2012年10月30日火曜日

時計

私の唯一のこだわりなのかもしれない。

時計は、丸くないといけない。
地球と、地球の自転と呼応していなければならない。
だから、デジタル時計は、嫌いである。

時間は、記号、数値ではない。

昨日、テレビを見ていたら、「不況にもかかわらず、五十万円以上の時計の売り上げが、昨年度の二割り増しに」。

経済の活性化に異論はない。皆、この循環の中で、食べている。または、飢えてはいない。
一部の国は。

なんか、急に、可笑しくなった。
「安くたって、高くたって、時間は同じだよねぇー」「はっはははははっ」

時計は丸くないといけない。

どうして?

無粋なことを聞かないで。

時計はね、残り時間を計る機械。

丸くないと、分からないでしょ。

2012年10月29日月曜日

マツコさん

今日(10月28日)から、冬時間。正確には、サマータイムが終了。本来の時間に戻った。
これから長い長いヨーロッパの冬が始まる。我々、ミュージッシャンは、皆、鬱期に入るのかというと、まったく逆で、ジャズクラブの地下で、熱く蠢くのだ。

今、マツコさん(デラックス)に嵌っている。
YouTubeで、志村けんさんのコント、ほとんど見てしまい、ローラ、栗原類君とかを見て、なんか、面白いのないかと弄くっていたら、出てきた。

一番最初に見た、女子アナ関係の番組。あまり、いい印象ではなかった。
で、「五時に夢中」という番組が出てきた。

急に、話が飛ぶ。
司会役の方の名前が思い出せない。やや、長髪のすべて平仮名の方。あっ、ふかわりょうさんだ。失礼致しました。名前がインプットできないのです。指示代名詞病ってやつね。あの、その、あれ。固有名詞が出ないのだよ、お若いの。もともとこっちは、「いぇぇぇぇぇめぇーーーん」だけで会話しているから、どっちもどっち、だな。シニア全員、ジャズメンエスペラントに変えてしまっても、あんまり、支障ないかもな。「かあさん、いぇーーーーーぃ」「おぉぉー、いぇーーーぃ」お茶が出てくる。

第一印象。
話のタイミング。腕が長い。手がデカイ。やや、猫背。
この人、「典型的なピアニスト」に見えるなぁーと思っていたら、番組のやっつけクッキングの時に、「本当は、ピアニストになりたかったんですけど.....」。ずばり、だ。
同業者の嗅覚。鋭い。間の取り方とか、ミュージッシャン。

マツコさんの、コメントを見捲くった。

日本国の人気コメンテーター、第四位と番組で言っていた。
相当の人気があることが分かった。

マツコさんの、日本国の世界の中の位置付け系の発言は、よく、本国にいながら見ているなぁーと思った。俺、まったく、同感だ。

日本、たとえば、「景気なんて回復しないわぁよー、これから、ずっと、厳しいのよ」。もろ、フランスだ。大体、俺の住んでいるフランス国、「景気が良かった事」なんて、一度もないよ。慢性的不況。隣の若林さんが、「日本も、ヨーロッパ化した方がいいかも」と、おっしゃっていた。俺も同意見だ。金、会社、成長、で、また、金。お受験、会社、成長。延々と、高度経済成長をやっている。中国、韓国も、そうらしい。お金、ない。会社、帰属しない。成長、しない。お金、ない。お受験、分相応。結局、森にお散歩に行く。お金ないから。高度経済停滞。

で、やはり、日本国は、確実に、世界から取り残されている。
東洋を、世界の中心にすれば、それは、いい。ただし、西洋化を必死にやってきた今からは無理。俺のエッセイと同じで、二番煎じなのだ。

なんか、マツコさんのコメント聞いていたら、
ちょっと、極論なんだけど、フランス国民全員がマツコさんだから、まとまりはしねぇー、けど、皆で、一過言。いいんじゃない、これで。口調まで、似てしまいましたって。

フランスに来た当初、ミッテラン大統領と大学生の討論会。
司会者 自分の意見 
ありゃ、そういやぁー、フランスに女子アナはいない。女性の司会者は多いけど
学生「たち」 自分の意見
大統領 自分の意見

誰一人、譲らない。喧々囂々。年功序列も、立場も、崩壊。

これに較べたら、マツコさんの繊細な「暴言ぽい発言」。本当に、この人は優しい人だと思う。
大体、「人の話を聞いている」のだ。ピンとこないかも、日本にいると。

ところで、フリージャズミュージッシャン。
年功序列、師弟関係、演奏中の遠慮。一切ないのだ。これが、流儀なのだ。
遠慮してると、楽器経由で、どやされる。

これは重要だよ!

「その時、出している音以外、一切の評価はない」。わざわざ、括弧しちゃったけど、本当なのだ。

「その時」。これだけ、ね。

---音は、片っ端から、宙に消えて行く---   エリック ドルフィー

2012年10月28日日曜日

沖至

トランペッター、沖至(おきいたる)。俺のジャズの師匠である。
で、師匠というのは、その道だけではなく、当然、人生の師匠でもある。

俺の師匠は、大変にダンディー。
絶対に、他のミュージッシャンのことを悪く言わない。
これは、恐ろしいぐらい凄い。

チンピラは、すぐ、あいつがどうの、あのギターはどうの、とりわけ、同じ楽器の奴のことは、ぼろくそ。これこそが、チンピラと呼ばれる由縁なのだ。師匠は、そんなことはしない。
ただし、ドラムス、佐藤真師匠に、先日、言われた。「イサオ君、悪口ゆぅーとさっ、結局、自分に、跳ね返ってこない?」。どきっ。もっとだな、ぐさっ、だ。師匠連は怖いどぉー。

下ネタ話も、一切、しない。もてもてなのに。
チンピラは、一通り、仲間の悪口。その後は、下ネタ。
だから、チンピラなのだ。あれっ、真師匠は、よくするなぁー?ぎゃ。書いちまったよぉー。ヤバイな。

で、俺は、酔った勢いで暴れたりする。昔ね。言っとくけど。
師匠は、絶対に、そんなことはしない。いつも、穏やかである。
俺はしないけど、仲間の一部は、お客様と喧嘩したりする。拙い。確かに。
荒くれどもの集団と、思われてしまう。これでは、師匠に申し訳ない。
チンピラは、やはり、この程度なのである。

師匠は、俺のことも、絶対に、悪く言わない。
自己顕示欲の塊、ナルシスト、超絶自己中、嫉妬深い、エエカッコシー、暴力的に熱い、こう言った、天災系のミュージッシャンなのに、悪く言わない。良いとこしか、言わない。

これって、非行少年教育に役立つはずだ。本当。

良いとこをふたつ。別れ際に、チクッと、一言。刑事コロンボだっ!

「うーーーん、イサオは、ね、弾いてる姿が、いいなぁ」
「えっ、姿だけですか?」
「うーーーん、姿がいいのは、音もいいってことだよ」
「ありがとうございますっ!」
「うーーーん、イサオの音は、うーーーん、一言でいうとさぁ、重い、ね」
「タッチが、ギンギンだからでしょうね」
「いや、そういう意味じゃ、ないんだけど、重いよ、イサオは、なぁー」

と、褒められているような気も、一瞬するのだ。

でも、帰り際に、ぽそっ、

「イサオ、ちょっと、和声、やってみぃー、楽だよ、お前自身が、な」

なんてことを、おっしゃるのだ。


やはり、師匠を舐めては、いかんぜぇー、お若いの。
でも、踏み台にしないと、一生、弟子だぜって!

師匠に、深謝。

エトランジェ

「エトランジェ」。このフランス語、とても美しいと思われる方も、多いかも知れない。
私なりに直訳してみると、「見知らぬ人」。カミュの同名の小説は、「異邦人」と訳されている。辞書で調べてみると、「外国人、外人」と記されていた。

この名詞が形容詞化された単語が「エトランジュ」。
彼は、エトランジュだ。という言い方になるのだが、不思議、変わり者、変わった人といった意味である。

私は、生まれも、国籍も日本国。フランスに永住したエトランジェとなる。
母国に足場がない上に、フランス国でも、永久にエトランジェのままである。
宙吊りのままの生活である。

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フランス語と日本語のニュアンスの違いがおもしろい。
「見知らぬ人」。この中に「外」という意味合いはあまりない。
日本語だと「外の人」。大陸と島という地形上の感覚の違いなのかもしれない。

「エトランジェ」。もっと巨視的に見てみると、「国」という巨大な組織の外にいる人間とも言える。「東洋人のエトランジェ」。金子光春「ねむれ巴里(中公文庫1976年)」より、再度、抜粋してみる。

---東洋ではともかく、西洋での身の詰まりかたは、さすがに個人主義国だけに凄まじいものがあった。破産者は遠慮なく自殺した。敗者が生き残れる公算がないからである。---

そして、芸人という種族。多分、二重のエトランジェなのだと考える。


「追伸として」

昨日、投稿させて頂いた「投函狂」。再度、読み返し、内容が不適切と判断。削除と致しました。読者の方々、および、ブログサイト運営者様へ、ご迷惑をお掛け致しました事、謹んで、お詫び申し上げます。引き続きの、ご愛読、何卒、よろしくお願い申し上げます。

裕イサオ 10月27日 当地時間17h03


2012年10月27日土曜日

コンサート前夜

ハイ、これぞ、ミュージッシャンブログだぜぇい。じわじわとコンサートが近付いている。テンション、血圧、当然、上がる。上が300。下200。気持ち的に、ね。今日、10月25日は、秋晴れだぜぇい。レェィディー。で、段々、執筆なんちゅう、辛気臭い世界は嫌になってくるから、書き溜めしている。なんでやねん?お姉ちゃんに、叱られるからだぜぇい。辛気臭せぇーぜぇい、ブログなんてよぉー。ステージが最高。別嬪の姉ちゃんに囲まれて、俺は、ハイ、だぜ、レェィディー。

と、これは、本当なんだけどね、俺は、もともと辛気臭い「引き篭もり系元文学青年」。だから、ピアノ弾いてんだぜぇい。自分のためだ。これを、破壊しないと、社会生活がでけんのだ。だから、ピアノ弾くことは、まぁ、「治療」だ。自分で自分を治療できるのだよ。ターミネーターなのだね。お若いの。

今回のライブは、パリの老舗のジャズクラブ、しかも、受けて立つお相手は、パリ屈指のジャズドラマー、佐藤真師匠だぜぇい。おまけに、さっきよぉー、沖至大師匠からメール。「俺も、極力、行くぜ」って。血圧上がるわな、当然。談志師匠と、たけしさんと、セッションする。まったく、同じ構図なのです。パリジャズ界では。

と、すると、俺の芸人ランキングは、日本だと、どの辺りなのかしらねぇー。そりゃ、そこそこのレベルだろって、こういう人たちと、共演だよ?

コンサート前は、あまり、練習をしないことにしている。
体調、それ以上に、炸裂するエネルギーを、本番に備えて蓄える。心のエネルギーと性欲。
高々知れているのだ、本番前の練習なんちゅうもんは、本番では、絶対に出てこない。
日頃の積み重ねの断面以外には、絶対に出てこないのだ。
ねえ、新婚の兄貴。分かるだろう、言いたいことが。なんか、哀川翔だぜぇい。

芸ってもんは、そういうもんだよ。

この乞食と芸人は、「一度やったら、止められない」。これは、本当だ。
とはいうものの、俺は、究極の出不精。面倒なのだ。クラブまで行くのが。目の前でも、面倒なのだ。パリまで、行かないといけない。

よく、こんなんで、ミュージッシャンやってると思うよ。
本来的に、物書き向きなのだろうね。しくしく。辛気臭いよぉー。しくしく。

雑草とお話ししたり、毟りながら。
「ごめんねぇー、こっちの判断で、雑草なんて言っちゃって、本当、ごめんねぇー」
なんて言いながら毟る。
そりゃ、あんた、雑草は、ジャズメンと一緒で繁殖力が、半端じゃねぇぜぇい。
二週間もすりゃ、ぼうぼう。
「おんどりゃー、今度こそ、芯から抜いとったるわいぃーーー」

で、ジェームスのスカイフォールを、コンサート前に、見に行くのだよ。
影響系の自己管理で、一週間は、心も体も、ダニエル クレイグなのだ。

位相-大地

10月25日2012年。13h00。

今日も、自宅の展望台のようなサロンの窓から、晴れ渡った秋空が見える。
快晴。飛行機雲もない。上の方が水色で、段々、地上に向かって白くなっていく。
光のグラデーション。綺麗だ。

「位相-大地」

関根伸夫の作品名。制作されたのは1968年。2008年に再制作されている。
大地に、ぽっかり、円筒形の穴が開いている。
直径2.2m。深さ、2.7m。
そのぽっかり開いた穴と、まったく同じ形、同じ大きさの円筒形の土が、穴の脇にどんと置いてある。日本現代美術史上の代表作のひとつである。

「金子光春」

金子さんの、晩年の自伝三部作のひとつ、「ねむれ巴里」(中公文庫1976年)より、抜粋。

リオンの宿

あとにも先にも、自殺を考えたのは、生まれてからそのときがはじめてであった。

中略

そのときも僕は、僕のねているベッドの下で地球がうごいているのを感じた。
胸がいっぱいになったが、のどまでつまっているその感情は、悲苦ではなくて羽目を外して、世界中びっくりするような大笑いの発作の前のような気持ちであった。


関根さんの作品は、「地球の表面」という、普段あまり考えないことを、嫌でも、喚起させた。

金子さんの行は、金子光春という詩人にしか感受できないなにかだった。


突然、どうして四季があるのか、思い出せなくなった。

太陽と地球と月の位置関係が、分からなくなった。

太陽系の外になにがあるのか、分からなくなった。

自分が途方もない、時間軸と空間にいることを思い出した。

その感覚は、たぶん、悟りに似ていて、とても、気持ちがいい。

2012年10月26日金曜日

睡眠語学学習講座

俺が、フランスに来たのは、1983年。二十九年前だ。
その時知っていたフランス語は、トレビィアン(素晴らしい)。以上なのだ。
確か、当時、岸恵子さんがテレビのコマーシャルに出て居られた。その中に、この単語が出てくるので、覚えていたのだ。そういえば、同時期に、アラン ドロンのダーバンのコマーシャルもあった。このモノマネは、当時の俺の十八番だった。アラン ドロンの動作を真似て、「セレラゴン スダラマダヤン」と言うのだ。そのように聞こえた、当時は。今では、正確な台詞が何だったのか分からなくなってしまったが、たぶん、「セ エレガン(エレガントだ)」云々と言っていたはずだから、俺の聴音力も、まあまあ。注 四半世紀前、俺は、アラン ドロンの仕事のアシスタントをしたことがある。テレビで見る通り。イケメンなんていうレベルではない。超ハンサムだった。そして、なんとなく、美形の中にチンピラの臭いが垣間見れて、粋な俳優さん。

で、フランスに「来てから」、コンビィアン(いくら)を覚えた。トレビィアンに似ていたので。それから、当然、メルシー(ありがとう)。

この三つの単語で、生活しようというのだから、この無謀振りも気合が入っていた。

「タバコ屋」
すてゅいべサンと(タバコの名前)。おばさん、しかめっ面(この表情は、フランス全国民、即刻、止めて頂きたい。わたくしは、かように申し上げたい。傷付くのだ)。クワァー(なんだって)?指差し。あー、ステュイべサントね。こんびぃあん(いくら)?UMMMSKKJSMJYATRUフラン。分からない。お金を出す。お釣りが来る。
「別嬪の姉ちゃん」
こんびぃあん(いくら)?引っ叩かれた。トレビィアンと間違えたのだ。
「友達の家」
うい、うい。笑顔。トレビィアン、うい、うい。笑顔。メルシー、笑顔。
寝る前には、顔が引き攣っていた。そのまま、笑いながら寝たよ、仕方ないから。

ところで、俺は、その前にロンドンに二年間いた。
だから、フランスに来た時は、そこそこ、流暢な英語になっていた。で、やはり、日本人のせいなのか、俺がアホなのか、どうやっても、三つの言語は頭に入らない。二つが限界。フランス語を習得したら、トコロテン。英語は、どっかに行ってしまった。とはいえ、ニューヨークのベーシストのとこに遊びに行ったら、何日かしたら出てきた。とはいえ、ジャズメン英語ね。

「いゃぇぇぇぇぇー、めぇーーーん」
「おぉぉぉぉぉぉー、いえぇぇぇぇぇ」
拳を上げて、二人でボクシングみたいな動作。
「ぁつ、ごーいんいんぐ、おん、めぇぇぇぇぇぇぇぇん」(はい、この出だしがシンコペです)
「いぇーーーーーー」
で、また、拳合わせ。

ジャズメン。これだけで、すべての会話が成り立つ、超エスペラントエリートだ。

んで、じゃ、英語は、どうやって覚えたの?となる前に、ちみは、なぜに、英語をお話し致したいのだね。という、最初の疑問。はい、お姉ちゃんを口説くためです。以上。

ここで、モチベーション、および、目的とのジャズ的逆転が起こる。

お姉ちゃんを口説くためには、一年ぐらい、図書館に篭って、基礎から始める。まず、文法をマスターする。ジェイムズ ジョイスのユリシーズを読破する。TH エリオットの詩を諳んじる。で、シェークスピアの会話をマスターしてから、巷に出る。このやり方は、クラッシックピアニストのやり方だ。注 日本人は、通常、このやり方であるが、弊害は、読み書きばっかり達者。および、博識。ここで止まりがち。目的達成ができないのだよ。

俺の場合は、まず、姉ちゃんを引っ掛ける。で、口移し(ちょっと、Hだな)で、教えて頂く。
これが、フリージャズ屋のやり方。最初に、まず、目的を始めてしまうのだ。で、三つの単語では足りなくなる。政治、経済、文学、諸々の社会の位相を、「いくら」「すばらしい」「ありがとさん」。これでは、辛い。で、覚えるわけね。

こちとら、ミュージッシャン、プラス、モノマネ狂だ。一年で、政治経済哲学を論じてしまうから、こうなると、最初の姉ちゃんは、ポイ。で、次へ。串刺し。

こういう脳構造で、フランスに来たから、同じだ。先に目的、後から、肉付け。

考えたら、俺のピアノの習得と、まったく同じだ。なんのジャズ理論も知らないのに、もう、最初からステージに上がってしまうのだ。とにかく、まず、弾き捲くる。受ける。調子に乗る。なんなんだろうね、こういうメカニズム。で、自分がしんどくなってくる。たんたんたぬきのたまきん、この一曲のレパートリーで、お客様方を納得させ魅了する。同じようなことをやっていたのだ。ただ、息切れも酷い。なにはともあれ、本人が一番辛いから、二曲目を覚える。

意外と、この裕先生流って、なにか、根源的なやり方のような気もしている。
(この方式は、初期の立ち位置のレベルは、まったく違うのだが、山下洋輔大先輩のエッセイから、学んだ)。
要は、クロマニオン学習だ。

腹減ったぁーーー。石持って走っていく。
石、重てぇーーー。やりを作る。
別嬪の姉ちゃん、飛び付く.....、お話をする。

注 良い子の皆さんは、真似をしないよう、お願い申し上げる次第である。


2012年10月25日木曜日

チンピラブロガー

昨晩、俺は決心した。
黒いジャージ姿に、黒いタオルで頬被り。
村から、お姉ちゃんに内緒で、夜逃げを試みた。

やっと、村の外れの鎮守の森が見えてきた。足早に、通り過ぎる。

「ちょっと、お待ち!そこの若僧」
呼び止められた。ぎくっ。恐る恐る振り返る。渡辺貞夫そっくりの村の重鎮が立っていた。
「おまえに、ブログの真髄、随筆の真髄を叩き込んでやるっ!チンピラブロガーめっ!」
うわぁーーー。目が覚めた。

昨日から、俺の脳内シンコペーション機能が停止している。
昨日のブログは、三回も手直しした。一度だけ、すべて削除したことがあるが、これは初めてだ。シンコペが故障しているのだ。

とりあえず書き散らす。少し置いて、追記、手直しをする。少し置いて、読み返し推敲する。
通常は、この三段階でお仕舞いなのだ。

いくらなんでも、俺のおちゃらけブログが原因とは思えないにしても、村の若僧どものおちゃらけ振りを見るに見兼ねた重鎮が、重い腰を上げた。どうしても、そのイメージが頭から消えない。紅白歌合戦初出場の若手歌手。有名なジャズフェスティバル、たとえば、渡辺貞夫クインテットがトリで、俺が、前座の前座。でも、一応、同じ舞台に上がってしまっている。こういう状況である。オシメしないと、上がれねぇーって。

こうなると、チンピラ組みは逃げ出したくなってくるのだ。

で、中学生の作文みたいな疑問、「なぜに、俺は、ブログを続けて居るのだ」という、根源的な疑問を解決しない限り、執筆麻痺。もう一度、この上記の状態を招いた原因を、遡って検証してみる。

1) 俺の職業は、フリージャズピアニスト。(売れない)は省いた
 では、なぜに、あんたはピアノを弾くのだ?
 これには、きちんと答えられる。生きるためなのだ。お金を稼ぐという意味以前に、俺の存在  理由なのだ。ピアノ中毒は、もう、俺の叫び、全存在が掛かっている。とんでもなく、文学   的、哲学的、人生論的、諸々の上に、成り立っている。これは、本当だ。これはお笑い   にはならない。超真面目な話にしかならない
2) で、この1)が、ピアノのプロモートのために、YouTubeに動画を27本、アップロードした。これ は、矛盾していない
3) この2)のプロモートのために、ブログを始めた。これも矛盾していない

ここまでは、フリージャズピアニスト、裕イサオの自己PR。これは、芸人として、別段、世間様から、とやかく言われる流れではない。

で、問題は、その後から始まる。3)までの流れは、「既に、終了している」。

おわぁーーー、なのに、相変わらず執筆。しかも、新連載。
もう、人のせいにしてしまうしかない。お姉ちゃんが悪いのだ。応援するから、つい、調子付いてしまったんだよぉーーー、えーーーんえーーーん(号泣)。

作文「僕は、どうしてブログを書くのか」二年三組、裕イサオ。

自己顕示欲、自己表現。これは、ピアノで消化しているから、ない。

文学的なむらむら。これは、ある。ただし、十三年間のサハラ砂漠(読者皆無)三文文士の、心の傷は、大きい。とはいえ、ほんの一時にしても、書いたものを換金していた時期があるのだ。やはり、お金が絡みだすと、素人ですとは、言い難いし、逆に、失礼だ。読者の方へ。ただし、今は素人だ。このメカニズムの外にいる。ただし、プロとアマの違いは、本質的に、俺は、これではないと思っている。下世話な話だが、バン ゴッホも吉岡実も稲垣タル穂も、そうしてしまうと、皆、アマチュアになってしまう。これは、後日としよう。

ご近所への配り物。俺の馬鹿頭、および、溢れ出るアホネタ。ひとりで消化しきれないので、無理やりご近所に配ってしまう。こういう見方も出来る。たまに、郷里に帰ると、鰹が一本届いたりする。食べ切れないのだ。すいません。ありがとうございます。いつも。深謝。

うーむ、結論が出ない。
そうは言っても、俺は、重鎮に、首根っこを捕まれて、改心するまで村からは出さんと、連れ戻されてしまったのだ。

そうなると、結論は、算数上はひとつ。

要は、俺の自己宣伝ブログ。芸能人のPRブログ。これはおかしくない。よね?
許して下さい。もう、文士なんて言いませぇーーーん。あー、怖かった。

追伸
いやぁー、凄い超プロのブロガーさんっているんですね。
もう、ブロ画。タイトル。紹介文。内容。痺れた。エッセイ、随筆部門から退散しちゃいたい。
恐ろしい、同じ舞台なんて。

きゃー、タンポポ、かわゆぅーーーい。写真。これが、俺は、ブログの真髄と理解していたのだ。甘かった。脳天に一発食らった。で、脳シンコペが復活っ!

2012年10月24日水曜日

三日坊主

インターネットを弄っていたら、
「ブログを、始めても、いつも、三日しか続きません。続ける秘訣は?」
「ネタが、三時間考えても、出てきません」ちょっと寝たらすぐ出る、んなもん(オジギャク)。脳シンコペには、もう、世界中がネタだぜって!自分、肥えたご、うんち、至近距離内だけでも、一杯だ。俺の敬愛する、詩人の吉岡実さんなんて、「下痢」という凄い詩を書いている。

で、俺には、一瞬、このリズムの把握が出来なかった。意味が分からなかったのだ。俺は、ついに、日本語までおかしくなったのか?一瞬、そう思った。確かに、半分は、おかしい。

たまに、日本に行く(帰るではなくなってしまった)。「ちょっとぉー、ごめん、なんだっけ、その、ありゃ、(フランス語でなんて、俺は言わない。嫌味に取る人が、大変に多いのだ。その気持ちは、よく分かる。おフランス野郎っ)その、ケツの下にひく綿の入った、ごめん、横文字で、クッションって?」座布団だ。出てこないのだ。「す、すいません、ちょっと、あの(もじもじ)、あの(もじもじ)、黄色い、すっぱい、大根下さい」沢庵だ。出てこない。やばいなぁー、昭和の文士が、この様じゃ。

面白いのは、フランスに来て、間もない人の方が、日本語にフランス語の名詞が大量に混ざる。ところで、俺のフランス語は、100%耳学問だから、大したレベルではない。この俺のフランス語、ほとんど、睡眠学習的習得については、後日、書くね。とはいえ、もともとのへらへら坊ちゃん(町田康の小説のタイトル)だから、スラング、下ネタ、ジョークの連発をフランス語でやる。このフレンチエスプリ満載フランス語は、よく、仲間から絶賛される。へたうまなのだね。ピアノと一緒だ。

「はい、お見積もりは、グラチュイでございます」
「今、プティショマンをカミヨンが通りました」
「あちらに見えるのは、ミニンシパルのバチモンでございます」

なんのことだか、日本からいらした方には分からない。
で、昔、ガイドの仕事をしていたことがあるのだけれど、これがクレームになる。
「気取った嫌なおフランス野郎のガイド」と。で、先輩方に徹底して直される。
「はぁーーーい、今からパスポートコントロールに参りますが、その前にシートアサイメントを始めます」先輩にさんざんぱら叱られる。「馬鹿野郎っ!出国審査、席割りと日本語で言え、馬鹿」。

で、はい、「三日坊主の解消法は?」。裕先生が、詳しくお答え致します。

1) 三日しか続かないことは、始めない
 俺は、非常に憂愁な学生だったから、酒とタバコは、二十歳から始めた
 以降、三十三年間、続いている。まず、この意志の強さ
2) いきなり、医学の話ね。人間の脳細胞は、「新しいものを受け付ける期間」があるわけなの  ね。悪いんだけど、三十五歳が限界なのだ。ただ、もともとの、なんらかのベースがある場合 は、別。たとえば、日本語の読み書きは、ガキの頃から、皆、やっている。だから、全員、
 芥山賞の候補なのね。ピアノも、日本国は、ガキの頃に齧った。一杯いるから、こっちも、安 心してくれ玉枝
3) 最初から、三日しかやらないことにしてしまう
 新しいことを始めることは、当然、悪いことではない。で、三日だけ、やってみて、返品。い  いじゃん、これで。女もなぁー。串刺し

と、実は、この後が、凄まじく長かったのだが、削除してしまった。
なぜだっ?

で、たぶん、原稿用紙で5枚ぐらいの量だったんだと思う。
推敲も終えた。明日の朝、もう一度、読み返して、投稿しようと思って、サイトの注目記事の欄を開いた。あれっ、このブロ画、あったっけなぁー。ブロ画、洒落ている。タイトル、フリージャズだ。腰帯って言うのかしら、紹介文。きっぱり、一行。痺れた。で、開いた。

コンサートを終えて、楽屋の入り口で、取り巻きの姉ちゃんと、いちゃいちゃしている。

「裕さんのピアノ、素敵ぃーーー」「まっ、まあね」「どうしたら、あんな風に弾けるのぉー、めちゃ、格好いいぃーーー」「まあ、ソウルかなっ」「えーえーーー、格好いいぃーーー」なんて、やっている。なんとなく、後ろの気配。げっ、渡辺貞夫が、俺の後ろに立っていた。「あっ、すいません、通路、塞いじゃいました、ごっごめんなさいっ」土下座。でも、ナベサダさんは、にこにこしているだけ。

まったく、同じ状況が出現した。痺れた。俺は、三文芸人だから、こそ、その筋の超プロは、よぉーーーく、分かる。超プロのブロガーさんだ。まさか、俺のブログ、読んでねぇーだろうな?そう、願うしかない。超プロ、三文芸人が三文であることを、0.01秒ぐらいで見抜くから、「大物ぶりのこけおどし」は、通用しない。あー、びっくりしたなぁー。あんまり、詳しく書かない。たぶん、ピンと来るはずだ。

で、一瞬、すべてのブログを削除、ないし、村からの夜逃げも考えた。マジで。
考えながら、サトイモを買いに行った。考えたら、俺のジャズの師匠、沖至との出会いも、出会い頭だった。でも.....と、サトイモとお話ししながら、公園を横切った。

ジャズ屋の俺に、非常に引っ掛かった一行があった。
俺が、ジャズピアニストとして、プロ登録をしたのは十三年前。
当初、いい気になって、どこでも弾きまくった。画廊のオープニングとか、畑の真ん中とかで。
ジャズの先輩から、こっぴどく怒られた。「イサオ、気持ちは分かる。でも、無料で弾くな。俺らのことも、考えろ」と。以後、俺は、一切、無料ではピアノは弾かない。金額の問題じゃないの。これは誤解されると困る。

それで、とんでもなく気になりだした。

本来、このブログのオチは、「俺は文学的な、なにかに引きずられて、これを書いている」と、格好良く決めようと思っていた。インターネットで、「プロブロガー」というのを検索した。

こっちも、痺れた。月収いくらだ。広告の掲示の仕方だ、興ざめ。本当に。
俺は、素朴な馬鹿だった。営利絡みもあることが分かった。興ざめ。

とはいえ、俺も売れないとはいえ芸人の端くれ。俺の中の文学君は、興ざめだ、本当に。
でも、それはそれで、いいじゃん。俺だって、無料ではピアノ弾かないから、同じだ。だから、今後、一切、無料では書かないことにする。

馬鹿じゃねぇーの、おめぇー。スポンサー、いねえだろって!
えっ、こういう風に書けば、お金入らないの?
あっ、そ。

それで、やっと、最初の三日坊主の問いの意味が分かった。
「プロブロガーを目指しているのに」ということだったのね。

なんか、世間様は、もう、すべて、この「お金」の世界なのかぁー。
まあ、文学だって、金になんだもんなぁー。

俺は、お客さんが、一人でも、一生懸命、ピアノ弾くよ。本当に。
こういうことは、人間の基本だ。






2012年10月23日火曜日

秋の美しい日

フランス語で「秋晴れ」のことを、「秋の美しい日」と言う。とても綺麗な言葉、音だ。
二週間ぶりぐらいだろう、水色の、快晴の秋空が広がっている。消えかかる飛行機雲が、水色の背景の中で交錯している。

真夏、灼熱の太陽の蜃気楼の中で、不思議な寂寞感に襲われる。
一時、自我が消滅する。長大な時間の中にいることを実感する。
秋の美しい日に、それは起こらない。私の、年齢、体調、思考のリズムに相似していて、とても、気持ちがいい。

河原温のデイトペインティング。
カンバスの表面には、その作品が製作された日付以外、なにもない。
そして、その日付が、日毎、どんどん後方へ流れていく。
自己、自我を超えた、もうひとつ違うレベルの美術作品が、そこにあるだけだ。

彼が、日本で活躍していた頃。浴室の中に累々と横たわる切断された人物を描いていた。
デイトペインティングのシリーズへ移行したのは、ニューヨークへの移住後だった。
晩年は、世界を旅し、自宅に絵葉書を延々と送り続け、その絵葉書の集合を、作品として展示していた。ここにも、ひとりの美術家の「普通のリズム」ではないものがある。そこには、河原
温、個人は、既にいない。大量の絵葉書と、日付印があるだけだ。

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少しずつ、枝の先端の葉が、黄色、黄土色、焦げ茶色、赤みがかったオレンジ色に変色し始めている。黄色い葉が、少しずつ、庭の芝生の上に落ち始めている。

フランス語で「枯葉」のことを、「死んだ葉」と言う。発音するたびに、少し、どきりとする。
でも、木々の見えない奥底。冬を待つ準備が順調に進んでいること。脈々と息衝く木々の根の充実感が、私には分かる。死んだ葉は、役目を終えたのだ。

私たちは、花、葉を見て、刹那を感じる。
私たち自身の時間を、そこに投影する。
それは、こちらの幻影に過ぎない。

木々にとって、花も葉も、部分に過ぎない。母体の力が充実した時に、既に、花も葉も必要がなくなっている。

私は、落下した花々、死んだ葉を見て、刹那を感じない。
感じるのは、力だ。

毎年、私は、死んだ葉を掻き集め、「じゃ、また、来年」と呟いて、幹を軽く叩く。

2012年10月22日月曜日

リアル フランス

新ブログの紹介文に、「フランスより愛を込めて!」なんて書いてしまった。
考えたら、俺の文章の中に、あまり、フランスについての話は出てこない。
なぜだっ?といえば、もう、あまりに日常化していて、とりわけ、なんか書くという方向に行かないのだ。フランスの風景を見ながら、なにを考えとるといえば、あー、塩辛食いたい、うな重を貪り食いたい。塩鮭、なめこの味噌汁。目白通りのメンチカツを食いたい。目白ピーコックの冷えたコロッケを食いたい。もう、イカの塩辛を風呂桶一杯に入れて、コシヒカリのおにぎりと一緒に、裸で飛び込みたいっ!おえっ!俺も、おでんの具になりたい。なんなんだ!

それで、だ。俺は、日本のお受験地獄の脱落者。自閉症になり、半年間で21kg痩せた。
だめだこりゃ、となり、俺も周りも考えた。で、苦し紛れに、「俺は、ニューヨークへ行って、詩人になる」と、まったく脈略のない提案をした。当時のニューヨークは、暴力都市として有名だった。駄目となり、大体、頭、おかしい、アル中、英語、イエスしか言えない、こんなのが行ったら、すぐ、串刺しのバーベキューだ。とりあえず、知り合いのいるマレーシアのクアラルンプールで英語の習得ということになった。四ヶ月で、「四季のない国」、毎日38℃。自閉症が悪化。で、ニューヨークはやばいから、とりあえず、イギリスとなった。結局、ロンドンのアートスクールに行った。知り合い、友達、ゼロ。本当の孤独。荒治療だったけど、逆に自閉症が治っちゃったわけ。で、フレンチレストランで皿洗いのバイト。フランス人のウエイターが、アメリカ人の姉ちゃん連れて、本国に帰るけど、同棲ばれるとやばいから、一緒に来いっ、となってくっついて来たのが、1983年。当初は、現代美術家として、一旗上げるつもりだった。結果、上がったのは、白旗。と、いうわけ。だから、全然、あこがれの国なんていうものではなかったのに、定住。いつの間にか、ニューヨーク行きはチャラ。面倒になった。

ところで、フランス、とりわけパリに来るお姉さん方が、後を絶たないところをみると、やはり、憧れの国、一位ないし二位なんだろうね?今でも。コンサートの打ち上げとかで、パリに来たばっかりのお姉さんたちと、よく、話をする。
「いつ来たの?」「三ヶ月前、裕さんは」「三十年前」「へぇーーー、凄いっ!」
「で、oooさんは、なにしに来たの?」「ずっと、来たかったの」「で、なにしに?」
「ずっと、憧れだったの」「だからよぉー、で、来た目的なんだよぉー、聞いているのは」
「ずっと、憧れ.....」
結局、フランスに「住みに来た」という結論。

これは、目的じゃねんだけど。だから、住んで、なにをするのって聞いてんだけど、答えがない。

「フランスのいいところ」

1) フランス人は大変に善良。これは本当。ただし、仕事とか会社とか営利が絡まないという範囲 でね。これが絡みだすと、ガラッと、変わる
2) ご近所付きあいとか、こういう諸々のお義理がない。清々している。時間を使わないのね、こ ういうことに
3) 他人と競争しない。上昇志向がないので、しないわけ。大きな家、車、息子の学歴等々、分 相応でいいやって、てな感じ
4) 子供に、過度な期待をしない。あまり、援助もしない。お互い様で、老後はシビアだよ。自力
 だ。老人も
5) 社会保障がきちんとしている。学費がいらない。基本、国立大学しかないから、そうなる。貧  乏人の子供たちも、頭さえ良ければ、勉学の支障はない。これは、いいことだ。だから、   家計簿上も、ここだけは、楽だ。物価は高いよぉー
6) 個人主義が徹底している。フランス革命の庶民パワーは健在。政治家が好き勝手やろうもの  なら、二ヶ月ぐらい、ストで交通機関が止まる。で、提案法律は、国民によって却下
7) 国民が一丸となってという発想がないから、ちょっと、シビアなことを書いてしまうが、戦争に向 かない国民性。享楽的な個人主義者の集団だから、絶対に、まとまらない。ほぼ、毎回、大 統領選挙は、大雑把に分析すると、51対49だ。バランスが取れている。満場一致がないのは いいことだ。これは、政治的には、怖いのですよ。日本人はボーとしている、この辺は
8) 国際力、世界の中の発言力、外交。日本の比ではない。大国だ

なんだよ、いいとこばっかじゃん。だったら、住むこと自体が目的でも、かめへんやないの?
俺は、ラッキーなんだね、そういうことであれば。ビバ フランス!

でも、会社で一緒に仕事すんのは、大変だよぉー。半端じゃないよぉー。
このなるべく仕事をしない仕事のやり方。究極の省エネ仕事。仕事をしない努力は、凄いよぉー。日系企業で、課長なんてやってみぃーーー、ぼろぼろになるよぉー。本当に。


2012年10月21日日曜日

脳内シンコペーション

惜しまれて去ったつもりが、二日後にあとがき追記。三日後に、もう、新連載。余韻がないというのか、味わいがないというのか、有難味がないというのか。全然、重々しくないのだ、やることが。

そもそも、筒井康隆じゃあるまいし、断筆なんちゅう大袈裟な話ではない。
なんの世界動向に関わりのない、一ジャズメンの戯言ブログ。なんだけど、ちょっと、俺の日本の異母きょーでいの落胆振りが酷く、地球の反対側にいる俺とすれば、やはり、心を痛めた。しかも、たぶん、お姉ちゃん(?)だと思うのだが、そのお姉ちゃんは、人気ブロガーだ。この執筆に悪影響を与えることを恐れたのだ。俺のブログはいいとしても、これは、拙い。で、決心が素早いのだ俺は、すぐ、復帰する。お姉ちゃんの文体まで、生き生きしていて安心した。ほっ。

ところで、新ブログのタイトルは、すぐに決まった。お姉ちゃんの脳内パリから来ている。
で、このシンコペーション。分からんのだが、ミュージッシャン以外の方がピンと来るのかしら。俺らには、日常語なんだけど。インターネットで検索すると、結構詳しい説明が出てきます(ブログの紹介文が今一出てこないのですが、まあ、いいか、こんなもんで)。

簡単にご説明すると、「普通の四拍子=普通の思考回路=普通の生活」。これは、強弱強(中)弱(中)です。で、ロックの連中とか、ジャズ屋は、これをぐずぐすに崩して演奏する。強の前に、「微妙な空白」とか「強」の位置が、後ろにずれるとか、要は「普通のリズム」じゃないわけ。どうしてなのかといえば、そのズレこそが、そいつの味わい、ソウル、エモーション、こぶし回しということで、だから、俺らには生命線なのだ。で、これを勉強しようという真面目なお方が、俺のとこにいらしたりする。で、教えられない。もともと、本来的に、最初から、俺らはズレとるから、ジャズ屋とかに「ならざるを得なかった」のね。禁治産者、普通の生活から、最初から見放されて居るのだ。教えられないの、そういうわけで。意地悪ぅー、なんていわれても、これは、無理だ。フランス人の英語力と一緒。注 意地悪をして英語を「話してくれない」。よく見かける。フランス人は、英語を、そもそも話せないのですよ。フランスおよびフランス語が世界一だと思っとるのだ。大国病。だから、意地悪とは違うよ。念のため。

で、はい、もうお分かりの通り、俺の脳細胞のズレ。これを書こうというわけ。
しかも、この新連載は、嫌でも随筆力はアップするのじゃ。なぜか、大ブロガー養成ギブスを外したの、わたくし。動画のプロモートは完了。だから、ブログ自身の終わりがないし、構成もない。「ミュージッシャンのエッセイ」、これも廃業。この脳細胞のズレを日々、活写するのみという無法地帯ブログ=エッセイになるのだ。実は、これこそが、エッセイ、随筆(どう違うのか、相変わらず、分からん)の本道と、俺は理解している。

ところで、ブログのメカニズムが少し分かってきた。書籍と違って、一章から読まない。あと、意外とバックナンバーも読まない。とすると、ずばり、天声人語だ。その日暮らし。朝市の新鮮なお魚。一番新鮮なやつしか読まない傾向があるから、「前号までのあらすじ」系は、分かり難い。ということは、その日暮らしの書き散らし、産地直送。これが、ベスト。要は、なんの制約もないということじゃ、もう、その日その日の俺の馬鹿頭を活写するのみ。すんばらしいの一言。で、なんじゃーーー、このオヤジぃーーーという方は、「読まなければいい」というだけで、あまり、迷惑にもならん。よね?

「裕先生のまったくためにならない、シンコペーション(脳欠陥者向け)ブログ講座(マネしない方がいいです)」

1) 今日、道を歩いていたらぁー、タンポポを見かけましたぁー。写真
 可愛い。でも、おじさん、おばさんブログだったら読まない
2) 今日、道を歩いていたらタンポポを見かけたが、可憐な姿が気に入らず、私は、思わず踏み  潰した。タンポポ、可愛そうだけど、これぐらい、溜まってないと、シニアは
3) 僕は、タンポポの綿の数を知りたく、一本ずつ抜いてみた。全部で、1128本だった
 これはこれで、お宅系で面白いけど、俺は、読まない
4) 内の主人は、鮭が大好物です
 はなから、読まない
5) 内の主人の顔は鮭に似ているのだ
 こっちは、読む

今、ダイエット中ぅーーー(絵文字が出来ないよぉー)。写真。
もう、超眠いにゃ(絵文字)。写真。

なんだかんだいって、この二つは、俺の愛読ブログ。めんごいんだな、これが。

やはり、内のお姉ちゃんの格調高いブログをお読み頂きたい。
タイトル、紹介文、ペンネーム。ブロ画。さすがだ。

追伸
建築家の卵のお姉さんに、超高性能カメラでブログ用の写真を三十枚ぐらい撮ってもらった。
イケメンシニアらしく写ったのが、二枚のみ。二十八枚はピンボケだったんじゃなくて、そう思っていたら、単に「実際が写っていた」のだ!この二枚だけ、見合い写真として使えるのは。でも、やはり、役所さんに、ちょっと、似ている。女性読者が、あと、三人ぐらい、増えるかしら?
見合い写真に騙されちゃって!

2012年10月20日土曜日

筆トーク あとがき追記

俺は、二日前、筆トークのあとがきを書き終え、和服姿でサマータイムを弾いていた。
それなりの達成感はあった。十一年振りの新作といえばいえるのだ。
その晩は、養命酒をちびちびやりながら、久しぶりに金子光春の「ねむれ巴里」を読んだ。
金子さんまで行くと、「僕」という一人称が、逆にしっくりするなぁー。俺は、まだいいや、若僧だから、俺で、などと考えながら、眠りに付いた。

翌朝、なんだか外が騒がしい。
いつもは、小鳥の声しか聞こえない。二階の寝室のカーテンを15cmぐらい捲る。
ぎょ。俺の家の前に、群集。横断幕。

「愛してるぅー」「お願いっ!書いてっ!」「裕さぁーーーん」「ハートマーク」「唇マーク」
なんだか、時々、「なに、もったいぶってんだっ、三文文士!」「無内容は許したるっ、量で勝負ゆうたやんかぁー」「悪口が言えなくなるから、書けっ、馬鹿っ」

どうも、機動隊まで出ている様子。怖くて見れない。暫くすると、電話が鳴りっぱなし。ご近所からだ。「子供の送り迎えが出来ない」「通行不能」「主人が家まで、辿り着けない」。ひたすら、お詫び。いやぁー、参った。二日前に紙テープの嵐の中で、惜しまれて去った。つもりだった。

とうとう、女性ファンが、俺の家の入り口にテントを張ってしまった。書くまで梃子でも動かんと。俺は、監禁されてしまった。

幸い、スーパーの買出し後の翌朝。酒、タバコのストックも多少あり、不自由はして居らん。

林家三平の口調で、「こまっちゃったなぁー、もー」と呟いていたら、電話。

「もしもし、裕先生ですか?」
「はいはい」
「大阪のバルタン音楽出版の榎田です」
どきっ。「原稿、まだですかねぇー、今日で、一ヶ月と七日経つのですがねぇー。先生も、お忙しい。はい、重々、承知して居りますが.....」
「いゃ、君、タイトルは、とっくに送っとるよ。私とジョン コルトレーンはエントロピーって」
「先生、また、悪いご冗談を。本文を送って下さいよぉー」
「なんだ、君、水臭いね。最初から、そう言いなさい。本文も必要だったのね?」
「えっ?」
「君、僕はねぇー、フランス人だよ。きちんと、ご指示を頂かないとねぇー」
「先生、また、悪いご冗談を」
「まあ、いい、近々に」
「お願いしますよ」
「君も知っとるだろう。私は、筆が遅いし、ねぇー、頭も老朽化しているから、そうそう、ネタは出てこないよぉ」
「先生、お言葉ですが、先生のブログ」
「むむ」
「拝読させて頂きましたが.....」
「いゃ、まあ、君、その、それは園アヤコ」
「零れ出るネタの嵐。週間更新率最大11.8回」
「いや、あれは、仕事の合間に.....」
「合間に?」その時だ。榎田の声が一オクターブ下がった。(汗)
「じゃかぁーーーしい、出版社を舐めとんのかいな、おんどりゃー!」
関西系が怒ると、東北人には超怖い。で、俺は、泣きながら原稿を書いた。

と、すべて嘘。長い前置き。例によって。

「筆トーク あとがき追記」
はい、閉店理由は、
1) YouTube動画のプロモートブログとして完結したこと
2) 一ヶ月と五日に渡り、ぎっくり腰も含めて、我が愛しのシークレットガーデンを放置していたこと
 昨日、ミニ畑の崩れ落ちた石壁を修復。なんせ、俺の家は、1900年築なのだ
と、あっけらかぁーんとした理由。なんの利害も営利も外圧もない。書く時間も、十分ある。

で、3)があるのだ。もちろん、1)が理由なのではあるが、ちょっと、やはり、芸能人として、記者会見に臨まなければならない。

もともとが、動画のプロモートだったから、当然、ミュージッシャンのエッセイという形を取った。
やや、非日常、おちゃらけスイング文体を採用した。一人称も、俺にした。で、それなりの自分なりの書き物としての成果はあった。ところが、書き進む内に、俺の脳内シンコペーションが始まった。途中から、確実に、「ミュージッシャンの」エッセイ。この括弧部分が必要ではなくなってきた。目線が、どんどん物書き目線に移行し始めた。

俺は、もと引き篭もり、自閉症(十代後半)で、万年、鬱病(だれも信じてくれないが、本当)。
で、二十代後半からシジューニまで、十三年間、サハラ砂漠(読者皆無の比喩)のみかん箱の上で、小説を書いていた。で、シジューニの時に、これが再発、悪化し始めた。で、止めた。ピアノに専念した。物を書くこと。湿っぽいし、暗い。再発、悪化を恐れ、十一年間、一切なにも書かなかった。で、ブログに出会った。サハラ砂漠の三文文士トラウマとご相談しつつ、ちょっと、書き始めてみた。怯えながら。書き進む内に、むらむらと執筆欲が沸いてきた。時々、トラウマが近付いてくる。「じゃかぁーしい、あっちいってろっ」と、蹴散らした。心配した鬱はやってこなかった。ありゃ、俺も、ちょっとは、大人になったのかしら、と、当然、調子付いた。しかも、ブログの執筆を始めてから、ピアノも絶好調だ。一挙両得だ。

シニア世代の欝は、半端ではないので、恐れていたのだ。俺の年で、自分の内奥に深く佇む。なにもない。空洞だ。当然、生きてきた時間が問われる。この文学のメカニズムを恐れていたのだ。でも、開き直る。多少は。いいじゃん、空洞で。しかし、とか、これを恐れていた。「いいじゃん」と「しかし」を繰り返していたら、「いいじゃん」で、止まった。いい感じ(ローラ)。

しかも、ウェッブの海は、開かれていた。十一年前のサハラ砂漠とは違っていた。
他のブロガーさんとの交信があった。熱烈なメッセージまで頂いてしまった。恐縮です。本当に。
ありがとうございます。深謝。

はい、これが実情でした。お騒がせ致しました。

ところで、一旦、文士魂に点火してしまうと、これは、こちとら、(かっぱ)エビせん体質。
もう、止まらない。まず、ペンネームを国木田潤一郎と改名。これぞ、随筆の本道。フランス昆布茶日記(仮題)。昨日から和服。丸メガネ。火鉢の横でキセルを吹かしながら、ネタを考えて居るのだ。昭和初期の文士そのものだ。

ふふふふふ、I'll be back.   James YU
Coming soon.....

「裕イサオ 脳内シンコペーション」
フランスより愛を込めて!流麗饒舌スイング文学エッセイ!

「本日の、裕イサオ先生の記者会見は、この辺りで。では、写真タイムに参ります。裕先生、よろしくお願い致します」「ふむ」。俺は、隣の優香ちゃんと一緒に立ち上がった(嘘)。

今、なんとか、シニアイケメン風の写真を捏造(撮影ではない)できないかやってるわけ。面倒だから、役所広司さんの写真、拝借しようかとも思ったが、なんか、これも、癪だ。これが出来次第、開始するね。チャオー。アビアント!エ アンコー メルシーx1000!。ピンカートン。



2012年10月19日金曜日

筆トーク あとがき

親愛なる読者の方々へ。

一ヶ月と五日に渡る、長期間のご愛読、誠にありがとうございました。
謹んで、御礼申し上げると共に、親愛なるブロガーさんたち、および、ご家族のご健康、および、今後のご活躍、心より、お祈り申し上げます。

ありがとうぅーーー、皆ぁーーー、幸せでしたぁーーー、ありがとぉーーー。

裕イサオ

2012年10月18日。フランス現地時間17h37。





RHYTHMIX3

RHYTHMIX
この英語、ありそうで、辞書で調べるとない。
ユーリズミックスというイギリスのポップグループ(男女の二人組み)があったけど。

リズム ちょっと、字足らず
リズミカル なんか、字余り

で、これにした。音が、なんか、しゃきっとしている。
極論してしまうと、「はい、裕先生にとって音楽とは?」「はい、リズムです」と答える。
やはり、太鼓系が好きだ。昔、クラッシックピアニストに嫌味を言われたことがある。「ピアノを打楽器のように弾く人には堪えられません」。俺のことじゃなくて、山下洋輔先輩の話。
もちろん、その意見、俺には良く分かる。メロディー楽器、和声の楽器でもあるから、当然、そういう意見もでる。山下先輩エッセイだと「なんのなんの、持ってこいっー、ピアノっー、叩きをワッたるぅー」。こういう人もいる。俺は、どちらにも賛成。いい加減な立場だよな、毎回。

で、別に、謙虚とか謙遜ではなくて、このシリーズの1と2は、だれでも作れますよ、と書いた。それは、本当。でも、この動画のコメントにも書いたけど、3は、ちょっと、だれでもは難しい。いや、そうじゃないと、こっちも商売上がったりだ。

この曲を、試しに、大音響でお聴かれになると、Isao YU先生のノリノリ振りが、よく分かると思う。一日中、ローランドを弄っていたから、もう、これ全身リズミックスと化していたので、唸りながら立って弾いた。踊りながら。考えたら、マイケル ジャクソンと、俺はおない年だ。おっさん、おっさんって老け込んでらんねんだっ、芸能人は。

しっかし、俺みたいな売れない芸人は、気が楽だけど、有名人は大変なんだろうなぁー。坂本龍一さんなんて、ちょっと、コンビ二におにぎり買いに、なんて、いかねぇんだろうな?

フランスの女優さんたちも、デビューの頃は、ころころしてたのに、今、みんなガリガリだ。
多少は、老けたにしても、高級クリーム、ヘアーサロンだ、高級美容室だに行っていることが、逆にばればれの素肌だ。俺からすると、別に自然体で老ければいいのになぁーと思う。まあ、お金、有り余ってるから、使い道がないとはいえ、女優ったって、そんなにしなくてもねぇー。しまいには、リフトアップで、「顔だけが、びしーっ」。で、腕の下。そっ、脇の下の向かえ側。こっちは、ぷるぷるなんていう不思議な人工生物が出来上がる。

で、この人工生物みたいな女優さん(男優さんもいるけど)ばっかりの、映画。アメリカのアクションものは、こっちの方がいいような気もするんだけど、文芸物だの、貧乏な下町の話なんてのに、この人造人間ばっかりも興ざめ。普通にしてた方が、役者生命長いと思うんだけどね。

そして、今でもそうなんだけど、女の人の容姿云々が多過ぎる。
男は、年取ると、渋みが出てとか言うけど、女の人だってそうだ。
俺は、主義主張上のフェミニストではないけれど、どちらかというと、その傾向があんだろうね。
自然体で年取ってる、たとえば、俺と同年代の女性。そっちの方が綺麗に見えるし、別に美女である必要はない。普通の顔だちで、綺麗な人は一杯いる。

たぶん、女優さんって、良くも悪くも、商売だけど、自意識過剰の化け物かもしれん。
やはり、他人に見られていると、二十四時間、緊張して、警戒してないといけないのかしらね。家庭生活とか、大変だっ。ずっと、化粧してないといけないし、おならなんか出来ないし、大変だわな、これも。凄い巨大なうんこしちゃって、便座が真っ二つになったぁー、拙いよな、女優さんではな。旦那も疲れちゃうよな。

でも、富岡多恵子さん風に言うと、役者ってのは、舞台=夢の国の人間なんで、私生活なんて見せてはいけない。日常の人間ではないとなる。そして、昔は、役者になる=勘当される。みたいなシビアーな世界。要は一種の出家みたいな感じ。そうすると、俺も、やはり、孤高のピアニスト然としていないと本当はいけない。ブログでへらへらなんて、拙い。しかも、コメント狂なんて論外。と算数上はなるけど、手遅れだ。今更。

神秘的、謎めいている、近寄りがたい、庶民には手の届かない、孤高、本来は、こうでなければいかんかった。親しみやすい、手の届く、癒し系のジャズピアニスト。マーケッティングの間違いに連載50回目にて、気付いた。もう、遅い。

2012年10月18日木曜日

自己陶酔お自慢ブログ

おぉーし、チャーハン食ったし、そろそろ、コンサートのプロモート。あっちこっちにメールはせんといかんし、結構、いろいろとあるのですよ、ミュージッちゃんも。

お客さんこないと、ジャズクラブから、即、解雇通知だし、こっちだって生活掛かってんだっ。
と、パソコンの前に座った。

結果、すでに、これを書き始めている。拙いなぁー、拙いなぁーと、言いながら、結局、書いている。関西方面のバルタン星人に操られているような気もする。遠い日本から、「ほぉーーほっほっほっ」という声が聞こえる。その内、うなされるかもしれない。午前三時ぐらいに、がばっと起きて、半分寝ながらブログ書き始めたり。謝りながら(だれに?)書いていたり(汗)。

この(汗)とか、絵文字([- -+])(やり方がわからん)。最近まで知らなかった。(笑)、これだけ。絵文字、可愛い。これだけで、小説書けないかなぁーと、すぐアホは考える。大体、漢字自体が絵文字だから、可能なはずだ。

本来なら、シニアーマン6、RHYTHMIX3、筆トークあとがき。あと三回で終了なのだ。そして、惜しまれて去る。こういうシナリオだった。39km地点で、そろそろ国立競技場の歓声が聞こえ始めている。

シニアーマン6、なんか飽きちゃったよ。すぐ、止める。あと三回、三回。勝手に、ひとりで締め切りに追われる職業作家をやっている。でも、このあと何回とか勘定始めると、なんか、急いでやろうとする。宿題じゃないんだけど。人間心理、面白い。フランス人の勤務態度にそっくりだ。毎日、春(一週間)、夏(三週間)、冬(一週間)のバカンスまで、あと何日。定年まで、あと何日。カレンダーにバッテン付けていくわけ。

でも、ブロ中のジャズピアニスト。あまり、絵にならんから、一旦はゴールインしようと思っている。で、あとがき書いて、一服して、二十二分後に、「裕イサオ新ブログ アホ小説集」なんて書き出したりする。もう、こうなると金勘定に走りたくなってくる。月給制にしてもらうしかない。この吹き零れる馬鹿頭。パトロンいませんかね?もう、仕事にしてしまえばいいわけだ。こうなると。セコイかな?一文字いくらとやると、俺は、儲かるはずだ。ページでいくらとやられると、損だ。流行推理小説作家のページになるしかない。

「えっ」

「いゃ」

その時、鹿島は呟いた。

空は、晴れていた。

バッバァーーー。

遠くで、銃声が響いた。

これで、原稿用紙の半分ぐらいはいける。

ところで、真摯なブロガーさんたちに、こんなことを言っていると、串刺しになってしまうので、突然、自慢話。先に、断ってしまうと、嫌味にならないでしょ?結果は同じ?

俺は、小学校六年生(十二歳)の時、学校で一番ないし二番だった。身長は、学校で二番目に背が高かった。100mおよび走り高跳び、県下で二位だった。そして、そして、今となっては、くくくくくっ、痴脳指数は、県下一位という記録を持って居るのだ。で、町中の優秀な中学へ、越境入学して、伝統ある男子高校へと進学。卒業する時は、ビリだった。たぶん、俺だけ、学年全体の生徒数を覚えているはずだ。とはいえ、俺がいた学年は、その高校で「伝説の学年」と呼ばれるぐらい憂愁だった。第一、俺の右側で、いつも寝ていた親友のひとりは、いまや、盗聴大学の教授だよ。半端じゃないよね。低賃金で泣いてたけど、フランス来た時。俺の地元の改行医は、皆、同級生だ。憂愁なやつが多いのだ。

五年前だ。なんと三十年振りに、皆に会った。
ホテルのロビーの右奥に受付らしきもの。おやじが二人座っている。年配のおじさん。
会場を、ちらっと覗いた。七十人ぐらいの、年配のおじさんたちが座っていた。
ありゃ、会場間違えたなと思い、レセプションへ。
「すいません、ooo高校の同窓会の会場は?」
「はい、あちらでございます」
「はぁーーー?」
これ以上は書かない。

で、身長は、十二歳でストップ。痴脳指数だけアップ。学年の順位は、憂愁過ぎて、一位を追い越してしまい、先頭の前を走っていた。メビュウス君。で、俺の後ろを走っていたやつが、盗聴大学だ。

俺は、元々、イケメンなのだが、年とともに「似ている俳優さん」が、微妙に違っている。
「二十代」松田勇作。ただし、身長差は加味されていない。たぶん、顔の長さは同じだろうが、俺の方が15cmも小さいから、六頭身の松田勇作。やはり、俳優さんは、顔だけでは駄目だということが分かった。
「三十代」田村正和。この頃が絶頂期だったのかも知れない。
日本から、遊びに来た知り合いの知り合いの娘さんなんかに、裕さんって、日本でモデルとかしてたんですかぁ?マジで、何回か聞かれたのだぞ。「まっ、まぁね」なんて返事しちゃったりして。あと5cm身長が高ければねぇーって女友達に言ったら、あの野郎、身長っていうかぁー、足がね。だって。ちきしょうめっ!
「四十代」役所広司。
「五十代」ジャッキー チェン。
俺はファンだから、ちょっと、嬉しいけど、イケメン度の低下は、もはや、明白。

俺は、二枚目で苦労したのだよ、皆さん、お分かり?
これは、意外と辛いのだよ、当事者(俺、俺っ)には。
しかし、俺は頭脳名跡だから、三枚目へと華麗なる後退をしたのじゃ。
三枚目のおっさん。いやぁー、楽チン楽チン。
自意識なんてもんは、肥えたごの中へ、ほかしてしまった(なぜか関西弁。バルタン星人の呪いだ)。だから、人前で上がったりしないのだ。

そして、ここが大切。
今の方が、女にもてるのだ。
女心って分かんないわ。

あと、二回、あと、二回。

注 編集部、大変に誤字が多いですが、作者の意向により、そのままとさせて頂きました

RHYTHMIX2

この動画の説明は、1に順ずる。以上。

動画紹介、アホエッセイと交互に書いていると、すでに、書いた。
考えたら、RHYTHMIX3で、動画紹介はお仕舞いなので、ほとんど、このブログの初期の目的は、間もなく達成。そろそろ、あとがきの準備でもするかしら。やはり、キャンディーズのように、惜しまれて去りたい。一挙に書き捲くって、一挙にブロガーの最盛期を向かえ、消えてしまう。これはこれで、格好いい(かも)。読者の皆さん、ありがとぉー、なんて、泣きながら。ただ、一度、点火した執筆狂。治まるかしら?伝説のブロガーとして、歴史に名を刻む。これも手だな。なに、ごちゃごちゃ言ってんのって!増刷、増刷、100万部っ、てな人なら分かるけど。伝説のブロガーの憂いの横顔。ちょっと、ブロ画変えようかしらねぇ。

当初、ちまちまと更新して(週二回とか)、家事の合間に、ちょっと、頭の体操。なんて考えていたら、思わぬ洗顔中の軽い咳。で、結構、重症のぎっくり腰。二週間、寝たきり、座りきり、これがブロ中を悪化させた。俺が、最後に、公の場で物を書いたのが、2001年だから、十一年の個人的断筆宣言が、一挙に解除。で、解除されると、この通り。週間更新率11.6回。村一番の元気者。しかも、関西方面の異星人と時空を超えて感応してしまった。どんどん、ピアノが疎かになり、コンサートのプロモートもほっぽリ投げ(あんた、拙いよぉー、これ)、この様だ。コメント狂も併発しそうなので、ちょっと、自制致しました(ご返信、恐縮です)。原稿用紙200枚のコメントなんて、ブログの乗っ取りだよって!俺は、アホなので、やりかねないのだよ。善意のつもりで送っていたら、ブロガーさんの分より、コメントの方が長かったりして、近所迷惑甚だしい。奥さん、このおはぎ、奥さん、このぼたもち、このチョコ、美味しいのよぉー、じゃかーしい!俺は、甘いものは食わないのって!厳しい辛口の人間なの。文体に現われているでしょって!

たぶん、一ヶ月で原稿用紙換算枚数200枚ぐらいになっているはずだ。これでは、有難味がなくなる。でしょ?でもねぇー、俺の世代、および上。ガキの頃に、「男の子は無口」という教育受けたわけね。で、この状態でフランスに来ると、「自分の意見のない馬鹿」。こうなってしまうわけ。だから、三十年以上もいると、へらへらになる。自己防衛。攻撃あるのみ。弱肉強食。「細やかな気遣い」。これをじーと、三万年ぐらい待って待って切れる。「おめぇーらぁー、気がきかねぇー」。裕一徹。ちゃぶ台をひっくり返す。で、「あっ、これ取って欲しかったの?ちゃんと、いいなさいよ、取ってって」と、こういうご返信が返って来る。分かりますか?

ところで、頭の中にアホネタが山積している。筆トークの後は、こっちを放出しようかしらね。それか、だれか、代わりに書いてクレヨン。以下、アホネタ列記しますので、ご遠慮なく、お書き下さいませ。印税は半分でいいよ。

「ハイランダー(不死の超人たち)のパロディー」
俺、やだよ、800年も生きるの。天保二十三年に、江戸の女郎屋で揉めた女と、ばったり。
おー、怖っ。
「村全体が一軒の家」
昔のフランスの城塞都市だけど、シュールだ。これは、結構、マジな文学作品に、その気になればなるだろう。
「海の水がなくなってしまった風景」
お笑い小説として書こうなんて思って、たぶん、書いている内に、絶対にマジになるだろう。
山昇りではなく、今日は、天気がいいから、海下りに行ってきまぁーす。なんていうブログもできちゃう。でも、こう書いてるけど、ちょっと、マックス エルンスト、イブ タンギーの絵を思い出して、怖い。
「逆さに生えた木々」
これは、昨日、書いたけど、根っこを観賞するわけだ。
で、現代美術家が、逆さじゃないけど、浮遊する森という作品を作っている。実際に、俺は、北フランスのアラスという町の大広場に浮かぶ人工の森を見ている。小鳥が勘違いして、群がっていた。
「突然、日本とイギリスの位置が入れ替わる」
考えただけで、面白い。でしょ?これはお笑い系でもいけると思う。
「フランス料理が、日本食だったら」
これは、マジで良かったんだけど。
「企業小説」
おい、君、(課長が)、これは、純文一課の町田に回して。これは、かなりエロイなぁー、これはH第二課。このアホ小説は、アホ第三課の裕に書かせろ。会社として小説書くわけ。

延々と書いていても仕方がない。

急に、おじさんらしい文体になる。
今年のフランスの秋は、例年に較べると、日照時間が25%少ないとテレビでやっていた。
確かに、雨ばかり降っている。雨、曇り、ほんとに、たまに、日差しがちょっと、で、雨雨。

ヨーロッパの国々は、南ヨーロッパは別だけれど、夏が短い。一年の三分の二ぐらいが、秋と冬という感じ。これは、前に書いたパリ症候群のお姉さんたちにはシビアーな季節だろう。明るいシニアーマンの俺でさえ、気持ちが純文になってくる。で、暗くなるのかというと、アルキヘンデスの定理と同じで、明るくなる。なんだか、真夏に、同じことだけど、夏のど真ん中辺りに、カンカン照りの日差しの中で、妙な寂寥感がやってきたりする。ガルシア マルケスの百年の孤独とか、深沢七郎さんの笛吹川といった小説が、頭の中に浮かんできたりする。

やはり、おっさんには、なんだか、夏という季節は相応しくないのかもしれん。

今、思い出した。マイケル ジャクソンのマネというのが、俺の宴会芸のひとつだった。
最後に、ムーンウォークやったのいつだったかしら?ダンサーの友達の家での大晦日だったはず。で、ダンサーの家だから、飲めや歌えやではなく、飲めや踊れやになる。元、デスコ狂だから、ロボットダンスだ、マイケルの踊りマネだ、最後に、前衛舞踏のモノマネ。と、こうなる。一時期、マジで、舞踏ダンサーになろうかと思ったぐらいだ。

とにかく、自分でやってみないと気が済まない。芸術芸能の自給自足だ。
一時期なんか、家にある絵だのオブジェだのは、皆、自分の作品。別に、飾ってあるのではなく、散乱しているだけ。夜、ベッドの中で読むのは、自作の小説。で、ステレオから流れるのは、俺のピアノだ。そして、楽器も、パーカッション、トランペット、リコーダー、ギター、サックスと齧った。ピアノの右下にトランペットで、右側にパーカッションなんて時期もあった。ピアノの高音部に駆け上がり、そのまま、パーカッションなんてやって居ったのだ。

あれっ、だから、マイケルのマネだったね。十五年前ぐらいかしらね。今やったら、たぶん、一週間ぐらい入院だ。やはり、肉体的な選択肢が狭まってるから、ピアノとブログぐらいでいいよね。

シニアーマン5

その日、二コルは、先生会議で、いつもより、帰宅が遅くなった。
なぜだっ?作者の勝手で、二コルは、高校の数学の先生ということに、設定したのだ。
先生会議?稚拙過ぎる。

「シニアーマン。前号までのあらすじ」
面倒なので、書かない。1から、お読み下さい。ではなく、アホ小説だから、どこから読んでも構いません。ということ。「読んでも」?。失礼致しました。どこから、お読み頂いても、読者様方へのご支障はないと、僭越ながら作者ごとき分際にて、申し上げる次第でございます。日本語って、長いよ、フレーズ。へりくだりって言うのだっけね?はなもげらに音が似ている。

で、二コル。面倒臭いね。だから、スーパーウーマンなんだけど、やっぱ、1から読んでクレヨン(このオジギャグは、町田康です)。

ところで、俺は、小説書いている頃、「前号までのあらすじ」という小説を書いたことがある。出版社の野郎っ、失礼、致しました。出版社の方々のご見識に寄りますると、駄目駄目、あんた。というお達しでございました。それで、じゃぁー、ブログは、御社を経由せずに、戯言を述べられる。すべての、アホ責任は、わたしくめにございます。はい。
どうだっ、ゲリラ戦法だよ。
すげぇー、ブロガーたちが、一杯いるのだ。覚悟せいっ!

大体、プロの物書きが、「今日はネタがなく、なかなか、書けない」なんてことを、堂々と、金もらって書いていた。昔は、だけど。今は、いないよね?知らんが。こんなのは駄目。ネタなんて、そこいら中にあるんだって。それが、プロって、もんだろう。書くことが難儀です。辞表出して下さい。そんな物書きは。書き物中毒、この筆力は、いるよ。本当に。

じゃ、まぁーいいや。ぎっくり腰で、二日酔いで、背骨神経痛で、諸々の社会的な諸々が、諸々ある。それは、俺だって、同じだ。書かないけど。で、ネタが、トレビの泉のように、この「ように」っていう安直比喩は、俺、駄目なの。陳腐で。あっ、だから、のように出てこない。こういう日も、そりゃ、人間だからあるだろう。じゃ、書かなきゃ、いいじゃん。となるけど、プロの物書きは、これが仕事だ。書かないといけない。そりゃ、そうだろ。で、ピアノ弾きが乗らないから、弾けない。串刺しだって、そんな野郎。こっちはね、お客さん(読者)が、その場にいるのだ。

小説家、物書き、良い仕事だよ。自分では、一切、動かない。寝椅子に横たわり、主人公の名前だ、見てくれだ、社長だよ、勝手に決めて、むふふふふふ。自分では、一切、動かずに、
「いゃぁーーー、最近の若い者は、細菌です」とか「今日は、僕、体調が悪くて、いゃ、なに、インテリは体も僭越じゃない、繊細なのです」「書けないですねぇー、世界が、醜悪過ぎる」。なんて、言ってればギャラが入る。

たとえば、すべての木々が逆さに生えている。これは、現代美術家の一人が、本当に、作品化した。名前、失念。それから、村ぐらいかな、これが、一軒の家だったら、どうなるのだろう。畑の真ん中に、一軒の家。ありゃ、昔の城塞都市じゃ。やはり、昔(年寄り)の方が、進んでいたのだ。

ありゃ、紙枚が尽きた。全然、前に進まない。
談志師匠と、同じ。

「次回のあらすじ」
二コル、別嬪、キュートな姉ちゃん、スーパーのパーキングで襲われるが、
バットマンライジングの本物の、衣装を着た、シニアーマン(おっ、俺だよ、俺っ)が現われる。
スーパー界での、男女バランスは?
だれか、続き、書いてくれない?
(衣装代がね、出ちゃうんだよ。儲かるよ、これは。しかも、ギャラが凄い)。

企業小説っての、どう?
企業の話じゃないの、だから、ネタがなくなるのって!
一本の小説を、仕事として書くわけ。会社員として。

2012年10月17日水曜日

RHYTHMIX1

このシリーズは、今のところ、三本。
俺自身、気に入っている。この動画しか、自分では見ない。

若向けに作ったのか、といわれると、そんなことはない。ような、そのような.....。
おっさん(俺)が若かった、つまり、デスコ(俺の郷里では、こう発音する)に行っていた頃を、思い出して作った。けど、おっさんが作ったから、本当に、若向けなのかは分からない。大体、世界の音楽市場がどうなっているのか、今ひとつ、把握できない。だから、むしろ、俺と同世代の方に聴いて欲しいの。おっさん、おっさんって、るせぇー、この若僧。と、人生の先輩連からは、ご批判の嵐となる。

ところで、俺はパソ音(パソコン音痴)だ。若者言葉のはしょりを使うと、こうなる。と、思いきや、俺の研究結果は、たぶん、「パソ痴」「音パソ」「パチオン」とか、結局、分からない。でも、はなもげら(ミュージッシャン用語)化すると、「コンパソチーオン」で、最終形は、「パソチー」。あれっ、良く考えたら、若者どもが、こっちのマネしてんじゃねぇーの!参ったかって!こっち(ジャズ屋)の方が、「先を行っている」のだ。たぶん、これは、本当だと思う。

大体、今のガキの大半が、とっつぁんになると、絶対に、あの「俺が若かった頃は」って、ガキに説教したりする。はずだ。ないしは、発言力ゼロのアホ大人か、どっちかだろう。後者系が多いのかしらね、日本国は?そんな感じ(ローラ)。

だから、俺は「パソチー」だけど、ピアノは、一応、弾ける。ピアノとパソコン、どちらが難しいのか?自問してみる。分からない。

どっちも、叩けば、音ないし字がでる。指があれば、一応、なんかはできる。おっ、残念でした。ピアノは、ペダルがあったよ!ペダリングの方が、演奏より難しいかもしらん。本当に。これは、マジでそうなんですよ、演奏の全体像が、これによって、がらっと変わってしまうのだ。ジャズ屋は、あんまり使わない傾向がある。

俺のピアノ暦は、五歳から十二歳。再開したのが三十五歳。ジャズ屋としてプロ登録したのが、シジューで、今、五十三歳。計算すると、おぉーーー、二十五周年。四半世紀もやっているのに、この程度。これも、なんだか、感慨深い。進歩の速度が超絶的に遅い。けど、やはり、この「常に進歩している」。これが大事ということに、勝手にしてしまう。延々と頂点が来ないから、退屈しない。あの、「参加することに.....」だ。

で、ピアノは、西洋の知が作り上げた論理としての音楽というものを、形にしたもの。もう、西洋文化そのもの。ある意味、世界初のコンピューター。もう、複雑な音楽理論が、ぜぇーーんぶ、中に入っている。よく、まあ、こんなもの作り出したと思う。でも、何回か書いた(はずだ)けど、これが絶対的なものと思い込んでは駄目。ワン オブ 音楽ズ。この中に入っていない音も沢山沢山ある。これを忘れては駄目よ、っとなる。金子みすずさんの詩を借りると、三味線、尺八、太鼓、ロック、ジャズ、クラッシック、演歌、童謡、民族音楽、風の音、水の音、木の葉の音、みぃーーーな違って、みんないい。俺は、ジャズファナティックではない。今は、ガールズグループしか聴かない。

ということは、わたくしは、ピアノというコンピューター操作は、二十五年も掛かったにしても、稚拙ながらできる。のに、現代のコンピューター操作は、まともにできない。大体、パソコン買ったの、今年の五月だよ。今時、いるんだって、俺みたいの。家にあるテレビも画面が小さいけど、奥行き、50cmぐらいの、映る粗大ごみだ。二度落っことして、前後に割れている。どっちにしろ、サッカーの試合しか見ないから、十分なの。

やはり、コンピューターの方が、難しい気もする。でも、たかだか、四、五ヶ月で、一応、動画なんて作れるようになったから、やっぱり、ピアノの方が難しいかもな。どっちでもいいけど、確実なのは、パソコン叩けても、お姉さんにもてないけど、ピアノは、ふふふふふ。そのために弾いて居るのじゃ。ミュージッちゃんは。

ははは、ここまでが、前置きなのね。それで、結局、何を書きたいのかといえば、いかに、俺は頭がいいのかということを、遠まわしに書きたいだけなの。そっ、泣く子も黙るRoland RD-700GX。世界最高峰のステージピアノ。ピアノおよびシンセサイザー。で、要は、ピアノとパソコンが合体したもの。算数上、相当の知能指数がいることは、お分かりになられるかと思う。で、俺は、このマシーンを使いこなせるのだよ。尋常な知能指数ではないことは、お分かりに........。くどいっ!

半分は本当のような、半分以上は嘘。動画のコメントにも書いたけど、このシリーズの1および2
は、ローランドの機能を把握して、和音が二つぐらい弾ける。そして、出来たら容姿端麗で、最後まで、俺はプロだと公の場で言い張れる人なら、だれでも作れるのです。試しに、どうぞ。ちょっと、お金は掛かりますよ。高いよぉー、このステージピアノ。後、支えの足もいるし、スピーカーが内臓されてないから、かなり、高価なアンプも買わないといけないし、諸々を接続する、ハイクオリティーのコード類もいる。先行投資で、まだ、全部、回収していないのだ。

2012年10月16日火曜日

ランキング

俺が、一番最初のブログを書いたのが、今見たら、今年の九月十三日。それから、毎日、しこしこ書いた。閲覧データを見ると、何人かの方が読んで下さっていることは、分かった。ありがとうございます。で、インターネットを見ていたら、ブログのランキングサイトというのがあるらしいとなった。ふむ、これは、面白そう。俺のランキングなんて、本当にどうでもいいのだけれど、他の面白いブログを発見できるなぁーというのが目的で、登録してみた。

そして、困った。リンクバナー。なんのことか分からない。で、分かった。で、今度は張り方が分からない。Bloggerが、特別にややこしいのかなぁー?(はい、これは本当)二日ぐらい、いや、もっとだな、調べ捲くって、やっと、貼り付けた。へとへと。今度は、アーカイブの整理の仕方が分からない。後で、やってみますね。右側に執筆狂のブログ一覧が、どわーーーーーと出ている。レイアウト上、あまり、美しくない。とにかく、これ以上、シンプルには出来ません、という方向を考えている。

大体、このブログ。動画紹介。アホエッセイ。動画紹介。アホと交互に書いているのだが、これで、四十五回。ランキングの更新率では、どうも、一位の気がしている。週平均11回とかなっている。よっぽど、本業のゴトシ(仕事)がねぇーんだろうなぁーと思われても仕方がない。実際、そうだもんな。でも、勤務時間は、夜なのね。キャバレーと一緒で。日中は、だから、主夫なの。そして、俺のブログは、毎回長い。原稿用紙換算だと、良く分からんが、150枚-200枚ぐらいは書いてるのだろうね。昔、500枚ぐらいの小説書いてたから、別に、あんまり感じないんだよね。
でも、週の更新率が0.1回なんて方もいて、面白い。どうして、ブログなんか始めたのか、その最初の理由が分からない。

すっかり、ブロ中(ブログ中毒)になってしまったが、やはり、矛盾しているが、物を書くこと。暗い、湿っぽい。美術、製作時に結構体を使う。音楽、特に俺に関しては、スポーツに近いところもある。達成感があるし、お客さんが横にいるし、打ち上げで騒いで、明るいのだ、現場が。

ところで、もともとの趣旨が、YouTube動画のプロモート用のブログだから、やはり、同系列のBloggerがいいだろうと、素人なりに考えたのだけれど、本当にそうなのか、パソコン音痴には分からない。でも、Googleで、自分の名前を叩くと、動画、ブログとどばーーーと出てくる。いいのかしら、こんなにページ使っちゃって?それから、イギリスの音楽雑誌のサイト、スタンダードジャズ、今週のお薦め、お笑い動画、裕イサオを聴けっ、いろんなサイトで、俺の動画が紹介されていた。イギリス、フランス、日本。日本語ですが、改めて御礼申し上げます。ありがとうございます。

昨晩、寝転びながら、ブログ巡りをした。もともとのお気に入りがふたつ。昨晩、さらにふたつを登録。良く見たら、すべて女性。若いお姉さんx2。同世代x2。こういう配分。もともと、変な日本語だけど、女流詩人、女流作家が大好きなので、このようになった模様。別に、俺は、おかまじゃないのだけれど(マネは超上手いけど)、おばさんがおばさんの生態を書いている。おばさんが、これをするには、ちょっと、男らしい視点(作家目線)が必要だから、男の俺が読むと、そのパラドックスが面白い。そして、アホとマジと可愛らしさと年輪。やはり、ご拝読姿勢になります。作家目線おばさんは、両性具有者。諸々の要素の集合体で、可愛い。でも、おばさんそのものブログは、読みません。オジサンも同じ。逆に、俺らは、おばさん目線を内包しなければいけないのだ。で、若組みは、今、突っ走っている最中の若い日本の娘の視点、生態、それから若々しい詩的な叫びが、おっちゃんジャズ屋の中枢神経に刺激を与えてくれる。目を細めて応援して居るのだよ。うんうん、いいよなぁー。いいよなぁー。あの、志村さんのいいよなオジサン。

男どもは、すぐ、エーカッコシーするのだ。あと、どうしても、知識、博学、年輪とか、読む方の上に立とうとする。そういう生物だから、そうなんだけど、おばさんは、そんなことはしない。地上に生息しながら、じっと、見ている。こちらからは分からないのだ。その筋のおばさんが。潜みおばさんたちが。ひそみちゃんたち。

で、ブログ。やはり、匿名(ペンネーム)、プロフィールなし、写真なしが多い。
諸々のご事情が、当然、あるのだろう。それくらい俺だって分かる。で、ご覧の通り、俺のやつは、名前、写真、プロフィール。ぜぇーーんぶ、明記してあるので、ご安心下さい。怪しいものではございません。あっ、それで、お褒めのコメントは匿名で全然構いませんが、ご批判コメントは、お名前明記。俺は、これは、筋だと思っている。俺の動画のひとつに、「低評価マーク」が付いていた。もちろん、まったく構わない。でも、ちょっと、失礼だけれど、「なんだよぉー、このピアノ」って、思う方も多々いらっしゃるはず。でも、たとえば、俺が逆の立場だと、低評価を、クリックしたりはしない。興味ないものに、そんな労力は使わない。で、わざわざ使うということは、なんらかの理由があるはずなので、当事者としては、お伺いしてみたい。やはり。あんまり、感情的だと困るけれど。あんたの顔立ちが、大嫌いだっ、とかは困るわな。

それで、自分のランキングは、どうでもいいと書いた。本当にそうなんだけれど、だだ、書いているからには、「圏外」ってのも、ちょっと、寂しいねぇーと思っていた。まあ、何ヶ月かして百番以内を目標ってな感じだった。ところが、予測を裏切り、なんだか、結構、上位にいる。で、このINとOUTの配分が面白い。実は、俺の周り、仲間の一部も、読んでくれている。メールだ、電話来るので、当然、分かる。閲覧回数を見ても分かる。そして、面白いのが、俺も、もちろん、ちょっと前まで知らなかった通り、このリンクバナーの意味を、俺の仲間たちは知らないのだ。だから、INポイントが、全然伸びない。でも、放置。アナログ仲間に説明する気にはなれんよって。ということは、俺のポイントはOUTで、となる。ふたつのランキングサイトのポイントを分析したら、俺のブログ。以外とOUTポイントが高いことが分かりました。ありがとうございます。深謝。

内容ではなく、量で勝負。ちょっと、俺のピアノの饒舌体に似ている。音数、無駄音の量で煙に巻く。んで、なにを勝負している訳?あんたは。
あっ、そうじゃない、動画の方こそ、ご視聴(専用スピーカー要)、よろしくお願い申し上げます。
俺、ブロガーじゃないんだよ。ミュージッちゃん。
ふふふふふ。段々、本末転倒。動画のプロモートだったぁ!

サマータイム

今数えてみたら、この動画がアップロード順で、二十二番目。まあ、短期間で、よくアホのように作ったと思う。ブログを始めた最初の頃に書いた通り、ちょっと前まで、パソコン系は、もう、全然、豚に真珠だったから、凄い進歩ではある。

この曲の解説はいらないでしょう。ガーシュインの名曲。でも、俺はガーシュイン、あまり好きではない。この曲だけ、ちょっと、特別に愛している。もうひとつ、夏の曲の代表は、ミッシェル ルグランの「思い出の夏」。こっちも好きだけど、自分で弾こうとは思わない。

どちらも、あの「真っ赤な太陽.....恋の季節なのぉー」の夏ではなくて、夏の終わり、夏と秋風が交錯する頃、恋の終わり、宴の後、ナニの後の虚無感とか、まあ、熱いものの終わりの始まりといった趣。どきぃーーー、シニアの心境そのものではござんせんか?

なんぼ明るく振舞ったって、宴はおわっとるわいな。でも、まだ、初老という秋風は感じるけど、まだ、俺は夏の終わりにいるとか、第二の思春期みたいな年だ。でも、この名曲を聴くと、やはり、そこんとこが、いかしてる。

はい、お酒は、ほとほどに。タバコは、健康を害します。すいません、でも、なんかこの曲だけ、いつもの俺の感じで弾きたかったのね。いつも、赤ワインをちびちび。時々、タバコってな感じで練習している訳。で、動画のコメントにも書いた通り、俺のピアノは、饒舌体。音数が多いのだ。で、このへらへら度を少し抑制するために、タバコを吸うと、やはり、灰が気になったりするから、手数が減る。減った分、ちょっと、渋みがでる。そうしないと、自然体では渋みがでないのだよ、おやじなのに。半分は、言い訳でした。

やはり、ジャズエッセイなので、奏法について、ちょっとだけ書く。
その道の方がお聴かれになると分かる通り、オリジナルのコード進行は遵守して居る。ただし、以前書いた、ルートレスの四和音でやっている。でも、それだけだと、初老ジャズになるので、なんのなんのとAsus4とBsus4で、リズミック、ダイナミズムを入れて、俺は、まだ、夏なのだぁーと抵抗。で、右は、いつもの、メロディーを遵守しながら、装飾音とブルーノートと下手隠し煙幕早弾き技法。以上。一ヶ所、高音部にミストーンがあるけど、日頃、「間違った音」はないと豪語している俺としては、あえて無視。で、演奏自身は気に入っている。夏と秋が交錯していて、おやじピアノらしい。でも、坂田明先輩のこの曲は、真夏系にアレンジされていて、やはり、脱帽。若々しい、本当に。

ところで、ピアノの練習なんだけど、それは、もちろん、する。
で、よぉーし、この曲、覚えるかぁーと決めて、まず、譜面通りに弾く。で、アホのように何度もやる。その内、なんか、指が勝手に弾いて居ります。わたくしではございません。一切の責任は、指にございますので、クレームは、そちらへ。欠陥曲の返品には、お答え致しかねます。となる。ここから、編曲というか変曲を開始する。それで、何度やっても躓く曲とかがある。どう練習しても、一ヶ所だけ、上手くいかない。ないしは、曲全体が体に入らないとかが起きる。

はい、こういう時の対処は、単純だっ。
躓く部分をカットするか、躓かないようにアレンジしてしまう。それも駄目駄目のケースは、もう、レパートリーからカットする。でも、あまり、カットばかりだと、レパートリー、はい、三曲ですとかなってしまい。たとえば、ソロピアノで一時間十五分のコンサート。これは、辛い。俺も、お客様も。とはいえ、ピアノ教室の発表会じゃねぇーから、裕さんは、とにかく、一生懸命弾きました。これでは商売にならない。ジャズ屋が、「努力の後」なんて見せて、どうするの?となる。だから、ノリが、やはり、優先。まっ、努力しないと弾けない曲なんてのは、お客様の前にはだせん。でも、努力はしないとね。やはり、こういう態度だから、若者に説教だの進言なんてものが、いつまで経ってもできない。それでも、クラッシックピアノをやっているお姉さんが、教えて欲しいとか来る。で、教えない。教えられないのですよ。たとえば、リズムのシンコペーションだの、出だしが半拍のさらに半拍、遅れて出るなんてのは、もともと、俺の頭がズレているだけなのね。脳内欠陥は、人には教えられないって。

ガーシュイン。あまり好きではないと書いたけれど、夏の曲を短調で書いた辺り、やはり、粋だ。名曲なのに、俺は、この曲、宴会芸で、美川憲一、美空ひばり、よく分からないおかまとかの物まねでやる。全然、この曲の粋を理解してないのかも知れない。いや、しようと故意にしてないのかもね。あんまり、相応しすぎて。

突然の文学談義

十代後半から、二十代前半に掛けて、せっせと詩を書いていた時期がある。
もう、三十年以上前だ。仮に、その時の俺の年齢を二十歳とすると、生物学的には、確かに同じ人間なのではあるが、俺には、なんか、知らない、赤の他人に思える。

その二十歳の彼は、新宿下落合の下宿で、酒飲んでジャズ聴いて、詩を書いていた。
その頃書いた詩。もちろん、詳細は忘れてしまったが、観念語と抽象語と外国語で、生とか性とか死とか人間とか、そういうことを書いていた。まあぁー、暗ぁーーーい、あんちゃんだった。

と、年寄りの俺が、二十歳の俺に、「上から目線」だ。それはおかしい。その俺は、一生懸命書いていたのだ。年寄りの俺に、俺が、なんだかんだ、言われる筋合いはない。若い。別に悪いことではない。オジサン、ジジー、別に悪いことではない。でも、どちらも、そんなに良いことでもない。どっちなんだよって?

結局、もとには戻らんから、今の俺の方が、素敵ということにしないと、俺自身の辻褄が合わなくなる。でも、年輪を重ねた。たぶん、頭を半分コすれば、バウムクーヘン。とは残念ながらならず、「空洞化」している。はずだ。二十歳の彼の方が、絶対に、セクシーだった。あれっ?
大体、シニアというジーちゃんになって、分別、年輪、重み、貫禄、他人への思いやり、渋み、恰幅etcetc。ひとつもない。お金も、ない。だからなのかしら?

その彼が、現代詩と呼ばれるものに出会ったのは、東京の国立の古本屋で購入した、田村隆一「詩人のノート」だった。田村さんの詩、その他の諸々の詩人の詩、ユリイカ、現代詩手帳。この辺りを、むさぼり読んだ。それから、今でも、ここだけ変わらんのですが、詩人の詩より、エッセイの方が面白く、こちらも、むさぼり読んだ。

「突然の追記」(割込み)
「上から目線」のもっと上は、「天から目線」
これは、だぶん、世界文学史上、深沢七郎さんしかいない。物書きとしては。
「吉岡実」。俺は、大ファン。まず、格好いい。人柄が、途轍もなく「良い人」。言葉の職人さん。はったりが、まるっきりない。で、この「良い人」が、とんでもない「暗黒詩」を書いていた。この、とんでもなく、良い人に映った世界が、グロテスクだった。だから、こちらの問題なのだ。
「富岡多恵子」。もう、ずっと、大好きで、詩に愛想をつかした詩人。彼女の影響は、俺の世界観の中枢を担っている。「詩作るなら、田んぼ、作れっ」って、はっきり、言い切った。もう、目がうるうるした。

あっ、後、番外編だけど、謎の沼ショウゾウさん。すいません、漢字、忘れた。
世界マゾ文学、間違いなく、第一位。

 注 これぐらいに、しときますね。次回

で、その暗ぁーーーい、自称詩人のあんちゃんの頭の中に、なんとなく、もわぁーーーんとした疑問。自分で詩を書いてみると、なんだか、一行で十分という時と、もう、原稿用紙五百枚ぐらいないと書き切れない時。要は、なんだか、真ん中がない。

たとえば、前者の例とすると、田村さんの「詩の一部である一行」(最初のは前にも書いたけど)。「時が過ぎるのではない 人が過ぎるのだ」「鳥は鳥の中で飛ぶ」。
どう考えても、これで十分という気がする。

で、後者の例。急に、どぉーーーんと行ってしまうが、ヘンリ ミラーの「北回帰線」。これは、俺には長大な散文詩なのだよ。

要は、なんだか、十五行とか二十行ぐらいの、いかにも詩らしい詩が、どうにも書けない。うんだば、小説かぁーとなって書いてみた。これは、前に書いた通り、シジュー前半まで、無才能を理解しているくせに、しつこく書いていた。でも、どうにも違和感が取れない。なにが?たとえば、

「あれ、おかしいな」と、その時、辰男は思った。その日は、夕焼け空だった。
「おぉーーーい」。遠くから、明子の声が聞こえた。
 木々の葉脈が美しく、夕焼けの、淡いオレンジ色に透けていた。辰男は.....。

と、この会話だの、登場人物の名前だの、最終、この物語(プロット)の設定。これがどうしてもできない。脳内欠陥としか思えないのだが、どうにも、皮膚感覚みたいな感覚で、おぞましいのだ。照れてしまうし、全能の神さまみたいだし、こんな、人間(富岡多恵子さんは、ヒトと書く)の鳥瞰図を、ワン ノブ ヒトの俺に書ける訳がない。なんだか、いきなり、はい、裕さんも、セーター編んでくださいねぇー。編み物、いかがぁー。俺は主夫だから、編み物までは、手が出ないよって!

こうなると、詩も駄目。短歌俳句も考えたが、どうもピントが合わない。小説も駄目。で、元々、へらへら体質の執筆狂、しかも、ピアノ弾きだ。この中毒体質に合体ロボできるもの、その通り!このエッセイというのがぴったりなのだね。考えたら、あんちゃんの頃から、読むのが好きだった。大体、俺の大好きな、そのヘンリ ミラー大師匠なんだけど、考えたら、彼は、エッセストだったのである。勝手に断言してしまうのだよ。「北回帰線」。まあ、散文詩のようなエッセイだ。はっきり言って、もう、その日暮らしで、思い付いたことを、片っ端から書いただけ。計画性が、まるでない。フリージャズ小説大賞は、やはり、ヘンリに差し上げます。

むくつけき やつの頭は どたまかな
山茶花 山茶花 えっ、いつ咲いたの?
(短歌俳句は、代表作で、この程度だよ)


お粗末でした。
 

2012年10月15日月曜日

朗読「金子みすず」

この動画の正式なタイトルは、和田美津代 朗読「金子みすず」ピアノ 裕イサオ Poetry Reading「Misuzu KANEKO」。1および2となっています。和田さん、和田さんの撮影、パナフィック ライフ 佐藤さんの、ご協力、ご了解のもとに制作致しました。この場を借りて、改めて厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。

Part1 私と小鳥と鈴と 積もった雪 大漁
Part2 美しい町 星とたんぽぽ 蜂と神さま

ご覧の通り、代表作六篇の朗読および、各作品への私の即興ピアノソロが収録されています。

まず、最初の私の素朴な疑問は、みすずさんの詩に音を付ける意味があるのだろうか。
何日も考えてみたのですが、いつも同じ結論。「ない」。

私のような三文ピアニストがという意味もあるのですが、ピアノのレベル以前に小宇宙として完結しているみすずさんの詩に「音はいらない」。やはり、何度考えても同じ答えしか出てきませんでした。私なりのみすずさんへの敬意なのだと、自分なりに理解致しました。

後日、和田さんの素晴らしい朗読を拝聴させて頂き、気持ちが変わりました。「よし、この朗読に音を付けてみよう」と。それから、何度も何度もみすずさんの詩を読み返し、和田さんの朗読を聴き返しました。それから、それぞれの詩に幾つもの即興演奏を試みてみました。

「私」、「私のピアノ」、「自己表現」。今回は、そんなものは、すべて無効になって、みすずさんの詩、和田さんの朗読、ひたすら、「ピアノに演奏」してもらうように勤めました。私は、単なるピアノを操作している技師というイメージで、諸々を試みてみました。それなりに、技師なりの成果はあったかな、と思っています。日頃、私私私のオンパレードのような演奏をしているピアニストには、大変に難儀な作業でへとへとになりました。そして、ほんの少しだけ、みすずさんの詩に近付けたような満足感が残りました。

金子みすずさんの詩について、私のようなものが、注釈を付ける必要はまったくありません。
みすずさん自身が、「私」を超えて、小鳥、鈴、積もった雪、鰯、挿絵、星、たんぽぽ、蜂と一体になっている。その目線で詩を書いた。

没我とか超自我とか、たぶん、文学用語で呼ばれるのでしょうけれど、そんな難しい解説の必要さえないでしょう。みすずさんは、世界を構成する諸々と、ひとり静かに感応していた。それだけです。そして、それが、実に平易な日本語の短い童謡として紙面に残された。

みすずさんは、二十六歳で、自ら、向こう側へ行かれてしまった。
あまりに透明な目線と、宇宙的な優しさに、良く分かりません、みすずさんの肉体が耐え切れなかったのかしら、と、私自身は呟いてみます。

この二本の動画は、「私の動画」ではなく、先出のお二人のご協力の賜物であり、みすずさんへの敬意そのものです。

ご視聴頂けますと幸甚です。

裕イサオ


シニアーマン4

「もしもし」、俺は、送信してみた。「はい」。日本語だ。「ミドルウーマンさんですか?」「はい」。「ありゃ、日本人なの?」「いいえ、フランス人です」「ありゃ?ありゃありゃ。で、あんたも?」「はい、三日前に」「スーパーの買出し、好きだったんだ?」「はい」「俺と一緒だ。困ってんだろう?」「はい.....」。

俺以外に、もうひとり、スーパーウーマンが誕生してしまった。逆に、続々と登場してもらうと、こっちも助かるのだけれど。それが、普通になっちゃえば、隠す苦労がなくなる。けど、世界経済とかは、どうなっちゃうのだろうね?

皆、スーパーマンとスーパーウーマンになってしまうと、たとえば、日本の国技の相撲とかは、どうなっちゃうのかしらね?勝ち負けなくなっちゃう。早過ぎて見えねぇーし。

考えたら、スポーツは全滅だ。そもそも、心と体を鍛える。これ自体がなくなってしまう。

「野球」

「五回表、打順は、四番落合からですが、いゃー、張本さん、今年の北別府は調子がいいですねぇー」「あー、大きく振りかぶり、初球」ずばっ。「おー、2221kmを記録致しましたぁー」「さすがの落合も、手が出なかったですねぇー、張本さん」「いや、初球。様子見でしょう」「さあ、第二投」ずばっ。「張本さん、今のはカーブですかね。1887kmとの表示が出て居ります」「まあ、打ち気を誘うスローカーブでしょうね」「落合、見逃しました。追い込まれましたぁー、中日、落合」「おっ、落合、バントの構え。第三球目。あっ、大きい大きい、ホームランかぁー、さすが落合」。球は、中日球場から、岩手県の千厩まで飛んで行った。

球、見えない。ベースランニング、見えない。全部、ホームランか三振。このふたつしかなくなってしまう。

「サッカー」

「いやぁー、釜本さん、今の中田のゴールですが、ポールがへし折れましたね。これでは、さすがの川口も、ちょっと」「いやぁー、今期の中田からすれば、ゴール自体をイタリアまで飛ばすぐらい、どうってことないでしょうね」「しかし、川口も、良く、ここまでセーブ致しました。ゴール圏のシュートが、これで、本試合、1892本目でしたからねぇー」

バスケットの点数みたいになるか、ゴールキーパーも半端じゃねぇーから、全試合ゼロ点か、どっちかだ。

「卓球、テニス」

「愛ちゃん、がんばってますねぇー」
延々と、応酬しているだけ。こんなもん、だれが見るのって!
大体、玉も動きも見えない応酬だよ。シュールだっ!

「水泳」

「鈴木大地、飛び込みました。ゴールイン」
水面の漣しか見えないし、勝敗がない。

「マラソン」

「アベベ、ゆっくりとスタート。一服、しましょう。はい、記録は、五分三十二秒」
種目として成り立たない。

でも、引越屋さんなんかは助かると思ったら、職業として成り立たない、考えたら。

「ちょっと、そこのピアノ持ってきて」「へっ」二秒後には、そこにある。
「俺、縦列駐車だめなんよ」別に、道の真ん中に止めて、ちょっと、「よっ」て、指ではじけばお仕舞いだ。お家の日照問題なんかもなくなってしまう。ビルごと、移動されちゃう。で、いじめなんかもなくなる。いじめようがないでしょって。それはそれで良いことだわな。飛行機会社もいらなくなっちゃうしな。「ちょっと、この書類、メルボルンまで持って行って頂戴」「へえっ」部下が、オフィスの窓から飛んで行っちゃう。仕事ははかどるどころか、朝九時出社で九時十五分には、皆、終わってる。飲み屋もなくなっちゃう。酒、タバコ関係も全滅。

では、なにが残るのだ。衣類はいるわな。食べ物は、なくても良くなっちゃうから、コンビ二なくなっちゃうな。あれっ、考えたら車いらない。交通機関自体がいらない。二酸化炭素はなくなって良いことだけど、皆で、飛び回って、地球のオゾン層は大丈夫なのかな?そうか、なんも排出しないから、いいのか、それは。ということは、地球にはやさしいよね。大体、暴力沙汰とか、諸々の犯罪もなくなっちゃう。スーパーマンの家に、スーパーマンの「こそ泥」。そんなこたぁーねえだろうって。空中衝突、大丈夫かな?横断歩道とか信号とか、空に浮かべないといけないよなぁー。

お家と衣類だけなの、必要なのって。じゃ、これ関係だけだ、産業で残るのは。でも、人類全体、この業界で仕事するわけ。無理があるな。それも。じゃ、芸術、芸能だね。

考えたら、そうなると世直しもなくなっちゃうから、皆、相当、暇になっちゃうよな。
やっぱ、暇潰しは、芸術、芸能だけじゃん。ジャズピアノとか。

でも、皆、めちゃくちゃ上手いから、だれも、聴きに来たりはしないよな。

早くプロット決めて、書けって!
作者が紙上で、どうしようかぐずぐず。早ょーせいって!
わぁちゃー!

はい、
俺は、シニアーマンなので、同類を探知できる。今のところ、残念ながら、彼女だけだ。やはり、そうしないと、先に進めない。皆一緒だと、なにもかも成り立たない。

俺とまったく同じで、三日前の朝に異変に気が付いたらしい。で、やはり、ちょっともじもじ悩みつつ、正義感と良心に追い立てられ、サロンの窓から飛び立ってしまったそうだ。名前は、二コル。三十八歳。いつの間にか、婚期を逃したオールドミスと、自分で言っていた。日本語は、三日前までは、まったく話せなかったそうだ。

近々、お会いしましょうねって言って、その日は交信を打ち切った。文字通り、飛んで行けば、すぐにお会いできるのだが。

前から不思議に思っていた。婚期を逃したオールドミスに、飛び切りの美女が多い。あんまり、綺麗なのも、男どもには、とっつき難いのかしらね?確かに、家の中に、パメラ アンダーソンみたいのがうろつかれると、日常が破綻してしまう。なにも、アレ以外は、手に付かなくなるし、たぶん、顔はどんどんお猿さん顔になってしまうだろう。会社に行く気なんか起きないし、上司の説教なんか耳に入るわけがない。鼻の下が、だらぁーーーん、目はべズリー。股間は木の字。俺のケースだと、ピアノが弾き難いことはなはだしいし、大体、コンサートは、全部、キャンセルだわな。

いったいなんの話を書いてるの、あなたは?
えっ、俺のこと?

2012年10月14日日曜日

スペース1

はい、こちらフランスのパリ郊外。今日も、雨。なんだか、毎年、四季の配分がいい加減になってきている。地球も疲れてるんだろう。メリハリがなくなってきた。今年、七月から八月中旬。雨雨。庭のミニ畑のトマト全滅。いんげんだけ、収穫。パセリ君は、毎年、引き篭もりで、今年も発芽しない。褒めても叱っても、発芽しない。ちょっと、彼には、お手上げだ(俺の思春期を思い出す)。八月中旬から二週間ぐらい真夏日。九月、秋晴れ。中旬から、今日まで、雨雨。と、大雑把な印象。このフリージャズみたいな変則リズムのせいで、無花果、葡萄、梨、林檎。果樹系も、全滅。なんだか、芝生だけが生き生きしている。

はい、それで、この動画。この曲は、あんたがたどこさ、ソーウァットと、結構ハイになり、なんとなく、自分への労いみたいな感じで作ってしまった。もちろん、正直、マーケッティングの意味もある。YouTubeへアホのように動画二十七本をアップロード(現在は、小休止)。逆に、俺のことを知っている連中には、あまり、宣伝していない。むしろ、俺の知らない方々の反応を見てみたかった。金子みすずさんシリーズの二本を除いた曲のスタイル内訳を書いてみる。

「アコースティックピアノ」
即興演奏(まあ、典型的なフリージャズ)
ジャズのスタンダード
自作および日本の童謡を編曲したメローな曲(ちょっと、陳腐だけど、聴き易い綺麗な曲)

「シンセサイザー」
ジャズロックぽい曲
ローランドの自動アルペジオの機能を使った、ディスコ風の曲
そして、このスペース1(2が、ちっとも、できない)

こんな感じ。当初の予想とは裏腹に、カテゴリーごとの再生率は、まったく関係ないことが分かった。もう、曲ごとにまちまち。なんか検索エンジンの表示の仕方にも関係しているのか、パソコン音痴の俺には分からない。この結果は、「まったく、マーケッティングにはならないことが」分かっただけとなった。でも、何週間も再生されなかった曲が、突然、どばーと再生され始めたりと、やはり、インターネット様のなさることは、いまひとつ分からない。

で、ブログも同じで、俺を知っているやつには、あまり、宣伝していない。知らない方々に、どの程度、読まれるのか。それ以外に、面白いブログを発見するため、こちらの方が大きい。あっ、その前に、動画のプロモートのためというのがあったが、こちらの効果は、ほとんど、今のところはない。大体、ブログ自身、ほとんど読まれていないから、当然だ。タイトルとか紹介文が、やはり、興味の対象になり難いのだろうなぁーとか思ってるけど、他に書きようがないの。やはり、おっさん、この全体の老朽化は避けては通れないわ。まあ、順位なんて、どっちでもいいので、しこしこ、しつこく書きまくるだけだ。前に書いた通り、フリージャズ屋は、そんなことではめげない。お客様が、たとえお一人でも、手は抜かん。数の問題ではないの。

急に、「フランスというスペース」。
以前のブログと重複するが、俺の家は、パリから35km離れている。でも、丘の上に建っているので、パリのデファンス地区の高層ビル群が見える。この見晴らしが気に入り、フランスの不動産バブルが始まる前に購入した。今からでは、俺の収入では購入は不可だから、人生設計上は、当たり。で、英語式にいうと、シティーハウスというやつで、左右がお隣りとくっついている。半地下(丘の斜面なので、入り口が一階で、庭のレベルが地上階)、一階、二階、屋根裏部屋。同じ通りの家々の基本構造は同じ。ただ、「その収入差」が、「家の幅」になる(奥行きは、増築しない限り、基本同じ)。俺の家は、同じ通り小さい家ランキング、三位だ。豪邸に挟まれた小さな家。なんかジャズ屋に相応しく、気に入って居る。俺の左側の家は、大学の先生。俺の家より、幅が1m少ない、ジャズ屋の勝ちだった。どうでもいいけど。ただ、この通りは、この町では、「高級住宅街」として知られているから、住所を言うと「金持ちと勘違い」される。お金があるならともかく、この「勘違い」は、営業妨害だって。玄関に、俺の収入を張っておこうかしらね。村八分になったりして。貧乏人は、住まないで下さいなんて、書き込みされたりして。

注 各家の母屋からの庭の奥行きは二種類
  小道まで延びている家は、たぶん、100m。途中で、石垣でちょん切れている家が60m
       俺の家は後者。庭の面積の算出は簡単。家の幅x奥行き。当然だけど
  俺の庭は、広いというより長いのだ。家が小さいから、そうなる

で、サロンの窓から、俺の家の庭、左右のお隣りの庭。そのお隣りの庭。それから、もっと先の森。とにかく、諸々の木々が見える。ただ、おっさんのくせに、木々の名前が、ちっとも、分からない。剪定の仕方は覚えたけど(庭全体がキュビズムから、段々、シュールリアリズムになってきたので、必死で覚えた)。とりあえず分かるのは、自分の庭にある木の一部。菩提樹。ローリエ。梨の木。無花果。林檎の木。果樹は自分で植えたから、知っていて当然。後、諸々の低木。これは、半分は自分で植えたのに、良く分からん(フランス語なので忘れてしまった。あっ、山茶花がある)。桜の木は、あまりに大きくなり過ぎたので、忍びなかったけど、切った。なんか、寂しかったので、ごめんなぁーといいながら。ただ、ご近所迷惑もまずい。

やはり、年のせいか、花をめで、深緑色の葉っぱを撫でる。梨の実をじっと見詰める。落ち葉を掻き集め、落ち葉とお話ししたり、落ち葉(俺)が落ち葉を掻き集めて、しまいに、自分も捨ててしまったりして。ぎょ。とにかく、そこいら中に緑がある。そのせいか、俺は、今以って老眼鏡がいらない。注、若い時分に勉強をしなかったせいというのが、兄弟間の意見だ。学歴順にメガネとなった。兄貴(俺)が一番遅かったから、仮説ではないようだ。

日本人だけなのか、分からんが、自分(人間)を草木と同列に置いて刹那を感じたりする、凄い能力がある。フランス人がこの境地になるのは、修行を重ねて五十年ぐらい掛かるんじゃないの。俺なんか、草木の方が偉いなんて思っちゃうから、謙虚の権化だし、五十三歳で、悟りの境地。でも、先が長いんだな、これが。大体、梶井基次郎の桜のフレーズなんか、もう、舞い上がるぐらい素晴らしい。皆さん、ご存知の、「桜の木の下には、死体が埋まっている」。わいわい、死がどうのこうのと書き立てる若僧の詩なんか、俺は読まないけど、これは、凄い。大体、この詩っていうのが胡散臭い。これは詩ですって言われてもね。自分の内部に感応するものが、それだから、先方から、はい、詩です、どうぞ召し上がれ。なんか、胡散臭い。

文学は、人間の闇を暴くとか、本質とか、生と死とか、そりゃー、昔は俺だって考えた。
今は、自明のこと。人間なんて別に大したもんじゃないから、闇も本質も興味ないし、生と死が表裏一体。だから?となってしまい、楽しくやろうぜぇーとしかお答えできない。

ありゃ、なんだっけ?

はい、それから、丘の下に小川。それから名前は書かないが、大動脈の川。人工湖。良く川沿いに湖まで自転車で行く。湖を一周し、帰って来る。近所のお城にも、良く行く。それから、パリ近郊で、もっとも大きな森。どれが一番広いのか分からんが、複数あるので、その時その時の気分で変える。起伏のある方がいい感じって時もあるし、鬱蒼とした木々がいいなぁーという日もあるし、沼の辺の林がいい、なんて日もある。木々の形が面白いので、見とれてしまう。諸々の鳥も不思議。うさぎだの、鹿が走って行ったり。熊、猪は、出てきたら、ちょっと、怖い。

若い頃は、当然、パリの喧騒と、人口密度がしっくりしていた。
今は、コンサートしに、なんとなく、職場に行くっていうノリに変わった。
あんまり、人とか車とか建物のない空間の方が良くなった。でも、サハラ砂漠をお散歩したくはないから、そうなると、植物、川、湖。木々と水となる。後、地面の土だね。地面を忘れていた、すいません、地球に感謝。

なんか、文体が老け込んでない?
ほっといてくれっ!雨雲のせいだよって!

音体と文体

今、気が付いた。アナログおやじから脱出して、ブログの執筆を始めたのが、丁度、一ヶ月前。パソコン音痴には、これを始めること自体が難儀だった。まず、始める意思がいるし、操作を把握しないといけないし、大体、本質的な問題が先にある。五十三歳のフリージャズピアニスト。パリの郊外に住んでいる。なんとなく、セールスポイントは、フランスに住んでいる。これは、住んでいない人には、多少の興味の対象になるかもしれない、という程度で、単なる、シニアプータローだ。

書き始めて、二週間ぐらいかな、なんか、ランキングのサイトがある云々。多少は、読者が増えるかしらという下心と、「他のブログを発見出来るだろう」、こっちの興味の方が大きかった。登録してみたら、順位のご近所に、面白いブログを発見した。読んでみた。俺より、遥か彼方ぐらい若い女の子のブログ。絵柄が非常に見難い。テンプレートの色と同色の文字。俺は、美術家だったから、読むという目的上は、色彩的には、非常に読み難い。字がシニアには小さ過ぎる。
右側の諸々の意味が分からない(IT用語)。それ以上に、使われている単語自体が分からない。若者言葉で調べてみたら、あぁー、そういうことか、と。若者言葉については、後で書くが、この諸々の要素(難儀)があるにも関わらず、「核心的な何か」を感じた。これは何かある。

趣味的なブログ。当然、俺も、それ以上のものはない。なんとなく、自分の精神バランスを取るのに、自問自答している、そんな感じ。自分の位置を自分で確認するために、書いている。そんな感じだ。でも、このブログは違った。インターネットという無機質なネットワークの中に、急に、生の叫び声が入り込んできた。ジャズ屋には、新鮮だった。音として入ってきた。

稚拙な音だった。技術はない。でも、何かに触れようとしている真面目さ。音のバラつき。自分の音体には、なっていない。それでも、何かに向かって、下向いて、泣いたり笑ったりしながら、懸命に走っている。幼稚な比喩で申し訳ないが、仲里依紗のなんかのコマーシャル、鉄橋の上を走っている姿と重なった。この懸命さが、ジャズ屋の音神経に刺さってきた。世代を超えたこういうリンクがあることは、もちろん、ジャズ屋は知っている。年取ると、どんどん、こういう懸命さが消耗して行く。だから、楽になる。当然だ。体が付いていかない。でも、今、懸命に走っているやつがいる。おっさんは、細目で応援するしかない。だから、何度か、コメントを年甲斐もなく送った。確実に、次のステップに向かい始めている。がんばれな。

諸々の若者言葉をネットで調べていたら、「不愉快な若者言葉」というサイトが出てきた。俺には、分からない。どうして、不愉快なのか。若い体のリズム感を良く表していると思う。単語が極端にはしょられているケースと、逆に、わざと長くなっているケース。大雑把にみると、そんな感じ。ジャズに良く似ている。

白人が、黒人のブルースを聞いた。「間違った音」だらけだ。これが、最初の印象だ。でも、聴いている内に、何か、どこか、ソウルに触れる、何かを感じ始めた。この「間違った音」の重みが分かってきたのだ。

ラップは音楽じゃない、なんて、したり顔でいうおっさんがいる。聴いただけ、まだ、可愛いけど、音楽でない音楽なんかない。いい音楽も悪い音楽もない。好みだけだ。自分の好みに合わないから、「音楽ではない」「いい音楽ではない」。俺も含めて、人間、馬鹿の集団だ。俺達が、そんな判断をするのは、地球が破裂してからにして欲しい。

同じピアノで、同じ曲を、二人の違ったピアニストが弾く。まったく、違う
同じ絵を、二人の違った絵描きが模写する。やはり、どこかが違う
「恋愛」というテーマで、二人の作家が書く。まったく、違う

これが、音、絵、文、「体」。当たり前だ。みな、違う。
でも、俺達は、鳥瞰してみると、ほとんど同じに見える。でも、違う。
一緒の要素より、違う要素の方が面白い。

俺は、若い時に戻りたいなんて、まったく思わない。
しんどかった。早く年取りたかった。一生懸命過ぎた。
若気の至りではなく、しんどかっただけだ。




2012年10月13日土曜日

So What

マイルス デイビスの代表作。この曲は、アコースティックピアノでも良く弾く。D Dorianの代表曲でもあるだろう。Dとドミナントの代理Eb。ただ、モードでは、ドミナントモーションは、基本的に無効になる。まぁ、いいか、そんなことは。

このタイトル。日本語に訳すと「だから?」とか「だから、なに?」とか「だからなんなんだ」とか、こんな感じ。マイルスの不敵なイメージにばっちりだ。ベースソロから入るあたりも、本当にいかしている。ビル エバンスのピアノソロパートも、もう、くらくらする。

と、ジャズの名曲をへぼなりに編曲して、とか考えたら、シンセサイザーになった。中盤からのノリは悪くはないと思っています。へぼでノリなし、これがジャズのランキング、いも、さば、ジキコ(乞食)、サラリーマン。これがへぼランキング用語。これでいくと、カテゴリー「サラリーマン」となり、最悪。どうして、こういうランキングなのかは、山下洋輔さんのエッセイをご参照。で、そのサラリーマンの方々へなんの他意もなく、逆恨みというやつ。「ちょっと、イサオ、サラリーマン、やった方がいいんじゃないの」。もし、バンド仲間から、この発言。ジャズ屋にとっては、「致命的」を意味する。だから、逆恨み的ジャズメン用語なので、誤解なきよう。皆、拗ねてんだよ、金ないから。安定した生活に憧れている訳です。

「マイルス」
ジャズの帝王。強面。なんか、ちょっと、簡単にサインなんかお願いできない。
というイメージは、確かにあるけど、俺にはセシル テイラーみたいな「あくの強さ」は感じない。非常に、ニュートラルでグローバリゼーションした、やはり、「音楽家」だったと思う。たぶん、俺の見地は、当たっていると思います。音に出ている。まっ、小柄でハンサムだった。会った事はないけど、ちょっと、お笑いの要素は入れ難いタイプ。ダンディー。俺の師匠の沖至もそうだ。三枚目になり難い。

今回は、ひとみ婆さんは、ちょっと、一休みで、だから、二枚目ブログにする。

「黒髪の女、パリ」

その日、俺は、レアールの著名なジャズクラブOOOに出演していた。久しぶりのクラブの仕事だった。俺の秘書の直子に、大ステージばかりも味気ないから、昔の馴染みのクラブに連絡させたのだ。もちろん、先方の返事はウイに決まっていた。入場料は跳ね上がり、クラブの新記録を更新したらしい。俺には、そんなことは、どうでもいい。

七十席のクラブはぎしぎしだった。立ち見でもというお客が、クラブの外にならんでいたらしい。これに関しては、申し訳ないの一言だ。

一セット目を終わった。もう慣れっこになってしまった拍手。スタンディングオべレーション。
俺は、観客に軽く手を振り、「メルシー」と言った。喉が乾いていた。なんとなく、シャブリの白を飲みたかった。楽屋に篭るのも味気ないと思い、俺は、カウンターへ向かった。拙かった。女たちが、蝿のように集ってきたが、ガードマンにブロックしてもらった。バーマンに、頼む。俺の左側の止まり木。黒いローブを着た黒髪の女がいた。ちょっと、微笑していたが、直接、声は掛けてこなかった。なんとなく、好感を持った。節度はいる。スペイン系かなっと、ちょっと、俺は思ったが、女に不自由はしていないし、面倒はごめんだなっと。俺は、白を一杯口に含み、ベンソンアンドヘッジスのタバコに火を付けた(注 室内は禁煙です。ノンフィクション)。

女の熱い視線を左頬に感じた。知らん顔をしているのも、有名人気取りで嫌だなと思ったので、「ボンソワー」と一言。「とっても、素敵だった」「ありがとう」。ほんの少し、やり取りをした。俺は、シャブリを二杯飲んだ。楽屋の入り口で、直子が二セット目を始めろと合図をしてきた。その時、一瞬、黒髪の女の全体を見た。胸が盛り上がり、腰の括れ、尻へのライン。肉感的な腿から、細い足首へのライン。いかしてるな、こいつのために弾こうと、ステージに上った。なんか、久しぶりに、大ステージと違い、観客が間近にいる。しかも、飛び切りのいい女が。俺は、本当に久しぶりに、ひとりの女のためにピアノを弾いた。新鮮だった。俺は消耗していたのだ。この感触こそ、ジャズの本質なのだと弾きながら思った。

二セット目が終わった。俺は、アンコールには答えない。観客も良く知っている。
真っ直ぐ、楽屋に向かう。女どもが、また、屯してきた。ガードマンに、ちょっと、ウインクして楽屋に消えた。ほんのちょっと、止まり木の女を見た。彼女は、そこにいた。静かに。

直子が、なんとなく不機嫌だった。バーマンに、シャンパンとシャブリを一本ずつ、楽屋に持ってきてもらった。「直子、ありがとう。楽しかったよ、本当」「疲れたろ、お前も、いいよ、先に帰って」。ずっと、不機嫌だった。でも、俺は、なんとなく、久しぶりにパリの夜景でもと思い、諸々の諸手続きは、後でいいからと、直子を楽屋裏から、先に帰した。

マスターへ礼を言いに、ホールに戻ろうとした。
止まり木に、女が座っていた。
俺は、横に掛けた。マスターが少し笑った。「裕さん、お疲れ」「あぁー、ありがとう」

「なにか、飲む?」「マティーニ」「マスター、お願い」「裕さんは?」「あっ、俺、今晩は、ずっと、シャブリだよ」「乾杯」「ありがとう、来てくれて」「うぅーん、素敵だった」「ありがとう」「イサオって、呼んでいい?」「もちろん」「ごめんなさい、怒らないで」「なにを?」
「あたし、ずっと、ファンだった。けど、今日みたいな演奏を聴きたかったの。それだけ。ごめんなさい、生意気言って」「うぅーん、俺がなぜか、一番知ってるよ。名前は」「ジェニファー」「余計なこと聞いていい?」「どうぞ」「スペイン系?」「えー、父が」「やっぱり。綺麗だよ」「ありがとう」。

「マスター、メルシー。諸々は、直子と清算しといて、この飲み代もね」
俺は立ち上がった。ジェニファーも。外に出た。夜風が気持ちいい。俺は、「じゃ」と言ってレアールのパーキングに向かった。二十メートルぐらい歩いて、なんとなく、振り返った。ジェニファーが、ぽつんと、そのまま立っていた。時計の針は、午前0時を過ぎていた。俺は、そのまま立ち止まる。ジェニファーが、泣きそうな顔で走ってきた。愛おしいと、俺は思った。

2012年10月12日金曜日

シニアーマン3

やはり、こんなものになるのではなかった。と言っても、俺の意思ではなかったので、仕方がない。単にスーパーマーケットへの出入りが多いということで、俺が選ばれたとしか思えない。俺の近所のスーパーが、その世界への入り口だったのだ。単なるオジギャグで、スーパーマン、はい、その心は、スーパーの従業員。なんて言って、自分だけで受けていたという、イノセントシニアだったのに。

やはり、色々と生活のリズムが変わってしまった。大体、睡眠、食事、排泄etcetcと、半世紀以上、普通にやってきたことが、無効になってしまった。かろうじて、食欲、味覚、性欲は残ったが、前者は、生命維持のために必要といった生物学的な必要性からではなく、単なる習慣として残っただけだ。ぎょ、欲望自体は、性欲しか残らなかったのだぁー。

大体、フリージャズピアニスト(53歳)。こんなおっさんが、今更、スーパーマン化したところで、何の利便性もない。まあ、急いでいる時は、飛んでしまえばいいとか(不慣れとはいえ、パリまでの35km、ゆっくり飛んで十五分)、ピアノの後ろに掃除機を掛けたい、別に片手で持ち上げれば済む。庭の芝刈り。これは趣味だからいいのだが、壁の縁の部分の芝刈りは、中腰、挟みでしんどかったが、今は、十五秒もあれば十分。半日仕事だったのだよ。おっ、結構、役に立ってんじゃん。そうだな、一応はメリットも多々あるのだな。人間、自分勝手で、デメリットばっかり抽出して、しくしく文句を言う。でもなぁー、生活の基本的なリズムと一日の過ごし方。おっさんらしい、ジャズピアニストらしい、この時間の使い方があるでしょって!

たとえば、朝ね、昆布茶を飲んだ後に、盆栽への水遣り、剪定とか。こういうオジサンらしい、ゆったりした時間があるでしょって。これだって、なんぼ、ゆっくりやろうとしたって、ほんの二十秒で終わってしまうのだよ。体のスピードがまったく普通の人と違うのだよ。幸い、ピアノは長年の習慣が残っているから、問題がなかった。助かったよ。

でも、ここがね一番痛い。「練習の必要がなくなった」。だって、世界最高峰のピアニストに、すでに、なってしまっている。隠して小出しにという逆噴射しかないのだ。「日々のささやかな進歩」「ささやかな自負と満足」「三文ピアニストの、だからこそ、そこがご利益」「人間、いくつになっても勉強」「余暇の過ごし方」「定年後の暮らし」「シニアの生活」「ゆとりと音楽」「シニアから始めるバイエル」「果樹の育て方」「シニアの料理。そば打ち編」んなもんが、すべて、削除だよ。つまらんこと、甚だしい。たぶん、マウリッツィオ ポルリーニさんが、ふと、夕日を見ながら、同じようなことを考えたりするんだろうが、俺レベルのピアノ屋は、そんな憂いなんぞ、いらんかったのにぃー。泣き泣き、家泣き子だ。

クドイが、俺の基本要素は、ピアノ、料理、庭仕事と酒、タバコ。お分かりの通り、すべての要素が、ほぼ、ちゃらだ。年相応に、衰え掛けていた性欲。男は、これが衰えると丸くなるし、第一、本人自身が楽だ。高校生の時みたいに、バスのつり革につかまっているだけで、股間がぱんぱんになったり、歩き難いのだよな、町で見かけたお姉さんのタイトスカートのお尻のラインを思い出して、夜な夜な、「あぁーいあい、お猿ぁーるさぁーーんだょーーー」とか、こいつによる弊害も多い。しまいには、ひとりの女を巡って「戦う」のだ、男の子は。で、なくなっちゃうと、楽だよ。大体、ピア中は、前にも書いたが、ヤマハグランドピアノGLXと全裸の別嬪の姉ちゃん。絶対に、ピアノに飛び付く。姉ちゃんには悪いけどな。ピアノは、文句言わない。もう、こっちの思い通りだ。などと言って居るが、一体化、合体ロボ状態になると、ボバリー婦人じゃないけど、ピアノは私だ。ピアノに弾かれている気がする時が、たまに、ある。愛し合っているのだわ。私たち。

大体、高校生のガキは、大の字になって寝ないのだ。木の字だって(小さい声で、だから、これだけ、戻っちゃったの、今更)。そんなことは、どうでもいい。問題は、この夜な夜な、世直しで出動する時の衣装だ。先輩方、スーパーマン、バッドマン、スパイダーマン。と特定化の方向も検討して居るが、毎回違うというのも、ちょっと、捨てがたい。しかも、庶民の代表みたいな感じで行きたいのだよ、俺は。バッドマンは、金持ちだから、色々と小道具がいって、金が掛かり過ぎる。ホンダシビックハッチバック1997に、やはり、そぐう衣装というものがある訳だ。今のところ、やはり、気に入っているのは、ひとみ婆さん。着物は動き難いから、もんぺ版。で、多少、要領を得ない飛び方も、これだと、ご愛嬌になる。

相変わらず、談志師匠みたいに、前口上が長いが、要は、一日が長過ぎるのだよ、スーパーマンには。だから、世直しで、あっちこっち飛び回らんと、一日が長い。休憩もいらないから、誠に長い。ただね。こっちも生活があるから、ピアノを止める訳にはいかない。では、消防署員になるってのはどう?でもな、フランス、勤務時間とかうるさいし、残業しないから、俺とすれば、弊害も出る。「えっ、遠くで叫び声?五時五分前ですから、今、出動すると勤務超過ですが?シェフ」とかなってしまうな。「いやぁー、私だって、家庭が第一です」。だったら、スーパーマンだなんて名乗るな、馬鹿、となる。それじゃ、いっそのことホランド大統領に頼んで、国家保安員とかにしてもらおうかしらね。大統領と同じぐらいの給料もらえるかも。衣装代なんかも。いやいや、仰々しいし、庶民生活が台無しだ。ピアノもちゃらになるよなぁー。やはり、初期のゼブラーマンぐらいが、いい感じ(ローラ)。

ところで、新聞見てたら、「ミドルウーマン、現る」。
なんだなんだ、どうも、四十前後のおば様。写真見たら、ちょっと、シックなワンダーウーマン。
格好のいいのなんの。すげぇー、プロポーションだっ。なにもの?

つづく(かも)

あんたとこどこさ

俺の郷里では、「あんたがたどこさ」だった。なんか、童謡について調べると、なんだか、印象だけど、全部、熊本がベースになっている。たぶん、識者の方に聞けば、その理由は分かるのだろう。一度、熊本に行って、その風景を見れば、多分、何かが、分かるかも知れない。それは、後の楽しみに取って置きますね。近藤等則さんみたいに、日本を旅するかも知れない。

なんか、俺が美術やっている頃、若かったせいだけではなく、「東洋と西洋」「日本と世界」「東でも西でもない国々」。こんな事を、一杯考えた。中略。今は、悪いけど、どうでも良くなった。

で、今、この年で、三分の二をフランスで過ごした日本人。
郷愁があるのか、と聞かれると、本当に、申し訳ないぐらい、ない。
前回、書いた仕事中毒、会社依存症候群の国、母国だけれど、未練はない。

でも、分からない。俺は、日本の風景。食べ物に関しては、絶句するぐらい日本食しか、今以て駄目だし、日本人なんて仰々しい表現は出来ないぐらい、日本の仲間達が愛おしい。なんでなのだろう。個々人は、大好きなのに、国という単位になると、大嫌いだ。

日本という俺の母国は、世界化(グローバリゼーション)から、俺個人の意見では、確実に、取り残された。洋輔さん、近藤さん、坂田さん。いち早く気付き、どんどん世界化した先輩達は、数は少ないけれどいることはいる。ただし、国レベルでは、取り残されてしまった。まず、韓国のパワーは計り知れないし、中国に至っては、勝負にならない。

誤解されると困るので、きちんと書くが、個人の力量の話ではなくて、「世界の中の国力」という意味で書いています。日本の文化力は、世界最先端を行っている。物作り、テクノロジー、これも、世界一だ。国力?分からない、極論すると「政治力」なのではないかと推測している。これは、先進国の中で、最低だ。世界第三位の大国が、国際的な発言力が、最低レベル。この歪みから、たぶん、衰退が始まっている。

もっと分かり易く書くと、
日本の箱庭力は、絶対に、世界一位。フランスは、たぶん、知らんが、二十位とかだろう。
街作り、街並み力。これは、フランスは、たぶん、世界一位ないし二位だろう。日本は、三桁代。この街作り、これは、政治力だ。個人の自由とかとは、別レベル。フランスは、大した国だ。個人と政治をきっちり、論理化している。

本当に「上から目線」、申し訳ないです。でも、敢えて書きます。
日本は、「個人力」で「世界と勝負」。たぶん、これしかないような気がしている。国ベースでは、無理だろう。今更、鎖国をしろなんていうのは、小説的には面白いが、日本の江戸時代の爛熟振りは、とんでもなく素晴らしい。享楽的で明るい。そして、今、逆に、「開かれた鎖国」化している。

大体、お笑い芸人のご意見ご拝聴(たけしさん、すいません、尊敬してます)。フリージャズ屋の、ご意見ご拝聴。

こんなクダラナイ、最低の人間、くずな連中の、意見を「ご拝聴」。これが、そもそもの間違いだ。はっきり、じゃかぁーしいって言わないと。
あれっ、すいません、最後まで、読んじゃったの?

それで、だから、あんたらは、どこ?
と、最低の俺に書かせないでよ。

でも、この動画の演奏に、上のぐだぐたは何も入っていない。俺の好きな曲、以上。

2012年10月11日木曜日

コッシー君のその後

今回、後で、俺の演奏法について書く。一応、ジャズエッセイと書いてあるし、俺の動画の再生回数も1600回に近付いているので。ご興味ある方も、世界に三人ぐらいいらっしゃるかも知れない。読者様が一人でもいる限り、わたくしは書く。アルピニストみたいだ。大体、フリージャズのコンサート。お客さんよりミュージッシャンの数の方が多いとか、客席に座っている方々が、すべて、お店の従業員だったとか、マスターだけが会場にいたとか、こんなことは日常茶飯事。めげないね、俺は。

その前に、コッシー君。先週の金曜日にお医者さんへ、びっこを引きながら行った。骨関係のトラブルではなく、腰の筋肉の引き攣りと診断。なんか良く分からんが、筋肉をリラックスさせるスリクというのを飲み始めたら、なぁなんと、三日で腰の痛みがなくなった。早く行けば良かったよ。二週間、人生を無駄にしてしまった、なんてな訳ではなくて、ブログ執筆狂に専念。文章の感触が十年の空白を経て戻ってきたし、文体が設定された。この文体設定こそ、物を書く第一歩なのだ。文体に人あり。でも、たとえば、このブログのタイトルが「フランス物語」とか、「文学的フランス」とか、「憂愁の世界」「セーヌの辺で」「カフェオレとクロワッサン」とかだったら、この文体にはならないよね。ジャズ屋のエッセイってことになっているから、ちょっと、スイングせんと。ねぇ。

で、腰の痛みがなくなって、平和が訪れたのかといえば、そうではなく、文字通り痛み分けなのだ。今度は、左足が引き攣り、痛くて歩けない。おまけに、持病の背骨神経痛様がちらちらと出番待ち。なんか、フリージャズのミュージッシャンみたいで、俺が俺がと出番を待っているのだ。二週間は、御腰様のソロということで、皆、やはり、体の中枢ということで、遠慮しとったのだ。このバンマスの演奏が終了と思いきや、御左足様、御背骨様とか、諸々のご演奏が始まる。体全体が、フリージャズだよぉー。御歯様は、もう、着々とその名声を勝ち得ている。マトモなのは、目だけかも。老眼鏡いらんのだよ、俺は。

それで、そんなことはいいとして、俺の演奏法。
絶対に、その道のプロの方からは、「戯け者っ!」と言われるのは承知。

1)まず、タモリさんの「白鍵だけのチック コリア」。これは、ギャグとかパロディーということになっているが、実は、急所を突いているのだ。単純に、白鍵だけの調性は、皆さんご存知の通りCMとAmだ。他にもいくつかあるんだけど、ジャズ屋が多様するのがDorian(6音目が半音上がる)。D Dorianも、すべて、白鍵盤。マイルスが初めてジャズに取り入れたと思うけれど、モード奏法と呼ばれている。D Dorianの曲が、確かに多いのだ。ソーウァット、コルトレーンのインプレッションズ、処女航海とか。
とはいえ、ジャズ屋はブルーノートを多用する。で、和音の構成は、1 3 4 5 6 7 9 11 13とこの 辺りで組み合わせる。1はルート。3は、メジャーマイナーの判別音だから、いじれないが、5 7
9 11、この辺りを半音下げる。たとえば、D Dorianのそれを下げると黒鍵盤になる。で、また、元の調性に戻ると白鍵盤になる。ジャズは、なぜか、下がる。上がることはあまりない。キースは別だけど。まぁ、根暗なのだね。 
で、俺だけではないが、黒鍵からスライドしながら、半音ずつ降りてくる。このテクを良く使う。
このスライド奏法は、黒鍵から白鍵への下がる時しかピアノではできない。逆は構造的にできない。いや、無理すればできるが、スピードとスイング感がなくなってしまう。
結論とすると、黒鍵の多い調性は、ピアノ(ジャズ)では弾き難い。でも、モンクは逆をやったけ ど。
2)やはり、リズム、スピード、ノリ。これが、当然、基調になる。そして、聴くと分かる通り、
sus4を良く使う。四度和音でおしゃれなんだね、音がね。押さえ易いし。後、前に書いたルートレスの7th code。半音階。色を付けるのに、m-5とデミニッシュを入れる。基本、これは、左ですべて行い。右は、「下手隠しの煙幕早弾き」でやる。上手そうに見えるし、聴こえる。
3)俺には絶対音感はないから、メロディー楽器とはあまりやらない。パーカッション、ドラムス。このケースは、テンションコードをパーカッシブに弾いて、みっつぐらいをなんども繰り返しているうちに、お猿さん状態になり、舞い上がる。これも良くやる

まだまだ書けるけど、ピアノ弾かない人には、つまんねぇーよな、こんなの。
それに、レパートリー、僕は1千曲ございますなんていうピアノの人が読んだら、串刺しだよね。マジで、怒られるだろう。

ところで、絶対音感ある人って、

ブーって、おなら聞くと、今のはSolbとか、小鳥様の会話なんかも、ミミレレファ♯とか、お姉さんと、ちゅ、なんてのも、E♯、つまり異形同音のFだわ、なんてなるのかしら。うっとうしいねぇー。
で、お姉さんと、なんやら、もっと、核心的行為的動作中の時も、レソドで、今、レファソドのsus4で、なんて聞こえちゃうんだ。うぜっ!

VVM2

2と3が逆になってしまった。

この動画、久しぶりに見返してみた。ほとんど、俺が映っていない。ジャンリュックとミモザ「だけ」の方が、絵になっている。俺は、チビ助でもないし、そんなに不細工でもないが、この二人185cmに挟まれると、どうしてもチビの六頭身に見えてしまう。どっちにしても、近藤等則さんみたいに演奏プラスルックスでは売り込みようがないから、仕方ねぇー。後で書くが、近藤さんと坂田明さんに嵌っている。フリーの人なのに、なんか、明るい。これが気に入っている。

この動画の見所。ふふふ、実はですね、わたくしのリコーダー。これは仲間内で有名なのだ。ピアノより良いなんて。じゃかぁーしい!世界最高峰のジャズリコーダー奏者との噂もあるぐらいだ。
リコーダーのエリック ドルフィーとか。ふふふ。小学校の頃に習った記憶はある。たんたんたぬきのたまきんとか、象さん、お鼻の下が長いのね、なんか吹けたはず。今となっては脳みそ初期化でドがどこだったのかも忘れてしまった。確か全部押さえるとドでしたけっけ?しかし、天才リコーダー奏者。だから、利口だ(オジギャク)。たまにはオジサンの自然体をやりたい。

考えてみたら、ジャズ屋でリコーダー吹いたのは、確か、阿部薫しかいない気がするから(聴いたことないけど、演奏は)、少なくてもランキング、最低でも二位だ。世界で二位。半端じゃない。とりあえず、リコーダーを横に銜えて、なんとなく、日本の夏祭りの竹笛風に吹いてみると、なんとなく、エリック ドルフィーになる。ただ、これだけ。ステージではやらないから、本邦初公開の最終公開だ。

それから、俺のカカ(うんち)ペットのファンの方々。長らくのご愛顧、誠にありがとうございました。本動画にて、営業終了とさせて頂きます。因みに、199euro中国製スタッグのポケットトランペットを使用して居りました。一番、安いので十分ということで。マルトリーのコンサートで、トイレいく際に、ちょっと、ジャンリュック、これ持っててと渡し、戻ってきて受け取ろうとしたら、おっことされて、朝顔がぐにゃーーー。トンカチで修理という歴史物。そんなことは、どうでもいいか。ファンの方々(いるのですよ、マジで)、営業終了の原因は、わたくしの唇ではなく、唇は健在ですが、その裏側にある、口腔の中にあるもの。これが、前回書いた通り、サクラダファミリア。修理をしているのか建設しているのか、どちらか分からない状態。砂上の楼閣とも言う。家にいるより、歯医者さんに行っている時間の方が長いかも知れないというぐらいだ。Soイレバーになる日も、そんな遠くないだろう。女の子たちには、「マウスピース」って言うし、ないしは、「入れ歯の形をしたカスタネット」と誤魔化すから大丈夫。で、ペットは、もう吹けない体だ。酒、タバコは止めんが、ペットはすぐ止めてしまう。意思が強いのだよ、俺は。嘘。

元々、沖至師匠に、「イサオもペットやれっ!」「他の楽器の奴が、なにやっているのか理解できる」というお達しの元に始めた。一時期嵌った。リールのシャンドマルス公園(パリのと同名)の林の中で、マジな練習をしたのだ。何曲かスタンダード曲が吹けたのだよ、一応。

やはり、ペットに歯は代えられないので止めるしかない。
昨晩、近藤等則「山頭火を吹く」という動画を見た。エレクトリックトランペット。目がうるうるしてきた。また、昔から格好良かったけど、近藤さんの格好いいこと。モテモテだろうなぁー。ジャズ屋、あまりハンサム系はいないんだけど、前にも楽器別タイプの時に書いた通り、トランペットにはハンサムがいるのだ。近藤さんのペットは、昔から「すばしりおとし」として有名だった。ハイノートから、凄まじい勢いで低音部へ。それから、IMAのライブを聴いた。俺はリズミックな音楽、大好きだから、こちらも、大変に良かった。俺も歌手デビューしてみっかぁーと、二秒ぐらい考えた(ド音痴なので無理だ)。それから、どっかの山の中でペット吹いているやつ。目がうるうるした。「なんか、ファンの前で吹いたりするの、俺、あまり好きじゃないから、一人で吹いたよ」なんて、おっしゃっていた。凄い人だ。で、こういう先輩の存在は、やはり、正直、励みになる。

その後、坂田さんのCMを見た。
ミジンコの観察を四畳半みたいな感じの部屋でやっていた。
これも、うるうるしたし、この二人の先輩。陰気なところがなくて、大変、俺は、尊敬している。

シニアーマン2

で、俺のみつひじゃない、秘密を書いてしまった。三十人ぐらいの読者の方々(本当に、ありがとうございます)と、みつひを分け合ってしまった。特権的読者。だって、この小説「シニアーマン」は、晋作じゃない、十年ぶりの新作。しかも、このブログにしか執筆していない。執筆狂、復活!謹んで、御礼申し上げます。

で、前からスーパーマンの映画を見て、気になっていたことがある。列記する。

1)うんこはするのか
   当然、おしっこも

2)酒、タバコをやると、どうなるのか

3)食欲、味覚、そして、最大の疑問、性欲はあるのか

4)どういう風に年をとるのか
   で、寿命はあるのか

お答え致します。自分が、そうなってしまったから、すべての疑問が解けた。
読者の方々の中にも、俺と同じ「素朴な疑問」を、お持ちの方、えっ?いない?まぁ、いいや。俺って、やはり、馬鹿なんだろうか?

1)しない
 なんか、体のシステムがマグマ大使になっている
 
2)残念ながら、なにも感じないけど、仲間にばれると拙いので、やっている
 しぶしぶ酒飲んで、タバコを吸っている
 全身、これマグマだから、酒なんてなんの効果もないし、ニコチンも同じ

3)これは、なぜか、ある。でも、食べないと衰弱するとか、そうではなくて、
 たぶん、シニアーマンに、五十三年も経ってなった。元の味覚が残っているのだろう
 うな重食いたいぃー、天そば、セブンイレブンのとんかつ弁当とか、で、味覚も残った
 ちょっと、ここだけ、セーフだった
 
 ありゃ、もう一つ。性欲。これも、上記理由により、ある。ギラギラと。逆に、衰え掛けてい
 た、それが、復活している。はっはっはぁ。でもなぁー、俺が、なに、ぶちゅーとやってしまう  と、お姉さんたち、一週間ぐらい、「寝たきり」。入院したやつもいる

 とりわけ、あっ、拙いかな?水晶棒で遊んでいたら、興奮が、ちょっと、普通ではなく、
 おわぁー、拙い、これ異常は

4)ちょっと、内々で調べたら、人間の普通の寿命と同じ、らしい
 安心した。嫌だよ、不死なんて。分かります?
 はい、これについては、ランハイダー(ハイランダー)シリーズでね。おもろいよぉー

ところで、どうも、俺はいい人らしく、俺の耳がトラブル受信すると、最近は、ぱっと着替えて、サロンの窓から飛び立ってしまう。飛ぶ要領も、少し、分かってきた。平泳ぎから背泳ぎへ。なんで、逆さで飛んでいるのか、自分でも分からない。まっ、水泳、独学で、二十三の時に、覚えたのだよ、俺は。それまで、俺は、打ち出の小槌だったのだ。その内、もう少し、格好良く、飛べる。はずだ。

最近、なんか、いろんなデザイナーが、屋上に置いとくから、是非是非、着て下さいね、なんて、テレビで言っとる。そりゃー、まあ、モデル代が入ればね、それはそれで。でも、素性がばれる。それは、拙いのだよ。本当。

リール仲間 デュオ

この動画、クリスチャン バッサールとのデュオ3。コメントに、ミュージッシャンを大雑把に分けると、自己中系と繊細系に分かれると書いた。その前に、なんでこれだけブルー映像で、右に帯なの?どうでもいいか、そんなこと。でも書く。まず、外は豪雨で、映像が暗い。我々は、明るいシニアーマン。で、最後の頃に、クリスチャンの息子が、「あっ、また、イサオだっ」と、ぬぅーとサロンに入ってきた。シニアーマン二人、昇り掛ける寸前だった。ありゃ、まっ、いいかと続けてエンディング。「息子、入っちゃったよ」「いいんじゃない、別に」「でも、あんま、私生活出んのもねぇー」と、俺の独断でカットした。

で、考えたらフリージャズ屋は、ほとんど全員、自己中系だ。だから、逆にフリージャズなんだろう。算数上は、そうなる。皆が、勝手なことをほざく。皆、一国の主ないし村長。俺が一番。これがないと、逆に出来ないのだろうね。とはいえ、前にも書いたが、ほざきながら聴いている。やはり、確実に会話しているところがある。なんか、本当に洋輔(山下)さんのエッセイに文体も内容も似ている。ピアノの音体も、レベルの差を差し置くと、やはり、似ているから、やはり、似ているのだろう。二番煎じ。まぁー、いいかね。それはそれで。

で、この繊細系。俺自身、意味がよく分からない。ジャズ屋でもフリー系でない人は、たぶん、ほとんどがこちらだろうし、クラッシックの方は基本、ハーモニーとかアンサンブルとか自己中では出来ない。となると、このフリージャズ屋が、もっとも、「性質(たち)が悪い」ということになる。
もしかすると、音楽家は、皆、繊細。ただし、フリージャズ屋だけが、自己中。どきっ。そうなると、性格が悪いとかテクがないとか、ただし、大物ぶりたいとか、以前に書いた「弊害」の巣窟がフリージャズ。本当に、そうなのかも知れない。そういえば、あまり、人格者とか立派な方とか、いない。そして、敢えて書いてしまう。誤解されると困るのですが、逆に、俺が一番好きなとこなの、ここが。で、ジャズ、とりわけ、フリージャズ。マイナーなのだ。イカしてるんだよ、ここがね。だから、恰幅のいい、お金持ちなんて、いる訳がない。人格者もいない。どこか性格が悪いんだ、皆。

あっ、それで、
デュオ1と2は、えぇーーー!と言われそうだが、俺なりに遠慮しているのだ。出来る限り、彼のギターの邪魔しないようにと。で、3は、やはり、ちびちび二人でビールを飲んでいたせいもあるのだろう。この遠慮とか謙虚とかに自分で段々疲れてきて、要は、少しずつ本性(悪い性格)が現われ始め(弊害の巣窟化が始まり)、「クリスチャン、ちょい待ち。次は、勝手にやるので、よろしく」。ジャズの土俵に無理やり上げてしまう。で、彼が、参るのか。超プロだ。ひょーひょーとデュオっている。流石である。

このデュオは、デタラメじゃぁーーーとご批判系の方に、なにをご説明しても、猫に小判、馬耳東風なので、ノーコメントであるが、うぅーーーむ、いいんじゃない系の方が聴くと、意外と両者のバランスおよびジャズ系とクラッシック系が、あまり激突せずに融合している感じは分かると思う。

本当は、弾く前に、「クリスチャン、いつも、俺のガチャガチャネアンデルタールクロマニオン野蛮ピアノのお付き合いも大変だから、なんか、調性のある曲やるっ?」と、一応、この著名なクラッシックギタリストに聞いたのだ。「んなもん(調性)いらないよぉー。好きにやろうぉー」きっぱり。俺の偏見なのだろうか、クラッシックギタリストは、普通は、こういう返事をしないと思うのだが。

2012年10月10日水曜日

シニアーマン

ちょっと、困ったことになった。ばらしてしまっていいものか?とはいえ、お読み頂いている方、統計を見ると三十人ぐらい(ありがとうございます。深謝)だから、大事にはならないし、秘密を共有して頂くことにする。

三日前の朝。ぬくっと起き上がり、階下のサロンへ。いつも通り、無意識に高血圧のスリクを飲む。台所でコーヒーを入れる。カフェオレを作りサロンの肘掛け椅子へ。ベンソンアンドヘッジスの一本に火を付ける。カフェオレを飲みながら、ゆっくりとタバコを吸う。吸い終わり立ち上がる。二階の風呂場へ。歯を磨こうとして異変に気付く。俺の歯はがたがたのサクラダファミリア。のはずが、磨こうとしたら「芸能人の白い歯。しかも、楕円形に綺麗に並んでいるし、ないはずの奥歯二本があった」。はぁー?

で、なんだか、上半身の貧弱な体の「いつもの感触」、よたっとした、初老の体の感触がない。で、じっと、鏡に映る自分の顔。顔の輪郭が妙にはっきりしている。全体の弛みがなくなっている。顎の筋肉が引き締まっている。いつものルパン三世顔と違う。むむ?

なんか急に目が覚めた。パジャマを毟り取る。鏡に映った上半身。ダニエル クレイグ。
ちょぉーーーと、待ったぁーーー。なにが起きたのか分からない。なんとなく、もしや、と思い、寝室の重いベッドに左手を掛けてみた。片手で、重いベッドが、すっと、本当に、すっと、持ち上がった。むむむ、やはり、そうだった。なんか、この年で、今更、ちょっと、リズム崩れるし、ご近所に言えないし、仲間にばれると拙いし、もう少し、若い時にして欲しかった。俺は、突然、スーパーマンになっていた。たぶん、スーパーの買出しが大好きだったので、そうなってしまった。関係ないか。でも、五十三歳で、んなもんになってもなぁー、オイ。でも、なってしまったので、シニアーマンと自分で名付けた。

中略

試しに、ピアノを弾いてみた。困った。いつの間にか、マウリッツィオ ポルリーニになっている。ストラビンスキーの春の祭典を口笛を吹くように弾いてしまった。これは拙い。味わいのある三流ピアニストを売りにしているのに、これは、拙い。念のため、いつもの曲を、いつものように弾いてみた。大丈夫だった。弾けた。仲間およびファンの方々にばれないように、超絶技巧は小出しにするしかない。少しずつ進歩しているということに。間違いなく、世界最高峰のピアニストになってしまった。これはこれで営業妨害だよって!

ところで、俺のサロンの窓から、フランスガス公社(EDF)のビルが遠くに見える。じっと、目を凝らすと、望遠レンズのように、資料室でいちゃつく男女が見えた。おぉわぁー。耳を凝らすと、息遣いが、間近に聞こえる。やっばぁー。いったん、この能力はカットする。

台所のレースのカーテンの掛かった窓越し(そっ、向こうからは、こっちは見えないの)に、いつも、通り掛るブロンドの別嬪のお姉さん。金色の長い髪。綺麗な足。同じ通りの、ちょっと、先にお住まいの様子。土鍋を拭きながら、じっと目を凝らしてみた。あっ、衣服の中身(裸)が見えて、あらぁーーーまぁーーーとべズリー目のまま、もっと集中したらレントゲン写真のようになった。ゲッ。これも、衣服の中までという設定に変えた。ただ、あまりに嬉しいので、その設定のまま、通りを歩いてみた。失敗だった。見る対象ごとに設定変更が必要であった。お分かりですか、道行く人々が皆真っ裸。それ以上は書かない。

そして、その日の夜九時頃だった。筒井康隆さんの本(エンガッツィオ司令塔)を読んでいたら、十キロ先ぐらい(距離がなぜか分かる)で、若い女性の悲鳴が聞こえた。夜道で襲われ掛けている様子。俺は、ちょっと迷った。シニアーマンとして、世直しを始めてしまうと、なんか、その後の収拾が付かなくなるし、平穏な年金生活が台無しだし、参っちゃったなぁーなどと考えていたが、どんどん悲鳴が大きくなってきた。もう駄目だ。正義感と良心が込み上げてきた。筒井さんのご本の影響なのか、どこかからの司令を感じた。「君は、シニアーマン」。とはいえ、素性がばれるのも拙い。とっさに、押入れの中の加藤茶の衣装。はげ、頭の真ん中にちょこっと髪。丸メガネ。ちょび髭。腹巻、ステテコ、草履。あのお馴染みの格好。これに素早く着替え、サロンの窓から飛び立った。初めて飛んだ。要領が今一、よく分からない。平泳ぎの格好になった。

夜道に舞い降りる。三人のガキどもが、ナイフをかざして別嬪の姉さんに絡んでいた。
「なんだなんだ、てめぇーーーは?」
「はい、わたすが変なおじさん」違う。「おれけ?ふふふ、シニアーマン、誕生」
「ぎゃはははははぁーーー」刺しちゃえ刺しちゃえ、こんな馬鹿と言って、俺は串刺し。
ではなく、三本のナイフは、ソフトクリームのようにビィヨョよぉーーーと折れ曲がった。
ガキどもの腰が抜けていた。俺を見て、小刻みに震えていた。ターミネーター2のメタルリキッドロボの動作を真似て、右手の人差し指を左右に振った。ガキども気絶。マドマゼェール、別嬪のお姉さんの住まいを聞いた。俺は、お姉さんを軽々と両腕に抱えると飛んだ。

翌日、地元の新聞に、拙い、でかでかと一面記事。「シニアーマン現る」。まずいなぁー、おい。モンタージュ写真まで載っている。加藤茶だ。娘さんおよび、娘さんのご両親が、是非、お礼を言いたいので、名を名乗り出て欲しいと書かれてあった。娘さんは、「結婚したい」とまで、談話で言っている。

俺の住んでいる町は、取り立てて物騒なところではない。治安がいいのだ、この辺は。とはいえ、毎晩、どこかで悲鳴が聞こえる。その度に、俺の正義感が奮い立ち、向かってしまう。ただし、素性がばれるとまずいので、毎回、コスプレよろしく衣装を変えないといけなくなった。変なおじさん、ひとみ婆さん、たけちゃんマンとか。ゼブラーマンは著作権に引っ掛かりそうだし、スーパーマンの衣装は、ちょっと、この年ではねぇー。覆面してないし。バットマンとかも映画会社から訴えられてもねぇー。

で、ジャズメン仲間には、この話は内緒だよ。
ご近所には、ぎっくり腰が慢性化したことにしてある。
ばれるとまずいし、大体、マスコミが、なんでシニアーマンは、ooo市以外には出現しないのだ、他の町はどうでもいいのか、パリの犯罪をどうしてくれるのだ、なんだかんだと騒ぎ始めた。まずいのだよ、俺のピアノはどうなるのだよ、シニアーマンに専任。そうもいかないよぉー、だって、無料だよ。悪いけど。そんなこと、俺の口から言えるか。そんなせこいヒーロー、いらんわって。

つづく(かも)

追伸 その内ね、不死のハイランダーパロディーも書いちゃうよ。
   大体、八百年前にごたついた女と、八百年後に出会ってしまう。
   鬱陶しいでしょ?普通の寿命で十分なんだよなってなパロディー。ご期待願う。

2012年10月9日火曜日

VVM3

この動画、VVMの3セット目。当然、2を先にリリースしたが、2の最後に、俺のトークが入っていて、見返したら、なんか必要ないのでカット。カット版をリリース。で、2と3、アップロードの順番が入れ替わった。

「エリック ミモザ」

リールのインプロバイザーで知らない奴はいない。ソロギター。リールの現代舞踏家ジャンリュク カラメルの音楽担当。そして、俺のグループのパーマネントメンバーだ。忙しいのだ、彼は。

初めて会ったのは、前出のマルトリーでの俺のソロピアノコンサートの打ち上げでだ。終わって、お姉ちゃんたちと、いちゃついていた。別嬪のお姉さんが、「聴いてたら、なんか、悲しくなってきた。音が重くてとっても暗い」と、核心を突かれて、「へへへ」(根暗、鬱病、元自閉症の本質がばれた。本当に、暗い人間は、明るい道化になる。ヘンリ ミラー。人間のパラドックス)なんて、やっていたら、もうひとりのVVMのメンバー、前回書いたジャンリュックが俺のところへ連れてきた。「イサオ、紹介するよ。ギターのミモザだ。お前とやりたがっている」。

長身で物静かな奴。俺より十歳若い。「あっ、初めまして。へぇー、ギターやってんだ」って、聞いたら、穏やかな声で、「はい、まったくのメチャクチャのギターです」って返事をしたので、「ギター独学なんだ」「はい、まったくの自己流で、メチャクチャです」と笑った。ジャンリュックが、「イサオ、凄いギタリストなんだよ、彼は。リールで知らない奴はいない」。確かに、マルトリーのバーで、肩端から声を掛けられていた。「俺のライブハウスに出ない?」って聞いたら、「是非」。中略。ソロギターでってなった。

当日、仰け反った。まず、普段は穏やかなのに、ステージに上り、ほとんど、二秒後には、完全に自分の世界へ。俺もミュージッシャンの端くれ。この集中力は半端ではない。俺は、没入するのに十分ぐらいは掛かる。ピアノ弾きながら、後で、なに食おうかな、なんて考えていたり、一曲目、どういう風にエンディングして、二曲目、なににしようか、なんて感じで、指が段々暖まって来て、段々、ガイキチ(キチガイ)指数が高まり、唸り声、立ったり座ったり、この辺から忘我および自己陶酔の世界へ。プロは、自己陶酔はまずいという意見もあるが、キース ジャレットのファンだから、俺は感知しない。で、このミモザのそれは、凄いの一言。俺の仲間内でダントツ一位だ。このギタ中および忘我度。演奏は、もう、ご想像通り、見事の一言。ソロインプロバイザーの極地だ。ギターの阿部薫だ、本当。暗くはないけど。

この動画の中でも、彼のその一端が少しは出ている。でも、彼は、大変、真面目な奴なので、俺の世界一へたくそなペットとジャンリュックの詩を良く聴いている。見れば分かる。耳と性格が、大変にいいのだね。まっ、こんなの音楽じゃないというご意見も多々ある。それも、俺は理解できる。たとえば、俺のことを大嫌いだという奴がいても、全然、構わない。こちらも、そいつを大嫌いになればオアイコだ。ねぇ、ちょっと、付き合わない。あたし結婚してます。えっ、俺もだけど、オアイコじゃん。ちょっと、違うか、それとは。で、それでも、ミモザは俺にとっては天性のミュージッシャンだ。

ところで、あんまり私生活をばらしたくはないのだが、このエリック ミモザは、リールエレクトロニクス研究所の研究者なのだ。研究、郊外の一軒屋の大工仕事、家事、良き旦那であり、ふたりの娘さんの良きパパであり、ギタ中および.....。まぁー、忙しいのなんのって。

おまけに、テナーサックス。まったくの自己流。これが泣かせる。
ハーモニカ。これは、とてつもなく上手い。でも、自己流。
最近は、歌、自作の詩の朗読。

ジャンリュック カラメルの舞踏をリールワゼム文化センターへ見に行った。
通常は、現代美術展をする巨大なスペース。カラメルと、もうひとりの女性ダンサー。突然、奥からミモザが野球帽を被り、スケートボードに乗って、凄まじいスピードで出てきた(プロ級)。会場内をぐるぐる回り、ハタと止まり、テナーサックス。吹き終わると、現代舞踏についての講義を始め、終わるとギター。その間、ふたりのダンサーは、ぎくしゃくと踊っていた。いかした演出だった。

で、初めてミモザに会った時、「メチャクチャ?そうは言っても、ドレミぐらいは知ってんだろう」と、俺は冗談で言ったつもりだった。彼は、真顔で「知らない」と言った。天才だ、彼は。俺は、密かにフラッシュゴードンと呼んでいる。似ているのだ。

夢小話

俺は、自宅の屋内プールの長椅子に寝そべって、ドライマティーニを飲んでいた。

俺の趣味で、プール全体をグレーのタイルにしてもらった。椰子の木も植えた。あと、なんだか良く分からんが、所謂、熱帯植物。いい加減な描写。も、植えてもらった。たぶん、写真に撮れば、どこかの熱帯植物園。室温は28℃に設定してある。で、俺の頭上2mに、これも良く分からん大きな葉っぱが、垂れ下がっていた。海パンだけだけど、ちょっと、汗ばむ感じかな。もう一度、書きますが、俺の身長は182cm。顔、ちょっと、男臭いデビッド ボウイ。鋼のような体。分かり難いから、はっきり描写すれば、ダニエル クレイグ。腹筋なんか、ぼこぼこだよ。自分でも、ほれぼれする。(注 これだけ鍛えているのにぎっくり腰って?じゃかぁーしい!)

俺の右側70cmぐらいのところに、秘書(ということになっている)の直子も寝そべっていた。

なんで、真昼間から秘書がプールの脇で寝そべっているのだ?一応、俺は社長なのだが(イサオ裕エンタープライズ)。そんなことはどうでもいい。直子は黒いビキニ姿だ。直子、そうだな、俺の好きな優香ちゃんを、ちょっと、舌足らずにして馬鹿っぽくした感じで、ボディーは、もう、そのなんだ、その、優香ボディーだ。見てくれ、話し方は、前にも書いたが、ちょっと、馬鹿ぽいが、実は、東京の有名女子大の仏文科を主席で卒業して居る。このアンバランスな感じが、なんともいかした女なのだよ。秘書としても、大変に優秀。で、キャサリンとイザベルは、なんかの打ち合わせで出掛けている。ということは、俺の広大な屋敷の中には、俺と直子しかいないのだ。当然、このシュチエーションで男が考えることは、ひとつしかない。俺の海パンの前が、心なしか盛り上がっていたとしても、哺乳類として当然な帰結なのであった。両目はべズリー目になっていたし、顔全体が、ルパン三世だったと思う。

「ねぇー、イサオぉー、なんか、最近つまんなそぉーーー」
直子が、急にムクッと上半身を斜め四十五度に起き上がり、胸の谷間が眩しい。黒いビキニ越し。裸より、いゃぁーらしい。本当。上半身から腹から尻の辺りへの微妙な捩れ。贅肉がないから、本当にビッシッと捩れている。
「えっ、あっ、まあな。金は有り余っちゃってるし、なんかピアノ弾くのも、なんだか億劫になったし、ブログ書くのも、片っ端からベストセラーだし、女はいねぇーし」
その時、直子の目がキラッと光った。
「ナオちゃん、暖めてあげようかぁー?チュゥーしてあげようかぁー?」
直子が俺の方に、ひょっとこ唇で、覆い被さってきた。「ちょぉーーーと、待ったぁー!」
「あらっ、カットなの?」

「はい、アクション!」

「うぐぐぐ。お前、本当、可愛いやっちゃぁーーー」と、直子に覆い被さろうか、七秒ぐらい躊躇していたら、遠くからヒールの音。俺の家のサロンは、体育館ぐらいの広さがあるから、横切るのに時間が掛かるのだ。首だけ回して、そっちを見ると、キャサリンだ。「むむ、やばいなぁー」と、直子をプールに突き飛ばし、立ち上がり、笑顔。キャサリン。パメラ アンダーソンを、もう少し可愛らしい感じにした感じ。「ハァーーーイ、キャサリン」「ありゃ、直子、なにしてんの?」「はははははっ、さっき躓いてね」「なんでビキニなの?」「あっ、暑いから寝間着にしてんだって」。キャサリンの目が、ちょっと、点目だった。

しっかし、くだらんブログだよ、本当。で、あんた、早ょー、ライブやりなさいよぉー。で、添付します。入場料7ユーロ(フランスはシビアだよ、まったくな)というのが、ちょっと、寂しいねぇー。でも、飲み代は別だかんな。


2012年10月8日月曜日

リール仲間 豪雨

この動画、クリスチャンが、「イサオ、外は豪雨だったとコメント入れて」とメールで書いて来た。凄まじい雨。だから、豪雨なんだけど、映像は暗いし、外は、ザァーーー。で、だったら、雨ちゃんとセッションしようぜ、となった。フランス語講座。豪雨=牛のおしっこ。小雨=猫のおしっこ。と言います。

クリスチャンは、もちろん、日本人ではない。なのに、なんだか、雷様を思わせる演奏。プラス、明治時代の中学校の校長先生。シニアなんで、メガネ、どこに置いたか思い出せないので、予備の丸メガネなのだった。オジ駄洒落。老いると、老いたとこが思い出せない。はい。

今見返して思った。非常に高価なリュートなのに、打ったたくは、竹串でぎぃーこーぎぃこーやるわ、大体、動画1では、ペトロフの高いピアノの上に、ビール瓶。で、かちゃかちゃ。当然、細かい傷。彼は、まったく気にしない。なぜか?聞いたりはしない。やぼ蛇だから。で、俺は知っている。「楽器はね自己表現の道具」「に、過ぎない」。当たり前だが、日本人には、結構、理解するのは難しい。たとえば「車」。備え餅状態。ピアノ、床の間の掛け軸。日本の絵描きの「カンバスの裏側の綺麗なこと」。表はひでぇー。

結局、楽器、車、カンバス。道具に「過ぎない」。この感覚は、日本人にはピンと来ないのは知っています。物作りの国だ。それは、大変に素晴らしい。ただ、この芸術というアホ世界には、ハリケーンアダになる。この細かいこだわりが、逆に、アホをブロックする。あっ、また、日仏文化論。ちょっとぉー、このブログでは、止めてくれるっ。まず、芸名から変えないと、国木田長介とか。カタカタ名前は、駄目だって。

ありゃ、忘れたよ、書くこと。
そうそう、この映像の中の俺。また、俺だよ。
クリスチャンが雷様兼祈祷師。

で、俺は、ピアノの出産に立ち会う産婦人科医。弱音ペダルの布を持ち上げる感じが、やぁーーーらしい。自分で、そう、思ったよ。

大体、俺は医者のなり損ね。あっ、やばい。素性がばれる。大体ね俺の弟は、日本で二十選に入っているoooooの名医だよ。俺はアホでも、一家に一台。優秀な奴がいるのだよ。へっ。

ゴト中

二日前に、「フランスと日本」というタイトルで、ブログを書いてみた。
書いているうちに、非常にマジな内容、および文体になってきた。三文ジャズ屋がなんか、世界動向に言及しているようで、分不相応はなはだしく、読み返して削除してしまった。この話は、確実に一冊の本になってしまう。もちろん、比較、相違点、どちらがどうのこうのとなってしまうが、一方的にどちらの肩も持たない。ただ、日本が欧米化しよう、真似しようとしている限りは、本家はこちらになってしまう。まとめると、そう言うこと。いきなり、結論だけ。

で、今回は、いろいろな中毒について書いてみる。で、俺はピア中(ピアノ中毒)だ。最近は、これにブロ中(ブログ)を併発しているが、後者は、動けるようになってくると(ギックリ腰が少しずつ回復してくると)、少しずつ薄らいできた。物書き、病気だ。健康に悪い。陰気だよ、本当。

もっとも有名なのが、アル中。ジャズ屋に多い。ジャンキー、これも、昔のジャズ屋は、ほとんどそうだったとも言える。それから「お宅」なんていうのも、一種の中毒だ。ニコ中(ニコチン)、カツ中(活字)とかいろいろあるけれど、俺が日本を出た頃(1981)、欧米諸国の日本評は、「兎小屋」「仕事中毒、会社中毒(ゴトシ中毒)」。これはよく耳に入った。兎小屋は、多少、改善した。で、俺がシニアなんて呼ばれる頃は、このゴト中はなくなり、皆、定時に退社。夏は、五週間のバカンス。「いやぁー、仕事?金のためだけですよ。会社ですか?帰属意識なんて、まったくないね。自分の生活、家庭、趣味が第一ですよ」と、こちら、おフランス状態になっているだろうと予測していた。結果、逆様だった。もっと、酷くなってしまった。これは、理解に苦しむ。どこが、いったいどこが欧米化したのか分からない。

フランス人の一部の自営業とか、会社の重役にゴト中がいるにはいる。本当に一部の一部で、一般庶民にゴト中なんかいない。毎日、皆、カレンダーにバッテンして、夏のバカンスと、最終、定年まで、あと何日、出所まで、あと何日とやっている。諸々の理由がある。

年功序列がない。勤続年数による出世がない。上司は、他社からぽっとやってきたり、要は、管理職になる層が初めから決まっている。それ以外は、定年まで、万年平社員。モチベーションなんかある訳がない。で、当然、最小限度の仕事(密度を薄く)、勤務時間も最小、務所暮らしを、なるべく快適に、となる。

旦那、万年平。当然、食っていけないから、かみさんも仕事。こちらも、万年平。これで、なんとか生活する。ほとんどの家庭が共稼ぎ。食っていけないこともあるが、女性が「家庭に入る」「三食昼寝付き」といった発想が最初からない。結婚しない人も、どんどん増えている。そりゃそうだ。俺の周りで離婚していない人は皆無だ。最初からしない方が面倒が少ない。

で、旦那側から見ると、かみさんも仕事しているから、家事、家の中の諸々、子供の送り迎えなんてもの、すべて、旦那も半分は担っていることになる。これに、庭仕事、日曜大工、車の修理なんて入るから、旦那の方が忙しいかもしれん(フランスはサービス業という発想がそもそもないので、自分で出来る限りのことはやるのだ。俺も、車のバックミラー、ヘッドランプの取替えなんか自分でやってしまう)。

と、もうお分かりだと思う。旦那がゴト中になんかなる余裕はない。会社にどっぷり帰属している時間などない。かみさんに、「いや、仕事があるから」なんてのは、まったく、理由にならない。仕事をキャンセルするのが先という順序になる。

急に、富岡多恵子さんの一節を思い出した。
「人生はあまりに長過ぎる。男どもが、仕事と称しているものは、実は、暇潰しなのである」
どきっ。

突然、人生の五分の三をフランスで過ごしている俺なのだが、たまに、日本に帰る。喫茶店でビールを注文して顰蹙。エレベーターに乗るときに、レディーファースト。皆が気味悪そうに俺を見る。女性の前を歩かない。体がこのようになってしまっているから、どうにもならん。素敵だわ、スマートな立ち居振る舞いって、だれも言ってくれない。「変な外人」「気味が悪い」「スケベー爺と誤解」、ろくなことないよ。もう、思い切っておかま(パリジャンヌ)になっちゃおうかしら。

ところで、俺はジャズ屋だけど、アイロン掛け以外の家の中のことはすべてやる。
働き者なのだよ。仲間内から、尊敬されて居るのじゃ。イサオは偉い、主夫とピアノを両立している。裕先生自身の見解。「まっ、俺、ハンサムだし、優しいし、働き者だし、まっ、モテモテのグローバリゼーションだよ。おまけに、孤高のピアニスト。そりゃ、女は参るよ。参るよ デイビスって、名前、変えちゃおうかしら」。フランス人女性談。「うん、イサオって便利そうね」「ギックリ腰?あら、故障しているのね」。なんだよ、洗濯機じゃねぇーって。

注 フランス男、一瞬、優しそうで家事なんて「率先して」やっているような「ふり」をしてい 
  るが、意外と亭主関白が多いし、「嫌々やっているやつ」も非常に多い。
注 フランス男の日本女性観は「やまとなでしこ」。俺は家事なんてせんでもいいのだ、日本娘
  と一緒になればぁーーー。と本気で思っているやつが多い。馬鹿だ、本当。そんなものい   ねぇーって、今時。で、一緒になってから、思い知るのであった。

2012年10月4日木曜日

VVM

Vincent Van Miller。バンサン(英語だとビンセント) バン ミラー。俺のリールのパーマネントグループだ。バンサン バン ゴッホとヘンリ ミラーをくっつけた。基本は、もう何をやっても構わない。以上。俺は、ただ、ステージの上で、ぼーとしていたい。これで構わんのだ。入場料頂くかは、本人の責任とする。

元々は、俺が、リヨン在住時(1998年に)立ち上げた、パフォーマンスグループの名前。VVMリヨンは大所帯だった。詩人、美術家、ミュージッシャン、舞踏家。プロアマは無視。もうどちら様でも、何やってもいいから、参加したい方は、どうぞっ。と、やっていたら、ステージの上は満員御礼。来ているお客さんより、ステージの上の数の方が多いという状態。元々、美術のコンテキストの中で、パフォーマンスをやっていたから、こういうことが止められない。でも、このコンセプトは、今でも変わらない。昔の仲間からは、「イサオは、ちょっと、ピアノ上手くなり過ぎ。つまんなんよ。昔の方が良かった」とご批判まで出て居る。確かに、ちょこざいなテクが多少付いてしまって、昔のアホな熱気は、かなり、薄らいではしまったが、そうは言っても、基本的態度に変わりはないんだけどなぁー。なんか面白いのは、ライブハウスの方もほくほく顔。お客さんが少ないのに、やたら参加者が多く、酒飲みばっかりだから、向こうもいい儲けになったみたい。俺のやること、行くとこ、良くこうゆう逆転が起きる。考えてみたら、ミュージッシャンが大挙押し寄せてきて、演奏して、飲めや歌えややれば、ライブハウスとしては、お客さんいらん訳だ。と算数上はなるけれど、実は、我々はただ酒の名人ばっかりだから、やはり、これは駄目。

VVMリールは、基本的に固定メンバーと、後はへめらもの飛び入りさん。前出のマルトリーのコンサートの時は、俺らの仲間の中で一番出世したブルースシンガーのレッドが、突然ステージに現れドラムス。ウイアーザロックを叩き出した。ジャンリュックとミモザが負けじと歌でハモって、俺のカカペットで応酬。女装した司会者が、だまらっしゃいだまらっしゃいと叫びながら、白鳥の湖を踊った。なんだったのだろう?会場も盛り上がり大騒ぎだ。やはり、どこかがお笑い系なのかもしれん。

通常は、俺のシンセ。カカ(うんち)ペットとリコーダーとパーカッション。ミモザ、ギター、テナーサックス、ハーモニカ。ジャンリュックの朗読。こういう構成。ミモザのテナーサックスは、まったくのデタラメなので、カカホォーンと自分で言っている。良く詩の朗読会に押し掛けて演奏してしまう。

今回は、俺が、ペットとリコーダー持ってパリから押し掛けたので、動画の中には、諸々の楽器は出てこない。まぁー、俺のペットは、自分でカカペッターと言っているので、ド下手はご了解お願い申し上げる次第でございます。逆に言うと、VVMの基本コンセプトに近い。ピアノを弾くと、ご批判通り、ちょっと、遠ざかるところもある。

ジャンリュックのビルナフダスク(リール近郊)のアパートに、YouTubeYouTubeと俺が押し掛けた訳。ジャンリュックに会ったのは、すでに書いた「お前のピアノを隠せ」というコンサートの打ち上げだった。丁度、俺の隣に座ったので、ぺちゃぺちゃやった。年も二つ下。同世代だ。物静かで大変に穏やか。「ミュージッシャン?」って聞いたら、違うよ、詩を書いてるって返事が来た。興味あるから、原稿送ってよとなった。で、また、とんとんとんと共演することにした。

動画の中の詩は、かなりのフランス語力がないと分からない。タイトルは自転車野郎のブルース。後半部分に俺の大好きなフレーズが出てくる。「ブルースでいっぱいだ。そこいら中がブルースだっ」。自転車野郎、他でもない、ジャンリュック自身だ。彼のアパート。俺たちの後ろに、ちょっとCDが映っているけど、カメラの後ろには、大量の本とレコードとCDと、自転車のロードレーサー。読書とレコード鑑賞と詩作と、フランスのインテリそのもの。そして、なぜか、自転車狂。毎日、100km以上走るって言っていた。もちろん、詩では食えないから、高校の地理(だったと思う)の先生をしている。動画の冒頭部分の自分の映像を見て、すぐメールが来た。「なんか、アホに見えない?」「大丈夫、優しい感じで、女の子にモテモテだよ」「そうかなぁー、そうならいいんだけど」と、リリースしてしまった。ミモザもそうだけど、二人とも生粋のリール野郎。ご両親は、ポーランドからの移民。炭鉱関係の仕事で来たそう。確か、ジャンリュックのお父さんが警察官で、ミモザは学校の先生かなんかだった。リール炭鉱移民の二世たちだ。ミモザのことは、別途書くが、このリール野郎たち、二人とも大変物静かで穏やかで(騒がしいのは、バンマスの俺だけだ)、大のビール党。これは、リールの連中の共通点。ベルギーから上手いビールがばしばし入ってくるから、嫌でもこうなる。ベルギーの修道院で作られる地酒みたいなビール。ジャンリュックとベルギー国境の山の中のカフェに行ったら「ビールだけのメニュー」。何種類あるのか分からない。ジャンリュックに選んでもらうしかなかった。

ところで、ジャンリュック、ミモザ。二人とも185cmだ。二人だけだと、ロック系の格好いいミュージッシャンに見える。けど、なぜか、俺が入るとチンドン屋に見える。なぜだ?

ぼた山

自分でライブハウスを立ち上げようと計画し、パリで物件を探す。
こっちも年で、ジャズクラブにお百度踏むのも面倒になってきた。ジャーマネ(マネージャー)を雇う余裕なんかないし、第一、ピアノバーのゴトシなんかしたくないし、大体、俺のスタイルではでけん。援助交際なんてしているカップルの脇で、フリージャズなんてやられては、向こうだってたまらんだろう。なんとなく、おもろいけど。「君、いくつ?十八。いいよなぁー、いいよなぁー、うんうん。オジサンは、五十三。うんうん、お金はないよぉー、貸してくれる?」えっ、援交って逆なの?

で、三日後に諦めた。高過ぎ晋作だ。家賃、わぁおーーー、3000euro!。では、買ってしまう?五千万(円)、あぁーあぁーあぁーーー(ターザン。中国語タモリ訳は、すぅーしぃーほぉー)。論外乱闘。では、郊外。人が集まらん。肥たご(小学生の時、藁を被せてあったこれに落ちたことがある。下半身がずぶっとソークに包まれた)と炭焼き小屋の隣のライブハウス。「えっ、おトイレ、外でお願いします」なんてな。で、炭焼き小屋の横で、しゃがんでると麦わら帽子で、肥たご担いだおじいちゃんに、「精がでるねぇー」なんて、声掛けられて。ちょっと、無理じゃわい。

サハラ砂漠に土地買って.....。これも、無理無理。「いやぁー、僕はねぇー、サハラ砂漠にね、広大な土地を所有してるんだよ、君」。哀川翔さんの声音で、「あっ、そ」。

では、痴呆都市だぁ、となった。そう言えば、昔、リールに住んでいた友達が、「リール、センパ(シンパティック/いい感じ)でいいどぉー」と言っていたな。パリまでTGVで一時間。ふむ、ちょこっと、行ってみっかぁー、となった。

工業地帯、失業者の町、アル中が多いetcetc
まあ、ちょっと、小汚い感じだけど、庶民的で、活気はあるってなイメージ。で行った。
わぁ、小振りのブリュッセル。なんだよぉー、綺麗な町じゃんか。全然、イメージ違うなぁーと旧市街と中心街を歩き、ついでだ広場の向こうまで行ってみよう。

ありゃ、突然、10mおきにジキコ(乞食)、真昼間からディスカウントショップの前で缶ビール飲んでいる失業者、タバコの箱を出すと、すぐたかられる(一本吸う度に、結果二本なくなる)。缶ビール飲みながら乳母車押してる女性(失業中)。ジプシーの子供たち。

リール。パリから220km。TGVでさっき書いたけど1H。ブリュッセルまで30mm。ロンドン2H。この立地。かつては商業の町として栄えた。その後、繊維産業、炭鉱で栄え、逆に言うと、今は、何もないと言えば言えなくもない。リール近郊のぼた山。閉山になった炭鉱跡。かつて炭鉱従業員が住んでいた長屋。東欧からの移民。ずばり、俺の故郷の、俺が育った頃のイメージと重なる。懐かしかった。なんともこの風景は沁みた。旧市街の美しい町並み。中心街の活気。で、一挙に広場の向こうのコントラスト。そして、この郊外の風景。ジャズしている。

道で地図を出していると、必ず、向こうから、「何探してんですか?」と声を掛けられる。「リール、いいとこですねぇー」って言うと「だろぉ」なんて返事が返って来る。道行く姉ちゃん。すっぴんが多い。時々、おわぁー、「おいくらですか?」と聞かれても仕方ねぇーだろっという感じの姉ちゃん。若僧、ヒッピースタイル、モヒカン、スキンヘッドなんかが結構いる。昔住んでたリヨンには、こんなんいなかった。ギター抱えているやつが多い。朝の歩道のビール瓶、ビールの空き缶。リヨンではこんなことなかった。

で、俺は気に入った。早速、マーケッティングを開始。予想通りだ。インプロバイザーの巣窟であることが分かった。で、決めた。おーし、ここだぁーと。決めると素早いジャズ屋体質。すぐ、引越してしまった。

日本語のタイトルは知らない。映画「ビィアンビィニューシェシィティ」。ようこそ、シィティの国へ。シィティ。北フランスのこと。日本だと、俺の育った東北地方に当たる。リールは、地理的には仙台。雰囲気は全然違うけど。で、リールのもうひとつの大きな要素は、ベルギーとの国境の町であること。俺もよくタバコ買いにベルギーに行った。フランスより安いのです。国境と言っても、日本の県境と一緒。ベルギーという標識があるだけ。標識の後ろから、ずらぁーーーとタバコ屋が並んでいる。日本人には、やはり、奇異な印象。田舎道を車で走っていると、いつの間にか、道路標識がベルギーのものになっていて、ありゃ、いつからベルギーなの?という感じになる。

話が進まない。それで、シィティを日本語に訳すと、俺の意見では、かっぺ。だ。だから、「ようこそ、かっぺの国へ」とこうなる。この映画は、フランス映画の記録をすべて塗り替えた。俺も見に行った(リールで)。映画館の中。空き席がひとつもない。こんなの初めてだった。お客さんも、当然、地元の人。皆、かっぺ。で、かっぺのパロディーなのに、俺も含めて腹を抱えて笑いっぱなしだった。終わっても、まだ、皆で笑っていた。稀だ、こういうことは。ただし、監督のダニー ブーン自体が地元(リールの隣町の出身)の人なので、角が立たないという分析があった。確かに、パリ出身の監督が作ったら、たぶん、非難轟々だったと思う。かっぺの監督がかっぺのパロディー映画作って、かっぺのお客さんが、腹抱えて笑い転げる。なんかフランス全土を巻き込んだ村祭りに、この映画はなったのだろう。是非、ご欄あれ。北フランスのカリカチュアですが、その根源が良く出ています。で、俺もシィティジャポネなのだ。

2012年10月3日水曜日

リール仲間 ビール瓶

クリスチャン バッサール。リールで最も著名なクラッシックギタリスト。非常にリリカルな演奏を得意とする。彼のYouTubeチャンネル、是非、ご覧下さい。素晴らしいソロ演奏が聴けますよ。

俺は、2007-2010と三年間、リールに住んでいた。リールという町については、特別な思いがあるので、別途書く。

地上階が現代美術の画廊で、地下がライブハウスというミニ文化センターのようなものをやっていた。前衛美術家、前衛ミュージッシャンの溜り場だった。「すいません、パトロンに会いたいのですが」「えっ、俺だけど」。ギター背負った若い兄貴。「えーと、ギターやってんですけど」「はいはい、でも、俺んとこは尖がった音楽、即興、現代音楽、クラッシック、古典音楽とかしかやらないけど」「あっ、はい、自分で作曲したギターとコンピューター使ったやつですけど」「ギターは?音大かなんかで習ったの?」「まったくの独学です」「いいよ。来月になっちゃうけど」「いいよ?いいんですか、デモテープとか聞かなくて」「うん、いいよ」「えっ、クール、クール」とか、ある意味、いい加減な経営者だったけど、なんか雰囲気で音は分かる。いつしか、オリジナルな音楽を聴ける場所として定着。とはいえ、当然かしらね、経営破綻で、また、パリに出戻り。

ある日、常連のギタリストがぶらっと入ってきた。「イサオ、凄いギタリスト知ってんだけど。たまに俺とデュオでやってくれる」「えっ、俺んとこなんて出てくれないよ、そんな人」「全然、気さくですげぇーいい奴だよ。年もイサオと同じぐらいだ。俺が話し付けるよ」「異議なし。よろしく」

と、とんとんとんと話が進み、紹介してくれたギタリスト、フィルとのデュオで、見事な即興演奏を披露してくれた。この演奏は、俺のライブハウスのベストパフォーマンスのひとつとなった。フィルが、ベース、音響効果役に徹していて、ギター叩いたり、綿の付いたドラムスティックで弦を叩いたり、その横のクリスチャンの超リリカルなギター、賛美歌みたいなボーカル。見事の一言。

年は俺とまったく同じ。著名なクラッシックのギタリストなのに、まるで音楽への偏見がない超オープンなやつだった。クラッシック、オリエンタル音楽、即興演奏、ロック、お笑い、馬鹿俳句。そして、ボーカリストでもある。本当にマルチだ、彼は。俺は、丸痴。打ち上げで、日仏はなもげら合戦。訳の分からん空手の披露。さむらいの物まね。犬の物まね。おかまだの、自分の物まねとか、しまいには歩道で、ブルース リー(俺)とチャック ノリス(クリスチャン)の「ドラゴンへの道」の物まねまで二人でやってしまった。盛り上がり親友になった。中村誠一さんとタモリの出会い、ヨギメン友達。まったく同じのり。後日、オフィシャルなコンサート中に、二人で、これをやってしまった。さむらい、やくざ、ブルース リー。コンサート中に、「ちょえぇぇぇぇぇーーー」「むむむむむぅーーー、おぬし」とか英語で、「ファOO Oゥー」。座頭市。ごめだこりゃ。

久しぶりに動画を見てみた。コメントに書いた通り、俺のピアノはお邪魔虫。正直、いらん。怪しげな東洋人の、怪しげなピアノ調律師という趣。やはり、クラッシック系の即興演奏は、リール音大ピアノ科の大学院に行っているお姉さんとかの方が、俺より格段上手い。ジャズコードを使わずにやっているので、無理が見え見えだ。クリスチャンは、きちんとクラッシックの和声を身に付けているので、大変だった。なるべく、邪魔せんようにとやってみたのですが.....。けれど、音大の学生さんたちに俺のファンが多いのもよく分からん。別件だけど。野蛮でセクシーなのかしら?

当のクリスチャンの方は、「いやぁー、楽しかったぁー」なんて喜んでいる。大体、俺が押しかけて行って、「ねえ、クリスチャン、YouTubeの動画撮りたいんだけど」「うん、いいよ」。撮り終わって、ビール飲みながら、奥さんのナタリーと三人で動画見て、げらげら。アル中のギタリストと謎の調律師、きゃはははぁーーー。なんて言って、動画1はこれにしようとなった。

前に書いた通り、クラッシック系とジャズ系の即興演奏は、やはり違う。ハーモニーの使い方も随分違う。クリスチャンのリリカルなギターは、幸い中盤から後半に掛けて聴けるので、公開することにした。

後日談なんだけど、先日、インターネットをいじっていたら、俺の名前が出てきた。もちろん、自分でアップロードした動画が沢山あるから、当然なのだけれど、それ以外にも沢山名前が出てきた。「お笑い動画集」とかいうサイトに名前が出ていたのでクリック。この動画が、「お薦めお笑い動画として」選ばれていた。まったく別のレベルでお薦め動画に。いやぁー、なんだか嬉しかった。

よもやまなはし

えー、毎度、馬鹿馬鹿しいお笑いを、ひとつ。と言って、ニッと笑う。クダラナイ。
なんかのレクチャーに呼ばれて、「シニアの方は」と、パネリストが言って俺の顔を見た。けど、俺は後ろを振り返り、キョロキョロして、「あっ、俺っ? いや、私ですか?」。こういう反応をいつまでもしている。53歳。これがどういう位置にいるのか、よく分からない。よくいう江戸時代なら隠居の年だ。

で、人生の先輩(年長の方)、後輩(年下の方および若僧、ガキども)がいる。後者の方が、まだ、多いはずだ。先日、パリの元某某大手日系企業の社長だった方にお会いした。「裕さんって、いくつ?」「あっ、はい、五十三です」「ぎゃーーーはっはっはっ、子供じゃん」なんて言われてしまった。で、たまに日本に帰ると、「先生」なんて呼ばれたりする。これでは前に書いた、年齢パリ症候群だ。

で、この俺の年の相対的なご意見はさておき、実際は.....。
ふむ、書けない。ぎっくり腰はご愛嬌としても、それ以外の、詳細は、やはり、ハンサム系としては、やはり、書けん。自分でイメージダウン。そんなことは、芸能人の端くれとしては、でけん。

閑話休題

はい、ジャズおよびロックだと思うのですが、ミュージッシャン用語および、ついでだ、東北弁のレッスンです。

ピアノ ヤノピ びあのと、元の言葉、ミュージッシャン用語、東北弁へ。

女 なおん おめご
私 たわし おれげぇー
森田和義 タモリ だもり
-nko  こーまん べっa(b
kuso  そーく ふん
兄ちゃん チャンにー おにいじゃん
鉛筆の芯が丸くなったー ぴつえんんーしがるくまー ずんこになった

このように日本語内だけでも、すでに、諸々の転回形。
まだ、分からんかなぁー、君たち。だから「間違った音」などないのだから、気楽に音楽してね。ということ。こじつけ、かしら。なんとなく、段々、アンチクラッシックの化けの皮が剥がれてきたかも。ジャズは、土着音楽、元々は。段々、高度化して来たのは残念無念。日本の夏祭り。それこそがジャズなんだけどなぁー。皆、教養(西洋化)が深まっちゃった。でも、世界の中心は、西洋でも、東洋でも、アフリカでもなくて、おわぁー、また、急に詩神のお達し、だから、あなただ。

デタラメでいいんだ。アホみたいに酒飲んで、ボンゴを、叩き捲くる。当然、ボンゴ、ボンゴとなって、梵語。日本人は、などと、言ってしまいますが、練習とかご教示とか好き過ぎ。俺は、そんなもん、どうでもいいけん、酒とボンゴ、持ってこいぃー。これはこれで、すっきりしていて明るい。先輩、いや、俺の先輩のお話は、ちゃんと聞く。礼儀だけではなくて、年輪には勝てない。とはいえ、年長者、俺の下の若僧が、チャンジーに首絞められる筋合いはない。

好きにして、拙かったら、自分で直して頂戴ね。以上、虎の穴音楽教室でした。校長、裕イサオ。

マイ フーリッシュ ハート

とうとうブログも、この動画まで辿り着いた。
動画の延長コメント、その間に、なんだか訳の分からない小話、エッセイ。
このスタイルで書いて来た。

この曲。動画の冒頭に、トークの映像を入れた。その中のコメントと重複してしまうが、もう一度、文章化してみる。

俺は坊主刈りの学生服を着た中学二年生だった。野球部でキャッチャーをしていた。
吉田拓郎とかかぐや姫、井上揚水なんかを聴いていた。
どうして、突然、ジャズのレコードを買ったのか、思い出せない。
先輩かなんかに薦められたのだろう。

街中に結構大きなレコード店があった。
ジャズのセクションがかなりの面積を占めていた。
で、どうして、その一枚を選んだのかも記憶がない。

「ワルツ フォー デビー」ビル エバンス
たぶん、ジャズピアノの最高峰の一枚であろうアルバム。このアルバムの一曲目だ。
ニューヨークのビレッジバンガードのライブレコーディング。人々のざわめきと、たぶん、ワイングラスと思われるグラスの触れ合う音。ステージの上には、ビル エバンス(ピアノ)。ポール モチアン(ドラムス)と、もうひとり伝説のベーシスト、スコット ラファロ。たぶん、このピアノトリオはジャズ史の中の、最強トリオのひとつだろう。若くして世を去ったスコット ラファロが、後年のベース奏者に残した影響は多大なものがある。エレクトリックベースのジャコ パストリアス、ウッドベースとエレクトリック両刀使いスタンリー クラーク。そして、直接の後継者は、たぶん、ゲイリー ピーコック。ベースをソロ楽器、メロディー楽器へと変貌させた。

ビルが相当酷いジャンキーであったこと。マイルスのバンドで黒人から逆差別、いじめに合っていたこと。そして、スコットの交通事故死。すれすれのところにいたことを、最近、知った。スコットの事故は、このレコーディングから間もない。アル中、ニコチン中毒、なおん(女)、で、薬。楽器。これがジャズ屋の五大要素だ。三つはクリアー(と言うのかなぁー)しないと「いい音が出ない」ということになっとる。一応、俺は、アル、ニコ、なおん、楽器と四つを制覇している。努力しているのだ。スリクまで行ってしまうと、禁治産者だから、五番目はパス。体が、もたんだろう。

そして、この三人の演奏。色っぽいの一言だ。俺には、分かんないのだが、スリクの影響もあるのだろう。俺には、こんな色っぽい演奏はできない。いや、スリクのせいではなく、元々が体育会系というやつなんで、やっぱ、でけん。田村隆一と吉岡実。田村さん、全然、色っぽくない。吉岡さん、色っぽい。田村さん、アル中。吉岡さん、酒飲まない。あれっ、だったら、アルコールもスリクも関係ないのだね、これに関しては。そうかぁー、最初から、色っぽくないんだね。ほっといてくれっ。

でも、坊主刈りの十四歳の中二の俺の中に、はっきり、なにかが、刺さった。この時、ジャズのピアノ弾きになろうと思った。こういうことは、だれしも、ある。

プロ登録したのがシジューの時だから、その時から二十六年経っている。屈折何年じゃなくて、中断していたのだ。でも、中断から再起して這い上がり、坊主刈りにして学生服着て、俺は、ピアノを再開した。時間が、どきどきと逆流して、初心に帰った。人生の初期化だ。

で、おっさんは、普通は、こういうことはしない。いや、してはいかんのだ。年輪、下腹、顔の弛み。温厚とか、おっさんらしい風態にならんといかんのだよ。でも、でけんかった。やはり、元々の美貌がブロックした。日本のデビッド ボウイ。えっ、ひとみ婆さん?

で、この超へたくそスタンダード。絶対に、非難轟々は覚悟していたら、なんだか「今週のお薦め動画」というチャンネルに、ばっちり、載っていた。

すいません、全然、俺の思惑とは関係なく、動画がひとり歩きを始めた。

この曲は、中二の俺だったらしいガキとの決別のために、あえて、ド下手を承知で弾いて、動画化して、公開したのですよ。決着、付けんとね。一応は、人生に。次に行くためにね。おっさんだって、進歩すんだよ、高齢化社会だよ、若僧どもめっ。

2012年10月2日火曜日

架空の人物

そうだな、俺の家に、日本の某大手電子機器の会社の、
広報部の若いお姉さんから電話が来たのは、2013年の初頭だった。
声が緊張で震えていた。

「あっ、あの、裕先生でいらっしゃいますか?」
「へぇー、あたすどす。イーちゃんと呼んでおくんなまし」
「ooo広報部のoooと申しますが」
「へっ、なんぞ御用で?すっかす、すま(暇)どすなぁー、ゴトシ(仕事)がねぇーだべ。おするは、
   うどんにすっぺがな」
「えっ?あの、当社社長のoooが先生の動画、ラストシーンを拝見させて頂いて、大変に素晴ら しかったと。是非、当社のCMに使わせて頂きたいと、突然の失礼なお電話、何卒、ご容赦  を」
「へっ、あんた今なにこいたべな。おするはひやむぎに、すっぺかな。鳥うどんもなぁー。うん  うん。はだげでよぉー、こす、いだめじまってよぉー、ヤノピが弾けんでのぉー、えっ、スー   エム?お宅の、あたすの曲を、スーエム。につかいだいってことなんだべか?」
「はい、是非是非」
「うぁちゃぁーーー、あんだ、OOO社。ほんどうに?」
「はい」と、いった会話がなされた。

中略。俺に異論はない。とんとん拍子で話が進み、CMがリリース。OOO社の新製品、馬鹿売れ。CM音楽への問い合わせが殺到。とうとう、OOO社の業務に支障をきたすほどの嬉しい悲鳴。そうこうしていたら、某大手レコード会社から、CDにしたいとの申し出。異論はない。メローな癒し系のジャズとの謳い文句で、ジャズでは異例のヒットチャート入り。今度は、リズミックスシリーズが若者の間で爆発的なヒット。アメリカのレコード会社からリリースの申し出。とうとう、プッシーキャトドールズを抜き去り、全米ヒットチャートで一位。ついでにグラミー賞(ジャズ部門)。洋酒会社から、即興演奏をCMに使いたい、先生自らご出演。異論はない。大人の洋酒、大人のジャズ、洋酒は馬鹿売れ。フリージャズでは前代未聞。メジャーレーベルからリリース。ヒットチャートで七位を記録(フリージャズの演奏が、ヒットチャートにノミネート、当然、世界初)。その間、ハリウッド映画の音楽担当。グラミー賞。日本のCM音楽、映画、ドラマと仕事が殺到。この頃、俺の年収は十一億円を突破。当然、フランスのディスコは俺のリズミックスばかり流れ、フランスでもデイビッド ゲイタを追い抜き一位。ゴールドディスク。ゴールドディスクの授与式のレセプション。ランボルギーニから降り立った俺は、たちまち、報道陣、ファンのお姉さん方にもみくちゃ。ひーひー言ってレセプションまで辿り着く。レセプションにいた別嬪のコンパニオン三人(派遣モデル)に、職務を忘れてしまったらしく、きゃあぁぁぁぁぁーーー、と跳び付かれた。これが、後のイサオガールズの三人。キャサリンとイザベルと直子。もう面倒なので、三人纏めて秘書で雇ってしまった。キャサリンはスエーデン語、英語、ドイツ語。イザベルはフランス語とイタリア語とスペイン語と日本語。直子は日本語、フランス語、中国語と韓国語。各国の言語をほとんどカバーしている。秘書に丁度いい。悲しいかな半世紀の貧乏暮らしが直らない、金の使い道がないので、パリ近郊の木立の中に土地を買い、日本の高名な建築家に設計を依頼。下心丸出しだったが、この三人を同居させることにした。

屋外25Mと屋内プール25Mとジム。俺の練習場、ヤマハのGXLが、どんと置いてある。と書斎兼YouTubeを見るためのホームシアターと寝室。三人の秘書各自へ150M2のアパートを建物内に作った。スマートを一台ずつ買った。色は各自に決めさせた。左右の扉に小さくIsao YUと入っている。ゲストルームがふたつ。各250M2。まっ、ラスベガスのスイートルームをシックにした感じかしらね。サロンは、吹き抜けの600M2。仕事柄、ジェットセットのパーティーを開かなければいけないのだ。ほとんど、お城のようなサイズになってしまったが、木立に隠れて、外部からは見えないし、石塀で取り囲んでもらったから、十分静かである。巨大な容積にもかかわらず、さすが、高名な建築家の設計である。お洒落だし威圧感はない。自然と溶け込んでいて、俺は、大変に気に入っている。三十八億円、安いものだ。敷地内に、住み込みのメイド三人と庭師三人(この三組は夫婦。当然、子供部屋も併設)の住居も建てた。あまり、俺の家と違い過ぎるのも、子供たちが卑屈になるので、フランスの中流家庭ぐらいの家を三軒建てた。ただ、俺は料理狂なので、調理人は雇わなかった。建物内に、三ツ星レストランも真っ青の厨房を作ってもらった。とはいえ、おでんだの、メンチカツだの、イカの塩焼きなんてもんしか作らんが。この頃には、俺の年収は二十八億円。プラス、次から次へと、印税(CDも印税って言うの?)だ広告料だと入って来るので、面倒なのでスイスの銀行に管理させることにした。実際の収入は自分でも分からない。新築の家のローンも、結局、二回に分けて完済してしまった。音楽活動だけでも十分過ぎるのに、日本の大手出版社からこぞって、この筆トークを是非、出版させてくれと依頼が殺到。面倒なので、出版社の選定なんだかんだは、すべて、直子に任せてしまった(直子は、一瞬馬鹿ぽいが、なんのなんの優秀な秘書なのだ。皆、ちょっと娼婦ぽいのと、舌足らずな馬鹿っぽい話し方に騙され、油断するのだ)。イザベルがフランス語に翻訳するらしい。俺は、銀行利子と印税だけでも、まったく生活に困らないので、少しずつ仕事をお断りしている。

ひとつだけ重大な誤算があった。下心丸出しで三人の別嬪を同居させた。ここまではいい。住まわせた当初。この三人のライバル意識が凄まじく、おいそれと、ひとりに手を出した日には、残りのふたりから何をされるか分からない。結局、だれにも手を出せないという矛盾が生じてしまった。俺が矛盾に引き裂かれている内に、三人は大の仲良しになってしまい、おいそれと浮気さえできない。三人の女秘書に見張られているのだ。失敗だった。金もいらん、もう、俺はなにもいらん、えーんえーん、自由が欲しい。大体、趣味の草むしりをしていると、庭師が血相変えて飛んで来るし、スーパーに行けば、ファンにもみくちゃになるので、宅配で届けてもらうしか手がない。離れのガレージに、ランボルギーニとブガッティーとフェラーリのテスタロッサとアストンマーチンとマクラーレンとベンツのクーペとシトローエンCXと日産GT-Rと、後、忘れちゃったよ。

貧乏な頃が、懐かしいよぉー、買出しに行きたいよぉー。
なんでも買えちゃうから、ツマンナイよぉー。

ふと、カレンダーが目に留まった。あれっ? あれあれ? 2012年?
おかしいじゃん、時系列的に。

2012年10月1日月曜日

月よりの使者

昨日、一週間ぶりに、びっこを引きながら、散歩に出た。散歩と言っても、本当に、三歩で、まともに歩けないので、川の辺りのベンチに腰掛けて、水面のキラキラだの、停泊中のぺニッシュの空っぽの積載船の微妙な上下の揺れだの、遠くの教会の尖塔だのを見ていた。たぶん、太宰治の顔真似を知らぬ間にしていたはずだ。で、突然、むらむらと欲情したのではなく、映画エンドレスワルツの映像が頭の中を駆け巡り始め、なんだか、妙にイライラして来た。水色の秋空の下、穏やかな深緑色の水面。イライラする要素なんて、どこにもない。けれど、なんか怒りが込み上げてきた。そして、帰宅後、前回のブログを書いた。たまに、こういう詩神に憑かれる。

この動画。また、また、久しぶりに見てみた。タイトルの意味は、クナトンナ(なんとなく)で、最後の方に、ルートなしの四和音のマイナーコードで、Ebから半音ずつ下がるフレーズが、なんとなく、ドゥビッシー風。そして、なんとなく月とか星とか宇宙。毎晩、志村けんさんのコントをYouTubeで見ていて、加藤茶との月光仮面コントに嵌っていたので、このタイトルになった。なんだか、実に安易な命名なのだ。茶「お住まいは?」けん「月よりの使者だから、月ですかねぇー」茶「あんた、ここの制限速度知ってるよね?」けん「えっ?」茶「こんなとこで30kmなんて、危ないじゃないか。ここは90kmだよ」けん「久しぶりの仕事で、安全運転で行こうと」茶「大体、そのバイク。改造車だな。いい年こいて、はでな格好して、大体、ヘルメットは?」けん、ターバンを見せて、「一応、これ巻いてるんですけど」茶「年は?」けん「放映されたのが、昭和三十年ぐらいだから七十ぐらいですかねぇー」茶「大体、この下のもっこりは止めなさい」けん「えっ、こういう衣装なんで」茶「ちょっと、署まで来てもらう」けん「えっ、もっこりで逮捕ですか?」

馬鹿馬鹿しいと言えば、とんでもなくそうだけど、年老いた月光仮面。志村さん、おじいちゃん、おばあちゃんやると、世界一の芸人さんだ。笑いながら、どこかに引っ掛かる。どこかが暖かい、志村さんのコントは。

で、俺の、こういった即興ピアノ。熱狂的にいいと言ってくれる人と、なんだか分からんなぁーという人に二分する。どちらも正解なんだろう。大体、これをウォークマンとかで電車の中で聴いている人、なんか不気味だ。俺でさえ聴かない。演奏者本人が、リズミックスシリーズばっかり聴いている。フリージャズ、即興演奏、なんだか、自分でもしんどくなる。無責任だよな、まったく。弾きっ放しだ、これじゃ。でも、廃屋になったレンガ造りの工場後なんかのど真ん中に、ヤマハのコンサート用のすげぇーグランドピアノ。確か、GXLとか、そんな名前。F1の車みたいで、ピア中が見ると、よだれ。もう、むらむら。隣に、裸の女の子いても、押し退けて、ピアノに跳び付く。
で、そのシュチエーションの中で、なんか弾こうとすると、こういう音楽になる。どう見たって、孤高のピアニストだ。だって、隣で、突き飛ばされた裸のお姉さんが倒れて居るのだから。ピア中も重症になるとここまで来るのだ。

ところで、加藤茶さんは、俺と同郷。訛ったそぉーずんご(標準語)が懐かしい。高校出て、東京の美術大学進学予備校に行って、最初の日に挨拶。本人は、そぉーずんごで話したつもりだったが、教室中、しーーーんとしたのを覚えている。デザイン科に別嬪の姉ちゃんが沢山いたが、このしーーーんの後、お声を掛ける気にはならなかった。まだ、俺は十九歳だったんだもんなぁー。はっきり言って、確かに俺だったのだろうけれど、今の俺とは関係のない別人だ。三十年以上も経っちゃうと、そんなシャイなとこなんてまったくなくなる。「今晩、どや?」なんて平気で声掛けたり、そんな馬鹿な、する訳ないよ。女性は、口説くプロセスが楽しいのだよ。結果なんてどうでもええ。口説くというこの営為が文学的だし、大人(オジサン)の楽しみなのだね。だから、結果が分かったらポイ。うわぁー、こんなことばっかりやってっと、おーーー、怖ぁーーー。

そうだ、なんだかこの動画、難解な曲なのに妙に再生率がいいと思ってインターネットで調べてたら、なぁーーーんだぁーー、同名の映画と歌があった。自分が知らぬ間に、ヒットしていた。すいません、間違って俺の見ちゃった人も多いみたいです。すつれいいたすますた。因みに、朝日新聞。あさすすんぶん。なんかクラッシック音楽とジャズの関係みたい。元々から、俺はジャズメンだったのだ!

ライブ

俺は、基本的に、ライブ演奏しか信じていない。

絵描き、物書きとミュージャンとの大きな違いは、ミュージッシャンのゴトシ(仕事)は、ライブ、直接の観衆(お客さん)を前に成立することだ。絵描きさんでも、ライブで絵を描く人はいるけれど、基本的になんか違う。「あんちゃーーーん、死ぬまで、弾きまくれぇーーー」とか、ライブ中に、励ましのようなヤジが飛んで来る。で、俺は、「この野郎っ、人事だと思いやがってっ。弾きまくったるぅーーー」とか頭の中で、ひとり呟いていたりする。そして、お客さんの裕イサオを聴きに来ている熱気と期待が伝わってくる。この感じはとてもいい。人生の一瞬の時間を、見知らぬ人と共有し、しかも、熱くなっている。みんな、俺ら、生きとるぞぉーという感触が伝わってくる。音楽、いや、ジャズ屋冥利です。創作の時間を「共有できる」のは音楽(一部の)しかない。

田村隆一さんの詩に、「時が過ぎるのではない 人が過ぎるのだ」という一節がある。
吉増剛造さんの散文詩に、正確な記述は忘れてしまったけど、「死は至る所にある。君の前の線路。君の手首。ほんの一メートルもない所に。そして、それが難儀で、その勇気がないのなら、君の血管のひとつひとつが生きている証なのだ」。

水色の秋空の下、川の辺で、金子みすずさんの「美しい町」の絵描きのように、水面を見つめていたら、上のフレーズが音楽のように頭の中を通り過ぎていった。

今更、自分が笑い出すぐらい自明のことが、頭に浮かんで来た。
死、なくなった方。それは生きている我々の脳髄の中にしかない。死という観念自体が、生きている証だ。めげて疲れている時、時折、それが甘美なものに思える時がある。目を覚ましたくない欲求が込み上げて来る時もある。

動物、生物の死は、その形が物体になることだ。そして、土に返る。その形が生きて動いていた、共有していた時間、思い出が、映像が、生きている我々の脳髄の中で息づく。

弾き手のいなくなった楽器。それも、魂のなくなった物体に過ぎない。

だから、自分の死は自分の問題じゃない。生きて、その生きていた形を内包して、その後に生きていく人たちの問題。だから、生きている内に、きちんと生きないと。死に順は厳守。生きていた時間と、共有した時間は穏やかにこしたことはない。墓参りの時に、思わず、不謹慎にも、くくくって、思い出し笑いが出る。そんな形が、一番いい。だから、自殺は、生者への冒涜だ。一世一代の、その人のパフォーマンス。しゃらくさい。そんなことをするなら、音楽がある。文学がある。美術がある。芸術は、そんなもやもやに決着を付けるためにある。と俺は信じている。

と、水面を見てて、俺は思った。昔は、死に急ぐジャズミュージッシャンが多過ぎた。
格好付け過ぎ。俺は嫌だね。三流でいい。穏やかに生きる。そういうことだ。