もう、一文字たりとも書けなくなった。下書きの在庫も、後、二篇と迫ってきた。一時期は、無内容とはいえ、週間更新回数11.8回を誇っていた。当時の健筆が、今となっては懐かしい。このまま、伝説の(?!)超無内容ブロガーとして、消え行く運命なのかもしれない。あまりにも、紅葉の葉っぱに入れ込み過ぎた。私自身が、同化してしまったのである。と改行なしで五行も書いている。嘘吐きっ!
「最後のあがき」
もう、一文字たりとも書けなくなったので、つまらないブログ作成の練習を試みる。
「フラフープ」
フラフープは、丸い。(いい感じだ)。私はフラフープを腰にぶら下げて、回してみた。ふらふらした。(いい感じ)。回している内に、私は、ブラジル人のような、サンバ尻がないので、床に落ちた。(いい感じ)。もう一度、試みてみる。回している内に、フラフープの動きが止まり、私が、回り出した。
「背広」
須藤元気は、背広が似合う。
背広の似合う日本人男性は、稀である。体躯が貧弱な上に、大体、背広というものは、日本の正装ではないからである。彼のマーケッティング。「西欧人が見た日本人(男性)のイメージは、皆、背広姿。同じ格好。画一化したロボットみたいな動き。それを逆手に取りました」「格闘家の音楽。日本では相手にされないと思いました。最初から海外のマーケットで勝負しようと思いました」「今は、YouTubeの動画のようなメディアがあるので、まず、それでプロモートをやってみました」。
一昔前(三十年前ぐらい)。
海外、西欧世界の白人が見た、我々、日本人男性のイメージは、ちび、出っ歯、ニコンのカメラ。そして、鼠色のスーツと画一化した人格。本来は、そうではない。が、そのように映っていた。フランスのコメディー映画にも、しばしば、「この日本人」が出てきた。
皆、同じ服装。へこへこお辞儀。そういえば、私が、日本の新幹線(東京---大阪)の車内にて、見た光景。忘れられない。私は、ワゴンの一番前の席に座っていた。トイレは、ワゴンの後方である。立ち上り、後方を振り返り、少し、ぎょっとした。私以外、皆、鼠色の背広。ネクタイは、多少の好みが出ていた。白いシャツ。黒縁のメガネ。今から、丁度、二十五年前の光景である。
トイレから、自分の席に戻る間、ワールドオーダーそっくりの男達が読んでいるものを、さり気なく覗いてみた。週刊誌のグラビア。「アイドル水着特集」を、皆、読んでいた。
2012年。もちろん、そんなことはない。随分、変わった。
実際に、そうではあるけれど、須藤さんのお話を聞いていると、西欧人に映るイメージは、今以て同じということになってしまう。こちらの人々の意識は変わっていないということになる。
でも、須藤元気のこの背広姿。この世界元気。彼のような人物が、こちらの人々の意識に風穴を開けるだろう。
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