2012年10月18日木曜日

RHYTHMIX2

この動画の説明は、1に順ずる。以上。

動画紹介、アホエッセイと交互に書いていると、すでに、書いた。
考えたら、RHYTHMIX3で、動画紹介はお仕舞いなので、ほとんど、このブログの初期の目的は、間もなく達成。そろそろ、あとがきの準備でもするかしら。やはり、キャンディーズのように、惜しまれて去りたい。一挙に書き捲くって、一挙にブロガーの最盛期を向かえ、消えてしまう。これはこれで、格好いい(かも)。読者の皆さん、ありがとぉー、なんて、泣きながら。ただ、一度、点火した執筆狂。治まるかしら?伝説のブロガーとして、歴史に名を刻む。これも手だな。なに、ごちゃごちゃ言ってんのって!増刷、増刷、100万部っ、てな人なら分かるけど。伝説のブロガーの憂いの横顔。ちょっと、ブロ画変えようかしらねぇ。

当初、ちまちまと更新して(週二回とか)、家事の合間に、ちょっと、頭の体操。なんて考えていたら、思わぬ洗顔中の軽い咳。で、結構、重症のぎっくり腰。二週間、寝たきり、座りきり、これがブロ中を悪化させた。俺が、最後に、公の場で物を書いたのが、2001年だから、十一年の個人的断筆宣言が、一挙に解除。で、解除されると、この通り。週間更新率11.6回。村一番の元気者。しかも、関西方面の異星人と時空を超えて感応してしまった。どんどん、ピアノが疎かになり、コンサートのプロモートもほっぽリ投げ(あんた、拙いよぉー、これ)、この様だ。コメント狂も併発しそうなので、ちょっと、自制致しました(ご返信、恐縮です)。原稿用紙200枚のコメントなんて、ブログの乗っ取りだよって!俺は、アホなので、やりかねないのだよ。善意のつもりで送っていたら、ブロガーさんの分より、コメントの方が長かったりして、近所迷惑甚だしい。奥さん、このおはぎ、奥さん、このぼたもち、このチョコ、美味しいのよぉー、じゃかーしい!俺は、甘いものは食わないのって!厳しい辛口の人間なの。文体に現われているでしょって!

たぶん、一ヶ月で原稿用紙換算枚数200枚ぐらいになっているはずだ。これでは、有難味がなくなる。でしょ?でもねぇー、俺の世代、および上。ガキの頃に、「男の子は無口」という教育受けたわけね。で、この状態でフランスに来ると、「自分の意見のない馬鹿」。こうなってしまうわけ。だから、三十年以上もいると、へらへらになる。自己防衛。攻撃あるのみ。弱肉強食。「細やかな気遣い」。これをじーと、三万年ぐらい待って待って切れる。「おめぇーらぁー、気がきかねぇー」。裕一徹。ちゃぶ台をひっくり返す。で、「あっ、これ取って欲しかったの?ちゃんと、いいなさいよ、取ってって」と、こういうご返信が返って来る。分かりますか?

ところで、頭の中にアホネタが山積している。筆トークの後は、こっちを放出しようかしらね。それか、だれか、代わりに書いてクレヨン。以下、アホネタ列記しますので、ご遠慮なく、お書き下さいませ。印税は半分でいいよ。

「ハイランダー(不死の超人たち)のパロディー」
俺、やだよ、800年も生きるの。天保二十三年に、江戸の女郎屋で揉めた女と、ばったり。
おー、怖っ。
「村全体が一軒の家」
昔のフランスの城塞都市だけど、シュールだ。これは、結構、マジな文学作品に、その気になればなるだろう。
「海の水がなくなってしまった風景」
お笑い小説として書こうなんて思って、たぶん、書いている内に、絶対にマジになるだろう。
山昇りではなく、今日は、天気がいいから、海下りに行ってきまぁーす。なんていうブログもできちゃう。でも、こう書いてるけど、ちょっと、マックス エルンスト、イブ タンギーの絵を思い出して、怖い。
「逆さに生えた木々」
これは、昨日、書いたけど、根っこを観賞するわけだ。
で、現代美術家が、逆さじゃないけど、浮遊する森という作品を作っている。実際に、俺は、北フランスのアラスという町の大広場に浮かぶ人工の森を見ている。小鳥が勘違いして、群がっていた。
「突然、日本とイギリスの位置が入れ替わる」
考えただけで、面白い。でしょ?これはお笑い系でもいけると思う。
「フランス料理が、日本食だったら」
これは、マジで良かったんだけど。
「企業小説」
おい、君、(課長が)、これは、純文一課の町田に回して。これは、かなりエロイなぁー、これはH第二課。このアホ小説は、アホ第三課の裕に書かせろ。会社として小説書くわけ。

延々と書いていても仕方がない。

急に、おじさんらしい文体になる。
今年のフランスの秋は、例年に較べると、日照時間が25%少ないとテレビでやっていた。
確かに、雨ばかり降っている。雨、曇り、ほんとに、たまに、日差しがちょっと、で、雨雨。

ヨーロッパの国々は、南ヨーロッパは別だけれど、夏が短い。一年の三分の二ぐらいが、秋と冬という感じ。これは、前に書いたパリ症候群のお姉さんたちにはシビアーな季節だろう。明るいシニアーマンの俺でさえ、気持ちが純文になってくる。で、暗くなるのかというと、アルキヘンデスの定理と同じで、明るくなる。なんだか、真夏に、同じことだけど、夏のど真ん中辺りに、カンカン照りの日差しの中で、妙な寂寥感がやってきたりする。ガルシア マルケスの百年の孤独とか、深沢七郎さんの笛吹川といった小説が、頭の中に浮かんできたりする。

やはり、おっさんには、なんだか、夏という季節は相応しくないのかもしれん。

今、思い出した。マイケル ジャクソンのマネというのが、俺の宴会芸のひとつだった。
最後に、ムーンウォークやったのいつだったかしら?ダンサーの友達の家での大晦日だったはず。で、ダンサーの家だから、飲めや歌えやではなく、飲めや踊れやになる。元、デスコ狂だから、ロボットダンスだ、マイケルの踊りマネだ、最後に、前衛舞踏のモノマネ。と、こうなる。一時期、マジで、舞踏ダンサーになろうかと思ったぐらいだ。

とにかく、自分でやってみないと気が済まない。芸術芸能の自給自足だ。
一時期なんか、家にある絵だのオブジェだのは、皆、自分の作品。別に、飾ってあるのではなく、散乱しているだけ。夜、ベッドの中で読むのは、自作の小説。で、ステレオから流れるのは、俺のピアノだ。そして、楽器も、パーカッション、トランペット、リコーダー、ギター、サックスと齧った。ピアノの右下にトランペットで、右側にパーカッションなんて時期もあった。ピアノの高音部に駆け上がり、そのまま、パーカッションなんてやって居ったのだ。

あれっ、だから、マイケルのマネだったね。十五年前ぐらいかしらね。今やったら、たぶん、一週間ぐらい入院だ。やはり、肉体的な選択肢が狭まってるから、ピアノとブログぐらいでいいよね。

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