぉーーーん。セ ショボォーーーンとフランス語で歌っちまった。で、うもぉーーー、ビールビールと冷蔵庫からハイネケンの缶ビール。ぐびぐび。あれ? 俺の味覚まで...。中身がレモネードとビールを混ぜたパナシェという飲み物。缶を再度良く見る。いつも通り。賞味期限も来年まで。もう一缶開けてみる。同じ。不思議なこともあるねぇーーー。

追記

この記事は、昨日、八月二十日に書いたものです。
本日は、コンサート後のもぬけの殻状態。不思議不思議、先記の三人の男の一人からメッセージが届いていた。つまり、師匠のひとりから。よっしゃーーー、明日は「サイオユ書店」。フッフフフフ、アイルビーバァーーークスーン。師匠へ、お辞儀。




2013年8月21日水曜日

さえない人生

今晩は、秋に向けての仕事始めだから、午後はぼーとすることにした。
肩こりが酷いので、お風呂に入った。少し楽になった。風呂に浸かりながら、なんだか、さえない人生というこのタイトルが脳内に木霊した。さえない人生、つまり、俺のそれなんだけれど、呟いてはみたものの、なんの感慨も後悔も沸いてこない。単に、事実として、そうだなぁーという程度。俺の年、山の頂点を越えて、いわゆる下り坂。その下り坂の真ん中ぐらい。山の頂点は、俺の背中側だから、みえない。

と考えても、なんの感慨も後悔も沸いてこない。事実なんだから、カメラアイでみるしかない。
でも、幸いにして、ピアノの技術だけは上昇線を描いているし、自分でもどこまで行けるのか、じぇんじぇん分からない。3.0流から2.7ぐらいになったと分析しているから、2.0ぐらいまでは行けるのかも知れない。でも、1.0流は無理。大体に、ジャズピアノを始めたのが三十代半ばと、超絶的にスタートが遅いから、無理だわな。と、この自分の限界値はみえているけど、別に感慨も後悔も沸いてこない。このピアノという自分自身の中の未知数があるだけ、まだ、下りながらも楽しいのである。

しかし、よく「裕さんは恵まれていますねぇー、多才で」とか、「いいですねぇー、フランスに住んでピアノ弾いてぇー」とか、「わたしも裕さんみたいな人生送ってみたいですな」なんて言われる。さえない人生なのか、俺のそれは?

そういやぁー、前回のバビロでのコンサートの時、三十ぐらいのミュージッシャンのカップルと知り合った。彼の方は、アルトサックスで、彼女の方はベースって言ってた。「裕さん、ここに毎月出てんですね?」「うん」「あたしたちも、出たいんだけれど、なんど交渉してもオーケーが出ない」「えっ、そんなにシビアなの、ここ出んの?」「そりゃー、もの凄い数のミュージッシャンが交渉に来るから、ほんの一握りしか出れないですよ、ここ」「りゃりゃりゃ?」「裕さんは、どうやって交渉したの?」「あっ、俺? 佐藤真とバンド作ったから、出してけれって言ったの。うん、じゃ、来月って言われたわけ。うで、その後は、向こうから、何日は空いてるかと電話が来るようになった。以上なわけ」「えぇーーーーーーーーーーーーーー、クラブから電話? 信じられなぁーーーーーーーーーーい」「うん、俺も初めてだよ」「へぇーーーーー!」

そうかぁー、人前で演奏できない連中も沢山いるわけだ。で、売れっ子も沢山。そうなると、さえてるのかさえてないのか、相対的な問題になるから、もう、自分でどう思うかということになっちゃうよな。

大体、このさえない人生を送っているなどとほざいている俺だけれど、今晩は元々ソロだったのに、昨晩、沖至師匠からメール。「日本ツアーから、帰って来たよ、イサオは元気か?」。で、明日の晩、ソロやんですけどって返信したら、うな、俺も行くわって返信。沖至師匠とのデュオに前日に変更。こういうジャズジャイアントが、二つ返事で共演してくれる。うるうる。

ばぁーーーたれっ! 十分、さえてるじゃん、俺の人生っ!

大体、沖至師匠にリヨンのライブハウスの楽屋で、たまたま会ったのである。
俺と同時期にリヨンに住んで居られたのである。こういう出会いなんて、滅多にないのにねぇー。
やはり、さえてる人生かしらねぇー?


2013年8月20日火曜日

パリロンドン

でね、その大きなフェリーを見て、その後に、海を見るでしょ。でね、なぁーーーんて、にんげんって、ちっぽけなの、と思うわけだ。ところがどっこい、このにんげんという、俺も含めて、あんまり体はでかくはないけれど、知力は、まぁーーー、地球に棲息する動物の中では、ダントツ。でだ、このチビ助動物が、知力のお陰で、繁茂して、地球の表面だ、地下だと、延々と、食い捲くっている。シロアリだよ、俺らは。どこが「ちっぽけ」なわけ? 地球と、俺らが名付けた、その日本語ではだけど、これを、破壊し続けているいるから、偉大ないし巨大なシロアリは、にんげんなのである、と、算数上はなる。この数と知力の制圧力は圧倒的。まぁーーー、地球に戦争を仕掛けて、破壊して、たぶん、俺らの勝ちだ。で、勝って兜の緒を締めよとしようとしても、地上は、ない。と、ソファーにふんぞり返って、金持ちの気持ちを、少し理解しつつ、俺は、考えていたのである。

ありゃ、パリロンドンだったけっね? こんな町はない。パリとロンドンの比較表。独断付き。

町の活力 ロンドン 人の多さ ロンドン ヨーロッパの渋谷だっ
物価の高さ ロンドン 高い高い高いっ バスの片道料金四百円 ざけんじゃねぇーーー
食事 これは意外に、諸々を食べたけれど、美味かった 美味かったけれど、料理がシンプルで種類が少ない そのイギリス料理という意味で 

でね、三十年前のロンドンは、俺の記憶の中では、「ずっと暗かった」と、カミサンに言ったら、「そうかも知れないけど、あなた自身が暗かったじゃないの」と、言われた。

町並み パリの方がずっと美しい こじんまりしている 道が狭い
灯台下暗しで、ちょっと、見直した やっぱ、綺麗じゃんって

でね、インターネットで調べた。パリの人口、約二百万。ロンドン約八百万。で、知らなかった、世界で一番外国人観光客が多い町は、ロンドンでした。なるほどねぇー。世界都市ランキング、経済文化流行の発信力。一位、ニューヨーク、二位、ロンドン、パリが三位で、東京は五位でした。

イギリス、皇室が国を、気持ち的に束ねている。
フランス、ご存知の通り、フランス革命の国。市民のじゃなくて、「自分の楽な暮らし」、これが、まず、最初に来る国だ。ヨーロッパの二つの大国。マ逆。

おりゃ、本気になって書き出したら、本になっちゃうから、これで、止め。

あっ、そうそう、人のイライラ度。これは、パリだ。
はっきり、フランス人は灯台下暗し。ペシミストで、自国の悪口ばっか。
「人の暮らし」という意味でのソフィストケート度は、間違いなく、あんたらが世界一だっての!




2013年8月19日月曜日

三十年ぶりのロンドン2 カーフェリー

なんどか遊覧船とか、中型のフェリー、小型フェリーには乗ったことがある。
この小型の時は、大しけの海だったから、上下左右に二メートルぐらい揺れた。
ほとんど、宇宙飛行士の訓練をしているような錯覚が起きた。目的地の島に到着しても、二時間ぐらいは動けなかった。宇宙飛行士の訓練中に、フェリーのスタッフたちが「笑顔で、大丈夫ですか? お飲み物は? 今日は、荒れますねぇー」などと、普通に船内を歩いていたのが、今以て理解出来ない。どうして歩いていたのか? 私は、椅子の肘掛にへばり付き、口から飛び出しそうな胃袋と戦っていたのである。で、本当に、胃袋が、飛び出し、海の彼方へ飛んで行った。嘘。

今回のカーフェリーのでかいこと! ご存知の方も多いと思う、フランス、イギリスを結ぶP&Oカーフェリー。「まっ、カレイに着けば、乗り場、直ぐ見付かるだろう」などと、高を括っていたら、これが分からない。海際のドゥゴール空港みたいな感じで、「車を埠頭に置いて行く乗船者の入り口」、これが、じぇんじぇん分からない。埠頭内をぐるぐる。消去法で、これじゃない、これじゃないとやっていたら、なんだかターミナルに着いた。たまには、消去法、つまり、算数も役に立つのである。たまには? 失礼致しました。算数は、社会の基本です。金勘定があるだろって、よ。ねぇー。

と、ここまで、今朝書いて、中断。うで、文体がジャガーチェンジ(豹変)。

大体、うちのカミサンとのフェリーの乗り場のイメージは、ほとんど、電車の駅のイメージ。
船頭さんが、竹竿持って、海辺で待っている。そこに、高級車、ホンダシビック1997で乗り付ける。で、単に、あいよっと、乗る。

このフェリー、おわぁーーー、でけぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。ジャンボジェット五機を固めたぐらいだよぉー。
お腹に、トラック、バス、自家用車。で、上の高級ホテルのラウンジみたいなところに、人。
ソファーにふんぞり返って、海を見ていたら、お金持ちの気持ちが、ほんの少し、分かった。

しっかし、人間の作るものに大したもんはない、と、日毎、ほざいて居るが、やはり、この超絶的にでかい乗り物には、小学生の男の子的に、うるうる。二秒ぐらい、

にんげんって すごいなぁー ぼくも しょうらい りっぱなひとに なりたいなぁー

などと、思った。

二年二組

裕イサオ


2013年8月18日日曜日

三十年ぶりのロンドン1

パリの隣町の俺の家から、車でカレイへ。フェリーに乗って、ドーバー。車はカレイの埠頭。ドーバーに一泊。電車でカンタベリーへ。一泊。バスでロンドン。

カミサンも俺も、三十年ぶりのロンドン。まだ、知り合ってなかったから、それぞれの思い。

うで、ついでに三十年前の俺に会いに行った。
ロンドン北部の閑静な住宅街の二階の窓越しに、そいつ、じゃねぇー、俺がいた。
長髪、無精髭、自転車柄の緑のTシャツに黒いジーンズの俺が、ピーターステュイべサントを吸いながら、ドライマティーニを飲んでいた。目光りが尋常じゃねぇー。目が赤い。

カミサン「三十年前のあなたの方が、ずっと、セクシーでいい男ね」
俺「れれれのれぇーーー?」

俺「あの、馬鹿垂れに、説教してくるっ!」

カミサン「止めなさぁーーーい、「彼」に、今のあなたを見せないでぇ!」

はい、現在のわたくし。おっ、筆トーク、懐かしいぃー、俺の最初のブログ。



三十年前に推定された現在のわたくし。なんか鼻毛に見えるのは、影です。



2013年8月10日土曜日

一週間ブログ夏休み

ご愛読者の皆々様。お辞儀。
両手と両足の指の数で、大体収まる数値。
でも、数値の問題ではなく、その数の方が読んでくれている。うるうる。

ジャズクラブでの、お客様の数に、ほぼ等しい。うるうる。

でね、ちょいと、こちとらも、馬鹿んすに、お出掛けしてくっから、みんなぁー、待ってて頂戴っ!
紙パンツしか、持ってかないので、ブログも書けないし、読めない。原始人状態に一度帰ります。で、二十日のソロピアノが、仕事初めっていう感じです。

ところで、なんか、随分前から、ブログ熱は冷めているのに、ずっと、ほとんど毎日書いている。どうしてなんだろう。まっ、内容がないような無い様ブログだから、まっ、ぐだぐだ。でも、やはり、ほとんど毎日書いている。おりゃーーー、俺って、真性ブロガーかも知れん!

でね、なんか、書きたくないことも多い。
毎日、ちんたら書いているのに、なんかね、むしろ、書きたくないことの方が多いことに、今、書きながら気が付いた。

結局、芸人のトークと一緒で、べらべらしゃべっているようで、「なにも話していない」。

その「なにも」。やっぱりねぇー、文学の領域なんだろうね。
昔はね。今は、物書きも、お笑い芸人も、ジャズ屋も、結局、俺も、皆、一緒だ。
なんだか、安っぽいんだ、俺。



三つの自画像


俺だと言えば、俺なんだけれど、なんかね、自分の顔を見ていると、目力が、ちょっと、足りない感じが、いつも、している。元鬱の後遺症だろう。ほんの少し、弱弱しい。まぁ、俺だけじゃないけどね.....。


で、その目付きがね、このコアラの目付きにそっくり。自分で、びっくりしました。なんなんだろうねぇー、俺って、草食系なの? へっ、装飾系だぜってよっ!


はい、仕事場の俺だっ。
右 ヨラム ロシリオ
そのもっと右 佐藤真師匠


2013年8月9日金曜日

水泳訓練

以前、記事に書いたような書いてないような、記憶が曖昧。
俺は、二十三歳まで、金槌だった。泳げなかった。細かい理由は、今回は書かないけど、一言で言うと「水恐怖症」だったから。たぶん、自閉症、引き篭もり、鬱病、全部、同じことだけれど、それと呼応していたのだろう。分かり難いから、自閉症とします。で、それからの脱出とともに、並行して水泳を自力で覚えた。

当時は、フランスのボルドーに住んでいて、現代美術家という若い兄貴だった。
肩まで伸ばした長髪を、突然、坊主刈りにし、ボロ自転車で、毎日、プールへ通った。
当然、酒の量がぐぅーーーんと減った。ボロボロガリガリの体に、力、筋肉力のようなものが満ちてきた。最初は、ほとんど溺れているのと大差がなかったけれど、構いはしない。みっともない格好で、水と格闘した。いつしか、水の中に頭をつける事ができるようになった。

少しずつ少しずつ、水の体積への恐怖が消え始めて行った。
同時に、人と会うことへの恐怖も消え始めて行った。
どのように心の中で繋がっているのか、今以て、よく分からない。

たぶん、半年後ぐらいだったのだろう。
平泳ぎ、クロール、背泳ぎ、バタフライ、飛び込み、なんでもござれの状態になった。

三十年前の八月。
豪雨。雷。空は真っ黒だった。
俺は海水パンツ、水中眼鏡。そのまんまの格好でボロ自転車に乗った。

受付のおばさんしかいない屋外プール。
当然、プールには俺だけだった。
豪雨で波打つプール。

俺は、悠々とひとりで泳いだ。
なんか、体ひとつで、世界と対峙している実感。
ひとつの覚醒感に包まれた。






2013年8月8日木曜日

バカンス狂想曲

ご存知の方も多いと思うのですが、こちらフランス国の有給休暇は、年間五週間。その代わりというのか、日本国でいうボーナスというものはない。企業によっては、強制ではないけれど、一ヶ月分の給料を、バカンス手当てみたいな意味合いで出すところもある。あっ、週の労働時間は三十五時間。っても、カードルと呼ばれる管理職は、該当しない。私も長きに渡り、このカードル、課長という分不相応なものをやっていたのである。ちょっと、信じられないけど.....。で、夏、休んでいてもメールだ電話だで、脳がオフになることは絶対にない。あんまメール多い時は、うもぉーーー、会社行っちまった方が、早いじゃんよぉーーー、在宅勤務なのか休みなのかわかりゃせんって! コンサート開始の五分前に、お客さんへお詫びの電話なんちゅうのを楽屋で掛けていたこともある。よぉーーー持ったよ、本当に。そんな私を、ミュージッシャン仲間がべズリー目で見ていた。「イサオ、お前、よく気狂わないよなぁー」なんて。実は、すでに狂っていたのかも.....。

先日、テレビのニュースで不況の煽りで、フランス人の十人に四人は、休暇中、どこにも出掛けないそうです。まあ、ゴロゴロして、テレビ見て、庭の手入れと、後は、家の修繕と、こんな感じの人が増えているみたいです。それとお金のなるべく掛からない近場のピクニックなんかで過ごしていると推定。昔は、一ヶ月、ばこぉーーーんとバカンスだったけど、夏、三週間。春とクリスマスの辺りに一週間ずつ。それと、木曜日なんかが祭日の時は、ポン。橋渡しの意味です。金曜日を休んでしまう。と、こんな感じに、少しだけグローバリゼーションした。ホランド大統領も、このグローバリゼーションの煽りで、夏休み一週間「しか」取らないとテレビでやっていた。でも、フランス人は、「さすがぁー」とか「偉いっ」なんて、絶対に、皆、思ってないはず。「このような伝統を守らんとはけしからん」なんて思っているはずだ。

でも、先週末の国民大移動。これに、ベルギー人とオランダ人とドイツ、イギリス組みが混ざるから、通称太陽の高速道路、高速A6の渋滞振りは凄まじい。パリからマルセイユまでだから、南へ南へと混雑が酷くなる。慣れないキャンピングカーを自家用車の後ろに連結して、自家用車ごとひっくり返る人なんかも多い。パリからニースまで、二十四時間掛かりましただの、ベルギーの連中は、二日掛かりました、なんてテレビでやっていた。ホテルだ民宿だのの予約の兼ね合いもあるんだろうけど、とりわけ、週単位の貸し別荘が土曜日から土曜日だから、どうしても、せぇーーーのぉーと出発日が皆重なる。へろへろぼろぼろになりながら、夏休み。

なんか、このお休みに賭ける熱情は凄いと、私は横目で見ている。
私の住む町も、なんだか閑散としていて、近所のプールに行ったらガラガラだった。
移動しないでバカンスしているのである。

屋内に子供用と大人用のプールがふたつで、屋外に、もうひとつ二十五メートルプール。
この屋外のプールで泳いでいたのは、わたくし一人。入場料三百円。
ここで一句。

溺れても 一人

なんだなんだぁーーー?



2013年8月7日水曜日

挑発とハッタリ

初めて人前でピアノを弾いたのは、よく考えてみたら、妹の結婚披露宴の時だったから、丁度、二十五年前である。一体、なにを弾いたのだろう。当時は、ジャズ理論など知らなかったから、ジャズピアノのモノマネといった感じだったのだと思う。五歳から十二歳まで、バイエルをやった。

と、以上なのだけれど、その後も、なんか酔っ払うとジャズピアノのモノマネのようなことをやってはいた。タモリのご家庭でできるチックコリア。これに鼓舞された。俺でも、適当にできそうだと、マジで錯覚が起きたのである。で、三十代後半に、ひょんな切っ掛けで、沖至師匠に出会った。飴鞭。ご教示に添いつつ、少し、ジャズ理論の勉強を開始した。まったくフランス語の習得と一緒で、多少、へらへらしゃべれるようになってから、フランス語の文法書を読んだ。あーーー、なるほどぉーーーなどと、後になって理解する。ピアノも、理論書を読んだら、でたらめ、適当にやっていたつもりだったことが、理論書に書いてあって、あれまぁーーーなどと、後になって理解した。

その頃の演奏は、「挑発的」だった。パワーとスピードと暴力感みたいな感じに満ち溢れていた。ジャズクラブには、二十代のお客さんが多かった。で、あれ、挑発とハッタリって意味が違うんだけれど、「挑発的」および、これに「ハッタリ」が付加された演奏という感じ。「こけおどし」でもいいかしらねぇー。で、この頃の裕イサオの方がよかったという方々も、結構、いらっしゃる。最近は、なんか上手くなり過ぎて、つまらなくなった。なんても、いわれちゃったりするのである。「挑発力」の衰えと、「まあ、下手なら下手でいいや的自然体」、つまり「ハッタリ力」がなくなった。スピードだけ、辛うじて残った。

出している音を自分で理解しているのと、なんだか分からんけれど、ニャロメェーーーと叫んでほざいている音は、当然にして違う。どちらも音なんだけれど、後者の方が、お客さんの心に突き刺さるんだろうけれど、ほざいている方の体力が持たない。

と、自衛本能に導かれて、ミューじっちゃんが生まれた。
まず、自分を挑発しないといけなくなっちゃったぁーーー!
分別君。えっ、俺っ?

でもさぁー、本番になると、ジャズ神様に取り憑かれるわけ、別人二十八号君になるわけ。
俺が俺じゃなくなっちゃうわけね。

そうそう、八月二十日までは、勝手に夏休みにしちゃったんだけど、まあ、秋口の仕事初めがホームのジャズクラブでのソロピアノになりました。



2013年8月6日火曜日

バカンス

今年は、七月三十一日が水曜日だったから、フランス国民バカンス民族大移動が、八月三日と四日となりました。「南へ」ってな感じです。俺の嫌いなコートダジュールへ。俺は、あの辺り、苦手。富裕層が多過ぎて、俺は、昨日書いたけど、浮遊でけん。嫌い、なのだよ。

でも、書きながら考えた。俺の車は、ホンダシビック1997年。で、モナコに行く。たぶん、十メートルおきの警官に職務質問されると思う。空き巣狙いだと、たぶん、思われる。じゃ、ベンツの中型ぐらいので行く。貧乏人と思われる。じゃ、ベンツの四駆で行く。奥様のセカンドカーと思われる。じゃ、ポルシェカレラで行く。一応、モナコの庶民になる。でも、まあ、大枚叩いたレンタカーになる、もし、俺が乗っていれば...。こっちは、大枚叩いているから「得意の絶頂だぜって」なっているが、モナコ市民には、そうは映らない。

じゃ、フェラーリを借りる。タバコ屋の前なんかの歩道に乗り上がっているフェラーリが一杯あるから、結果は同じ。じゃ、マセラッティー。うん、ちょっと、注目かしら...。いやいや、ブガッティー辺りじゃないとねぇーーー...。

と、結局、大金持ちが、椰子の木陰でジキコ(乞食)へ、「ちみも、大金持ちになれば、こうして、寝て暮らせる℃ぉー」。ジキコ「へぇ、もう、ずっと、寝てますけど、ここで」。

こういうのを、ソイップ物語のキョウ君だから、ホンダシビックで、俺は、行く。

やっ、やばぁーーー、俺の名言、でっ、出ちゃ磯ぉーーー...。
「ブランドは俺だっ」。りゃ、出ちゃったよぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
けっ、俺は、浮遊層、どうだってぇーーーのっ!

追記

「庶民の味方」? わけもたのっ! わたけものぉーーー!
こちとら、庶民だぜってっ! 味方はいらんっ! 「庶民の見方」ということ、ね。





2013年8月5日月曜日

音虫採集

と、またまた、いい加減なタイトル。「浮遊層」にしようか、「たけしきたの」にしようか、二秒ぐらい迷った。

「浮遊層」はい、お金がないから、プールに大の字に浮くのである。軽いから

「たけしきたの」はい、たぶん、フランスで最も名前を知られた日本人。キタノマニアという人種がいる。昨晩、北野軍団のインタビューと、たけしさんご本人のインタビューをユーチューブで見た。凄い人だ、本当に。改めて書くことにする。

音虫、はい、「おんちゅうさいしゅう」と、さっき、ヤノピをくんなまししていたら、脳内に響いた。脳内の網鳥虫、あれ、虫取り網だよな、が浮かんできて、ヤノピって、複音楽器、なんで、こんなにややこしいものを.....。と嘆きつつ、じゃ、弾かなければいいんじゃないのぉーーーと言いながら、くんなまし。

あーーー、そうそう、ヤノピは、理数系向きって書いた、昨日だっけね?

うん、そうだろうなぁー、やっぱ、トランペットをやってみると、単音楽器だけど、「音自体がでない」、だから、にゃろーーーって、根性が出る。けど、ピアノはねぇーーー。なんだか、受験勉強しているような気になる時が、しばしば.....。

だから、ピアノで歌うのは難しいのであるのだのだ。



2013年8月4日日曜日

盛沢山

若い頃は、なんか、たとえば、美術作品とか小説とかピアノの一曲とかに、諸諸々諸々の諸々を詰め込もうとした。辛うじて、美術作品は、その難を免れている。マルセル デュシャン師匠の厳しい掟が、俺を自己表現から開放してくれた。小説は、今以て、垂れ流しの傾向がある。でも、これも、大変に大変なんだけど、ピアノの方は、沖至、佐藤真両師匠から羽交い絞めになっているので、やはり、こちらも、自己表現から、少しずつ、遠退いている。

若い頃? たとえば、なんだけど、俺のピアノの観客の年齢を、今、考えてみたら十代から八十代。なんの参考にも、ならん。俺は、年寄りなのか若いのか、これでは、じぇんじぇん分析でけん。年寄りぶるつもりも、若作りするつもりも、どちらも、ない。どっちでも、いい。つまらん若者も、つまらん、爺婆も、どちらも、大変に多いし、いかした若者も、いかした爺婆も、これまた、大変に多い。大体、俺がいかしたジーちゃんなのか、これも、分からん。

で、あれっ、また、忘れたよ、なに書きたかったのか?

あぁーーー、さっきね、ハ長調の練習したわけです。
まあ、いろいろとね、ジャズ屋だから複雑な和音を使ったけど、
やっぱ、なんか、いいねぇーーー。


2013年8月3日土曜日

ピアノと算数

段々、なんとなく、俺の最近のブログの調性が分かってきた。
書いても書かなくても、「どっちでもいいです感」が漂っている。
面倒くさいということもあるし、なんか、たぶん、「無口」になっているのだろうね。
あんま、お話をしたい、という感じではない。鬱なの? 全然違ってて、元気一杯なんだけど、ニコニコしながら無口なわけだ。考えたら、七月八月、このおフランスは、国全体がオフになっている。馬鹿んす、です。このオフモードの中で、ぎんぎらぎんブログを書く意欲はない。お休み、のみ。

このお休みモードの中で、ひたすら、おピアノ。真性馬鹿だ。
で、おピアノの練習の合間に、赤ワインをちびちび。で、練習を終わる。むらむらっと、ブログ。
と、このパターンが定着。でも、僕、書きたいのだぁーーーという、若々しい意欲は、まるでなし。でれぇーーーんと、うな、書くか、という感じ。

考えたら、昨年の九月からブログを始めたから、この夏ブログは、初めてなのである。
はい、じゃーーーねぇーーー。

じゃなくて、タイトルとの呼応はどうなっているの?
はい、ジャズメン楽器ごとの性格タイプ分布。ずぅーーーと前に一度、記事にしたけど、でれぇーんと書く。

「ピアノ」小柄、眼鏡、優等生。このタイプが多いと言われている。ふむ、まあ、八割ぐらいそうかもしれん。俺は、中背、サングラス、元優等生。一応は、はまる。
「ラッパ」俺の沖至師匠は、ラッパ吹きと言う。体育会系、根性系が多い。で、師匠自体は、ダンディー系で、全然違う。いい加減な意見だよなぁー。
「ドラム」真師匠を例に? 分からん。
「ベース」静かな人が多い。俺のトリオのヨラムもそうだ。

まあ、楽器、それぞれの特性があるんだろう。
ピアノは、コンピューター。根性系は、少ないだろうね。
あれっ、もしかすると、俺だけ? 

ジャズピアノは、理数系の方が、ベター、です。
頭の変な理数系。




2013年8月2日金曜日

貧弱な肉体

朝、起きる。右手手首から指に掛けて「痛み」。右手が腫れている、ような感じ。
庭仕事中の虫刺され、なんかの草に触れた、ないしは、とうとう真性アル中と、左手でコーヒーを飲み、交互にタバコ。この痛みは、初めて。ふむ。

首、両肩の神経痛、筋肉痛、これは、職業病。
でも、今朝のこれは.....。ぼわぁーーーと分析する。そういや、昨日、D♭7からC7という動きの練習をした。右手の動きが、通常の人間には、大変に難儀。これを繰り返しやった。

で、ありゃぁー、こんなこと書かなくてもいい気がするけど、俺は医者のナリ損ねなのですよ。
医学部を中退、ではなくて、入れなかったのね、舘ひろしと一緒。まあ、俺自身が、精神異常の傾向があるから、正解なのである。うわぁーーー、時効だぜってよ、これは。

で、いろいろと医学的な分析を自分でやる。
ふむ、たぶん、なんらかの筋肉痛であろうと分析。で、あんま、暑いから、よぉーーーし、試しにプールへ行ってみた。しかも、お昼にワインをコップ一杯飲んでいる。

いきなり飛び込み、もし、大病であれば、プールに浮かぶ。
これは、怖い。

で、前を手拭で押さえ(うそ。ついでに洗面器かって!)、三センチずつプールへ入る。心臓の辺りに、水をぱしゃぱしゃ。心臓麻痺は怖い。でも、カンカン照りで、水温推定二十六度。大丈夫と判断。平、クロール、背泳ぎ、バタフライとゆゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅくりやる。体全体が大ピアニスト養成ギブスのせいで、ぎくしゃく。もう、あっちこっち痛いのです。でも、ゆっくりほぐすと、なんとなく、若かりし日に、ちょっと戻った。

で、三十分ぐらいやってたら、おりゃーーーーー、たぶん、推定年齢三十五歳ぐらいになった。
急に水中眼鏡越しに、周りを見た。若いねぇーちゃん、あんちゃんの半分ぐらいは、さすがに、体が綺麗だ。おばさんとおじさん、ふむ、ぶよぶよぷるぷる。

で、俺は、まあ、ぶよぶよじゃないけど、中背の痩せ。
相当に貧弱なおじさんに、フランス人たちには見えている、はずだ。
でも、この霞のような肉体、これが「俺」なのである。

注 なに食ってんだってよっ、お前っ!



2013年8月1日木曜日

よもやま

初めまして、わたくし、「よも やま」と申します。くだらんねぇー。
でね、自分の最近の記事、再読してみると、ちょっと、「浮世離れ」し始めている気がする。
お読者様の方々の方がお気付きなのかも知れない。分からんのですよ、微妙に「音が違う」。

ブルーノートも、よく読むと入っている。不協和音も。
でも、なんか、「癒し系」の音になっている。
癒し? 他人を癒す? これは、トサリ(悟り)の境地なのだ、よ。

まあ、この境地になったのが十二歳の時だから、トサリを開いて四十二年。
はっきり、人生長過ぎ、ってこと。

で、これで、完結しちゃうんだよ、ブログ。で、いいや、ちょっと、よもやま、ね。

「注目記事」
なんだか、正直、毎日のように俺の記事が一位のところにある。
悪い気は、もちろん、しないし、ありがたいです。すいません、本当に。
でも、エッセイ村人口は五百八十人前後。なんだか、おこがましい。
ムカついている方もいらっしゃる気がしている。
すいません。
「クラッシック音楽」
うちのカミサンは、クラッシック音楽、西洋のっていう意味です、しか、聞かない。
グレンゴールドなんちゅう、ピアノ中毒の成れの果てみたいな人と演奏には、グッとくる、けど、
俺は、あんま、好きではない。で、おとつい、カミサンが、だれかのピアノ曲をサロンのステレオで流していた。ぼーーーと聞いた。素敵だった。でも、随分と音の使い方が違うなぁーと思った。
ジャズ屋の音感が、なんなのか、一瞬で分かった。で、それがなんなのかも。
「アンジャッシュ」
なんか、ユーチューブ、弄くってたら出てきた。
素晴らしい。俺と、脳機能が同じだと思ったし、もっと、ずっと、凄い。

はい、ヨモ ヤマでした。
チャオー。