ちょっと、困ったことになった。ばらしてしまっていいものか?とはいえ、お読み頂いている方、統計を見ると三十人ぐらい(ありがとうございます。深謝)だから、大事にはならないし、秘密を共有して頂くことにする。
三日前の朝。ぬくっと起き上がり、階下のサロンへ。いつも通り、無意識に高血圧のスリクを飲む。台所でコーヒーを入れる。カフェオレを作りサロンの肘掛け椅子へ。ベンソンアンドヘッジスの一本に火を付ける。カフェオレを飲みながら、ゆっくりとタバコを吸う。吸い終わり立ち上がる。二階の風呂場へ。歯を磨こうとして異変に気付く。俺の歯はがたがたのサクラダファミリア。のはずが、磨こうとしたら「芸能人の白い歯。しかも、楕円形に綺麗に並んでいるし、ないはずの奥歯二本があった」。はぁー?
で、なんだか、上半身の貧弱な体の「いつもの感触」、よたっとした、初老の体の感触がない。で、じっと、鏡に映る自分の顔。顔の輪郭が妙にはっきりしている。全体の弛みがなくなっている。顎の筋肉が引き締まっている。いつものルパン三世顔と違う。むむ?
なんか急に目が覚めた。パジャマを毟り取る。鏡に映った上半身。ダニエル クレイグ。
ちょぉーーーと、待ったぁーーー。なにが起きたのか分からない。なんとなく、もしや、と思い、寝室の重いベッドに左手を掛けてみた。片手で、重いベッドが、すっと、本当に、すっと、持ち上がった。むむむ、やはり、そうだった。なんか、この年で、今更、ちょっと、リズム崩れるし、ご近所に言えないし、仲間にばれると拙いし、もう少し、若い時にして欲しかった。俺は、突然、スーパーマンになっていた。たぶん、スーパーの買出しが大好きだったので、そうなってしまった。関係ないか。でも、五十三歳で、んなもんになってもなぁー、オイ。でも、なってしまったので、シニアーマンと自分で名付けた。
中略
試しに、ピアノを弾いてみた。困った。いつの間にか、マウリッツィオ ポルリーニになっている。ストラビンスキーの春の祭典を口笛を吹くように弾いてしまった。これは拙い。味わいのある三流ピアニストを売りにしているのに、これは、拙い。念のため、いつもの曲を、いつものように弾いてみた。大丈夫だった。弾けた。仲間およびファンの方々にばれないように、超絶技巧は小出しにするしかない。少しずつ進歩しているということに。間違いなく、世界最高峰のピアニストになってしまった。これはこれで営業妨害だよって!
ところで、俺のサロンの窓から、フランスガス公社(EDF)のビルが遠くに見える。じっと、目を凝らすと、望遠レンズのように、資料室でいちゃつく男女が見えた。おぉわぁー。耳を凝らすと、息遣いが、間近に聞こえる。やっばぁー。いったん、この能力はカットする。
台所のレースのカーテンの掛かった窓越し(そっ、向こうからは、こっちは見えないの)に、いつも、通り掛るブロンドの別嬪のお姉さん。金色の長い髪。綺麗な足。同じ通りの、ちょっと、先にお住まいの様子。土鍋を拭きながら、じっと目を凝らしてみた。あっ、衣服の中身(裸)が見えて、あらぁーーーまぁーーーとべズリー目のまま、もっと集中したらレントゲン写真のようになった。ゲッ。これも、衣服の中までという設定に変えた。ただ、あまりに嬉しいので、その設定のまま、通りを歩いてみた。失敗だった。見る対象ごとに設定変更が必要であった。お分かりですか、道行く人々が皆真っ裸。それ以上は書かない。
そして、その日の夜九時頃だった。筒井康隆さんの本(エンガッツィオ司令塔)を読んでいたら、十キロ先ぐらい(距離がなぜか分かる)で、若い女性の悲鳴が聞こえた。夜道で襲われ掛けている様子。俺は、ちょっと迷った。シニアーマンとして、世直しを始めてしまうと、なんか、その後の収拾が付かなくなるし、平穏な年金生活が台無しだし、参っちゃったなぁーなどと考えていたが、どんどん悲鳴が大きくなってきた。もう駄目だ。正義感と良心が込み上げてきた。筒井さんのご本の影響なのか、どこかからの司令を感じた。「君は、シニアーマン」。とはいえ、素性がばれるのも拙い。とっさに、押入れの中の加藤茶の衣装。はげ、頭の真ん中にちょこっと髪。丸メガネ。ちょび髭。腹巻、ステテコ、草履。あのお馴染みの格好。これに素早く着替え、サロンの窓から飛び立った。初めて飛んだ。要領が今一、よく分からない。平泳ぎの格好になった。
夜道に舞い降りる。三人のガキどもが、ナイフをかざして別嬪の姉さんに絡んでいた。
「なんだなんだ、てめぇーーーは?」
「はい、わたすが変なおじさん」違う。「おれけ?ふふふ、シニアーマン、誕生」
「ぎゃはははははぁーーー」刺しちゃえ刺しちゃえ、こんな馬鹿と言って、俺は串刺し。
ではなく、三本のナイフは、ソフトクリームのようにビィヨョよぉーーーと折れ曲がった。
ガキどもの腰が抜けていた。俺を見て、小刻みに震えていた。ターミネーター2のメタルリキッドロボの動作を真似て、右手の人差し指を左右に振った。ガキども気絶。マドマゼェール、別嬪のお姉さんの住まいを聞いた。俺は、お姉さんを軽々と両腕に抱えると飛んだ。
翌日、地元の新聞に、拙い、でかでかと一面記事。「シニアーマン現る」。まずいなぁー、おい。モンタージュ写真まで載っている。加藤茶だ。娘さんおよび、娘さんのご両親が、是非、お礼を言いたいので、名を名乗り出て欲しいと書かれてあった。娘さんは、「結婚したい」とまで、談話で言っている。
俺の住んでいる町は、取り立てて物騒なところではない。治安がいいのだ、この辺は。とはいえ、毎晩、どこかで悲鳴が聞こえる。その度に、俺の正義感が奮い立ち、向かってしまう。ただし、素性がばれるとまずいので、毎回、コスプレよろしく衣装を変えないといけなくなった。変なおじさん、ひとみ婆さん、たけちゃんマンとか。ゼブラーマンは著作権に引っ掛かりそうだし、スーパーマンの衣装は、ちょっと、この年ではねぇー。覆面してないし。バットマンとかも映画会社から訴えられてもねぇー。
で、ジャズメン仲間には、この話は内緒だよ。
ご近所には、ぎっくり腰が慢性化したことにしてある。
ばれるとまずいし、大体、マスコミが、なんでシニアーマンは、ooo市以外には出現しないのだ、他の町はどうでもいいのか、パリの犯罪をどうしてくれるのだ、なんだかんだと騒ぎ始めた。まずいのだよ、俺のピアノはどうなるのだよ、シニアーマンに専任。そうもいかないよぉー、だって、無料だよ。悪いけど。そんなこと、俺の口から言えるか。そんなせこいヒーロー、いらんわって。
つづく(かも)
追伸 その内ね、不死のハイランダーパロディーも書いちゃうよ。
大体、八百年前にごたついた女と、八百年後に出会ってしまう。
鬱陶しいでしょ?普通の寿命で十分なんだよなってなパロディー。ご期待願う。
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