自分でライブハウスを立ち上げようと計画し、パリで物件を探す。
こっちも年で、ジャズクラブにお百度踏むのも面倒になってきた。ジャーマネ(マネージャー)を雇う余裕なんかないし、第一、ピアノバーのゴトシなんかしたくないし、大体、俺のスタイルではでけん。援助交際なんてしているカップルの脇で、フリージャズなんてやられては、向こうだってたまらんだろう。なんとなく、おもろいけど。「君、いくつ?十八。いいよなぁー、いいよなぁー、うんうん。オジサンは、五十三。うんうん、お金はないよぉー、貸してくれる?」えっ、援交って逆なの?
で、三日後に諦めた。高過ぎ晋作だ。家賃、わぁおーーー、3000euro!。では、買ってしまう?五千万(円)、あぁーあぁーあぁーーー(ターザン。中国語タモリ訳は、すぅーしぃーほぉー)。論外乱闘。では、郊外。人が集まらん。肥たご(小学生の時、藁を被せてあったこれに落ちたことがある。下半身がずぶっとソークに包まれた)と炭焼き小屋の隣のライブハウス。「えっ、おトイレ、外でお願いします」なんてな。で、炭焼き小屋の横で、しゃがんでると麦わら帽子で、肥たご担いだおじいちゃんに、「精がでるねぇー」なんて、声掛けられて。ちょっと、無理じゃわい。
サハラ砂漠に土地買って.....。これも、無理無理。「いやぁー、僕はねぇー、サハラ砂漠にね、広大な土地を所有してるんだよ、君」。哀川翔さんの声音で、「あっ、そ」。
では、痴呆都市だぁ、となった。そう言えば、昔、リールに住んでいた友達が、「リール、センパ(シンパティック/いい感じ)でいいどぉー」と言っていたな。パリまでTGVで一時間。ふむ、ちょこっと、行ってみっかぁー、となった。
工業地帯、失業者の町、アル中が多いetcetc
まあ、ちょっと、小汚い感じだけど、庶民的で、活気はあるってなイメージ。で行った。
わぁ、小振りのブリュッセル。なんだよぉー、綺麗な町じゃんか。全然、イメージ違うなぁーと旧市街と中心街を歩き、ついでだ広場の向こうまで行ってみよう。
ありゃ、突然、10mおきにジキコ(乞食)、真昼間からディスカウントショップの前で缶ビール飲んでいる失業者、タバコの箱を出すと、すぐたかられる(一本吸う度に、結果二本なくなる)。缶ビール飲みながら乳母車押してる女性(失業中)。ジプシーの子供たち。
リール。パリから220km。TGVでさっき書いたけど1H。ブリュッセルまで30mm。ロンドン2H。この立地。かつては商業の町として栄えた。その後、繊維産業、炭鉱で栄え、逆に言うと、今は、何もないと言えば言えなくもない。リール近郊のぼた山。閉山になった炭鉱跡。かつて炭鉱従業員が住んでいた長屋。東欧からの移民。ずばり、俺の故郷の、俺が育った頃のイメージと重なる。懐かしかった。なんともこの風景は沁みた。旧市街の美しい町並み。中心街の活気。で、一挙に広場の向こうのコントラスト。そして、この郊外の風景。ジャズしている。
道で地図を出していると、必ず、向こうから、「何探してんですか?」と声を掛けられる。「リール、いいとこですねぇー」って言うと「だろぉ」なんて返事が返って来る。道行く姉ちゃん。すっぴんが多い。時々、おわぁー、「おいくらですか?」と聞かれても仕方ねぇーだろっという感じの姉ちゃん。若僧、ヒッピースタイル、モヒカン、スキンヘッドなんかが結構いる。昔住んでたリヨンには、こんなんいなかった。ギター抱えているやつが多い。朝の歩道のビール瓶、ビールの空き缶。リヨンではこんなことなかった。
で、俺は気に入った。早速、マーケッティングを開始。予想通りだ。インプロバイザーの巣窟であることが分かった。で、決めた。おーし、ここだぁーと。決めると素早いジャズ屋体質。すぐ、引越してしまった。
日本語のタイトルは知らない。映画「ビィアンビィニューシェシィティ」。ようこそ、シィティの国へ。シィティ。北フランスのこと。日本だと、俺の育った東北地方に当たる。リールは、地理的には仙台。雰囲気は全然違うけど。で、リールのもうひとつの大きな要素は、ベルギーとの国境の町であること。俺もよくタバコ買いにベルギーに行った。フランスより安いのです。国境と言っても、日本の県境と一緒。ベルギーという標識があるだけ。標識の後ろから、ずらぁーーーとタバコ屋が並んでいる。日本人には、やはり、奇異な印象。田舎道を車で走っていると、いつの間にか、道路標識がベルギーのものになっていて、ありゃ、いつからベルギーなの?という感じになる。
話が進まない。それで、シィティを日本語に訳すと、俺の意見では、かっぺ。だ。だから、「ようこそ、かっぺの国へ」とこうなる。この映画は、フランス映画の記録をすべて塗り替えた。俺も見に行った(リールで)。映画館の中。空き席がひとつもない。こんなの初めてだった。お客さんも、当然、地元の人。皆、かっぺ。で、かっぺのパロディーなのに、俺も含めて腹を抱えて笑いっぱなしだった。終わっても、まだ、皆で笑っていた。稀だ、こういうことは。ただし、監督のダニー ブーン自体が地元(リールの隣町の出身)の人なので、角が立たないという分析があった。確かに、パリ出身の監督が作ったら、たぶん、非難轟々だったと思う。かっぺの監督がかっぺのパロディー映画作って、かっぺのお客さんが、腹抱えて笑い転げる。なんかフランス全土を巻き込んだ村祭りに、この映画はなったのだろう。是非、ご欄あれ。北フランスのカリカチュアですが、その根源が良く出ています。で、俺もシィティジャポネなのだ。
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