2013年11月18日月曜日

文体について

文体、私のようなミュージッシャンには音体になるのかもしれない。
文章を書く、そのスタイル。変な話だけれど、内容以前の問題という気がしている。
分かり易く言うと、語り口というやつである。逆に言うと、内容以前に、その語り口によって、その内容が如何様にも変わるということ。たとえば、内容にあたる「空」「花」「地面」なんでもよい。どう語るのか、これによって、ブログ、エッセイ、文学、詩、もっと別なものへと変容して行くのである。

「自分の文体」。これは、簡単に言ってしまうと「皆、ある」ような感じがする。
けれど、正直、言ってしまうと、「これ」を持っている方は、稀なのである。
持っているような錯覚は、みんな、ある。でも、ない。カラオケなのだ。自分の歌ではない。

「自分の文体がない方」に、詩は書けない。
それは、無理である。それがある方は、逆に言うと、「なにを書いても詩的」なのである。

と、書いてみちゃったんだけんちょも、これは、俺の文体じゃーねぇーな。現時点ではね。
で、俺自身の文体ってあるのかしらと考えると、分からない。
これは、第三者が決めることなんだと思う。

ピアノの方は、俺の音体は、ある、はず、と、踏んではいるけど、やっば、わかんねぇー。
ないと、バヤイ、けど。りょあぁーーー、その前に人体というのがあったよぉーーー。
ヒューマンネイチャー、ね。


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