2012年10月20日土曜日

筆トーク あとがき追記

俺は、二日前、筆トークのあとがきを書き終え、和服姿でサマータイムを弾いていた。
それなりの達成感はあった。十一年振りの新作といえばいえるのだ。
その晩は、養命酒をちびちびやりながら、久しぶりに金子光春の「ねむれ巴里」を読んだ。
金子さんまで行くと、「僕」という一人称が、逆にしっくりするなぁー。俺は、まだいいや、若僧だから、俺で、などと考えながら、眠りに付いた。

翌朝、なんだか外が騒がしい。
いつもは、小鳥の声しか聞こえない。二階の寝室のカーテンを15cmぐらい捲る。
ぎょ。俺の家の前に、群集。横断幕。

「愛してるぅー」「お願いっ!書いてっ!」「裕さぁーーーん」「ハートマーク」「唇マーク」
なんだか、時々、「なに、もったいぶってんだっ、三文文士!」「無内容は許したるっ、量で勝負ゆうたやんかぁー」「悪口が言えなくなるから、書けっ、馬鹿っ」

どうも、機動隊まで出ている様子。怖くて見れない。暫くすると、電話が鳴りっぱなし。ご近所からだ。「子供の送り迎えが出来ない」「通行不能」「主人が家まで、辿り着けない」。ひたすら、お詫び。いやぁー、参った。二日前に紙テープの嵐の中で、惜しまれて去った。つもりだった。

とうとう、女性ファンが、俺の家の入り口にテントを張ってしまった。書くまで梃子でも動かんと。俺は、監禁されてしまった。

幸い、スーパーの買出し後の翌朝。酒、タバコのストックも多少あり、不自由はして居らん。

林家三平の口調で、「こまっちゃったなぁー、もー」と呟いていたら、電話。

「もしもし、裕先生ですか?」
「はいはい」
「大阪のバルタン音楽出版の榎田です」
どきっ。「原稿、まだですかねぇー、今日で、一ヶ月と七日経つのですがねぇー。先生も、お忙しい。はい、重々、承知して居りますが.....」
「いゃ、君、タイトルは、とっくに送っとるよ。私とジョン コルトレーンはエントロピーって」
「先生、また、悪いご冗談を。本文を送って下さいよぉー」
「なんだ、君、水臭いね。最初から、そう言いなさい。本文も必要だったのね?」
「えっ?」
「君、僕はねぇー、フランス人だよ。きちんと、ご指示を頂かないとねぇー」
「先生、また、悪いご冗談を」
「まあ、いい、近々に」
「お願いしますよ」
「君も知っとるだろう。私は、筆が遅いし、ねぇー、頭も老朽化しているから、そうそう、ネタは出てこないよぉ」
「先生、お言葉ですが、先生のブログ」
「むむ」
「拝読させて頂きましたが.....」
「いゃ、まあ、君、その、それは園アヤコ」
「零れ出るネタの嵐。週間更新率最大11.8回」
「いや、あれは、仕事の合間に.....」
「合間に?」その時だ。榎田の声が一オクターブ下がった。(汗)
「じゃかぁーーーしい、出版社を舐めとんのかいな、おんどりゃー!」
関西系が怒ると、東北人には超怖い。で、俺は、泣きながら原稿を書いた。

と、すべて嘘。長い前置き。例によって。

「筆トーク あとがき追記」
はい、閉店理由は、
1) YouTube動画のプロモートブログとして完結したこと
2) 一ヶ月と五日に渡り、ぎっくり腰も含めて、我が愛しのシークレットガーデンを放置していたこと
 昨日、ミニ畑の崩れ落ちた石壁を修復。なんせ、俺の家は、1900年築なのだ
と、あっけらかぁーんとした理由。なんの利害も営利も外圧もない。書く時間も、十分ある。

で、3)があるのだ。もちろん、1)が理由なのではあるが、ちょっと、やはり、芸能人として、記者会見に臨まなければならない。

もともとが、動画のプロモートだったから、当然、ミュージッシャンのエッセイという形を取った。
やや、非日常、おちゃらけスイング文体を採用した。一人称も、俺にした。で、それなりの自分なりの書き物としての成果はあった。ところが、書き進む内に、俺の脳内シンコペーションが始まった。途中から、確実に、「ミュージッシャンの」エッセイ。この括弧部分が必要ではなくなってきた。目線が、どんどん物書き目線に移行し始めた。

俺は、もと引き篭もり、自閉症(十代後半)で、万年、鬱病(だれも信じてくれないが、本当)。
で、二十代後半からシジューニまで、十三年間、サハラ砂漠(読者皆無の比喩)のみかん箱の上で、小説を書いていた。で、シジューニの時に、これが再発、悪化し始めた。で、止めた。ピアノに専念した。物を書くこと。湿っぽいし、暗い。再発、悪化を恐れ、十一年間、一切なにも書かなかった。で、ブログに出会った。サハラ砂漠の三文文士トラウマとご相談しつつ、ちょっと、書き始めてみた。怯えながら。書き進む内に、むらむらと執筆欲が沸いてきた。時々、トラウマが近付いてくる。「じゃかぁーしい、あっちいってろっ」と、蹴散らした。心配した鬱はやってこなかった。ありゃ、俺も、ちょっとは、大人になったのかしら、と、当然、調子付いた。しかも、ブログの執筆を始めてから、ピアノも絶好調だ。一挙両得だ。

シニア世代の欝は、半端ではないので、恐れていたのだ。俺の年で、自分の内奥に深く佇む。なにもない。空洞だ。当然、生きてきた時間が問われる。この文学のメカニズムを恐れていたのだ。でも、開き直る。多少は。いいじゃん、空洞で。しかし、とか、これを恐れていた。「いいじゃん」と「しかし」を繰り返していたら、「いいじゃん」で、止まった。いい感じ(ローラ)。

しかも、ウェッブの海は、開かれていた。十一年前のサハラ砂漠とは違っていた。
他のブロガーさんとの交信があった。熱烈なメッセージまで頂いてしまった。恐縮です。本当に。
ありがとうございます。深謝。

はい、これが実情でした。お騒がせ致しました。

ところで、一旦、文士魂に点火してしまうと、これは、こちとら、(かっぱ)エビせん体質。
もう、止まらない。まず、ペンネームを国木田潤一郎と改名。これぞ、随筆の本道。フランス昆布茶日記(仮題)。昨日から和服。丸メガネ。火鉢の横でキセルを吹かしながら、ネタを考えて居るのだ。昭和初期の文士そのものだ。

ふふふふふ、I'll be back.   James YU
Coming soon.....

「裕イサオ 脳内シンコペーション」
フランスより愛を込めて!流麗饒舌スイング文学エッセイ!

「本日の、裕イサオ先生の記者会見は、この辺りで。では、写真タイムに参ります。裕先生、よろしくお願い致します」「ふむ」。俺は、隣の優香ちゃんと一緒に立ち上がった(嘘)。

今、なんとか、シニアイケメン風の写真を捏造(撮影ではない)できないかやってるわけ。面倒だから、役所広司さんの写真、拝借しようかとも思ったが、なんか、これも、癪だ。これが出来次第、開始するね。チャオー。アビアント!エ アンコー メルシーx1000!。ピンカートン。



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