その日、パリ18区、ジャズクラブ「バビロ」周辺は、物々しい空気に包まれていた。
入り口向かって右側に、沖組の若い衆。左側にシルバ組のそれ。後方に見えるライトアップされたサクレクール寺院。通りの反対側に、機動隊。パリ二大フリージャズ組織が一同に会するのだ。機動隊の緊張も頷ける。どうも、沖組若頭の裕の仲介との連絡があった。なにを、企んでいるのだろう、裕という奴は?
午後7時。黒いセルシオが到着。
若頭の裕が、そそくさと扉を開ける。トランペットケースを抱えた沖組長が、軽く右手を上げて車内から出てくる。反対側の扉から、高級幹部佐藤真がシンバルケースとスネアケースを持って出てくる。
数分後、黒いキャデラック到着。
シルバ組長と高級幹部アブドゥーべナニが降りてくる。
「ヘイメェーーーン、テイクイットイージー」と、本当に言った。
若頭の裕がシルバ組長に挨拶。興味なさそうな目で裕を見た。
「ハウドゥユドゥー、ミスター」裕の流暢な中学英語。
「イャァーーー」シルバ組長の流暢なニューヨォーカー英語。
二人の組長が、親しげに(親しいのだ)英語でペチャペチャ。
佐藤幹部、ドラムセットの組み立て。裕、手伝い。
「やっぱ、スネア変えようかな? ブラシ、どう? 安っぽくない?」
「兄貴、マジ、安っぽい。ブラシというより、擦れ音」
「やっぱ、そう。めんどくせぇーけど、やっぱ、変える」
スネア分解。
「ありゃゃゃ、なんだよぉー、ちゃんと計ってきたのに。ここのやつ13インチだよ。14インチの持ってきちゃったぁ! 酔っ払って計ったからなぁー、インチが違うなんて、いやいや、そんなインチキ」
「兄貴、オジギャグ、俺と一緒の時は、女の子にしないでくださいね」
「ふん、お前の言うことなんか、聞かないもぉーーーん」
裕、ピアノ。十分ぐらいウォーミングアップ。
沖組長、リップコントロールの練習。
少しして、シルバ組長、シンセのセッティング。
全然、物々しい雰囲気じゃねぇーじゃん。
沖組とシルバ組の若い衆も、バーで仲良く盛り上がっている。
どうしよう、機動隊だのセルシオだの出しちゃったんだけど.....。まあ、いいか。伏線ということで。なんのための?
で、知らなかった、その日、アランシルバとアブドゥーべナニのデュオ。レコーディングするとのこと。じゃ、あんま、一部伸びると拙いから、ワンセットにしようねぇーと、沖師匠、真兄貴と協議。20h00、お客さん、3人。俺、ちょっと、冷や冷や。ちょちょい待ちぃー、俺が企画に絡んでいる。拙いっ。20h20ぐらいには、始めないといけない。20h10、5人。やっ、やべぇーーー。クラブのオーナー、やや点目。俺、冷や汗。
と、この後の十分間に、一挙に、俺のブログの読者様の数を上回るお客様が、どどっ。
なんでも、地下鉄の四号線が止まっていたとのこと。俺、べズリー目。オーナーもタレ目。
ミュージッシャンの卵連、学生さん、高名なミュージッシャン、ジャーナリスト、映像作家、パリの日本人女優だけの演劇カンパニーの団長さんと女優さん、オーナーのタレ目が、垂れ過ぎて立て目になっている。
ゆったりした感じの曲から始める。兄貴のドラムが絡んでくる。スローをキープする。
沖師匠のフリューゲルホーンのリリカルな音。
ところで、前に書いたけど、このクラブ。ピアノが向かって左側でステージより、ちょっと、低い位置。背の高いアップライト越しに、真兄貴の頭しか見えない。本来、ドラマーは、ピアニストの手の動き、とりわけ、左手の動きを良く見ている。で、こちらも、ドラマーの腕の動きを良く見る。間が空くかな、来るな、いや、一歩ずれるな、とか。沖師匠は、俺たちの音だけ聴いている。
と、これができない。少々、お互いにやり難いけど、あとは、へめらも。
その後は、書かない。凄まじく静かに白熱した。
兄貴の掛け声、沖師匠の気合い、俺は目がうるうるして来た。
こっちも、まけじと応戦。50分。アンコールはお断りした。二部の時間が迫ってたので。
今回は、へとへとになった。
終わってカウンターへ行きビール。
真兄貴「イサオ君、あんた、折角、師匠が入ってこようとしているのに、無視してソロやっただろう。かわいそうだよ、そんなことしてぇー」
俺「えっ、マジすか?」
「バラードのさぁー、後半とこ」
「えーーー、すんません、師匠の後ろにスポットライトがあって、姿が影絵みたいで、仕草が見えなかったのです。拙いことしたなぁー」
「落とし前付けないとな」その時、兄貴が佐藤幹部へ変身。
「幹部、申し訳ございません」裕若頭。
「ただでは、済まんぞ」
「小指は、勘弁願います。商売道具」
「じゃ、足でいいよ」
「ペダルが踏めなくなる」
「じゃ、ローラの顔真似しながらブルースリーのアクションでいいよ」
「気が狂ってしまう」
「なんとかしろっ! 後ろ前付けろっ、馬鹿野郎っ。お前の下半身の後ろ前を逆さにしてやるっ」「やっ、止めてぇーーーーーーーーーーーーーーーー。不便だぁーーーーーーーーーーー」
クラブの外で、沖師匠とタバコ。
俺は失礼をお詫びした。本当に、スポットのせいで、仕草が見えなかったのだ。
師匠「ぜぇーーーん、ぜん。良かったよ、イサオ。お前、ピアノ、随分、うまくなったなぁー。ソロコンサート、がんばれな。あれだけの技術あったら、バッチリだ」にこにこ。
その時、「遅くなりましたぁーーー」と7人ぐらいのお客さん、仲間。「イサオさん、何時から始めるの?」「えっ」
一部の俺たちのお客様。時間を間違えてきた俺たちのお客様。二部を聴きに来たシルバファンのお客様。
当然、二部は、超満員になった。
フリージャズナイトは、大盛況。
俺、へたへたへた。面目保ったぁー。
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