と、なんとなくタイトルを書いてみた。
風邪が悪化し、マリリン朦朧ノータリン状態になってきているような、回復しつつあるのか、どちらなのか分からない。
昨晩書いた記事は、あまりにノータリンなので、削除。
ところで、今日、今年、初めての春のざわめきを感じている。
木々が、むむむむむぅーと踏ん張っている気配が伝わってくる。
土中の騒ぎも、私には聞こえる。
ところで、最近、ピアノのことを、あまり書かない。
超絶技巧が、結構、血肉化してきているので、更なる超絶を探っている。
技術はあった方が、こちらが駱駝。けど、なくてもいいといえば言える。けど、こちらがしんどい。けど、なくてもいい。ノリとかエモーションと、ちょっと、技術とは違う要素も音楽の中には沢山あるので、そちらが前面に来ても、一向に構わない。けど、こちらがしんどい。とりわけ、ミューじっちゃんの体力には、きつい。
ところで、十二年振りに、小説なんちゅうもんを再度書いてみようと思ったきっかけは、ずばり、ブログ。昨年の九月十二日から始めたから、途中の休筆を除いても、もう、半年ぐらい、毎日書いていることになる。これが、女装じゃない、助走になっている。今、諸々の習作を書いているのだけれど、つまり、いろんな文体で書いてみているわけ。それから、会話体を試したり、ラブストーリーなんちゅうものも試してみたりと、まあ、いろいろと書きなぐっている。こういうことが、なにかに結晶するのかは分からない。けど、ひとつだけ気が付いたのだけれど、なんか、全然、昔と変わっていないということ。結局、文体にしろ内容にしろ、なんの進歩もないし、逆にいうと後退もあんまりしていない。なんなんだろう、五十半ばなのに。あっ、相当、諸々が丸くはなった。自己表現とか自意識とか野心とか、わたくしはゲイジュツのレキシを変えるぅーーーっ! とか、こういう個人的な意識のベクトルは、随分となくなっている。れれれ、随分、違うじゃん、昔と? そうかな? でも、当たり前なんだけど、中枢は、あんま、変わっていないのだ。考えたら、一向に、渋みだの貫禄だの、ヒトカドの人物感とか、こういう感じがまるっきしない。これって、客観的に考えて、ポジティブじゃぁーないと思うんだけど。
0 件のコメント:
コメントを投稿