なんとなく、ブログのスタイルを変えようと思ったら、またまた、執筆欲に火が付いてしまった。
更新することに意義あり、などと、ちょっと、嫌々書いていたところもあったのだ。ばれてしまった気がする。
でね、正直、やはり、ブログというメディアを疑っている。
旧人類の偏見そのものなのかもしれない。
なんか、文学は、正座して和服着て、蓋付きの湯飲みでお茶。原稿用紙にモンブランの万年筆で縦書き、じゃないとできないような思いが、少し、ある。
そして、やはり、それは偏見なんだと思う。でも、となる。
で、「私にとっての文学」は、私の脳の琴線に、「文学として」引っ掛かるかどうか、考えたら、それだけ。でも、「文学として引っ掛かる」の、この「文学」ってのがなんなのか分からないのだ。あっ、そうか、私の脳琴線に引っ掛かるもの=文学とすれば、分かり易いね。でも、私以外の方のそれに引っ掛かるのかは、分からないから、結局、なんか、馬鹿な結論だけど、自分の脳琴線に引っ掛かる諸々、これは膨大な量があるのね、要は、それを書けばいい、ということになる。そして、私以外の方に読まれて、偉大な文学者として、私の銅像が、小学校の欅の木の下に立つ。結果として、そうであればいいし、結果として、そうでなくてもいい、と、やったぁー、やっと、結論がでたぜって!
よぉーーーし、大文学者養成ギブスは撤去っ! 撤去とは言わないよね、身に着ける物を。
あっ、そうそう、だから、自分の脳琴線に引っ掛かるものをブログに書く。
で、それが、文学として私以外の方のそれに引っ掛かる。
てことは、ブログが文学であっても理論上は、おかしくないから、私の疑惑は、偏見となる。
ところで、筒井康隆大師匠。現在は、大作家として認知されている(よね?)。
漠然と昔と書いてしまうけれど、「ありゃー、文学じゃないね」という人、結構多かった。
ドタバタァエンタメ小説。で、筒井さんの肩書きも「SF」作家と、フリージャズピアニストみたいだった。筒井さんのエッセイとか読むと、大師匠自身、結構、むっとなさっていたことが分かる。
たぶん、立川談志師匠も、同じような境遇が続いたと推測している。
やはり、クリエーターの悲劇ではある。
なんて、偉そうに言っているけど、私自身、ブログ、インターネット小説、携帯小説とか、すぐに、目が点目、懐疑目になる。書籍書籍とかなるのである。やはり、おやじらしい反応。でも、上記理論上は、発表の仕方の問題ではないということは明白である。自分に抗議する。
と、ポリシー、スタンスを変えて、数少ないご愛読者様がご納得なされまするのか頂けるのか、お疑問である。媚ちゃんが、背骨の辺りでもじもじ。それでなくても少ないのによぉーーー、ゼロはやだぁーーーとも思うが、致し方なし。もう、私の嫌らしい本質がばれてしまった。私は、自己中のお芸術家なのであることが、ばれてしまった。当然、世間様へ対してメガロ目線である。致し方ない。宿命だっ!
2013年1月31日木曜日
2013年1月30日水曜日
脳内現況満載ブログ
記事の執筆日とアップの日が、少しずつズレ始めている。
本日、1月28日2013年は、快晴、真っ青。宇宙船から見える地球を、反対側から見ている実感が込み上げて来る。突然、地球の海の面積を思い出したり、コスミック現象を脳が起こしている。
「コメント」
被害に合われたブロガーさん、ごめんなさい。
時々、私は、コメント狂に変身する。赤ワインをちびちびやっている内に、もう、なんとしてもエールを送りたい。ファンであることをお伝えしたい。この欲求が、どうにも抑えられなくなる。ただし、得体の知れない裕イサオなんちゅう三文芸人からのコメント。ご迷惑になる可能性大なので、ある意味、姑息なのかもしれないけれど、非公開で、と送ってしまう。そして、翌朝、起きて後悔する。ひとつには、コピーしていないので、内容は、もちろん、覚えているけれど、自分のコメント、非公開なので再読できない。今後は、コピーしておくことにします。すいません、いい加減なコメンテーターで。
インターネットというバーチャルな世界。当然、ブロガーさんご本人と面識はない。そして、お会いする可能性も、とてつもなく低い。こういう関係の中で、コメントする。一抹の後悔は、なんか馴れ馴れしい文章だったかしら? 言い回しが適切だったのだろうか? たまたまなのだろうけれど、コメントお送りした後、更新がされていないと、とんでもなく心配になってくる。応援の仕方が、拙かったのかな? 応援自身がご迷惑と感じる方もいらっしゃるだろうな、とか、いろいろと考えてしまう。なんか変なんですけど、自分のブログ以上に、気を使ってしまう。
ブログは、公に開かれているし、文責は、すべて、私にある。
コメントは、その方、特定された個人へのメッセージ。しかも、面識のない方へ、である。
個人攻撃という、私が、もっとも嫌いな方向も可能であるところが、物凄く怖い。
いや、応援、エールの送り方も難しいと、いつも、思っています。
私個人は、応援コメントを頂くと本当に嬉しい。でも、そうでない方もいるかもしれないという一抹の不安が拭えないのです。
「心のスイス人の内的実態」
物事には、賛否両論が付き物。
山下洋輔さん。初期の演奏スタイル。拳、肘打ち。よくピアノの弦を切る。ペダルを折る。消防服姿。海岸にグランドピアノ。燃え上がるピアノを朽ち果てるまで演奏する。
現代美術家、ナムジュンパイク。画廊の真ん中で、アップライトピアノを斧で破壊。
例として書いたのですけど、当然、信奉する側と、非難する側という二極が生まれる。で、後者の方が、圧倒的に多数である。この状況下での、自分の意見ないし立ち位置は、どこにあるのか? ここが、スイス国籍の分かれ目になる。好き嫌いというレベルではなく、ある意味、社会的な立ち位置なのかもしれない。好き嫌いは個人ベースなので、一向に構いません。
マルセル デュシャンの歴史上の最初か二番目のスキャンダル。レディーメイド(既製品)という概念があるのだけれど、二十世紀初頭の現代美術展に、男性トイレ用の日本で朝顔と呼ばれる便器を寝かせて展示。マットムットと便器に署名。展覧会主催側より撤去勧告。「これは芸術ではない」。デュシャンは展覧会自体から脱会。
現代美術家内部でも、ふたつの意見が交差する。批判組み、あんなのは、売名行為のペテン師だ。
非常におもしろいのは、デュシャン自身の見解。
「私は、あれを芸術だと定義はしていません。あそこに置いただけなのです。私が腹を立てたのは、出品形式自由という趣旨で開催された展覧会の開催側が、展示を拒否したことです。スキャンダルは、私の意図ではありません。あれを、単に置いた。それだけです。それは、作品ではなく、私の中の、問い掛けのひとつとして置いたのです」
そして、彼の口癖。「たぶん」。
「自由の容積」
私は、社会的な意味での自由。そんなものはないことは知っている。
だれしも、巨大な人間社会の一員だから、当然、なんらかの歯車のひとつである。
そして、お金が絡んでくる。当然、利害の迷宮の中で生きるしかない。
幸い、私たちには脳という究極のプライベート空間がある。
この中での話なのだ。私のこのブログの二番目の項目。例として書いてみたけれど、こういった事象が、脳内へどのように投影されるのか。そういうことです。
なんだか、ややこしいブログになってしまった。
ここ近々、こちら、間もなくホモセクシャルの婚姻が合法化される。
テレビでは、この賛否両論の討議が、さかんに行われている。
動物としての自然の摂理に反するという、反対派の方も多い。
私個人は、それも一理あるとは思う。反面、自然の摂理を破壊し続けているのは我々でもある。こちらも一理。その他、諸々の討議の切り口がある。
と、ここまで書いてお昼を取った。もう、脳内シンコペが止まらなくなった。で、3日分ぐらい書いてしまう。
「俺のブログ」
俺、俺って、うるせぇなぁー、おやじっ! となる方も多々いらっしゃるはず。で、これは、俺という一人称で語られる「ワン ノブ 人類ズ」と、ご理解願います。ヘンリ ミラーは、「俺は、一個の人類史なのだ」と言っている。そこまで、コスミックではないけれど、ベクトルは同じだ。
でね、複数の仲間から、「裕さんって、やっぱ、すげぇー、真面目な人ですよね」って、言われた。ばれないようにばれないようにと書いていたつもりなのに。でも、毎日、長期に渡って書いてれば、本質は、当然でる。
それから、ある読者の方から、「裕さんが書かなくてもいい、おちゃらけ記事。必要ないのでは」というご指摘。この時、沖師匠の一言が脳内でマッターホーンエコー状態となった。
「なあ、イサオ。お前は芸術家。ヘビーな人間だ。わざとらしいおちゃらけ演奏は、止めろっ」
ところで、俺の中に、たしけさんと似た精神構造がある。
真面目人間、情に脆い、おセンチetcetc。そして、内的暴力満載のドSだ。
矛盾したふたつの要素を内包してしまうと、ドSなのに、いじめとか一切しないというネジレが起きる。そうなると、算数上のバランスは、ひとりサドマゾ。いじめの対象が自分になる。で、自分の本質とは懸け離れた、おちゃらけ、お笑い、ひょうきんとかをやってしまう。結局、自分で自分を笑っていじめるという倒錯人間となる。自分の真面目さを自分で笑い、踏みにじる。と、こうなる。
でも、真面目人間はばればれなので、やはり、ブログスタンスを変える時が来ていると思う。
タイトル、腰帯、ブロ画は変えないけれど、スタンスは、変えないといけないだろう。もう、三文芸人のPRブログなんていう言訳はよします。三文芸人さんに失礼だ。ある意味。
そう、格調高い、真面目な、高級文学ブログに変えちゃう。
または、孤高の芸術家の呟きとか、真の芸術家の心の叫びとか。
おー、やっぱ、ブログのタイトルとか一新しちゃおうかしら?
むむむ、またまた、ひとりサドマゾ神が、俺の様子を伺っている。出番はないのぉーーーって。
めんどくせぇー、キャラだよなぁー、ったく。
本日、1月28日2013年は、快晴、真っ青。宇宙船から見える地球を、反対側から見ている実感が込み上げて来る。突然、地球の海の面積を思い出したり、コスミック現象を脳が起こしている。
「コメント」
被害に合われたブロガーさん、ごめんなさい。
時々、私は、コメント狂に変身する。赤ワインをちびちびやっている内に、もう、なんとしてもエールを送りたい。ファンであることをお伝えしたい。この欲求が、どうにも抑えられなくなる。ただし、得体の知れない裕イサオなんちゅう三文芸人からのコメント。ご迷惑になる可能性大なので、ある意味、姑息なのかもしれないけれど、非公開で、と送ってしまう。そして、翌朝、起きて後悔する。ひとつには、コピーしていないので、内容は、もちろん、覚えているけれど、自分のコメント、非公開なので再読できない。今後は、コピーしておくことにします。すいません、いい加減なコメンテーターで。
インターネットというバーチャルな世界。当然、ブロガーさんご本人と面識はない。そして、お会いする可能性も、とてつもなく低い。こういう関係の中で、コメントする。一抹の後悔は、なんか馴れ馴れしい文章だったかしら? 言い回しが適切だったのだろうか? たまたまなのだろうけれど、コメントお送りした後、更新がされていないと、とんでもなく心配になってくる。応援の仕方が、拙かったのかな? 応援自身がご迷惑と感じる方もいらっしゃるだろうな、とか、いろいろと考えてしまう。なんか変なんですけど、自分のブログ以上に、気を使ってしまう。
ブログは、公に開かれているし、文責は、すべて、私にある。
コメントは、その方、特定された個人へのメッセージ。しかも、面識のない方へ、である。
個人攻撃という、私が、もっとも嫌いな方向も可能であるところが、物凄く怖い。
いや、応援、エールの送り方も難しいと、いつも、思っています。
私個人は、応援コメントを頂くと本当に嬉しい。でも、そうでない方もいるかもしれないという一抹の不安が拭えないのです。
「心のスイス人の内的実態」
物事には、賛否両論が付き物。
山下洋輔さん。初期の演奏スタイル。拳、肘打ち。よくピアノの弦を切る。ペダルを折る。消防服姿。海岸にグランドピアノ。燃え上がるピアノを朽ち果てるまで演奏する。
現代美術家、ナムジュンパイク。画廊の真ん中で、アップライトピアノを斧で破壊。
例として書いたのですけど、当然、信奉する側と、非難する側という二極が生まれる。で、後者の方が、圧倒的に多数である。この状況下での、自分の意見ないし立ち位置は、どこにあるのか? ここが、スイス国籍の分かれ目になる。好き嫌いというレベルではなく、ある意味、社会的な立ち位置なのかもしれない。好き嫌いは個人ベースなので、一向に構いません。
マルセル デュシャンの歴史上の最初か二番目のスキャンダル。レディーメイド(既製品)という概念があるのだけれど、二十世紀初頭の現代美術展に、男性トイレ用の日本で朝顔と呼ばれる便器を寝かせて展示。マットムットと便器に署名。展覧会主催側より撤去勧告。「これは芸術ではない」。デュシャンは展覧会自体から脱会。
現代美術家内部でも、ふたつの意見が交差する。批判組み、あんなのは、売名行為のペテン師だ。
非常におもしろいのは、デュシャン自身の見解。
「私は、あれを芸術だと定義はしていません。あそこに置いただけなのです。私が腹を立てたのは、出品形式自由という趣旨で開催された展覧会の開催側が、展示を拒否したことです。スキャンダルは、私の意図ではありません。あれを、単に置いた。それだけです。それは、作品ではなく、私の中の、問い掛けのひとつとして置いたのです」
そして、彼の口癖。「たぶん」。
「自由の容積」
私は、社会的な意味での自由。そんなものはないことは知っている。
だれしも、巨大な人間社会の一員だから、当然、なんらかの歯車のひとつである。
そして、お金が絡んでくる。当然、利害の迷宮の中で生きるしかない。
幸い、私たちには脳という究極のプライベート空間がある。
この中での話なのだ。私のこのブログの二番目の項目。例として書いてみたけれど、こういった事象が、脳内へどのように投影されるのか。そういうことです。
なんだか、ややこしいブログになってしまった。
ここ近々、こちら、間もなくホモセクシャルの婚姻が合法化される。
テレビでは、この賛否両論の討議が、さかんに行われている。
動物としての自然の摂理に反するという、反対派の方も多い。
私個人は、それも一理あるとは思う。反面、自然の摂理を破壊し続けているのは我々でもある。こちらも一理。その他、諸々の討議の切り口がある。
と、ここまで書いてお昼を取った。もう、脳内シンコペが止まらなくなった。で、3日分ぐらい書いてしまう。
「俺のブログ」
俺、俺って、うるせぇなぁー、おやじっ! となる方も多々いらっしゃるはず。で、これは、俺という一人称で語られる「ワン ノブ 人類ズ」と、ご理解願います。ヘンリ ミラーは、「俺は、一個の人類史なのだ」と言っている。そこまで、コスミックではないけれど、ベクトルは同じだ。
でね、複数の仲間から、「裕さんって、やっぱ、すげぇー、真面目な人ですよね」って、言われた。ばれないようにばれないようにと書いていたつもりなのに。でも、毎日、長期に渡って書いてれば、本質は、当然でる。
それから、ある読者の方から、「裕さんが書かなくてもいい、おちゃらけ記事。必要ないのでは」というご指摘。この時、沖師匠の一言が脳内でマッターホーンエコー状態となった。
「なあ、イサオ。お前は芸術家。ヘビーな人間だ。わざとらしいおちゃらけ演奏は、止めろっ」
ところで、俺の中に、たしけさんと似た精神構造がある。
真面目人間、情に脆い、おセンチetcetc。そして、内的暴力満載のドSだ。
矛盾したふたつの要素を内包してしまうと、ドSなのに、いじめとか一切しないというネジレが起きる。そうなると、算数上のバランスは、ひとりサドマゾ。いじめの対象が自分になる。で、自分の本質とは懸け離れた、おちゃらけ、お笑い、ひょうきんとかをやってしまう。結局、自分で自分を笑っていじめるという倒錯人間となる。自分の真面目さを自分で笑い、踏みにじる。と、こうなる。
でも、真面目人間はばればれなので、やはり、ブログスタンスを変える時が来ていると思う。
タイトル、腰帯、ブロ画は変えないけれど、スタンスは、変えないといけないだろう。もう、三文芸人のPRブログなんていう言訳はよします。三文芸人さんに失礼だ。ある意味。
そう、格調高い、真面目な、高級文学ブログに変えちゃう。
または、孤高の芸術家の呟きとか、真の芸術家の心の叫びとか。
おー、やっぱ、ブログのタイトルとか一新しちゃおうかしら?
むむむ、またまた、ひとりサドマゾ神が、俺の様子を伺っている。出番はないのぉーーーって。
めんどくせぇー、キャラだよなぁー、ったく。
2013年1月29日火曜日
コンサート間近
今日は、1月27日、日曜日。
今朝、「ブログで文学する?」という記事を書いた。今晩、アップするので、この記事は、明日アップ。
今晩は、沖至師匠のコンサートに出掛ける。
レアールの高級レストランの地下にある、実におしゃれなジャズクラブ。
なんとなく、東京の六本木辺りに来ている錯覚がいつも起きる。
昔、Tという即興演奏家の巣窟ライブハウスがあったんだけど、ここの元オーナー主催の、ライブハウスT縁のミュージッシャンたちシリーズの第二弾(だと思う)。当然、出演者、皆、顔見知り。俺も、随分、Tにお世話になった。
このライブハウス、コンセプトが徹底していて、「即興のみ」「メロディー弾く奴は出さん」以上。尖がったコンセプト、本当。で、俺、ソロピアノで出してもらった時、サマータイムをマッハ3で弾いてオーナーの顰蹙。掟破りなのだ。といってもマッハ3だったから、許してもらったけど。
と、尖がった楽しい思い出のところです。
で、考えたら、俺の師匠のトランペット。客席で聴くのは、久しぶりだ。
共演者として聴くのとは、大分違うから、実に楽しみ。で、今晩、お目に掛かって、30日には、裕イサオ、佐藤真、フューチャリング沖至をやるから、客席およびステージで聴くことになる。師匠から、「MF Bflat」という暗号メールが既に来ている。
でね、俺は、饒舌暴力スピードピアノを得意としているから、バラードは苦手。
俺にとっては、大変な挑戦になるのである。おぉーーーし、新境地新境地。
沖師匠のトランペットは、ご存知の方も多いと思います。物凄くリリカル。音が悲しくて寂しい。このトランペットという楽器で、こういう音が出るのである。師匠の深奥に、なにかがあるのだろう。やはり、簡単には出ない音である。
因みに、同じ楽器を弾く、吹く。人によって、全然、違う音が出る。
一度、一部に別のピアニストで、二部、俺。お客さん、俺も、あまりの音の違いに仰け反った。
沖師匠「イサオのピアノは重い音。ピアノで重い音出す奴って、あんまり、いないね」
俺「師匠、タッチが強いからでしょうね」
師匠「うぅーーーん、そういう意味じゃないの。お前自体がヘビーなんだよ」
俺「重ければいいってもんなんすか?」
師匠「うん」
俺「ふぅーーーん」
師匠「お前の、その尖がったつっぱりが、愛らしいな、俺は」
という会話。
絶対に、俺の悪いところは言わないのだっ!
こうして、俺は、邪頭の道へと導かれたのである。(小さい声で。師匠も認めているのだ=人生を台無しにされたのである(爆笑))。
深謝。
今朝、「ブログで文学する?」という記事を書いた。今晩、アップするので、この記事は、明日アップ。
今晩は、沖至師匠のコンサートに出掛ける。
レアールの高級レストランの地下にある、実におしゃれなジャズクラブ。
なんとなく、東京の六本木辺りに来ている錯覚がいつも起きる。
昔、Tという即興演奏家の巣窟ライブハウスがあったんだけど、ここの元オーナー主催の、ライブハウスT縁のミュージッシャンたちシリーズの第二弾(だと思う)。当然、出演者、皆、顔見知り。俺も、随分、Tにお世話になった。
このライブハウス、コンセプトが徹底していて、「即興のみ」「メロディー弾く奴は出さん」以上。尖がったコンセプト、本当。で、俺、ソロピアノで出してもらった時、サマータイムをマッハ3で弾いてオーナーの顰蹙。掟破りなのだ。といってもマッハ3だったから、許してもらったけど。
と、尖がった楽しい思い出のところです。
で、考えたら、俺の師匠のトランペット。客席で聴くのは、久しぶりだ。
共演者として聴くのとは、大分違うから、実に楽しみ。で、今晩、お目に掛かって、30日には、裕イサオ、佐藤真、フューチャリング沖至をやるから、客席およびステージで聴くことになる。師匠から、「MF Bflat」という暗号メールが既に来ている。
でね、俺は、饒舌暴力スピードピアノを得意としているから、バラードは苦手。
俺にとっては、大変な挑戦になるのである。おぉーーーし、新境地新境地。
沖師匠のトランペットは、ご存知の方も多いと思います。物凄くリリカル。音が悲しくて寂しい。このトランペットという楽器で、こういう音が出るのである。師匠の深奥に、なにかがあるのだろう。やはり、簡単には出ない音である。
因みに、同じ楽器を弾く、吹く。人によって、全然、違う音が出る。
一度、一部に別のピアニストで、二部、俺。お客さん、俺も、あまりの音の違いに仰け反った。
沖師匠「イサオのピアノは重い音。ピアノで重い音出す奴って、あんまり、いないね」
俺「師匠、タッチが強いからでしょうね」
師匠「うぅーーーん、そういう意味じゃないの。お前自体がヘビーなんだよ」
俺「重ければいいってもんなんすか?」
師匠「うん」
俺「ふぅーーーん」
師匠「お前の、その尖がったつっぱりが、愛らしいな、俺は」
という会話。
絶対に、俺の悪いところは言わないのだっ!
こうして、俺は、邪頭の道へと導かれたのである。(小さい声で。師匠も認めているのだ=人生を台無しにされたのである(爆笑))。
深謝。
2013年1月28日月曜日
ブログで文学する?
ある方との交信の中に、「俺はブログで文学するつもりはありません」と書いた。
ふむ。その前に、「文学」ってなに? これを定義しないと、俺の文章自体がおかしいということになる。
二十年前ぐらいに文学新人賞に、せっせと原稿を送っていた時期がある。
今はどうなのか、ちょっと、分からないけれど、純文学、エッセイ、エンターテイメント、同じことだけど娯楽小説とか、読み物なんていうカテゴリーになっていた。
初期は、純文学というカテゴリーの賞に応募。ピアノ再開を境目にエンターテイメントと変わった。
と書いても、なんの定義にもならない。ちょっと、矛先を変える。音楽。
ありゃ、全部、「学」が付いてる。美学。まあ、いいや。
(違うじゃん! 音楽だけ、「楽」だっ! 素晴らしいねぇー!)
たとえば、俺、俺らの音楽。「ありゃーーー、音楽じゃ、ねぇーーー」というご意見も、しばしば出る。と、やはり、文学と同じで、じゃ、音楽ってなに? となる。
で、俺なりの極私的個人的普遍性はない見解は、リズム、たとえば太鼓叩いて踊る。酒を飲む。いちゃつく。皆で盛り上がる。これが、音楽と理解している。だめかしら? 「いや、高級な音楽は、そうじゃない」なんて方も出てくるから、なんだか分からなくなる。高級文学なんていうジャンル。ネイミングとしては、おもしろい。
シンセサイザーとピアノ。俺は、どちらも弾くけれど、ミュージッシャンの見解は、シンセは、あんまりテクのないやつが弾く。となっている。これは、オートマとマニュアル車の関係に、ちょっと、似ている。おーーー、軽音楽と純音楽。エンタメと純文学。なんか、同じレベルじゃないような.....。
で、ピアノ弾けるやつは、シンセも弾けるけど、逆は難しいのである。
タッチが重いし、ロングトーン出せないから、やはり、正確な技術がないと持たない。
車の関係とほぼ、同じだ。
あはははは、結局、なにを言いたいのか、自分でも全然、分からない。なんか、なんにでも、クラス分けみたいのがある。軽と純。で、後者の方が、一般的には、高級。俺は、どっちの肩も持たないスイス人。
んじゃ、俺の文学の定義は? ってなる。これも、極私的個人的普遍性なし見解。
俺の脳の琴線に触れるかどうか。となるけど、俺の脳の琴線を説明、定義しないと、これじゃ、分からない。で、当然、それぞれのそれが違う。あと、触れ方の度合いも違う。分からないから、放置放置っ!
んじゃ、芸術とは?
これは、けっこう、きっぱり、独断で定義されている、俺の頭の中で。
社会的な自由ではなくて、脳の自由の容積。夏目容積だっ!
で、これは大きいほど、本人が駱駝。楽しいし、他人との争い事が皆無になる。
ユーモアのメカニズムが、すべてを消化してしまうのだ。ユーモアって、お笑いとも、ちと、違うのである、俺にとっては。俺は、俺のことが嫌いだと言い張る奴と、仲良しになったりする。そういうことね。
そうね、文学、音楽、各自が各自、勝手に定義。または、定義しない。
もう、なんでもいいのだ。
ふむ。その前に、「文学」ってなに? これを定義しないと、俺の文章自体がおかしいということになる。
二十年前ぐらいに文学新人賞に、せっせと原稿を送っていた時期がある。
今はどうなのか、ちょっと、分からないけれど、純文学、エッセイ、エンターテイメント、同じことだけど娯楽小説とか、読み物なんていうカテゴリーになっていた。
初期は、純文学というカテゴリーの賞に応募。ピアノ再開を境目にエンターテイメントと変わった。
と書いても、なんの定義にもならない。ちょっと、矛先を変える。音楽。
ありゃ、全部、「学」が付いてる。美学。まあ、いいや。
(違うじゃん! 音楽だけ、「楽」だっ! 素晴らしいねぇー!)
たとえば、俺、俺らの音楽。「ありゃーーー、音楽じゃ、ねぇーーー」というご意見も、しばしば出る。と、やはり、文学と同じで、じゃ、音楽ってなに? となる。
で、俺なりの極私的個人的普遍性はない見解は、リズム、たとえば太鼓叩いて踊る。酒を飲む。いちゃつく。皆で盛り上がる。これが、音楽と理解している。だめかしら? 「いや、高級な音楽は、そうじゃない」なんて方も出てくるから、なんだか分からなくなる。高級文学なんていうジャンル。ネイミングとしては、おもしろい。
シンセサイザーとピアノ。俺は、どちらも弾くけれど、ミュージッシャンの見解は、シンセは、あんまりテクのないやつが弾く。となっている。これは、オートマとマニュアル車の関係に、ちょっと、似ている。おーーー、軽音楽と純音楽。エンタメと純文学。なんか、同じレベルじゃないような.....。
で、ピアノ弾けるやつは、シンセも弾けるけど、逆は難しいのである。
タッチが重いし、ロングトーン出せないから、やはり、正確な技術がないと持たない。
車の関係とほぼ、同じだ。
あはははは、結局、なにを言いたいのか、自分でも全然、分からない。なんか、なんにでも、クラス分けみたいのがある。軽と純。で、後者の方が、一般的には、高級。俺は、どっちの肩も持たないスイス人。
んじゃ、俺の文学の定義は? ってなる。これも、極私的個人的普遍性なし見解。
俺の脳の琴線に触れるかどうか。となるけど、俺の脳の琴線を説明、定義しないと、これじゃ、分からない。で、当然、それぞれのそれが違う。あと、触れ方の度合いも違う。分からないから、放置放置っ!
んじゃ、芸術とは?
これは、けっこう、きっぱり、独断で定義されている、俺の頭の中で。
社会的な自由ではなくて、脳の自由の容積。夏目容積だっ!
で、これは大きいほど、本人が駱駝。楽しいし、他人との争い事が皆無になる。
ユーモアのメカニズムが、すべてを消化してしまうのだ。ユーモアって、お笑いとも、ちと、違うのである、俺にとっては。俺は、俺のことが嫌いだと言い張る奴と、仲良しになったりする。そういうことね。
そうね、文学、音楽、各自が各自、勝手に定義。または、定義しない。
もう、なんでもいいのだ。
2013年1月27日日曜日
ブログの賞味期限
寒波が去った。
まだ、ところどころに雪が残っている。
どんよりした雨空。
こういうお天気が一番すっきりしない。
ちょっと、気持ちが沈んでくる。
なんの理由もないけれど、やはり、心の中も雨空だ。
と、今日書いて、3日位寝かしていると、超快晴。心も快晴なんていう日に、これをアップというネジレ現象が起きる。
そんなにお天気の様相って大事なのか?
もちろん、農家には当然だけれど、フリージャズピアニストという職種に?
コンサートの客足が鈍るとか、そういう影響は多少はあるけど、その程度の話だ。
毎日、展望サロンから、空の様相を見て、一喜一憂している。
空の様相が、心のそれと共鳴している。大丈夫なのかしら? そんなんで。
雨空を見て、理由もなく、めそめそ。
変なおやじっ!
思い出せないんだけど、若い頃って、こんなだったかなぁー?
土砂降りの中、海パン、水中眼鏡して、ボルドーの町中を自転車に乗って、しかも、屋外プールに行っていた、あの若者、馬鹿者は、どこに行っちゃたの?
急に思い出した。
ボルドー時代。俺は、前衛芸術家と呼ばれる、フリージャズピアニストより、さらに怪しげな人種をやっていた。小さなアパート。台所、サロン、寝室。アパート全体がアトリエだったから、作品、材料、工具が散乱していた。それはいいのだけれど、寝室の中に、風呂桶とおトイレが、そのまま、どんと置いてあったのね。お風呂場にベッドがあったのか、寝室に風呂桶が置いてあったのか、今以て、分からない。
まだ、ところどころに雪が残っている。
どんよりした雨空。
こういうお天気が一番すっきりしない。
ちょっと、気持ちが沈んでくる。
なんの理由もないけれど、やはり、心の中も雨空だ。
と、今日書いて、3日位寝かしていると、超快晴。心も快晴なんていう日に、これをアップというネジレ現象が起きる。
そんなにお天気の様相って大事なのか?
もちろん、農家には当然だけれど、フリージャズピアニストという職種に?
コンサートの客足が鈍るとか、そういう影響は多少はあるけど、その程度の話だ。
毎日、展望サロンから、空の様相を見て、一喜一憂している。
空の様相が、心のそれと共鳴している。大丈夫なのかしら? そんなんで。
雨空を見て、理由もなく、めそめそ。
変なおやじっ!
思い出せないんだけど、若い頃って、こんなだったかなぁー?
土砂降りの中、海パン、水中眼鏡して、ボルドーの町中を自転車に乗って、しかも、屋外プールに行っていた、あの若者、馬鹿者は、どこに行っちゃたの?
急に思い出した。
ボルドー時代。俺は、前衛芸術家と呼ばれる、フリージャズピアニストより、さらに怪しげな人種をやっていた。小さなアパート。台所、サロン、寝室。アパート全体がアトリエだったから、作品、材料、工具が散乱していた。それはいいのだけれど、寝室の中に、風呂桶とおトイレが、そのまま、どんと置いてあったのね。お風呂場にベッドがあったのか、寝室に風呂桶が置いてあったのか、今以て、分からない。
2013年1月26日土曜日
ナルシスインタビュー
「裕イサオさん、こんにちは」
「はい、サオイウーユさん、こんにちは」
「今年で、フランスにいらして、丁度、30年ですね」
「うん、そうね、幼稚園の時に来たから」
「なんか、御年、バサ読んでません?」
「サバサバ」
「若く見られたいのですか?」
「ぜぇーーーん、ぜん。あのね、チャンジーになるとね、なにが衰えるだろっ、これは駱駝」
「相当、なにに引き摺り回されたのですか?」
「人並みには、という意味ではね。だって、俺って、トータルインテリジェンスなのだよ、ウーユさん、でね、なにが邪魔してたの、お分かり? 脳に特化しねぇー、なにがあるとよ」
「じゃ、なには、もう、全然の全然なのですか?」
「明るい老人のなに、だ。陰に篭らない。もてもてちやほやで、ほれ、選択肢が、そこいら中じゃん、このシュチエーション、いいんだなぁー、もう、明るくてよぉー、でも、衰えちゃったら、その、なに、選択肢も、自然を見る目というものに変わるのだね、ある意味、作家目線だよ、部外者なのだね。悲しいねぇー」
「ところで、裕さんのブログの読者数、両手両足の指の数を超えましたが?」
「うん、お陰様で。俺、指でしか勘定できないから、丁度いいの。でも、最近、ちょっと、超え始めているのね。俺の小学校の1クラスぐらい(47人)までなら、勘定できるけど、それ以上は、ヤダね」
「でも、世界人口、および、芸能人というお立場からすると、あまりに、あまりのチャンチキでは?」
「おぉーーー、あんた、突っかかって来るわけね。多い少ないは、俺が判断するのだよ。いいのであるし、大体、俺ヤダよ、アクセス数70万人(有吉さんのツイッターかなんかの数字)、1日なんての。いいの、熱狂的なファンがいいの、俺はね。でもね、内輪で凝り固まるのはいかん、いつも開かれていなければね。それで、いつも開かれていて、そうであれば、いいじゃん、それで。くどいけど、ファンだけに囲まれて、有頂天は良くない。あんたのピアノは、だめだこりゃ、つー人もいるから、謙虚に聞くか、理不尽だったら喧嘩するのだよ。表に出ろって、ね。で、じゃんけんと、おはじきで勝負を付ける。あやとりでもいいけど」
「ところで、裕さんは、日本で音楽活動をなさってませんけど」
「うん、基本的には。でも、今年の2月から3月に掛けて、8年振りに3回のソロコンサートを行います」
「8年振り?」
「うん、早いものだねぇー。それで、俺は基本、日本での活動はしていない。なんでかって言うと、なんか、外タレ、おパリよりのご帰国、そりゃ、商売ベースでは、売りのひとつではあることは、分かっているけど、どうも、天邪鬼でね、なんか、ヤなのね、それ」
「でも、裕さんのピアノは、インサイダーでは、暴力ピアノとか、スポーツピアノとか呼ばれてますよね、プラス、やはり、フランスでご活躍というのは、芸能人としては売りでしょうに」
「うん、分かってるよ。ひとつだけ訂正ね。俺は、有名でもないし、活躍なんてしていない、売れないピアニストだよ。フランスは、単に住んでいる、だけ。俺個人にとっては、どこもセールスにはなっていない。暴力ピアノとか野蛮人ピアニストとか、世界で指が一番早いとか、これは、エスペラントな意味で、俺のセールスポイントなんだけど、本国でやると、それが後回しで、おパリからって、こっちが先になるのが、天邪鬼の元になっているわけ。なんか、そんなんで、ご大層なミュージッシャンに見られる。これがしっくりしない。むむむ、裏自信かもしれん、俺のピアノは脳味噌初期化して聴いてくれっ! すげぇーんだぞっ! という自信の裏返しのエントロピーアルキヘンデスのパラドックス偏屈天邪鬼の理論だ」
「なんですか、それ?」
「うーん、こっちでやっているとさ、日本人の、なんていうのは全然セールスにはならん。ワンノブジャズ屋。色眼鏡がないから、実力剥き出しだ。そこで、どう評価されるのか、めちゃめちゃ言われるのか、知りたいのはそれだけなの、そういうこと。だから、どうしても、こっちの活動に集約となっちゃう」
「CDは出されないのですか?」
「現在まで、オフィシャルになっているものは、1枚だけ。当然だ。売れないピアニストのCDなんか、どこも出さん。それとね、もうひとつ、俺は、ライブピアニストなの。その場で、燃え尽きてしまって、以上で、いいのだ。そういうポリシーもあることはあるようなアディダスのアンデス山脈のイーデスハンソンの負け惜しみ?」
「裕さんの履歴って、ちょっと不思議ですよね。美術、文学、音楽と、世界制覇でも狙っているのですか?」
「あっ、これね、これ、本当に説明簡単なの。ウーユさん、現代美術の祖、マルセル デュシャン、ご存知?」
「名前は知ってますけど、人と作品、詳しくは存じません」
「でね、彼はね、絶対に、同じコンセプトの作品を作らない。3点までと自分で決めてたのね。印象派、キュビズムの時代を通り、独特な概念芸術に辿り着いた。代表作、通称大ガラス、この1点の制作に8年掛けて、確か、33歳ぐらいで、未完のまま放置。それからは、フランス語の先生、図書館員とかして、途中からチェスプレイヤーになって、フランスのチャンピョンにもなった。で、晩年は、20年ぐらい、秘密のアトリエで、超大作を作っていた。分かります、この、人生? 彼は、私は商売人ではないと言っている。公の人間ではないし、毎日、絵を描きたい欲求もないと晩年のインタビューに答えている。猛烈に少ない作品群は、ほぼ、すべて、フィラデルフィア美術館へ寄贈。全作品(ほぼ)が1カ所にある美術家は、彼しかいない」
「とんでもなく、オリジナルな人ですね」
「うん、そう。こんな美術家は、歴史上に彼だけだ。で、彼にとってのチェス。社会的な要素がない。脳内の美学しかない。純粋に観念の世界である。そして、社会的に無意味なことで、人生という暇を潰している。こういうことなのね。彼の中にある芸術という概念に一致していたわけね」
「で、俺はね、今以て美術家、デュシャン直系のと思っている。ほぉーら、分かったかしら、デュシャンのチェスが、俺のピアノなのだ。で、彼の真似をしているのか? 多大なる影響は認めるけど、要は、同じような脳構造なのだろう、基本的に。解決などない、そもそも、問題がないのだから。この名言が、そのまま、脳に入るの、俺」
「はい、サオイウーユさん、こんにちは」
「今年で、フランスにいらして、丁度、30年ですね」
「うん、そうね、幼稚園の時に来たから」
「なんか、御年、バサ読んでません?」
「サバサバ」
「若く見られたいのですか?」
「ぜぇーーーん、ぜん。あのね、チャンジーになるとね、なにが衰えるだろっ、これは駱駝」
「相当、なにに引き摺り回されたのですか?」
「人並みには、という意味ではね。だって、俺って、トータルインテリジェンスなのだよ、ウーユさん、でね、なにが邪魔してたの、お分かり? 脳に特化しねぇー、なにがあるとよ」
「じゃ、なには、もう、全然の全然なのですか?」
「明るい老人のなに、だ。陰に篭らない。もてもてちやほやで、ほれ、選択肢が、そこいら中じゃん、このシュチエーション、いいんだなぁー、もう、明るくてよぉー、でも、衰えちゃったら、その、なに、選択肢も、自然を見る目というものに変わるのだね、ある意味、作家目線だよ、部外者なのだね。悲しいねぇー」
「ところで、裕さんのブログの読者数、両手両足の指の数を超えましたが?」
「うん、お陰様で。俺、指でしか勘定できないから、丁度いいの。でも、最近、ちょっと、超え始めているのね。俺の小学校の1クラスぐらい(47人)までなら、勘定できるけど、それ以上は、ヤダね」
「でも、世界人口、および、芸能人というお立場からすると、あまりに、あまりのチャンチキでは?」
「おぉーーー、あんた、突っかかって来るわけね。多い少ないは、俺が判断するのだよ。いいのであるし、大体、俺ヤダよ、アクセス数70万人(有吉さんのツイッターかなんかの数字)、1日なんての。いいの、熱狂的なファンがいいの、俺はね。でもね、内輪で凝り固まるのはいかん、いつも開かれていなければね。それで、いつも開かれていて、そうであれば、いいじゃん、それで。くどいけど、ファンだけに囲まれて、有頂天は良くない。あんたのピアノは、だめだこりゃ、つー人もいるから、謙虚に聞くか、理不尽だったら喧嘩するのだよ。表に出ろって、ね。で、じゃんけんと、おはじきで勝負を付ける。あやとりでもいいけど」
「ところで、裕さんは、日本で音楽活動をなさってませんけど」
「うん、基本的には。でも、今年の2月から3月に掛けて、8年振りに3回のソロコンサートを行います」
「8年振り?」
「うん、早いものだねぇー。それで、俺は基本、日本での活動はしていない。なんでかって言うと、なんか、外タレ、おパリよりのご帰国、そりゃ、商売ベースでは、売りのひとつではあることは、分かっているけど、どうも、天邪鬼でね、なんか、ヤなのね、それ」
「でも、裕さんのピアノは、インサイダーでは、暴力ピアノとか、スポーツピアノとか呼ばれてますよね、プラス、やはり、フランスでご活躍というのは、芸能人としては売りでしょうに」
「うん、分かってるよ。ひとつだけ訂正ね。俺は、有名でもないし、活躍なんてしていない、売れないピアニストだよ。フランスは、単に住んでいる、だけ。俺個人にとっては、どこもセールスにはなっていない。暴力ピアノとか野蛮人ピアニストとか、世界で指が一番早いとか、これは、エスペラントな意味で、俺のセールスポイントなんだけど、本国でやると、それが後回しで、おパリからって、こっちが先になるのが、天邪鬼の元になっているわけ。なんか、そんなんで、ご大層なミュージッシャンに見られる。これがしっくりしない。むむむ、裏自信かもしれん、俺のピアノは脳味噌初期化して聴いてくれっ! すげぇーんだぞっ! という自信の裏返しのエントロピーアルキヘンデスのパラドックス偏屈天邪鬼の理論だ」
「なんですか、それ?」
「うーん、こっちでやっているとさ、日本人の、なんていうのは全然セールスにはならん。ワンノブジャズ屋。色眼鏡がないから、実力剥き出しだ。そこで、どう評価されるのか、めちゃめちゃ言われるのか、知りたいのはそれだけなの、そういうこと。だから、どうしても、こっちの活動に集約となっちゃう」
「CDは出されないのですか?」
「現在まで、オフィシャルになっているものは、1枚だけ。当然だ。売れないピアニストのCDなんか、どこも出さん。それとね、もうひとつ、俺は、ライブピアニストなの。その場で、燃え尽きてしまって、以上で、いいのだ。そういうポリシーもあることはあるようなアディダスのアンデス山脈のイーデスハンソンの負け惜しみ?」
「裕さんの履歴って、ちょっと不思議ですよね。美術、文学、音楽と、世界制覇でも狙っているのですか?」
「あっ、これね、これ、本当に説明簡単なの。ウーユさん、現代美術の祖、マルセル デュシャン、ご存知?」
「名前は知ってますけど、人と作品、詳しくは存じません」
「でね、彼はね、絶対に、同じコンセプトの作品を作らない。3点までと自分で決めてたのね。印象派、キュビズムの時代を通り、独特な概念芸術に辿り着いた。代表作、通称大ガラス、この1点の制作に8年掛けて、確か、33歳ぐらいで、未完のまま放置。それからは、フランス語の先生、図書館員とかして、途中からチェスプレイヤーになって、フランスのチャンピョンにもなった。で、晩年は、20年ぐらい、秘密のアトリエで、超大作を作っていた。分かります、この、人生? 彼は、私は商売人ではないと言っている。公の人間ではないし、毎日、絵を描きたい欲求もないと晩年のインタビューに答えている。猛烈に少ない作品群は、ほぼ、すべて、フィラデルフィア美術館へ寄贈。全作品(ほぼ)が1カ所にある美術家は、彼しかいない」
「とんでもなく、オリジナルな人ですね」
「うん、そう。こんな美術家は、歴史上に彼だけだ。で、彼にとってのチェス。社会的な要素がない。脳内の美学しかない。純粋に観念の世界である。そして、社会的に無意味なことで、人生という暇を潰している。こういうことなのね。彼の中にある芸術という概念に一致していたわけね」
「で、俺はね、今以て美術家、デュシャン直系のと思っている。ほぉーら、分かったかしら、デュシャンのチェスが、俺のピアノなのだ。で、彼の真似をしているのか? 多大なる影響は認めるけど、要は、同じような脳構造なのだろう、基本的に。解決などない、そもそも、問題がないのだから。この名言が、そのまま、脳に入るの、俺」
2013年1月25日金曜日
さまぁーず風日本昔話
「桃」
むかしむかし チャンジーとチャンバーがいた
チャンジーは 山の上のジャズクラブに行き チャンバーは 川の辺のクリーニング屋へ行った
チャンバーが 川面を見ていると どんぶりこどんぶりこと どんぶりが流れて来た
その中に 桃が入っていた
「かさかさ爺」
枯れ木に花を咲かせましょう
と 爺さんがいったけど その桜の木は すでに 根元から切られていた
「鶴ちゃん」
チャンジーは 庭で怪我をしていた鶴を手厚く手当てした
右足から 血が出ていた
消毒し 包帯を巻き 空へ放った
3日後 はたおり機をしょった優香ちゃんが 玄関に立っていた
チャンジーの目 すでに 恩返しの必要はなかった
「ちぽ」
愛犬のちぽが フランス語で ここほれオワァンオワァン と言った
庭の片隅を掘った
ちぽが オワァンオワァンと泣き続けるので 徹夜で掘ったら ブラジルに出た
「大紙少年」
金のなる木を手に入れた ゼニリュウム
みなに 言いふらした
冷たかった友達が 急に 優しくなった
「働き者」
松田裕作主演
蘇る勤労
お粗末でしたっ!
むかしむかし チャンジーとチャンバーがいた
チャンジーは 山の上のジャズクラブに行き チャンバーは 川の辺のクリーニング屋へ行った
チャンバーが 川面を見ていると どんぶりこどんぶりこと どんぶりが流れて来た
その中に 桃が入っていた
「かさかさ爺」
枯れ木に花を咲かせましょう
と 爺さんがいったけど その桜の木は すでに 根元から切られていた
「鶴ちゃん」
チャンジーは 庭で怪我をしていた鶴を手厚く手当てした
右足から 血が出ていた
消毒し 包帯を巻き 空へ放った
3日後 はたおり機をしょった優香ちゃんが 玄関に立っていた
チャンジーの目 すでに 恩返しの必要はなかった
「ちぽ」
愛犬のちぽが フランス語で ここほれオワァンオワァン と言った
庭の片隅を掘った
ちぽが オワァンオワァンと泣き続けるので 徹夜で掘ったら ブラジルに出た
「大紙少年」
金のなる木を手に入れた ゼニリュウム
みなに 言いふらした
冷たかった友達が 急に 優しくなった
「働き者」
松田裕作主演
蘇る勤労
お粗末でしたっ!
2013年1月24日木曜日
ぽかぁーんと時間が空いた
なんか、ぽかぁーんと時間が空いた。
せかせか族の私には、こういう時間は珍しい。
大雪で外出もままならないし、とはいえ、一日中家事だ、ピアノの練習だともいかない。
で、こういう空白地帯となった。で、ブログの書き溜めを、結局、せかせかやることにした。
すでに、二篇書いてしまった。まだ、ピアノの練習時間まで、45分あるから、がめつく三篇目を書き始める。
今、ブログ村のランキングを見たら、なっ、なんと7位っ!
一回、4位ってなってて、本当に仰け反ったっ!
ちょ、ちょい、お待ち下さい。と、私の場合はなる。
毎日、お気に入りブロガーさんのリンクバナーを押すのが楽しみで、そちらの順位ばかり見ていて、時々、あっ、ちょ、ちょい、まちぃーーー、と自分のを見て、びっくりしたりする。
本当に、ありがたいです。お辞儀。
なんとなく、段々、元気ブログみたいになってきている。
イサオちゃんのやつね、読むとね、なんか、元気でるの、あたし、俺。
こんな感じだと、無内容なりに、一応、多少の役に立っているということにはなる。
いやぁー、それにしても、自称人間嫌いの偏屈親父などといっているが、すっかり、村の住人になっている。なんか、良く考えると、私の言動というのは、非常に巧妙に仕掛けられた裏セールスに、結果なっているような気もしてきた。本意ではない。と、書くと、またまた、ポイントがアップ。いや、本当に本当に本意ではない。と、またまた、アップ。もう、こりゃー、人徳だわい。ということにしちゃおう。
ところで、随分前に「ナルシスインタビュー」という記事を書いた。未だにアップしていない。
もう、わたくしの本質がすべて書かれていて、うーーーむ。あまりに真実だもんなぁー、こんなもん、アップして、アップアップになっちゃってもなぁー、などと、躊躇しているところもあるが、それよりなによりも、こんな俺の本質なんて、だれも興味ねぇーのに、うざいなぁーーー、もじもじ。また、芸術家気取りかよぉー、とか、自分でなってしまう。とはいえ、愛読者様へは、やはり、お伝えしたいのでもあるから、ちょっと、考える。
閑話休題
もう、寒いので、髭剃り、鼻毛切り、爪切り、もう、風呂に入るのも億劫になっている。
もう、風呂にooo日入っていない。南極探検隊である。極限の不精の後に、熱い風呂に入ると、この喜びは膨大になるのだ。メンデルスゾーンの反比例の法則である。
で、こういったことには超不精なのに、世間でいう「筆不精」。これは、ゼロ。
筆まめお君だ。ブログ記事、ちゃっちゃちゃ。メールの返信、ちゃちゃちゃ。一回なんぞ、問い合わせのメールが来るだろうと、返信を書いていたら、案の定、来た。二秒後に返信したら、先方から、電話。「もしもし、はっ、はやぁーーーーー。あんた、スーパーマンなの?」。
無内容とはいえ、なんぼでも書けちゃう体質。なんなんだこりゃ。考えたら、よく、ジョークを飛ばすお話好きでもある。どこが暗い人間嫌いなのだ? 自分の営業だけ、頑なにしないと、馬鹿じゃねぇーの、本業だけ、超偏屈になる。逆だ。すぐ、金はいらんとかいってしまう。
結局、世間とか仕事とか社会とかシガラミとか、こういうのが嫌いなだけじゃねぇーのって!
そうかぁー、俺って、超ヒューマンなのかも知れんなぁー? 良く分からん。
せかせか族の私には、こういう時間は珍しい。
大雪で外出もままならないし、とはいえ、一日中家事だ、ピアノの練習だともいかない。
で、こういう空白地帯となった。で、ブログの書き溜めを、結局、せかせかやることにした。
すでに、二篇書いてしまった。まだ、ピアノの練習時間まで、45分あるから、がめつく三篇目を書き始める。
今、ブログ村のランキングを見たら、なっ、なんと7位っ!
一回、4位ってなってて、本当に仰け反ったっ!
ちょ、ちょい、お待ち下さい。と、私の場合はなる。
毎日、お気に入りブロガーさんのリンクバナーを押すのが楽しみで、そちらの順位ばかり見ていて、時々、あっ、ちょ、ちょい、まちぃーーー、と自分のを見て、びっくりしたりする。
本当に、ありがたいです。お辞儀。
なんとなく、段々、元気ブログみたいになってきている。
イサオちゃんのやつね、読むとね、なんか、元気でるの、あたし、俺。
こんな感じだと、無内容なりに、一応、多少の役に立っているということにはなる。
いやぁー、それにしても、自称人間嫌いの偏屈親父などといっているが、すっかり、村の住人になっている。なんか、良く考えると、私の言動というのは、非常に巧妙に仕掛けられた裏セールスに、結果なっているような気もしてきた。本意ではない。と、書くと、またまた、ポイントがアップ。いや、本当に本当に本意ではない。と、またまた、アップ。もう、こりゃー、人徳だわい。ということにしちゃおう。
ところで、随分前に「ナルシスインタビュー」という記事を書いた。未だにアップしていない。
もう、わたくしの本質がすべて書かれていて、うーーーむ。あまりに真実だもんなぁー、こんなもん、アップして、アップアップになっちゃってもなぁー、などと、躊躇しているところもあるが、それよりなによりも、こんな俺の本質なんて、だれも興味ねぇーのに、うざいなぁーーー、もじもじ。また、芸術家気取りかよぉー、とか、自分でなってしまう。とはいえ、愛読者様へは、やはり、お伝えしたいのでもあるから、ちょっと、考える。
閑話休題
もう、寒いので、髭剃り、鼻毛切り、爪切り、もう、風呂に入るのも億劫になっている。
もう、風呂にooo日入っていない。南極探検隊である。極限の不精の後に、熱い風呂に入ると、この喜びは膨大になるのだ。メンデルスゾーンの反比例の法則である。
で、こういったことには超不精なのに、世間でいう「筆不精」。これは、ゼロ。
筆まめお君だ。ブログ記事、ちゃっちゃちゃ。メールの返信、ちゃちゃちゃ。一回なんぞ、問い合わせのメールが来るだろうと、返信を書いていたら、案の定、来た。二秒後に返信したら、先方から、電話。「もしもし、はっ、はやぁーーーーー。あんた、スーパーマンなの?」。
無内容とはいえ、なんぼでも書けちゃう体質。なんなんだこりゃ。考えたら、よく、ジョークを飛ばすお話好きでもある。どこが暗い人間嫌いなのだ? 自分の営業だけ、頑なにしないと、馬鹿じゃねぇーの、本業だけ、超偏屈になる。逆だ。すぐ、金はいらんとかいってしまう。
結局、世間とか仕事とか社会とかシガラミとか、こういうのが嫌いなだけじゃねぇーのって!
そうかぁー、俺って、超ヒューマンなのかも知れんなぁー? 良く分からん。
2013年1月23日水曜日
小文学ゼニリュウムの木
その日、裕之助は、行き付けの園芸店ジャーディランドへ、ぶら、ふら、ふと、くなとんな、なんとなく、寄ってみた。馴染みのお姉さんへ挨拶。素晴らしいプロポーション。「やはり、毎日、植物に囲まれていると、あのようにすくすくと育つのじゃろ」と裕之助は、いつも、思う。
お店の奥の方に、ひとつだけぽつぅーんと見掛けない観葉植物。背丈は30センチぐらい。
むむむ、なに、ゼニリュウム? 聞いたことないな。ひとつを除くと、別に、取り立てて目立つところはないといえばいえるのだが、小さな葉が無数に付いている。それはいい。その形ね。長方形なのである。不思議不思議。へぇーーー、値段。むむ、53ユーロ。たっ、高いっ! お姉さんを呼ぶ。
「ねえ、見たことないけど、これ」
「はい、そうですね、ごく稀に、三年に一本ぐらい、こうして入荷することがあります」
「ゼニリュウム?」
「お客様の母国、日本の木と聞いて居りますけど」
「ふぅーーーん、いい値段だね」
「はい、滅多に入荷しませんから」
「うん、面白い。大枚叩いちゃう」
購入。帰宅し、南向きの寝室の窓際に置いてみた。
何度見ても、長方形の葉っぱが愛らしい。
「うーーーん、可愛いねぇーーー」と、好々爺目で見詰めていた。
翌朝、むむ、なんか随分大きくなっている。一夜で倍近い背丈。
へぇー、成長が早いんだな、ちみは、などと、呟く。
三ヶ月もすると、背丈が3メートル近くなった。
無数の葉っぱの大きさも、丁度、ユーロ紙幣ぐらいの大きさになった。
なんとなく、水をやっている時に、ふと、気が付いた。葉が二枚程、変色している。
れれれ、枯れちゃった? よーく、見てみる。
ぎょ、おわぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!
10ユーロ札ではないかっ! うな、馬鹿なっ!
裕之助、さっそく、インターネットで調べてみた。
ゼニリュウム(一部の地方では、銭入無と表記)
前略。古くからの言い伝えでは、心の優しい、清く正しい、清貧のミュージッシャンのお宅にて、百年に一度。一本のみに紙幣がなる。ということから、このような表記が生まれたと考えられている。いわゆる世俗で呼ばれる金のなる木に相当するが、あくまで、心根の優しいミュージッシャンに限定されているところが、いかにも、言い伝えといった趣である。好事宴より
むむむむむぅーーー、当たっちゃったっ! 俺っ!
早速、その二枚を丁寧に鋏で切り取り、タバコ屋へ。
タバコ屋には、偽札探知機があるから、試しに、親父に、
「はははははっ、俺が作ったんだよ。偽札。どうだね、本物そぉーーーくり、だろっ!」
「なに、また、馬鹿なこと言ってんですか、探知機は嘘付かないよ。本物そっくりの本物。お見事ですな」だって。
帰宅。午後中、ゼニリュウムにお話。
むひょひょひょひょ。これで、俺も大金持ちだぁー、世間を見返してやるっ!
ブランド、買い漁るのよぉーーー、これから。俺がブランドだっ、なんて、ブログに嘘八百。
けっ、貧乏でよぉー、買えねぇーからよぉー、そういうことにして、辻褄合わせてるだけでよぉー、あっ、まずいまずい、だれに、読まれているか、分かったもんじゃねぇー、この話は、ブログには書けねぇー。うししししし。
結局、裕之助のお宅になった紙幣は、この二枚切りであった。
イソップ物語のように、作者の意向で、強制終了とさせて頂く。
お店の奥の方に、ひとつだけぽつぅーんと見掛けない観葉植物。背丈は30センチぐらい。
むむむ、なに、ゼニリュウム? 聞いたことないな。ひとつを除くと、別に、取り立てて目立つところはないといえばいえるのだが、小さな葉が無数に付いている。それはいい。その形ね。長方形なのである。不思議不思議。へぇーーー、値段。むむ、53ユーロ。たっ、高いっ! お姉さんを呼ぶ。
「ねえ、見たことないけど、これ」
「はい、そうですね、ごく稀に、三年に一本ぐらい、こうして入荷することがあります」
「ゼニリュウム?」
「お客様の母国、日本の木と聞いて居りますけど」
「ふぅーーーん、いい値段だね」
「はい、滅多に入荷しませんから」
「うん、面白い。大枚叩いちゃう」
購入。帰宅し、南向きの寝室の窓際に置いてみた。
何度見ても、長方形の葉っぱが愛らしい。
「うーーーん、可愛いねぇーーー」と、好々爺目で見詰めていた。
翌朝、むむ、なんか随分大きくなっている。一夜で倍近い背丈。
へぇー、成長が早いんだな、ちみは、などと、呟く。
三ヶ月もすると、背丈が3メートル近くなった。
無数の葉っぱの大きさも、丁度、ユーロ紙幣ぐらいの大きさになった。
なんとなく、水をやっている時に、ふと、気が付いた。葉が二枚程、変色している。
れれれ、枯れちゃった? よーく、見てみる。
ぎょ、おわぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!
10ユーロ札ではないかっ! うな、馬鹿なっ!
裕之助、さっそく、インターネットで調べてみた。
ゼニリュウム(一部の地方では、銭入無と表記)
前略。古くからの言い伝えでは、心の優しい、清く正しい、清貧のミュージッシャンのお宅にて、百年に一度。一本のみに紙幣がなる。ということから、このような表記が生まれたと考えられている。いわゆる世俗で呼ばれる金のなる木に相当するが、あくまで、心根の優しいミュージッシャンに限定されているところが、いかにも、言い伝えといった趣である。好事宴より
むむむむむぅーーー、当たっちゃったっ! 俺っ!
早速、その二枚を丁寧に鋏で切り取り、タバコ屋へ。
タバコ屋には、偽札探知機があるから、試しに、親父に、
「はははははっ、俺が作ったんだよ。偽札。どうだね、本物そぉーーーくり、だろっ!」
「なに、また、馬鹿なこと言ってんですか、探知機は嘘付かないよ。本物そっくりの本物。お見事ですな」だって。
帰宅。午後中、ゼニリュウムにお話。
むひょひょひょひょ。これで、俺も大金持ちだぁー、世間を見返してやるっ!
ブランド、買い漁るのよぉーーー、これから。俺がブランドだっ、なんて、ブログに嘘八百。
けっ、貧乏でよぉー、買えねぇーからよぉー、そういうことにして、辻褄合わせてるだけでよぉー、あっ、まずいまずい、だれに、読まれているか、分かったもんじゃねぇー、この話は、ブログには書けねぇー。うししししし。
結局、裕之助のお宅になった紙幣は、この二枚切りであった。
イソップ物語のように、作者の意向で、強制終了とさせて頂く。
2013年1月22日火曜日
パリバイナイト
本日も、大雪のまま。
昨日、15h30、家を出る。
私の家は、丘の上。駅まで、ずっと坂を下らなければならない。
大雪。路面つるつる。かなりの勾配の坂道。
二年前の大雪の時、ずりっとなって、ばぁーーーんと転んだ。
危うく手首を怪我するところであった。幸い、お尻を打って済んだけど、手首、商売道具。やばいのだ。考えたら、そういう意味では、あまり資本の掛からん商売だ、ピアノ弾き。でも、内的資本は、凄いぞぉー!
そう、普通なら、駅まで七分の道程を三十分掛けてゆっくりゆっくり。
パリ行きの電車も、ちゃんと動いていた。始終、遅れ捲くるフランス国鉄SNCFなのに、こういう時は、意外と定刻通り動いていたりする。やれば出来るんじゃねぇーのかって、フランス人めっ!
乗る。ぼぉーーーと、雪景色。綺麗。
雪の静寂感。沈黙の音楽。人間が、雪の中で、寄り添っている感じ。
車内で詩神様と、お話しながら、パリへ。
着く。メトロへ。乗る。クロカワアズサの舞踏公演会場へ。パリの道、雪、どろでぐちゃぐちゃ。
途中、カフェでビールを飲むか、ちょっと、迷う。でも、寒過ぎ。後、公演中の尿意。やめる。
会場に着く。おぉーーー、レモン入りのホット赤ワイン2euro。飲む。うっうめぇーーー。
知らなかった、三部構成の一夜になっていた。
17h50。アコーディオン。アルトサックス。ダンス。アコーディオンは顔見知りの高名なミュージッシャン。先日の私のコンサート。聴いている内に、むらむらしたのだろう、私が低音部を弾いていたら、いきなり、私の横に座り、高音部を弾き出した。私は、こういう感じ、大好きである。でも、他のミュージッシャンは、普通はマジで怒るだろう。心のスイス人ミュージッシャンには、への河童だ。楽しいじゃん、飛び入りね。18h30。終了。
18h40。電子音楽と詩人。面白かった。30mm。
19h20。クロカワアズサと、コントラバス。コントラバスも高名なミュージッシャン。良く、あっちこっちで見掛けるのに、名前を覚えない。すいません。私は、あまり優秀な営業ではないのだ。自分の売り込みは一切しない。星一徹。孤高のミュージッシャンなのである。これ本当。
アズサには、先日の財津暁平の公演の打ち上げの時に、初めて会った。
お話していて実に楽しかった。で、公演案内を必ず送ってね、と分かれた。だから、初めて見た。素晴らしかったの一言。細々描写はしないけれど、私が大変に気に入った大きな要素は、緊張感と狂気の中に、お笑いが見え隠れすること。この芸当は、大変に難しいのである。
私は、しゃちこばって、「これは偉大なる芸術である」と、やり手側が押し付けてくるこの感じ。これが、大変に嫌いなのだ。それは、聴き手、見ている側の問題で、やり手から押し付けられる筋合いはないのである。アズサには、それがない。素晴らしい。そして、このメカニズムを理解しているやり手側、実に少ないのだ。気に入った。大ファンになった。
実は、アズサも、私のコンサートに同じことを感じたらしい。緊張とリラックスとお笑いが混ぜこぜになった、なんとも、いい感じ。なんか、ちょっと、ふっと、抜けている感じがとても素敵だったそうです。手前味噌だけど.....。へへへ。
会場を出た。20h30。友人と中華へ行こうとなった。地下鉄へ。チケットを出そうとしたら、「裕さん、俺、定期持っているから一緒に入っちゃおう」。私は、無賃乗車は一切しない。けど、日曜日の夜。大雪。チケットのコントロールに遭遇する確立は、ほぼゼロ。で、無賃乗車。降りる。げっ、階段の上にコントロール隊。目配せ。Uターンしたら、後ろにも一人。「ムッシュー、乗車券を拝見」。とっさに、日本人観光客を装うか迷う。ただ、友人が定期券を所持。しかも、すでに、フランス語だ。「はっ、はい、僕、隣町から来ました」。パリに来た時のチケットをポーカーフェイスで出す。おじさん、じーーーと見ている。そもそも、Uターンを見られている。点目だ。なんか機械を持ってくる。差し込む。「改札を通貨したのが、15h45。チケットは二時間有効。ご存知ないのですか?」「へぇ、カッペなもんで、するませんですた」「覚えておいて下さいね。二時間ですよ。では、今回の罰金は、レベル2、半額45euro」
ぶっーーーーー、たった一度の出来心。軽い過ち。ちょっと、友人へ八つ当たりしたい。
わぁっちゃーーー、高い高い、お出掛けになりました。でも、楽しい、パリバイナイトね。
昨日、15h30、家を出る。
私の家は、丘の上。駅まで、ずっと坂を下らなければならない。
大雪。路面つるつる。かなりの勾配の坂道。
二年前の大雪の時、ずりっとなって、ばぁーーーんと転んだ。
危うく手首を怪我するところであった。幸い、お尻を打って済んだけど、手首、商売道具。やばいのだ。考えたら、そういう意味では、あまり資本の掛からん商売だ、ピアノ弾き。でも、内的資本は、凄いぞぉー!
そう、普通なら、駅まで七分の道程を三十分掛けてゆっくりゆっくり。
パリ行きの電車も、ちゃんと動いていた。始終、遅れ捲くるフランス国鉄SNCFなのに、こういう時は、意外と定刻通り動いていたりする。やれば出来るんじゃねぇーのかって、フランス人めっ!
乗る。ぼぉーーーと、雪景色。綺麗。
雪の静寂感。沈黙の音楽。人間が、雪の中で、寄り添っている感じ。
車内で詩神様と、お話しながら、パリへ。
着く。メトロへ。乗る。クロカワアズサの舞踏公演会場へ。パリの道、雪、どろでぐちゃぐちゃ。
途中、カフェでビールを飲むか、ちょっと、迷う。でも、寒過ぎ。後、公演中の尿意。やめる。
会場に着く。おぉーーー、レモン入りのホット赤ワイン2euro。飲む。うっうめぇーーー。
知らなかった、三部構成の一夜になっていた。
17h50。アコーディオン。アルトサックス。ダンス。アコーディオンは顔見知りの高名なミュージッシャン。先日の私のコンサート。聴いている内に、むらむらしたのだろう、私が低音部を弾いていたら、いきなり、私の横に座り、高音部を弾き出した。私は、こういう感じ、大好きである。でも、他のミュージッシャンは、普通はマジで怒るだろう。心のスイス人ミュージッシャンには、への河童だ。楽しいじゃん、飛び入りね。18h30。終了。
18h40。電子音楽と詩人。面白かった。30mm。
19h20。クロカワアズサと、コントラバス。コントラバスも高名なミュージッシャン。良く、あっちこっちで見掛けるのに、名前を覚えない。すいません。私は、あまり優秀な営業ではないのだ。自分の売り込みは一切しない。星一徹。孤高のミュージッシャンなのである。これ本当。
アズサには、先日の財津暁平の公演の打ち上げの時に、初めて会った。
お話していて実に楽しかった。で、公演案内を必ず送ってね、と分かれた。だから、初めて見た。素晴らしかったの一言。細々描写はしないけれど、私が大変に気に入った大きな要素は、緊張感と狂気の中に、お笑いが見え隠れすること。この芸当は、大変に難しいのである。
私は、しゃちこばって、「これは偉大なる芸術である」と、やり手側が押し付けてくるこの感じ。これが、大変に嫌いなのだ。それは、聴き手、見ている側の問題で、やり手から押し付けられる筋合いはないのである。アズサには、それがない。素晴らしい。そして、このメカニズムを理解しているやり手側、実に少ないのだ。気に入った。大ファンになった。
実は、アズサも、私のコンサートに同じことを感じたらしい。緊張とリラックスとお笑いが混ぜこぜになった、なんとも、いい感じ。なんか、ちょっと、ふっと、抜けている感じがとても素敵だったそうです。手前味噌だけど.....。へへへ。
会場を出た。20h30。友人と中華へ行こうとなった。地下鉄へ。チケットを出そうとしたら、「裕さん、俺、定期持っているから一緒に入っちゃおう」。私は、無賃乗車は一切しない。けど、日曜日の夜。大雪。チケットのコントロールに遭遇する確立は、ほぼゼロ。で、無賃乗車。降りる。げっ、階段の上にコントロール隊。目配せ。Uターンしたら、後ろにも一人。「ムッシュー、乗車券を拝見」。とっさに、日本人観光客を装うか迷う。ただ、友人が定期券を所持。しかも、すでに、フランス語だ。「はっ、はい、僕、隣町から来ました」。パリに来た時のチケットをポーカーフェイスで出す。おじさん、じーーーと見ている。そもそも、Uターンを見られている。点目だ。なんか機械を持ってくる。差し込む。「改札を通貨したのが、15h45。チケットは二時間有効。ご存知ないのですか?」「へぇ、カッペなもんで、するませんですた」「覚えておいて下さいね。二時間ですよ。では、今回の罰金は、レベル2、半額45euro」
ぶっーーーーー、たった一度の出来心。軽い過ち。ちょっと、友人へ八つ当たりしたい。
わぁっちゃーーー、高い高い、お出掛けになりました。でも、楽しい、パリバイナイトね。
2013年1月20日日曜日
逆説的人生
大雪になってしまった。
交通網が徐々に、乱れ始めている。
今晩は、パリに仲間の舞踏公演を見に行くことになっている。
電車、ちゃんと動いているかしら?
ところで、人間嫌い、イコール、人に合うのも大嫌いなので、なるべく、出掛けるようにしている。とりわけ、仲間の公演には、私は必ず行くのである。矛盾しているようで、していない。
篭りのおじちゃまにならないように、せっせと出掛ける。
大体、私の仲間に、根の明るいやつなどいないのである。
皆、くらぁーーーい、くらぁーーーい、暗黒の世界の住人なのである。
で、くらぁーーーい私が、くらぁーーーい、くらぁーーーい仲間の公演へ行くのである。
おーーー、真っ黒っ!
というのは、半分以上、嘘かも。
いつも、沖師匠、真師匠と、
「なぁーーー、明るく行こうぜぇ! 明るくないと、フリージャズなんてやってらんねぇーーー、よな」、なんて、話している。
大体、この暗い私が、暗い暗い仲間に会って、暗い暗い一晩を過ごしているのかといえば、まったくの逆で、もう、馬鹿話のオンパレードで、ぎゃははははは、と一晩中やって帰ってくる。たぶん、我々全員、翌日、また、暗い顔で、楽器の練習だ、舞踏の訓練だとやっているのである。
だぁーーーら、どっちなんだょぉーーー!
わっ、分からない、のだ、よ。
作者 注
どう見ても、裕先生の文体。ネアカだ
むかしむかし、げいじゅつかは、暗くしていないといけない時代がありました
実は、藤けいこさんって、超明るい人なの
歌のせいで、くらぁーーーい感じにしていないといけなかったのね
明るいフリージャズ屋なんて、許してもらえなかったの、むかしは
どうでもいいブログ、本当
交通網が徐々に、乱れ始めている。
今晩は、パリに仲間の舞踏公演を見に行くことになっている。
電車、ちゃんと動いているかしら?
ところで、人間嫌い、イコール、人に合うのも大嫌いなので、なるべく、出掛けるようにしている。とりわけ、仲間の公演には、私は必ず行くのである。矛盾しているようで、していない。
篭りのおじちゃまにならないように、せっせと出掛ける。
大体、私の仲間に、根の明るいやつなどいないのである。
皆、くらぁーーーい、くらぁーーーい、暗黒の世界の住人なのである。
で、くらぁーーーい私が、くらぁーーーい、くらぁーーーい仲間の公演へ行くのである。
おーーー、真っ黒っ!
というのは、半分以上、嘘かも。
いつも、沖師匠、真師匠と、
「なぁーーー、明るく行こうぜぇ! 明るくないと、フリージャズなんてやってらんねぇーーー、よな」、なんて、話している。
大体、この暗い私が、暗い暗い仲間に会って、暗い暗い一晩を過ごしているのかといえば、まったくの逆で、もう、馬鹿話のオンパレードで、ぎゃははははは、と一晩中やって帰ってくる。たぶん、我々全員、翌日、また、暗い顔で、楽器の練習だ、舞踏の訓練だとやっているのである。
だぁーーーら、どっちなんだょぉーーー!
わっ、分からない、のだ、よ。
作者 注
どう見ても、裕先生の文体。ネアカだ
むかしむかし、げいじゅつかは、暗くしていないといけない時代がありました
実は、藤けいこさんって、超明るい人なの
歌のせいで、くらぁーーーい感じにしていないといけなかったのね
明るいフリージャズ屋なんて、許してもらえなかったの、むかしは
どうでもいいブログ、本当
ブログソロ
やはり、地球様が俺のブログを読んでいる。
今朝、起きる。雨戸を開ける。雪。推定7cm。
俺の展望サロンからの眺め。雪景色。実は、俺の家の窓から、35km先のパリまで見えるのだ。
ソロピアノのゴトシが、ちゃっちゃと三件も入ってしまった。ありがたい。
今、ヤノピのレパートリーの整理をしている。整理? 物置の片付けとは違うのだ。
なんとなく怪しくなっている曲を、脳、体、エモーションと、元の位置に戻す訓練をしているのである。家事とは、ちと、違うのね。
はあはあはあ、ありゃ、今回は、格好良く、結論だけ、ばしっと決めて、後は、へめらも。
のはずが、決めのフレーズが出てこない。
そうそう、ソロピアノなんだけど、
別に、人間皆芸人に、なんちゅうお話ではない。ろくなもんじゃないのだ、俺らは。
でも、しゃきっ。
一人で舞台の上
ピアノと俺
スポットライト
舞台から見ると、その俺の展望サロンの景色と一緒で、下の方に、お客様のかたまり(失礼お許し下さいませ、大寒様)
で、舞台、物々しい感じの広間に、一応、生き物は、俺だけ、だ
間もなく、五十四歳になる、チャンジーだけだ
で、ピアノという西洋理論の権化機械パソコン超絶変な格好の黒いもの、しかも、水平にヘチマ状が舞台にある、これと、格闘して、身銭を稼ぐ売れない三文ピアニスト、しかも、スポットライト付き、ケースによっては、歯科医じゃねぇー、司会の方がいらっしゃったりする。
でね、まず、この状況なんだけど、当然、自分で作り出しているわけね。
なんでなのか?
元自閉症引き篭もりの根暗
世界そのものが、元々、雪景色にしか見えないペシミスト
人間嫌い 人と会うのもお話するのも、嫌いである
と、こういう脳構造。で、当然、必然的に自己中の極北である。
で、こういうやつが、上記の状態に置かれる。
ぎょ、タイガーマスク、虎の穴の荒治療。
だれも、俺のことを、助けてくれないのっ!
自業自得なのである。
自分に自分が、ざまぁーみろっ、ていうことを、自分でやっているわけね。
俺、ざまぁーずに改名しよっと!
今朝、起きる。雨戸を開ける。雪。推定7cm。
俺の展望サロンからの眺め。雪景色。実は、俺の家の窓から、35km先のパリまで見えるのだ。
ソロピアノのゴトシが、ちゃっちゃと三件も入ってしまった。ありがたい。
今、ヤノピのレパートリーの整理をしている。整理? 物置の片付けとは違うのだ。
なんとなく怪しくなっている曲を、脳、体、エモーションと、元の位置に戻す訓練をしているのである。家事とは、ちと、違うのね。
はあはあはあ、ありゃ、今回は、格好良く、結論だけ、ばしっと決めて、後は、へめらも。
のはずが、決めのフレーズが出てこない。
そうそう、ソロピアノなんだけど、
別に、人間皆芸人に、なんちゅうお話ではない。ろくなもんじゃないのだ、俺らは。
でも、しゃきっ。
一人で舞台の上
ピアノと俺
スポットライト
舞台から見ると、その俺の展望サロンの景色と一緒で、下の方に、お客様のかたまり(失礼お許し下さいませ、大寒様)
で、舞台、物々しい感じの広間に、一応、生き物は、俺だけ、だ
間もなく、五十四歳になる、チャンジーだけだ
で、ピアノという西洋理論の権化機械パソコン超絶変な格好の黒いもの、しかも、水平にヘチマ状が舞台にある、これと、格闘して、身銭を稼ぐ売れない三文ピアニスト、しかも、スポットライト付き、ケースによっては、歯科医じゃねぇー、司会の方がいらっしゃったりする。
でね、まず、この状況なんだけど、当然、自分で作り出しているわけね。
なんでなのか?
元自閉症引き篭もりの根暗
世界そのものが、元々、雪景色にしか見えないペシミスト
人間嫌い 人と会うのもお話するのも、嫌いである
と、こういう脳構造。で、当然、必然的に自己中の極北である。
で、こういうやつが、上記の状態に置かれる。
ぎょ、タイガーマスク、虎の穴の荒治療。
だれも、俺のことを、助けてくれないのっ!
自業自得なのである。
自分に自分が、ざまぁーみろっ、ていうことを、自分でやっているわけね。
俺、ざまぁーずに改名しよっと!
2013年1月19日土曜日
突然の寒波と自叙伝
今週の日曜日、1月13日に「暖冬」という記事を書いた。
(翌日、ブロガーさんたちの記事で、その日の東京が大雪だったことを知った)
どうも、地球様が俺のブログを読んでいるらしく、この記事にカチーンとなった模様。
で、翌日、14日。突然の寒波。その日の夜、大雪注意報。
いきなり最低最高気温、7---13℃が、-5---0℃。寒いのなんの。
でも、良かったよ、この寒波の中でのバッテリー交換だの、お庭の木々の剪定だの、シビレエイになるところだった。結局、大雪にはならなかったけど、快晴の毎日、ただし、寒波。
なんとなく、暖冬のまま、ぼよぉーーーんとお春さんとの思惑は、外れ。
あんまり寒いので、脳細胞がムーミンじゃなく、トーミンになっちゃったので、ネタが凍結しました。では、さようなら。
ところで、どうでもいいジャズ自叙伝。
俺が、一番最初に買ったジャズのレコードは「ビルエバンストリオ ワルツフォーデビィー」。
ジャズフリークは全員知っている名盤中の名盤。で、買ったのが中学二年生の時。ませガキだ。
高校受験の塾通いの車の中で聴いた。で、その頃、中学の先生に、「ちみは、将来、なにになるだべっ」って聞かれて、俺、即答、「ジャズピアニスト」。プロ登録したのが、シジューの時だから、なっ、なんと、二十六年後に、初志貫徹。この超絶的遅咲きの回り道。しかも、ジャズピアノは、独学である。なんなんだろうね、これって?
非常に素朴な疑問が、当然、身内方面からも出る。
やっぱ、こやつは、音大に行かせれば、よかったじゃん、というね。
一見、そういう風にも見える。けど、たぶん、音大に行っていたら、今の裕さんはいなかったと推測して居る。良く俺のコンサートに、クラッシック、および、ジャズのピアニストがいらっしゃる。
俺「いやぁーーー、すんませんねぇーーー、でたらめピアノ。ご容赦、ご容赦。僕、クロマニオンピアニスト、ぎゃははは」などと言うと、真顔で、「イサオさんみたいなピアノ、だれも弾けませんよ」と返事が返ってくる。一応、いい意味と理解して居る、勝手に。
と、この叩き上げ、独学自己流ピアノしかも、ピアノ中毒重症付き。
ギラギラ自己中自己顕示、女にもてたい大いなる野望、そして、内的暴力ニャロメエネルギーと、こういった、もう、傍迷惑甚だしい、このヤな男じゃねぇーーーと、確かに、あんなピアノは弾けない。だから、音大に行ってたら、牙抜かれて、たぶん、やってねぇーという結論。と、後悔なんちゅうもんはないわけ。
とはいえ、良くも悪くも、俺のピアノ、随分、穏やかになったよ。
分かんないねぇー、年のせいもあるし、技術が付いたせいもあるし、自分でやかましいのが鬱陶しくなってきたとこもあるし、ちょい、待てっ!
ギラギラ 全然ない
自己中 心のスイス人
自己顕示 億劫 大体、自分自身があまり自分に興味がない
女にもてたい うん、これは、あるけど、もてたいだけ 以上
内的暴力 あんまりない 世間様が掛かってきたら、受けて立つっていう受身になっちゃった
なんだよぉー、牙なんてねぇーじゃねえかよぉー!
うん、音大に入り直そう。うん、そうしようそうしよう。
(翌日、ブロガーさんたちの記事で、その日の東京が大雪だったことを知った)
どうも、地球様が俺のブログを読んでいるらしく、この記事にカチーンとなった模様。
で、翌日、14日。突然の寒波。その日の夜、大雪注意報。
いきなり最低最高気温、7---13℃が、-5---0℃。寒いのなんの。
でも、良かったよ、この寒波の中でのバッテリー交換だの、お庭の木々の剪定だの、シビレエイになるところだった。結局、大雪にはならなかったけど、快晴の毎日、ただし、寒波。
なんとなく、暖冬のまま、ぼよぉーーーんとお春さんとの思惑は、外れ。
あんまり寒いので、脳細胞がムーミンじゃなく、トーミンになっちゃったので、ネタが凍結しました。では、さようなら。
ところで、どうでもいいジャズ自叙伝。
俺が、一番最初に買ったジャズのレコードは「ビルエバンストリオ ワルツフォーデビィー」。
ジャズフリークは全員知っている名盤中の名盤。で、買ったのが中学二年生の時。ませガキだ。
高校受験の塾通いの車の中で聴いた。で、その頃、中学の先生に、「ちみは、将来、なにになるだべっ」って聞かれて、俺、即答、「ジャズピアニスト」。プロ登録したのが、シジューの時だから、なっ、なんと、二十六年後に、初志貫徹。この超絶的遅咲きの回り道。しかも、ジャズピアノは、独学である。なんなんだろうね、これって?
非常に素朴な疑問が、当然、身内方面からも出る。
やっぱ、こやつは、音大に行かせれば、よかったじゃん、というね。
一見、そういう風にも見える。けど、たぶん、音大に行っていたら、今の裕さんはいなかったと推測して居る。良く俺のコンサートに、クラッシック、および、ジャズのピアニストがいらっしゃる。
俺「いやぁーーー、すんませんねぇーーー、でたらめピアノ。ご容赦、ご容赦。僕、クロマニオンピアニスト、ぎゃははは」などと言うと、真顔で、「イサオさんみたいなピアノ、だれも弾けませんよ」と返事が返ってくる。一応、いい意味と理解して居る、勝手に。
と、この叩き上げ、独学自己流ピアノしかも、ピアノ中毒重症付き。
ギラギラ自己中自己顕示、女にもてたい大いなる野望、そして、内的暴力ニャロメエネルギーと、こういった、もう、傍迷惑甚だしい、このヤな男じゃねぇーーーと、確かに、あんなピアノは弾けない。だから、音大に行ってたら、牙抜かれて、たぶん、やってねぇーという結論。と、後悔なんちゅうもんはないわけ。
とはいえ、良くも悪くも、俺のピアノ、随分、穏やかになったよ。
分かんないねぇー、年のせいもあるし、技術が付いたせいもあるし、自分でやかましいのが鬱陶しくなってきたとこもあるし、ちょい、待てっ!
ギラギラ 全然ない
自己中 心のスイス人
自己顕示 億劫 大体、自分自身があまり自分に興味がない
女にもてたい うん、これは、あるけど、もてたいだけ 以上
内的暴力 あんまりない 世間様が掛かってきたら、受けて立つっていう受身になっちゃった
なんだよぉー、牙なんてねぇーじゃねえかよぉー!
うん、音大に入り直そう。うん、そうしようそうしよう。
2013年1月18日金曜日
今日は空が真っ青です
はい、良い子の皆さん。
こちらは、1月17日、午後5時15分。パリ郊外。空、真っ青。
私の目線、右の奥の方に、オレンジ色の太陽。
時々、日本の方々と、私が見ている太陽が、同じであることを忘れそうになる。
私の展望台サロンから見る、この空。縦長の窓の形に縁取られているけれど、溜息がでる。
薄いブルーから、段々、さらに薄くなって、白、ピンク、ピンクグレー、森、建物の順でグラデーション。で、階下に、我が家の木々と庭。この高台って、贅沢だよな、本当。
世界を鳥瞰している。パイロット、サンテグジュペリ。本当の上から目線。
もう、サロンの壁面全部ガラス張りにしちゃおうかしら、ね。
でも、そんなことすると、独裁者目線になりそうなので、止め止め。
「マルセル デュシャン 記憶の中からの抜粋」
自分の評価は、自分では分からない。第三者が行うことだ
最終、第三者。歴史と呼ばれるものだろう。50年ぐらいのタームで評価が確定する
歴史に残るのか残らないのか。でも、歴史に残るものが、その時代の最上のものとは限らない
でね、一昨日の記事、実は後半部を削除したのだよ。
読み返したら、
「裕イサオは、芸術家であり、世間には認められていないが、または、歴史には残らない人物かも知れないが」という前置きに読めて、結論、「いや、裕イサオは、そうではなくて、偉大な芸術家なの、よ」という風に読める文章になっていた。
削除したよ、本当だからっ、ぎょ!
こちらは、1月17日、午後5時15分。パリ郊外。空、真っ青。
私の目線、右の奥の方に、オレンジ色の太陽。
時々、日本の方々と、私が見ている太陽が、同じであることを忘れそうになる。
私の展望台サロンから見る、この空。縦長の窓の形に縁取られているけれど、溜息がでる。
薄いブルーから、段々、さらに薄くなって、白、ピンク、ピンクグレー、森、建物の順でグラデーション。で、階下に、我が家の木々と庭。この高台って、贅沢だよな、本当。
世界を鳥瞰している。パイロット、サンテグジュペリ。本当の上から目線。
もう、サロンの壁面全部ガラス張りにしちゃおうかしら、ね。
でも、そんなことすると、独裁者目線になりそうなので、止め止め。
「マルセル デュシャン 記憶の中からの抜粋」
自分の評価は、自分では分からない。第三者が行うことだ
最終、第三者。歴史と呼ばれるものだろう。50年ぐらいのタームで評価が確定する
歴史に残るのか残らないのか。でも、歴史に残るものが、その時代の最上のものとは限らない
でね、一昨日の記事、実は後半部を削除したのだよ。
読み返したら、
「裕イサオは、芸術家であり、世間には認められていないが、または、歴史には残らない人物かも知れないが」という前置きに読めて、結論、「いや、裕イサオは、そうではなくて、偉大な芸術家なの、よ」という風に読める文章になっていた。
削除したよ、本当だからっ、ぎょ!
2013年1月17日木曜日
木に似ている家
わたしの家
真ん中に
石造りの堅牢な螺旋階段
壁の厚みも入れると 直系3m
最上階の天窓まで
吹き抜けている
螺旋階段の
南側と北側に
サロン 台所 寝室 寝室 と続く
わたしの家の真正面に菩提樹
筋肉隆々の太い元枝
絶対に
この菩提樹と 螺旋階段は つるんでいる
わたしたちは
木に生る部屋の中で
平静な毎日を繰り返している
もしかすると
わたしの家は
どんどん大きくなっているのかもしれない
真ん中に
石造りの堅牢な螺旋階段
壁の厚みも入れると 直系3m
最上階の天窓まで
吹き抜けている
螺旋階段の
南側と北側に
サロン 台所 寝室 寝室 と続く
わたしの家の真正面に菩提樹
筋肉隆々の太い元枝
絶対に
この菩提樹と 螺旋階段は つるんでいる
わたしたちは
木に生る部屋の中で
平静な毎日を繰り返している
もしかすると
わたしの家は
どんどん大きくなっているのかもしれない
2013年1月16日水曜日
プロとアマ
この話は、俺が若い頃、結構した。
で、判断基準を列記してみるね。
1) それで、飯食っている人
異論はない。社会的な仕事なんだから、アマではない。どんなに拙くても
2) 自分で、そう言っている人
これも、異論はない。ただし、拙いと、串刺しの責任を取れるのか、ここが、微妙
3) 第三者が、そう、認めている人
異論はないし、ある意味、なんか、一番のプロの気がする
と、これはいいんだけど、この「芸術家」というのが、やっかい。
社会的な仕事ではないのね、これ。詩人、これは職業名ではないの。
ピアニスト、これは、職業として認知されている。けど、その前に、フリージャズが付くと怪しい。
ブロガーなんていうのも、怪しい。なんかプロレスラーみたい。で、プロレスラーは、プロが職名に付いている。すでに。ありゃ、じゃ、プロガーってないのかしらね。
で、「芸術家限定」で、1.2.3をやってみると、
1) しばしば、ばしばしのしばしば、芸術屋。これは、芸術家とは別人種ですよ。きっぱり
だから、そう言えば済むのだけれど、そう、言わないから、訳が分からなくなる
金儲けのために、やってまぁーーーすって、言った方が、分かり易いのである
そう言ってもらえば、応援するよ、俺
2) これは本人の自由。ただし、どこまで、責任取れるのかってこと、ね
3) これは、やはり、お辞儀だ
で、俺なんだけど、えっ、またっ?
だって、俺のブログだよって! いいじゃん、自分ちなのって!
で、俺なんだけどね。
無料では弾かない=1)に該当している
だから、アマとは言えない=2)に該当している
で、有料で、お客様がいらっしゃるから、当然、3)も、該当する
えっえっえっ、俺って、プロだったんだぁー!
で、判断基準を列記してみるね。
1) それで、飯食っている人
異論はない。社会的な仕事なんだから、アマではない。どんなに拙くても
2) 自分で、そう言っている人
これも、異論はない。ただし、拙いと、串刺しの責任を取れるのか、ここが、微妙
3) 第三者が、そう、認めている人
異論はないし、ある意味、なんか、一番のプロの気がする
と、これはいいんだけど、この「芸術家」というのが、やっかい。
社会的な仕事ではないのね、これ。詩人、これは職業名ではないの。
ピアニスト、これは、職業として認知されている。けど、その前に、フリージャズが付くと怪しい。
ブロガーなんていうのも、怪しい。なんかプロレスラーみたい。で、プロレスラーは、プロが職名に付いている。すでに。ありゃ、じゃ、プロガーってないのかしらね。
で、「芸術家限定」で、1.2.3をやってみると、
1) しばしば、ばしばしのしばしば、芸術屋。これは、芸術家とは別人種ですよ。きっぱり
だから、そう言えば済むのだけれど、そう、言わないから、訳が分からなくなる
金儲けのために、やってまぁーーーすって、言った方が、分かり易いのである
そう言ってもらえば、応援するよ、俺
2) これは本人の自由。ただし、どこまで、責任取れるのかってこと、ね
3) これは、やはり、お辞儀だ
で、俺なんだけど、えっ、またっ?
だって、俺のブログだよって! いいじゃん、自分ちなのって!
で、俺なんだけどね。
無料では弾かない=1)に該当している
だから、アマとは言えない=2)に該当している
で、有料で、お客様がいらっしゃるから、当然、3)も、該当する
えっえっえっ、俺って、プロだったんだぁー!
2013年1月15日火曜日
久保の兄貴と勝手に呼んで
「じつはぼくの久保はつじ」
ご愛読の方も多いと思う。
私が、ブログ村に登録したのは、それ程、昔の話ではない。昨年の10月半ば。
しばしば、注目記事のところで目に留めてはいた。相当筆力のある方なのだろうとは思っていた。それでも、なぜか開かなかった。ひとつには、今以て、ブログタイトルの意味が分からない。不思議なタイトルだなっと、ずっと思っている。そのせいなのか、目に留まっているのに開かなかった。
ある日、記事一覧のところに、
「酔った勢いでブログを書いてみる」
この記事タイトル。
私はアル中であると書きたいのであるが、医者にせせら笑われたので書けない。
プロとして認めてもらえなかった。
私も、良く、赤ワインをちびちび飲みながらブログを書く。ただし、時々、ハイになり過ぎるので、翌朝まで寝かす。翌朝、推敲。毒舌っぽいところ、どうも、差し障りがあるなぁーというところを、削除して公開する。そんなせいか、この記事タイトルに猛烈に惹かれた。
開いてみる。読んだ。面白い。勢い付いて、次から次へと記事を読んだ。
何時の間にか、私は正座をし、「あっ、兄貴っ! 師匠と呼ばせて下さいっ!」となっていた。
私は、ほとんど本を読まない。ブログも読まない。読まないくせに、文章、内容に対しては、超絶的に偏屈で、好みも煩い。ただ、私もチンピラブロガーである。その道の筋の方は、すぐに分かる。こっ、これはっ! 私は、べズリー目でへたり込んだ。
漫画、詩、小説、エッセイ.....。諸々の領域。ローリングストーンズ、淡谷のり子、ピンクフロイド。諸々の文体を駆使。重さと軽さと、なにより、私が定義しているユーモア。
年輪、虚無、寂寥感、明るさ、尖がった感じ、
そしてなりより、自由な精神運動が、見事な文体で活写されている。
凄いっ!
私は、全ブログ記事が書籍化されないか、切に願っている。
是非、購入し、貪り読みたい。
久保の兄貴のプロフィールを見てみると、私より一世代上の方だろうことは、分かる。
団塊の世代。私の直接のジャズ兄貴、佐藤真師匠と同世代と推測。たけしさんの世代。
私のゆるい世代とは違い、気骨のある方が多い。もちろん、大半の方々が緩んでしまったことは、後ろから私の世代は見てきたから知っている。それでも、絶対に芯が折れてない方々、先輩も多い。気骨、反骨、自由。風前の灯を、その火を消さずに生きている先輩がいる。
そんな先輩方の後ろ姿を見て、こちらもシニアになった。
そして、久保の兄貴の「仕事始め---あるいは日常」という記事=詩を拝読。目が潤んでしまった。その日の、私のピアノの練習。いつになく、ハードなものだった。フリージャズ。ジャズではなく、その前の部分。この火を消してはいかんと、この全エモーションが鍵盤を覆い尽くした。
ご愛読の方も多いと思う。
私が、ブログ村に登録したのは、それ程、昔の話ではない。昨年の10月半ば。
しばしば、注目記事のところで目に留めてはいた。相当筆力のある方なのだろうとは思っていた。それでも、なぜか開かなかった。ひとつには、今以て、ブログタイトルの意味が分からない。不思議なタイトルだなっと、ずっと思っている。そのせいなのか、目に留まっているのに開かなかった。
ある日、記事一覧のところに、
「酔った勢いでブログを書いてみる」
この記事タイトル。
私はアル中であると書きたいのであるが、医者にせせら笑われたので書けない。
プロとして認めてもらえなかった。
私も、良く、赤ワインをちびちび飲みながらブログを書く。ただし、時々、ハイになり過ぎるので、翌朝まで寝かす。翌朝、推敲。毒舌っぽいところ、どうも、差し障りがあるなぁーというところを、削除して公開する。そんなせいか、この記事タイトルに猛烈に惹かれた。
開いてみる。読んだ。面白い。勢い付いて、次から次へと記事を読んだ。
何時の間にか、私は正座をし、「あっ、兄貴っ! 師匠と呼ばせて下さいっ!」となっていた。
私は、ほとんど本を読まない。ブログも読まない。読まないくせに、文章、内容に対しては、超絶的に偏屈で、好みも煩い。ただ、私もチンピラブロガーである。その道の筋の方は、すぐに分かる。こっ、これはっ! 私は、べズリー目でへたり込んだ。
漫画、詩、小説、エッセイ.....。諸々の領域。ローリングストーンズ、淡谷のり子、ピンクフロイド。諸々の文体を駆使。重さと軽さと、なにより、私が定義しているユーモア。
年輪、虚無、寂寥感、明るさ、尖がった感じ、
そしてなりより、自由な精神運動が、見事な文体で活写されている。
凄いっ!
私は、全ブログ記事が書籍化されないか、切に願っている。
是非、購入し、貪り読みたい。
久保の兄貴のプロフィールを見てみると、私より一世代上の方だろうことは、分かる。
団塊の世代。私の直接のジャズ兄貴、佐藤真師匠と同世代と推測。たけしさんの世代。
私のゆるい世代とは違い、気骨のある方が多い。もちろん、大半の方々が緩んでしまったことは、後ろから私の世代は見てきたから知っている。それでも、絶対に芯が折れてない方々、先輩も多い。気骨、反骨、自由。風前の灯を、その火を消さずに生きている先輩がいる。
そんな先輩方の後ろ姿を見て、こちらもシニアになった。
そして、久保の兄貴の「仕事始め---あるいは日常」という記事=詩を拝読。目が潤んでしまった。その日の、私のピアノの練習。いつになく、ハードなものだった。フリージャズ。ジャズではなく、その前の部分。この火を消してはいかんと、この全エモーションが鍵盤を覆い尽くした。
2013年1月14日月曜日
暖冬
本日は、1月13日、日曜日。2013年。
今、自転車の後輪のタイヤチューブを取り替えた。
キッチンの取り付けから始まり、水漏れ、水漏れ、逆流、逆流、車のバッテリー、サロンのペンキ塗り、自転車のタイヤ修理。おーーー、用務員っ!
切羽詰ったら、パリの便利屋で食って行けるだろう。
どうしても、俺は、こう、一日中、ちまちまとなにかをやっている。
パイプ ブランディー モーツァルト ロッキングチェアー 読書
このおフランスらしい「寛ぎ」。まるでなし。
せかせかせかせか、ちゃかちゃかちゃか、ちょろちょろちょろ。
駄目なのだ、働き者なのである。
で、なんだか、昨年の年末から本日まで、曇り、小雨、曇り、小雨、平年より気温は10℃ぐらい高い。ぼよぉーーーんとしている。なんか、全体にゆるい。のに、せかせかせかせかせか。
で、ピアノの超絶技巧が身に付いて来たら、前のように、弾けなくなってしまった。
へたうまエモーションの味わいが、どっかに行ってしまった。困っている。どうしても、技巧を見せ付けようと、体がやってしまう。俺本来の三流の味わいが出てこない。もぉーーー、どうしようかしらね。ギンギラギンの超絶技巧のオンパレードの饒舌ピアノ。なんか、自分で、鬱陶しいのだよ。困ったなぁー、へたうまぐらいで、丁度良かったのだ。今考えると。
音楽は、難しい。超絶技巧も、それはそれでいいのだけれど、前面に来ると、鬱陶しい。
随分前に、リヨンを本拠地にする世界的な即興演奏家集団、アルフィーのコンサートを聴いた。
クインテット。全員、リヨン音大ジャズ科出身。上手い。それはそれは上手い。で、一時間十五分ぐらい聴いて、なんか辟易して来た。上手過ぎなのだ。ルーブル美術館の中に半日いた時の、あの、もういいぃーーー、俺っ! の感じね。
考えたら、一番、フリージャズしている絵描きって、やっぱ、ゴッホかも知れない。
不思議なんだけれど、美術家としては、ゴッホの影響は皆無なのに、ピアノを弾くと、ちょっと、ゴッホ的だ。形と音という素材の違いなのかしらね。
ところで、ジィベルニー、モネの晩年のお家がある。そこそこの豪邸。
そこを見てから、ゴッホの晩年の屋根裏部屋を訪ねた。三畳間みたいな部屋の天窓を見ていたら、涙が止まらなくなった。
今、自転車の後輪のタイヤチューブを取り替えた。
キッチンの取り付けから始まり、水漏れ、水漏れ、逆流、逆流、車のバッテリー、サロンのペンキ塗り、自転車のタイヤ修理。おーーー、用務員っ!
切羽詰ったら、パリの便利屋で食って行けるだろう。
どうしても、俺は、こう、一日中、ちまちまとなにかをやっている。
パイプ ブランディー モーツァルト ロッキングチェアー 読書
このおフランスらしい「寛ぎ」。まるでなし。
せかせかせかせか、ちゃかちゃかちゃか、ちょろちょろちょろ。
駄目なのだ、働き者なのである。
で、なんだか、昨年の年末から本日まで、曇り、小雨、曇り、小雨、平年より気温は10℃ぐらい高い。ぼよぉーーーんとしている。なんか、全体にゆるい。のに、せかせかせかせかせか。
で、ピアノの超絶技巧が身に付いて来たら、前のように、弾けなくなってしまった。
へたうまエモーションの味わいが、どっかに行ってしまった。困っている。どうしても、技巧を見せ付けようと、体がやってしまう。俺本来の三流の味わいが出てこない。もぉーーー、どうしようかしらね。ギンギラギンの超絶技巧のオンパレードの饒舌ピアノ。なんか、自分で、鬱陶しいのだよ。困ったなぁー、へたうまぐらいで、丁度良かったのだ。今考えると。
音楽は、難しい。超絶技巧も、それはそれでいいのだけれど、前面に来ると、鬱陶しい。
随分前に、リヨンを本拠地にする世界的な即興演奏家集団、アルフィーのコンサートを聴いた。
クインテット。全員、リヨン音大ジャズ科出身。上手い。それはそれは上手い。で、一時間十五分ぐらい聴いて、なんか辟易して来た。上手過ぎなのだ。ルーブル美術館の中に半日いた時の、あの、もういいぃーーー、俺っ! の感じね。
考えたら、一番、フリージャズしている絵描きって、やっぱ、ゴッホかも知れない。
不思議なんだけれど、美術家としては、ゴッホの影響は皆無なのに、ピアノを弾くと、ちょっと、ゴッホ的だ。形と音という素材の違いなのかしらね。
ところで、ジィベルニー、モネの晩年のお家がある。そこそこの豪邸。
そこを見てから、ゴッホの晩年の屋根裏部屋を訪ねた。三畳間みたいな部屋の天窓を見ていたら、涙が止まらなくなった。
2013年1月13日日曜日
フランスバッテリー狂想曲
「前号までのあらすじ」
国木田裕之助(832歳、無職)は、洗濯機の炊事場逆流事件に巻き込まれるが、上向き排水口は存在せず。機知に富む裕之助。ただちに、変形可能な排水パイプを購入。パイプ自体を上向きSの字にしてしまう。解決。サロンのペンキ塗りを開始する。四面の内の三面目の下塗りを終える。一番、面積が大きい。ペンキが尽きた。大工道具店へ、ペンキ購入のため、車に乗り込むが.....。
ぎょぎょぎょ、エンジン掛からない。もう一度、ぎょぎょぎょ。掛からない。
裕之助の目が、一挙に、自動車整備士目になる。インパネのインディケーターを見る。
エンジン、オイル、バッテリーが赤ランプ。ボンネットを開ける。まず、目で見える異常を検索。ない。点火スパークをチェック。ない。オイル、平常。算数上は、結論はひとつ。黄金のバッテリー、江夏と田淵。これだ。午前11時。確認終了、11時45分。まずは、腹ごしらえとする。
午後1時。小振りのころころの付いたスーツケースを持って、馴染みのガレージへ。1KM。
着く。「ボンジュー」「あっ、ムッシュ、裕」「まずは、良いお年を」「あっ、良いお年を」
「で、バッテリー頂戴」「あれれ、ホンダシビックでしたよね?」「うん」「ちょっと、調べますが、入手は難しいですよぉー」「えっ、適当なのでいいんだけど」「適当? サイズ、アンペアー、プラスの位置。で、日本車のそれは、コンパクト。簡単には見付かりません」「あっそ」
「むむむ、すいません。うちでは入手不可」「あっそ」「ちょっと先に、部品の専門店があります。そちらで、なんとかなると思います」「メルシー、チャオー。兄貴、フランス人にしちゃー、いい感じ、ね。いい加減なの、多いじゃん。メルシー」
1KM先の部品店到着。午後1時40分。入り口のシャッターは閉まっている。開店午後2時。
左のシャッターは開いている。二人の従業員が談笑している。裕之助、寒いから、店員に見えるようにうろつく。絶対に、目線に入っているのに、絶対に見ない。寒いよぉー、馬鹿みたいスーツケース。あっ、これはね、バッテリーを持って帰るためなの。推定重量13KG。窓越しに、色々な顔真似をしてみる。絶対に気が付いているのに、こちらを見ない。力尽き、タバコ。午後2時。シャッター開かない。中に四人の店員。談笑。2時5分。シャッター開く。
「ボンジュー」だれも返事をしない。
チーフらしき親父、電話。中堅親父、コンピューターを見ている。もう一人、奥に引っ込む。仏頂面の若造。こちらを見ない。5分待つ。若造が、年長のスタッフの威圧感「馬鹿野郎、お前が対応しろよっ」を感じて、仏頂面のまま、「ウイ(なにか?)」「あのバッテリー」「車はなに」「ホンダシビック」「日本車かよぉー」「ないの?」「あると思うけど、正確なサイズあるの。で、プラスは右側なの」「あの、型番で調べ付くと思うんですけど」「付かない、日本車だから」「えっ、車種で、バッテリーの種類って、普通は分かるけど」「いや、日本車は複雑なの。いいや、で、車、外に止めてんの?」
突然、フランス語版三村さん。
「なにいってんだよぉー、バッテリー上がっちゃってるから、きてんだよぉー、徒歩にきまってんだろ、馬鹿タレっ!」「そりゃそうだ。じゃ、今、付いてるやつ、外して持ってきて」「おりゃ、おれんち1KM先なんだけど」「見なきゃ、ワカンネぇー、日本車だから」「あっそ」
家に帰る。バッテリー外す。スーツケースに入れて、また、1KM。何キロ、歩いているの、俺。
「あっ、これね、分かった。スタンダードの日本車用だ」
「スタンダード? なんで、持ってこないと分からないの?」
「いや、サイズとね、プラスの位置がね。いや、間違ったもんは、売れないから」
まあー、一理あるようなないような。
午後4時。目は、松田優作。
「兄貴よぉー、わりぃーけどよぉー、持ってきたバッテリーは、そっちで処理して。俺、これ、またよぉー、徒歩で持って蛙。わかってるよなぁー、兄貴」
若造兄貴。びくっ。急に、初めての笑顔。「もっ、もちろんです、ムッシュ」
なんか、俺のフランス語、三村さんになってんのかしらね?
でね、よぉーーーく考えると、大竹さんの日本語って、フランス人だよ、マジで。
分かる人は、絶対に、分かるっ!
国木田裕之助(832歳、無職)は、洗濯機の炊事場逆流事件に巻き込まれるが、上向き排水口は存在せず。機知に富む裕之助。ただちに、変形可能な排水パイプを購入。パイプ自体を上向きSの字にしてしまう。解決。サロンのペンキ塗りを開始する。四面の内の三面目の下塗りを終える。一番、面積が大きい。ペンキが尽きた。大工道具店へ、ペンキ購入のため、車に乗り込むが.....。
ぎょぎょぎょ、エンジン掛からない。もう一度、ぎょぎょぎょ。掛からない。
裕之助の目が、一挙に、自動車整備士目になる。インパネのインディケーターを見る。
エンジン、オイル、バッテリーが赤ランプ。ボンネットを開ける。まず、目で見える異常を検索。ない。点火スパークをチェック。ない。オイル、平常。算数上は、結論はひとつ。黄金のバッテリー、江夏と田淵。これだ。午前11時。確認終了、11時45分。まずは、腹ごしらえとする。
午後1時。小振りのころころの付いたスーツケースを持って、馴染みのガレージへ。1KM。
着く。「ボンジュー」「あっ、ムッシュ、裕」「まずは、良いお年を」「あっ、良いお年を」
「で、バッテリー頂戴」「あれれ、ホンダシビックでしたよね?」「うん」「ちょっと、調べますが、入手は難しいですよぉー」「えっ、適当なのでいいんだけど」「適当? サイズ、アンペアー、プラスの位置。で、日本車のそれは、コンパクト。簡単には見付かりません」「あっそ」
「むむむ、すいません。うちでは入手不可」「あっそ」「ちょっと先に、部品の専門店があります。そちらで、なんとかなると思います」「メルシー、チャオー。兄貴、フランス人にしちゃー、いい感じ、ね。いい加減なの、多いじゃん。メルシー」
1KM先の部品店到着。午後1時40分。入り口のシャッターは閉まっている。開店午後2時。
左のシャッターは開いている。二人の従業員が談笑している。裕之助、寒いから、店員に見えるようにうろつく。絶対に、目線に入っているのに、絶対に見ない。寒いよぉー、馬鹿みたいスーツケース。あっ、これはね、バッテリーを持って帰るためなの。推定重量13KG。窓越しに、色々な顔真似をしてみる。絶対に気が付いているのに、こちらを見ない。力尽き、タバコ。午後2時。シャッター開かない。中に四人の店員。談笑。2時5分。シャッター開く。
「ボンジュー」だれも返事をしない。
チーフらしき親父、電話。中堅親父、コンピューターを見ている。もう一人、奥に引っ込む。仏頂面の若造。こちらを見ない。5分待つ。若造が、年長のスタッフの威圧感「馬鹿野郎、お前が対応しろよっ」を感じて、仏頂面のまま、「ウイ(なにか?)」「あのバッテリー」「車はなに」「ホンダシビック」「日本車かよぉー」「ないの?」「あると思うけど、正確なサイズあるの。で、プラスは右側なの」「あの、型番で調べ付くと思うんですけど」「付かない、日本車だから」「えっ、車種で、バッテリーの種類って、普通は分かるけど」「いや、日本車は複雑なの。いいや、で、車、外に止めてんの?」
突然、フランス語版三村さん。
「なにいってんだよぉー、バッテリー上がっちゃってるから、きてんだよぉー、徒歩にきまってんだろ、馬鹿タレっ!」「そりゃそうだ。じゃ、今、付いてるやつ、外して持ってきて」「おりゃ、おれんち1KM先なんだけど」「見なきゃ、ワカンネぇー、日本車だから」「あっそ」
家に帰る。バッテリー外す。スーツケースに入れて、また、1KM。何キロ、歩いているの、俺。
「あっ、これね、分かった。スタンダードの日本車用だ」
「スタンダード? なんで、持ってこないと分からないの?」
「いや、サイズとね、プラスの位置がね。いや、間違ったもんは、売れないから」
まあー、一理あるようなないような。
午後4時。目は、松田優作。
「兄貴よぉー、わりぃーけどよぉー、持ってきたバッテリーは、そっちで処理して。俺、これ、またよぉー、徒歩で持って蛙。わかってるよなぁー、兄貴」
若造兄貴。びくっ。急に、初めての笑顔。「もっ、もちろんです、ムッシュ」
なんか、俺のフランス語、三村さんになってんのかしらね?
でね、よぉーーーく考えると、大竹さんの日本語って、フランス人だよ、マジで。
分かる人は、絶対に、分かるっ!
2013年1月12日土曜日
さまぁーずについて
最近、この二人組みの研究をしている。
諸々の番組を見ている。大体の彼らの位置が分かってきた。
相当な売れっ子。
世間、若手芸人よりの評価。
「ゆるい芸」「周りのスタッフ、若手が緊張しない」「ホリプロの新人女性タレントの憧れ」
なんか威圧感がない、気さくな兄貴、若手の面倒見がいい等々。その存在自体がゆるい=癒し。
キーパーソンはどっちなのか、いろいろと見てみた。
これは、どちらも、だ。つっこみ三村さんと、天然(?)ボケ大竹さん。このカップルとしてのバランスが抜群である。本年お二人とも四十五歳。仲良し高校生が、そのまま、おじさんになったほのぼの感が漂っている。
「きのこのはなし」「悲しい駄洒落」「サンタさん」
たとえば、紙芝居サンタさん(ストーリー=お話しするのは、大竹さん)。ご存知の方もいらっしゃると思うけど、袋を担いでやってくる。サンタさんが、自分で袋の中に入ってしまう。三村さんのつっこみ。「なんだよぉー、寝袋かよぉー」「なにしに、来たんだよぉーーー」
これは一例だけれど、一見ゆるそうだけれど、一歩進むと、なんだかサミュエル ベケットの不条理劇に近付く。でも、ゆるいお笑いで踏みとどまっている。この微妙な均衡。独特な芸人さんだ。セクハラトークにも、それは出ている。
芸人特有のギラつき、裏に隠れた暴力感、いじめ。こういうものが、まるっきり感じられない。
三村さんのパパ顔のつっこみ。一見、気難しい感じの大竹さん、実は、天然ボケ。この見てくれとの乖離が作動している。それと、大竹さんのキャラなのだろう、なんか、無理に笑わせようという気迫がない。別に、笑わなくてもいいんだけどっていう雰囲気。そこに、三村さんの元気なつっこみ。
この「ゆるい感じ」。私は、非常に気に入っている。
で、ピアニスト裕イサオという芸人。いじめは皆無にしても、ギラギラ隠れ暴力芸人なのだ。
丸くならないのだ。でも、見てくれがゆるいので助かっているわけ。へへへ。騙されないでっ!
諸々の番組を見ている。大体の彼らの位置が分かってきた。
相当な売れっ子。
世間、若手芸人よりの評価。
「ゆるい芸」「周りのスタッフ、若手が緊張しない」「ホリプロの新人女性タレントの憧れ」
なんか威圧感がない、気さくな兄貴、若手の面倒見がいい等々。その存在自体がゆるい=癒し。
キーパーソンはどっちなのか、いろいろと見てみた。
これは、どちらも、だ。つっこみ三村さんと、天然(?)ボケ大竹さん。このカップルとしてのバランスが抜群である。本年お二人とも四十五歳。仲良し高校生が、そのまま、おじさんになったほのぼの感が漂っている。
「きのこのはなし」「悲しい駄洒落」「サンタさん」
たとえば、紙芝居サンタさん(ストーリー=お話しするのは、大竹さん)。ご存知の方もいらっしゃると思うけど、袋を担いでやってくる。サンタさんが、自分で袋の中に入ってしまう。三村さんのつっこみ。「なんだよぉー、寝袋かよぉー」「なにしに、来たんだよぉーーー」
これは一例だけれど、一見ゆるそうだけれど、一歩進むと、なんだかサミュエル ベケットの不条理劇に近付く。でも、ゆるいお笑いで踏みとどまっている。この微妙な均衡。独特な芸人さんだ。セクハラトークにも、それは出ている。
芸人特有のギラつき、裏に隠れた暴力感、いじめ。こういうものが、まるっきり感じられない。
三村さんのパパ顔のつっこみ。一見、気難しい感じの大竹さん、実は、天然ボケ。この見てくれとの乖離が作動している。それと、大竹さんのキャラなのだろう、なんか、無理に笑わせようという気迫がない。別に、笑わなくてもいいんだけどっていう雰囲気。そこに、三村さんの元気なつっこみ。
この「ゆるい感じ」。私は、非常に気に入っている。
で、ピアニスト裕イサオという芸人。いじめは皆無にしても、ギラギラ隠れ暴力芸人なのだ。
丸くならないのだ。でも、見てくれがゆるいので助かっているわけ。へへへ。騙されないでっ!
2013年1月11日金曜日
Free Jazz in Paris
マニアックなタイトルが、やっと、でた。これぞ、本来の裕君のブログじゃ。
ジャズフリークではない方々は、パスパスして下さいと言っても、もう、開いているのね、では。
で、凄いことになってしまった。
俺のホームのジャズクラブで、「フリージャズナイト」をやると言う。
で、それはそれでいいのである。
パリのフリージャズ。沖至組とアラン シルバ組と、ふたりのジャズの巨人が居るのであるのであります。そこからの分派も多い。俺は、分からん、沖組系チンピラ、だ。で、俺の直の兄貴は、佐藤真であります。ただ、真兄貴は、分からん、どこの組なのか。自由人だから、分からん。無所属組の組長だろう。で、俺は、沖組系無所属組直系チンピラ。なんか、さまぁーずみたいな感じ、ね。ゆるい、のだ。すべてが。
で、沖組とシルバ組は、仲良しである。共演ミュージッシャンも、しばしば、重なる。
だから、いじめだの抗争なんてもんはない。
で、この「フリージャズナイト」。
第一部。裕イサオ、ピアノ。佐藤真、ドラムス。スペシャルゲスト、沖至、トランペット。
第二部。アラン シルバ、シンセ、ベース。アブドゥー べナニ、テナーサックス。
で、はい、チンピラ裕君の位置なのだ。
「沖至」
ジャズジャイアント フリージャズの創始者のひとり 現代詩、舞踏との共演を始めた最初の人物オシメしないと、会うのはシビアですよぉー まあぁー、分かり易く言えば、たけしさんの位置です芸人で言えば
「佐藤真」
俺の兄貴、大先輩
パリ屈指のフリージャズドラマー でも、絶対に、無所属だろう
聞いたことないけど そんな野暮はしねぇーの 俺たち あれとあれにしか、興味ねぇーって
「アブドゥー べナニ」
モロッコ人のテナーサックス
たぶん、今、現存する世界最高峰のフリージャズテナー
絶対に、メロディーを吹かない 倍音のみ 生きジャズ神だ、彼は。一度聴くと、もう、頭から離れない 病み付きになってしまう
「アラン シルバ」
これは、インターネットでお調べ下さいね。ニューヨーカー、元アルバート アイラー ユニットのベーシスト これだけで、俺は仰け反る
とっとととととっ、このメンバーの中に、俺がいる。おまけ、みてぇー!
はい、俺だって、ファンがいるから、はい、ばっつす、行くぞぉーーー!
オシメして。
追記 検索狂の方へ
ちゃんとした、スペルは、Alan SILVA Abdelhai BENNANIです
でね、組長ふたりは仲良しでしょ。で、真兄貴は、シルバユニットのドラマーでもある。アブドゥーは、俺、何回か共演させてもらった。くんずほぐれつ状態なのです
結局ね、俺らの抗争は、音、だけ。痛くないの。これ、重要、マジで、大人だから、なの
でもね、二部は、凄いことになるだろう。俺は、もちろん、参加なんてしないし、できない。分相応に、客席で聴くのだよ。この自分の位置の把握は、しないと、駄目
ジャズフリークではない方々は、パスパスして下さいと言っても、もう、開いているのね、では。
で、凄いことになってしまった。
俺のホームのジャズクラブで、「フリージャズナイト」をやると言う。
で、それはそれでいいのである。
パリのフリージャズ。沖至組とアラン シルバ組と、ふたりのジャズの巨人が居るのであるのであります。そこからの分派も多い。俺は、分からん、沖組系チンピラ、だ。で、俺の直の兄貴は、佐藤真であります。ただ、真兄貴は、分からん、どこの組なのか。自由人だから、分からん。無所属組の組長だろう。で、俺は、沖組系無所属組直系チンピラ。なんか、さまぁーずみたいな感じ、ね。ゆるい、のだ。すべてが。
で、沖組とシルバ組は、仲良しである。共演ミュージッシャンも、しばしば、重なる。
だから、いじめだの抗争なんてもんはない。
で、この「フリージャズナイト」。
第一部。裕イサオ、ピアノ。佐藤真、ドラムス。スペシャルゲスト、沖至、トランペット。
第二部。アラン シルバ、シンセ、ベース。アブドゥー べナニ、テナーサックス。
で、はい、チンピラ裕君の位置なのだ。
「沖至」
ジャズジャイアント フリージャズの創始者のひとり 現代詩、舞踏との共演を始めた最初の人物オシメしないと、会うのはシビアですよぉー まあぁー、分かり易く言えば、たけしさんの位置です芸人で言えば
「佐藤真」
俺の兄貴、大先輩
パリ屈指のフリージャズドラマー でも、絶対に、無所属だろう
聞いたことないけど そんな野暮はしねぇーの 俺たち あれとあれにしか、興味ねぇーって
「アブドゥー べナニ」
モロッコ人のテナーサックス
たぶん、今、現存する世界最高峰のフリージャズテナー
絶対に、メロディーを吹かない 倍音のみ 生きジャズ神だ、彼は。一度聴くと、もう、頭から離れない 病み付きになってしまう
「アラン シルバ」
これは、インターネットでお調べ下さいね。ニューヨーカー、元アルバート アイラー ユニットのベーシスト これだけで、俺は仰け反る
とっとととととっ、このメンバーの中に、俺がいる。おまけ、みてぇー!
はい、俺だって、ファンがいるから、はい、ばっつす、行くぞぉーーー!
オシメして。
追記 検索狂の方へ
ちゃんとした、スペルは、Alan SILVA Abdelhai BENNANIです
でね、組長ふたりは仲良しでしょ。で、真兄貴は、シルバユニットのドラマーでもある。アブドゥーは、俺、何回か共演させてもらった。くんずほぐれつ状態なのです
結局ね、俺らの抗争は、音、だけ。痛くないの。これ、重要、マジで、大人だから、なの
でもね、二部は、凄いことになるだろう。俺は、もちろん、参加なんてしないし、できない。分相応に、客席で聴くのだよ。この自分の位置の把握は、しないと、駄目
2013年1月10日木曜日
不死人間族ランハイダー
作者注 ハイランダー アメリカのテレビドラマ 不死の人間同士の死闘
フランス人俳優クリストフ ランバート主演で、映画、確か三本ぐらいあり
裕先生のシニアーマンシリーズの後継作である はっきり、アホ小説
俺は、いつもの、サクレクール寺院の後ろ辺りのジャズクラブで演奏していた。
ピアノソロ。一部を終えた。バーの奥の方で、取り巻きのねぇーちゃんと、いちゃついていた。
ギー、長身の男と、素晴らしい脚線美の女、どちらも東洋系が入ってきたのが、右目の端の端の方に映った。殺気なんていうもんじゃねぇーーー、とんでもない、威圧感。違う。同類の臭い。ヤバイ。で、取り巻きのねぇーちゃん方に、ちょっと、外で、バタコ吸って来るねっ、といいつつ、バーの後ろに置いてあったジャケットをすっと、取った。外に出る。
カキィーーーーーン。
来た。日本刀だっ!
俺は、向かいの建物の屋根に飛び上がる。その間も、カキィーーーンの連続。相手はふたり。
30メートルぐらい飛び上がった。パリの18区の屋根の上だ。
「探したぜ」「探したわ」
「ちょい、待ち。高峰と、トメ」「止めろって、俺は、今は静かに暮らしている。以上」
「馬鹿かぁーーー」「馬鹿じゃないのぉーーー」
「むむむ」
「俺らはランハイダー。平静の世などないのじゃ、なぁー、トメ」高峰
「そうよ、この男が、あたしを捨てたのよ」トメ
それから、約15分。ちゃんばら。どちらも、俺も、剣の達人。
「ちょい、待ち。二部、始まっちゃうんだけど」俺
「知るか、ばぁーか」「なにが、ズゥージャなのよ、捨てたくせにっ」
「あのさぁー、トメが怒るのは分かるよ。悪かったよ、俺が。で、なんで、旦那まで一緒にくんだよって!」「しっ、知らないわよっ!」
えーーー、毎度、馬鹿馬鹿しいお笑いでございまして、わたくし、普通の寿命でございますから、彼らの年号感覚は、わかりましぇーーーんけど、国木田裕之助が、高峰新之助の女房トメと、なにをしでかしましてなぁー、ありゃ、江戸末期の頃ってぇー、年号が出ないから、ねんごろになどと申しまして、なぁーーー、まぁ、何百年もめぇーの、情事は常時、ジョージ マイケル。何時の世も、付き物でございましてねぇー。まっ、この連中、今年で、御年、823歳。いろいろねぇー、我々には分からんことも、多々、ありましょう。多々多々多々っと、多々。
フランス人俳優クリストフ ランバート主演で、映画、確か三本ぐらいあり
裕先生のシニアーマンシリーズの後継作である はっきり、アホ小説
俺は、いつもの、サクレクール寺院の後ろ辺りのジャズクラブで演奏していた。
ピアノソロ。一部を終えた。バーの奥の方で、取り巻きのねぇーちゃんと、いちゃついていた。
ギー、長身の男と、素晴らしい脚線美の女、どちらも東洋系が入ってきたのが、右目の端の端の方に映った。殺気なんていうもんじゃねぇーーー、とんでもない、威圧感。違う。同類の臭い。ヤバイ。で、取り巻きのねぇーちゃん方に、ちょっと、外で、バタコ吸って来るねっ、といいつつ、バーの後ろに置いてあったジャケットをすっと、取った。外に出る。
カキィーーーーーン。
来た。日本刀だっ!
俺は、向かいの建物の屋根に飛び上がる。その間も、カキィーーーンの連続。相手はふたり。
30メートルぐらい飛び上がった。パリの18区の屋根の上だ。
「探したぜ」「探したわ」
「ちょい、待ち。高峰と、トメ」「止めろって、俺は、今は静かに暮らしている。以上」
「馬鹿かぁーーー」「馬鹿じゃないのぉーーー」
「むむむ」
「俺らはランハイダー。平静の世などないのじゃ、なぁー、トメ」高峰
「そうよ、この男が、あたしを捨てたのよ」トメ
それから、約15分。ちゃんばら。どちらも、俺も、剣の達人。
「ちょい、待ち。二部、始まっちゃうんだけど」俺
「知るか、ばぁーか」「なにが、ズゥージャなのよ、捨てたくせにっ」
「あのさぁー、トメが怒るのは分かるよ。悪かったよ、俺が。で、なんで、旦那まで一緒にくんだよって!」「しっ、知らないわよっ!」
えーーー、毎度、馬鹿馬鹿しいお笑いでございまして、わたくし、普通の寿命でございますから、彼らの年号感覚は、わかりましぇーーーんけど、国木田裕之助が、高峰新之助の女房トメと、なにをしでかしましてなぁー、ありゃ、江戸末期の頃ってぇー、年号が出ないから、ねんごろになどと申しまして、なぁーーー、まぁ、何百年もめぇーの、情事は常時、ジョージ マイケル。何時の世も、付き物でございましてねぇー。まっ、この連中、今年で、御年、823歳。いろいろねぇー、我々には分からんことも、多々、ありましょう。多々多々多々っと、多々。
2013年1月9日水曜日
おパリ住人のその日
なんだか、書く暇がないのだ。で、ちゃかちゃかとやっている。
ちゃかちゃかのせいなのか、急に、おパリ記事が増えた。で、読者も増えた。
そうかぁー、ちゃかちゃか、おパリでいいのかぁー、商業ベースでは。
ぎょ、俺は、筋金入りの偏屈親父。天邪鬼。けけけけけっ。なんていう元気は、もう、ない。
朝、起きる。お気に入りブロガーさんの記事を読む。コーヒーとタバコ
俺は私生活は、一切書かない
サロンのペンキ塗りを開始する
先日、知人宅へ、ご新居。業者がすべて内装。俺、自宅へ。ぎょわぁーーー、古びれて煤けているっ! 俺も内装もっ! しっくり、し過ぎっ! アンティックの鏡に映る俺が、あまりにしっくりし過ぎで、見えねぇー
俺は私生活は、一切書かない。ダンディズムである。
洗濯機から、水漏れ。蛇口が閉まっているのに。馬鹿野郎って、と、ちょっと、叫んだ。
フランス製品の欠陥なのだ。俺は、予測していた。流しの排水と洗濯機の排水。高さが同じなのだ。算数上の推定値として、「逆流の可能性」、これは、十分に把握できる。で、その通りだ。大工道具店へ、「上向きの排水口」を買いに行く。ついでに、嫌味を言いたい。
「ねぇ、俺さ、これ買って付けたけど、案の定、逆流。それは、想像できた。けど、表のさ、写真は、上向きの排水口になってるけど、中に入ってものは、水平。はっきり、クレーム」
「うな、馬鹿な。あっ、本当だ」
「で、兄貴のよぉー、責任なんてよぉー、問わねぇー、はした金だしよぉー、あんちゃんだって、わかんねぇーだろって、そこまでよぉー。でな、上向きのやつ、ある?」
一生懸命探す。一緒に。
「ありゃ、ない」
「マジかよぉーーー」
「流しを立てちゃったりしてぇ」ぎゃはははははははっーーーーー。
俺は、このマジな対応と、答えに満足したのだ。
偏屈かしら、ねぇー?
で、セントラルヒーティングのスイッチを入れに、半地下へ。
自転車の後輪パンク。常習犯がいるのだっ。またかよぉーーー。
ペンキ塗り、水漏れ対策、自転車修理、スーパーの買出し、家事、そして、ちょっと前まで、ジェームズボンドライフ。
もし、俺の読者様に、若い兄貴がいて、おフランス、ピカピカ漫画目の方がいらしたら、もちろん、構わないけど、覚悟して来てね。
で、男らしさと、優しさと、フランス語はおかまっぽいのよ。そして、笑顔で、へらへら、ハードライフと、アイロニックジョークと掃除洗濯家事子育て本妻妾文通妾などなどなどなどなどなどを、笑顔でこなさないといけないのよ。駄目だって、日本の男はっ! グローバリゼーションしてから、お越し下さい。
追記 俺の愛読男性ブロガーさんで、唯一、合格しているのは、モヒカン兄貴だけ
兄貴のことは、ブログに書くのだよ(もう、下書きできているの。ふふふ)
ちゃかちゃかのせいなのか、急に、おパリ記事が増えた。で、読者も増えた。
そうかぁー、ちゃかちゃか、おパリでいいのかぁー、商業ベースでは。
ぎょ、俺は、筋金入りの偏屈親父。天邪鬼。けけけけけっ。なんていう元気は、もう、ない。
朝、起きる。お気に入りブロガーさんの記事を読む。コーヒーとタバコ
俺は私生活は、一切書かない
サロンのペンキ塗りを開始する
先日、知人宅へ、ご新居。業者がすべて内装。俺、自宅へ。ぎょわぁーーー、古びれて煤けているっ! 俺も内装もっ! しっくり、し過ぎっ! アンティックの鏡に映る俺が、あまりにしっくりし過ぎで、見えねぇー
俺は私生活は、一切書かない。ダンディズムである。
洗濯機から、水漏れ。蛇口が閉まっているのに。馬鹿野郎って、と、ちょっと、叫んだ。
フランス製品の欠陥なのだ。俺は、予測していた。流しの排水と洗濯機の排水。高さが同じなのだ。算数上の推定値として、「逆流の可能性」、これは、十分に把握できる。で、その通りだ。大工道具店へ、「上向きの排水口」を買いに行く。ついでに、嫌味を言いたい。
「ねぇ、俺さ、これ買って付けたけど、案の定、逆流。それは、想像できた。けど、表のさ、写真は、上向きの排水口になってるけど、中に入ってものは、水平。はっきり、クレーム」
「うな、馬鹿な。あっ、本当だ」
「で、兄貴のよぉー、責任なんてよぉー、問わねぇー、はした金だしよぉー、あんちゃんだって、わかんねぇーだろって、そこまでよぉー。でな、上向きのやつ、ある?」
一生懸命探す。一緒に。
「ありゃ、ない」
「マジかよぉーーー」
「流しを立てちゃったりしてぇ」ぎゃはははははははっーーーーー。
俺は、このマジな対応と、答えに満足したのだ。
偏屈かしら、ねぇー?
で、セントラルヒーティングのスイッチを入れに、半地下へ。
自転車の後輪パンク。常習犯がいるのだっ。またかよぉーーー。
ペンキ塗り、水漏れ対策、自転車修理、スーパーの買出し、家事、そして、ちょっと前まで、ジェームズボンドライフ。
もし、俺の読者様に、若い兄貴がいて、おフランス、ピカピカ漫画目の方がいらしたら、もちろん、構わないけど、覚悟して来てね。
で、男らしさと、優しさと、フランス語はおかまっぽいのよ。そして、笑顔で、へらへら、ハードライフと、アイロニックジョークと掃除洗濯家事子育て本妻妾文通妾などなどなどなどなどなどを、笑顔でこなさないといけないのよ。駄目だって、日本の男はっ! グローバリゼーションしてから、お越し下さい。
追記 俺の愛読男性ブロガーさんで、唯一、合格しているのは、モヒカン兄貴だけ
兄貴のことは、ブログに書くのだよ(もう、下書きできているの。ふふふ)
2013年1月8日火曜日
パリの治安
なんだか、ちまちまと忙しく、まとまった時間が取れない。
昨日の記事の続きみたいので、お茶を濁すことにする(ブログのいいところ。俺、責任ないもん)。たらたらから、お茶濁しに変更。四六時中、スイングしているのも、馬鹿だ。
で、結論だけ書いちゃえ。
別に、物騒ではない。暴力沙汰というより、スリが多いっていう感じ。
俺の知人、日本から来たご家族と共にレンタカーでオペラ座界隈を走っていた。
ジャンヌダルクの銅像の前、赤信号で止まる。いきなり四つの扉がばっと開き、男四人ががさがさがさと車内を荒らして遁走。まあ、物騒といえばいえる。けど、拳銃でズドンなんてのはないから、そういう意味では、命の危険感はない。
とはいえ、四六時中、スパイのように緊張はしている。
うたた寝なんかしない。できない。緊張しているから.....。
吊革に掴まりながら、片手は財布の入ったポケットに突っ込んでいる。
無意識にやっているのだね。
観光でいらしている日本人の方と、俺らみたいに現地化してしまった日本人。
着ているもの、物腰、目付き。明らかに違う。
前者は、漫画に出てくるキラキラ目。後者は、スパイ目だ。
たまに、べろぉーーーんと、ミニスカート、太もも剥き出し、キラキラ目の日本のおねいちゃんを見る。ぎょぉーーー、大丈夫かいなぁーーー。獣化した男どもの巣窟でよぉーーー。と思うけど、呼び止めてお説教ともいかないから、ボンシャァーンス(グッドラック)、マドマゼルと呟く。
で、俺の母国は、世界一、治安の良い国である。水道水もおいしい。
これは、世界に誇れることである。気遣い、気が利く、丁寧等々の美徳は素晴らしいのだ。
日本に行ったことがある知人連は、皆、絶賛。
大体ね、道歩いている。左からすたすたすたと来て、俺の目の前で右折する。
このフランス人特有の歩き方。車の運転と同じ。なんで、最初から右にいないのか?
分からないのである。体力の消費上もその方がいいし、他人を押し退けなくても、ひとりで右折できるだろうに、と思ってしまう。
この弱肉強食。体力勝負、極北の自己中。
俺ら現地化組も、じーちゃんになると、これがしんどくなる。なぁーーーんてことはない。
こっちだって鍛えられちゃってるから、来るならこいっ! と、こっちもなっている。
でも、日本の方が、こんなこと真似する必要は、一切なし。
第六感だの、日毎の緊張なんて、野生動物じゃないんだから、ないに越したことはありません。
ところで、日本のガソリンスタンド。運転、俺。
スタンドに入る。計五名の男女が「いらっしゃいまぁせぇーーー」と笑顔で、建物から走ってきた。俺は、びっくりして飛び降り、走って逃げた。マジで、怖かったっ! 追い剥ぎかと思ったの、つい。
と、ここまでを読み返したのね。で、例によって、追記なのだ。
ほんと、今年の冬は、暖冬で、ぼよぉーーーんとしている。
で、フランス、とりわけ、おパリは、世界一ないし二位の、行って見たい国、行って見たい町。
すいません、俺は、この答えが分からないのですよ。そもそも、フランスに来る予定は、まるでなかった。俺にとっての外国は、ニューヨーク以外にはなかった。
で、先日、お会いした日本人の女性との会話。
「いつ、フランスに?」
「八年前」「で、ぶっちゃけ、何しに来たの?」「うん、住みたかったの」
「えっ、それって目的なの?」「うん、憧れだったの。裕さんは?」
「あっ、俺? こっち来て三十年」「すっすごぉーーーい」「えっ、なにが?」
相変わらず、これが理解できないでいる。おフランス、おパリ。地上の天国なの?
はははははっ、はぁー、「そうじゃないから」、結局、住んじまったの、俺。
ハードハードハードでシビアシビアシビア、美しい町並み? 忘れてた。本当。
難しい。日本とフランスっていうの。ちょっと、真面目に考察しようかしら?
昨日の記事の続きみたいので、お茶を濁すことにする(ブログのいいところ。俺、責任ないもん)。たらたらから、お茶濁しに変更。四六時中、スイングしているのも、馬鹿だ。
で、結論だけ書いちゃえ。
別に、物騒ではない。暴力沙汰というより、スリが多いっていう感じ。
俺の知人、日本から来たご家族と共にレンタカーでオペラ座界隈を走っていた。
ジャンヌダルクの銅像の前、赤信号で止まる。いきなり四つの扉がばっと開き、男四人ががさがさがさと車内を荒らして遁走。まあ、物騒といえばいえる。けど、拳銃でズドンなんてのはないから、そういう意味では、命の危険感はない。
とはいえ、四六時中、スパイのように緊張はしている。
うたた寝なんかしない。できない。緊張しているから.....。
吊革に掴まりながら、片手は財布の入ったポケットに突っ込んでいる。
無意識にやっているのだね。
観光でいらしている日本人の方と、俺らみたいに現地化してしまった日本人。
着ているもの、物腰、目付き。明らかに違う。
前者は、漫画に出てくるキラキラ目。後者は、スパイ目だ。
たまに、べろぉーーーんと、ミニスカート、太もも剥き出し、キラキラ目の日本のおねいちゃんを見る。ぎょぉーーー、大丈夫かいなぁーーー。獣化した男どもの巣窟でよぉーーー。と思うけど、呼び止めてお説教ともいかないから、ボンシャァーンス(グッドラック)、マドマゼルと呟く。
で、俺の母国は、世界一、治安の良い国である。水道水もおいしい。
これは、世界に誇れることである。気遣い、気が利く、丁寧等々の美徳は素晴らしいのだ。
日本に行ったことがある知人連は、皆、絶賛。
大体ね、道歩いている。左からすたすたすたと来て、俺の目の前で右折する。
このフランス人特有の歩き方。車の運転と同じ。なんで、最初から右にいないのか?
分からないのである。体力の消費上もその方がいいし、他人を押し退けなくても、ひとりで右折できるだろうに、と思ってしまう。
この弱肉強食。体力勝負、極北の自己中。
俺ら現地化組も、じーちゃんになると、これがしんどくなる。なぁーーーんてことはない。
こっちだって鍛えられちゃってるから、来るならこいっ! と、こっちもなっている。
でも、日本の方が、こんなこと真似する必要は、一切なし。
第六感だの、日毎の緊張なんて、野生動物じゃないんだから、ないに越したことはありません。
ところで、日本のガソリンスタンド。運転、俺。
スタンドに入る。計五名の男女が「いらっしゃいまぁせぇーーー」と笑顔で、建物から走ってきた。俺は、びっくりして飛び降り、走って逃げた。マジで、怖かったっ! 追い剥ぎかと思ったの、つい。
と、ここまでを読み返したのね。で、例によって、追記なのだ。
ほんと、今年の冬は、暖冬で、ぼよぉーーーんとしている。
で、フランス、とりわけ、おパリは、世界一ないし二位の、行って見たい国、行って見たい町。
すいません、俺は、この答えが分からないのですよ。そもそも、フランスに来る予定は、まるでなかった。俺にとっての外国は、ニューヨーク以外にはなかった。
で、先日、お会いした日本人の女性との会話。
「いつ、フランスに?」
「八年前」「で、ぶっちゃけ、何しに来たの?」「うん、住みたかったの」
「えっ、それって目的なの?」「うん、憧れだったの。裕さんは?」
「あっ、俺? こっち来て三十年」「すっすごぉーーーい」「えっ、なにが?」
相変わらず、これが理解できないでいる。おフランス、おパリ。地上の天国なの?
はははははっ、はぁー、「そうじゃないから」、結局、住んじまったの、俺。
ハードハードハードでシビアシビアシビア、美しい町並み? 忘れてた。本当。
難しい。日本とフランスっていうの。ちょっと、真面目に考察しようかしら?
2013年1月7日月曜日
パリのスリ
お早うございます。
フランス中都市紀行。つづき、少々、お待ち下さいませ。
本日は、あまりまとまった時間がないので、ショートブログに致しますね。
先日、ジャズクラブでコンサートの打ち合わせ。その後、地下鉄へ。
乗ろうとした車両から、スマートな身のこなしの長身の男が出てきた。右手に持っている財布がちらっと見えた。途端、ホームの向こう側から、少年が小走りにやってくる。あっと言う間に、財布が少年の手にパスされ、逆発想なんだろう、男が出てきた車両に乗り込んだ。一体、どなたの財布が掏られたのか、まったく不明。これでは、目撃してもお手伝いができない。車内で、盗難の騒ぎもないから、そのままメトロ発車。鮮やかだった。なんでも、やはり、プロは半端じゃないねぇー、まったく。
私は、フランス滞在歴を考えると、盗難被害は、ほぼ、皆無に近い。
1983年、ボルドー。ピッカピカの自転車、ロードレーサーを買った日にやられた。全財産を放出しての購入。目は、当然、ターミネーターになったが、矛先がないよぉー。
2011年、グルノーブルのセルフ中華レストランで、水を取りに、十五秒ぐらい席を立った。知人が正面に座っているし、と、思いきや、椅子の背に掛けてあったジャンバーのポケット、しかも、ファスナーが閉めてある、から、アイフォーンの本体だけ(ケースは残っていた)やられていた。ケースの感触があるから、ホテルに戻るまで気が付かなかった。お見事である。しかし、フランス重宝部員007.5としてのプライドは、かなり、傷付いた。プロがプロにやられた感じで、思わず、胸ポケットのワルサーPPKに右手が掛かった。というのは、嘘。気持ち的に、という意味では、です。以上、二回のみ。あっ、違った、郊外列車の中で、男、約十人に囲まれたことがあった。金目のものは、すべて、差し上げた。抵抗はしないのだ。アイデンティティーカードとか、こっちをやられるとやっかい。それ以上に、ナイフが出てくると、こっちも、007.5であることがばれてしまうっていうのは、またまた嘘だけど、やだよ、お腹にずぶっ、なんて。それから、郊外列車の中で、やはり、男十人ぐらいの喧嘩に巻き込まれた。私の前に、中学生ぐらいの男の子。膝ががくがくしている。やばい。隙を見て、男の子の腕を掴み、別の車両へ、同時に緊急停車のハンドルを下げた。列車止まる。なぜか、警官がどやっと、入ってきた。どなたかが、事前に通報していたのだろう。日頃の重宝部員の訓練が役立った。ふふふ。
ところで、私のお隣の大学の先生。車盗難三回。
一回目、シトローエンのマニア生唾、オールプラスティック製のミニジープ。スーパーで盗難。
二回目、ルノーの二人乗りの、商用車のミニバン。これもスーパーで。
三回目、自宅前で、ルノートゥインゴ。
一台目は、マニア系だとしても、どれも、高級車ではない。
最近は、ルノーのミニバンを購入なさった。先日、乗り込んでから15分ぐらい、延々と発車しない。私は、その後に止めようと思っていたので、待っていた。でも、あまりに、長い。
「ボンジュー、サバ? バッテリー上がっちゃった?」
「あっ、イサオ。違う違う、盗難防止プログラムなの。ナビにね、行くところの住所、全部、手入力しないと、発車しないようになってんだよ」
「げらげらげら、もう、二十分ぐらい座ってない?」「うん、不便だねぇー」
「良かったねぇー、ジェームズ ボンドじゃなくて」「うん」
考えたら、私のホンダシビック1997も、1500円の携帯も、盗難防止機能が付いている。
そこにあっても、だれも盗ろうとしない。そういえば、ジェームズ ボンドのフォーユアアイズオンリーに出てくるロータスエスプリ。運転席に盗難防止という表示。悪役がこじ開けようとしたら、車自体が爆発。いろんな手があるけど、私のシステムが一番、安上がり、ね。
いきなり、追記。
急に、読み返していたら思い出した。山下洋輔トリオのイタリアツアー。サックス、坂田明、ドラム、小山さんの時代です。三人の会話。記憶の中からの抜粋。
「あの、尻のポケットから出ている財布。あれ、俺でも盗れるけどなぁー」
「確か、俺たちが生まれた国では、盗ってはいかんと言っていた」
「なんで?」「うーーーむ、確か、人の物だからとか言っていたような気がする」
「で、なんで、駄目なの?」「うーーーん、人の物だからかなぁー」
「でも、あいつが悪い。盗ってくれって言っている。あの振る舞い自体が拙いんじゃないの」
「でも、駄目だったような気がする」
全員、なんか、そんなこと言われたような気がするなぁーーー。
「では、なぜ、人の物を盗ってはいかんのだ?」
全員、「うーーーん、覚えていない」
フランス中都市紀行。つづき、少々、お待ち下さいませ。
本日は、あまりまとまった時間がないので、ショートブログに致しますね。
先日、ジャズクラブでコンサートの打ち合わせ。その後、地下鉄へ。
乗ろうとした車両から、スマートな身のこなしの長身の男が出てきた。右手に持っている財布がちらっと見えた。途端、ホームの向こう側から、少年が小走りにやってくる。あっと言う間に、財布が少年の手にパスされ、逆発想なんだろう、男が出てきた車両に乗り込んだ。一体、どなたの財布が掏られたのか、まったく不明。これでは、目撃してもお手伝いができない。車内で、盗難の騒ぎもないから、そのままメトロ発車。鮮やかだった。なんでも、やはり、プロは半端じゃないねぇー、まったく。
私は、フランス滞在歴を考えると、盗難被害は、ほぼ、皆無に近い。
1983年、ボルドー。ピッカピカの自転車、ロードレーサーを買った日にやられた。全財産を放出しての購入。目は、当然、ターミネーターになったが、矛先がないよぉー。
2011年、グルノーブルのセルフ中華レストランで、水を取りに、十五秒ぐらい席を立った。知人が正面に座っているし、と、思いきや、椅子の背に掛けてあったジャンバーのポケット、しかも、ファスナーが閉めてある、から、アイフォーンの本体だけ(ケースは残っていた)やられていた。ケースの感触があるから、ホテルに戻るまで気が付かなかった。お見事である。しかし、フランス重宝部員007.5としてのプライドは、かなり、傷付いた。プロがプロにやられた感じで、思わず、胸ポケットのワルサーPPKに右手が掛かった。というのは、嘘。気持ち的に、という意味では、です。以上、二回のみ。あっ、違った、郊外列車の中で、男、約十人に囲まれたことがあった。金目のものは、すべて、差し上げた。抵抗はしないのだ。アイデンティティーカードとか、こっちをやられるとやっかい。それ以上に、ナイフが出てくると、こっちも、007.5であることがばれてしまうっていうのは、またまた嘘だけど、やだよ、お腹にずぶっ、なんて。それから、郊外列車の中で、やはり、男十人ぐらいの喧嘩に巻き込まれた。私の前に、中学生ぐらいの男の子。膝ががくがくしている。やばい。隙を見て、男の子の腕を掴み、別の車両へ、同時に緊急停車のハンドルを下げた。列車止まる。なぜか、警官がどやっと、入ってきた。どなたかが、事前に通報していたのだろう。日頃の重宝部員の訓練が役立った。ふふふ。
ところで、私のお隣の大学の先生。車盗難三回。
一回目、シトローエンのマニア生唾、オールプラスティック製のミニジープ。スーパーで盗難。
二回目、ルノーの二人乗りの、商用車のミニバン。これもスーパーで。
三回目、自宅前で、ルノートゥインゴ。
一台目は、マニア系だとしても、どれも、高級車ではない。
最近は、ルノーのミニバンを購入なさった。先日、乗り込んでから15分ぐらい、延々と発車しない。私は、その後に止めようと思っていたので、待っていた。でも、あまりに、長い。
「ボンジュー、サバ? バッテリー上がっちゃった?」
「あっ、イサオ。違う違う、盗難防止プログラムなの。ナビにね、行くところの住所、全部、手入力しないと、発車しないようになってんだよ」
「げらげらげら、もう、二十分ぐらい座ってない?」「うん、不便だねぇー」
「良かったねぇー、ジェームズ ボンドじゃなくて」「うん」
考えたら、私のホンダシビック1997も、1500円の携帯も、盗難防止機能が付いている。
そこにあっても、だれも盗ろうとしない。そういえば、ジェームズ ボンドのフォーユアアイズオンリーに出てくるロータスエスプリ。運転席に盗難防止という表示。悪役がこじ開けようとしたら、車自体が爆発。いろんな手があるけど、私のシステムが一番、安上がり、ね。
いきなり、追記。
急に、読み返していたら思い出した。山下洋輔トリオのイタリアツアー。サックス、坂田明、ドラム、小山さんの時代です。三人の会話。記憶の中からの抜粋。
「あの、尻のポケットから出ている財布。あれ、俺でも盗れるけどなぁー」
「確か、俺たちが生まれた国では、盗ってはいかんと言っていた」
「なんで?」「うーーーむ、確か、人の物だからとか言っていたような気がする」
「で、なんで、駄目なの?」「うーーーん、人の物だからかなぁー」
「でも、あいつが悪い。盗ってくれって言っている。あの振る舞い自体が拙いんじゃないの」
「でも、駄目だったような気がする」
全員、なんか、そんなこと言われたような気がするなぁーーー。
「では、なぜ、人の物を盗ってはいかんのだ?」
全員、「うーーーん、覚えていない」
2013年1月6日日曜日
突然のフランス中都市紀行
私のブログの「媚帯紹介文」。「フランスより.....」。で、これを見て開く。来る日も来る日も、馬鹿頭馬鹿頭の連続。読者様、べズリー目でへたり込み、辟易。これは、看板に偽り有り。ブログ法(なんだそりゃ?)に抵触している恐れがあるので、突然、読者様サービスです。では、北から行く。たぶん、人口だの、細かいことは、私の記憶で書いているので、間違っていたらお許し下さいませ。調べたりする気力はないのだ。謹んで、お辞儀。
「リール」
これは、三年間住んでいたから、特別な思いがある。シィティ(かっぺ)の国と呼ばれる。失業者とアル中と、大金持ちが多い。真ん中が少ないということ。国境の町。ベルギー人、イギリス人が混ざって歩いている。気さくな連中が非常に多い。なんか変な風に警戒(フランス人はこっち系が多い)していないので、通りで地図広げていると、三人ぐらいが、なに探してんのと寄ってくる。それと、とんがった前衛ミュージッシャンの巣窟。町全体が、ジャズしている粋な町。で、なんとなく、活気はあるけど、町並みは煤けているイメージがあった。実際は、ミニブリュッセル。ベルギーの中都市という感じで、とても、美しい。フランドル洋式。元々は、繊維、その後は炭鉱で栄えた町。私も東北の炭鉱の町で育ったから、この空気は懐かしいし、実にしっくり。私が、もっとも愛している町。人口二十二万人だけれども、周辺人口を入れると百七十万人。パリ圏の次の大都市ということになる。モンペリエの駅前のパン屋で缶ビールを買った。びっくりした! 缶ビールを紙袋に入れて渡された。一瞬、意味が分からなかった。あっ、昼間から酒飲んでいる親父というお下品のカモフラージュということだったのね。リールに住んでいると、えっとなっちゃうわけ。朝の歩道は、缶ビールの空き缶だらけだから、えっ、ビールって酒なの? となってしまう。外タレミュージッシャンに、フランスのどこの町でのコンサートが良かったですかと聞くと、リールとマルセイユという返事が大抵でるのだ。なんか北にある大阪? 日本の町だとどこなのだ、このノリは? あっ、とうほぐだっ、やっぱす、俺だち、あずいんだっ、こころが。
「ナント」
フランス、中都市住み心地ランキングで、いつも、一位。これは、行ってみると頷ける。説明は難しい。空気が、日本の仙台市に良く似ている。町並み、人、地理、どれをとっても一位、うーーーん、納得という感じ。バルバラのナントの雨というシャンソンのせいで、なんか、くらぁーーーい、ブルタァーニュの首都というイメージがあるけど、正反対。SF(?)作家のジュール ベルニュの生まれ故郷でもある。人口、分からないけど、たぶん、周辺部を入れて三十万人ぐらいかしら、すいません、全然違うかも。なんか、空気の良い町である。もちろん、海が近いせいもあるのだろうけど、町の雰囲気が淀んでいない。あんまり、ジャズっていう感じじゃないけれど、まっとうな人には、絶対に心地良いと思う。ジャズメン自身が、社会の淀みなので、淀み裕先生とかが行くと、なんか、心に海風状態でいいんですよね、逆に。世間を斜に構えて見ているおれらにはよぉーーー。チェッ! で、怒られちゃうかな、俺はアンチ南仏なのだ。断然、ブルタァーニュの荒海と断崖絶壁の方がいいのである。人間が重々しいのだ(ど嘘だ)。
「ラロシェル」
フランス西部の港町。美しい町。当然、魚が美味い。気候もブルタァーニュ地方と違い、穏やか。いずれ、住みたいという連中多し。夏のバカンスで、ぼぉーーーとして、海行って、魚食って、なんていうのもいいですよ。ついでに美しい港町の代表は、オンフラー(オンフルールと書くのかしら)。エリック サティーの生家がある。なんとなく漁港っていう感じだとディエップ。で、ラロシェルの夏。海パンにビーチサンダル。ミネラルウォーターにサングラス。バスタオル肩に乗っけて、ちんたら海に行く。体操する。飛び込む。ばしゃばしゃやる。それから大の字になって浮かぶ。浮かびながら、人間とは、所詮、体重しかないなどと、突然、詩神様が現れたりする。で、平泳ぎ、クロール、背泳ぎとやって、また、浮かぶ。自我とは、この海の容積に対峙できるのか? ぶぅぁーーーかもぉーーーん、八十万年早いわい、若造という声が聞こえちゃったりする。で、泳ぎ疲れて、魚市場に行く。美味そうなやつを買ってくる。ビールを飲む。白ワインを飲む。テラスで、魚を塩焼きにする。
「ボルドー」
これは、フランス南西部の首都。ご存知の通り、赤ワインの世界最高峰の産地。金持ちも、当然、多し。私は、83---85年と住んでいた。フランス生活の第一歩となった町。今でもそうだけれど、とにかく、町全体が古い。とはいえ、ジロンド川の辺はすっかり綺麗になった。具体的に言うと黒ずんでいた古い建物の壁面が削られ、または、水圧を使った洗浄機で洗われ、建物の元の色、白い石壁に戻ったから、重苦しい印象が払拭。同時に、旧市街が世界遺産に登録された。気候は温暖。アルカションという港町が近郊にあり、大西洋に面している。フランスでも有名な保養、観光地。昔、ボロ自転車で延々とボルドー郊外を走ってみた。うぇーーーーー、どこまで行ってもブドウ畑。走っているだけで二日酔いになりそうだったよ。それから、スペイン国境の方に下っていくと、これまた、大西洋側のモナコにあたる、ビィアリッツとバイヨンヌという観光地。定年後、ここ(ビィアリッツ)に小さな家を購入したいなんていうのが、フランス人のごく一般的な夢。たぶん、ボルドー、フランスの中都市として、もっとも重要な町だろうし、観光地でもある。赤ワインはピカイチだし、当然、食の町でもある。どうでもいいけど、ボロ自転車に乗って2m x 2mの美術作品を担いで夜中に走っていた。強風。私自身がやっこ凧。ジロンド川にオッこった! 当時、ぎょ、金槌だったから、やばかった。その日に決心したのだ。俺は、水泳を独力で習得するのだぁーーー! 今は、セミプロとなった。ちょっと、大袈裟かも、このレベル。長髪を坊主刈りにして、毎日、プールへ。後日、書こうかな、これ。で、土砂降りの日に、屋内プール閉まってたのね、で、海パンと水中眼鏡したまま自転車に乗って、屋外プールに行ったのね。空は雷、豪雨。プールには俺しかいなかった。気持ち良かったぁーーー。やっぱ、馬鹿なんだろうか、俺って?
れれれ、まだまだ、あんだけど、つづくにしておこっと。
書ききれないね、一回じゃ。
「リール」
これは、三年間住んでいたから、特別な思いがある。シィティ(かっぺ)の国と呼ばれる。失業者とアル中と、大金持ちが多い。真ん中が少ないということ。国境の町。ベルギー人、イギリス人が混ざって歩いている。気さくな連中が非常に多い。なんか変な風に警戒(フランス人はこっち系が多い)していないので、通りで地図広げていると、三人ぐらいが、なに探してんのと寄ってくる。それと、とんがった前衛ミュージッシャンの巣窟。町全体が、ジャズしている粋な町。で、なんとなく、活気はあるけど、町並みは煤けているイメージがあった。実際は、ミニブリュッセル。ベルギーの中都市という感じで、とても、美しい。フランドル洋式。元々は、繊維、その後は炭鉱で栄えた町。私も東北の炭鉱の町で育ったから、この空気は懐かしいし、実にしっくり。私が、もっとも愛している町。人口二十二万人だけれども、周辺人口を入れると百七十万人。パリ圏の次の大都市ということになる。モンペリエの駅前のパン屋で缶ビールを買った。びっくりした! 缶ビールを紙袋に入れて渡された。一瞬、意味が分からなかった。あっ、昼間から酒飲んでいる親父というお下品のカモフラージュということだったのね。リールに住んでいると、えっとなっちゃうわけ。朝の歩道は、缶ビールの空き缶だらけだから、えっ、ビールって酒なの? となってしまう。外タレミュージッシャンに、フランスのどこの町でのコンサートが良かったですかと聞くと、リールとマルセイユという返事が大抵でるのだ。なんか北にある大阪? 日本の町だとどこなのだ、このノリは? あっ、とうほぐだっ、やっぱす、俺だち、あずいんだっ、こころが。
「ナント」
フランス、中都市住み心地ランキングで、いつも、一位。これは、行ってみると頷ける。説明は難しい。空気が、日本の仙台市に良く似ている。町並み、人、地理、どれをとっても一位、うーーーん、納得という感じ。バルバラのナントの雨というシャンソンのせいで、なんか、くらぁーーーい、ブルタァーニュの首都というイメージがあるけど、正反対。SF(?)作家のジュール ベルニュの生まれ故郷でもある。人口、分からないけど、たぶん、周辺部を入れて三十万人ぐらいかしら、すいません、全然違うかも。なんか、空気の良い町である。もちろん、海が近いせいもあるのだろうけど、町の雰囲気が淀んでいない。あんまり、ジャズっていう感じじゃないけれど、まっとうな人には、絶対に心地良いと思う。ジャズメン自身が、社会の淀みなので、淀み裕先生とかが行くと、なんか、心に海風状態でいいんですよね、逆に。世間を斜に構えて見ているおれらにはよぉーーー。チェッ! で、怒られちゃうかな、俺はアンチ南仏なのだ。断然、ブルタァーニュの荒海と断崖絶壁の方がいいのである。人間が重々しいのだ(ど嘘だ)。
「ラロシェル」
フランス西部の港町。美しい町。当然、魚が美味い。気候もブルタァーニュ地方と違い、穏やか。いずれ、住みたいという連中多し。夏のバカンスで、ぼぉーーーとして、海行って、魚食って、なんていうのもいいですよ。ついでに美しい港町の代表は、オンフラー(オンフルールと書くのかしら)。エリック サティーの生家がある。なんとなく漁港っていう感じだとディエップ。で、ラロシェルの夏。海パンにビーチサンダル。ミネラルウォーターにサングラス。バスタオル肩に乗っけて、ちんたら海に行く。体操する。飛び込む。ばしゃばしゃやる。それから大の字になって浮かぶ。浮かびながら、人間とは、所詮、体重しかないなどと、突然、詩神様が現れたりする。で、平泳ぎ、クロール、背泳ぎとやって、また、浮かぶ。自我とは、この海の容積に対峙できるのか? ぶぅぁーーーかもぉーーーん、八十万年早いわい、若造という声が聞こえちゃったりする。で、泳ぎ疲れて、魚市場に行く。美味そうなやつを買ってくる。ビールを飲む。白ワインを飲む。テラスで、魚を塩焼きにする。
「ボルドー」
これは、フランス南西部の首都。ご存知の通り、赤ワインの世界最高峰の産地。金持ちも、当然、多し。私は、83---85年と住んでいた。フランス生活の第一歩となった町。今でもそうだけれど、とにかく、町全体が古い。とはいえ、ジロンド川の辺はすっかり綺麗になった。具体的に言うと黒ずんでいた古い建物の壁面が削られ、または、水圧を使った洗浄機で洗われ、建物の元の色、白い石壁に戻ったから、重苦しい印象が払拭。同時に、旧市街が世界遺産に登録された。気候は温暖。アルカションという港町が近郊にあり、大西洋に面している。フランスでも有名な保養、観光地。昔、ボロ自転車で延々とボルドー郊外を走ってみた。うぇーーーーー、どこまで行ってもブドウ畑。走っているだけで二日酔いになりそうだったよ。それから、スペイン国境の方に下っていくと、これまた、大西洋側のモナコにあたる、ビィアリッツとバイヨンヌという観光地。定年後、ここ(ビィアリッツ)に小さな家を購入したいなんていうのが、フランス人のごく一般的な夢。たぶん、ボルドー、フランスの中都市として、もっとも重要な町だろうし、観光地でもある。赤ワインはピカイチだし、当然、食の町でもある。どうでもいいけど、ボロ自転車に乗って2m x 2mの美術作品を担いで夜中に走っていた。強風。私自身がやっこ凧。ジロンド川にオッこった! 当時、ぎょ、金槌だったから、やばかった。その日に決心したのだ。俺は、水泳を独力で習得するのだぁーーー! 今は、セミプロとなった。ちょっと、大袈裟かも、このレベル。長髪を坊主刈りにして、毎日、プールへ。後日、書こうかな、これ。で、土砂降りの日に、屋内プール閉まってたのね、で、海パンと水中眼鏡したまま自転車に乗って、屋外プールに行ったのね。空は雷、豪雨。プールには俺しかいなかった。気持ち良かったぁーーー。やっぱ、馬鹿なんだろうか、俺って?
れれれ、まだまだ、あんだけど、つづくにしておこっと。
書ききれないね、一回じゃ。
2013年1月5日土曜日
最初のブログ筆トーク
昨晩、なんの気なしに、いつものようにブログサイトを開いて見た。
で、これもいつものように、ブログランキングの順位は56位とか、そんなところだった。
で、日本ブログ村の方に移り、これもいつものように、お気に入りのブロガーさんの記事を読んだ。で、注目記事のところに目が言った。俺のが1位。で、総合順位、れれれ、10位。
なんか、すっかり、村の住人になっている。読者様方には、本当にお辞儀です。
で、そんなはずはない。俺のブログは、そういうのではなく、良くも悪くも特殊でマニア向け。
と推定していた。別に、特別という意味ではなく、特殊、ね。万人受けはしない。これは、当たり前で、俺自身がそうだから、当然、そうなのである。とはいえ、読者様の数が、じわぁーと、俺のライブ動員数に迫り、少しずつ、それを抜き掛けている。
なんとなく、談志師匠の前口上を思い出した。
「えーーー、俺の落語に、確か3000円。俺のなんか2000円でも高いと自分で思っちゃう。しかも、満席。えーーー、よほど、世間から阻害されている人が、多いんだね、この国は」
というやつ。この大変に失礼なアイロニー。
はっきり、これぞっ、フレンチジョークなのである。
でね、初心に蛙をしてみて、俺の最初の「筆トーク」の記事を読んで見た。
はっきり、今より、ずっと、文体が生き生き。ブロガー初心者のういういしさが、剥き出し。
しかも、三週間、ぎっくり腰で座りきりだったから、もう一日中、ブロ中。
でね、村への参加は、筆トークの最後の方だったから、こっちは、あまり読まれていないはず。
で、バックナンバー読むのって、なんだか、鬱陶しい。なんでかしら?
で、月毎にタイトル読めるように変更。
もう、自分で読んでげらげらげら。シニアーマンシリーズと架空の人物と夢小話。
この小説もどきは、俺の未発表のショートショート「コスミックヒステリー」の延長にある。
もし、マニアック系の読者様がいらしたら、是非、この辺は、お読み下さいね。
なんか、やはり、段々、ジミーになっていることが分かった。
やはり、人間の本質で、そこそこの観客がいると、無理をしない、やばいことはしないと、保身様になるのである。
痛てぇー、だれだよ、後ろで突ついているのはっ? おーーーーー、保身様の天敵、ジャズ神様だぜって!
で、これもいつものように、ブログランキングの順位は56位とか、そんなところだった。
で、日本ブログ村の方に移り、これもいつものように、お気に入りのブロガーさんの記事を読んだ。で、注目記事のところに目が言った。俺のが1位。で、総合順位、れれれ、10位。
なんか、すっかり、村の住人になっている。読者様方には、本当にお辞儀です。
で、そんなはずはない。俺のブログは、そういうのではなく、良くも悪くも特殊でマニア向け。
と推定していた。別に、特別という意味ではなく、特殊、ね。万人受けはしない。これは、当たり前で、俺自身がそうだから、当然、そうなのである。とはいえ、読者様の数が、じわぁーと、俺のライブ動員数に迫り、少しずつ、それを抜き掛けている。
なんとなく、談志師匠の前口上を思い出した。
「えーーー、俺の落語に、確か3000円。俺のなんか2000円でも高いと自分で思っちゃう。しかも、満席。えーーー、よほど、世間から阻害されている人が、多いんだね、この国は」
というやつ。この大変に失礼なアイロニー。
はっきり、これぞっ、フレンチジョークなのである。
でね、初心に蛙をしてみて、俺の最初の「筆トーク」の記事を読んで見た。
はっきり、今より、ずっと、文体が生き生き。ブロガー初心者のういういしさが、剥き出し。
しかも、三週間、ぎっくり腰で座りきりだったから、もう一日中、ブロ中。
でね、村への参加は、筆トークの最後の方だったから、こっちは、あまり読まれていないはず。
で、バックナンバー読むのって、なんだか、鬱陶しい。なんでかしら?
で、月毎にタイトル読めるように変更。
もう、自分で読んでげらげらげら。シニアーマンシリーズと架空の人物と夢小話。
この小説もどきは、俺の未発表のショートショート「コスミックヒステリー」の延長にある。
もし、マニアック系の読者様がいらしたら、是非、この辺は、お読み下さいね。
なんか、やはり、段々、ジミーになっていることが分かった。
やはり、人間の本質で、そこそこの観客がいると、無理をしない、やばいことはしないと、保身様になるのである。
痛てぇー、だれだよ、後ろで突ついているのはっ? おーーーーー、保身様の天敵、ジャズ神様だぜって!
2013年1月4日金曜日
ほんとの話
俺は、むっとする灼熱のニース空港に到着した。
ムルーズから、定員二十名の小型ジェットでやってきたのだ。
総革張りの二十席のシートには、俺だけだ。
英語とフランス語の機内案内。俺は、どちらの言語も堪能だから、どっちだっていい。
超美形のボンドガールのような客室乗務員が、寄ってくる。しかも、二人。
「ミスター」「俺、フランス語、話すよ」「失礼致しました、ムッシュー。お飲み物は?」
「うーん、ウイスキー、ロックで」「ウイ、ムッシュー」
ささっと、出てくる。
「ムッシュー、大変、失礼ですが、どちらのエージェントの方ですか?」
「あっ、俺? OOO。それが?」「失礼致しました、一般のお客様は、当機にはいらっしゃらないので」「そりゃそうだろな」「左側に、今日は快晴で、アルプス山脈、モンブランが見えますので、ごゆっくりお楽しみ下さい。ご遠慮なく、なんなりと」
俺は、二人の客室乗務員のタイトスカートの後姿。もちろん、OOOのラインをウイスキー片手に、もちろん、早目(という目があるのね)で見て(観賞ないし鑑賞)いた。凄い脚線美だった。
二人の客室乗務員に、夏物のスーツ姿の俺。サングラス。に、両手を前結びにして、出口でお辞儀されたから、サングラス越しに、ウインクして、メルシー、ボンジョーネって言って、プライベートジェットの階段を下りて、空港へ歩き出した。滑走路の端の方ね。だって、プライベートジェットだから、こうなるの。
で、ニース空港のレンタカーの事務所。毎度、馴染み。
「ボンジューっ!」「あっ、ムッシュ裕っ!」「元気だった?」「ええ、お陰様で」「相変わらず、イカシテルね(ウインク)。旦那、捨てちゃえ、よ。冗談冗談」「またまた、ムッシュ裕」と、まんざらでもないようにこっちがたんじゅんにそうていしてしまってもいたしかたないような笑顔。
「ムッシュ裕。ベンツのリムジーンが空いているんですけど.....」
「ありがたいけど、さ。目立ち過ぎる、よ。ベイビー」
「そうですか.....」「さりげないやつ、ないの?」「オペルアストラは?」「いい感じ、色は?」
「黒です」「いい感じ、ね、それにして」
で、俺は車の運転はセミプロだから、ほぼ、一分半で、操作を理解。
これから、モナコに行くのだ。秘書からもらった住所をアイフォーンに入力。
「なぁーーーんだ、早めに行って、海辺のレストランで、ゆぅーーーくり、海鮮料理、冷えた白ワイン。うひひひひひ。ぐふぐふ(これは、俺の笑い方じゃないけど、だれだ?)」
で、その住所へ行った。おっ、この通り、奇数しかないじゃん、マニーペニーに電話。
「ヘイ、マニーペニー、俺だ。もう一回、スペル言ってみて」ぎょ、一字違い。
「メルシー。いいぜ、おめーのせいじゃないよ、ケアレスミスは、だれでもある」
と、ジェームズ裕。だだし、ナビで調べる。ぎょぎょ、ぎょ、わぁーーー、モナコの皇居の横かよ、俺、モナコの正反対じゃん。むむ、俺は遅刻はしない。プライドが許さん。で.....。
飛ばした飛ばしたモナコの海岸通り。
俺はナビを見なくても、位置さえ分かれば辿り着ける。で、行く。
一通と左折、右折禁止の連続、および、印象では、10mおきに警官。
位置は分かっているのに、辿り着けない。カフカの城状態。
時間は迫る。俺の美学上、遅刻はしない。
で、あのトンネルの左の坂を上る以外にはアクセスなしと判断。
左に見える。左折禁止。右、右折禁止、ただし、左折しないと間に合わない。
左側にパトカーと五人の警官。
俺、ぎぃーーー、四輪ドリフト停車。いきなり、バックで、右の一通の通りへ。バックミラーの中に、大型トレーナーが映っている。パッシングライト、クラクション。素早くバック。直進。警官五人に、サングラス越しにウインク。で.....。
俺の時計は秒針まで合っている(はっきり病的)。秒針が、アポイントの時間ぴったりに、ピンポーン。はい、美学と遊びと現実が交差すると、こうなるのね、何事もなかったかのような笑顔、当然。
ムルーズから、定員二十名の小型ジェットでやってきたのだ。
総革張りの二十席のシートには、俺だけだ。
英語とフランス語の機内案内。俺は、どちらの言語も堪能だから、どっちだっていい。
超美形のボンドガールのような客室乗務員が、寄ってくる。しかも、二人。
「ミスター」「俺、フランス語、話すよ」「失礼致しました、ムッシュー。お飲み物は?」
「うーん、ウイスキー、ロックで」「ウイ、ムッシュー」
ささっと、出てくる。
「ムッシュー、大変、失礼ですが、どちらのエージェントの方ですか?」
「あっ、俺? OOO。それが?」「失礼致しました、一般のお客様は、当機にはいらっしゃらないので」「そりゃそうだろな」「左側に、今日は快晴で、アルプス山脈、モンブランが見えますので、ごゆっくりお楽しみ下さい。ご遠慮なく、なんなりと」
俺は、二人の客室乗務員のタイトスカートの後姿。もちろん、OOOのラインをウイスキー片手に、もちろん、早目(という目があるのね)で見て(観賞ないし鑑賞)いた。凄い脚線美だった。
二人の客室乗務員に、夏物のスーツ姿の俺。サングラス。に、両手を前結びにして、出口でお辞儀されたから、サングラス越しに、ウインクして、メルシー、ボンジョーネって言って、プライベートジェットの階段を下りて、空港へ歩き出した。滑走路の端の方ね。だって、プライベートジェットだから、こうなるの。
で、ニース空港のレンタカーの事務所。毎度、馴染み。
「ボンジューっ!」「あっ、ムッシュ裕っ!」「元気だった?」「ええ、お陰様で」「相変わらず、イカシテルね(ウインク)。旦那、捨てちゃえ、よ。冗談冗談」「またまた、ムッシュ裕」と、まんざらでもないようにこっちがたんじゅんにそうていしてしまってもいたしかたないような笑顔。
「ムッシュ裕。ベンツのリムジーンが空いているんですけど.....」
「ありがたいけど、さ。目立ち過ぎる、よ。ベイビー」
「そうですか.....」「さりげないやつ、ないの?」「オペルアストラは?」「いい感じ、色は?」
「黒です」「いい感じ、ね、それにして」
で、俺は車の運転はセミプロだから、ほぼ、一分半で、操作を理解。
これから、モナコに行くのだ。秘書からもらった住所をアイフォーンに入力。
「なぁーーーんだ、早めに行って、海辺のレストランで、ゆぅーーーくり、海鮮料理、冷えた白ワイン。うひひひひひ。ぐふぐふ(これは、俺の笑い方じゃないけど、だれだ?)」
で、その住所へ行った。おっ、この通り、奇数しかないじゃん、マニーペニーに電話。
「ヘイ、マニーペニー、俺だ。もう一回、スペル言ってみて」ぎょ、一字違い。
「メルシー。いいぜ、おめーのせいじゃないよ、ケアレスミスは、だれでもある」
と、ジェームズ裕。だだし、ナビで調べる。ぎょぎょ、ぎょ、わぁーーー、モナコの皇居の横かよ、俺、モナコの正反対じゃん。むむ、俺は遅刻はしない。プライドが許さん。で.....。
飛ばした飛ばしたモナコの海岸通り。
俺はナビを見なくても、位置さえ分かれば辿り着ける。で、行く。
一通と左折、右折禁止の連続、および、印象では、10mおきに警官。
位置は分かっているのに、辿り着けない。カフカの城状態。
時間は迫る。俺の美学上、遅刻はしない。
で、あのトンネルの左の坂を上る以外にはアクセスなしと判断。
左に見える。左折禁止。右、右折禁止、ただし、左折しないと間に合わない。
左側にパトカーと五人の警官。
俺、ぎぃーーー、四輪ドリフト停車。いきなり、バックで、右の一通の通りへ。バックミラーの中に、大型トレーナーが映っている。パッシングライト、クラクション。素早くバック。直進。警官五人に、サングラス越しにウインク。で.....。
俺の時計は秒針まで合っている(はっきり病的)。秒針が、アポイントの時間ぴったりに、ピンポーン。はい、美学と遊びと現実が交差すると、こうなるのね、何事もなかったかのような笑顔、当然。
2013年1月3日木曜日
静かな日々
現在、こちら、フランス国は、一月二日の午後二時半。
先週、今週と冬のバカンス週間。クリスマス、新年のパーティーが済み、国全体が、ぼーーーとしている感じです。
二年前の年越し。大雪。二十八年ぶり。パリ近郊で積雪30cmぐらいになり、交通マヒ。
一年前。寒波。パリ近郊で零下16℃を記録し、交通マヒ。
今回の年越し。異常な暖冬。日中の気温がパリ近郊で11℃から15℃なんていう、二月末のお天気。もう、春めいちゃいましたという感じなので、余計に、ぼーーーとしている。
枝切りされた、各お庭の菩提樹の木の姿が、なんだか場違いに見えるぐらい暖かい。
それで、三日までは、ぼーーーとしていようと思いきや、働き者体質全然治らない。
昨日午後から、せかせか。せかせかせかとピアノの練習を開始。せかせかせかとブログを更新。本日は、せかせかせかと新年メールを書き。せかせかせかと、これを書き。終わったら、せかせかせかとピアノの練習をする。全然、フランス国に住んでいるのに「寛ぎ感」というものがない。あまり詳しいことを書いてしまうと、私のブログ自体、興ざめぇーーーとなっちゃうので、書かないけれど、私は二十四年間、超絶ハード究極の多忙ジェームズ ボンドライフをやってきたので、これが治らない。四六時中メールにアイフォーンから返信、ひっきりなしの電話、早朝、深夜の移動。TGV、車、飛行機。モナコの海岸道路を黒いオペル アストラ ステーションワゴンで、猛烈なスピードで運転したり(ぎりぎりのアポイント タイムのせいじゃなくて、アポイントの住所がモナコの反対側だったの。俺は、遅刻しない主義なのでこうなった)、ムルーズからニース空港まで、ほとんどプライベートジェットと呼んでいいような小型ジェットで移動したり(二人の超美形の客室乗務員のお姉さまに、どちらのエージェントの方ですか?と、真顔で聞かれたから、フランス重宝部員だ、俺は、とサングラス越しに答えて、ウイスキー飲みながら眼下のモンブランの雪景色を見ていた)と、本当に、マジで、これって「現実のジェームズ」じゃんと毎日思っていたのである。モナコの高級ホテルのロビーをスーツ姿で歩いていた時は、もう、本当にソレになりきっていたよ。ボンドガールがいないだけで.....。で、この生活を行いつつ、右のプロフィールも本当だから、多忙を通り越していたのだと思う。瞬間最大風速、三十五歳の時。この生活プラス、美術と小説執筆とピアノの再開と、すべて、同時進行していた。考えるだけで、良く、体が持った。巨人の星の世界だよ。
で、今は、庭の木々の剪定して、おでん作って、おーーー、人の暮らしって、本来は、こうだったのねぇー、などど、ジェームズ裕は、一人呟くのであるが、笑い方だけ、昔のまんまだ、よ。
変なおじさん、だっ!
先週、今週と冬のバカンス週間。クリスマス、新年のパーティーが済み、国全体が、ぼーーーとしている感じです。
二年前の年越し。大雪。二十八年ぶり。パリ近郊で積雪30cmぐらいになり、交通マヒ。
一年前。寒波。パリ近郊で零下16℃を記録し、交通マヒ。
今回の年越し。異常な暖冬。日中の気温がパリ近郊で11℃から15℃なんていう、二月末のお天気。もう、春めいちゃいましたという感じなので、余計に、ぼーーーとしている。
枝切りされた、各お庭の菩提樹の木の姿が、なんだか場違いに見えるぐらい暖かい。
それで、三日までは、ぼーーーとしていようと思いきや、働き者体質全然治らない。
昨日午後から、せかせか。せかせかせかとピアノの練習を開始。せかせかせかとブログを更新。本日は、せかせかせかと新年メールを書き。せかせかせかと、これを書き。終わったら、せかせかせかとピアノの練習をする。全然、フランス国に住んでいるのに「寛ぎ感」というものがない。あまり詳しいことを書いてしまうと、私のブログ自体、興ざめぇーーーとなっちゃうので、書かないけれど、私は二十四年間、超絶ハード究極の多忙ジェームズ ボンドライフをやってきたので、これが治らない。四六時中メールにアイフォーンから返信、ひっきりなしの電話、早朝、深夜の移動。TGV、車、飛行機。モナコの海岸道路を黒いオペル アストラ ステーションワゴンで、猛烈なスピードで運転したり(ぎりぎりのアポイント タイムのせいじゃなくて、アポイントの住所がモナコの反対側だったの。俺は、遅刻しない主義なのでこうなった)、ムルーズからニース空港まで、ほとんどプライベートジェットと呼んでいいような小型ジェットで移動したり(二人の超美形の客室乗務員のお姉さまに、どちらのエージェントの方ですか?と、真顔で聞かれたから、フランス重宝部員だ、俺は、とサングラス越しに答えて、ウイスキー飲みながら眼下のモンブランの雪景色を見ていた)と、本当に、マジで、これって「現実のジェームズ」じゃんと毎日思っていたのである。モナコの高級ホテルのロビーをスーツ姿で歩いていた時は、もう、本当にソレになりきっていたよ。ボンドガールがいないだけで.....。で、この生活を行いつつ、右のプロフィールも本当だから、多忙を通り越していたのだと思う。瞬間最大風速、三十五歳の時。この生活プラス、美術と小説執筆とピアノの再開と、すべて、同時進行していた。考えるだけで、良く、体が持った。巨人の星の世界だよ。
で、今は、庭の木々の剪定して、おでん作って、おーーー、人の暮らしって、本来は、こうだったのねぇー、などど、ジェームズ裕は、一人呟くのであるが、笑い方だけ、昔のまんまだ、よ。
変なおじさん、だっ!
2013年1月2日水曜日
2013
明けまして、おめでとうございます。読者の、皆様。
どうでしたか! 大晦日は?
それぞれの、過ごし方をなされたと思います。
で、私は、ぎょぎょぎょ、ははは、書かないのです。
そんなことは、どうでもいいのですが、本年も、良い御年になりますこと、心からお祈り致します。体と心の元気。私も必要なのですね。だって、ピアノ弾けないでしょ、それないと、ね。
で、初心者、チンピラブロガーの初めての年越し。
皆さん、お休みなんだろうなぁーーーと思っていたら、きちんと更新されている。
仰け反りましたっ! 甘いぜ、俺なぁー。素晴らしいです。うるうるしています、本当に。
親愛なるブロガーさん、および、ご家族。本当に、良い御年をっ!
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
やはり、区切りは、人間、必要なのだと思う。
でもね、良い御年は、自分で作るしかないと思っています。
いくつになっても「新年」は来る。
植物の循環と同じだから、新芽、新年は来る。
我々人間は、高度に堕落しちゃったから、豊年は、自分で作るしかなくなっちゃったよ。
ただし、この「豊か」、これは自分で定義しないと、人間はいけなくしてしまった。
尺度が分かんないよね。トマトは、よぉーーーく、分かるのに。
はい、内面、内面、と、簡単に言って居るが、これこそ、本当に大変。
でね、「皆で」いい年を作る、ことも、ミュージッシャンは、できるんだぜ。
凄いでしょ!
どうでしたか! 大晦日は?
それぞれの、過ごし方をなされたと思います。
で、私は、ぎょぎょぎょ、ははは、書かないのです。
そんなことは、どうでもいいのですが、本年も、良い御年になりますこと、心からお祈り致します。体と心の元気。私も必要なのですね。だって、ピアノ弾けないでしょ、それないと、ね。
で、初心者、チンピラブロガーの初めての年越し。
皆さん、お休みなんだろうなぁーーーと思っていたら、きちんと更新されている。
仰け反りましたっ! 甘いぜ、俺なぁー。素晴らしいです。うるうるしています、本当に。
親愛なるブロガーさん、および、ご家族。本当に、良い御年をっ!
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
やはり、区切りは、人間、必要なのだと思う。
でもね、良い御年は、自分で作るしかないと思っています。
いくつになっても「新年」は来る。
植物の循環と同じだから、新芽、新年は来る。
我々人間は、高度に堕落しちゃったから、豊年は、自分で作るしかなくなっちゃったよ。
ただし、この「豊か」、これは自分で定義しないと、人間はいけなくしてしまった。
尺度が分かんないよね。トマトは、よぉーーーく、分かるのに。
はい、内面、内面、と、簡単に言って居るが、これこそ、本当に大変。
でね、「皆で」いい年を作る、ことも、ミュージッシャンは、できるんだぜ。
凄いでしょ!
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