2013年9月3日火曜日

孔雀の羽

ブログの下書きが一杯パソコンに溜まっているというのに、これを書き出してしまった。
もう、一挙に五編とかアップしちゃおうかしら? 五分前まで、ふむ、更新率をもう少しお淑やかな感じにと思っていたのに、結局、これを書いている。

ところで、欲望という名の電車である我々には、諸々の欲望があるけれど、男どもの欲望の中枢は性欲。ある意味、その他は、これから派生しているともいえる。繁殖力。竹内久美子さんの著作に親しんだ方も多いと思う。女性の思考回路、欲望回路は、私は、まったくもって想像ができないので、この男どもに限定させて頂く。

性欲=いいメスのゲット

で、そのために金持ちになる=金銭欲。そのために有名になる=名声欲。繁殖力のキープ=食欲。等々。

いろんな羽の柄を考える。複数の柄が混じっているオスも多い。で、ジャズ屋がゲイジュツ家なのかは分からないのだけれど、このゲイジュツ家の人々は、名声欲の塊系が多い。確かに、ゲイジュツ家、ミュージッシャン、こういう職種は無名では意味がないし、商売として成り立たない。だから、当然、有名の方にベクトルが行く。でも、ゲイジュツ家の名声欲と有名欲は、微妙に違う。有名になりたいのではなく、一角の人物としての名声を得たいのであって、ある意味、知る人ぞ知るなんていう方が、格好いいのである。その有名の質が問題なわけである。

と、ゲイジュツ家の人々は、少し、ややこしい。昔、ユリイカか現代詩手帳で、高名な詩人がネガティブな批評を受けて、あまりの怒りのため、三日間布団から出れなかった話を読んだ。この怒りのエネルギーの凄いことっ!

と、なんじゃらかんじゃらいっても、ゲイジュツも孔雀の羽の一種であることは同じ。
ゲイジュツは性欲の爆発なのである。ということは、私がピアノを弾く、本来的な、その根幹にあるものは、ネーちゃん方にもてたい。ゲットしたい。という結論が導かれる。

とはいえ、性欲は無尽蔵ではないし、永久でもないから、当然、衰える。
羽自体がなくなってしまった。広げる力がない。柄がなくなっちゃったぁー。羽が萎れている。穴だらけになっている。こんなもん、広げてどうすんのぉー、となる。

そうすると、ピアノを弾く、その原動力であった性欲がないのに、その本来の目的、主旨がないのに、ピアノの演奏だけが残る。りゃ? うじゃ、なぜに弾くの、という問題が発生する。仕事だからしぶしぶ弾いている。これは、多分、あんまないだろう。辛過ぎる。

考えてみたら、人前で、是非是非、お聞かせ致したいという欲望。自己顕示欲みたいのは、あんまない。まぁー、お話があればねぇーという感じ。おネーちゃんにもてたくないの? もてたいけど、まぁー、お話があればねぇー。ゲットしたくないの、まぁー、そういう状況になればねぇーと、積極性はまるでない。受身老人。うじゃ、なぜに、ちみはピアノを弾くのか?

なんか、ほとんど、自分のためになって来ている。自分の中の未知数を探って楽しんでいる。長い人生の暇潰し。あと、なんか祈りに近付いてんのかしら? なにを祈っているのか? 

ジャズピアニスト、ビルエバンスが作った曲のひとつにエピローグという、涙なしには弾けない美しい曲がある。難しい曲ではない。音数も最小限。一応、私は弾けるのだけれど、コンサート等では弾かない。なんかねぇー、この曲弾くと、弾き終わったらピアノの上で腹上死するような恐怖が、ちょっと、過るのです。

性欲なきピアニストの最期に相応し過ぎっ。でしょ?


 

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