2013年3月31日日曜日

長い庭

もう、3月も末だというのに、ちっとも暖かくならない。
春の鼓動が、ほんの少ししか感じられない。木々が、寒風の中、じっと耐えている感じばかりが伝わってくる。明日、正確には今晩、3月31日の早朝からサマータイムが始まるというのに。

さっき、階下にある庭(私の家は、丘の上に建っているので、庭のレベルが、一階下になる)を、ぶらぶらとしてきた。広大な庭というわけではなく、細長い庭。母屋から庭の外れまで、ぴったり60m。一人用の50mプールは作れる(笑)。なんぼ孤独系とはいえ、少し寂しいね、こんなプール。

諸々の木々が、そこそこにはあるというのに、芽吹く感じがほとんどない。唯一、林檎の木、山吹。それと梨の木のみ。その他は、沈黙している。

ここまで書いていたら、太陽が「まあまあ、ちょっと、待って」っていう感じで、薄曇の空の隙間から春らしい光を送り込んできた。うわぁー、眩しい。

私、たったったぁー、階下へ降りる。
階下の工具室(寒波を避けて屋内へ入れていたのです)から、鉢植えの椰子の木を、庭のテラスへ引っ張り出す。

椰子の木と並んで、私は太陽を見上げると、よぉーしと呟いた。



2013年3月30日土曜日

孤独とブログ

十二年振りに、小説、「らしきもの」を書き出してみて、この、物書き心理っていうものはなんなんだろうとも思う。大体、俺は、ミュージッシャンなのだから、この、篭って、しかも、日本語という言語枠に挟まって、なんかを書く。で、分からんって、言いそうで、実は、良く分かる。

でね、俺も孤独系だから、良く分かる。

社会、しがらみ、人付き合いなどなど、鬱陶しいと思う人も多い。どころか、八割ぐらい、そうなんじゃねぇーの? いや、もっとかしらね。

でね、今、俺は、究極の篭りのおじちゃま、そう、この小説っていう超キモ、超辛気の世界へ、人差し指を、またまた、ちょこっと、入れてしもたやなのね。

れれ、考えたら、辻さんも町田さんも、ミュージッシャンだよって!
ステージ組じゃんか。でも、篭って、小説、素晴らしい小説を書いている。

ステージで暴れる。篭る。
こうやって、人間バランスを取る。で、今度、篭りのおじちゃまになると、また、ステージへ。
で、そうそういつもステージがある訳ではない俺みたいなマイナー君。そうなると、ほれ、ブログを書くのだ。一人電話みてぇーな感じだよな。などと、言いつつ、受話器の向こうに、あなたがいてくれる。ありがとうな。


2013年3月29日金曜日

小説プラモ

昨日、書き溜めてあったブログの下書きを、すべて、削除。
その拍子に、アップした記事まで削除してしまった。失礼致しました。
一度、同じ失敗をしていて、ご愛読頂いている方が「キャッシュデータ」をコメントとして送って下さった。改めて、深謝致します。今回は、自力で復元。まったく、同じ記事が二つ。二つ目に再掲と追記致しました。すみません。

たぶん、私の小説裏話なんて、おもしろくないと思うのですけど、
もう、頭の中は、この小説プラモで一杯なので、お許し下さい。

いやぁー、もう、無数の書き方があって、あーでもないこーでもないと考え出したら切りがない。
プロットの設定、これだって、なしという選択肢があるし、文体、これは無数だし、じゃ、なにを書きたいのだという根源的な問いが、ぬぅーーーーーと現れるし、もぉーたぁーーーーーいへん。

で、面倒だからおちゃらけ文体、つまり、私のアホブロ文体のまま横書きで、まぁー、ちょっと奇を衒った物語にすっぺ。と思ったら、脳内に現れてきたのは、はい、富岡多恵子さんの小説郡、金子光春の晩年の三部作、深沢七郎さんの「笛吹川」。「百年の孤独」。ペソアの日記。そして、もうすっかり内容を忘れてしまった森敦さんの「月山」と、こんな感じなのですよ。

まず、オープンオフィスを縦書きにして、40字x30行と設定。字が小さくて、老眼には辛いので、20x20に変更。で、書き出したぁー! なっ、なんとっ! 結果は、以下、列記。

1) オジサンらしいしっとり文体
2) 自我なんかどっかいっちゃいました的、鳥瞰目線
3) 私と言う俺は、単なる語り部

と、私のアホブロの対極文体が出現。自分で、やや、驚いている。
で、その根源的な、初めの問いは、もう歴然としている。
そう、私たちの鳥瞰図、カメラアイという感じです。たぶん、これを虚無と呼ぶ。

少し、付け加えると、心のスイス人が空を飛んだっていう感じなのかしらね。
虚無って言ってもね、暗い重い切ないと言ったものの対極にある、あっけらかんとしたそれです。
自分の脳味噌も掘り下げて行くと、こんなもんが出て来たりする。悟り君なんて、その内、呼ばれんだろうな? 猿飛サトリ。



2013年3月28日木曜日

もう、書き始めてしまった 再掲

なんだか、さて、小説でも、などと呟いて、今日、すでに、書き始めてしまった。

自分でも不思議なほど、るんるんしている。
タミヤの戦車のプラモデルを購入した、少年の頃のるんるん感に似ている。
ふむ、まぁー、小説も、プラモデルといえばいえなくもない。

溜まったブログの下書き。まったく読み返す気持ちがなくなってしまった。
頭は、このプラモデルのことで一杯である。その勢いでブログも書かなくなっちゃうんだろうなぁーと思いきや、今、これを書き出した。

でね、昨日、やっぱ、縦書にすんべぇーと思い、諸々の機能を弄る。以下、省略。
で、でけん。力尽きる。インターネットで調べる。よっしゃーーー、ダウンロードかぁー。
弄くる。で、サキュリティーシステムに引っ掛かり、上手く行かない。力尽きる。なんだか、弄っている内に、分からん、絶対に、変なところをouiとやったはず。大体、俺のPC、元がフランス語版だから、英語になったり日本語になったり、途中で、オーケーがouiになったりしている内に、変なことになってきた。なんか分けの分からんもんをダウロード。PC内をすべてチェックとか出てきて、危うくキャンセル。りゃりゃぁーーー、なんだか怪しげな広告がばんばん出てくる。まぁー、嫌いじゃないけどなぁーーーなどと、見ていて、やっ、やばぁーーー、俺のPC、アホになってしまったぁーーー! 最上階に棲息する息子と呼ばれる成人男性を呼んでくる。リペアーしてもらった。危なかった。書き手、アホ。PC、アホ。二方向がアホでは、小説以前の問題である。

一晩中調べ捲くる。オープンオフィスの日本語版。これをダウンロード。なんどやっても、サキュリティーに引っ掛かる。とうとう、午前零時にダウンロード完了。へたり込む。もう、これだけで、小説は完成したような気になってしまったよ。

で、今日、使ってみた。つまり、小説らしきものを書き始めて見た。
久しぶりの縦書き。ピアノを立てて弾いている感じでリズムが掴み難い。やっぱ、やめっかなぁー、ね。脳がホリゾンタルになっているし、第一、俺はピアノ弾きだ、許してもらえんかねぇー。

そうそう、それで、昔、なんどか応募したことのある文学賞の応募規約を読んで見たら、どこにも「縦書で」って書いてない。ってことは、横でもいいのかしら? となるけど、通常は駄目です。のはずです。変わってなければ。

ところで、またまた、応募するのって? となる。分からない。なぜか?
すでに、俺の中に俺なりの小説感というものが存在しているから、他人様になにを言われようが、聞く耳持たずなのである。そうなると、選者の方のご意見というものも、豚に真珠。猫に小判。馬耳東風。糠に釘。暖簾に腕押しとなる。仮想締め切りっていう使い方もいいかも知れんけど、応募自体の意味は、やはり、ない。その前に、大体、力量がねぇーだろっての! そもそも。えっ、ぎょ! そうなのねぇー、たとえばね、俺が、ジャズピアノのコンクールに出たとする。
一時選考で、チャオォーーー、アビアントッ! となる。これは、絶対にそうなのである。もう、根っからのマイナー、アンダーグラウンド、ゲリラなのだよなぁー。日の目は見ないのだ、絶対に。

はい、でも、どうせ書くんなら、自分が納得できるもんにしたいわけね。
多少、出来が悪くてもね。ちょっと、虚無的なものになるんじゃねぇーかっても思うんだけど。
ブログ書くのと、随分、書くっていう行為のスタンスが違う。畏まっているといえばいえるけど、なんか、使う脳のパートが違う感じです。あっ、やっぱ、俺ってブログ脳かも知れん。まあ、ちょっと、このプラモデル、試してみます。


2013年3月27日水曜日

小説ねぇー、うむ

やはり、なんか、どこかで、もう一度、書いてみっかぁーという気持ちが蠢いている。
素晴らしい、この漢字。春に虫虫。文字通り、文字通りだ。
でね、ブログの下書きが、つまらんつまらんなどと言いながら、実は、溜まっている。
読み返す。つまらない。いや、俺が読んで。読者様からみると、詰まっているかもしんない。
だから、なんか、アップする気が起きてこない。いや、そういうことかぁー、書くことが嫌になったんじゃなくて、ブログとしてアップするのが、なんとなく、億劫になってきたってことかね。
はい、突然、俺のブログが途切れてしまったり、なんだか不定期更新になっちゃったら、ごめんください。はい、わたすが、変な文学おじさんですってことで。

で、昨日、ヘンリ ミラーみたいなスタイルと書いたんだけど、すべてが、気に入っているわけではない。一言でいうと、即興文で、哲学から下世話な話との間の振幅が気に入っている。ただ、下世話な話が、あまりにあまりの部分も多く。二十世紀の大文豪っていうのは、ちょっと、ヘンリ ミラーには似合わない気がする。大マイナー文学っていう感じなのです、俺には。いや、違う、確かに大自由人、大芸術家なんだけど、文豪ではないな。フリージャズだ、文章の。だから、大変に気に入って敬愛している。

とりわけ、これは、かなりの方が同意しているんだけど、「マルーシの巨像」。これは、素晴らしい。下世話部分がほとんどない。哲学エッセイっていう感じです。ただし、振幅ドシャメシャハーレーションは、代表作「北回帰線」の方が、遥かに上を行っている。このルール無視の内的パワー、この纏まりのなさは、脱帽です。無理やり、本という額縁に入れちゃったぁーっていう感じが、素敵なのです。出鱈目を無理やり八十八鍵の黒箱の中に入れちまったぁーと、フリージャズの真髄という気がしている。

あっ、そうそう、もしかすると、これをお読み頂いている方の中に、小説を書いてみようかな、ないし、すでに書いている方、いらっしゃるかもしれません。で、俺のやり方なので、もちろん、参考になんかはならないのですが、この蠢きを感じたら、とにかく、書き出してしまうのです。書くことはないとか、書きたくないとか、本当に書きたいことは書きたくないとか、こういうもじもじを一切無視して、書き始めてしまうのです。あれ、突然、どうでもいいことを思い出した。俺のPCって、縦書きできんはずだ。まぁー、いいや、横で。だって、ピアノの正式名称、我々の、ですが、横式白黒鍵盤指関節増幅器と呼ぶのです。りゃ、関係ねぇーか?



2013年3月26日火曜日

小説家

なんか、突然、十二年振りに小説でも書くかぁーと思った。

その前に、なんで、一時期、そんなものを書いていたかと言えば、
答えは単純で、「家でできる仕事」はないかしらって思っていたので、そうなったわけ。
究極の出不精だし、会社行くのめんどうだし、人と会うのも億劫、てな野郎には、丁度いいんじゃないって。

で、俺の唯一の単行本。本名で書いたやつ。本名と本のタイトルで検索したら、なっ、なんと、まだ、流通していたのだ! マジでびっくり。出版日1996年の七月なのですよ。へぇーーーってな感じです。

で、以前、応募したことのある文学新人賞の詳細を見てみた。
前と一緒で、応募総数2000名強だった。で、すぐに、決心が変わり、すぐ、止めた。
こんな天文学的な競争に、俺の思い付きなんてもんが、太刀打ちできるはずはない。みな、マジなのだ。おちゃらけ親父が出ていったって、植木等さんの「あっ、およびでない。こりゃまたぁー、失礼いたしあしたぁー」以上である。

ところで、俺が前から書きたいと思っている小説のスタイルがあるのですが、
ひとつはヘンリ ミラーのスタイル。小説っていうより長大なエッセイっていう感じです。
もうひとつは、ペソアの日記みたいな、これって、今でいうブログに近い。

で、前にも書いたんだけど、物語とか登場人物とか会話とか、これを、俺はまったく受け付けない。当然、書かないし、書けない。唯一、小説の形で、すげぇーーーって、今以て思っているのが、富岡多恵子さんの第一小説集「丘に向かってヒトは並ぶ」です。究極の観念小説。素晴らしい。たぶん、詩を書いていた富岡さんにしか、書けない。こんな凄いものは。

考えたら、ピアノのスタイルも同じだ。
既成曲を覚えて、自分なりの味付けをする。こういうまっとうなことができない。
まず、でたらめ。饒舌。いいかげんでめちゃくちゃ。で、その内、なんか、格好ができる。
逆プロセスなのである。

むむむ、やはり、インプロ小説、書いてみっかなぁーとか思うんだけど。
でも、そんなに書きたいことってあるのかって考えると、ない。
いや、いっぱいある。けど、それは、俺の脳内にひっそりしててもらって、一向に、構わない。

でね、本当に書きたいことは、書きたくないわけ。
これって、矛盾してないのである。



2013年3月25日月曜日

心のスイス人

と、なんどか書いた。
で、本当なのか?
で、嘘だ。

まず、性欲、食欲、嫉妬と、こういった煩悩がある。
物欲、金銭欲はない。

で、ちょっと、生々しい例え話をすれば、
別嬪のお姉さんがいる。しかも、俺は狙っている。
あっ、ちゃかちゃかと、横取り。

俺の目は爛々と輝き、動作はダニエル クレイグ。
地下の武器弾薬庫へ駆け下りる。ワルサーPPK。
映画、「スカイフォール」の中の、台詞。
「殺られる前に、先に殺る」って、呟く。
「アイ キルゼム フースト」だったと思うんだけど。

結局、どこも心のスイス人じゃねぇー。
と、お思いになるのは、早や、合点承知。
でね、こうはならないのね。「ありゃりゃぁーーー、と、盗られちゃったぁー」などと、呟き。
「まっ、赤ワイン飲んで、ピアノでも弾くかぁー」となって、突然、エリーゼのためになんかを弾く。

ギョ、なんか寂しいねぇー、こういう反応も。
人畜無害。おっ、やっ、やば。男じゃなくなっちゃったのかしらね。
じゃ、なんなんだ?

おかまでもねぇーから、おばさんかしら。
たぶん、おじさんと、おばさんの、アンドロジジーなのだ。


2013年3月24日日曜日

俺の愛読者様へ

と、書いてみた。けど、俺は、今、ご愛読頂いている(本当に、ありがとうございます)方々の実数を、ほぼ、掌握している。ふたつのサイト、および、グーグルブロガー経由。この三系列でのアクセス。本当に、俺のコンサートに足を運んでくれるお客様の数に等しい。記事に寄るのですけど、20---40なのです。で、リピーターの方を計算すると、やはり、ご愛読者様の数は、推定、二十名と算出。この数字は、本当に心地良いのです。ベスト。どばぁーーーなんていうアクセスは、いらないし、怖い。俺の高校の一クラスのアクセスを超えたら、超怖い。

で、何度も書いたけど、インターネットは、超怖いのです。
顔が見えない。実生活も見えない。とはいえ、小説なんて書いてた時期もあって、考えたら、俺の唯一の単行本は、一応、千部掃けたから、やっぱ、怖い。

じゃ、ヤノピはくんなましなのか?
はい、言葉じゃねぇーーーから、いいのだ。
分かる人にしか、分からんように音は出来ているから、ぱぴぷぺぽっぽなのだ。

やっぱ、言葉は怖いどぉーーー。っても、へめらけ言葉は、音と一緒なのであるのだ。
はい、意味を剥奪しちゃえば、怖くないわけね。だって、音だもぉぉぉぉぉぉぉぉん。
で、げんにんも、げるにして、みーいをだつはくすれば、とーおになるから一緒なのって。

かたわったしらか?

羽毛っ、俺は、もう、日本語、べっしゃらけんな。
あーそーげぇー。おぬうぢゃんも、あがぬげ、すたねぇー。


2013年3月23日土曜日

記事を削除してばかりいる

なんだか、最近、記事を書いては、公開前に削除というのを繰り返している。
どうしてなんだろう。前は、ほとんどなかった。なんらかの心境の変化はある。
文体も、あまり、スイングしていない。言葉の重量が、明らかに増している。

で、突然、田村(隆一)さんの詩が頭の中で木霊している。
なんどか抜粋した「帰途」という詩が。

うむ、まあぁー、あんま無理してスイングするのも、なんか変だから、このままにする。

そうだな、ブログ書いてて、楽しくないのだ。
むふふふふふ、こういう時、俺はミューじっちゃんだから、言葉のない世界に戻るのだ。
音の世界。こいつは堪らなくいいのだ。クリスタルの国、M第七星雲、ミューじっちゃんの故郷っていう感じなのだ。ここに、ぶぅーーーんと飛んで行く。音のプールの中で、ばしゃばしゃやったり、浮かんだり、溺れたりするのだ。

前に書いたけど、エリック ドルフィーの一言。
どんどん音は、中空に消えて行く。格好えぇーーー。うるうる。
がさばらないし。

でね、心の中点が定まらない時でも、定まっている時でも、へめらもの時も、むささびの時も、そそれその時も、もげなはの時も、しらうまの時も、ももんがの時も、さねつねの時も、くんなましの時も、ピアノの蓋を開けると、ピタッと、心が垂直になるのであるのだのだののの。くなとんな。俺はピアノなのか? どっちがどっちを弾いているのだ? そんなことは、へめねけだっ!
(はなもげら用語は、中洲産業大学森田教授の言動を脳内から抜粋)

時々、なんで俺はピアノを弾けるのだ、と、不思議な感じがする時があるわけ。
れれれ、なんでフランス語しゃべっとるのだ、俺、なんても時々思う。
なんかデジャブの反対現象みたいな感じなの、ね。


2013年3月22日金曜日

音ブログ3

富岡多恵子 詩「動物」1965より抜粋

だからどうするのだと

ともだちの他人はいうのだ

ところがきみは

コトバをたなにあげて

いつも

散歩に出るところだった














2013年3月21日木曜日

俺の高校

今、計算したら、俺が高校へ入学したのは、三十九年前だ。当時は、男子高だった。
自分で理解に苦しむ年月が経っている。おかしいな、俺、今、四十一なのになぁー、なんて。
相変わらず、桑田選手と同世代と思い込もうとしているのだ。掛布さんの世代だろって!

で、当時、一クラス四十七名。文系が五クラス。理系が五クラス。
で、各クラスに約十名。浪人組みがいた。だから、一年生の時に、年がひとつ上の連中がクラスにいて、こちらは、皆、長髪だから、直ぐに分かる。

で、長髪組み。隣町のその隣の隣からの連中。ちょっと、怖かったのだ。
高校入学、初日。俺は囲まれた。俺は、特に強面系ではないけれど、中学時代に野球部のキャプテン。で、キャッチャーだったから、当時はがっしりした体躯。身長も、相対的に長身。やはり、目立ったのだろう。
「おい、おめぇー、どこの中学?」
「坊主刈りだから現役だよな、おめぇー。生意気なんだよぉー、詰襟しろよ」
どつかれた。

少しすると、空手部のひとりから呼び出し。
体育館の裏に来いっ。
「おまえ、一年のくせに、体育館勝手に使いやがって。生意気なんだよぉー」
いきなり、回し蹴りが体育館のトタンの壁に炸裂した。今考えたら、そいつも一年だった。今頃気付いたぜって! 今度は、俺が呼び出したるって!

廊下の自販機から、俺は、コーヒー牛乳を取り出そうとした瞬間、通り掛かる番長に腕が当たってしまった。胸倉を捕まれた。既に、右手がパンチの体勢になっている。
「てめぇー、どこの中学だっ? 名前は?」
「はっ、はい、OO中のOOです」
「ん? OO?」
「はい」
「親父なにやってんだ?」
「OO」
急に胸倉から手が離れた。
「やっ、やべぇー、同業かよ」
「えっ? あっ、おまえ、あそこの倅?」
もうこれで、仲良しになってしまった。

いつの間にか、番長、俺、怖い連中、空手部の兄貴、そして、これが分からんのだけど、先頭集団の天才秀才。こういうバンドが出来ていた。このバンド、周りの連中には、相当、怖かったんだろうねぇー。俺たちと目を合わせないようにしていたな。今考えると。

今でも、俺たちは、仲良しなのだ。
このバンカラ気質、今でも変わっていないのも妙だな。
なんかクローズゼロを見て、涙したのは、どこか心がクロスしたのだろう。



2013年3月20日水曜日

音ブログ2

田村隆一詩集「言葉のない世界」1962
詩「帰途」より抜粋

言葉なんかおぼえるんじゃなかった
言葉のない世界
意味が意味にならない世界に生きてたら
どんなによかったか
















2013年3月19日火曜日

変な外人雑記

成田空港、到着。屋外へ。
ポケットから煙草を出す。おぉーーーとっとっとぉーーー。
そうだ、日本は駄目なのだ。と知人から聞いた話を思い出す。
横綱部屋を探す。はい、ご説明致します。相撲キング、はい、横綱のことです。くだらねぇーって。つったく。

バス停みたいなガラス小屋の中で、プッハァーーー。
野郎しかいない。女性愛煙家は、どうしているのだろう?
煙草を吸わない方々が、ガラス小屋の中の我々を、点目で見ている、はずだ。

常磐自動車道、友部インター。
おっわぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
うどん、そば、ラーメン、とんかつ、メンチカツ、たこ焼き.....。
大部屋中央。俺、甲子園で優勝した高校球児。ガッツポーズで泣いていた。
「俺、うるうるうるうる、日本に帰ってきたどぉーーー!」
「あら、お客さん、成田から?」
「あっ、おばさん、すっ、すいません、思わず.....。はい、さっき成田に」
「どちらから?」
「あっ、はっ、はい。フランスです」
「えーーー、素敵ですねぇー。一度、行ってみたい」
「あっ、はっ、はい」
結局、海老天そばを食った。拳で涙を拭いながら。

原町のコンサート。午後六時半。お客様方が到着。
れれれれれぇーーーーーー、女性のお客様、ほぼ全員が着物姿。
主催してくれた友人に耳打ち。「あっ、裕さん来るから、着物にしてもらったの」。
「あっそ、ありがとう」。やはり、俺はゲージンなのだ。

半径3メーターに幸せオーラの妹と、仙台駅の裏側で待ち合わせ。
メールで何度も、「兄貴は高級店は、駄目だかんね」って伝えてあった。
「間違いなく、お兄ちゃんが震えるお店、すぐそこ」
我々は、その震えるお店、大衆食堂、半田屋に直行。メンチカツと味噌ラーメン。超絶的に美味かった。二人で計700円っ! 会計で気絶した。

渋い戦国武将のような弟が、古川の駅前ホテルに迎えに来る。
こちらも、しつこく、「鄙びた居酒屋」、これを伝えてあった。
千鳥足、立ちションが似合う細道の一角。引き戸の居酒屋。テーブルの足がビールケース。
暖簾を捲り、もう、すでに、俺は泣いていたのだ。生ビール、いか納豆、焼き鳥.....。
俺の心は、生ビールの中でクロールしていた。

いわき市のヨークベニマル。
毎日、アホのように惣菜を買いに行った。
コロッケ、メンチ、いかげそ、ちくわの天ぷら。マカロニサラダ、安いうなぎの蒲焼。
急に、658円のフランスワインが目に留まった。そういや、俺、昔、ワイン党だったはずだ、と、急におフランス。買って飲んだ。この二級酒感が、大層、美味く、結局、ずっと、赤ちび(赤ワインをちびちび)と、ここだけ、いつもに戻った。

実家のテレビで、パリ十五区の朝市のドキュメンタリーをやっていた。
日本語字幕を読んだ。れれれれれ、言っていることも、同時に分かる。なぜだ?
えっ、なんで分かるのだ? 皆、パリは素敵って、横で言っている。そうだな、俺も、一度、行ってみるかぁー、なんて考えている。なんか、見ている内に、つまらなくなって、飛騨山脈の寒村の干し大根作りというドキュメントに変えた。貪り見た。皆、ヨォーロッパの町並み、綺麗ねぇーと言っている。「そうかなぁー」なんて、俺は答えている。「日本の方が、めちゃくちゃで活気があっていいねぇー」なんて、俺は答えている。

いわき市の平。喫茶店「ぱりー」が気に入り、煙草を吸いに通った。

俺は、なんと4㌔太って帰ってきた。
一週間で、2㌔減った。
ところで、高速のインターに、たとえば、午前十時とか、午後四時とかに入る。
いつも、カツ丼とかラーメンとか、カレー、ソフトクリーム、フランクフルトソーセージとかを食べている人がかなりいる。これって、朝食、昼食、夕飯、どれなのかしら? 謎だ。

 

2013年3月18日月曜日

音ブログ1

田村隆一詩集「言葉のない世界」より抜粋

言葉なんか覚えるんじゃなかった







2013年3月17日日曜日

変な変身と変心

トラックの形の 俺の脳が グワァーーー

変身ぃーーーん ガシャギョへへへ 巨大ロボット

と思いきや まっ拙い 失敗

なんだよぉーーー 頭だけ トラックじゃん

はい もう一度っ

ガッキィィィィィぃーーーー

おっ 体は成功したけど 雑念入っちゃったぁー 頭だけ マグマ大使
もう一度 おりゃぁーーーーー 下半身だけ マグマ大使
はっきり 分厚い股引穿いた 巨大ロボ

もう一度っ
りゃぁーーー 頭だけ 仮面ライダー
マグマ大使の顔の部分も ロケットのまま なんだよぉー しっかりしてよ
ぎょぉぉぉぉぉ 今度は 顔だけ ウルトラマン
下だけ ウルトラマンで 上は バルタン星人
突然 仮面ライダー キカイダー 顔 上半身 下半身
ばらばらばら なのだって
突然 顔だけ たけしさんで 下がミラーマン

おわぁーーーーー

なんとかしてクレヨン(このオジギャクは町田康さんのコピーライトです)

って言ったら 全身 ブースカになった俺の脳




2013年3月16日土曜日

ロボット

映画、トランスホーマァー。
普段は、トラックなんだけど、カシャカシャと巨大ロボットになる。
そういえば、マグマ大使も、ロケットから、マグマ大使。

こういうの、俺、大好き。
なんか、男の子ってな感じだ。
シニアになったせいなのだろう、こういうのが懐かしいし、なんか、妙に、熱くなる。

で、俺の心の形状なんだけど、
トラックとロボットの間みたいなわけ。
下だけトラック。ないしは、上だけトラック。

で、背広を着て、革靴履いて、ネクタイしてるんだけど、
ノーパンってな感じなのだ。

で、セクシー野郎なら、エッチだろうけど、萎びたシニア、そうそう、俺だ。
こんなのの、それだ。

俺だって、見たくねぇーって。
ギョへへへへへっ。あー、きもっ。


2013年3月15日金曜日

3月の雪

昨日、3月13日。
「にやにや笑い」という記事を書き終わり、あまりに天気が良いので、散歩に出た。
積雪15cm。イルドフランス県の3月の雪。この積雪量、私の記憶の中にはない。

車と人の通った後の雪が、シャーベット状になっている。
私は、畑仕事用のごつい長靴を履いて出掛けた。
サングラスを掛ける。

銀行、薬局、スーパー、パン屋と回る。
歩き難い。滑る。凍り付いた雪が潰れる微かな音。

暖かいバゲットを持って歩いていたら、私は、どこにいるのか分からなくなった。

先週まで、私は日本にいたのだ。
天気の良い日は、近所のセブンイレブンへ散歩がてら煙草を買いに行った。
煙草を吸いながら、セブンイレブンの向かえにある斜めになった古い日本家屋を見ていた。
取り壊し作業を待っているのだろう。ブロック塀が崩れ、屋根にブルーのシートが掛けられていた。

私は、快晴の空を見上げた。
頭上の太陽が、日本で見たそれと同じものであることを、子供のように、突然、気が付いた。


2013年3月14日木曜日

にやにや笑い

日本滞在中のふたつのコンサートのビデオ撮りを、今、見てみた。
俺は、終始、にこやかに、一応は見える。ただし、良く見ると、所謂、にやにや笑いだ。
どうして、終始、にやにや、動作もへなへなしている。フランスにいる俺の目付きは、いつも、刑事目だ。歩き方も、ダニエル クレイグなのに。そして、当たり前なんだけど、笑っていない時は無表情だ。この無表情が一切ない。終始、にやにや、へこへこ、にやにや.....。サングラスも外したから、もう、超絶善玉感が俺の半径3メートルに漂っている。実際、いい人ではあるにしても。

俺の故郷は、被災地。ここに、おフランス野郎が帰郷する。こういう形にはしたくないのだ。
俺は、全力で、その臭いを消そうと勤めた。そういう、ちゃらけた非礼を絶対にしたくないと思った。結果、裏目は明白である。謙虚を勤めるほどに、そのおフランスが現前している。

このなんとも不自然な笑い。不自然な物腰。マルセル デュシャンの物腰に良く似ている。
「そこに居ないような雰囲気」。そっくりだ。
本来の謙虚とは、程遠い。
裏自信でもない。一言で言うと、ばつの悪そうな感じ。
俺の中に、人様に自慢するようなもの。人の上に立とうという優越意識。そんなものは皆無なのだ。だから、逆に、下から目線が耐えられない。だから、俺は下、同じレベルに行こうとする。さらに下がる。だから、俺も下がる。

俺は、しみじみ、日本へ帰ることはないだろうと思った。
もはや、日本人ではなくなっている。
日本製のフランス人なのだ。とはいえ、俺は日本でも音楽活動をすることに決めたから、年一回程度は戻る。いや、行くかな。たぶん、福島、宮城、岩手。この三県を回ると思う。

諸々の葛藤が、にやにやへと通底している。
だから、もう、葛藤はしない。そのまま、おフランス。

仙台の妹が、「お兄ちゃん、実家の住所、横文字でしか出てこないの?」と言った。

俺は、分からない、その憧れの対象であるところの、おフランス芸能人を決め込むことにした。
ひとつのプロ意識なのかもしれない。いいんだ、そのままで、と、思った。

分からない。俺が不自然な逆噴射をしたところで、俺の故郷の仲間たちの「憧れを具現化した人物」。紛れもなく、それは俺なのだ。ならば、それでいいではないか、と考え方を変えたのだ。

うん、芸能人のあるべき姿なのだ。そう、銀幕の中にいるのだな。
だから、駄目なんだよな、そっから出て来ては。
よーーーし、堂々とおフランス野郎ってことだよな。

あっ、そうそう、不思議なのはピアノの演奏だけ、いつも通りなのだ。
ピアノは嘘付かない。このにやにやとのアンバランスが、我ながら変。
と、無表情で、今、これを書き終わった。


2013年3月13日水曜日

俺はどこに行くのか

二年前のその日から、俺の中のなにかが壊れた。
心身症を患った。ピアノを数ヶ月間、弾けなくなった。いつも折れた心と、なにも出来ない無力感を引き摺って、営業課長の激務に耐えていた。時折、不意に涙が訪れる。どうしようもなく涙が込み上げて来る。

直ぐにでも戻りたかった。余所者と化した俺が戻れる状況にはないことを悟った。
瓦礫の撤去すら手伝えないのだ。気持ちが沈んで行く。

昨年の五月。二十四年間続いた二重生活に終止符を打った。ピアノにすべてを集約することにしたのだ。もう、俺の中のへし折れた心のパワーの限界値を超えたと実感した。会社を辞した。

被災地の弟から叱責された。「兄貴、俺たちはそんなやわではない。あんたの仕事はピアノを弾くことだ。いつまでめそめそしているのですか」。俺は、ピアノを再開した。

一切の関連行事はお断りした。便乗という言葉が頭から離れない。
一切、そのことには触れない。俺なりの懺悔だった。
気が急いた。早く戻らねばと。とはいえ、外タレ面でのこのこ帰ることが怖くもなった。
気が急く、でも、怖い。また、心が引き裂かれた。
ブログを始めた。心のバランスを取るために。そして、それには一切触れないことに決めていた。精一杯、おちゃらけて均衡を取ろうとした。

叱責された弟と、強風の中、石巻市の真ん中に立った。俺たちの周りにはなにもない。舗装道路と、黄色が点滅する信号機。廃墟と化した小学校。俺はじっと立っていた。黙祷した。ご冥福を心からお祈りした。

地元の仲間たちは、皆、元気そうに見えた。でも、不思議な笑顔だった。
時々、空を見上げると涙が止まらなくなると言っていた。俺の過ごした福島県いわき市平。倒壊家屋が撤去され、町の至る所に駐車場が出来ていた。その風景は殺伐としていた。

俺は、親父と小名浜港に行って見た。瓦礫の撤去は済んでいた。岬公園の展望台。きらきら光る海を見詰めた。眼下に閉鎖された魚市場があった。活気、人の姿は、そこにはない。

友人の居る原町。庭のベンチに座ろうとしたら友人が家から飛び出してきた。「座っちゃだめ!」。放射線計量器を友人は、首から吊るしていた。隣の農家のおじさんが、耕運機で畑を耕していた。首を傾げる俺に、友人が耳打ちした。「耕していないと、気が狂う」。寂しそうに笑った。「だから、皆、普通に振舞っているんだ」。

俺は、宮城県北部からいわき市まで、親族知人を訪ねた。
バス、車で大きく迂回をしないといけない。車窓から、名取市の現在を見た。
二年前のその日、フランスのテレビの中の映像が、まざまざと蘇る。俺は、静かに頭を下げた。

平の老舗ジャズクラブ「クイーン」。初めてコンサートに「復興」の文字を入れた。
俺は、ピアノで叫んだ。渾身の演奏をする以外に、俺の中のもやもやを解消する術はないのだ。
俺は、ギャラを断った。「裕さん、気持ちは分かる。でも、もう、それはお互いに止そう。仕事は仕事だから」。受け取る以外にはなかった。

俺は、「さくらさくら」を弾いた。富岡町の桜並木が脳裏を通り過ぎる。「とおりゃんせ」、原発で遮断された警戒区域と重なる。「大きな栗の木の下で」、なかよくのフレーズに涙が止まらなくなった。この演奏は、動画として、いずれ公開することに決めた。郷里への返礼として。

この二年間のもやもや。心労。生活スタイルの激変。そして、定まらない心の中枢。悔恨、無力への懺悔。亡くなった方々。避難生活を送る方々。被災地の風景。自殺の連鎖。空の笑顔。諸々の現況に対峙できるものはあるのかと思う。

そして、俺の中で壊れていたものが、再度、元の形ではなく、もうひとつの別の形として、再構成されたことを実感した。もう、めそめそしていても始まらない。俺は、日本での音楽活動をフランス側のそれと並行して行うことを決めた。俺に出来ることは、それしかないのだ。ピアノを弾く。渾身の演奏をする。これ以外に、なにもないことが、ようやく分かったのだ。

もう、結論はひとつだろう。芸能道楽者の極北へ。これ以外にはないのだ。
震災性心身症。この病から脱出する時なのだ。俺も、分からない、ひとつの被災。ひとりの被災者だったことに気が付いた。俺ごときがと自制が働いていた。おこがましい戯言と封印してきた。

六年ぶりの帰郷。
分からない。なにか、不思議な覚醒感に包まれている。




2013年3月12日火曜日

えーびーしー

えーと、と書いて、少し、ビビる。どこからか、シィーーーって声が聞こえる。で、いいんじゃないと呟く。無理にエフエフエフと笑ってみる。じーーーとする。エッチな愛が込み上げて来る。得るものはないのだ。再度、笑む。と書いても、なにも得ぬ。おーーー、ピピピッと閃く。キュっと心が時めく。ネタなんて、沢山、あーるのだよ。まあ、ええす。痛ってぃー。余裕余裕。部位部位。ダブって隆起する。もう、止めてえっくす。ワイワイ騒ぐ。わはははは、やったぜっと。

いきなり、営業再開。脳内改装工事、終了。なのに、もう、イサオ節なのだ。
どこが改装されたのか、謎だ。うーーーん、書かない、やはり。

で、昨日から、こちらは雪で、本日は、大雪。

で、俺は、国連会議に出席して居ったのであるが、
体中に、禁治産者シールと、変な外人シールと、だめだこりゃシールをべたべた張られて、
オホーツク海に飛び込み、ロシア大陸を走り抜け、疲れたので、ワルシャワから自転車で、展望台サロンへ帰って来たのである。

取り急ぎ、営業再開のお知らせでした。
まだ、時差ボケと本ボケの境目が見えないので、本日は、これまで。

追伸

皆さん、お元気でいらっしゃいましたか?
俺? ちょっと、脳および全身ヘめらも状態です。
ちょっと、自主トレせんと.....。