2013年7月30日火曜日

驟雨

「しゅうう」、なんかとても響きが綺麗。確か、金子(光晴)さんの晩年の自伝三部作の中に、マレーシア在住の頃の件があるんだけれど、その中に、なんとかの驟雨っていう描写があった気がする。いや、思い込みかも知れん。「驟雨」という音を聞くと、金子さんを思い出し、マレーの描写が頭に浮かんできて、そして、金子さんのおしっこの音を題材にした詩を思い出す。と、脳が、このように機能するようになっている。それから、広重の浮世絵の雨が脳裏を過る。

で、実は、「驟雨」ってなんのことなのか、なんとなくイメージでしか理解していない。
で、さっき調べたら、対流性の雲から降る雨って書いてあった。けど、対流性の雲? なんのことだか、結局、分からない。で、一過性の驟雨のことを「にわか雨」と呼ぶ。少し、イメージが湧いてくる。で、一番、バシッと分かったのが、英語で「シャワーレイン」と言うそうです。なんか、もの凄く分かり易い。

いやぁー、今日は、久しぶりの雨日なのです。
肌寒いから芝刈りをしていたら、驟雨。慌てて、電動芝刈り機と電気コードを持って、母屋に駆け込んだ。ずぅーーーと前に書いたのだけれど、俺の家の庭は全長六十メートル。広大な庭ではなくて、びょぉーーーんと長い。だから、この突然、ショワァーーーとこられると、老体に鞭打ち、結構マジで、母屋まで走らんといけないのです。

なんか、俺の最近の記事って、なんか不思議な調性になってきている気が少しする。
意味があるようなないような、主題があるようなないような、書く気があるようなないような、ここ十日ぐらいかしらねぇー、こういう感じになってきたの?

ふむ、そうねぇー、なんかね、言いたいことがあるようなないような。
わちゃーーー、独り言かよぉーーー!
やべぇー、おぉーっとぉーーー、ピアノの時間だぜっ!



フライミートゥーザムーン

この曲、ご存知の方も、沢山、いらっしゃると思います。
だれが歌っていたのか、記憶にないのですが、男性の甘い歌声だった。
チェット ベイカーあたりかも.....。

あっ、そうそう、チェットのDVD、随分前の俺の誕生日に、俺のグループの詩人、ジャンリュックから貰った。若い頃の、超絶イケメンと、晩年の、たぶん、アル中、薬中のぼろぼろしわしわのチェットのコントラストが、素晴らしいというのか、世間なのかジャズの荒波なのか、俺には分からんけど、この濃淡は、ちょっと、.......................。

まあ、俺も、ぼろぼろだよ、あっちこっち。
ぼろぼろだけど、心は錦。真性脳馬鹿。

でね、この曲のアレンジを今しているのだけれど、なんか、バシッとしない。
原曲は、全然、難しい曲じゃないんだけど、だからこそ、自分流にするのが、難しい。
まあ、もう少し、やってみて、スイング、俺なりにしないのなら、放棄。

あんま、暑いから、フライミートゥーザ天ぷらなの。



2013年7月28日日曜日

大時計

昨日の記事、一体、なにを書きたかったのか、書き始めた途端に失念。高年性痴呆症かも知れん。なんか、押し寄せる日常、これは、皆、一緒なのである。なんだか、ちまちまと忙しい。人類史とか世界史とか日本史、なんちゅうものに、なんら関わりのないことで、日毎、忙しいのだ。超絶マヒナ(暇な)シニアプータローの俺でさえ、そうだから、ね。とりわけ、わたくしの母国、日本国は、本当に、なんだか「いるだけで忙しい」のだ。

でね、この押し寄せる日常に、唯一、ピアノで抵抗している。雨が降ろうが、猛暑だろうが、二日酔いだろうが、午後四時には、這ってでもピアノの前に座っている。水漏れだろうが、下水が詰まっていようが、水洗トイレが壊れていようが、この時間には、ピアノの前にいる。それから、二時間は、なにがあろうが、ピアノ二宮金次郎。正確には、飲み屋金次郎かな?

二十代の頃に、絵描き、ミュージッシャン、小説家なんていう連中が、俺の回りに屯していた。まあ、俺も、その一人だった、けど、大半の連中は三十ぐらいで、結婚、ガキ、就職と放物線を描き、絵だのミュージックだの、小説、なんちゅうもんは放棄した。

うで、俺みてぇーな真性馬鹿だけ、花形満みたいに、這ってでもホームベース、踏むどぉーと、止めんかった。どっちでも、もちろん、構わない。はっきり、続け組みは、真性馬鹿である。

ところで、台所の壁に掛けようと、直径六十センチぐらいの大時計を買ってきた。
数字の12から1、つまり、五分の幅が五センチぐらいある。なんだか、一日が、長くなったよ。





2013年7月27日土曜日

押し寄せる日常

水曜日、娘をドゥゴール空港へ、迎えに行く。
木曜日、息子をドゥゴール空港へ、迎えに行く。
庭が、猛暑でカラカラである。水撒きをする。

掃除機が、全然、掃除をしない、ので、掃除機を買いに行く。
掃除ロボがあることを、知る。でも、買わん、うなもの。

映画「クローズゼロ」の中に、親子の会話が出てくる。

「おめーのパンチには、愛がねぇー、怒り、怒りだけだ、それじゃー、駄目だっ」

何を書きたかったのか、忘れちまったよ。


2013年7月26日金曜日

じゃんけんぽいよ、猛暑でしょ

と、すでに、タイトルが尻滅裂。暑いのだよ、マジ。俺のサロンの室温が26.2℃。外は、知らん。35℃ぐらいかしら。去年の十月から、今年の六月まで、ずっと、しょぼい、俺みたいな天気が九ヶ月も続いていたのに、七月に入ると夏日夏日で、うんで、猛暑だよ。あんま、暑いので脳がいかれた。いかれた長介。あっ、そうそう、イケメンって日本語知ったの七、八年前だったかな、いかした男の意味だと理解していたら、いける面だった。イカ天ってのは、いまでも分からない。イカの天ぷらのまんま、です。じゃ、ジャズメンってのは、ジャズ面なわけか? なんか、馬鹿面ってな感じ。ほっぺ、ぷくぷく。

あっ、フランスの大聖堂なんだけど、個人的には、シャルトルのが、一番、素晴らしい。
でも、マイルスとコルトレーンに優劣なんか付けられんから、同レベルだと、アミアン。これは、ゴチック洋式では、容積が世界最大。ランス。爆撃を受けている。シャガールのステンドグラス。この歴史が素晴らしい。ブールジュ大聖堂。今回の小旅行で、初めて見てきた。これも、素晴らしい。でも、たぶん、日本の方々、ご存知ないと思うのだけれど、俺の家から五十キロぐらいのところに、世界で「最も高いゴチック洋式の大聖堂」がある。アミアンの着工が1220年。こちらは、1225年。アミアンの大聖堂を越える世界一の大聖堂を建立しようとした。結果、当時の、たぶん、今の技術でも、あまりに巨大で高過ぎるため、屋根が、二度、陥落。結局、未完に終わった大聖堂。俺は、時々行って、お辞儀をして帰ってくる。あまりにも、ちゃらけた表現だけれども、ジャズ面には、本当に、ぐぐっと来るのだ。

ところで、ジャズ面にも種類がある。ホテルのラウンジジャズ。主流派ジャズ。トラディショナルジャズ。諸々の流派がある。俺は、優劣なんか付けない。その一線のプレーヤーは、皆、凄い。で、俺は、究極の反主流、前衛一派のチンピラだ。

でね、俺の属しているフリージャズというジャンルは、
コルトレーン、アルバート アイラー、オーネット コールマン、安部薫、山下洋輔、坂田明、
セシル テイラー、うんで、俺の師匠の沖至が日本での先駆者なのである。安部の若僧を、東京でデビューさせたのは、沖師匠なのである。

アルバート アイラーのユニットのベース奏者が、パリ在住のアラン シルバだ。
パリの二大親分と、俺は面識どころか、その一人は、師匠だよっ! うるうる。


2013年7月25日木曜日

八百年前のシャルトル大聖堂

最近流行の一人称の「俺」で、わしは書く。
わしが、前回、シャルトルへ赴いたのは、違った、俺が、行ったのは、文体を「今風」にしないといけないのであるが、なかなか慣れない。

あまりに、めどうなので、自分本来の文体にて失礼申し上げる。
わしがシャルトル大聖堂へ、赴いたのは、丁度、八百年前のその日であった。
その日も大変暑かった記憶が、微かにある。

今以て、世界最大の麦畑の中に、その大聖堂は、美しい御姿を、今以て、その佇まいを、変わらぬ御姿で、御有りになられた。

八百年前、ヒト科の動物にわしは少し似ている。区別が付かないのだが、そう、ヒト科の動物だと、見てくれが二十五歳ぐらいの時に、徒歩で、訪ねた。

巨大な伽藍の入り口の階段に座って、「いこい」を吸った。
階段の端の方に、もうひとりの男が座っていて、たぶん、「いこい」を吸っていたのを、微かに覚えている。わしより、少し上に見えた。「いこい」を吸いながら、会釈をした。

その時、目線の中に、「またなっ、若僧」というメッセージを、八百年前に感じた。

「観光地になったシャルトル大聖堂」を見ながら、わしも「少し」年取ったなって慮った。

ヒト科の作家なんぞは、永遠だ、生と死だと、連綿と綴られて居るが、不死の大変に難儀であることを、お伝えしたいのであるが.....。これは、できんのだ、わしらには。八百年前の「いこい」の男が、それを知っていることは、間違いない。




2013年7月20日土曜日

辛口ブログ

と、タイトルだけ仰々しい。
フランスの7月14日は、バスティーユ監獄の陥落から始まっている。
フランス革命の発端になった日ということだ。建国記念日と訳されていたり、巴里祭となっていたり、非常に分かり難い。本当に、曖昧な知識で恐縮なのですが、バスティーユの監獄の中に、私の記憶では、マルキ ド サドがいたはず。その中で、ちびちびと書いていたのである。「あの書物」を。こういうキチガイを、私は作家と呼んでいる。

たぶん、正確には、「フランス革命の発端になった日」、こんな感じなのだと思う。
フランス人は、この日を、これは、非常に面白い、単に、「7月14日」と呼ぶ。この日付が、たぶん、大変に重いのだと思う。

フランスはバカンスの国として、知られている。発祥の地でもあるのだろう。

フランス人が、「唯一、一致団結するレベル」は、「自分の楽な暮らし」、以上である。
だから、バカンスも、フランス国民が、難局を経て、自分で勝ち取っている。ストライキの連続。

非常にデリケートな台詞になってしまうのだけれど、
裏返しに書く。「このレベルでしか、団結しない」。見事な人たちである。

はい、ちょっと、遠回しな辛口です。



2013年7月19日金曜日

肝臓

「おい、胃我肝臓、じきじきに、お前を、お呼びしちょる」
「なんだよぉー、練習中によぉー、止めてクレヨンの暮れのプレゼント、クレヨン」
「おい、きさまぁー、なんだ、その物言いは?」
「ふん、練習を邪魔するものは、容赦しないぜ、腎臓兄貴」
「えっ、裕の助、かっ、勘弁して、ごめん」
「ラから始まる曲、弾いちゃうよ。腎臓兄貴」
「おっ、俺が、悪かったっ!」
「いいよ、肝臓の野郎、なんだよって、用事ってよぉー」
「まあまあまあまあ」膵臓が宥めに来る。

その時、藁葺きの屋根が吹っ飛んだ。
好我の奴らだっ!

肝臓が、びのしの丘に立ちはだかる。
「うりゃーーー、村の者のぉーーー、楽器を持って来いぃーーーーー、好我の奴らが.....」

つづいても、しゃーないのでは?


2013年7月18日木曜日

巴里祭

と、灯台下暗しで、何のことなのか、知っているような知らないような知っているような、忘れたような、実は、知っていたけど忘れたのか、年の成果(字が違うよね)なのか、よく分からない。でね、東大出て、ぷらぷらしていたら、東大下暮らしと言うのだ、よ。近藤等則さんは、京大だから、似たようなものだ。京都大学とジャズ。これは、国民の税金の無駄遣いと言われても、致し方のないようなかたいなかのたわむれなのか? やはり、ジャズ屋が、これではねぇーと言いつつ、実は、高学歴が日本ジャズには多いのである。俺は、もちろん、違うけど、まぁー、意外と、そういうものだ。どうしてなのかは、説明しません。なんかね、真ん中がいないのですね。俺みたいな低学歴か、その反対。考えたら、俺の両師匠も、名立たる大学の名立たる学部を出ている。のに、ジャズ屋だ。過去の栄光。結局、メビュウス仲間と、結局、なるわけ。トップとビリっけつは、同じなのだ。だから、人間は、おもろいようなおもしろくないようなどうでもいいような動物なのである。でも、人間以外は、同族の殺戮をしないから、高度に最低、だね、我々。でね、フランスに、ずっと、住んでいるのに、巴里祭ってなんのことか知らんかったような、忘れたような、「一行目に戻って下さい。譜面のリフレイン」です。で、珍しく調べたのだよ。でね、昔、「7月14日」と言うフランス映画があったんだって。でね、翻訳者が「ぱりまつり」って訳したんだって。それが、いつの間にか、「巴里祭」ってなったそうです。

だから?



2013年7月17日水曜日

びのしのもの

ここは、千八百むやむや年の、びのしの里じゃ。
「かっ、肝臓、好我のやつらが攻めて来る」
肝臓は、いつものようにテナーサックスを、拭き拭きしながら吹き吹きと、作者の意図に関わらずオジギャグしている。作者の横入れにも無表情。そりゃー、むらちょう(村長)だぜって。へらへらするかって、ばぁーたれっ!

そこに、綾瀬はるか演じる、お菊が飛んでくる。
「大腸さんっ」「かっ、カットぉーーー」「あ、すみません、台詞、間違えました」
「はいっ、スタートっ」たったったぁーーー、「ホォァグラさんっ」

その頃、江戸では.....。

「胃我ものの、裕猿股、しょっぴいて来いっ」「こやつは、またの名を、クラークケントってぇー、いうてますさかいに、なんとかしてもらわへんと」「ピアノの達人でっせぇー」「こやつがピアノ弾くと、女子供に妻子持ちに既婚者、シングルマザァーちゅう輩が、仰天するねん、しょんべんちびるねん」

その頃、巴里では......。

えっ、7月14日は、フランスの建国記念日で、巴里祭って、なに?



2013年7月16日火曜日

びのしの里

昔な、びのしの里とよばれる山奥の村があった。
邪頭の里とも、呼ばれておった。胃我と好我とふたつの村落があったのじゃ。
どちらの村落も、邪神様を祭っておった。酒タバコスリクにリスクに薬が、お供えであった。あと、男根のような諸々のオブジェ、ね。村と村落の違いが、分からぬだと? わけたものっ! 俺も、分からんっ。

この二つの村落では、楽器演奏に長ける。ガキドモは以上なのである。
諸々の楽器を習得し、なからずんばの産婆のサンバを踊っているうちに、一丁前の、楽音師となるのじゃ、生死と精子と静止を兼ねてじゃ。

でだ、昔、胃我の村落の長は、肝臓だった。へろへろだったが、サックスを吹かせると、一音で、三人の敵を倒すのじゃ。右腕の腎臓のベース。低音で、やはり、三人の敵を倒した。ここに、膵臓のパーカッションが入ると、またまた、三人。すでに、九人を、ばっさり。

ここに、村落の荒くれ者、裕ノ助猿股のピアノが入ったっ!
少なくとも、二百三十三人ぐらいは、ばっさり。

くだらん。


2013年7月12日金曜日

三歩進んで二歩下がる

あれ、七転び八起きの反対だ。ところで、今、突然、思い付いた、熱中症です。
ご存知の方も多いと思うのですが、意外と知らないという方もいらっしゃるので.....。
熱中症で倒れた時、「水を飲めば治る」と思い込んでいる方。えーと、血液内の塩分欠乏なので、水ではなく、塩を至急摂取しないといけないのです。塩水とか塩分の多いトマトジュースとかを大至急摂取する。水では、あちらの世界に行ってしまいますので、恐ろしいです。と、豆知識というわけではないのですけれど、緊急時にご存じなくて.....。というケースも、かなりあるらしいので。はい。

昨晩、先日のコンサート、すべてをユーチューブにアップした。
なんと四十本目の動画。ヘッドホーンで聴いてみた。ヨラムのベースの加入で、いつもと、随分と感じが違う。で、手前味噌を承知で、欲耳を差し引いて、自分なりに自分の演奏を分析してみたら、やはり、一束の草鞋に集約した、その結果、つまり、明らかな進歩が聴いて取れる。ずぶずぶ三流から、2.7流と二流枠へ昇格している。五十半ばでの上達、進歩。ちょっと、自分で泣ける。元々、三流だから、改善の余地が無限大ということもあるのだけれど、この前進感は、素直に嬉しい。うるうる。

でも、考えてみると、ずっと上達、進歩しているのは「ピアノだけ」なのである。
折角、ピアノが三歩前進しても、「その他諸々」が二歩後退して行く。
算数上は、三十年後の私は、本当に、ピアノそのものになっていることになる。

ピアノ演奏のみ、私という全存在から突出し、後は、へめらも人間。
うわぁーーー、恐ろしいねぇー。大体、すでに脳味噌のパッパラパー度は、相当、酷い。
ピアノでしか、思考回路が連結しなくなって来ているような気がする。



ニュートリオ

昨日、無事に、我々の新トリオのお披露目が終わった。
お披露目っても、すべて、ぶっつけ本番。なんの打ち合わせも、リハーサルもない。
単に二分間、音量のバランスを取っただけなのだ。

やはり、我々は格好いいと思う。
いかしてません? こういうのって?
プロしてません?

ベースとの共演は、十五年振りぐらいで、全然、イメージが湧いてこなかった。
始まる前は。まあ、ちょっと、キース ジャレットしちゃおうかなぁーと内心思っていたけど、
ヨラムのベースが、あまりにジャジーで二秒後に修正。結局、インプロモダンジャズとなった。

今、これを書きながらユーチューブにアップしている。
まだ、俺自身が、ちゃんと見てないので、非公開アップして、ちゃんと見て、公開します。

ふーむ、いい感じだった、昨晩は。


2013年7月10日水曜日

フランスと日本車

車好きの方のみ、お読み下さい。
私は「ボロ車に乗るカーキチ」という、訳の分からない人間なのだけれど、一度、車のスペックだのを調べだすと、やはり、カーキチ。嵌る。

なんだか、車の故障率を調べていたら、昨日、分不相応な記事を書いてしまい、起き抜けに削除しようとしたら、なんだか、結構、読まれてしまっていたので、そのままに致します。読み返してみると、もちろん、お読み頂いた方は理解している通りで、上位というのは、「故障率が低い順位」のことです。念のため、追記致します。

昨日の午後、フランスでは珍しい炎天下の中、私が乗っているホンダシビック1997年型を中古車として購入したホンダのガレージに行った。ホンダのガレージがメルセデスベンツのそれになっていた。複数のメーカーを扱うディーラーなのだけれど、以前は、向かって右側がメルセデスベンツで、左側がホンダ。現在は、右、レクサス。左、メルセデスベンツとスマート。セールスのオジサンに聞いてみた。

「すいません、ホンダのガレージ、移転されたのですか?」
「いいえ、弊社が取り扱いを止めました。正確には、今、この少し先のスコダの販売店のむかえにホンダ店を建設中です。そうですね、現時点では、OOO県に、ホンダのディーラーはない状態です」
「そりゃー、困りましたね」
「なにかお探しですか?」
「ホンダジャズ(フィット)の中古車を見に来たのですけど.....」
「ははははは、ホンダの中古車はないですよ」
「うん、知ってますけど、以前来たときは、一台だけありましたよ」
「あー、稀に出ますね」
「しかし、我々の県内にホンダのディーラーがないなんて、ちょっと、信じられないですね。いくらフランスだと言っても」
「ははははは、そうかも知れませんね、でも、ホンダじゃ商売にならないのです。まず、ヨーロッパで発売されているモデルの数が少な過ぎる。それと、これがね、ディーラー泣かせなところで、ご存知かも知れませんが、顧客満足度、もっとも故障率が低い、世界一位。つまりね、一度、購入するでしょ、だれも手放さない。中古も出ない、新規購入もない、故障しないから修理工場は閑古鳥。あまりに丈夫過ぎて、商売にならんのですよ。ところで、お客さんの車は?」
「ホンダシビック1997年型」
「ほらぁー、まったく問題なく走るでしょ? 買い替えの予定もない。修理もない。十六年前に一台売れた。これじゃー、どうしようもないのですよ、我々は。ははははは。しかし、日本の物作りは、凄過ぎます」

メルセデスベンツがずらっと並ぶ巨大ディーラー店の中で、こんな会話をして、
また、炎天下の中、私は私の愛車まで、ゆっくりと歩いた。
「おい、お前、仲良くやろうぜ、な。イギリス製だよな、お前は。国籍不明の日本車だ。俺と一緒だな」







日本と日本人

仰々しいタイトルを付けてしまったけど、そんなに仰々しい内容ではない。単に、息子と娘の就職祝いに、コンパクトカーを買おうと思っているという話だ。ちまちましたことは書かないけれど、息子は一年前で、娘は今秋から、社会人というやつになる。もう、既に、親父を超えた。

「自動車の故障率」というものを調べて見た。
思った通りで、日本車が、全ての上位を占めている。これだけ、生産のグローバル化が進んでも、この順位は変わっていない。

これは、圧倒的に誇ってよいことだ。

俺は、「日本」という組織体は、全く好きではない。
でも、日本人個々人のこだわり、真面目さ、物作りのクオリティー、これは、半端ではない。
「箱庭脳」の究極なのだと思う。ミクロコスモス。

そして、俺は「箱庭脳」からの脱却を、なんとかしようとやってきた。けど、味覚のように染み付いていて、脱却はできない。けど、どうなんだろう? 脱却の必要なんて、あるのか?

俺は、フランス人個々人は、あまり、好きではない。はっきり、アーティスト系以外は。
でも、組織体としての堅牢さは、愛して止まない。ばらばらの個人主義者が、城塞を作る。
大した人たちだと思う。

日本人が「日本の美徳」と呼ばれるものに楯突いて。
別に、一向に構わない。でも、堅牢な城塞を作る各人の自覚と責任は重い。
素晴らしい車を作れない俺のような日本人は、自分の責任の在り処自体を、自分で見付けないといけない。







2013年7月9日火曜日

おっさんと夏

まぁー、俺は、年以上におっさんをしたいわけではねぇー。
もともと、馬鹿若作りだから、十歳ぐらいはサバ読める。けど、別に若く見られたい、そんなこともねぇー。年寄りブルつもりもねぇー。上の方が、現代社会では多いかも知れん。五十半ばなんだけど、ジジーなのか、「まだ、若い」のか、分からん。どっちでもえぇー。でも、江戸時代では、隠居の年だったから、やはり、伝統は守りたいので、私も隠居した。

ありゃ。昨日、半日、どんぐりの黄緑色の実を、寝そべって、だからね、下から、ずっと見ていた。でかいんだ、その実が。本当に、どんぐりなの? 横のカミサンが、そう言ったから、そうなったんだけど、違うんじゃないのか、あれ? 

日本の夏のおっさんは、私には、加藤茶のはげ親父のイメージ。
それと、キンチョウ蚊取り線香。団扇。縁側。ってな感じ。

でね、五十半ばのおっさんは、明後日、コンサートなんだけど、
やったことのない音階、トリオ。やったことのない、色っぽい音。
で、真師匠からの指示は、「うねりのある音楽」をやる。

トライトライなのね。

でも、おっさんだけどょー、やり慣れた曲しか弾かないとか、わしは冒険はしないとか、こういうスタンスをやっていると、本物のおっさんに、なっちまう。俺は、本物のおっさんだけどよぉー、やらんのだ、そういうことは。

えっ、おっさんって年じゃねぇーってことに、なるわな、お若いの。

ナメンナよって!


2013年7月8日月曜日

夏

やっと 
イルドフランス地方も 
夏らしくなった

今日の気温は三十度近い
午前中から 近所の湖に行った

どんぐりの木の下で
ずっと昼寝していた

木々の葉が風に揺れていた

揺れる葉の合間から 日差し
時々 ドゥゴール空港へ向かう飛行機

僕も 実は 空を飛べるけど 

内緒にしている


2013年7月7日日曜日

パリとニューヨーク

先日、ニューヨーク在中のビデオアーティストの知人と夕飯を一緒に取った。
彼女も、あちらに住んで三十年近い。私のパリと、ほぼ、同じである。

家賃、生活費が大変に高くなり、アーティストの生活を圧迫している。
 これは、パリと一緒
たとえば、アトリエを借りる。その高額な家賃を支払うために、アルバイトに追われる。
作品を作る時間がなくなる。生活自体が、本末転倒。
 パリ。同様
当然にして、アーティスト連は市内から追われ郊外へとドーナツ現象。
近所でちょくちょく会っていたのに、みな、郊外に散ってしまい、ちょっと会おうとしても、移動に一時間以上掛かるので、段々と、疎遠になる。
 パリもまったく同じ

元々、私はニューヨークに行こうとしていたので、彼女の話は興味深い。
そして、ここから先が少し気になった部分。

ニューヨークでは、アーティスト同士の会話っていってもビジネスビジネス。
ないしは、仲間のゴシップ。成功、ビジネスになるならなりふり構わずなんでもする。
 これは、私には分からない。パリも一部はそうなのかしら? 私の仲間連とビジネスの話は一  切しないし、ビジネスとしての成功より、作品のクオリティーが、まず、先という感じが強い

ニューヨークには、アングラがなくなってしまった。メジャーばかりで詰まらない。
 パリでは、まだ、生きている。だって、私がいる

と、それからもっと突っ込んだ話になったが、割愛する。

私にも、よく分からないのだ。パリもビジネス系の連中、たぶん、沢山いるのだろう。私の周りにはいないということなんだろう。なんか、作品、音楽、真摯に打ち込んできたものが、結果としてお金だの名声に繋がる。これは別に構わない。そちらが、制作の動機、モチベーションにはならない。あくまで、結果である。「俺は、有名になって金儲けするぞぉー」、こういうアーティストがいても、別に構わないけど、なんか、職種を間違えてんじゃないのという感じ。まあ、私は、あまりお話をしたくない。

ジャズメンがアーティストなのか、この辺も、よく分からないけれど、名声だのお金だのを求めている人種が、こんな音楽、絶対にやらん、パリでは。だから、アングラの火は、パリでは消えない。

あれ? ニューヨークだと、お金になるのか? ジャズは。
じゃ、あっちに行こうっと! バァバァーーーイ! りゃ?


2013年7月5日金曜日

日曜日のパリの公園

四日前の日曜日。パリのスターリングラッド駅の近くの公園に、舞踏と即興音楽のフェスティバルを見に行った。私がファンであるアズサが出演する案内をもらったからだ。

午後四時十五分に到着。快晴。気温二十五度。暑い。
公園内は家族連れ、若者、カップルで一杯だ。酔っ払いの親父がメガホンでなにかを叫んでいる。子供たちが、あちらこちらでサッカーをしている。北駅へ向かう地下鉄の音が聞こえて来る。町の喧騒そのものである。フェスティバルの会場が、その公園であることは分かっているが、公園のどこなのか分からない。なんとなく、コンサートのセッティングをしている感じの一群に聞いてみる。「あー、あそこに受付があるから、あっちで聞いてみて」と言われる。受付へ向かう。「四時半からのアズサの舞踏を見に来たんだけど、場所はどこですか?」「はい、ここです」「あっ、この受付の前ですか?」「この公園です」「はい、それは分かりましたが、公園内のどこですか?」「ダンサーが決めるから、真ん中か、あちらの壁の方か、通りの方か、どこかでしょう」「はぁー、メルシー」。結局、分からないから、公園全体をじーーーと見詰める。コントラバスをソフトケースから出すミュージッシャンの姿が遠くに見える。「あっ、あれだな」と、そちらに向かったら、アズサがブルーのビロード地の衣装を着て、踊りだすのが見えた。

暑いので、木陰に陣取り、彼女の踊りを見た。左側のベース奏者。
私も含めた何人かの観客が半円形の輪になって見た。彼女の周りでサッカーをする子供たち。
まったく、興味がない人々が通り過ぎる。酔っ払いの親父の叫び声。少し離れた場所でコンサート。別のダンサーたち。

彼女の踊りを見ながら、公園全体を同時に見回していた。
一体、アーティストとはなんなのだろうと考えていた。
彼女とベース奏者。ふたりは、公園全体の喧騒と人々の活力に対峙していたのだろうか?

これは、私には分からない。

でも、確実にひとつだけ確かなことは、子供たちが、サッカーをしながらも、なにかを感じ取っている感触があった。なにか日常とは違う異質なものがあることを。


2013年7月4日木曜日

実戦練習

さっき、大ピアニスト養成ギブスを外した。
首、肩、両腕、筋肉むくむく。ってもピアノを弾く筋肉だけ、ね。
それ以外は、ジッちゃんだ。ぷるぷるのぷよぷよ。

でね、クラッシックのピアニストに他意は、まるでないけど、たぶん、その練習の仕方、違うんだろうと推測している。クラッシックの兄貴。譜面見て、毎日、四時間ぐらい、同じ曲を体に叩き込む。うで、もう、じゃかぁーーーしぃーーー、勝手に、指さんたち、弾いてクレヨンってなる。で、そのレベルで、自分の色を出す。お疲れさんでござんす。うるうる。

うで、まぁー、こっちも、似たような練習をする。
でもよぉー、ジャズ屋は無法地帯だよ。すっぱり言うと、「けんか」なわけね。
実戦では、「譜面は御免」なのである。いきなり、鼻にパンチきたりよぉー。

と、半分、嘘。

まぁー、山下(洋輔)さんも書いているように、「プロレス」なのである。
ルールのある暴力を、お見せ、お聞かせする。そっくり、じゃん。
昔のやくざは、急所は刺さなかった。医学の知識がいるのだぜってっよ、ドスにも、よ。



2013年7月3日水曜日

コンサートのご案内

昨晩、急遽、またまた、パリフリージャズナイトの企画が決まった。
俺のホーム、いつものジャズクラブ、バビロにて。以下、ご案内申し上げます。
パリおよび近郊ご在住の方々、是非是非、いらして下さいませ。お辞儀。

10 JUL 2013
20h00  at BABILO
9 Rue du Baigneur 75018 PARIS
Metro Jules Joffrin

Isao YU PIANO
Makoto SATO Drums
Yoram ROSILIO Bass

Ent 7euro

と、たまに、ミュージッシャンらしいブログになりましたです。
突然、電話来るから、セールスが大変なのです。集客しないと、クラブに申し訳ないのです。
よろしくお願い申し上げまする。正座、お辞儀。企画主催者がいれば、こちらは出るだけなんだけど、これは、半分、俺が企画に絡んでいるから、このように、ばたばた営業マンになるのです。

でね、お馴染みのイサマコバンドに、モロッコから来ているベース、ヨラムがゲストです。ヨラムのことは、すでに、記事に書きましたが、今時珍しい「弾き過ぎないベース奏者」。野蛮人自己顕示自己中系ハイパースピードピアニスト、おっ、俺だっ! 非常に繊細、色彩豊かなドラムを叩く、パリ屈指のドラマー佐藤真師匠。そして、超イケメン縁の下の力持ち系しっとりウッドベースのヨラム。このお二人の色気で、野蛮人ピアノをねじ伏せようというユニット。ビル エバンスのような超絶色っぽいフリーフォームのピアノトリオと、あんま、聞いたことのないジャンルに挑戦なのだ。俺は、女装して和服着て、出ようっと!

二部のメンバー、聞いていないけど、これまた、パリ屈指のテナーサックス、アブドゥー べナニのユニットです。パリの生きジャズ神様の一人です。

よろくし ねがおな またしやす。

どうすっぺかな、ヨラム、八月にはモロッコに帰っちゃうからビデオ撮ろうかしら、ね。
ステージ左下ピアノで、俺は通路に座っている。映らないのだ、どうやっても三人一緒には。竜安寺の石庭と一緒なわけ。で、通路の俺、暗くて単独でも映らない。そうか、スポット当てるか。でも、俺だけになっちゃって、二人は映らない。で、二人はステージの上だから、ばっちり映るけど、ピアノの裏板しか見えない。おぉーーー、発想の転換。真上からの鳥瞰図っ! 駄目なのだ、天井そんな高くないから、鏡を使う? うぇーーー、面倒臭いっ! いいや、二人だけ、撮るべって。



フリージャズの文字化

と、実は、真っ当な記事を、たったったぁーと二本書いたのに、なんだか、アップする気にならなくなった。「芸術家とはなんぞや」「パリとニューヨーク」という内容だったんだけど、下書きにした。で、さっきまで作曲をしていた。C♯の曲で、私には珍しい音階である。ジャズ屋は、社会的マイナーだから、♭をよく使う。いつも下っているのである。上らないのだ。で、ニャロメ、俺だってよぉー、鯉の滝登り。おー、恋の滝登りなんて、おじさん臭くて、可愛い。で、下書き二記事は、ネタ行き詰まりになったらアップすることにして、保存。で、このフリージャズを文字化すると、もう少し、分かってもらえるのではないか、と愚考した。はい、じゃ、行くよっ!

たらちねの こよいの やどりは となかいだった

あれ、もしかすると、マジで黒田夏子になっているのかしら? 読んでないけど。
すいません、拝読してないけど、絶対に半端な作品ではないはずです。お辞儀。

はい、もとぉーいっ!

でだの助 邪頭屋の市兵衛が くんなましをかませたら かめへんって言った ところでと転んでみたら 御手洗団子が ソソ笹だった うなもん 食えるかぁーと かーちゃんに言ったら 鱈チーズの大晦日でやばかった 紅白付けてクレヨンと町田康のコピーライトのはずのフレーズを連発してみても コピーライト ライムライトは 素敵だった 瞼の裏を見ようとしたら 寄り目になった
そのまま買い物に 行こうとしたら 設楽さんが 立っていた あれ と言ったけど 面識はない
サバを購入し 牛乳名が思い出せず 思わず しゃがんで ヤンキー りゃりゃりゃぁーーーなどと 既成を発しつつ 漢字になった 


もう、結構っ!

へへへっ、ローラだよぉーん
で、皆で、牛乳食べに行こうよぉーーー
じゃ、バイバァーイ

おい、絵文字はどうした? はっ、裕課長、もっ、申し訳ございませんっ!
ニャロー、絵文字ぐらい、覚エロって! ばぁーたれっ!
えっ、零細企業で、余裕がない? 

わぁーーー、きもぉーーーいっ!
止めてくれないかなぁー、こういうブログっ!





2013年7月2日火曜日

音宇宙

って書くのと、サウンドコスモス。どっちが音として、格好いいんだろう。
オトウチュウっても、日本語だと漢字になるでしょ、視覚が入って来る。
そもそも、外来語に、カタカナなんていう表記をする国って、日本以外にあるのかしら?

で、俺は、いわゆる横文字より、漢字の「音宇宙」の方が、格好良く感じる。
やはり、視覚と音が合体していて、少し、重い。

「あぁーーー、今日は、ドレミでしたか?」
「なぁーーーに、ファミレbでしたよ」
「あら、はっつぁん、そんなにミソbシなの?」

と、やはり、音自体に意味はない。
音の配列が法律に触れたり、政治問題にはならない。

ということは、言葉を止めて、音で会話をすれば良いのであるのですのアンデス山脈のイーデスハンソンでしょ。

「ねえ、ミソソbしない?」
「うん、♯」
「ラbは?」
「えっ、それは、ミファソラでド♯」
「ドソミ?」
「ごめん、僕には妻子が、ミミド」