2012年9月25日火曜日

ブログのいいところ

とうとう動けなくなってしまった。軽いぎっくり腰のはずが、相当、重症。
体調は寝てばっかりいるので上々。ぎっくり腰へその遠因となった風邪=咳も治まり、なんと、持病の背骨神経痛まで、ぴたっと止まった。なかなか体は良くできていて、同時攻撃は避けている模様。なんらかの自衛システムが作動している。ぎっくり腰に背骨神経痛のダブルパンチは、空恐ろしい。ただし、そのお返しに、当然、ピアノの練習もできない。毎日、背骨神経痛と戦いながら練習している根性あるピアニストなのに、止まったらできない状態。これは、自分の自分へのいじめとしか思えない。で、今回はブログのいいところについて。

はい、その一。この寝たきりフリージャズピアニストが唯一できることのひとつである。

それもそうだけど、他にも沢山ある。
その二。有名人の本とか著名な作家の本とか読むのが億劫になってしまった。現代日本語らしい上から目線で、こちらがご拝聴。ご拝読。こっちもおっさんになってしまったので、あまり、人の教訓だのいらなくなってしまった。有名人のサクセスストーリーなんてどうでもいいし、若僧作家の人生論だの人間とはなんてのも、面白くない。だから、私も含めたそうではない人の書いたものが読める。そして、皆で書きまくって、だれも読まない(大半は)(私のブログなんて仲間さえ読んでいない)。これは素晴らしい。皆、自分の話だけしていて、相手の話なんてまったく聞いていない。こうなると、有名人も作家もいっしょくたになって、ボーダレスで楽しい。で、皆が勝手に俺が俺が、これこそフリージャズの原点。フランスのテレビ討論会なんて、「全員が同時に意見していて」、もう、フリージャズを越えている。一応、こっちは意見しながら、相手の話も聴いているのだ。

その三。私は二十代後半から四十前半まで、小説を書いていた時期があるのですが、全部で十三作書いた。で、十三回新人賞に応募して落選十二回。一度だけ某文学賞の候補になり、別の出版社から一冊だけ単行本が上梓された。千部刷られて絶版になった。この自伝的詩小説は三十五歳の時に書いて、上梓されたのが、三十六歳。芥川賞作家お二人から丁寧な励ましのお手紙を頂いた。「次回作に期待する」。(注 この小説は本名で書かれたもので、裕イサオ名義ではありません)。で、私がピアノを再開したのがこの小説の脱稿後。で、期待された次回作の執筆に取り掛かったら、なんと、脳がジャズ菌に冒されお笑いパロディードシャメシャ小説しか書けなくなっていた。出版社から見放されてしまった。筒井康隆大先生の二番煎じはいらん、大体、筒井先生を超えることは、君にはできんっと。実際その通りなので、おーし、もうこれでどうだと、すべての名詞を広辞苑の説明文に置き換えたラブロマンスを書いた。エロティックシーンはすべて医学用語で書いた。編集者が泣き笑いしながら、ちょっとぉーーー、面白いのだけど、むむむむむとブラックな笑いが込み上げてきて止まらんのだけど、わぁわりぃーーー、出版はでけん。ちょっと、行き過ぎだぁーーー。と言われた。レイモン ルッセル大先輩がいるのにどうしてじゃと思ったが、要は「商品にならん」ということ。結論、渾身の作なんてものを何千枚も書いたのに、読まれたのは唯一上梓された一作だけ、しかも千部だ。もともとミュージッシャン体質。砂漠のど真ん中でひとり練習しているようで、これには参った。めげたし、やる気がなくなった。で、止めてピアノに専念することにした訳です。こんな、ひとり篭って暗い小説なんぞ書いていると病気になってしまうわい、俺にはステージが似合ってるぜぇーなんて言って十年前に止めてしまった。結論。で、このブログはいい。よってたかって皆で書いて、仮に、だれも読んでいなくても、篭った感じにならない。オープンで明るい。読者がいなくても一般公開されている感じは、ミュージッシャンとすれば納得し易い。大体、「練習するために」ピアノ弾いてる訳ではないのだ。人様にお聴かせするために、練習しておるのだとなるので、オープンなブログはとてもいいです。

ただ、不特定多数。すべての人々へ公開されている。皆さんも、ふと、ちょっと、空恐ろしい気がすることがあると思います。実は、大変に怖いことをしている。とはいえ、ピアノ芸人とすれば閉じ篭りなんて訳にはいかない。職業自体が不特定多数を相手にしているから、これは、やるしかなしとなる。

ところで、一挙に自動翻訳の話になります。こないだ、私のグループの詩人、ジャン リュックの詩を自動翻訳してみた。なんと、レイモン ルッセル大先輩が狂喜するだろう日本語が出てきた。で、私の十三作目の小説にも、大変似ていた。全文掲載したい誘惑に駆られるが、ぎっくり腰なので、腰に力が入らないので止める。たとえばですが、思い出して書いてみると、

私の停留所がしじまで彼女のバスだった
そのガソリンのかもめ 目的のタクシーは路線がない
違いのバスだっ

なんて感じ。これは現代詩に良く似ているし、ありゃ、俺の即興演奏を言語化するとこうなるのだろうという感じ。皆さん、ご存知かと思います。ジャズ屋の伝統に、はっぱふみふみからはなもげら、ジャズ屋の会話はすべて日本語の転回形。だから我々には違和感がない。私は、ミュージッシャン用語は、ちょっと業界ぽいので、日本語およびフランス語で言うと拙い内容をミュージッシャン仲間に伝える時のみ使用。

ところで、いろんな方のブログ(ブログがウェッブ ログの略なんてさっきまで知りませんでした)、拝読させて頂きました。いくつか気に入ったので追ってコメント入れます。で、気が付いたのですが、
字が小さい=シニアにはしんどい
画面の色が蛍光色=シニア(の目)にはしんどい
広告とか予定表とかカレンダーとか、本文がどこにあるのか分からない
 広告収入で暮らしているブロガーという人たちがいることも知りませんでした
 もちろん、お金になるならそれに越したことはありません
文章の内容以前に、おっさんの目にしんどいレイアウトが物凄く多かった。全然、悪いとかではなく、ただ、読み難い。でも、好みだし、流行なのでしょう。広告は、私の動画には入っています(注 著作権に引っ掛かるものには入っていません)。で、昨日、私のブログのレイアウトを変えました。広告は、もともと私の動画のプロモートブログなので入れないことにしました。後、字を大きくしてシニアが読み易い色調に変更。とにかく、シンプルな構成にしてみました。まあ、若い人のブログには格好わりぃーとなっちゃうし、ミュージッシャンのブログは普通、コンサート情報とかがメイン(私は、日本で演奏活動してないので必要なしです)だから、私のジーちゃんスタイルは無理でしょう。レトロになってしまいました。昭和初期のブログになってしまったかも。

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