2013年11月30日土曜日

久しぶりのポンピィドゥーセンター

なんだか、仲間の公演。私自身のコンサートと立て込んでいて、ブログタイムは、かなり圧迫されて来ている。けど、根性系の私は、這ってでも更新。巨人の星世代なのである。もともと無内容だから、更新だけはできる。「あっ」、とか一言書けばいいのであるからねぇー。

マキワタナベの舞踏公演を見に行った。ポンピィドゥーセンターの近くだったから、「最近の現代美術」を見てみようとなった。

「現代美術」の前に「最近の」と付けると、なんだか変。
今、売れっ子の三人の美術家の大規模な作品を見た。
三人とも、才能に満ち溢れている。けど、正直なところ、何十年も前に美術と決別した「私」というアーティストを超えていない。これは、残念。率直に、そう思った。通し券を買ったので、最上階の「シュールリアリズムとオブジェ展」、こちらも拝見。

一言で言ってしまうと、そのコンセプト、暴力、熱さ、歴史を変えたパワー、それは微塵もなく、
美術館という「歴史の中に堆積した遺物」であった。つまり、ゴミと一緒なのである。歴史、体制、美術館と、危険思想の外に埋葬されたゴミなのだ。こんなものを、私は崇拝しないし観賞もしない。ただ、それを作ったアーティストたち、彼らは愛おしいし崇拝している。

残ったものなんぞ、彼らの本来の意図ではないのである。

そして、現在を生きるマキワタナベとアイルランドのピアニスト、トレボー・ナイトの公演。
これは、本当に素晴らしかった。

音楽はライブ演奏以外に意味がないと、私は思っている。
演奏者が消滅する時に、その音も消えるのである。
音楽の博物館なんぞ、いらん。

追伸

歴史的な役目を終えた作品観賞。
これは、その「役目」を理解して見る以外にはない。
むしろ、これからの歴史を作っていく若い連中の作品を見るべきである。
美術観賞とは、次の世代を、自分の目で発見すること。
遺物を拝むことではないことは、理解していていいと思う。



賞もないやつ

今、ショートショートその三の執筆を始めた。
とはいえ、十五年前に書いた、私にしては珍しい、ちょっと不思議なエロティシズムが漂う作品を原稿用紙五枚にまとめただけであるけれど。とりいそぎ、五枚に集約し、再度、手を入れるのである。

そのプリントされた原稿を見ていたら、これも某掌編コンクールに応募していた。
すっかり忘れていた。著名な文学賞への応募、十回のはず。それから、掌編コンクールにも、同じぐらい応募していたのだろう。仮に、総回数二十回と推定すると、私は一度も入選さえしていない。見事である。もちろん、私のような方々は、相当数いらっしゃると思う。

受賞とか入選とか、なんぼのもんじゃいなどと負け惜しみを言いたいのではなくて、
やはり、大体の物事は十年ぐらいでプロの域に、普通は行くことを考えれば、この結果は、やはり、才がないと理解するべきだと思う。審査員の見る目がどうのこうのなんて思わない。だって、やはり、受賞作は、みな、流石であるから。と、客観的に考えてみる。ちと、寂しいといえば寂しいけど。

で、以前にも一度書いたけれど、たとえば、私が、なんらかのジャズピアノのコンテストに出たとする。もう、絶対に受賞とかはありえない。我流とか邪道とか、でたらめとかとの評が飛び交うはずである。でも、一部の熱狂的マニアに支持される。この構図が、はっきりと目に浮かぶ。

どうも、私自身のトーナリティーが、こういうマニアック系にしか行かないようである。
なんか、これはこれで、天性のアンダーグランドだと思えば、ひとつの才能ではあるかもしれなくもなくもなくてぇーもじもじもじ。でも、こんだけ日の目を見ないと、吸血鬼になっちゃうよぉーーー。審査員の方々に噛み付いちゃったりして.....。



2013年11月28日木曜日

癒しのジャズ

やいしのズゥージャって、書きそうになる。
で、俺たちはフリージャズメンだけれど、時々、こういう演奏もする。
時々だからこそ、たまには、時々、どきどきするだろうっ!

すでに、この日の演奏は全編、動画としてアップされているけれど、
聴き返したら、この部分だけ癒しジャズになっているので抜粋しました。
この演奏の前に、二十分ぐらいぎんぎらぎんの演奏をしたので、俺のソロから入ったわけ。

右側のヨラムと真師匠が退屈しているわけではなくて、俺に花を持たせつつ、入るタイミングを探りつつ、ちょっと休憩しているのである。なんとなく五十年代後半のピアノトリオっぽい感じになっている。うん。





爪切り

さっき、爪を切っていたら、初めて気が付いた。
フランスの高名な美容院の名前の入ったそれなんだけれど、「プロ用」って書いてあった。
プロの爪切り士というのがいるんだろう。行き付けのスーパーで買ってきた。燻し銀の色と焦げ茶色のデザインが素敵だからという訳ではなくて、切れそうだったから。
でも、ヤスリが付いてない。でも、やすりは、三十二年前に日本から持ってきた、はずだ、の、足の爪切りの大きめヤスリ、こっちを使うからいらん。

ほほほほほぉ、俺にとっては指および爪。商売道具なのである。
おかまじゃなくて、ピアノ弾く感触が、これによって随分違う訳。
指は、当然にして左右合わせて10本がベストである。だから、俺は、やくざもんにはなれん。
とりわけ、親指、小指、中指がないと、ブロックコードができなくなる。

で、指はある。そんなに長くはなくて、1オクターブ+1音までだから、やや、背の高い日本女性と同じぐらいである。で、手が小さければ、マラソンと一緒で、歩数で稼ぐ。ということ。

あっ、主旨が違う。爪、爪。
これが伸びていると、右手、時速800㌔で弾く時に、うざい。
鍵盤の端に当たったりすると、痛い痛いのである。

以上、フリージャズの基本でした。
だから、爪は坊主刈り状態じゃないと、弾けない訳でした。
でも、深爪、これも痛いぃーーーのである。

手先と爪のバランス。自己顕示欲。謙虚。だって、仲間の音を聴いている。炸裂。もう、どうでもいいもぉーん感覚。お客様と生きている時間を、うるうる、共有している。熱い思いと、ニャロー思い。リズムリズム沈む盛り上がりバクテンする心と愛と、ニャローが一緒くたのもつ鍋。

これが、不倫ジャズ。裕先生、字が違うよっ。あっ、フリージャズ。
似たようなもんだべって、どっちもよぉー。





2013年11月27日水曜日

Yo2

これは、俺のロックグループの名前っていうのは、もちろん、嘘。

カミサンが、昨日、腰が痛いって言ってたから、「ぎょほほほほぉー、年だねぇー、おまえも」などと言っていたら、バチが当たった。今度は、俺。痛いのである。垂直移動しかできなくなっている。カミサン、「ぎょほほほほほほぉーーーーー、お、じ、い、ちゃん」。

まっ、ぎょほほほほほぉーのとほほほほぉー。

でね、何日か前に、詩神様が通り過ぎましたブログを書いて、うな、もう、いいべぇー、愚ブログも、と考えを新たにし、タイトルもテンプレートも、うな、お引越しもしてしまい、心機一転と思ったけど、結局、めどうになった。中身が変われば、それで十分だろ? と、嘯く。外見から中身も結構変わる。でも、チャンジーだから、めどう。やはり、この辺は、チャンジーだよね。あんま、新しいことを受け付けない。もう、ピアノで十二分にトライしているから、ブログは許して下さいね。自然体、自然体っていうことに、しちまおう。

でも、ブロガーから雨場村へ、おすっこすをしようとしたら、これが、でけんのだ。
fc2はオーケーだったけど。いろいろと探りを入れてみたけれど、やっぱ、駄目。で、諦めた。

ブログの総タイトルとプロフィール写真、サムネイルは三回ぐらい変えたけれど、それだけである。右側のプロフィール写真が、実物よりずっと強面という仲間連の意見もある。でも、愚ブログを書いているやつの顔写真が愚鈍に目鼻では、相乗効果で、本物のアホと思われる危険性もあるので、実際そうであっても、写真だけは、ちと、強面にしておくことにした。どうでもいいような気もするけれど.....。テンプレートも、字が大きくて読み易くと、当然にして高齢ラインで統一してある。なんか、パソコン画面に出てくる単なる原稿用紙のようにも見えるけど、あんま、お洒落してもねぇー。内容がねぇー、これだもんねぇー。

腰が痛いよぉー。
コッシー君でした。はい。バァバァーーーイ。



2013年11月26日火曜日

ユーチューバー

ユーチューブ動画投函マニア、つまり、俺のことを勝手に、こう名付けた。
ここ近々で、アホのように九本もアップした。で、デジカメのラインインの調子が悪くなり、購入店へ。フランスのことだから、「いったいいつになったら修理が終了するのか」じぇんじぇん分からないのである。まあ、年内は無理だろうねぇー。冬のバカンスだ、クリスマスだで、仕事どころではないはず。うなもん、後回しである。この徹底振りに感動さえ覚える。もし、再就職する時は、絶対に日系企業には行かないことにしている。または、小さな会社。社長と会計のおばさんだけとか。

むむむ、シンセサイザーで、世界ヒットを目視して作った曲が三曲あるのにアップできない。
出世が遅れる。今年のビルボードチャートには間に合わない。嘘。曲、三曲は本当。

あっ、うなことはどうでもいいのであるが、財津暁平の舞踏公演を見に行ってきた。
十五年前に、随分と共演させてもらった二十歳の兄貴も、三十半ばの売れっ子舞踏家になった。
素晴らしい。どんどん、俺のような三重苦(無名、フリー、ジャズ)芸能人を踏み台にして、パリに蠢くアーティストたちがメジャーに成って行って欲しい。こちとら、先がないから、ゴーイングマイウェイと嘯くのではなくて、選択肢がねぇーのって!

会場。ベース。朗読担当。演奏が始まる。会場暗いまま。ギョウヘイの姿はない。
薄明かりの灯った正方形の中庭。ガラス越しに、全裸の上にチャップリンみたいな背広と黒ズボン。頭、顔つるつるの白塗り。寒波の中で裸足。引き攣り笑いをしながらぐねぐねと動いている男、ギョウヘイだ。巨大なガラス扉越しだから、恐怖映画みたい。俺は、たまたま、そのガラスが正面から一番良く見える席にいた。ヨラムオーケストラの時も、最前列のヨラムの真正面だったから、なんかテレパシーかしらね。ベースの音が聞こえないはずなのに、なぜか、ベースの演奏と体の動きが呼応している。神業である。あとで聞いたら、ほんの少しだけ聞こえていたと言っていたけど。ベースのフレッド。パリ音大の先生だけあって流石である。ウッドベース一本で、もう、ほとんどギョウヘイ映画の音楽を一時間半演奏した。もちろん、即興で。朗読のアルフレッド、フラワーポット、花鉢というへんてこな名前のロックグループのボーカル。グループ? 実は、メンバーひとり。高校の数学の先生。彼が、モンテスキューの短編小説を懐中電灯でページを照らしながら読んだ。無表情で。三十分ぐらいしたら、ギョウヘイがガラス扉から会場内へぐねぐねと入ってきた。中央に寝そべりぐねぐね。上半身裸。少しずつ朗読者の股間の方へ。アルフレッドの股間に頭を突っ込み、いつの間にか全裸。立ち上がる。全裸のままぐねぐね。懐中電灯で自分の顔を下から照らしながらぐねぐね。朗読、演奏が止む。ギョウヘイだけ、懐中電灯二本で自分の顔を下から照らしながら、全裸で直立。オーシャンゼリゼを歌う。

と、文章にするとキチガイである。
もう、見事の一言。
しっかし、ギョウヘイの体の凄いこと。
俺みたいに痩せてはいる。
で、俺は、単に痩せていて、よぼよぼ体である。
ギョウヘイの体は、骨と皮の間が「筋肉のみ」。生きた人体標本。
そりゃー、何十分も床の上で、「く」の字で踊るんだから、並みの筋肉では無理だ。
仕事とは言え、この筋力。やっぱ、プロは半端じぇねぇーなってしみじみ思ったよ。
俺が、あやつに対抗できるのは、肘から指先までの部分のみ。自慢じゃねぇーけど。



2013年11月25日月曜日

ブログとユーチューブ前夜

ユーチューブに初めて自分の動画をアップしたのが、去年の六月末だったはず。
ブログを始めたのが、九月中旬。村人になったのは、十月末ぐらいだったかしら?

「ユーチューブ」、「ブログ」。単語としては知っていた。「インターネット」という単語と同じように。そして、それは、芸能人がやっているものと認識していた。まあ、コーダクミねぇーさんみたいな方が、新曲のプロモートのために動画、前は、ビデオクリップと言っていたやつをインターネットでやっていると思っていた。で、ブログも同じで、コーダクミねぇーさんみたいな方が、「みんなぁー、来月の武道館、来てくれぇーなぁー」とか言うのを記事にしていると思っていた。

そして、半分は、当たっていたけれど、芸能人は、その微細な一角であることが判明した。
無名のフリージャズピアニスト。無名、フリー、ジャズと三重苦芸能人の俺が参加できる代物ではなかったはずなのに、今では、裕イサオ氏はユーチューブオフィシャルパートナーであり、自身のチャンネルを持っている。なっ、なんと動画本数五十三本ぉーーーーーーーーーーん! お見事お見事、ぱちぱちぱちっ。で、総再生回数が五千回に近付いている。で、有名およびお金持ちになり、道を歩くとファンのオネーさま方、推定三百人ぐらいに追い掛けられる.....。はずだったはずであるが、はずれた。たまぁーーーーーーーーーーーーーーに、地下鉄の中で、あっ、イサオさんっ、なんていう程度。これだったら、だれでもあるじゃん、ねぇー。

うなことは、いいんだけれど、まあ、三重苦芸能人の動画にしては、そんなに悪い数字ではないと仲間連から聞いた。で、うなことはいいんだけれど、新しい職場、つまり、ジャズクラブとかとコンタクトする時に実にこれが便利なわけ。

「おい、あんちゃん、俺よぉー、沖(至師匠)組でぇー、若頭張ってる裕ちゅーもんやが、おめぇーの縄張りでよぉー、ちょいとなに、ちょちょいとヤノピをくんなましさせてくれんかい」
「なぁーーーにが若頭だっ、チャンジーめ。どこの組の馬の骨か知らんけど、シーデ-ぐらい持ってこんかい、たわけぇー」
「ふっふっふっふっふっ、なんめとんかいぃー、ユーチューブ専用チャンネルもっとるわい。目ん玉洗って、はよ、見んかい、どアホ」

とかぁー、後ね、メールに添付しちゃうから、これ楽チン。仕事も増えた。

あっ、ブログ。あーーー、こっちは鳴かず飛ばずの月夜の提灯?
いいもぉーーーん、イサ中の方に、書いてるんだもん、僕。ふん。



2013年11月24日日曜日

壊れた時計

この曲は、十五年前ぐらいに作ったもの。
そして、あの時以来、弾けなくなっていた。
私の処女出版「水の記憶」という自伝小説の腰帯の文章が、

「この小説は、壊れた時計なのだ。海の波間に浮かぶ壊れた時計なのだ」

この自伝小説を貫く、ひとつの調性は、「水」「洪水」「世界を飲み込み破壊してくれ」。
三十代半ばの私、つまり、旦那であり、二児の父親であり、家のローンを組み、日系企業の課長をやり、小説を書き、ピアノを再開し、依頼があれば、美術の小品展をやっていた。睡眠時間、三、四時間という時を過ごしていた。

芸術と日常に引き裂かれつつ、それでも、体力の続く限り、その狭間を最小限に食い止めようとしていた。それが「水のイメージ」に集約された。当時の私の中の詩的な叫びの結晶ではあった。熱い過労。倒れるなら、それでもいいと、本当に思っていた。

しかし、現実の姿を、私は見てしまった。
私の脳髄に蠢く幻影ではない、水の破壊力を見てしまった。
それ以降、この曲を弾けなくなっていた。

壊れた時計が、もう一度、動き始める。







2013年11月23日土曜日

夜のサンルイ島

日曜日に、ヨラムオーケストラをアラブ世界研究所へ聴きに行ったことは、記事に書いた。
寒い日だった。火曜日辺りから、風邪。体調不良。水曜日にややダウン。滅多にないのだけれど、一週間前ぐらいから、朝1℃、日中4℃から7℃の間と、一挙に10℃ぐらい気温が下がったから、やはり、老体に響いた。いくつかのアポイントを、珍しくキャンセルさせてもらった。

風邪薬を飲んで、やや痛い胃を抱えながら、それでも、ピアノに這って行き練習した。
しかも、胃が痛いのに、赤ワインを飲みながら。さすがに、いつものペースでは飲めなかった。
なんか、頭が朦朧としているせいなのか、ピアノの奏法がいつもより透明な感じ。邪念がない分、すっきりした演奏をした。こういうこともある。練習後、ぼーとパソコンを付けて、ブロガー画面を開いたら、詩神様がどばぁーーーと走ってきて、あっという間に、詩のようなものをお書きになられて去った。翌日、読み返したら、駄目だ、涙腺が緩んでくる。アップする? 躊躇する。で、下書き保存として、これを書いている。

アラブ世界研究所は、ポンマリーという地下鉄の駅を出ると、サンルイ島を渡った対岸にある。
この方向で歩いていくと、右側にライトアップされたノートルダム大聖堂の後姿が見える。久しぶりである。世界一高い大聖堂をしばしば訪れる私から見ると、意外に小さい感じがする。

と、その前に地下鉄からセーヌを渡った左側に、サンルイシアターがある。パリで最も古いシアターのひとつ。丁度二年前の今頃、マリーカズエさんの「東京バーバラ」というシャンソン公演のピアノ弾きとして、十回の定期公演をさせて頂いた所。こちらも久しぶりに横を通る。

二年前、まだ、私は営業課長の激務に追われていたから、毎週末の定期公演、体の方はへろへろだった。一週間、フランス全土を車、TGV、飛行機で移動しまくった後の週末にピアノ弾いてんだから、まあ、当然。でも、本当に、別のジャンルとのクロスオーバーは、いい勉強になりました。ピアノ力は、確実にアップした。

ヨラムオーケストラを聴き終わり、今度は、ポンマリー駅まで、寒いよぉー、寒いよぉーと言いながら来た時とは逆方向。また、サンルイ島の夜景を見る。急におのぼりさん目線で、やっぱ、パリって綺麗じゃんなどと思っていた。夜景の中で深緑色に光るセーヌの水面を見ていたら、少しずつ、水面がせり上がって来ていることに気が付いた。川岸の通りが浸水し始めていた。私は、とても怖くなった。



2013年11月22日金曜日

シニアーマン再び

裕イサオ、当時、五十三歳は、突然、五十半ばにしてスーパーマンになってしまった。
いつものような、いつもの朝。いつものようにカフェオレとベンソンの煙草。そして、いつものように二階の風呂場へ。歯を磨き、顔を洗う。その後、鏡に向かってニッとする。

あれ? あれあれあれあれあれぇ?

芸能人のような白い歯。崩れ掛けていた顎の線が、妙にくっきり。
あっ、Tシャツの袖。いつもならガハガハの隙間だらけなのに、腕の太さがTシャツの袖の太さを上回っているらしく、ビシィー。あっ、胸筋が盛り上がっている。慌てて上半身裸になる。全体によたっと前屈み、透けたあばら骨、やや、だらしなく弛んでいる腹部等々の見慣れた姿がない。ないないないないない。盛り上がった胸の筋肉、ゴムタイヤのように、もこもこした腹筋。太い腕。よぉーーーく見ると、首の太さが顔の幅と同じだ。

と、冴えないオヤジがいきなりこれだ。
試しにピアノを弾いてみたら、なぜか、ストラビンスキーの春の祭典をちゃらちゃらと弾いてしまった。おわぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

地道な練習が生甲斐だったのによぉー、余計なことすんなぁーーーーー、おいおいおいおいおい。空も飛べちゃう。今更よぉーーー、余計なことを.....。

参ったねぇー、このスーパーマン化、仲間にばれるとヤバイから、超絶テクをひた隠し。
なんとか、コンサートをこなす毎日。

遠くで悲鳴が聞こえると、あっというまに空を飛んで助けに行ってしまう。
もともと根が善良だから、どうにもならんのだ。これじゃ、余生の人生設計が変わってしまう。
ブログ、ショートショートを書いて、地道にピアノの進歩。なろぉーーー、どうしてくれるぅー!

と、諸々は「シニアーマン1.2.3」を読んで頂戴ね。

とうとう、映画会社ナーナーブラザースから、次期バットマン映画の仮面を付けている部分の代役依頼。出演料二億円っ! ニーソピクチャーズからスパイダーマン。三億円。ジェームズキャラメル監督から、ターミネーター5の悪役、覆面ロボット役、十億円。と、素性がばれない役の依頼がぞくぞくのぞくぞく。考えたら特撮しなくていいから安上がりだし、本物だから、映像の迫力が違うというか、自然というか.....。

と、一躍、ハリウッドの大スターになっちゃったっ!

うもぉーーー、余計なことしてくれたよなぁー、ったく。
金ばっか溜まっちまっても、楽しみがなくなっちまっただべって!




2013年11月21日木曜日

ブログ、ふぅーむ

私が、現在、拝読しているブログは三つのみ。

自分のブログが、「読まれないよぉー」「なんでぇー、読まへんの」「なんして、読まねんだべか」、などと、書いているのに、この様である。あれ? ということは、私の愚ブログを読んで下さる、しかも、ご本人がブログを書いているとなると、私は、算数上は、十七名の方に不義理をしていることになる。単純計算だと。「ばぁーろー、こっちも、読めぇー、ばぁーか」という方もいらっしゃるかも知れない。その旨、お伝え下さいませ。拝読しますっ! お辞儀です。

本来は、五つだったけど、更新がないので、結果、この様になった。
もちろん、むきになって更新する必要もないものだから、とやかくは、言えないけど、寂しい。
でも、若い方々がブロ中。これは、よした方が絶対にいいと思う(急にオジサンというか、親父というか、父親だっ!)。もっと、別のベクトルがあると思う。ブログは、楽しみ。でも、どこかで、「何かへの助走」になっている。はずである。

私は、このブログのお陰で、十一年振りに小説を書いたし、今も、ショートショートを書いている(さっき、その二、「浮気センサー」の最終推敲をした。読ませないよぉーーー。お茶の間ハードボイルド。でも、ほろっとするわけ。まあ、夫婦愛を逆表現したってな感じ)。五十半ばのおっちゃんの自己啓発には、大変にいいと思う。でも、ピアノで十二分に、それをしているのに、更にだから、やっぱ、疲れては来るけど、まぁ、それはそれだ。だれも、書いてくれぇーなんて言ってないよね。辟易度は高くなっているだろう。

むむむぅ? 辟易度は、もしかすると、私のピアノの方が、遥か彼方の上空かしら?

仕方ないねぇー、表現狂だもんねぇー。
でも、不思議不思議、私は、あまり自己執着はしていないのである。
まぁ、自分で人間実験をしているのである。

私、ワンノブゼム。大体、ゼム自体が、ワンノブコスモス。以上、ラジャー。

ピアノで地球は壊れないし、詩、書いても壊れないよ。


2013年11月20日水曜日

営業マン

でね、三年前に、展望台サロンに展望バルコニーを作っちゃえと思い、見積もりを頼んだ。
で、その見積もり、「まだ」だ。カミサンが、何度も催促して、諦めた。

で、天窓を交換しようと思い、見積もりを頼んだ。
二つの業者さん、見積もりは、まぁー、一週間後に来た。
それから、二ヵ月半、「まだ」、その見積もりはこない。カミサンが何度か催促したけど。

で、台所の天井のペンキ塗り。
通常の裕先生なら、「おれがぁー、やる」となるけど、天井。
背骨神経痛の再発を考えると、ビビり。で、業者さん。見積もり、この提示は十日後。
すぐに、サインして、オーケーと返送。
それから、一ヵ月半、音沙汰なし。日取りが決められない。

おいおいおいおいおい、私は、某日系企業の営業課長だった。
「お下見」、どんな事情があろうが、48H以内に、見積書。少し間を見て、お電話、メール。
しつこくならないように、しつこく。TGV、飛行機の中だけは携帯が使えないから、寛ぎの一時。つまり、ピアノの譜面とかを見る唯一の時間。車の中、これは、電話には出ないといけないけど、安全第一だから、運転中は出ない。パーキングに止めて、掛け直す。TGV、パリからリヨンに行く車中、奥様から、「裕さん、ピアノ、転売したいんだけど、なんとかしてくれるぅー、裕さんなら出来るでしょ。チュチュ(こんな感じ、ね)」。携帯で、ピアノ屋に電話。引き取りの段取りを付けて、十二分三十二秒後に、奥様へお電話。お客様のご質問を想定し、メールを受信後、二秒後に返信。

こういうことを、四半世紀、やっていた。
会社のため?
ほほほほほっ、私には、遊びだった。ジェームズボンドごっこをしていた。

急に、俺になるけど、好きなのですよぉー、こういうハードライフ、ジャムセッションみたいでぇー。でもね、俺は、部下には強要しなかったよ、本当に。だって、俺は、遊びでやってんだぜって。こんな課長に付き合っていたら、家庭崩壊だよって! 

それにしても、おい、フランス人営業さん、「おっせぇーーーーーーーーーーーーーーーーー」。




2013年11月19日火曜日

混合オーケストラ

昨日は、我々トリオのベース奏者、ヨラムロシリオのオーケストラの演奏を聴きに行って来た。
パリの一等地にあるアラブ世界研究所の大ホール。ほぼ、満席。六百人ぐらいいらしていたのかしら。客席は、ほとんどフランス人だった。

モロッコの伝統音楽家のおじさん、おじいちゃん、約十名。出入りしているので、何人なのか、勘定できず。これに、フランス人ジャズミュージッシャン、約十名。総勢二十名。まあ、ヨラム、
まだ若いのに、二つの文化と二十名のミュージッシャンの統括ということを見事にやっている。大したもんだ、本当。

フランス側は、見知ったメンバーも多かったので、今回は書かない。
モロッコ側。若いのは一名のみ。後は、初老の方々。なぜか、メンバーの半分ぐらい前歯がまばら。パーカッション、歌、踊りに、チャルメラみたいなラッパ。

この踊りのおじさんが、柄本明にそっくりで仰け反ったっ!
ビニールのスリッパと民族衣装の柄本明が、まったく力の入らない、ふわふわ踊りを舞台中央でやるのだけれど、そのふわふわ感の素晴らしいこと! 無我の境地みたい。

ずっと同じリズム、同じ歌詞、ふわふわ踊りにチャルメララッパ。
見ていたら、フランス側も含めて、全員が段々トランス状態になっていく。
音楽のひとつの原型を見た。理屈抜きに素晴らしい。

日本国にも、同じような祭りがあったことを思い出したりしていた。

初めてのパリ公演だったらしいけど、今後のヨラムオーケストラの活躍、心よりお祈り致します。
見事でしたぁ!

おい、ヨラム、忙しいとこ悪いな、来週は、こっちのトリオだぜ、よろくしな。




2013年11月18日月曜日

文体について

文体、私のようなミュージッシャンには音体になるのかもしれない。
文章を書く、そのスタイル。変な話だけれど、内容以前の問題という気がしている。
分かり易く言うと、語り口というやつである。逆に言うと、内容以前に、その語り口によって、その内容が如何様にも変わるということ。たとえば、内容にあたる「空」「花」「地面」なんでもよい。どう語るのか、これによって、ブログ、エッセイ、文学、詩、もっと別なものへと変容して行くのである。

「自分の文体」。これは、簡単に言ってしまうと「皆、ある」ような感じがする。
けれど、正直、言ってしまうと、「これ」を持っている方は、稀なのである。
持っているような錯覚は、みんな、ある。でも、ない。カラオケなのだ。自分の歌ではない。

「自分の文体がない方」に、詩は書けない。
それは、無理である。それがある方は、逆に言うと、「なにを書いても詩的」なのである。

と、書いてみちゃったんだけんちょも、これは、俺の文体じゃーねぇーな。現時点ではね。
で、俺自身の文体ってあるのかしらと考えると、分からない。
これは、第三者が決めることなんだと思う。

ピアノの方は、俺の音体は、ある、はず、と、踏んではいるけど、やっば、わかんねぇー。
ないと、バヤイ、けど。りょあぁーーー、その前に人体というのがあったよぉーーー。
ヒューマンネイチャー、ね。


2013年11月17日日曜日

ヒューマンネイチャー

日本語に訳すと、「人間性」。英語の方が綺麗だ。
このタイトルの曲は、ご存知の方も多いはず。マイケルジャクソンのヒット曲。
後日、我々の大将であるマイルスデイビスが、トランペットでやった。

マイケルの原曲も、マイルスのペットも、素晴らしい。
ジャズのスタンダードと化した。
うん、俺も、この曲は大好きなので、俺流にアレンジしちゃいました。

聴いてクレヨン(町田康)。



2013年11月16日土曜日

ピアノと車

似ているところも多々ある。けれど、ピアノは、あんまり体感はできない。音感。
軽自動車とリッターカー、ファミリカー、高級車、スポーツカー、スーパーカー。
もちろん、スペックが全然違う。で、ピアノも現在は工業製品、一部、手作り。ここは車と似ている。

車は体感できるから、それぞれの車が面白い。ちょっと、人間に似ている。
小さな車は、それなりに面白いし、高級車は、確かに快適。
じゃ、ピアノは?

それぞれのメーカーに特色がある。独断で書いてみよう。
でも、問答無用で、メーカーごとに高級になるほどベター。ちょっと、車の楽しさとは違う。
廉価版系は、プロには、ちとキツイ。音がちんけ過ぎて、脳が破壊されてしまう。
一度、コンサート会場で、ちんけなキーボードが出てきて仰け反ったことがある。
一万円ぐらいのおもちゃみたいなやつ。俺は怒ったわけではなく、持っていたトランペットを演奏したのである。フリージャズだから、なんとでもなるのじゃよ。

「ヤマハ」世界シェアー一位。トヨタに良く似ている。そういう意味では。俺は、ずっと、ヤマハのピアノで音感教育を受けたから、音のルーツ。当然にして、一番、脳と耳が馴染む。アップライトのU1が一番好きである。実家にある半世紀前のアップライトと音が似ているからである。ヤマハの音は、明るい音。金属的という方もいるけれど、そうではないと思う。明るい音。因みに、私のホームであるジャズクラブ、バビロはヤマハU1。郷里のジャズクラブ、クイーンさんは、ヤマハのグランドG5。これは、素晴らしい音が出る。今まで、俺が弾いた中のベストのひとつである。

「カワイ」ヤマハの分家だけれど、音が少しジャジー。ちょっとだけ、暗い。ジャズ屋向きかも知れない。タッチとか機能の差はあまり感じないけど、音が、少しだけ、暗いかも。確か、パリ音大の練習用のピアノは、カワイだったな。弾かれ過ぎて、フェルトがよれよれのものばかりだった。

「プレイヤル」フランスの名門。現在は製造されていないはず。昔の赤茶色のグランドピアノが比較的、手に入る。ピアノ工房で弾かしてもらったことが何度かある。柔らかいけれど張りのある音。音自体が、とても綺麗である。クラッシックの方々には、うるうるものだろうねぇー。俺みたいな野蛮ピアニストには、ちと、もったいないかも? お上品なのだ、すべてが。

「ガボー」「ボード」この二つのメーカーもプレイヤルと同系列。「ボード」はスタンウェイが買収しているはず。ガボーのアップライト、概観が物凄く綺麗。調度品、工芸品という感じで素敵だ。

「スタンウェイ」もう、これはご存知の通りで、世界最高峰のピアノということになっている。意外と、鍵盤のタッチが軽くて弾き易い。音は、明るく張りのある音。音自体のバランスがとても良い。俺の動画のエリコーナさんでのライブは、このスタンウェイです。キース ジェレットは、これしか弾かない。素晴らしいのだけれど、お値段も素晴らし過ぎ。一千万円前後だよぉーーー!
まあ、一生、買えません。

「ベーゼンドルファー」これは、ピアノのF1マシーン。鍵盤が重い。音は重厚そのもの。確かフランツリストが使っていたはず。日本から駐在でいらした方のサロンに、黒いグランドピアノ。「裕さん、うち、男の子が三人いるでしょ、このピアノっていくらぐらいするものなの?」「なんて書いてあります?」「ベェーなんとかかんとか」「りゃりゃりゃ、俺、見に行くから触らないで」と。で、行った。ベーゼンドルファーだった。うん、現在の中古価格で八百万円ぐらいですねぇーって返事をしたら奥さん仰け反り、引っ越してしまった。はははははぁ。

「ベヒィシュタイン」これも、ピアノの横綱。ロンドンの小さな教会の端に、ぽっとグランドピアノが置いてあって、そっと蓋を開けたら、これだった。泣きそうになった。とんとんと軽く叩いてお辞儀をして蓋を閉めた。 

うわぁー、まだまだ一杯あるなぁー。
家の近所に、バァーンシュタイン専門の修復工房があって、ヤマハの中古あると訪ねていったら、職人さん、「あんなものはピアノじゃない」ときっぱり言われた。俺は同意はしないけど、このきっぱり感は見事。友達の家に新型のペトロフがあって、弾かせてもらった。昔は音量が小さかったけれど新型は改善。音は、とても綺麗。ジャズ向きではないけど。あと、韓国のピアノメーカーが複数ある。基本的にはヤマハに似ているけれど、もう少し金属的な音がする。

あっ、車と似ている部分だと、製品としての完成度、強度は、日本製、韓国製が優秀だろう。

あれれ、なんか珍しくブログっぽいし、ピアニストっぽい記事だよなぁー。たまにはいいよね?
で、俺が仮に十分なお金があったらなにを買うか? ずはり、ヤマハのGFXです。これは、もう、マシーン、精巧な機械という感じで、見ているだけで涎が出てくる。音も、すんばらしい。でも、絶対に買えないから、やはり、アップライトのU1かな。今、俺んちにあるのは、イギリス製のヤマハのアップライト、中級グレードのサイレントピアノとローランドのプロ用のステージピアノRD700GXというやつ。でも、クラッシックなさる方には、やっぱ、三大横綱および、プレイヤル、ガボー、ボード、ペトロフなんかの方が、音色がしっくりすると思う。

ジャズ屋は、味わいを出すテクニックが身に染みているから、むしろ、ピアノは無機的な方が、弾き易いのです。ちょっと、パラドックスだけど、本当にそうなのですね。スタンウェイはニュートラルだから、これも素晴らしい。



2013年11月15日金曜日

仲間たち

毎日、俺の仲間のだれかが、パリのあちらこちらで公演をしている。
もちろん、俺および俺のグループの公演も含まれる。それで、ちょこまかとお出掛けないし、仕事場へとなる。なんだか、結構忙しいけど、いいこっちゃ、我々には。

うちのトリオのベースのヨラムからコンサート案内が来て、仰け反った。
パリのアラブ会館でのコンサート。このメジャーな場所だけでも仰け反るのに、じっと読んでいたら、ヨラムが推定三十人ぐらいのオーケストラなんだけれど、これの総監督。二度仰け反る。

佐藤真師匠もパリの売れっ子ドラマー。
いやぁー、なんか俺は凄いメンバーでトリオを結成してしまったことになる。
むむっ、ということは、俺もそこそこ凄いのかしらねぇー?

先日、パリ音大出身の連中のユニットを聴きにいった。
いやぁー、さすがに皆上手い。謙虚でいいやつらだし、実に楽器の扱いが上手い。
俺の技術の比ではない。まあ、専門にやってきた連中だからねぇー。

で、俺はセショボーンとなったのかというと全然の全然。
俺との違いを諸々分析して帰ってきた。俺、ないし俺らなんだけれど、
良し悪しではなく、あとはお客様の好みなのでどっちがどうのというわけじゃないよ。純粋にどう違うのか、ということ。

俺らは、明らかに母体がジャズだ。エモーショナルなのである。
彼らは、明らかに母体がクラッシック。理知的に構成されている。
俺らは、明らかに喧嘩空手みたいな感じだ。実戦系。
彼らは、基本形をキープ。お上品だ。やはり、相手との相互了解の下に、皆で構成する。
俺らは、明らかに爆発し、ぶっ倒れるぞぉーと勇ましい。
彼らは、明らかに理知が先に来ている。

やっぱ、西洋のミュージッシャンという感じが、物凄くした。クラッシックの土台の上のインプロビゼーション。フランスだと、インプロビゼーションとよく一括りにされるんだけれど、明らかに俺らは、フリージャズだ。別に、境界線を決める必要はないけれど、明らかに流派が違う。別に敵対しているわけじゃないよ。

俺、真師匠は日本人。ヨラムはモロッコ人。
ちょっと、フランスのミュージッシャンとはルーツが違うんだろうね。
俺たち、日本の曲を演奏しないけれど、まあ、結果的に、日本的と言われる。

静かな雅楽に似ているのではなくて(こっちのミュージッシャンの方が逆に影響を受けている)、べろべろになって馬鹿騒ぎして倒れるというこの乗りが、たぶん、そんな感じに聞こえると推測している。たががジャズだろがぁーーーと、言いながら、ムキになってやっているところが.....。




2013年11月14日木曜日

黙々とシンセサイザー



冬の始まりにピアノを弾いていると、鬱になるから、こういう時は、シンセサイザーにさっさと変えてしまう。ローランドのステージピアノがあるから、もう、なんでもできる。一人オーケストラ。孤独である? な、こたぁーねぇー。おもろいどぉー。ピアノとは、また、違う。音が伸びる伸びるぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーし、ベースだドラムは、勝手にプログラムしてしまえば、オートマ。ピアノでは、でけん。でも、ピアノの技術があってのオートマなのね、マニュアルから始めた方が、ベターではあるけど、別に、俺はヤダというやつがいても、全然全然である。

ピアノとシンセサイザー、似ている。同系列?
のように見えるけど、じぇんじぇんじぇんじぇんである。
ピアノは、技術が、まず、先に来る。
シンセはフィールが先に来る。
ピアノは共鳴するから、深い音が出せる。
シンセは、伸びる伸びるぅーーーーーーーーーーーーーーーのロングトォーーーーーーーン。
純文学と読物ってな感じだけれど、俺は、どちらも好きだ。

でね、同じ曲を両方でやると、おもろいどぉーーー。
今、センチメンタルロボットシンセ版とマイルスデイビスシンセ新版ソーワット、ハービーハンコック、バタフライ。これを黙々と黙々している。

あっ、とっつぁんになってから、ピアノを俺も、なんちゅう方には、もちろん、ピアノがいいんだけれど、あのね、

まず、電子ピアノから始めないで下さい。本物の、できれば、できるだけいいピアノから。
いやぁーーー、僕は趣味で遊びだからキーボードでええやん。という方は、俺の使っているプロ用のステージピアノから始めて下さい。でだ、ピアノ店で、スタンウェイとかで、ちょうちょとか、ドレミの歌とか弾いてみて。ピアノ本来の音を、まず、耳と脳にインプットしてからやった方が、絶対にいいのである。

ざってぇーーー、ということであれば、最初からやらないか、ピアニカで十分。なのだ。

あれ? 例によって分かり難いな。そう、始めるのであれば、いい楽器で始める。ということです。ヤマハの千二百万円ぐらいするピアノ(もちろん、買えないけど、俺は)。一音だけで、もう、十分という音もあるのです。ちんけな楽器で始めると、脳音自体がちんけになるから、よした方がベターです。はい。




2013年11月13日水曜日

たまには、普通に書いてみる

と、一応、タイトルは付けた。

書きたいことは、山ほどあるのであるけれど、本質的なことは書きたくない。
って、具体的になんなんですかぁーって聞かれても、答えない。
たとえば、OOとか、OOとか、OOとか...。
私は楽しく生きていたいから、嫌なのだ。そういうものが。
つまり、脳拘束を誘発するものが。

でね、脳天気だと楽しいのか? もちろん、楽しい。
でも、上記のOOOOOOとか、諸々のOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOが、出てくる。でね、俺の主義は、対峙すること。アルプスの少女、対峙。退治でもいいかもしんない。

逃げたって、あっちが追ってくる。俺は犯罪者じゃねぇーけど、世間という不可思議なものが。実態なんてない。皆、こういう不可思議なものにうんざりしているのに、向こうが追ってくる。
「もう、夜十一時だよ」「うん、課長が帰らないから帰れないよな」「うん、俺達の家庭はどうなるの? こんな生活していて。働き過ぎだよな、俺達。これが人生ってやつなの?」

じゃ、逃げるが勝ちなのかというと、逃げ切れない、生きている内は。したらば、対峙するのだっ。

裕課長「ちみたち、とっとと帰れって、ばぁーろー。俺がいると帰れねぇーだと? 仕事のできねぇーうすのろって勤務評価しちまうぜって! とっとと帰れ帰れっ、五時によぉー。えっ、帰り難い? ふむ、そっ、そうかぁー、俺が五時に帰ればいいわけだね。あっ、そぉーゆーーーことね」

ということになる。だから、私、わたくし、俺、僕、あたい、とかが、あなた、君、お前、あんた、てめぇー、などというものに対峙するのである。でね、このメカニズムは皆同じなわけなのであるから、私から見たあなたを分析してみると、あなたから見た私になって、あなたから見ると、私も世間という実体のないものの一翼を担っている。と、少し、大人になるという計算式が成り立つのであるのだ。

ニンゲン様はアホ集団であるから、地球様がこのようになっている。
ニンゲン様と上から目線で見ると、その固まりの微細な一角に私がいる。小さいよぉーーー。
だぁーら、ソクラテスのあの一言ね。

KHL;KL\;L\Z;MLXC'ZLKA;'/MNMKMD \XKJKXN;,GH;L'KJCKNLKN
KHLKAS'LD';\LNSKFGHJKL;AJHJKL;DVHJkld;DBNM,CNlc;
xcvbnm;axd;lc\';c;mnljkjhhj;';MSNKJBN/
cklk';x;\'xnkjNJX;'.//x.;,KX,MLKK
VJJ;,L'c;aS;CA.CAc/;LLJK....................................。


あっ、忘れちゃったぁー。
ローラ、出て込んでぇー、えぇーーーっ!

どこが普通なのって、裕先生っ、超分かり難い文章っ!



2013年11月12日火曜日

音版センチメンタルロボット

音と言葉、どっちが強いのかしら?
これに美術という視覚を入れると、聴覚と視覚と、言葉ってなんやねん? あっ、脳覚かしらね。聴覚も視覚も、結局、脳覚に行くから、言葉が一番最短で強いのかしら? たぶん、そうなんだろうけど、最も一般化した素材なわけで、絵を描くとかピアノ弾く人口よりは、圧倒的に多い。でも、言葉、物凄く曖昧なんだけれど、それぞれに意味、社会的なものも含めて、意味があるからねぇー、迂闊には使えない素材でもある。そりゃー、色だ音にも意味は、出している方にはあるけれど、社会的なルールから、ちょこっと逸脱している。だから、言葉は怖いよなぁー、ったく。だから、俺なんかは、ズージャ語にして誤魔化しちゃう、わけだね。通じない言葉に変えてしまうと、通じる人にしか通じないから、ちょっと、音に似てくる気もする。駄目だ。脳耄碌で、これ以上複雑に考え始めると、背骨神経痛が再発しそうだから止める。お若い才人にお任せ、ね。ドレミドレミって、ピアノで弾いても、普通は怒られんけど、お ま え は ば か だ、とか言うと、ぶん殴られる。お れ は ば か だ、こっちは、まあ、大丈夫だろう。人間、皆、馬鹿だから、いいのいいの。上下はないのだ。俺の方が馬鹿だ、なんて、俺はインテリだから、いやせんって! 「勝負とは、勝ち負けではない」坂田明(大師匠)。


2013年11月11日月曜日

近未来小説 人工太陽3

「おぉーーー、マミ、見て見てっ! これいいじゃん。ねぇ、透明度を調節できるブラインド。まあ、正確には巻き上げ式の雨戸ってな感じだね。これさぁー、タイマーでさ、たとえば、午後六時から徐々に人工太陽の光を遮断して行くと、たとえば、八時ぐらいに真っ暗にもできるってなわけだ。ねっ、これさ、窓に付けようぜって。考えたらよぉー、最近さぁー、当たり前だけどさ、真南のサロン側にあるのが本物で、真北の台所の方にあるやつが人工太陽だよな。最近の子供たちよぉー、太陽は東から昇って西から昇るって教わってんだってさ。真北だから台所にしてるのによ。まあ、立地の悪い家にはベターチェンジだわな。トマトは生り過ぎだし、若い娘は皆サーファーみたいになっちまったし、いいんだか悪いんだか、俺にも分からんけど、でもよぉー、ピアノ弾く気になり難いぜって。体の感じが朝九時だもんなぁー」

明日の天気をお伝え致します。
午前中の最低気温は、十七度。日中の最高気温は、二十七度。
午前中、やや曇り。午後は晴れ間が広がる模様です。

「だぁーらよぉー、夜も同じ天気なんだよな、ほとんどよ。今一、乗らないよなぁー。月見酒とか月見草、どうすればいいのかしらねぇー。ありゃ、そういやぁー、お月様、どっか行っちゃったよ。三年ぐらい見てないよな。夜祭もなくなっちゃったし。おぉーーー、人工太陽遮断衛星とか打ち上げちゃう? 拙いよな、俺の一存でよ。あれ、電球みたいに消せねぇーのかな? 世論調査して、夜を返してぇーーーって声が多けりゃ、消せば。あっ、駄目なの、あっそ。おぉーーー、夜付きの人工都市とか作っちゃうかねぇー、おぉーーー、ボンイデェーじゃん。住みたい奴だけ住めばいいからねぇー。三兆円ぐれぇーででけんだろって。安いもんだべ。おっ、住人全員、ジャズメン? そんなこたぁーねぇーだろって、なあ、マミ?」

なぜか、マミは答えない。


2013年11月10日日曜日

表現狂

十代後半、詩を書いていた。
二十代は、現代美術家。これは、私のオフィシャルな職業だった。
三十代は、小説を書いていたけれど、途中からピアノが入ってきた。
四十の時に、ピアノのプロ登録をした。小説は止めた。
ピアノ狂と化し、今日に至っている。

なんか、常に、自己顕示をし、表現をしていないと気が済まない体質である。
この表現狂体質、やはり、ゲイジュツカなのかも知れないけれど、どうでもええ。

で、どうして、ピアノにこれが集約して来たのか、私は良く分かっている。
以前にも書いたけれど、お客様がすぐ目の前にいる。同じ時間を同じ空間で共有している。
格好良く言うと、生きている時間を共有している。現在進行形である。そして、音は虚空へ次々と消えて行く。脳の記憶の中に、消えた音と共有した時間がレジスターされるだけである。

この他人、他者とこういう作業をしている。
これに熱く嵌ったのである。

ほほほほほっ、孤高のピアニストなぁーーーんて言ったって聴いて下さる方々がいなければ、
そもそも成立しない。片田舎の炭焼き小屋、肥たごの横にグランドピアノを設置し、牛さんたちへお聞かせする。無理がある。無人島で盛大なソロコンサートを開催する。聴いているのは、鮫とかクラゲとか亀とかイグアナとか巻貝。無理がある。サハラ砂漠の真ん中で弾いてみる。駱駝さんが通り過ぎるが、立ち止まってはくれない。無理がある。

りゃ、格好つけてよぉー、僕はひとりが好きなんだぁーなどと言ったところで、他人との関わり、接触がなければ、そもそも成立しない職種である。僕は、ニンゲンが嫌いだっ、嘘付きっ!



2013年11月9日土曜日

コメント狂

ちょっと、またまた、これが再発し始めている。
コメントと言っても非公開のもの。
本当に、すいません、受信された皆々様。

やはり、怪しげな、つまり、わたくしですが、こういう奴からのコメント。
どうしてもご迷惑になるのではという一抹の不安が消えない。
けれど、やはり、でも、エールを送りたいという気持ちがむらむらと沸いてくる。

やはり、私の愚ブログとはいえ、やはり、読まれているよっていう感じは、やはり、嬉しいし、やはり、気も逸る、やはり。で、当然、私以外のブロガーさんだって同じだろうと思うとむらむらと送ってしまう。なんか変な風に善良なところがあるのである。

しかし、この善意の固まりである裕先生。
ジャズ脳だから、乗り出すと止まらないカッパエビセン体質。
スイング始まると止まらない。この乗りで日毎コメントを送られたら、受信している方は溜まらん。

素晴らしいブログへのエールが、段々とエスカレートしていくと.....。
私への返信だけでブログタイムが終了してしまい、更にスイングし始めると、原稿用紙換算枚数三百枚なんちゅうコメントを送ってしまい、いつのまにか本文がなくなり、私のコメントだけが、堂々と画面に出てくる。傍迷惑甚だしいのだって! 裕先生っ!

やはり、コメント狂に効く薬を飲むことにする。
セショボーンという薬があるのですよ、嘘。



2013年11月8日金曜日

自分に辟易

することも、たまにはある。
愚ブログばっかり書いていると、本当に、脳天パーになりそうな気もする。
などと言いながら、またまた、馬鹿な物語が脳内にぐぉーーーと蔓延してくる。
書こうと思ったけど、止めた。
少し、脳馬鹿にも休息を、などと考えた。

で、秋の曇り空を見ながら、たまには、少しゲイジュツカしてみようと目を瞑るが、
馬鹿話ばっかりが浮かんでくる。ピアノ弾いて、馬鹿話をずっと考えていると、心は錦。
明るいオジさん。まあ、悪いことではないけれど、思考回路が破壊されてしまうような不安も過る。

で、先日完成した「センチメンタルロボット超絶技巧付き」の動画制作を始めたのだけれど、
どうもラインインの接続不良で、モノラル録音になってしまう。参ったねぇー。
で、諦めて煙草を吸っていると、またまた、馬鹿話が頭の中に蔓延してくる。

で、またまた、自分に辟易する。
私が、「詩を最後に書いた」のは、いつだったのかしら?
忘れてしまったのである。そう、十代の頃、私は詩人になると公言していたのである。

うぅーーー、なのにねぇーーー、今じゃ、この様でございます。
このジャズ菌の強力なことっ!
邪頭脳に効く薬は、ないのだ。よ。

シャンゼリゼ大通り。裕先生とマミちゃん。
本当はないけど、フェラーリのショウルーム。
「あっ、安いわねぇー、バーゲンだって。99.999.900円ですってぇ! あなた、買いましょ!」
「うん、二割引きだってな。100.000.000円切ってんじゃん、安い安い、買お買お。おぉーい、兄ちゃん、これ、くれよ。現金で払うからよぉー」

だれかぁ、助けてぇーーー!




2013年11月7日木曜日

ショートショート

さっき、ショートショート「時計町」圧縮版を講談社に郵送してきた。
インターネットを見ていたら、なんかの記事で、このコンテスト(小説現代ショートショート)の月ごとの応募が大体七百って出ていた。こんな数の中で入選なんてする方が、なんだか宝くじという感じだ。ジャズ脳、ジャズのピアノ弾きの楽しみっていう感じでショートショートを書くと、これが、実に楽しいのである。小説を書こうとすると、力量がないのに、ヘンリミラーの「北回帰線」と対峙できるもの、こういうメガロ状態となる。力量がないから鬱になる。悪循環である。だから、自分の身の丈ベースでやろうとすると、ショートショートとなる。頭がショートしてっから、丁度良い。

ついでに、小説家志望の方々のブログが色々と出てきたので読んでみた。
OO賞、また、落選しましたぁー、五十回目です。とか、色々と出てきた。
へぇー、小説家志望ブログというのもあることが分かりました。
文体からすると、三十代という感じかしらね。うーーーん、俺も、同じようなことをやっていた。
みんな、がんばってな。先があるからな。こっちは、憂愁の美をいかに飾るか。先がないわけだ。

ついでに、各文学賞の応募総数とかも出てきたので見てみる。
一番多いのが「文学界新人賞」というやつで、二千三百とか書いてあった。
へぇー、これが所謂倍率というやつであるから、宝くじに当たる方が早いような気もする。
で、当然、落選者が二千二百九十九名いらっしゃるわけだ。
その方々の一部がブログを書いているという計算になる。
受賞する方が、なんか不気味な感じの倍率である。

でも、二秒ぐらい考えてみると、この高名な賞、日本語を読み書きできる人口総数のうち、
二千三百人「しか」応募していないのである。やはり、文学とか小説自体が、衰退しているのかも知れない。ミュージック動画の閲覧数とは、まったく比較にならないぐらいに少ない数字である。ワールドオーダーのやつなんて、ゼロの数が分からんぐらいだ。

皆さん、ご存知の方も多いと思うのですが、フランスのドゥマゴ文学賞。
これって、第一回目はレイモンケノーが受賞している。ははは、物書き仲間がカフェドゥマゴで、
レイモンになんか賞をあげようぜって勝手に作って、レイモンが勝手に受賞した。

なんか、こういうお笑いも素敵だ。
よし、裕イサオ文学賞を創設するぞぉー、応募要項は俺しか知らないの。
審査は、もちろん、俺だっ。きょわぁー。

ほほほほほっ、すでに、俺はいくつかの賞を受賞している。のだ。
ジャズクラブバビロ、ベストトリオ賞。審査員は、俺、佐藤真師匠、ヨラム。バビロのオーナーと弟とファンの方。日本ブログ村読者少なき愚ブログ大賞。どうだっ!



2013年11月6日水曜日

近未来小説 人工太陽2

時は、西暦2033年。
巨万の富を築き上げた裕先生。二冊目の小説「夜の成れの果て」、こちらも八億部の世界ベストセラーとなり、自分でもいくら口座に入っているのかまったく分からない。あの、ルビゲイツを追い越してしまったのである。とはいえ、七十年以上の貧乏暮らし。そんな突然金持ちシフトになるわけがないし、成金シフトにさえならない。

元々の趣味だったブログ書きも、ベーベル文学賞受賞後は中止を余儀なくされた。
可哀想な裕先生。一日の閲覧数が多い日で20。PVが同じく50。日本ブログ村での順位が20位辺り。裕イサオ「たわしはヤノピだ」。二十年以上、毎日のように書いていたのであるが、受賞後の閲覧数が800000000000000000000000000000000000000000000000000000を超え、PV1600000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000となり、コメントの数が一日二千万と、ブログサイト自体が爆発してしまったのである。村長から丁寧な中止願いの連絡が来た。止むを得ない、中止した。

二十年来出演していたパリのジャズクラブ、ビバロ。こちらも出演できなくなってしまった。
最寄の地下鉄の駅からビバロまでの大群衆。当然、クラブに入れない。それ以前に、裕先生自身が辿り着けないという事態と相成った。パリ市長から、丁寧な中止願いの手紙が来た。止むを得ない、中止した。

可哀想な裕先生。フランススタジアムでのコンサート依頼が、毎日のようにレコード会社から来る。「俺、やだよぉー、六万人の観衆なんてよぉー」とすべて断る。テレビ局からも毎日のように連絡が来る。そまぁーずとの共演だけ、ちょっと、心が動いたが、やはり、すべてお断り。

「あなた、ロイビィトンのカバン買っていい?」
「なに、それ? ユニコロと違うの?」
「違うわよ。ロイビィトン、パリの。ねぇー、いいでしょ?」
「どうぞっ」
「値段聞かないの?」
「聞いたって仕方ないでしょ」
「六十万円っ。高い高いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃでしょ?」
「六十万って、どれぐらいの価値なんだっけ? 覚えていないよ」

急に、妻のマミがテーブルに突っ伏した。
「えーーーーーーん、夜があった頃が懐かしいぃーーー、貧乏だった頃がぁーーー」

作者解説

裕先生の御資産は、今や十五兆円を越えており、六十万円の相対的な価値は、
我々庶民感覚では、六銭相当なのであります。そんな裕先生ですが、相変わらず、ホンダチビック1997年モデルに乗り、時々、銀行に100euroを引き出しに行くのであります。頭取、副頭取、行員一同が整列する物々しい雰囲気の中の100euro。裕先生が財布にしまうと、全員、九十度のお辞儀。やることがなくなってしまったので、着流しで、お散歩。お料理、庭の草むしりの毎日。
日本のお茶山賞受賞作川口一平「清い心」のモデルは、この裕先生だと著者本人が公言しているのであった。

「ねえ、あなた、ブログもいいけど、ショートショートその2、早く書きなさいって!」
「えっ、あー、浮気センサーっていうやつね、もう、ほとんどできてるもぉーん」








2013年11月5日火曜日

結局分からないブログ統計

この正確な数字を知るためにいろいろとやったみた。
俺は比較的、算数は得意の方であるが、パソコンは、まったく駄目人間。
で、結局のところ、なんだか分からない。結構、これって簡単に分かると思っていたら、どうも、そうではないらしいことが分かったというだけ。

それを知る手立ては三つ。

ブログ村のデータ。相変わらずPVアクセス、これが理解出来ない。やはり、馬鹿なのか?
INとOUTは分かった。で、平均値とすると10、30、 1とか出てくる。この最初の10は、俺がアクセスする時の数値のはず。で、この際にOUTに10となるのだとすれば、読者様は2。でも、PV1、これが分からない。

Bloggerの統計。
閲覧数が7-----20の間ぐらいを上下している。
でも最近気が付いたのは、ページビューが50ぐらいなのだった。
溜め読みしている読者様が複数いらっしゃるということが分かった。うるうる。
昔の記事が、ちょこちょこ読まれていたりすることも分かった。

グーグルアナリティクス。
閲覧数の平均が20。ページビューが50-----60。

まあ、大体の数字はこんなであるのだろう。
不思議なのは、閲覧されている国。日本、フランスは分かるけど、アメリカが上位に来ている。
この数字は、どうも分からない。Bloggerだと、日本、アメリカ、フランスとか出てくる。不思議。
グーグルだと、フランス、日本って出てくる。それから、諸々の国々。こちらは、1とかだから、たまたま開いた方がいらっしゃるのだろう。

と、結局なんだか分からないのですが、グーグルの統計が、まあ、実数に近いのだと推測する。なんか、下世話な話で恐縮ですが、ブロガーさんにとっては、多少は重要な情報のような気もするので、記事にしてみました。俺の愚ブログの統計なので、あまりいい参考資料ではないとは思うのですけど.....。こんな感じなのです。

ところで、ジャズクラブのコンサート。
大体20名ぐらいお客様がいらっしゃると、そこそこクラブが一杯のように見えるから、
俺のブログの一日の訪問数は、ジャズ屋には相応しい数字なのかも知れない。
まあ、これをどう自己分析するのかなんだけれど、この愚ブログを芸能人のPRブログだと解釈すると、当然、解雇だろうなぁー。でも、フリージャズ屋の愚ブログとすると、妥当な数字となる。

じゃ、コンサートの動員数も含めて、俺にとってベストの数値は? となる。
大シアターのコンサートは、あまり、好きではない。やっぱ、ジャズクラブのちんまりがいい。
と、やはり、しつこいけど、学校の一クラスの人数ぐらい、となる。

裕先生っ、20。足りないじゃないすか? 裕先生がガキの頃は、45ぐらいだったはずですが...。
ふん、少児化、少児化っ。



2013年11月4日月曜日

近未来小説 人工太陽

時は、西暦2033年。
世界庁が人工太陽の打ち上げに成功したのが、2030年だから三年後。
着流しの裕先生、御年七十四歳。一年前まで、相変わらずのしがないピアノ弾きだった。

ところがぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、

裕先生の小説「夜の果て」、これがベーベル文学賞を受賞した。
ついでに、同名曲の収録されたCDが、レディーババァを抜いて世界ミリオンセラー。
フリージャズの快挙。深海魚。裕先生の年収は二兆円ぐらいと噂されている。

人工太陽が作動し始めた時、人類は狂喜していたのであるが、裕先生はにがにがしい思いがむらむら。それを本にしたら、当たったという構図。

だってね、いわゆる日中、これは前の通りなんだけれど、太陽の裏側になる部分に人工太陽が回っているでしょ。つまり、夜がなくなっちゃたわけ。午前と午後の区別が付かない。時計も、分かり難いから、二十四時間のそれに変わった。こうなると、ワークホリックのマンサラの野郎なんて、間違えて、一日、二回出社したり、朝食と夕食の区別がずれ込んでくると分からん。「なんだよぉー、朝から、すきやきかよぉー」「お父さん、今、夜の八時ですけど」とか、わけが分からない。夜中の十二時に「昼飯は」なんていう奴がでてくる。そりゃー、夏なんてカンカン照りだから、そうなる。もう、面倒だから、午前午後は止めにして、九時五時を二回やればいいんじゃないっとなった。八百万人ぐらいが過労死した。で、止めた。

で、着流しの裕先生の職場はジャズクラブ。出勤は夜の九時。朝日が昇った感じの夜の九時。
なんか、ジャズする感じにならんから、お客様激減。朝の九時から酒飲んでジャズ。俺だってやだぁーーー。営業妨害はなはだしい。朝の九時からナオンを口説くかっての! 性欲異常だ。

うで、この怒りを書籍化したら、先記のようになった。

「おい、マミ、今、何時?」
「八時」
「どっちの? 午前なの午後なの?」
「忘れた」
「おまぁー、馬鹿じゃねぇーの。今日は何日なんだよって?」
「二日と三日の間ぐらいなんじゃないの」
「んじゃ、これ夕飯なの」
「たぶん」
「のりと納豆と味噌汁って、俺がガキの頃は、朝食だったんだけど」
「つべこべ言わないでよっ。今日、仕事でしょ。急いでると思ったから、ささぁと作ったの」
「仕事? えっ、今朝、コンサートなの?」
「お父さん、なにぼけてんのよぉー、今は、昔、お父さんが若い頃、夜とか言ってた時間なの」





2013年11月3日日曜日

センチメンタルロボット

という曲ができた。
ラのドリアン音階を使った超絶技巧満載の曲。
ドリアン音階、ご存知の方はご存知の通りで、短調なのに響きが長調に聴こえる。
現代のジャズピアニストが多用する。
超絶技巧満載だから、腕の動きがロボットみたいになる。
それでなくても、ピアノの演奏は、もともと、そういう感じがある。不自然。
太極拳のリラァーーークスな動きの対極。

たぶん、この曲を作っていたせいなのだろう。
左下顎奥歯、ぐらぐら。ついでに、右上歯茎が腫れ。左右ともに噛めない。お粥人間。
もう、口組みから脱会して頂いて結構と開き直っていたら、ぐらぐらのまま歯痛はなくなったけど、ぐらぐら。羽毛、総入れ歯で結構っ! と歯痛とお話していたら、昨日より左足首が痛くて歩けない。左足首を庇いながらピアノの練習をしていたら、右足が引き攣った。歩けない。

背骨神経痛は治まったけど、こんどは、両肩の筋肉痛。
そりゃそうだ、延々とロボットみたいに鍵盤をマッハ2ぐらいで押さえていたから。

歯、両肩、両腕、両足。

ポンコツロボットだよね。

「ねえ、マミちゃん、こんなあたしでもいいかしら?
大丈夫よね、年の差なんて.....」
「廃車、廃車」
「マミちゃんって優しいのね。うん、歯医者に行くね」



2013年11月2日土曜日

冬が近いのにさまぁーず

皆さん、ご存知なのかと思うのですが、さまぁーずの漫才の冒頭のアクション。
大竹さんは、無表情でやらない。三村さんが「お前ぇー、やれよっぉー」。
大竹さん「俺はやらない、絶対」と言う。

この二人のコントラストは、本当におもしろい。
さまぁーず。芸人というより芸術家の臭いがする。とりわけ、大竹ワールドに。
これに、元気な典型的な日本の明るいオジサン、三村さんが入るから、本当に愉快である。

そして、中傷とか毒舌がない。これは素晴らしい。見ていて元気になる。

いやぁー、このコンビは、素晴らしい。
でね、もやもやさまぁーず2を、またまた、嵌り見している。
で、俺は、三村さん、大江さんの大ファン。大竹さんは、この人の脳細胞は、本当に、俺の系列会社と思うぐらいに似ている。見てくれ、雰囲気、体付き。そして、その、彼のお笑いの源泉が、俺と同じところから来ている。その源泉とは、筒井康隆大師匠である。

あれ、今回書きたいのは、そうではなくて、
なんの他意もなく、不思議に思うのが、
まず、俺が入りそうな店にしか入らない。大衆食堂。メニューびらびらの中華屋。鄙びた喫茶店。このチョイスの仕方は素晴らしい。
違う、それではなくて、もちろん、テレビカメラ、店に入る時のインパクト、知名度とか、いろいろな要素があるのだろうけど、毎回、奇異に感じるのが、店に入る時、三村さん、大竹さん、大江さんの順。男二人が、必ず先に入る。

ラーメンを小どんぶりに分ける。必ず、大江さん。

これは、俺の日常、皮膚感覚を、もろに覆す。
女性より先に店に入る。考えられない。上座に男性が座る。考えられない。
ちまちま分け作業を女性が「当然のようにやる」。考えられない。

良し悪しではないよ。フランスだって、日本だって、実力者は女性である。
結果は同じだけれど、その出方の違いは、西洋と東洋の専門家にお伺い下さいませ。