初めて人前でピアノを弾いたのは、よく考えてみたら、妹の結婚披露宴の時だったから、丁度、二十五年前である。一体、なにを弾いたのだろう。当時は、ジャズ理論など知らなかったから、ジャズピアノのモノマネといった感じだったのだと思う。五歳から十二歳まで、バイエルをやった。
と、以上なのだけれど、その後も、なんか酔っ払うとジャズピアノのモノマネのようなことをやってはいた。タモリのご家庭でできるチックコリア。これに鼓舞された。俺でも、適当にできそうだと、マジで錯覚が起きたのである。で、三十代後半に、ひょんな切っ掛けで、沖至師匠に出会った。飴鞭。ご教示に添いつつ、少し、ジャズ理論の勉強を開始した。まったくフランス語の習得と一緒で、多少、へらへらしゃべれるようになってから、フランス語の文法書を読んだ。あーーー、なるほどぉーーーなどと、後になって理解する。ピアノも、理論書を読んだら、でたらめ、適当にやっていたつもりだったことが、理論書に書いてあって、あれまぁーーーなどと、後になって理解した。
その頃の演奏は、「挑発的」だった。パワーとスピードと暴力感みたいな感じに満ち溢れていた。ジャズクラブには、二十代のお客さんが多かった。で、あれ、挑発とハッタリって意味が違うんだけれど、「挑発的」および、これに「ハッタリ」が付加された演奏という感じ。「こけおどし」でもいいかしらねぇー。で、この頃の裕イサオの方がよかったという方々も、結構、いらっしゃる。最近は、なんか上手くなり過ぎて、つまらなくなった。なんても、いわれちゃったりするのである。「挑発力」の衰えと、「まあ、下手なら下手でいいや的自然体」、つまり「ハッタリ力」がなくなった。スピードだけ、辛うじて残った。
出している音を自分で理解しているのと、なんだか分からんけれど、ニャロメェーーーと叫んでほざいている音は、当然にして違う。どちらも音なんだけれど、後者の方が、お客さんの心に突き刺さるんだろうけれど、ほざいている方の体力が持たない。
と、自衛本能に導かれて、ミューじっちゃんが生まれた。
まず、自分を挑発しないといけなくなっちゃったぁーーー!
分別君。えっ、俺っ?
でもさぁー、本番になると、ジャズ神様に取り憑かれるわけ、別人二十八号君になるわけ。
俺が俺じゃなくなっちゃうわけね。
そうそう、八月二十日までは、勝手に夏休みにしちゃったんだけど、まあ、秋口の仕事初めがホームのジャズクラブでのソロピアノになりました。

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