この動画の正式なタイトルは、和田美津代 朗読「金子みすず」ピアノ 裕イサオ Poetry Reading「Misuzu KANEKO」。1および2となっています。和田さん、和田さんの撮影、パナフィック ライフ 佐藤さんの、ご協力、ご了解のもとに制作致しました。この場を借りて、改めて厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。
Part1 私と小鳥と鈴と 積もった雪 大漁
Part2 美しい町 星とたんぽぽ 蜂と神さま
ご覧の通り、代表作六篇の朗読および、各作品への私の即興ピアノソロが収録されています。
まず、最初の私の素朴な疑問は、みすずさんの詩に音を付ける意味があるのだろうか。
何日も考えてみたのですが、いつも同じ結論。「ない」。
私のような三文ピアニストがという意味もあるのですが、ピアノのレベル以前に小宇宙として完結しているみすずさんの詩に「音はいらない」。やはり、何度考えても同じ答えしか出てきませんでした。私なりのみすずさんへの敬意なのだと、自分なりに理解致しました。
後日、和田さんの素晴らしい朗読を拝聴させて頂き、気持ちが変わりました。「よし、この朗読に音を付けてみよう」と。それから、何度も何度もみすずさんの詩を読み返し、和田さんの朗読を聴き返しました。それから、それぞれの詩に幾つもの即興演奏を試みてみました。
「私」、「私のピアノ」、「自己表現」。今回は、そんなものは、すべて無効になって、みすずさんの詩、和田さんの朗読、ひたすら、「ピアノに演奏」してもらうように勤めました。私は、単なるピアノを操作している技師というイメージで、諸々を試みてみました。それなりに、技師なりの成果はあったかな、と思っています。日頃、私私私のオンパレードのような演奏をしているピアニストには、大変に難儀な作業でへとへとになりました。そして、ほんの少しだけ、みすずさんの詩に近付けたような満足感が残りました。
金子みすずさんの詩について、私のようなものが、注釈を付ける必要はまったくありません。
みすずさん自身が、「私」を超えて、小鳥、鈴、積もった雪、鰯、挿絵、星、たんぽぽ、蜂と一体になっている。その目線で詩を書いた。
没我とか超自我とか、たぶん、文学用語で呼ばれるのでしょうけれど、そんな難しい解説の必要さえないでしょう。みすずさんは、世界を構成する諸々と、ひとり静かに感応していた。それだけです。そして、それが、実に平易な日本語の短い童謡として紙面に残された。
みすずさんは、二十六歳で、自ら、向こう側へ行かれてしまった。
あまりに透明な目線と、宇宙的な優しさに、良く分かりません、みすずさんの肉体が耐え切れなかったのかしら、と、私自身は呟いてみます。
この二本の動画は、「私の動画」ではなく、先出のお二人のご協力の賜物であり、みすずさんへの敬意そのものです。
ご視聴頂けますと幸甚です。
裕イサオ
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