このタイトルは、富岡多恵子さんの小説のタイトル。
英語だと、スカイハイなんだろうね。私が三十代半ばに書いた小説の題名は、「水の記憶」だった。自伝的な散文詩小説と自分で言っている。原稿用紙換算枚数は、確か、98枚だったように思う。単行本のページ数は68だったと記憶している。
川、海のイメージが散乱している。
ほんとに、たまに、読み返してみる。
執筆したのは、この家を買って間もなくだったから、1994年のはずだ。
出版は、1996年の7月。
私は三十五歳だった。
私は、今でもそうだけど、既婚。二児の父親。現代美術家。小説。
某日系企業の手配課長だった。この頃に、ピアノを再開している。
睡眠時間は、三、四時間だったと思う。
なにかに、憑かれていたとしか思えない。諸々の「社会と呼ばれるもの」と道楽が拮抗していた。なにひとつ、趣味ではない。
私は、趣味は庭弄りと、料理だけで、美術も小説もピアノも、趣味ではない。
あっ、今は、ブログが趣味になった。楽しいから。
川と海のイメージ。頻繁に私の描写の中に出てくる「金子光春の洪水のイメージ」。
水のイメージは、ひとつの死だったし、それは至福の幻想でもあった。
それが、壊れた。本物の洪水。幻想ではない。
私の中の、ぬくぬくとした幻想が壊れた。
書くしかないのだろう。
なんか、ブログという形式でしか書けないものもあるような気がしてきた。
「あなた」と直結できる、もしかすると、唯一の手段なのかもしれない。
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